騒音溢れる21世紀にサイレンスを提案! めまぐるしいスピードで過ぎゆく日々に音楽でブレーキをかけるサウンド・レメディ。 ポスト・クラシカル・シーンをリードする重要レーベル〈イレイズド・テープス(Erased Tapes)〉10年の軌跡を辿る。

イレイズド・テープス(Erased Tapes)〉は、ニルス・フラーム(Nils Frahm)オーラヴル・アルナルズ(Ólafur Arnalds)ペンギン・カフェ(Penguin Café)をはじめ、世界のアヴァンギャルドな音楽家が所属する英ロンドンのインディペンデント・レーベルだ。建築の勉強をするためにロンドンにやってきたドイツ出身のロバート・ラス(Robert Raths)のMyspaceアカウントだった〈Erased Tapes〉は、「自分同様、孤独なアーティストが描く繊細な音楽に光りを照らしたい」というロバートの情熱からレーベルへと発展した。

急ぐことなく、同じものを共有する音楽家たちと追求してきた「静寂と平穏」の音世界……そのレーベルイメージは毎年より鮮明になり、2015年、世界最大のクラシック音楽の祭典<BBCプロムス>で行ったレーベルナイト<Erased Tape Evening>は最も早くチケットが売り切れたコンサートとなり、大成功を納めた。

今回Qeticでは創設者ロバート・ラスのロングインタビューを執行! 真のインディペンデント・レーベルとして発展する〈Erased Tapes〉が語るストーリーと共にレーベルが歩んできた10年の軌跡を辿る。

Interview:ロバート・ラス〈Erased Tapes〉

ポスト・クラシカルのパイオニア〈Erased Tapes〉創始者ロバート・ラスが語る、「静寂と平穏」の音世界 interview_erasedtapes_4-700x1050

音楽は人生最大の友

若い頃、悩みごとやモヤモヤすることがあって自分の部屋によく閉じこもりました。 そんな時、自分の気持ちを表現したり、想像を膨らませる手助けをしてくれたのが音楽でした。ベルリンからロンドンに移り住んだ当初、日中は仕事を掛け持ちし、郊外に住み1人孤独だった時も、音楽が私に希望を与えてくれました。

音楽の勉強をしたことはありませんが、アコースティックや音響を主に勉強しました。ロンドンに来た理由も、世界的建築家ピーター・クックの下建築を学ぶためでした。ピーター・クックがコンセプチュアルな建築家であるように、私の設計も、私の頭の中でどんどん膨らみ設計されてる、実現が難しいものばかりでした。

ある日私は、音楽は建築よりもパワフルである、そう気づいたんです。音楽には見えないからこそ秘められた大きな力があり、どんなにシンプルなメロディでも聴いた瞬間から、その方のものになってしまう。どこにでも持っていけるし、誰もそれを奪うこができない。

そこで私は「音楽が建築物を建てる」というアイディアを思いついたのです。建築物だけではない、音楽が世界をつくるという、音楽の魔法に目覚めたのです。 私は今でもレコードの針をじっと見つめながら、なんて素敵なんだろう! と、音楽と音のマジックに魅了されています。

Myspaceがなければ、〈Erased Tapes〉は存在しなかった

Myspace全盛期、私は〈Erased Tapes〉というMyspaceアカウントで自分のグラフィック作品を公開していました。そして自分の音楽の嗅覚・感覚を信じながら、無我夢中でデジタルの世界を探索しさまざまな人と繋がりました。

そして次第に私は、Myspace界で音楽に積極的な人物として認知され、アーティストの方から私にコンタクトしてくれるようになったのです。 デンマークのバンド、エフタークラング(Efterklang)との出会いもMyspace です。この出会いをきっかけに、彼らのツアーメンバーとして演奏していた作曲家のピーター・ブロデリック(Peter Broderick)を知り、イギリスのレーベル〈タイプレコーディングス(Type Recordings)〉を発見しました。こうして私はMyspaceを通してたくさんのエクスペリメンタル音楽と出会いました。

永遠に消えたテープ

15歳の頃、8トラックのアナログ・レコーダーを購入し、ミックスや音楽制作に挑戦しました。 私はバンドをやっている仲間を集め、自宅や学校、リハーサルスタジオなどで録音をしていました。ある晩コンペに提出するためのレコーディングを自宅で行っていたところに母が帰宅し、大きな音での録音を中止しなければいけない事態になりました。締め切りが迫っていた私は、友人にエレキギターをアコースティックギターに切り替えようと提案しました。彼は照れながらも最高のギターソロを披露してくれて、全てがパーフェクトな夜に私たちは人生最初の祝杯をあげ喜びました。しかし翌日、別の録音作業をしていた私は、そのギターソロのテープを間違って消してしまいます。私はしばらくこの事故について打ち明けることができず、非常に苦しい数日間を過ごしました。どんなに素晴らしい録音も、一度消えてしまったら2度と取り戻すことが出来ないのだと……この悲劇は、私の人生の中で忘れる事のできない経験となり、レーベルの名前を考えた際に一番に思い浮かんだのが、この体験を物語る「Erased Tapes」でした。

夜行バスに揺られながら沸き上がった熱い気持ち

ロンドンに移り住んだ当初、私は寂れたアパートに住んでいました。都心から郊外へと帰宅する夜行バスの中、酔っ払いや喧嘩をする人がいる雑多なバスに揺られながら、音楽を聴き続けました。当時17歳だったオーラヴル・アルナルズのソロ・アルバムを聴いた時、私は居ても立ってもいられなくなりました。メタルバンドでドラムを演奏していた彼がピアノや弦楽器のための音楽を作曲するという大変ユニークなことしていると知り、そこに込められたエネルギーを世界に届けるのは私の役割だと確信したのです。短い人生だからこそ、自分の直感を信じて行動しなければいけない。他の誰かが彼らを見つけてリリースをするかもれないけど、私には待っている時間なんてないのです。

Aparatec – Vemeer EP (2007)

ロンドンのプロデューサー、ラインアン・リー・ウェスト(Ryan Lee West)。別名義ライバル・コンソールズ(Rival Consoles)としてのリリースで知られている。アパラテック(Aparatec)は、ライアンの別プロジェクトで、〈Erased Tapes〉からは本作品をリリースしている。

Ólafur Arnalds – Eulogy For Evolution (2007)

アイスランド出身の作曲家・マルチ演奏家、オーラヴル・アルナルズのデビューアルバム。

私たちは、共に前に進んでいこうと決意した共同体

レーベルを始めた時、スポットライトを当てたいと思ったのは、私と同じように孤独と向き合っていた音楽家でした。彼らとパーソナルで今にも壊れてしまいそうな繊細な世界を音楽で創りたいと強く思ったのです。ですから、これからの未来が約束されているようなパーフェクトなアーティストをスカウトするのではなく、何かサポートを必要とするアーティストに自然な形で出会いたい。そして、共に時間を過ごし、お互いの事を知りながら前進したいと考えています。

ニルス・フラームとのアルバムをお蔵入りにしたことがあります。手元に届いた作品を聴き終えた私は、その作品が彼のハートから鳴り響く音とは違うと感じたからです。私は彼のマネージャー兼友達として、作品をゼロから作り直そうと提案をしました。ニルスはその提案をすぐには受け入れることができませんでしたが、彼のための意見だということを理解し、作戦会議がはじまりました。

私はニルスとさまざまな時間を過ごしライブパフォーマンスを経験する中で、演奏家は「音楽の一部」であるということ学びました。ピアノ、音響環境、観客が放つエネルギー……そこにある全てが作品を創り上げるという姿勢です。演奏家が一歩ひくことで、音楽の中にゆったりとした空間が生まれます。

そこで私達は、新たな作品に取り込む中で、彼がライブで大切にしていることを活かす作品作り、つまり制作のプロセスに重視したレコーディングに取り組みました。ジョン・ケージやハウシュカのようなプリペアド・ピアノは使わず、マイクの位置を工夫しただけですが、テープが擦れる音やピアノの打鍵音、機材の音を音楽の一部として聞こえる作品ができあがりました。『Felt』は無駄な要素を削ぎ落とした、彼の新生面を開いた作品になったと思います。

Nils Frahm – Felt (2011)