音楽の領域を飛びこえ様々な表現に挑戦し続けるアーティストSeihoと、ゆるスポーツゆるミュージックの代表を務め福祉の分野等、多方面で活躍する澤田智洋氏。普段はまったく別のフィールドで活動している。今回Qeticでは、お互いひとつの分野におさまることのない表現、アイデアを追求する者同士から生まれる“何か”を引きだすキッカケとなる場として対談を実施した。

世の中が大きく変わろうとしている今、ごく当たり前の日常から生まれる疑問から考えはじめること。単なる目新しさではなく“新しい概念”を作りだす力は、今まで存在したモノに新たな価値を見出してくれる。それらは、私たちの生活をより豊かにするものになるかもしれない。

“何かを生みだす”ことを続けるSeiho×澤田智洋“0回目対談”。今回、澤田氏が開発した“新しい楽器”のひとつTYPE PLAYERを持参いただいた。それを基軸にトークがスタート。楽器を作る・発案する側の想いと、音楽をつくりプレイする側のアーティストSeihoが考える音楽への想いが語られている。

澤田氏が生み出したTYPE PLAYERの特長

━━TYPE PLAYERは、パソコンのようなタイピングをする新しい楽器ですが、これを作ろうと思ったきっかけを教えてください。

澤田:もともと僕は「ゆるスポーツ」という活動を2015年からやっています。スポーツをしてない人って日本人の45%。僕もスポーツが苦手で、ずっと自分のせいだと思っていたけど、それはむしろそれはスポーツが悪いんじゃないかと思ったんです。なぜかというと、福祉の業界では、「個人モデル」と「社会モデル」っていう考え方があります。車椅子の人が生活するのがツラい時に、悪いのはあなただと考えるのが個人モデルです。社会モデルでは、段差を作った社会が悪いと考えます。福祉ってこの30年くらい社会モデルに向かってるんですね。それとスポーツ同じだなとふと気付いて。

で、同じようなことを別のジャンルでできないかなと思ったら、楽器を演奏している人って10%しか日本にはいないというデータがありました。90%がやっていない。だったら次はみんなができるような楽器を作ろうと。SONYさんと一緒にやろうということになって、去年4月に立ち上げました。

Seiho:このビジュアルだから最初はびっくりするけど、意外に打ち込みのアーティストはPCのキーボードで作ってることが多いから、違和感はないですね。

澤田:アートではなくて、みんなが受け入れやすいものにしたかったんです。PCのキーボードならタイピングゲームとかあるから、みんなどこかしら既視感はあるし、ミュージシャン系の方も普通に打ち込めるから。

一方でポイントは、パソコンではなくしたこと。あえてサイズ感も含めてコンパクトにしたくない、カバンに収められないサイズにしたいと思ったんですよね。要は触りたくなる形とか、セクシーさとか高揚感があるもの。Mac製品も官能的だから触りたくなる。だから、楽器が苦手でも触れたくなるセクシーな楽器というのが必要だなって思って、あえてこういう形に。

【公式】TYPE PLAYER

Seiho:YAMAHAのTENORI-ON(YAMAHAがメディアアーティストの岩井俊雄氏と共同開発した電子楽器。2008年に発売)が出たときに、ある話がすごくもちあがったんです。あれはクリエイティビティを年齢に絞らないように、いかにインターフェースを作っていくかというコンセプトで。ギターの大きさって、明らかに10歳未満の子は手の大きさなどのハンデがある。でもそれを取っ払った楽器を子どもに渡したら、クリエイティビティを削がずに、新しい音楽が生まれるんじゃないか、みたいなことが話題になって。

一方で、やっぱり楽器って練習が大事だよねっていう話は当時からあって。練習しないと意味ないし、うまくならないと演奏した気にならないですよね。結局ボタンを押して音楽が流れるんやったら、それは楽器じゃないから。楽器として大事なことは習得するってことと、演奏が楽しいってことの2つの側面があると思います。

澤田:メーカーが出してる「誰でも簡単に演奏できる」っていう楽器は、誰がやっても割とすぐに上達するんですよね。ピークアウトが早い。僕らが大事にしてるのは、敷居は超低いんだけど、上達しようと思うとめちゃくちゃ練習しがいがあるということ。楽器として面白くないといけないと思ってます。

Seiho:そこは楽器のポイントであり、おもしろさですよね。

澤田:カリスマが楽器によって生まれないと意味がないんですよ。

Seiho:TENORI-ONはインターフェースとしては面白くて、MIDIを吐き出せたから、結構応用しながらみんなが使ってましたね。でも楽器の難しいところは、電子音楽系の人って、特にいま流行ってるモジュラーシンセとか、楽器が問題解決になるって勘違いが発生しちゃうところ。高いギターを買ったら、うまく演奏できるはずやみたいな。実際は、楽器は問題解決してくれないんですよ。

澤田:だから楽器で能力拡張感が出るといいと思いますね。楽器がその人の能力を阻害するのではなく、楽器が人の可能性を爆発させる。セグウェイってある種すごくて。重心の傾け具合によって動くというスタイルに機械との一体感がある。そうでないと、自分ではなく、テクノロジーが全部やってしまっているっていう感覚は確かに生まれますね。

Seiho×ゆるミュージック澤田智洋氏“0回目対談” -  日本における音楽の意義 music200904_seiho_yurumusic_25
Seiho×ゆるミュージック澤田智洋氏“0回目対談” -  日本における音楽の意義 music200904_seiho_yurumusic_22

Seiho、澤田智洋が語る音楽教育のあり方と楽器との触れ合い方

澤田:いま新しい楽器だけを使うバンドを組もうと思っていて、新しい楽器が開発されたらさらにメンバーが入るみたいな実験ですね。でもどちらかというと、バンドでは音楽のトラウマを癒すという方向性を追求しています。楽器は向いてないと思っていたけれども、僕らが作った楽器によって演奏できたっていう体験が大事。傷がひとつ消えることで人生がすごく豊かになる。

Seiho:日本の音楽教育でよくないところは、まずピアニカを渡すこと。意図としてはわかるんです。押しただけで鳴るんじゃなくて、吹かなきゃならないんで、身体能力と指先のスキルと両方を教育できる。そしてみんなに配れるくらい安いから、一番効率がいいとは思うんですけど。

澤田:リコーダーにも同じ問題があると思うんです。リコーダーってみんながみんな面白さを見出すわけじゃないし、単純だし。リコーダーとピアニカの間くらいの楽器が、本当は学校には必要だと思いますね。

Seiho:僕の音楽の先生が、小学校4年生の時に突然学校に来なくなったんですよ。で、帰ってきたら髪の毛が真っピンクになってて。聞いたら「hideが死んでん……」ってX JAPANhideのお葬式に行ってたんですよ! それ以来、先生が持ってたレコーディングの楽器とか電子ドラムとかギターとかを音楽室に置くようになった。僕がエレキギターに初めて触ったのもそのとき。MTRで曲を作り出したのもその先生がきっかけなんです。だから、何を触ってもいいっていう環境にしとけば、別にいい気はすんねんけどね。クラスの全員が演奏できる必要もあんまりないし。

hide with Spread Beaver – ROCKET DIVE

Seiho×ゆるミュージック澤田智洋氏“0回目対談” -  日本における音楽の意義 music200904_seiho_yurumusic_11
Seiho×ゆるミュージック澤田智洋氏“0回目対談” -  日本における音楽の意義 music200904_seiho_yurumusic_15

澤田:楽器は最初のきっかけってのが本当に難しいですよね。

Seiho:だって今、どれだけ勧められてもスポーツしたくないんですもん(笑)。

澤田:きっと人口20%くらいの人は、何を言われてもスポーツはしないし、あるいは楽器を弾くことは一生しないんです。けど、60%くらいの人はもしかしたらするかも知れない。その60%の人がなんで楽器を演奏しないかというと、トラウマがあるからです。お金がないとかきっかけがないとか仲間がいないとか、部屋が狭いとか。そういう言い訳を消していけないかなと思っています。

TYPE PLAYERの楽譜って、文字列なんです。おたまじゃくしだとみんな読めないからExcelっぽくしたんですけど、要は楽譜にかかれてあるタイミングでキーボードの文字入力をすればいいので、ビジネスマンでも初見で意外と弾けるんですよ。だから、楽器を弾きたくても弾けなかった人が、楽譜を見て無理だと思っても、初見でも弾けるからすごく感動される。

Seiho×ゆるミュージック澤田智洋氏“0回目対談” -  日本における音楽の意義 music200904_seiho_yurumusic_10
Seiho×ゆるミュージック澤田智洋氏“0回目対談” -  日本における音楽の意義 music200904_seiho_yurumusic_24

Seiho:最初のきっかけという話でいえば、例えば、音ゲーは出会いとしてどうですか?

澤田:音ゲーはすごくいいです。ただゲーセンのゲームっていうブランディングになっているので、子供が2歳になったら、立派な楽器として太鼓の達人とかbeatmaniaをやらせるとかってことになったらいいですよね。

Seiho:いまだとiPhoneのピアノアプリとか、スケール系のアプリが出てたりする。あれを小さい頃やってたらめっちゃ良かったのになって思う。

澤田ダフトパンク(Daft Punk)のDJアプリが数年前に出たんですけど、あれも楽器として最高です。でも親とか先生とかによって音楽との出会いが変わって来ちゃうというのはなかなかハンドリングしづらいので、大人になった時にどうやって再デビューを果たすかということに僕らは力を入れてます。あとはそういうトラウマがある大人と、一緒に楽器をつくるっていうのも重視しています。そのプロセスでトラウマが浄化されていくので。

Seiho×ゆるミュージック澤田智洋氏“0回目対談” -  日本における音楽の意義 music200904_seiho_yurumusic_9
Seiho×ゆるミュージック澤田智洋氏“0回目対談” -  日本における音楽の意義 music200904_seiho_yurumusic_12

音楽を聴く人・やる人・作る人からみた課題

Seiho:音楽は聴く人と、やる(演奏する)人と、作る(作曲する)人っていう3つのレイヤーがあって、その違いを考えるのが大事だと思うんですよ。その時に、例えば聴くのとやるのとを一緒にして、聴くためにやるっていうのなら苦手な人もできそう。嫌な家事がこの1曲で済みますとか、朝起きるのが嫌でもこの曲が流れたら必然的に起きられますみたいな。聴くっていう行為を増幅させられる行為というか、そういう使い方っていうのも全然あるかなと。

澤田:僕らはANDCHESTRA VIOLIN(アンドケストラバイオリン)という視線で入力できるバイオリンも作ってるんです。まだ完成はしていないんですけど(取材当時は完成前)、演奏モードは、自分が弾かないとオケが流れないようにしています。それはそれぞれの人生に音楽が付いてくるという体験を作りたかったからです。あなたがここまで生きてきたのは色々な経験を積んできているからであって、本当はそれを活かせる楽器があるはずなんだけどない。タイピングって日本人が世界で一番しているし、みんなブラインドタッチできるのに、楽器がないからこの能力が活かせない。

━━経験や人生に、楽器が伴奏するって考え方はおもしろいですね。

澤田:僕もアメリカと日本のインディーズで音楽をずっと続けていたんですよ。でも社会人になってから曲を作る回数が減っちゃって。それまで年間20曲は作ってたんですけど、社会人になったら年間1曲しか作らなくなって、ギターもDTMもほとんど触らなくなった。そういう側面でいえば、どう考えても僕の人生って劣化してるんですよね。でも、もう1回音楽やるとすれば、オヤジバンドしか選択肢がない。だから楽器を作ろうと思ったんです。

Seiho:大学の時、TYPE PLAYERだったりANDCHESTRA VIOLINに似たような楽器の研究に参加してて。お風呂の縁でDJをするみたいなものなんですけど。お風呂の縁をこすったら振動と音を認識して、それでスクラッチができるっていうのと、あとサンプラーとDJのミックスができるボタンをつけて、心拍数に合わせてお風呂に入りながら演奏できるっていう。それはもともと、お風呂に入ってる時に心拍が一気に上がったり下がったりすることについての研究だったんですけど、それを応用して楽器に落とし込んだ感じです。

澤田:意外に近いことやってますね。それ今すぐ作りたいです。

Bathcratch: 浴槽をこするDJスクラッチシステム

Seiho×ゆるミュージック澤田智洋氏“0回目対談” -  日本における音楽の意義 music200904_seiho_yurumusic_18
Seiho×ゆるミュージック澤田智洋氏“0回目対談” -  日本における音楽の意義 music200904_seiho_yurumusic_26

Seiho:話は戻りますけど、音楽の場合は、3つのレイヤーでいうと、曲を作るってのがめっちゃ難しいでしょ。例えば小説を読むことと書くことは、全然違うことじゃないですか。1万冊読んだ人がいい小説を書けるわけでもないし、1冊も読んだことないけどめちゃめちゃやばい小説を書く人もいるじゃないですか。そもそも作るってこととやるってことは別々のものだから。でも、澤田さんがやってるのはめちゃくちゃ分かるんです。スポーツとして捉えたらこの発想になるんですよ。だって、サッカーはきっと見るよりやる方が楽しい。ダンスとかもそうで、踊れたらもっと楽しいよなって。でも音楽は、聴いてる方がやるよりも楽しかったりもするし、作るよりもやってる方が楽しかったりする。「聴くこと < やること < 作ること」には意外にならないっていう、ここが結構ポイントな気がする。

澤田:確かに。実は楽器をやりたいという人は6、7割いると言われているけど、もちろん全員ではない。僕らも楽器演奏を、全員には押し付けようとはしていなくて、本当はやりたいと思っている人がそんなにいるんだったらそのギャップを埋められるかなと。

Seiho:だからTENORI-ONは、演奏するのはレベルが上がっていかないから面白くないんですけど、作るっていうことに関してはめちゃくちゃ楽しめる。マスを押してたら音が鳴って、作れていくから、作るっていうことをみんなに平等にしたっていうのはすごい発明だと思う。

TENORI-ON Demo “H2T”

Seiho×ゆるミュージック澤田智洋氏“0回目対談” -  日本における音楽の意義 music200904_seiho_yurumusic_16
Seiho×ゆるミュージック澤田智洋氏“0回目対談” -  日本における音楽の意義 music200904_seiho_yurumusic_14

そもそも音楽とはなんなのか?

━━アーティストの和田永さんも「エレクトロニコス・ファンタスティコス!」として楽器を作って演奏する活動をしていますが、こうしたプロジェクトは、そもそも「音と音楽の境界はなにか?」「音楽とはなんなのか?」といった根源的な問いを考えさせられますね。

澤田:音楽はいろいろな説があると思うんですけど、僕は漢字マニアでして(笑)。楽っていう字は下に木があって、上に白がある。上の白っていうのは頭蓋骨で、木の上に頭蓋骨をのせている状態を表しているんですね。つまり英雄が亡くなった時に、切り株の上に頭蓋骨を乗せて装飾して弔いの歌を歌うというのが語源とも言われています。だから故人を弔うでもいいですし、全然別の用途として、擬似グルーミングとして結束を高めるでもいいし、人が人のために音楽を鳴らす時に音楽になるっていう。

Seiho:それでいうとこの間、山本精一さんがやった無観客無配信ライブはむちゃくちゃメタ的でおもしろかったですね。誰も聞いてないしどこにも配信してないっていうのが、果たして音楽なのかどうか考えさせられる。

藤井貞和「うた:ゆくりなく夏姿するきみは去り」って本の中で興味深いうたの考察がある。うたがつく日本語って、《疑う》とか、《うただのしい》とか、《うたがなしい》とか《うたたね》とか、いろいろあるんですけど、そうじゃないのにそうしてしまってる状態のことを意味していて。《うたた寝》って寝たくないのに寝ちゃってる状態、《疑う》って信じたいのに信じたくない状態のこと。もともとうたの語源は、そうじゃないのにそうしてしまうことだと思うんです。例えばアイヌとかで、家事をしている時に帰ってこない旦那のことを、いないはずなのに話しかけてるみたいな歌がある。

━━歌のある音楽とない音楽の明確な線引きって、Seihoさんはしているんですか?

Seiho:言葉と音楽、身体と音楽の関係についてはずっと考えてます。だからこそ言葉を持たず、身体性が少ない僕の
スタイルになったとも言えるでしょうね。

━━年末には心光院で<NOBODY>という年越しイベントを開催して、シンセ一台で6時間くらい演奏していましたが、あれはどういう位置付けですか?

Seiho:あれはクラブに対するカウンターやった。カウントダウンでみんなで会うところはあるけど、自分に会えるカウントダウンのライブってあんまりないなって思ってて。自分に会いに行けるところってお寺かなとか、自分に会いに行ける音楽ってアンビエントとかノイズかなって考えて、やってみた感じですね。音楽もやっぱり、人と共鳴したいとか繋がりたいみたいなのが強くなりすぎてて。でも本来僕は、自分と向き合えるとか自分に会えるとか深く考えられるみたいなところが音楽のミソやと思ってるところもあって、ちょっとそっちが最近ないがしろにされてるなって思って。

澤田:新しい楽器を作るっていうのは「自分はこういう時に鳥肌たつんだ」「自分ってこういうパフォーマンススタイルを隠し持ってたのか」と、新しい自分に会える場所だと思います。

Seiho:ミュージシャンも楽器を置いている部屋のレイアウトが変わるだけで変わる。キーボードの位置が変わるだけで、作る曲が結構変わったりする。

澤田:音楽のあり方自体が複雑だから、環境と文脈によっても解釈の仕方が全然変わっていきますよね。いまは楽器の種類が少なくて、服のサイズでいえばS、M、L、LLくらい。強引に自分に合わない楽器をみんなやらされてきてるから、解釈の幅が狭い。だから、それぞれの人にフィットするような楽器をたくさん作りたいです。リズム感がなかろうが音痴だろうが、あなたは悪くないって言い続けたい。ただ、そういう問いだけだとなかなかわかってもらえないので、形にしなきゃいけないというのはジレンマではありますが。

Seiho:そこも、身体とのジレンマみたいな要素が音楽にはあって。黒人がなんでテクノやり始めたのか。あれは黒人のグルーヴを追求しようとしたのか、それとも身体から出ようとしたのかみたいな考察はあると思うんですよ。電子音楽をやってる人って、身体から出たいという思いと、出た先の世界が自分の肉体に果たして代わり得るのかどうか、結果としてやっぱり指弾きがめっちゃいいみたいな感じで戻ってくる、みたいな繰り返しがあったりする。

Seiho×ゆるミュージック澤田智洋氏“0回目対談” -  日本における音楽の意義 music200904_seiho_yurumusic_27
Seiho×ゆるミュージック澤田智洋氏“0回目対談” -  日本における音楽の意義 music200904_seiho_yurumusic_23

日本の音楽の常識を覆す

澤田:ゆるスポーツをやっているのも、スポーツの目的って、勝つことだけが全てじゃないんじゃないかと思うからなんです。むちゃくちゃ笑えるからやってますとか、仲間ができるからやってますとか、目的は様々でいい。ゆるスポーツでは得点を競っているんじゃなくて「接点」を競っているんだって考えています。音楽でも接点が途絶えちゃってる人は多いと思う。聞かなくなっている人も増えているし、10代の子で音楽はTikTokでしか聴かないという人もいる。それも15秒とかで。

Seiho:逆説的だけど、音楽を聴かなくてもいいと思うんですよね。音楽より楽しいことがあるんなら若い子は急いでそっちに行けばいい。どっちにしろ音楽には視覚の情報がないから。例えば音楽を聴く時間を素晴らしい映画に当てるのもいいし、読書に当てるのもいい、と。そうしていったときに、必然的に音楽に戻ってくる要素は逆にめちゃくちゃあると思うんですよ。なぜかというと音楽は聴き流しできるし、何かをしながらでも聴けるし、目の情報を奪わないって、これは結構でかいんですよね。結果的に音楽や、音楽的なものの考え方の重要性が、ここ2、3年でまたガッと来そうな予感があります。見るっていう行為がしんどいって、みんななると思うねんな。

澤田:確かに、次は目を疑うフェーズに行きそうですね。よく言われるけど、かき氷のシロップって色違うけど全部味は一緒じゃないですか。目が見えない友達とラーメン屋にいくと、塩ラーメンと醤油ラーメンって味は一緒に感じるっていう。要は目って錯覚だらけでフェイクだらけなんですよ。だけど声って嘘つけない。少しずつ戻りつつありますよね、みんな自分のラジオをvoicyとかのボイスメディアで作り始めてるし。

Seiho:ただ耳は複数聴けないっていう弱点がありますよね。僕は映画を2倍速でたくさん見るんですよ。でも音楽は倍速にしたら、意味が変わっちゃうじゃないですか。

澤田:でもそれがすごくいいところですよね。時間を人工的に伸縮させたら、価値が台無しになっちゃうって。

Seiho:絶対に時間はどんどん希少価値が高くなっていくから。音楽はめちゃくちゃ贅沢な耳の使い方なんですよね。

━━ちなみに、ゆるミュージックは、楽器の数を増やすとか、楽器をやらない80%のうちの何人が音楽に関わるようにするとか、どこにゴールを置いているんですか?

澤田:あんまりないんですよね。概念って、そもそもどんどん守備範囲が狭くなるものだと思っていて。例えばスポーツだったら、試合中に笑うのはいけないっていうのが戦後の日本のスポーツだったんで、超範囲が狭いじゃないですか。スポーツ=体育になっちゃうから。なのでゆるスポーツはその守備範囲を広げる。守備範囲が広い方が安心するというか、人工的に広げるというのをやっていきたいと思っています。音楽も一緒で、音楽=譜面通りとか、どんどん守備範囲が狭くなっていく。例えばカラオケの採点マシンで競うテレビ番組がありますが、あれって音を外さないのが正義だっていう尺度じゃないですか、それって狭いなって思う。僕は楽器人口を増やしたいとか細かいことは言っているわけではなくて、音楽の概念のストレッチがしたいだけです。

Seiho:今の話聞いてると、やる人じゃなくて、作る人の幅を広げたいって思ってるんやなってめっちゃ思いました。なんでみんな音楽を作れないのか、僕はあんまりよくわかんないんですよね。日記みたいな感じで毎日みんな1曲作ればいいのにって。その苦手意識は、楽器をやるってことから解き放たれたら、もっとみんな気楽に作れるんじゃないかなとか思います。

澤田:ブンネっていうスウェーデンの楽器があって、ギターみたいな感じなんですけど、コードが3コード、C、G、Fだけで、しかもバーをスライドさせるだけで音が鳴る。動作は超シンプルで、それで作曲しましょうっていうワークショップをやるとみんなできるんですよ。コードが3つしかないから聞こえる音は決まってくるし、3つしかないのも逆にその中でなんでもやっていいんだっていう安心感もある。あと僕は子供がいるんですけど、適当な子守唄とか作っちゃうんですね。他のご家庭に聞くと、うちもやっているよって人は多くて、みんな子守唄を作ってるじゃんって思いました。その鼻歌を集めて、アレンジャーが編曲するプラットフォームがあれば名曲が山ほど生まれそう。

Seiho×ゆるミュージック澤田智洋氏“0回目対談” -  日本における音楽の意義 music200904_seiho_yurumusic_20
Seiho×ゆるミュージック澤田智洋氏“0回目対談” -  日本における音楽の意義 music200904_seiho_yurumusic_5

敷居を下げず、間口を広げる音楽の多様性

澤田:あと気になるのが、日本の音楽シーンってラブソングの比率が高すぎないかなって思うんですよ。僕はいま38歳ですけど、38歳の日本人に寄り添ってくれる日本の歌がそんなには多くないですよね。

Seiho:ラブソングが多いのは単純に日本の映画やドラマよりも、AVの数が多いねって話と結構近いと思うんですよ。ポルノでしかないじゃないですか、ラブソングって。もうひとつは音楽だけが、若い子が作って若い子が聴くものになってしまっている。これが一番の日本の音楽シーンの問題点ですね。

澤田:例えばaikoさんのラブソングじゃない歌ももっと聴きたいと思ったりします。日本はミュージシャンの成長に対して、その方が作った曲が伴走してないって思えちゃうんですよね、それがすごい違和感。

Seiho:それは90年代のJ-POPから言われてるんですよね。ラブソングはポルノ的だってことが大きいと思います。恋愛っていう言葉に関してはみんなが共通して、気持ち良さを感じられるから。

━━澤田さんはアートをやりたくないっておっしゃってたんですけど、TYPE PLAYERってかっこいいから芸術にもなる可能性はあるんじゃないかなとも思ったんですが、どうでしょうか?

澤田:最終的にアートになるのはいいんですけど、アートっていう言葉にみんな逃げるなぁと思っていまして。何かを作ったときに、誰もわかってもらえなくていいからって言いがちじゃないですか。だからアートって言わないようにしてるんです。アートって「なにそれ感」が強すぎるというか。「なるほど感」もそこに入れたいんですよね。日本人はタイピングを日常的にしているから、それを活かせる楽器を作ったら、なるほど感が出ると思っていますね。

Seiho:でも僕は絶対に敷居は下げたくないんですよ。敷居は下げずに、間口を広げるって方がいい。敷居を下げちゃうとコンテンツの良さがわからなくなるから。例えば演劇の敷居を下げるって、どんどん下げていったらそれって演劇なのかどうかもわからなくなるじゃないですか。だから、間口は広げておいて、コンテンツの敷居はガンガンあげちゃっていいんですよ。作品はむずいんだけど、あの人にこやかだから聴いてみようかなみたいなことを目指してます。

澤田:Seihoさんって眼差しが優しいっていうか、音楽へのまなざしがすごく優しいし、勉強する人へのまなざしもすごく優しいし、それが今日は印象的でしたね。思想とか尖ってるし、洋服も尖ってる。けどまなざしが優しい。バランスがすごい面白いなって。

Seiho:相手に期待してるところが大きいからですよね。たどり着かないと理解できないことっていっぱいあるし、やれって言われてやったことはやったうちに入らないですから。そこをどうやって促すかのスイッチを探し続ける作業だから、優しくなるのかも知れへんね。

━━優しさってことだと、Seihoさんはクラブとかライブをひとつのコミュニティとしてとても大事にしていますよね。澤田さんはどうですか?

澤田:僕は逆にコミュニティを作らないようにしている。

Seiho:多様な方にむかってるってことですか?

澤田:コミュニティってそこに共通の言語があるじゃないですか、僕はそれがちょっと嫌なんですよ。そこに新しい人が入ってきてもすっと入れるようにしたいんですよね。僕はコミュニティ内で年下の人にも敬語を使うんですよ。タメ語って暴力的なところがあるから、フラットにしておきたいというか、世界観を作りたくない。

Seiho:フラットにするってのは逆に共通点ですよ。僕もスーパーフラットが好きですから。さっきの作法の話にもつながりますが、作法ってのは敷居が意外にないってことなんです。高級レストランの作法と、マクドナルドの作法って、一緒やんって思う。マクドナルドの作法がわからへんやつは、高級レストランの作法がわかってても、所詮その程度みたいな思いがある。作法って知識の量やから、音楽の聴き方もアートの作品の見方も、作法はあるけど良し悪しはない。そこは共通知性っていう考え方なんです。

━━お二人の活動する業界考えの成り立ちは違うんですが、聞いていると最終的な方向性に共通点があるように思えます。ここから何か今までにないコラボレーションが生まれることを期待しています。

澤田:そうですね。Seihoさん何かやりましょう!

Seiho:いや、めっちゃやりたいっすね。何ができるかな?

澤田:一度、僕の関わる福祉関係の施設や学校に来てみませんか? ビックリするくらい色んなことに気付かされることがたくさんあるので。そこから何かアイデアが浮かぶかもしれないです。

Seiho:それいいですね! 施設や学校で何かパフォーマンスとか音楽に触れてもらったりする機会ができたら面白いですね。

Text by 名小路浩志郎
Photo by Leo Youlagi

Seiho×ゆるミュージック澤田智洋氏“0回目対談” -  日本における音楽の意義 music200904_seiho_yurumusic_main

PROFILE

Seiho

DJ、トラックメーカーとして自身の音楽活動を広げる中、近年は新たな試みとして「靉靆」「雲霓」「霖雨」といった様々なクリエイター、アーティストと共に表現を追求するプロジェクトを打出す。そして2020年、遂に独立、レーベルを立ち上げる。ここから更に表現の領域を広げるべく、さらなる境地に向かっている。

Seiho

澤田智洋

福祉クリエイターとして福祉領域のビジネスを手がける。代表的な活動として世界ゆるスポーツ協会代表として、運動オンチでもできるスポーツを開発し近年注目される人物。そんな澤田氏、実は本業はコピーライターの顔を持つ。それ他、音楽ユニットのプロデュース、近年はゆるミュージックを立上げ新たな楽器づくりを行うなど、活動は多岐に渡る。

ゆるミュージック
ゆるスポーツ

INFORMATION

Seiho×ゆるミュージック澤田智洋氏“0回目対談” -  日本における音楽の意義 music200522_seiho_yurumusic_29

INC COCKTAILS

〒150-0002 東京都渋谷区渋谷1-5-6 B1F
19:00 – 3:00 (2:30LO)
03-6805-1774

INC ONLINE STORE

INC COCKTAILS Instagram

詳細はこちら