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『ライムライト』(Limelight)、資本主義社会、機械文明を風刺した『モダン・タイムス』(Modern Times)、ヒトラーの独裁政治を批判した『独裁者』(The Great Dictator)などの作品で知られるチャールズ(チャーリー)・チャップリン(Charlie Chaplin)の名作『街の灯』(City Lights)が『新日本フィルの生オケ・シネマ』シリーズ第二弾としてすみだトリフォニーホールにて行われる。企画監修の前島秀国に、チャップリンとその作品の魅力、現代のタモリやドリフターズにも通じる笑い、そして『生オケ・シネマ』を今やる意義と見どころについてインタビュー。

映画史に残る不朽の名作『街の灯』が、『新日本フィルの生オケ・シネマ』シリーズ第二弾として5月27日(土)、すみだトリフォニーホールにて行われる。

『街の灯』は、喜劇王チャーリー・チャップリンが監督・主演・脚本・音楽などを手がけた1931年公開のアメリカ映画。目の見えない、貧しい花売りの娘に恋したチャップリン扮するホームレスが、彼女の目を治すために奮闘する物語で、抱腹絶倒のドタバタ劇と、ペーソスを効かせた淡い恋物語、そして観るもの全てを魅了する感動のラストシーンは、公開から85年以上経った今も全く色あせていない。

製作当時の録音技術が貧弱だったため、これまで上映されてきたフィルムでは、チャップリンの作曲意図を伝えることができなかった『街の灯』。しかし今回『生オケ・シネマ』では、サントラ録音に使用された楽譜を元に、フル・オーケストラが生演奏を行い、チャップリンが意図した通りの音楽を忠実に再現。デジタル修復版の高画質、幅10メートルを超える巨大スクリーンでの上映とシンクロさせることにより、これまでにない「映画体験」を味わうこと必至だ。

【インタビュー】“音”で完成するチャップリン不朽の名作『街の灯』。没後40年、彼の本当の魅力とは art_citylights_9-700x466
すみだトリフォニーホール

今年はチャーリー・チャップリン没後40周年。これまで「チャップリン」や『街の灯』の名前を知っていても、何となく観ることを後回しにしてきた方にこそ、本公演は是非とも観てほしい。そこで今回Qeticでは、「生オケ・シネマ」の企画者であり、長年チャップリンの研究をしてきたサウンド&ヴィジュアル・ライターの前島秀国氏に、チャップリンとその作品の魅力、そして『生オケ・シネマ』を今やる意義と見どころについて聞いた。

Interview:前島秀国

【インタビュー】“音”で完成するチャップリン不朽の名作『街の灯』。没後40年、彼の本当の魅力とは art_citylights_7-700x491
City Lights©Roy Export S.A.S

——まずは、チャップリンがどういう人物だったかというところからお話いただけますか?

前島 彼はまず、凄まじい貧困層から出てきた人物であるということ。もともと「芸人一家」だったのですが、彼がまだ子供だった頃、父親が蒸発した上に、母親が精神病院に入院してしまうんですね。当然路頭に迷い、万引きして飢えをしのぐような生活をしていた。つまり「限りなく弱者」なんです。それでも、芸人になりたい、エンターテイナーとして人を楽しませたいという夢が、子供の頃から強くあった。

——そういった極貧体験は、彼の作品にも影響していますね。

前島 ええ。今回上映する『街の灯』もそうですし、他の作品でもチャップリンは常に「貧しい人の視点」に立っている。社会的に虐げられた人の視点から、社会の問題、様々な矛盾……「貧困問題」や「政治問題」を見据えている。なぜ世の中には、威張っている強者と、それに虐げられた弱者がいるのだろう。そこで格差があるのは何故か? という問題提議を「喜劇」という形で行った。しかもこれ、今の問題とも通じるんです。

——というのは?

前島 例えば『モダン・タイムス』の例を挙げると、ベルトコンベアの前で24時間働かされ、気がおかしくなってしまう人を描いています。これって「ブラック企業」というのが存在し、そこで過酷な労働を強いられている構図と変わらないんですよね。それをチャップリンはなんと、80年前に描いている。しかも不幸なことに、その問題は今も昔も全く変わっていないのです。こうしたチャップリンの作品を観て思わず笑ってしまうのは、ちっとも過去の問題になっていないからなんですよね。全部、自分たちの問題として跳ね返ってくるからこそ笑えるんです。

——チャップリンの風刺やユーモアのセンスが、今現在においても作用しているということですね。

前島 それともう一つ、「社会的な弱者」ということで言えば、『街の灯』では目の見えない女性も登場します。チャップリンが彼女を好きになり、救いの手を差し伸べる話ですよね。自分も貧しいホームレスだけど、ハンディキャップを持つ人間を助けたい、手を差し伸べたいって。そういう意味では、「人間として、他者とどう関わっていくか?」もテーマにもなっている。例えば3.11が起きて、津波で故郷を失い困っている人たちがいる。自分だって日々の生活は大変だけど、「でも、出来ることは何かしたい」と思う。そこにはもう、「自分だけが良ければいい」という気持ちなんてないですよね。「無償の愛」というか。これもやはり、今の問題として突き刺さってくるのです。

——そういった問題を、シリアスに取り扱うのでなく、喜劇にしているところがチャップリンのすごいところだなと思うんです。彼が演じるホームレスは、家もなければ仕事もなく、友達もいない。けど自由で楽しそうなんですよね(笑)。一方、『街の灯』に出ている富豪たちは何だか生きづらそうです。

前島 物語もとてもシンプルで、それが「説教臭く感じない」一つの要因かもしれません。セリフが一切なく、映像だけで全てを説明しようとするから、自ずとわかりやすい表現(パントマイムを原点とする動きでの純化)になるんですね。これが台詞だらけだったら、もっと説明的で説教くさかったんじゃないかな。時代感も出てしまうし、単に「80年前に起きた過去の出来事」として隅に追いやられていた可能性はありますね。それに、シンプルだと観る側の「問題」を投影しやすい。言葉に頼らない動き、音楽、そういうもので成り立っていることがすごいんです。

——「言葉に頼らない描写」で言えば、『街の灯』でチャップリンと花売り娘が出会う最初のシーンは、何度観ても唸らされます。たった3分のシーンで、彼女の目が見えないこと、それにチャップリンが気付く瞬間、自分を富豪と誤解させる行動などが、一切言葉を使わずスッと頭に入ってくるのは感動しかない。

前島 あれを完成させるために1年かけて、300テイク以上やり直しているんですよ。しかも、花売り娘を演じたのはヴァージニア・チェリルというズブの素人。どうやらチャップリンは、彼女のことが気に入らなかったみたいですね。それで、わざと何度もやり直しを命じたようです。ソリが合わなかったというか、ロリコンのチャップリンはヴァージニアに対して恋愛感情を持てなかったんでしょう。もう二十歳を過ぎていたから(笑)。

【インタビュー】“音”で完成するチャップリン不朽の名作『街の灯』。没後40年、彼の本当の魅力とは art_citylights_01-700x553
City Lights©Roy Export S.A.S

——チャップリンは4度の結婚歴があり、そのうち3人が未成年だったことから「ロリコン説」が流布していますが、実際はどうだったんでしょうね。ヴァージニアに関しては、撮影をすっぽかしたことがあって、それに激怒したのが不仲の原因とも言われています。しかも、花売り娘は別の女性が演じるはずだった。

前島 もともとは「ラ・ヴィオレテーラ(すみれの花売り娘)」という、シャンソンナンバーをヒットさせたスペイン人歌手、ラケル・メレをキャストにするつもりだった。『街の灯』という作品自体、この曲から着想を得たとのことですが、要するに彼女に惚れ込んだんでしょうね。この女優を映画に使い、口説こうと思っていたのかもしれない(笑)。チャップリンにとって、「女性」の存在はとても大きいですよ。それが作品作りのモチベーションになっているのが「彼らしい」とも言えますし、彼自身もそれを自覚しながら映画を作っている
んです。スケベだったり、卑しかったり、それも全て作品として昇華させているんですね。

——けっして聖人君子でも、ヒューマニストでもなかった。

前島 チャップリンが「ヒューマニスト」と言われるようになったのは、『独裁者』でヒトラーを糾弾したからでしょう。でも、本人は自分のことを「ヒューマニスト」とはおそらく思っていない。『アンダルシアの犬』で有名になったルイス・ブニュエルがハリウッドに来た時、コールガールを呼んで乱交パーティーの手はずを整えたらしいですからね。

——(笑)。昨今の芸能人のスキャンダルなんて可愛いものですよね。

前島 今のモラル感覚でチャップリンをジャッジしたら、彼の作品は全て発禁になってしまいますよ(笑)。これはチャップリンに限らないのですが、本人の人格と作品やアート、芸事というのは切り離して考えるべきだと個人的には思います。それに、先ほど「女性」の存在が彼の作品作りのモチベーションになっていると言いましたが、破天荒な彼の人生経験が、作品の深みにつながっている部分も、なきにしもあらずでしょう。しかもこのシーン、ハッピーエンドなのか、それともアンハッピーエンドなのか、あえてチャップリンは宙ぶらりんにしています。ちょっと面白い実験をしてみましょうか。あのラストシーンを、音楽を消して映像だけ観てみると、ハッピーエンドに感じるんです。

——(実際に音楽なしで鑑賞しながら)ああ、そう感じますね。

前島 次に、音楽をよく聴きながら観てみます。すると、とてもハッピーエンドとは思えない。音楽がとても悲しくて、「二人の行く末に幸あれ」とは思えなくなるんですよ。

——本当だ。こんなに悲しい音楽が流れていたのですね。

前島 これって、プッチーニのオペラ『蝶々夫人』で、最後にマダム・バタフライが割腹自殺するときに流れる音楽と、非常によく似ているんですよ。つまり、大変絶望的かつドラマティックな終わり方なんです。目で観た印象と耳で聴いた印象を全く逆のものにするというのは、映画監督であり作曲者でもあるチャップリンが考えた明らかな「意図」なんですよね。

【インタビュー】“音”で完成するチャップリン不朽の名作『街の灯』。没後40年、彼の本当の魅力とは art_citylights_6-700x494
City Lights©Roy Export S.A.S

——人が心から感動するときは、「嬉しい」とか「悲しい」とか、単純な言葉では置き換えられない気持ちになると思うんです。チャップリンは『街の灯』のラストシーンで、映像と音楽をうまく組み合わせ、そういう「言葉に置き換えられない気持ち」に観客をさせている。だからこそ、80年以上経った今観ても深く感動するんでしょうね。

前島 そう思います。実は2005年9月に、カール・デイヴィス指揮による新日本フィルの『街の灯』生演奏上映を行ったのですが、その時もこのラストシーンでは、客席のあちこちからすすり泣く声が聞こえてきました。しまいには、オーケストラの中にも泣きながら演奏している人がいたくらいで……(笑)。ちょっと異様な空間でしたね。普通、映画館や演奏会行って「ここまで泣くか?」と。そういう貴重な体験を、今回の『生オケ・シネマ』でも是非していただきたいんです。

黒田隆憲

黒田隆憲

ライター/カメラマン

ビートルズとマイ・ブラッディ・ヴァレンタインとビールをこよなく愛するフリーランスのライター/カメラマンです。2013年のマイブラのツアーでは、世界唯一のバンド公認カメラマンとして世界中を回りました。共同編集に『シューゲイザー・ディスク・ガイド』、『ビートルズの遺伝子ディスク・ガイド』。著書に『マイ・ブラッディ・ヴァレンタインこそはすべて』、『プライベート・スタジオ作曲術』など。

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