私たちが一生のおよそ1/3の時間を費やす「睡眠」。誰もが毎日自然に行っていることにも関わらず、実は未だに睡眠そのものについては解明されていないことが多い。その「睡眠」をテーマにした作品『DESTINATION 最終目的地 瞑想 睡眠』(以下 DESTINATION)を深夜の一定時間にYouTubeへと公開する試みを行なったアーテイストSeiho。作品についての直接的な話ではなく、あくまで「睡眠」という現象について追及しようと、今回、睡眠に深く関わる方々との対談シリーズを決行した。

第2回に登場いただくのは、オレキシンという睡眠と覚醒に関わる神経伝達物質を発見した柳沢正史教授(筑波大学 国際統合睡眠医科学研究機構(略称:WPI-IIIS) 機構長/株式会社S’UIMIN 取締役会長)。現在の睡眠研究の礎を築いた世界的権威に、Seihoが「睡眠のメカニズム」について科学的知見によるレクチャーをうける。コロナ禍、現代社会が抱える睡眠の課題にも迫る!

対談:Seiho × 柳沢正史教授

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「基本的に、ほとんどの人たちが寝不足です」(柳沢教授)

柳沢教授 Seihoさんは毎日どんな睡眠を取っていますか?

Seiho 僕は不規則ですね。不思議と、クリエイティブなことは夜にしかできないんです。朝は頭が冴えてるから“作業”自体はできますが、アイデアとなると寝る直前の方が良いんです。たとえばランニングしている時とお風呂入っている時では、頭を使っている状態がちょっと違う。ランニングの時はどちらかというと意識が集中しているというよりは拡散していて、お風呂の時は意識が拡散しているというより集中(フォーカス)している状態。でも、その“どちらでもない状態”の時にしかアイデアは降りてこなくて。発散しすぎていても、フォーカスし過ぎていてもダメ。気は散っているけど集中もできるみたいな時にしか降りてこないんです。

柳沢教授 クリエイティブな時間は夜にあると。わかるような気がしますね。

Seiho だから夜に作業して……大体3時くらいに寝て、朝8時には起きます。

柳沢教授 思春期以前の子どもは基本、朝型で、10代後半から30代くらいまでは平均的にみなさん夜型になります。そして30代後半から40代とだんだん元に戻ってきて、50代くらいでまた朝型に戻ります。もっと歳を取るとさらに朝型になっていって、70〜80代のおじいさんおばあさんはすごく早起き。「ネットがあるから」「スマホがあるから」といった社会的要因ではなく、この年齢による朝型夜型の変化は身体的なもの。生殖行動と関係があるという説もあります。人間のサイクルでいうとSeihoさんが夜中まで起きているのは、そんなに不思議じゃないとは思います。

Seiho 僕の生活サイクルでいうと、午前中に散歩したり外に出て、たまった作業を済ませた後は昼寝をすることも多いですね。週2回くらいクラブでDJの仕事があるので、朝7時くらいに寝ることもあるので。通常は(エネルギーの)スイッチが切れた時に寝てる感覚。電池がゼロになるまで起きている、という感じですね。

柳沢教授 夜の睡眠が5時間だと少し足りないので、昼寝をしてバランスをとっている。本質的には夜にしっかりと睡眠をとってほしいですが、生活上仕方なければそれで良いと思いますよ。勤め人でもSeihoさんのように不規則になる人もたくさんいらっしゃいますしね。特に若い人に多いですが、毎朝6時に起床しなくてはならない人でも夜更かしをしがちで平日は5、6時間しか寝られない。ところが、週末は昼くらいまで寝ていると。つまり、週末だけものすごく長く寝て、しかも眠る時間帯が後ろにずれている。この状態のことを“ソーシャル・ジェット・ラグ”と言います。週末だけ日本からインドくらいまで行った時差にさらされ、週明けにまた日本に戻って来る状態になるので、月曜日は辛いですよね。要は、基本的にほとんどの人たちが寝不足と言えるのです。

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「睡眠について問題提起をしたかった」(Seiho)

━━今回、Seihoさんは「睡眠」をテーマにした作品『DESTINATION』を作りましたよね。ですが、“睡眠導入”としての音楽、作品ではないのですよね?

Seiho そうですね。コロナ禍で「次にどういう作品を作ろうかな?」と考えた時に、睡眠について問題提起をしたいなと思ったんです。周りの友達も寝られていない子が多かったり、僕自身、幼少期から寝ることにすごく罪悪感があって。寝ることは好きだけど、寝た時に世界から隔離される感覚、自分が見てない間に世界が進んでいることがすごく怖くて。そういうことを考えると、寝られない原因って精神的な妨げによることが多いな、と思ったのがきっかけです。

━━では作品のコンセプトは睡眠の問題提起にあると?

Seiho コンセプトは「人との繋がりをシャットダウンすることが怖い」という人たちへ。たとえばSNSでも、いわばログイン状態が続いているじゃないですか。毎回、ログイン / ログアウトをわざわざする人ってあまりいないですよね?PCも、スリープ状態にしているだけで、毎回シャットダウンはしない。今の僕らの生活はそういう感じに近いと思い、ログアウトすることへの恐怖というか。「スリープはするけどシャットダウンはしない」「アプリを開いてはいないけどログアウトはしない」、そういう状態に対して、何かアプローチできればなと考えたんです。

柳沢 なるほど。すごく深いですね。

Seiho でも、そこには「SNSが悪いわけじゃないぞ」という思いもある。眠るためには社会(SNS)を切断した方が良いけど、そのSNSをうまく使って睡眠に入ることもできるとも思うんです。睡眠導入の音楽って沢山あるけれど、スピリチュアル的だったり異世界的なものが多すぎると感じていて。僕はそうではなくて、構造的に睡眠のことを考える作品にしたかったんです。

あと作品全体のテーマ的なものでいうと、寺山修司の『書を捨てよ、町へ出よう』がベースにあるんです。この書には「手に持っている本を捨てよう」というメッセージがあるけど、それは反知性という意味ではなく「本を読んだ上で、でも、本だけじゃなく町にも出た方がいい」っていうバランスの話をしていると僕は思っています。『DESTINATION』で言いたいことも同じですね。「YouTubeなんか見てないで早く寝ろ!」みたいなこと(笑)。これを敢えてYouTube(SNS)上でやることが、作品のメッセージになっているんです。

柳沢教授 面白い着想です。人によって様々ですが、睡眠を阻害するものは何かと言えば、寝る直前の1時間、2時間の行動です。たとえば僕は眠れないと思ったら、こういう職業なんで読まなきゃいけない論文がたくさんある。その中には、読むとあっという間に寝れる論文もあります(笑)。だから、たとえばSNSを見るとどんどん興奮してきて目が冴えてしまう人にとってはその習慣は良くないですが、逆にSNSをボーッと見てるのがリラックスできたり眠くなるという人にとっては、全然かまわない。それがその人の入眠の良い儀式かもしれない。

Seiho 退屈なものって必要だと思うんです。たとえば睡眠の話をしていても、「睡眠の時間や質は?」という効率の話になりがちですけど、「人が眠る本来の意味って何か?」と考えた時に、効率を上げることじゃない。退屈な音楽とか退屈な論文も必要だし、退屈なものを読んで眠くなることもすごく大事で。今の社会には、退屈じゃないモノやコトがフォーカスされがちですが、退屈なモノやコトがなくなっていってしまう方が僕は危険なのかなと思います。

柳沢教授 よく「効率重視」「ベッドに入ったらすぐに眠れることが理想」と言われますが、そもそもベッドに入ってすぐに眠りに落ちること自体が寝不足の証拠なんです。“睡眠負債”がたまった状態だと、睡眠要求という脳内のシグナルが働いて、寝つくまでの時間がどんどん短くなるのです。逆に十分に夜の睡眠を取っている人だと、昼間に寝ようとしても30分近くかかるのが正常。しばらく寝付けなくて当たり前なんです。

あともうひとつ、睡眠の「質」について。僕の見解では、睡眠の質とは、結局一番大事なのは睡眠時間の長さ。人間の脳は、大人だと7時間前後の睡眠が必要なようにできている。寝つくと最初に深いノンレム睡眠がきて、次にレム睡眠がきて、約1時間半で1サイクル。それが健康な人だと5サイクルくらい繰り返されて朝になる。その時に、最初の2サイクルくらいは深いノンレム睡眠がメインで、後半になってくるとだんだんレム睡眠の時間が伸びていき、最後のサイクルはレム睡眠がメイン。つまり、ノンレム睡眠も大事だし、レム睡眠も大事。両方をきちんと取るためには7、8時間寝る以外の方法はない。もちろん未来はわかりませんけど、「効率的に、短時間で質の良い睡眠を」というのは難しい話なのです。

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「睡眠を測るには、脳波の状態を調べることが必要」(柳沢教授)

━━Seihoさんが寝ることに罪悪感を覚えるという先ほどの話、柳沢教授はどう思われましたか?

柳沢教授 寝ている間に時間が進んでいるのに、その間に世の中に取り残されてしまっているという感覚でしょうか。それは子供の頃から?

Seiho 小さい頃からです。母親に起こされた時に、「ごめん」が一言目だったらしく。

柳沢教授 広い意味での睡眠不安のひとつだと思いますが、意識がなくなってしまう恐怖にも結びつきうる。Seihoさんの場合は少し違うかもしれないけど、「このまま下手すると死んじゃう」とか「この世からいなくなってしまうんじゃないか」と、恐怖を覚える子どもはいて。普通は成長するとともに消えていきますが、そういうものと繋がるところはあるかもしれない。普段いろいろな方と睡眠について話をしますが、あまり多くない訴えですね。

Seiho 逆に、多い訴えとはどんなものですか?

柳沢教授 多い訴えは、「寝たいのに寝る時間がない」「ぐっすり眠れない」。このふたつが多いですね。前者は「睡眠不足」なんですが、医学用語で「睡眠不足症候群」と言います。要するに、その人にとって必要な量の睡眠を取らない生活習慣。いわゆる睡眠負債を抱えて生きている。そのせいで昼間も眠い、効率が悪い、イライラするなどの症状があれば立派な病気です。

後者は、ぐっすり眠りたいのに眠れない。これが「不眠」ですね。これは本当に難しい病気で、不眠を訴える患者さんの中でも、生活に困るレベルで症状が出てくれば、それも「不眠症」という立派な病気です。ただ、客観的に見るときちんと眠れている人もかなりいるのです。測定すると実はきちんと眠れているのに、「自分は不眠症だ」と思っている人は、不眠を訴える患者さんの半数以上と言われてます。たとえば「私はベッドに入ってから1時間も寝られないんです」と訴えますが、脳波を調べると5分で寝てる。そういう方はたくさんいるのです。

Seiho その5分間を、本人は1時間に感じている?

柳沢教授 そう、要するに計時誤認ですね。同じように、「寝ている途中で目が覚めると、そのまま2時間は眠れない」と訴える人の脳波を測ってみたら、「起きてはいるけど10分か15分後にはまた眠っている」というケースがたくさんある。だから「不眠症」は非常に難しい病気なんですよ。もっと言うと、いわゆる「熟眠障害」といって、「十分な長さの睡眠を取っているけどぐっすり寝た気がしない、それが本当に辛い」と訴える患者さんもいます。日本国民の4~5人に1人と、不眠の悩みを抱えている方々は多いんです。

Seiho この問題は単純に、脳波を計測できる仕組みがもう少し一般化されれば、もっと解明できるんじゃないですか?

柳沢教授 私の会社(株式会社S‘UIMIN)がやろうとしているのはまさにそこです。現状では、睡眠を客観的に調べるのはすごく大変なんです。きちんと脳波を測るには、入院検査が必要。終夜睡眠ポリグラフ検査といって、最低一晩は入院して、身体中にたくさん電極つけて、あまり身動きもできない。普段眠っている環境じゃない上に、装置もつけているので、これで測定した脳波はその人の本来の睡眠とは違うのではという問題がある。

Seiho 確かに、明らかに普段と違う環境ってことは通常の状態とは違いますからね。そこを解決できるものを作っているわけですね。

柳沢教授 そのとおりです。私がよく例に出すのは家庭用血圧計。オムロンが世界に先駆けて誰でも使える家庭用の血圧計を作りました。これにより何が起きたかというと、病院で測った血圧はその人の本来の血圧と差異があることが分かったのです。「白衣高血圧」と言いますが、診察室では緊張するので本来の血圧じゃない。朝起きたての血圧がその人のベースラインの血圧で、10〜20くらい低い。そういう意味で高血圧治療の目標値も大きく変わった。家庭でも高血圧の兆候が測れるようになり、高血圧による疾患、脳卒中や心筋梗塞も以前よりは減るようになったのです。

興味深いのは、毎朝自分の血圧を測るだけで行動変容が起こること。ただ測っているだけで血圧が下がる。これは他の分野でも同じことが起きています。糖尿病でも血糖値を即時連続計測できるシールがあり、それを貼っているだけで血糖値が安定する人もいる。何故かというと、常時血糖を気にするようになることで患者さんが日常的に食事に気をつけたりすること、つまり行動変容が起きるのです

Seiho 行動変容に繋がるってめちゃくちゃ大きいですね。では同じような考えで開発されている?

柳沢教授 株式会社S‘UIMINでは、患者さんが自宅で簡単に、病院とほぼ同等な精度で睡眠を測れるようにします。世の中では睡眠を測るなど「スリープテック」を唱える製品も増えていますが、身体の動きなどから睡眠を推定しているデバイスが主で、睡眠の量はわかるけど質はわからない。質の部分も含めて本格的に睡眠を測ろうとすると脳波の状態を調べることが絶対に必要。それを自宅で簡単にできるようにすることが僕らの会社の最初の事業です。

Seiho 人間は毎日絶対寝ますしね。それが自宅で簡単に調べられるようになれば、ものすごい数のデータが取れるってことですよね。

柳沢教授 まさに。僕らの事業の形としては計測器を貸し出し、計測できたデータをIoTでクラウドに飛ばすんです。何十万人、何百万人の匿名化された睡眠脳波データがどんどん集積され解析されていくので、もし事業がうまく動き出せば、これはすごい財産になると思います。そこから今まで予想もできなかったことがわかるかもしれない。それが楽しみですね。

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「僕、金縛りによく遭うんです」(Seiho)

━━ここでちょっと基本的なことを確認しておきたいのですが。そもそも「睡眠/覚醒」は「0か1か」という話になりますか?睡眠と覚醒の中間にあたる「0.3」や「0.5」は存在しないということでしょうか?

柳沢教授  そうですね、基本的には0か1。「覚醒/睡眠」だけではなく「レム睡眠/ノンレム睡眠」も基本的には0/1です。だから、0.2や0.7の状態というのは、基本的にはない。切り替わりはせいぜい1秒間程度で、ぱっと脳が切り替わる感じですね。ただし、病的な状態のような特殊な場合には、0と1の中間はありえます。それを「乖離状態」と言いますが、脳の一部が起きていて、一部は寝ているような状態になることを指しますね。

Seiho なるほど! 「睡眠 / 覚醒」は完全に0か1で切り替わる、デジタルな世界ですね。逆にどういった場合に乖離状態になるんですか?

柳沢教授  乖離状態で有名なのは、ナルコレプシー。睡眠/覚醒のスイッチが不安定になってしまって、誰かと会話をしていても急に眠り始めてしまう病気です。一般的に「ノンレム睡眠→レム睡眠」のサイクルが正常ですがナルコレプシー患者の場合、覚醒からいきなりレム睡眠の状態に入ってしまう。レム睡眠中は完全に意識も失われ、全身の筋肉が脱力してレム脱力という状態が起きる。

Seiho レム脱力自体は正常な人もレム睡眠中に起きることなわけですよね。乖離状態でレム脱力になると危険ということですか?

柳沢教授 これはあくまでも合目的的な説になりますが……レム睡眠の間は、極めてはっきりとした夢を見ています。そこで意識のない状態で身体が夢を演じてしまったら危険ですよね。だから、正常なレム睡眠中は完全に身体の力が抜けるんです。ところが、その「力が抜ける」というレム睡眠の一要素だけが、ナルコレプシーの患者さんの場合、覚醒状態にいきなり入り込んでくる。これを「脱力発作」と呼びますが、いきなり身体が崩れ落ちてしまう、道端をあるいているときとかに突然。でも、患者さんの意識はある。まさに乖離状態です。

これとはまったく逆のもので、レム睡眠中なのに身体が脱力しない「レム睡眠行動障害(RBD)」という病気もあります。レム脱力のメカニズムに問題が生じる、例えば夢の中で誰かと戦っていたら、身体がそれを演じてしまう。これも非常に良くない状態で、ある種の認知症の前駆症状と言われている。こういった特殊なケースはあるにせよ、人間の「睡眠/覚醒」は0と1の世界であって中間状態がないと言えるのです。

Seiho 僕、金縛りによく遭うんです。眠っているけれど意識がある状態というか。夢もそうですが、自分で結構コントロールできるんです。例えば首の後ろに本を置いて寝たり、硬い机の上で寝たりすると金縛りを起こせる。金縛りはどういった状態と言えますかね?

柳沢教授 はっきりコントロールできる夢のことを「明晰夢」と言いますが、それは珍しいことではないですね。Seihoさんは睡眠を結構コントロールできているんじゃないですか。ただ、金縛りは先ほど話したレム脱力の状態です。まさに乖離状態。少し意識があって起きているけど、なんとなく夢を見ている状態と、身体の脱力が重なっている。健常な人でも疲れていたり寝不足だったりすると出やすいと思います。

Seiho その覚醒と睡眠のあいだの状態というのは、たとえば他の動物から狙われた時に起きられるような習性なのか、寝入りばなの時間で起きやすいものですか?

柳沢教授 それも難しいですね。動物種によって睡眠の形態は違います。確かに大型の草食獣は肉食獣に狙われるし、身体が大きいので隠れることもできない。だから、非常に睡眠が浅くて短い動物が多いと言われています。人間の睡眠はすごく特殊で、ほぼ人間だけが7〜8時間続けてぐっすり眠る能力があるんです。その中で、深睡眠というノンレム睡眠の一番深い状態があり、若い健康な人だと深睡眠が1時間も続く。そんな睡眠ができるのは、人間だけなんです。

睡眠の様態は化石にならないので調べるのが難しいのですが、進化論という意味で面白い説があります。人間のように一回だけ長く深く眠ることを「単相性睡眠」と言うんですけど、これを実現するためには、安心して眠れる環境を整えなければならない。そのための環境を作る術を人間だけが獲得した。つまり、頭が良くなったことで、洞窟の前に火を焚いておくとか、やがて家を作るようになるとか、安全性を確保する能力が人間にだけ備わったと。そうして深く続けて眠ることで、余計に頭脳が発達する。人間の脳の発達と単相性睡眠は、お互いがお互いを導き合って「共進化」したという説があるのです。

Seiho 睡眠自体が人間の脳の進化に影響を与えるというのは面白いですね。「脳と身体の睡眠/覚醒がずれると乖離状態になる」という話ですが、たとえば瞑想やマインドフルネスは、どういう状態と言えますか?

柳沢教授 マインドフルネスは、完全に覚醒状態です。自分の身体の中で起こっていることにフォーカスしている状態と言って良い。瞑想も、多くの場合は覚醒ですね。科学の言葉でどこまで語れるのか難しいところですが……、いわゆる瞑想と言われるものは、覚醒の尖った状態だと僕は思っています。

Seiho そこがやはり興味深いですね。マインドフルネスや瞑想がビジネス・宗教と相性が良いのは「覚醒」だからじゃないか、と僕も思っていました。でも、本来の瞑想って「覚醒を強いられる社会から抜け出す」という意味合いの方が強いと思うんです。それが現代では、マインドフルネスや瞑想を使ってみんなが覚醒したがっているのが面白いなと。

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「睡眠は最低限の食費や光熱費みたいなもの」(柳沢教授)

━━現代の資本主義に則した考え方で言うと「眠ること自体が非効率で無駄な時間」という考え方もあり得ます。「眠らずに働く方が偉い」という考え方も完全にはなくなっていないようにも感じます。

柳沢教授 それは残念ながら誤った考え方です。睡眠学や神経科学の発展によって理解が進みつつありますが、睡眠中に脳のリフレッシュ、いわばリカバリーが起こるんです。睡眠は、特にクリエイティブな、新しい発想を求められる職業の人にはものすごく大事です。だから、睡眠時間を確保することは財産であると思ってもらいたいです。

世界的な比較でも特に日本人と韓国人が一番睡眠時間が短いんです。Seihoさんの幼い頃のように「周りに置いていかれる」という感覚を持つ人は少数派だと思いますが、「できれば眠らずにいたい」と思ってしまう。特に一生懸命仕事や活動をしている人ほど価値観として「睡眠=無駄な時間」、できればスキップしたいと思ってしまいがちです。ヨーロッパでは逆に睡眠は大事なものだと思っている人が多い。日本では、電車の中や仕事中に居眠りしてしまうことが普通にありますよね。でも、ヨーロッパ人の目から見ると完全に異常な光景なんです。

1日24時間をお金にたとえると、睡眠は最低限の食費や光熱費みたいなもの。絶対に削減できない、一番最初に確保しなくてはいけない経費。それをまず確保した上で他の生活時間を考える、そういった価値観にならないといけないですね。

Seiho 睡眠中に脳のリカバリーをしていると話がありましたが、誰しも、起きて活動している時がスイッチON状態、眠っているのはスイッチOFFの状態だと思っています。でも、それって本当にそうなのかな?との思うんです。ひょっとしたら、眠っているときの方がデフォルトであるという、価値観の転換もありえるのかなと思ったんですけど。

柳沢教授 そこまでいくと哲学的な問題になりますね。科学的には「答えはない」「見方による」としか言いようがないんです。ただ睡眠は外から見るとOFFの状態に見えますが、頭の中は全然OFFじゃないんですよね。僕らにとって一番大事な大脳皮質の活動量を見ると、ノンレム睡眠の一番深い時でも覚醒時の9割くらい(または測定の仕方によってはほぼ同じ)。レム睡眠の間は、覚醒時より脳の活動量は確実に上がるのです。だから脳は全然休んでいない。脳というのは、エネルギー消費という意味では、心臓や腎臓、肝臓など1日中動いている臓器と一緒だということです。これも私がよく使う例えですが、コンピュータでいうと睡眠はメンテナンスモードで、すごく大事な状態。外界から切り離されているけど、でも電源は入ったままで何か作業をやっている。そういう状態が睡眠だと思っていただきたい。

Seiho なるほど、面白いですね。あと僕が気になるところでいうと睡眠も人間の三大欲のひとつじゃないですか。でも睡眠自体が食欲や性欲と関連しているようにも思えますが、そこはどうでしょうか。

柳沢教授 睡眠と食欲との関係、これは難しい部分があります。ひとつはっきりしていることは、お腹がいっぱいになると眠くなる。それで、お腹が空いているとなんとなくイライラして眠れない。実はこれはオレキシンが一部影響していて、お腹がいっぱいというシグナルが脳にいくとオレキシンが抑制され眠くなるのです。

当たり前の話ではありますが、食事と睡眠はお互いに排他的で、寝ながら食べることはできないし、食べながら寝ることもできない。野生の動物でいうと、お腹が空いている時に食べ物を探したりハンティングをする。それでお腹がいっぱいになったら、安全な場所に行って丸くなって寝て、エネルギーをチャージする。そういう切り替えができるように、脳が作られているんですよね。

Seiho 食欲、性欲、睡眠欲の優先順位はどうなっていると思いますか?

柳沢教授 生物学的に言うと、性欲は他のふたつが満たされていないと自動的にシャットアウトされます。脂肪細胞から出てくるレプチンというホルモンが影響していて、そのレプチンが脳へ届くと「もうこれ以上食べなくていいよ」というシグナルが出る。脂肪が減るとレプチンが下がっていき、飢餓のシグナルになる。そうなるとまず最初に生殖機能がシャットオフされるんですね。だから、食欲と睡眠欲という他のふたつが満たされてから、次の世代を作る機能としての性欲が働きだす。

睡眠欲と食欲については優劣つけがたいですね。動物は食べなきゃ死んでしまうし、寝ることも生きるために不可欠。どちらも出来るように我々はモードを切り替えられるようになっているのです。

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「ログアウトとともに、しっかりログインさせること」(Seiho)

━━睡眠について様々なお話をお聞きしました。睡眠は脳から出る物質、オレキシンだったりが影響すると教授は発見されたわけですが、睡眠薬はそういう物質的なものに影響を与え睡眠導入させるのですか?

柳沢教授 そこは大事なところです。先ほども話をしたように、睡眠の疾患がある患者さんでも様々であって、みんなが同じ薬で眠れるわけではない。ナルコレプシーの患者さんは、オレキシンが欠乏している状態であって、そういう患者さんにはオレキシンの代わりになる薬を作ってあげたい。我々はそういう研究を真面目にしています。

脳はね、完全に守られていて、血中から脳に自由に移るのは脳にとって必要なものだけ。だから、外から入ってきたほとんどのものは脳にはいかない。そこが薬を作るという意味では難しいところなんです。経口投与して、きちんと吸収されて脳にまで移行するような化合物を作らないとダメなのです。ですが、実はまだその規則性が分かってないので非常に難しい。もうアートの世界ですね(笑)。

Seiho そういう仕組みというか、脳にいかないようにできているんですね。初めてしりました。じゃあ、中には脳に働くというより心理的に働いている薬もあり得るわけですよね?

柳沢教授 「ブラセボ効果」ですね。人間はやはり心理のある動物なので、プラセボ効果は馬鹿にできないですね。オレキシンの働きを抑える睡眠薬は実際に実用化されていて、処方や医療の現場で使われています。これらは二重盲検法と言って、医薬を作るための非常に厳しい臨床治験をやっています。その中で「これ飲むと眠れますよ」と、ただの砂糖の塊でも本当に眠くなる作用が働く人もいる。プラセボ効果と同じように、人の心理に働いて眠くなるということもある。だから寝るときの儀式じゃないですが、その眠りへの(心理的な)ルーティーンを自分で発見することは大事なことなのです。

Seiho プラセボ効果は、僕らのやっている世界、音楽の話にも近いと思いますね。眠る時に音楽が必要かどうかは人それぞれですが、没入感を与える心理的な効果はあるというか。深りの感覚でいうと、例えば、都会の中より空気の綺麗な山に行った方が僕は深く眠れる気がする。これもいわばプラセボ効果みたいなものなのかもしれないですね。

柳沢教授 Seihoさんの作品の話で「ログイン/ログアウト」とありましたが、ログアウトした方が眠りにとって良いかどうかで言うと、逆に今、きちんとログインができていない人も多いのかなと。睡眠は、睡眠だけを良くしようと思っても改善しない。睡眠を良くするためには、活動量を上げることも大事。元気に動けば動くほどその日はしっかり眠たくなる。だからログアウトしたら、ログインするという意識も非常に大切な考えなのかなと思いますよ。

Seiho 確かに。ログアウトという意識とともに、しっかりログインさせること。いわば覚醒させることが、身体的にも影響するわけで、睡眠そのものに繋がるってことですよね。そこに関しては、僕の考えていることに重なっているところや、今後やろうと思っていることに結びつきますね。いや面白い、睡眠って深いな〜(笑)。まだまだ聞き足りないですが……、今日はありがとうございました!

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Seiho – DESTINATION 最終目的地 TWO 瞑想 睡眠

Interviewed by 北尾修一(百万年書房)
Photo by 中村寛史

PROFILE

柳沢正史

筑波大学国際統合睡眠医科学研究機構機構長・教授
筑波大学医学専門学群・大学院医学研究科博士課程修了。31歳で渡米、テキサス大学サウスウェスタン医学センター教授とハワードヒューズ 医学研究所研究員を2014年まで24年にわたって併任。2010年に内閣府最先端研究開発支援プログラム(FIRST)に採択され、筑波大学に研究室を開設。2012年より文部科学省世界トップレベル研究拠点プログラム 国際統合睡眠医科学 研究機構(WPI-IIIS)機構長・教授、現在に至る。
紫綬褒章(2016年)、朝日賞、慶應医学賞(2018年)、文化功労者(2019年)など受賞・顕彰多数。趣味はフルート演奏。

Seiho

大阪出身のアーティスト/プロデューサー/DJ。
米 Pitchfork や米 FADER など多くの海外メディアからのアテンションを受けながら、LOW END THEORY、SXSWといった海外主要イベントへも出演。
国内外問わずアーティストのプロデュースやリミックスを手がける他、ファッションショーや展覧会などの空間音楽、映像作品の音楽プロデュースも行う。 自身でもインスタレーション作品を発表するなど、音楽家の垣根を超え、表現の可能性を追求している。

公式Instagram | 公式Twitter

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