昨年11月、東日本旅客鉄道株式会社(以下、JR東日本)運営のもと山手線を媒介として「東京が培ってきた文化の種」を発掘するためのプロジェクト<TOKYO SEEDS> Projectの第一弾が実施されたことをご存知でしょうか?

“世界一魅力的な「東京VALUE」を創発する”ことを目的とする本施策は、世界5大陸8ヶ国より招いた8名のデザイナーたちに山手線沿線のまちに根づく文化や暮らしに直に触れてもらい、その経験をもとに異文化視点であぶり出した東京の魅力をコミュニケーションデザインとして提案してもらおうというもの。

なぜ今、鉄道会社であるJR東日本が「山手線×異文化視点×デザイン」というアプローチで東京のまちの魅力を発掘しようとしているのか。この<TOKYO SEEDS> Projectをとおして、未来へつなげたいビジョンとは? 東日本旅客鉄道株式会社 事業創造本部 山手線プロジェクト 服部暁文さんに伺いました。

「まちの人の力を借りて、山手線のあり方を問い直そうというのが、今回の取り組みの発端でした。」

‘17年4月に発足したJR東日本の社内チーム「山手線プロジェクト」の最初の実践企画として立ち上げられた<TOKYO SEEDS> Projectは、アメリカ・アルゼンチン・イギリス・インドネシア・エジプト・オーストラリア・シンガポール、そして日本で活躍するデザイナー8名それぞれの視点で「山手線を媒介とした東京の魅力」を発掘し自国向けのコミュニケーションデザインを提案してもらうという趣旨のもとに始動。東京の人々にとってあたりまえの「山手線がある暮らし」を海外の方の目線でデザインに落とし込む――。そこには、ある期待と狙いがあったといいます。

服部暁文(以下、服部) 実は「もっと街といっしょになって山手線を盛り上げよう、人の心や暮らしの豊かさに着目しよう」と立ち上げた企画なんです。山手線はJR東日本の重要な経営資源ですし、これまで各駅のエキナカ・駅ビル等を開発してきたことで「便利になった」と喜んでくださるお客さまも多くいらっしゃいます。とはいえ、まだまだ駅とまちとが切り離されたものだと感じていて。それは物理的にもそうですが、精神的にも離れてしまっているように感じています。なので、JR東日本が「山手線はこうです」と決めるのではなく、まちのいろんな人に参加してもらいたいなと。そこで「私たちの暮らしも含めた東京を、世界中のデザイナーに紹介する」という企画をキッカケにして、まちの人の力を借りて、山手線のあり方を問い直そうというのが、今回の取り組みの発端でした。特にデザイナーは、インサイト(ものごとの本質)を発掘するのがすごく上手なので、私たちが気付かないようなところを彼らに見抜き、引き出し、ビジュアライズしていただくことができるのではないかと考えました。

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「山手線を盛り上げる」という目標を根幹に掲げながらも、広告のように生活圏に直接響く方法ではなく、“コミュニケーションデザイン”でのアプローチに振り切ったのは、なぜなのでしょう? その理由を服部さんはこう語ります。

服部 <TOKYO SEEDS>は、東北を中心に地域の人たちとの仕事づくりや事業者を丁寧にサポートしていらっしゃる「つむぎや」さんが実施しているプロジェクト「DOOR to ASIA」の「海外からデザイナーを呼んで、事業者からものづくりへの想いを引き出し、海外向けにデザインし、海外に出る扉(きっかけ)をつくる」というコンセプトが基になっています。最初にそれを聞いたとき、東京のことを本当に考えるのであれば今までのようにマスメディアでバーン!と打ち出すのではなく、ミクロな関係性――たとえば家族や親友のような関係性をつくったほうがいいんじゃないかと思ったんです。僕らが重視しているのは、東京を表層的に世界に広告することではなくて、これからの東京という都市の暮らしを世界に誇れるくらい豊かにしていく一助になること。そのために、暮らしや文化にどうアプローチしていくか、でした。なので、「DOOR to ASIA」の運営メンバーにも加わってもらって、手間を掛けてプログラムをつくり込んでいます。それは、打ち上げ花火的なPRではなく、まちの人が駅や山手線というリアルな場をもっと暮らしに活かせるよう、私たち自身が駅や山手線のあり方を問い直し、駅や山手線を大事に思って頂ける関係性をつくることだと考えています。そんなライフスタイルが、結果的に海外の方にも届くようにしたい。

ただし、僕自身かなり東京好きで、都市デザインを学んでいたり、山手線を題材に論文を書いたこともあるので、プロジェクトの方向性が少しマニアックになってしまっているかもしれません…(笑)。

‘17年11月16日~24日の実施期間中、各国から招かれたデザイナー陣は山手線を一周し、東西南北4つのチームに分かれて各エリアを散策。彼らを案内するにあたって重視されたのは、観光的な場所ではなく、東京の文化や日々の暮らし、ストーリーを伝えること。紙すきや古民家再生という日本らしい仕事、日常風景との出会い、ホームステイによってリアルな生活体験をするなど、体感的に製作のヒントを積み重ねていくなかで、デザイナー陣に考え方の変化とある共通意識が生まれたといいます。

服部 通常、デザイナーはクライアントの課題をデザインで解決するのが仕事ですが、今回の取り組みは、特定のなにかをデザインするわけでも明確なターゲットがあるわけでもないので、当初「なにこれ?」という感じで彼らも苦戦していました。が、結果的には自分たちが感じた音や体験、にぎわいみたいなものをどう作るかという戦略的な提案が多く出ました。そして、みんなが共通して言っていたのは、「JRはこれまで場所と場所を繋いでいたけれど、人と人を繋ぐ存在になるべきだ」ということ。「山手線沿線に住んでいる人、働いている人が楽しめるというのが、山手線の一番の魅力になるはずだ」という意見も出るようになりました。彼らは、自分が感じたものをアーティスティックに自己表現するのでなく、街の人や僕らの想いを汲み取り、鏡のように映し出し、それをかたちにしようと取り組んでくれるので、感動して号泣してしまうこともありましたよ(笑)。そのうえで、この実験的な取り組みを次の段階へ進めるための助けになる提案をしてくれたのが印象的でしたね。

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「街といっしょに文化を育んでいけるんじゃないかっていう気持ちが芽生えましたね。それで“TOKYO SEEDS=文化の種”という名前をつけたんです。」

また、デザイナー陣と同様に、コーディネーターを務めたJR東日本社員にも新たな発見があったと服部さんは振り返ります。

服部 事前リサーチも含めてデザイナーの方々と丁寧に向き合い徹底的にもてなすというのが我々の仕事だったんですけれど、まちの方々に協力をあおいだりするうちに、意外と街中に入り込んでいける感覚が生まれてきました。思っていたよりも距離感がなかった。たとえば、古民家を再生していらっしゃる方々に「どういう想いでやっていらっしゃるのか、デザイナーさんたちに伝えてくれませんか?」とお願いすることもあったり。街の方のおもてなしの気持ちがスゴすぎて、時間が足りなくなるなんてこともありました(笑)。東京のまちを紹介しながら、僕らが日頃感じている雰囲気や想いなんかを伝えていくなかで、まちといっしょに文化を育んでいけるんじゃないかっていう気持ちが芽生えましたね。それで“TOKYO SEEDS=文化の種”という名前をつけたんです。

数日間にわたる東京でのさまざまな体験を経て製作されたビジュアルおよび映像は、プレゼン形式で社内発表。東京の東西南北で見聞し感じたあらゆるものを異文化視点でデザインに落とし込んだデザインや下記のような提案の数々は、あたりまえの暮らしの中にある価値と可能性を再認識させてくれるものでした。

服部 たとえば、シドニー出身のWing Lau(Sydney, Australia)は「PLAY YAMANOTE」というタイトルで、山手線がもっと音楽にあふれた場所になればいいのでは、と提案してくれました。恵比寿駅ではヱビスビールさん、高田馬場駅では鉄腕アトムのテーマが流れますよね。そういうところから土地の歴史を知ってもらったり、山手線のイメージを音で編集してみたらどうかと。彼は僕と同じ南チームで、うちの家族とホームステイもしてもらったんですけど、僕の2歳半の息子をすごく気に入ってくれて「君が一番やりたいことは、この子の将来をつくることなんじゃないか? もし山手線が音を楽しめる環境になれば、駅は彼らの育つ場になれるんじゃないかな」と言ってくれました。これには、ぐっときましたね。彼にとってはそれが一番のインサイトで、僕の個人的な暮らしに入り込んだことでそれを見つけてくれたのがうれしかったです。同じ南チームで、ポートランド出身のCaleb Misclevitz(Portland, OR, USA)は、寺田倉庫さんが運営している<Pigment>を案内してもらった際、顔料のカラフルな陳列に感動して「この風景はウェブ上では感じられない!」と言いながら、スマホでそれを撮影していました(笑)。その結果、実際に訪れることで得られるリアルなストーリーを収集・編集して山手線で紹介する「YAMANOTE Stories」という提案が生まれています。

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Credit: Wing Lau

下町情緒の残る東・北エリアでは、たまたま神社でやっていた酉の市の熱気も感じてもらったり、尺八を吹いてみたり、琴を弾くといった体験もしていただいたんですけれど、デザイナーからJR東日本の社員へ「これ、あなたたちもやったことないでしょ」とツッコミが(笑)。そういった場面をヒントに、東チームのZinnia Nizar(Indonesia)とSabah Khaled(Cairo, Egypt)、北チームでブエノスアイレス出身のFrancisco Roca(Buenos Aires, Argentina)は、伝統文化を単に情報として流すのではなく、手創りのスタンプやマップ、冊子、アプリ、高架下スペースでのイベントやワークショップ等を連携することで、伝統文化をアーカイヴとして繋ぎ合わせる。そして、海外から訪れる人たちに、私たち日本人が教えようとすることで、日本人も学び、文化に心を通し、次代へ繋がるストーリーを紡いでいくことになるのでは、という共同提案をしてくれました。

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Credit: Zinnia Nizar, Sabah Khaled and Francisco Roca

もう1人の北チームのデザイナー、Yuko Hirose(Nara, Japan)は、唯一の日本人参加です。彼女とは僕自身も真正面から向き合って、「あんたは何がしたいんや!?」と問い詰められ、ついには泣かされたという素敵な想い出があります(笑)。彼女の提案は、「MEET EAT CLUB」というタイトルで、とにかく人が集う力こそを信じて「食事をする場所を駅につくってください。」という提案でしたが、同時に「JR東日本の社員はもっと自信をもって活動すべき!」という熱いメッセージを社内に言い放ってくれました。

西チームで、スコットランド出身のJamie Mcintyre(London, United Kingdom)は、「山手線が文化的に魅力的なのは、それぞれの地域の文化があるからだ」と。たとえば、渋谷のレコード店がどんどんなくなっていっているということを挙げて、「そういった文化がなくなると山手線はどんどん魅力がなくなっていってしまう。JR東日本がJRとしてではなく、小さな団体をつくって地域の文化をサポートする動きをするべきだ」という提案をしてくれました。同じ西チームのXinying(Singapore)も、「YAMANOTE HOUSE」というタイトルの提案で、山手線周辺の街の暮らしにある日常的な物語に着目してくれました。余談ですが、プログラムの途中で立ち寄った<イノベーション自販機>がデザイナーたちに強く印象に残ったようで、Xinyingの提案は、物語を収集・編集して、自動販売機を媒体にシェアするという画期的なものでした。

こうした提案の数々について「今回はあくまでコンセプトを発表していただくといった段階。8名のデザイナーからいただいた提案は、このままではないかもしれませんが、実現化できるように進めていきたい」とのこと。今回「第一弾」と銘打った本プロジェクトの今後について、服部さんは長く広いビジョンを持っているようです。

服部 「TOKYO SEEDS」は、少なくとも3年間は続けていきたいと上司と話しています。今後は、駅員や社外の方、他鉄道会社といっしょにやれたらいいなとも思っています。実際、これをやったからすぐに運賃収入が増えるわけでも、金銭的に直接的なメリットが生まれるわけではないんです。けれど、会社に閉じこもって黙々と仕事をしていても、永遠に街の価値はあがらないっていう危機感があって。もっと自分たちが街へ踏み出して、ひとつのグループに留まらずに自分が受けたミッション以外のこともやるって意識を持って、各地域・まちの魅力を学び直すことが東京の価値を高めることにつながると考えています。……といいながら、企画を立てたときは、「JR東日本が何でこんなことやってんの?」みたいなことをやろうと意識していたんです。「グローバルな時代だから5大陸からデザイナーを呼びます!その方がオモシロそうだし、インパクトあるじゃん!」という感じで決めました。ロジカルではなく、根拠も戦略もなく、面白いから集めちゃいましたっていう(笑)。これを受け取ってくれた上司もすごいと思いましたけど(笑)。ただ、そういうところから温度感みたいなものが発生すると思うし、エモーショナルなものをつくるのに自分たちがエモーショナルじゃないなんて、どう考えてもおかしいですよね。まずは、自分たちが楽しんでやれることを仕事にしようと。それを社内にも社外にもアピールしたかったんです。そして、近いうちにJR東日本が輸送のインフラだけでなく、暮らしや文化のインフラにもなれるように。<TOKYO SEEDS> Projectは、その第一歩です。

「JR TOKYO SEEDS PROJECT」。それは、私たちが親しんでいるカルチャーを接点に、都民の生活に長らく寄り添ってきたJR東日本が企業・交通インフラという枠や概念を越えた発想と視点で挑んだ、これからの東京のためのプロジェクト。その根底にあるのは、「山手線や東京をもっと盛りあげたい」という想いでした。そして、取り組みを通じて駅・線路の外にある街とコミットすることで社員自らが企業の使命や魅力を見直す=インナーブランディングの姿勢は、今後の企業の在り方を示しているのかもしれません。外を見て、内を知る。そんなことも気付かせてくれる、新しい一歩なのです。

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