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<title>Qetic - 時代に口髭を生やすニュースメディア”けてぃっく”</title>
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<description>ニュースメディア Qetic（けてぃっく）では、音楽、映画、芸能、アート、ファッション、グルメ、アプリ、コラム、アニメなど、最新トレンドから今ネットで話題のゴシップまであらゆるエンタメ・カルチャー情報をお届けします。</description>
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		<title>ブルース原理主義者の冒険──UG Noodle、ロング・インタヴュー</title>
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		<pubDate>Fri, 19 Jan 2024 11:00:54 +0900</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[二木信]]></dc:creator>
		<category>6</category>

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<![CDATA[<summary><p>989年生まれの神戸在住のミュージシャン／マルチ・プレーヤー、UG Noodle。この稀有な音楽家はこれまで、『The Indian Waltz』（13年）、『ポリュフェモス』（20年）、『Beautiful Dreamers』（22年）という3枚の魅惑的なソロ・アルバムを発表。3枚の作品のうち後者2作が、名古屋のストリートのヒップホップ・レーベル〈RCSLUM RECORDINGS〉からリリースされている。1万字をこえるロング・インタヴューはUG Noodleの音楽遍歴の話から始まる。</p>
</summary>]]>
<description><![CDATA[<article><figure><img width="1920" height="1280" src="https://cdn.qetic.jp/wp-content/uploads/2024/01/18164041/interview240118-ugnoodle-5-1920x1280.jpg" class="attachment-medium size-medium wp-post-image" alt="UG Noodle" decoding="async" /></figure><div class="text-box fade-up">
<p>音楽ライターの二木信が、この困難な時代（Hard Times）をたくましく、しなやかに生きる人物や友人たち（Good Friends）を紹介していく連載「<u><a href="https://qetic.jp/column/good-friends-hard-times/" rel="noopener noreferrer" target="_blank">good friends, hard times</a></u>」。国内のヒップホップに軸足を置きながら執筆活動を展開してきた二木が、主にその世界やその周辺の音楽文化、はたまたそれ以外の世界で活躍、躍動、奔走するプレイヤー（ラッパー／ビートメイカー／DJ）、A&Rやプロデューサーなど様々な人物を通じて音楽のいまと、いまの時代をサヴァイヴするヒントを探ります。</p>

<p>第8回目にご紹介するのは神戸在住のシンガーソングライター／軽音楽研究家、<strong>UG Noodle</strong>。名古屋の名門レーベル〈RCSLUM RECORDINGS〉からリリースされた3枚目のソロアルバム『Beautiful Dreamers』の配信がスタートしているので、是非ご一聴を。
（Qetic編集部）</p>
</div>


<div class="separator"></div>


<div class="text-box left fade-up">
<p><blockquote>　『ブラック・ミュージック』のなかには、音楽批評というものは、それが扱う“音楽”と同様激情に憑かれているように見えるものなのだという要求が、書くことの規則のようなものとして示されていた。これを書いている者もやはり、まだ若く影響を受けやすいときにバラカの格調高い詩の呪文に圧倒され、その後の職業が決定された物書きのひとりに数えられる。</blockquote>
<p class="quotecredit">「追悼：アミリ・バラカ　1934-2014」
『フライボーイ2──ブラック・ミュージック文化論集』
（グレッグ・テイト著／山本昭宏、ほか訳／ele-king books）所収</p>

<p><strong>UG Noodle</strong>は音楽を作り奏でることと、音楽とその歴史を叙述する激情に同時に憑かれた男であると言えよう。両者は彼のなかで切っても切り離せないものだ。私はこの取材を通して、その創造的な結びつきが、1989年生まれの神戸在住のミュージシャン／マルチ・プレーヤーのいまを突き動かしている事実を知り、感銘を受けた。</p>

<p>この稀有な音楽家はこれまで、『<strong>The Indian Waltz</strong>』（13年）、『<strong>ポリュフェモス</strong>』（20年）、『<strong>Beautiful Dreamers</strong>』（22年）という3枚の魅惑的なソロ・アルバムを発表している。構成要素は、ソウル・ミュージック、カリプソやボサノヴァ、ルーツ・レゲエやラヴァーズ・ロック、スカ、ファンク、インディ・ロック、ヒップホップ、AORあるいは歌謡曲などと多岐にわたる。こう羅列してしまうと、小器用で折衷的なベッドルーム・ミュージックのように思われるかもしれない。が、じつは違う。</p>
</div>

<div class="img-box fade-up"><figure><img src="https://cdn.qetic.jp/wp-content/uploads/2024/01/18163122/interview240118-ugnoodle-2.jpg" alt="UG Noodle" width="1280" height="1279" class="alignnone size-full wp-image-458240" /><figcaption><strong>UG Noodle</strong>『<strong>Beautiful Dreamers</strong>』
<a href="https://lnk.to/UGNoodle_BD" rel="noopener noreferrer" target="_blank"><strong><u>配信リンク</u></strong></a></figcaption>
</figure></div>

<div class="text-box left fade-up">
<p>基地の町である山口県岩国に生まれ、バンドでの華々しい活躍を夢見て大都会・大阪に居を移し、数年後に失意のなか地元に戻り、そして新たな志をもって神戸にやって来た移動の過程において、こうした音楽はUG Noodleの血肉となっていった。故にチャーミングなサウンドとは裏腹に、特に彼のヴォーカルに顕著にあらわれた“ブルース”は灰汁が強く、色濃い。</p>

<p>変わってゆく同じもの（The Changing Same）──アフリカ系アメリカ人の偉大な詩人／作家、アミリ・バラカ（リロイ・ジョーンズ）が『ブラック・ミュージック』という著作のなかで黒人音楽の核心を捉えたあまりにも有名なコンセプト。つまり、アフリカ系アメリカ人のピープルの民族意識、宗教性／世俗性、（奴隷としての）記憶、ブルース衝動（インパルス）、愛、エモーションは、ブルース、ゴスペル、R&B、ジャズ、ファンクと音楽形式が変化しようとも、歌や演奏、サウンドやリリックに表出する。だから、変わってゆく同じものであるテクノやヒップホップもある、という気高く壮大な思想だ。</p>

<p>この話をすることに躊躇いがないわけではない。というのも、“激動の60年代”を背景に、1966年のアメリカにおいて、黒人の作家が燃えたぎる民族意識をもって提唱した思想を、自分の理屈づけのために都合よく濫用して平気でいられるほど私は無邪気ではない。が、そうした異文化／民族のコンセプトに敬意を払いつつ、新たなアイディアを花開かせることはできる。事実、UG Noodleの音楽にはそれがある。彼は、自身の感覚や経験、感情、すでにあるとされている日本の地域性や自身の肉体性のみを自明視せず、歴史を知的に捉えかえし、固有でありながら普遍的な“変わってゆく同じブルース”を深い地層のなかから採掘し、再構成しようと試みている。端的にいえば、彼がルーツに誠実に向き合った音楽は素晴らしく、西洋化された日本という国でいかに生きるかという一筋縄ではいかない問いともつながっている。私がUG Noodleという音楽家に興味をひかれ、可能性を感じる最大の理由だ。</p>

<p>それはまた自分がヒップホップを通して考えてきたことでもあり、3枚の作品のうち後者2作が、名古屋のストリートのヒップホップ・レーベル〈<strong>RCSLUM RECORDINGS</strong>〉から出ていることも多くを示唆している。</p>

<p>そして私は昨年（2023年）の夏、UG Noodleの“神戸カリプソ”の美しいギターの調べとリズムに誘われ、神戸を訪れた――そんな風に言えれば格好も付くのだが、実際はUG Noodleからトーク・イベントの出演をオファーされて新幹線で向かった。インタヴューの後半でも触れられる元町にある「楽園レコード」での「軽音楽の夕べ」に参加するためだ。そのときに初めて会って、彼の行きつけのハンバーガー屋「WANTO BURGER」で話を聞き、さらにその後のメールでのやり取りをまとめた。1万字をこえるロング・インタヴューはUG Noodleの音楽遍歴の話から始まる。</p>
</div>

<h2 class="fade-up">INTERVIEW：UG Noodle</h2>

<div class="img-box fade-up"><figure><img src="https://cdn.qetic.jp/wp-content/uploads/2024/01/18163126/interview240118-ugnoodle-3.jpg" alt="UG Noodle" width="1280" height="2276" class="alignnone size-full wp-image-458241" /><figcaption><strong>UG Noodle</strong></figcaption>
</figure></div>

<div class="text-box left fade-up">
<p><strong>──まずUG Noodleというミュージシャンの音楽遍歴から語ってもらえますか。</strong></p>

<p>10歳ぐらいでギターを始めました。父親が弾くから家にあったんです。ギターを弾くようになると音楽の聴き方も凝ってくるじゃないですか。最初はB'zが好きだったけど、それからエアロスミスやレッド・ツェッペリンにハマって。地元の図書館にはそういうロックの他に、セックス・ピストルズやトゥパックとかのCDも置いてあって、中学の頃まではそこでCDを借りて聴いたりしていました。そのうちロックを中心に体系的に聴くようになってブルースまで辿り着く。そして、ロバート・ジョンソンから枝分かれしていった音楽をさらに聴いていくと。</p>

<p><strong>──それは早熟ですね。</strong></p>

<p>だから、僕はブルース原理主義者やと思うんです。それにこだわって音楽をずっと聴いてきたし、だからロックもヒップホップもその他の音楽もシームレスに聴ける。</p>

<p><strong>──音楽を自分でやり始めたのは？</strong></p>

<p>ギターを始めた頃はまわりにプレイヤーがいなかったから、2台のマイク付きラジカセを使って原始的な多重録音をやっていました。一方におもちゃのキーボードでドラムやベースの音を録音し、それをバックで流しながらギターを弾いたり歌ったりしてもう一方のラジカセに吹き込むことで音を重ねていく、というような方法を発明したわけです。世代ではないですが、母の影響で尾崎豊にもハマり、比較的マイナーな曲ですが“坂の下に見えたあの街に”という歌を録った記憶があります。中学から高校にかけては学校の先輩たちと当時の青春パンクみたいなことをやっていました。僕はそんな聴いてなかったけど、銀杏BOYZみたいな感じです。わりと自分がどこに行っても音楽に詳しいから、「これを聴け、あれを聴け」って周りの友だちに言う側だったんですけど、そのバンドのメンバーが広島のクラブクアトロに銀杏BOYZを観に行ったとき、前座で出てきたKing Brothersっていう西宮のバンドにめちゃめちゃ衝撃を受けて、つられて自分の嗜好もそれに影響されてちょっと変わってしまった。King Brothersはザ・ジョン・スペンサー・ブルース・エクスプロージョンに影響を受けたスタイルが基調ですが、当時出した『BLUES』（04年）はガレージ・パンクの金字塔です。そうやって銀杏BOYZが好きな友だちをとおして、King Brothersに出会う、みたいなこともありました。</p>
</div>

<div class="text-box fade-up">
<p><strong>King Brothers</strong>『<strong>BLUES</strong>』</p>
<iframe style="border-radius:12px" src="https://open.spotify.com/embed/album/0STRf2OiDeP5UJvthAdv2e?utm_source=generator" width="100%" height="352" frameBorder="0" allowfullscreen="" allow="autoplay; clipboard-write; encrypted-media; fullscreen; picture-in-picture" loading="lazy"></iframe>
</div>

<div class="text-box left fade-up">
<p><strong>──いまの音楽性とはだいぶ異なる感じではありますね。</strong></p>

<p>そうですね。高校の頃はまた、楽器屋さんにバンドのメンバー募集を出したり、インターネットで募集したりし始めて。そうしたら、オンラインの募集に反応してきたのが社会人のドラマーだったんです。昔のハード・ロックやレイジ・アゲインスト・ザ・マシーンとかを募集の呼びかけに書いていたから、向こうもこっちが高校生だとは思っていなくて。ともあれ、バンドを始めることになった。で、ドラマーの人に「借りている場所があるから」と連れていかれたのが、「Blue River Studio（ブルー・リバー・スタジオ）」という音楽スタジオだった。町のパン屋さんが個人的に借りていたビルの屋上のテナントにレコーディング・ブースとミキシング・ルームを手作りした場所で、地元のいろんなバンドが毎月1万円を払って決めた曜日に入れるシステムだった。</p>
</div>

<div class="text-box fade-up">
<p><strong>Blue River Radio</strong>／<strong>ブルリバラジオ</strong></p>
<iframe style="border-radius:12px" src="https://open.spotify.com/embed/episode/7rI6dtnCvqG2SIrDAnq9Ni?utm_source=generator" width="100%" height="352" frameBorder="0" allowfullscreen="" allow="autoplay; clipboard-write; encrypted-media; fullscreen; picture-in-picture" loading="lazy"></iframe>
</div>

<div class="text-box left fade-up">
<p><strong>──カンパ制みたいな感じだ。</strong></p>

<p>そうそう。このスタジオが決定的でしたね。パン屋の人が親切でレコーディングやミキシングのやり方の基本を教えてくれた。「基本は教えるから、その後は自分で頑張って」と。もうそれからは入り浸りましたね。空いているときはずっとスタジオにいたし、交友関係もだいぶ広がって。次第に先の高校生バンドでもバイト代を出し合って「ブルリバ」を借り、そこで知り合った先輩たちに触発されてオリジナル曲を作るようになります。最終的にはすべて自分たちの楽曲でライヴをやっていました。メンバーそれぞれが自分の曲や断片的なアイディアを持ち寄り、僕がバックの演奏を組み立てて、ヴォーカルに歌詞とメロディを考えてもらうというやり方でしたね。まわりには高校生のコピーバンドがたくさんいましたから、彼や彼女らと差をつけるためにも「オリジナルでなければ意味がない」という意識が、「ブルリバ」通いの自分らまわりには過激なまでにありました。</p>

<p><strong>──「ブルリバ」にはどんなバンドが出入りしていたんですか？</strong></p>

<p>The Little Elephant（以下、リトエレ）っていうオーセンティック・スカのバンドを通じてスカと出会えたこともラッキーでした。リトエレは親しいというより、憧れのバンドですね。畏れ多いというか。スカは自分のリズム感覚を作り上げていくうえでとても重要な音楽だった。いまダンス・ミュージックが好きなのもこの頃からスカのビートを聴いていたからだと思う。リトエレのように仕事や家庭を持つ社会人のバンドは、毎週平日の夜遅くに集合してリハや録音に打ち込み、年に数回は各地のパーティへ出ていく。今にしてみると、そうした先輩たちの身振りや音楽との付き合い方を見ていたという経験が、音楽そのものと同じくらい僕の音楽遍歴において重大な経験だったようにも思います。というのも、国民的規模で流行するスタイルを地方で実践すると、現実に馴染まないというか、痛々しい結果に終わっちゃうことってよくありますよね。「ブルリバ」に集まるバンドマンや音楽には、そういう不自然な政治性や違和感がそんなになかった。逆に極端な政治性があったりはするわけですが、それも含めて、価値判断のスケールを形成する過程で重要な空間でした。</p>

<p><strong>──なるほど。</strong></p>

<p>そういえば、先日つくば市の「Club OctBaSS」にUG Noodle楽団として訪れたときに妙な懐かしさを感じたのですが、それは「ブルリバ」に似た自治の気風があったからじゃないかな、と。知り合ったのはごく最近ですが、同じ岩国出身のCHIYORIさんもいて、不思議な時空間でしたね。ともあれ、音楽との付き合い方に関しては、自分の現在地と生活に大きな関わりがあるはずで、そういう感覚を培ってくれたのが「ブルリバ」、そして当時あった「Club SQUAD（旧Rock Bar 666）」でした。</p>
</div>

<div class="text-box fade-up">
<p><strong>THE LITTLE ELEPHANT LIVE@NOON＋CAFE 2016/09/18</strong></p>
<div class="movie_wrap"><iframe width="960" height="540" src="https://www.youtube.com/embed/-vgrsWmw1Kk?si=Dp2Za-zX5qI8oDnD" title="YouTube video player" frameborder="0" allow="accelerometer; autoplay; clipboard-write; encrypted-media; gyroscope; picture-in-picture; web-share" allowfullscreen></iframe></div>
</div>

<div class="text-box left fade-up">
<p><strong>──もちろんUGくんみずからが切り拓いたわけだけど、10代の頃からかなり恵まれた環境に身を置いていたというか、それはいろいろ揉まれるでしょうし、自然とセンスも磨かれますよね。</strong></p>

<p>オーセンティック・スカのバンドもいるし、ニューヨーク・ハードコアのバンドもいるし、僕らみたいにザ・フーのようなルーツ的なヴィンテージ・ミュージックとしてのブリティッシュ・ロックをやるバンドもいて。スタジオに行くようになってからは、録音して、CD-Rにみんなで手分けして焼いて同級生とかに売りまくって、イベントも自分たちで主催していました。いま振り返ると、地元の岩国がめちゃめちゃ重要だったとは思います。やっぱり基地（米海兵隊岩国航空基地）の町だから、戦後に基地のそばにできた日本人のクラブとかが残っているんです。ライヴハウスの文化も独特なものがあって、米兵やアメリカ人も多い。高校生の頃にイベントを主催してライヴをやると、お客さんのうち20人ぐらいが米兵みたいなときもけっこうあって。高校生が6割、あとの4割がアメリカ人みたいな。もちろん、地元の先輩とかもいるわけですけど。比率で言うと、そういうことになっていた。</p>

<p><strong>──それはまた鍛えられそうな環境だ。</strong></p>

<p>僕らのバンドもまあまあ人気で（笑）、ライヴの翌日に町でいきなり「昨日のライヴ、めっちゃ良かった！」とかアメリカ人に話しかけられるようになって。高校卒業の時期に、スタジオのパン屋さんが「市民文化会館を借りて高校生のイベントをやったら面白いんじゃない？」って提案してくれて、実際にやったら300人近くも集まって。</p>

<p><strong>──それはすごい。基地の町という話が出ましたけど、記憶にある出来事とかはありますか？</strong></p>

<p>こどもの日に基地が解放されて全国から人が集まって、飛行機ショーがあったり、ビッグ・バンドのライヴがあったり。でも、そんなに面白い経験があったわけでもなくて。広島が近いのでとうぜん平和教育があって、僕はわりとそういう教育に強烈に食らっていました。ジョン・レノンのスタイルにも影響を受けて、自分がやる音楽の必然性みたいなものを追求していたから、「平和とは何か？」と言いたがるロック・ミュージシャンみたいな感じもありましたね（笑）。加えてライヴハウス界隈にはスキンヘッズもいるし、「何を信じたらええんじゃ！」という状態でした。通っていた中学校から100メートル先が米軍基地だったから、2011年に911（アメリカ同時多発テロ事件）が起きたときには基地の警戒レベルが最大になって、基地のフェンスに近づいたら銃を向けられるという噂もあった。それが事実かどうかはともかく、そういう言説にリアルに晒されるのが基地の町で生きるということでもあるので。</p>

<p><strong>──僕が岩国で思い出すのは、ヒップホップ・グループのHIGH5です。『#MAJI超』（12年）は日本のヒップホップの隠れた名盤だと思うんです。その頃活動していました。知ってます？</strong>

<p>ああ！　フライヤーで見て名前は知っていました。自分の上の世代にはヒップホップのコミュニティがあったみたいなんですが、ぜんぜん接点はなくて。でも、もしかしたら「SQUAD」のキャッシャーのバイトとかしてたかも。何せ「IWAAKLYN（イワックリン）」というコンセプトだけは強烈に覚えています。</p>

<p><strong>──地域性をユーモラスに打ち出していましたよね。</strong></p>

<p>自分はMTVを観たり、友だちが教えてくれるエミネム、ドクター・ドレー、スヌープ・ドッグを聴いたりして、個人的に中学の頃にヒップホップにハマりましたね。インターネットでいろいろ音楽をゲットしてCDに焼けることに気づいて、それを人に自慢していたら、当時付き合いのあった不良の友だちが基地のアメリカ人から「この曲を手配しろ」っていう曲のリストを渡されて、それが回ってきて（笑）。アシャンティとかジャ・ルールとか。「これがいまイケてるヒップホップなんだな」って思いながら聴いていましたね。知識とともにそういう経験もあった。</p>

<p><strong>──いい経験だ。高校卒業後はどうしたんですか？</strong></p>

<p>「ブルリバ」とは関係ないんですが、一時期いっしょに音楽をやっていた先輩が先に大阪に住んでいたので、そこに行こうと。当時は音楽で華々しく食べていきたいと考えていたし、進学校でもなかったし、周りに大学生もいなかったので、大学に行くという選択肢はなかったですね。まだ漠然と、とりあえず都会に出なければダメだろうと思っていた。それで大阪のスタジオでバイトをしながらインディ・ロックみたいなバンドをやっていた。そのバイト先の先輩が僕と同じくshe luv itのメンバーで、彼のことは実は「ギャングだったあの頃」（『ポリュフェモス』収録）という歌のなかにも織り込んであるんですが、その人を介して杉生くん（CE$）と知り合った。she luv itに出会うまでは、生粋のライヴハウス・キッズだったけど、杉生くんと知り合ってからクラブにも行くようになったし、音楽の聴き方が大きく変わりました。</p>
</div>

<div class="text-box fade-up">
<p>▼<strong>関連記事</strong>
<a href="https://qetic.jp/column/good-friends-hard-times/ces-feature/323071/" rel="noopener noreferrer" target="_blank"><u><strong>できる限り音楽は肯定したい──CE$、ロング・インタヴュー</strong></u></a></p>
</div>

<div class="text-box left fade-up">
<p><strong>──それでshe luv itにも参加すると。UGくんはCE$くんがマネージャーを務めるtofubeatsの曲に客演で参加もしていますね。</strong></p>

<p>はい。she luv itってメンバーがたくさんいて実態がよく掴めないじゃないですか。「それでいいんだ！」って思いましたね。sumahama?（神戸の塩屋に集まったミュージシャンで結成された「インドアポップ共同体」）をはじめたときも、なんとなくshe luv itの組織論みたいなのを参考にしていたかも。「バンド」って言うと「絆」とか、窮屈な規範を呼び込んでしまうところがありますが、she luv itは「ポッセ」ですよね。それは後年に「ベ平連」や小田実の流動的な組織論に触れたときにも同じようなことを思いました。すこし脱線してしまいましたが、ただ音楽でなんとかしたいと考えて4年間ぐらい大阪でインディ・ロックをやったけど、行き詰まっちゃって。お客を呼べなくてノルマを払わされるライヴハウスのシステムもイヤだったし、シンプルに負担だし、辟易していた。だいたいアメリカ村にいたんですけど、わざわざそこに馴染む必要もないかと思い始めて、2010年の暮れ、22歳の頃にいちど岩国に、というか「ブルリバ」に戻ろうと決意するんです。その後も杉生くんとは連絡取り合って、いまに至りますけどね。</p>
</div>

<div class="text-box fade-up">
<p><strong>tofubeats - 恋とミサイル feat. UG Noodle</strong></p>
<div class="movie_wrap"><iframe width="960" height="540" src="https://www.youtube.com/embed/r6kj6mSJgR8?si=e-K2HCx62i_0m8k2" title="YouTube video player" frameborder="0" allow="accelerometer; autoplay; clipboard-write; encrypted-media; gyroscope; picture-in-picture; web-share" allowfullscreen></iframe></div>
</div>

<div class="text-box left fade-up">
<p><strong>──そして、それからいよいよUG Noodleというソロ・ミュージシャンとしての活動が始まるわけですね。</strong></p>

<p>大阪時代にパーマをかけてたんでバイト先で「ラーメン」というあだ名を付けられて、Noodleならアジアっぽいし、ゴリラズのギタリストとも同じ名前だし、いいなと思って名乗るようになりました。これは後付けですが、”noodle”という単語には「頭脳」とか「（ギターで）さりげないフレーズを即興で弾く」とか、いろんな意味があって面白いんです。ラーメンは豚骨が好きです。また話が逸れましたが、大阪時代は自分のパソコンを持っていなかったんですけれども、地元に帰る直前に手に入れて、とにかくスタジオに籠って制作していましたね。曲を書いて、演奏して、録音を重ねて、ひとり10役ぐらいやっていた。いまはDAW上で打ち込んで済ませていますが、ドラムまで叩いていましたから。そうやって、ファースト・アルバム『The Indian Waltz』（13年）を完成させた。だから、ファーストは地元の岩国で作っていて、『Beautiful Dreamers』（22年）にも地元で録音したものがけっこうある。“神戸カリプソ”とかそうですね。あれは神戸に引っ越す前に書いているので。</p>

<p><strong>──当時『The Indian Waltz』はレコード屋さんのコメントか、レーベル側の公式インフォかはわからないのですが、渋谷系みたいにも書かれていました。だけど僕は、坂本慎太郎がゆらゆら帝国を解散したあとに出したソロ作品に通じる密室感があると思って。『幻とのつきあい方』（11年）ですね。</strong></p>

<p>「ブルリバ」で音楽を作り始めた頃に、まさに坂本慎太郎が最初のそのソロ・アルバムを出して。実際、坂本慎太郎の作品は自分にとって大きかったんですけど、そのまま影響を受けてやったらただのパクリになってしまうから、そのエッセンスだけを抽出して自分のスタイルに反映するということを常に考えながら聴いていました。ゆらゆら帝国は聴かず嫌いをしていたけど、『幻とのつきあい方』に入っている“君はそう決めた”という曲は、サウンドやリズムはもちろんのこと、歌詞が突き刺さりましたね。大阪で挫折して、頭もおかしくなってて、大阪駅のトイレのゴミ箱に電話を捨てて逃げるように帰ってきた自分にとっては、救われるような聴取体験でした（笑）。</p>
</div>

<div class="text-box fade-up">
<p><strong>UG Noodle</strong>『<strong>The Indian Waltz</strong>』</p>
<iframe style="border-radius:12px" src="https://open.spotify.com/embed/album/1fwCPbOQzuT6rIcaHfc3s2?utm_source=generator" width="100%" height="352" frameBorder="0" allowfullscreen="" allow="autoplay; clipboard-write; encrypted-media; fullscreen; picture-in-picture" loading="lazy"></iframe>

<p><strong>君はそう決めた（You Just Decided）／坂本慎太郎（zelone records official）</strong></p>
<div class="movie_wrap"><iframe width="960" height="540" src="https://www.youtube.com/embed/t08i_cWdcbM?si=KwxO6PViR4Kt-9Qz" title="YouTube video player" frameborder="0" allow="accelerometer; autoplay; clipboard-write; encrypted-media; gyroscope; picture-in-picture; web-share" allowfullscreen></iframe></div>
</div>

<div class="text-box left fade-up">
<p><strong>──そこまでの経験があったとは……！</strong></p>

<p>地元ではスーパーの惣菜工場とかで派遣のバイトをして、本当に嫌な目にあったりしていたし、東日本大震災と原発事故もあったし。そんなときにラジオから流れてきたキリンジによるピチカート・ファイヴのカヴァー“陽の当たる大通り”（02年）も、本当に死ぬほど聴きました。『Beautiful Dreamers』の制作には大阪で知り合って以来いまもいっしょに音楽をやっているTakashi Kusudaがサブ・プロデューサー的な役割を果たしていますが、彼から教えてもらったニック・ドレイクやヴァシュティ・バニヤン、チェット・ベイカー、そしてキース・ジャレットの『Melody at Night, with You』（98年）とか、内省的で優しい音楽に目覚めた時期でもありました。彼の影響を受けて初めての海外旅行でインドに行ったりもして。あとは、ひとりで制作するようになったこの時期に初めてはっぴいえんどを聴いたり。</p>

<p><strong>──『Beautiful Dreamers』に入っているチャーミングなリズムボックスが印象的な“アメリカは遠いから”では、インド旅行について歌ってますよね。</strong></p>

<p>細野晴臣の『HOSONOVA』（11年）もよく聴いていましたね。大阪に行ってファンクを聴くようになって音楽のグルーヴにこだわり出したのも重要で。あと、自分のヴォーカルのピッチ補正はある程度しかしないので、耳ざわりがいい歌ではないと思うんです。無理やりトリートメントしてしまうと、肝心の部分が全部なくなってしまうから、たとえばちょっと音程が外れている部分も残している。グルーヴや歌い方の「クセ」へのこだわりは、高校生の頃から好きで聴いていたファレル・ウィリアムスやN.E.R.Dも影響しているのかもしれない。イントロのクセで「ファレルか！」てなりますもんね。ですが、それこそブルース原理主義者たる所以といいますか。だって、DAWでピッチ補正されたブルースなんて聞いたことないですから。もちろん、最新のテクノロジーを採り入れてジャンルをアップデートしていくことが音楽全般において重要な仕事だということは認識しています。でも、その過程で失われてしまうもの――たとえばプレイヤーにとっては「一過性の呼吸」、リスナーにとっては「寛容な耳」とでも言いましょうか――そういうものを取り戻したいという気持ちはあります。そうしたなかで、また先ほど挙げた内省的な音楽からの影響も踏まえて、声やノイズやグルーヴを含めた「クセ」とか「質感」とか「訛り」のようなものこそが、何よりも音楽家のアイデンティティであり、オリジナリティでもあると確信するようになりました。</p>
</div>

<div class="text-box fade-up">
<p><strong>細野晴臣</strong>『<strong>HOSONOVA</strong>』</p>
<iframe style="border-radius:12px" src="https://open.spotify.com/embed/album/6KnwcBSlk9m1Q5T2GZTOWW?utm_source=generator" width="100%" height="352" frameBorder="0" allowfullscreen="" allow="autoplay; clipboard-write; encrypted-media; fullscreen; picture-in-picture" loading="lazy"></iframe>
</div>

<div class="text-box left fade-up">
<p><strong>──そう、ヴォーカルに特に顕著ですけど、UG Noodleの音楽はミキシングが面白いですよね。そこまで岩国で音楽制作に打ち込んでいたのに、どうして神戸に？</strong></p>

<p>昔から海外の音楽の歌詞を写したりして英語を習得していって、英語だけはめちゃくちゃ得意だったから、それを仕事に活かせないかと考えて大学に行こうと。それで探していたら、夜間部で大卒と教職免許が取れて、しかも社会人向けの特別入試枠がある公立大学があると知り、これは「渡りに舟」だと。そんなわけで、2014年、24歳の頃に大学に入りました。同じように疲労に満ちた惨憺たる表情を浮かべて、しかし目だけは妙にギラついている社会人たちが夜な夜な集まってきて、授業が終わったらよりいっそう目をギラつかせて帰っていく、という感じでした。</p>

<p><strong>──専門は何でしたか？</strong></p>

<p>いわゆる英米文学ですね。ゼミの先生はアメリカ人で、ビート文学の研究者でした。アメリカのカウンター・カルチャーについてのゼミだったので、ブラック・アーツ・ムーヴメント（アフリカ系アメリカ人の詩人／作家／活動家のアミリ・バラカが牽引し、60年代中盤から70年代中盤まで展開された芸術運動）をテーマに卒業論文を書くことに決めました。音楽と文学の交差に興味があったので、W・E・B・デュボイスからアミリ・バラカ、ザ・ラスト・ポエッツに至る反レイシズムと大衆芸術運動の歴史を自分なりに解釈し、英語で書きました。</p>

<p><strong>──それはとても興味深い。それこそちょっと前に邦訳が出たグレッグ・テイトの著作『フライボーイ2』に所収された「追悼：アミリ・バラカ」でブラック・アーツ・ムーヴメントについて詳述されています。そして、いまは博士課程にいると？</strong></p>

<p>そうですね。博論執筆のために在学期間を延長している状態です。ざっくりと言えば、アミリ・バラカがやった仕事のひとつは、白人の視点から書かれたジャズの歴史をアフリカ系アメリカ人の大衆音楽史として書き直すべく、奴隷制とそこから生まれたブルースへと再接続する作業だった。改名前のリロイ・ジョーンズという名前で書かれた有名な『ブルース・ピープル』（63年）のことです。その仕事は、論理的客観性や歴史学の体系といった西洋アカデミズムの土俵の上で、レイシズムに与しうるジャズの言説に対して戦闘的な態度で抗っていく活動であったように思います。音楽について語るという行為が人種差別的な国家権力に結びついていく過程と、コミュニティに根差した主体的な言語やサウンド、芸術による表現を通じてこれに対抗する文化運動――そうした一連の歴史と力学に興味がある。</p>
</div>


<div class="text-box fade-up">
<p><strong>Amiri Baraka - Dope</strong></p>
<div class="movie_wrap"><iframe width="960" height="540" src="https://www.youtube.com/embed/qJ89lZDBDR4?si=LrUj4AnGPMLtMcFD" title="YouTube video player" frameborder="0" allow="accelerometer; autoplay; clipboard-write; encrypted-media; gyroscope; picture-in-picture; web-share" allowfullscreen></iframe></div>
</div>

<div class="text-box left fade-up">
<p><strong>──グレッグ・テイトは、「“音楽”が“闘争”となるにいたった歴史と、そのことがもつ社会・文化・政治的な意味を理解しようと望む者にとって、リロイ・ジョーンズ名義で書かれた『ブルース・ピープル』（1963）が基本文献なのは間違いない」と書いています。そうしたアミリ・バラカの偉大な仕事をある意味では引き継ごうとしながら、UGくんがいま取り組んでいる研究はなんでしょう？</strong></p>

<p>翻って、現代日本の主流なポピュラー音楽の動向を俯瞰していると、ときどき第二次世界大戦中の体制をいまだどこかに引きずっているように感じることがあります。まだここではっきりと言うことはできませんが、そのことについて自分の問題意識から批判的に捉え直してみる価値はあるように感じています。それでいま、淡谷のり子が歌った「別れのブルース」（37年）を起点にして、アジア・太平洋戦争、第二次世界大戦中の総力戦体制下におけるポピュラー音楽とナショナリズムの関係、その戦後社会への連続性と断絶といったことを中心に研究しています。</p>

<p><strong>──それは重要な仕事ですね。そのように研究者として研究することと、ミュージシャンとして音楽を作ることは本人のなかでどうつながっているのかについても聞きたいです。</strong></p>

<p>研究活動と、みんなで音楽を作ったりレコードを漁ったりパーティを開いて遊んだりする音楽実践は、フィールドが違うだけで本質的に共通する部分がいくつかあると感じています。たとえば、神戸や尼崎にそうした音楽が聴かれていたダンスホールが過去に存在した史実を知ることで、現代に生きる自分が街で行われるパーティに行くときの空間のとらえ方も変わる。街の表情が見えてくる、といった感じです。いまは無きかつての元町高架下商店街、通称「モトコー」で欲しいレコードを探していると、土や泥にまみれたレコードを見ることが何度かありました。同じような汚れ方をしているものをよく見るのでレコード屋のひとに聞いてみると、どうも阪神淡路大震災のときに被災したコレクターの方の遺品なんじゃないか、ということなんです。これは研究ではないのであくまで憶測、というか伝聞ですが、そういうことは十分にあり得ますよね。音楽を求めて歩き、思いがけず、自分の知らない街の埋もれた記憶に触れた時に感じる、現実の質感。そういう歴史の手ざわり、それも有名人ではなくて、自分のようにかつてこの道を通った普通の人の存在の痕跡を求めてのことなのかもしれません。生きていたら仲間になれたかもしれない人だって大勢いたでしょうし。だから、研究のための史料を市内で探すこともよくあります。なんと言ってもモダン国際都市ですからね、神戸は。街で遊ぶことが、近現代の日本文化史ついて研究するための手がかりを探す作業も兼ねている、というか。</p>
</div>

<div class="img-box fade-up"><img src="https://cdn.qetic.jp/wp-content/uploads/2024/01/18163130/interview240118-ugnoodle-4.jpg" alt="UG Noodle" width="1280" height="2276" class="alignnone size-full wp-image-458242" /></div>

<div class="text-box left fade-up">
<p><strong>──それこそ昨夜、神戸から元町の方まで歩いて案内してもらいました。</strong></p>

<p>なんでしょうね、資料にあたって前後の歴史的文脈を整理しているなかで生まれてくる仮説もあれば、研究に行き詰まってクラブに行き、夢中になって踊ったり、友だちとしゃべっているあいだに思考が論理的なレベルで整理されることもある。そのうち、資料に当たるということは、クラブで誰かに会って話をするのとあんまり変わらないんじゃないかと思えるようになりました。その成果がいま自分のいる現場に少しでも貢献するようなものであればいいなという願望はありますが、研究活動ではアカデミック・ディシプリンに即した厳密さ・緻密さを心がけています。とはいえ、ひとつのアルバムを構築していく上でも、特にミキシングの段階ではセルフ・ディシプリンに即した厳密さ・緻密さが要求される過程はあり、そうなるとこのふたつの作業には、巨視的に見れば同じような局面があるわけです。「理屈と膏薬は何処へでも付く」と言われそうですが、ともあれ研究活動と音楽実践は、いずれも現時点での問題意識から出発して街あるいは言説空間の中を歩き、さまざまなアイディアを取り込み、新味をひねり出していく行為であるという点で共通しています。取り止めのない話になってしまいましたが、音楽活動と研究活動のいずれも、自分が現在地において創造的な未来を構想するために欠くことのできない重要な作業であると考えています。</p>

<p><strong>──いい話だし、すごくよくわかりますね、言いたいこと。</strong></p>

<p>だから今回のような「歌謡曲と第二次リズム〈永久〉革命」というトーク・セッションとDJのパーティを同時にやるイベント（「軽音楽の夕べ」）を企画していますし、それは表現の次元においてもそうです。というのも、バンドをやっていた頃は何を歌っていいのか悩んでいて、音のリズムの方ばかり考えて、日本語じゃなく英語のフロウでもたせていたんです。日本語の詩では内容をもたせられなかった。初めてのソロ作品『The Indian Waltz』で作詞にこだわり始めて、ようやく思い通りに日本語の詩を書けるようになってきて。その頃から本も読むようになった。</p>
</div>


<div class="img-box fade-up"><img src="https://cdn.qetic.jp/wp-content/uploads/2024/01/18163118/interview240118-ugnoodle-1.jpg" alt="UG Noodle" width="1280" height="1280" class="alignnone size-full wp-image-458239" /></div>


<div class="text-box left fade-up">
<p><strong>──セカンド『ポリュフェモス』（20年）の10分をこえるラストの曲は、前半が日本語、後半は英語と歌い分けていますね。</strong></p>

<p>あれには「ブルリバ」で聞こえていた岩国駅前交差点の信号の音が入ってますね（笑）。神戸に引っ越して来てから、トッド・ラングレンやニッキー・ホプキンスといった70年代に名作を残したとされているシンガー・ソングライターを一生懸命聴くようになって。セカンド以降は、そういう音楽を意識しているし、自然と反映されてはいると思いますね。10代の頃は山崎まさよしや斉藤和義も好きでしたし。あとなにより、神戸に来てからレコード屋で働いていたんですけど、そこで知り合ったJAH SOCKや火男といったDJの人らに教えてもらった和モノが、自分がこの街にいて、日本語でどんな詩を書いて、どんな歌を歌うべきかについて大きな示唆を与えてくれた。特に火男のMIXCD『ばらソースMIX』が衝撃的に良かった。歌謡曲の言葉、詩がすごく良くて、信じられない物語を滲ませている。あのMIXを聴いたことも、日本語にこだわって歌うことにハマったきっかけですね。</p>
</div>

<div class="text-box fade-up">
<p><strong>UG Noodle</strong>『<strong>ポリュフェモス</strong>』</p>
<iframe style="border-radius:12px" src="https://open.spotify.com/embed/album/2XNDzeE8tE5hF0QBvjkbmO?utm_source=generator" width="100%" height="352" frameBorder="0" allowfullscreen="" allow="autoplay; clipboard-write; encrypted-media; fullscreen; picture-in-picture" loading="lazy"></iframe>
</div>

<div class="text-box left fade-up">
<p><strong>──この約10年でほぼひとりで濃密なソロ・アルバムを3枚作ったわけですよね。</strong></p>

<p>いやあ、ひとりの制作は時間がかかり過ぎるし、宅録は頭がおかしくなるからもうやりたくない（笑）。正直、ブライアン・ウィルソンを乗り越えたいぐらいの気概も持ってやっていましたけど、ひとまずいいかなと。日常生活と折り合いがつかなくなってしまうので。いまはUG Noodle楽団というバンドでライヴをしていますね。みなさん演奏力があるので、コード進行を書いて渡してこんな感じでと伝えれば、できる人たちですし。ジャズ・スタンダードをやるような気軽さで自分の曲を演奏して、歌いたい。その場で集まって、気取った演奏をして、お客さんをひとりでも爆笑させて解散する。いまはそういう音楽との付き合い方が生活への負担が少ないし、楽しいですね。結局、どこにいても行き着くところは同じだということです。</p>
</div>

<div class="text-box fade-up">
<p><strong>UG Noodle and his band "Yume no Koibito（My Platonic Sweetheart）" Feb. 26th, 2023</strong></p>
<div class="movie_wrap"><iframe width="960" height="540" src="https://www.youtube.com/embed/BAacDeIbv7Q?si=mU1Ff2PLuXn5ZtzX" title="YouTube video player" frameborder="0" allow="accelerometer; autoplay; clipboard-write; encrypted-media; gyroscope; picture-in-picture; web-share" allowfullscreen></iframe></div>
</div>

<div class="text-box right fade-up">
<p>取材・文／<a href="https://twitter.com/shinfutatsugi" rel="noopener noreferrer" target="_blank"><u>二木信</u></a>
編集／船津晃一朗</p>
</div>


<div class="profile">
<h3 class="profile-title">INFORMATION</h3>

<div class="img-box fade-up"><img src="https://cdn.qetic.jp/wp-content/uploads/2024/01/18163122/interview240118-ugnoodle-2.jpg" alt="UG Noodle" width="1280" height="1279" class="alignnone size-full wp-image-458240" /></div>

<p class="text">UG Noodle
Title：BEAUTIFUL DREAMERS
Label：RCSLUM
Release：2022.12.24</p>

<p class="text">1. Bong Stuck（Prod. Takashi Kusuda）
2. Stop Speaking（Prod. Takashi Kusuda）
3. Beautiful Dreamers
4. Quarantine
5. 出口のない朝
6. アメリカは遠いから
7. あの頃メリー・ジェーンと
8. 神戸カリプソ
9. Night Cruising（Prod. Takashi Kusuda）
10. Good Fellows
11. The Night Is Still Young
12. Heaven?
13. Beautiful Dreamers（Reprise）
</p>

<p class="text">CREDIT：
Vocals：UG Noodle
Instruments：UG Noodle except #1, #2, #9 by Takashi Kusuda, #6 by UG Noodle and Takashi Kusuda
Recording：UG Noodle except #1, #2, #6, #9 by UG Noodle and Takashi Kusuda
Mixing：UG Noodle
Mastering：Takanome</p>

<a href="https://lnk.to/UGNoodle_BD" class="btn" target="_blank" alt="Link" rel="noopener noreferrer">配信リンク</a><a href="https://linktr.ee/iamugnoodle" class="btn" target="_blank" alt="Link" rel="noopener noreferrer">UG Noodle</a>

</div>

<a href="https://qetic.jp/column/good-friends-hard-times/" class="btn" target="_blank" alt="Link" rel="noopener noreferrer">good friends, hard times</a>
<p>© Qetic Inc.</p>
</article>]]>
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		<guid isPermaLink="true">https://qetic.jp/column/good-friends-hard-times/substore/454632/</guid>
		<title>小さくユニークなヴェニューから広がるコミュニティ──〈SUB store〉について</title>
		<link>https://qetic.jp/column/good-friends-hard-times/substore/454632/</link>
		<comments>https://qetic.jp/column/good-friends-hard-times/substore/454632/#respond</comments>
		<pubDate>Fri, 08 Dec 2023 12:00:14 +0900</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[二木信]]></dc:creator>
		<category>6</category>

		<guid isPermaLink="false">https://qetic.jp/?p=454632</guid>
<![CDATA[<summary><p>音楽ライターの二木信が、この困難な時代（Hard Times）をたくましく、しなやかに生きる人物や友人たち（Good Friends）を紹介していく連載「good friends, hard times」。第7回目にご紹介するのは東京・高円寺にあるヴェニュー「SUB store」。</p>
</summary>]]>
<description><![CDATA[<article><figure><img width="1761" height="1174" src="https://cdn.qetic.jp/wp-content/uploads/2023/12/03123331/column231203-substore-9.jpg" class="attachment-medium size-medium wp-post-image" alt="SUB store" decoding="async" /></figure><div class="text-box fade-up">
<p>音楽ライターの二木信が、この困難な時代（Hard Times）をたくましく、しなやかに生きる人物や友人たち（Good Friends）を紹介していく連載「<u><a href="https://qetic.jp/column/good-friends-hard-times/" rel="noopener noreferrer" target="_blank">good friends, hard times</a></u>」。国内のヒップホップに軸足を置きながら執筆活動を展開してきた二木が、主にその世界やその周辺の音楽文化、はたまたそれ以外の世界で活躍、躍動、奔走するプレイヤー（ラッパー／ビートメイカー／DJ）、A&Rやプロデューサーなど様々な人物を通じて音楽のいまと、いまの時代をサヴァイヴするヒントを探ります。</p>

<p>第7回目にご紹介するのは東京・高円寺にあるヴェニュー「<strong>SUB store</strong>」。（Qetic編集部）</p>
</div>


<div class="separator"></div>

<div class="text-box left fade-up">
<p>東京・高円寺にある「<a href="https://substore.jimdofree.com/" rel="noopener noreferrer" target="_blank"><u><strong>SUB store</strong></u></a>」という一風変わったヴェニューを紹介したい。場所は高円寺北口の中通り商店街の餃子の王将を左に曲がり路地を数十メートルほど歩いて左手のビルの２階。インドネシア料理屋、コーヒーやお酒も楽しめて、週末を中心にライヴやDJを中心としたパーティも行われている。店内を見渡すと、私物の音楽本やミュージシャンの自伝、ジェイムズ・ブラウンのフィギュア、マルコム・Xの演説を用いたエレクトロの名曲“NO SELL OUT”のステッカー、ガールズのサイン入りのファースト『アルバム』やビヨーク『ユートピア』のレコード・ジャケットも飾られている。DJやお店の常連客のレコードの委託販売も行っていて、アフリカ音楽を始めとするワールド・ミュージックやパンク、シティ・ポップなどジャンルも幅広い。</p>
</div>

<div class="img-box fade-up"><img src="https://cdn.qetic.jp/wp-content/uploads/2023/12/03122446/column231203-substore-11.jpg" alt="SUB store" width="1280" height="1920" class="alignnone size-full wp-image-457354" /></div>

<div class="text-box left fade-up">
<p>お店を切り盛りするのはインドネシア出身のアンディと久実さん夫妻。そもそも「SUB store」はどのようにできたのだろうか。ロックやパンク、ハードコアやスケートが大好きだったアンディは東京各地のライヴ・ハウスやレコード屋を渡り歩くなかで、音楽やサブカルチャーが根付く高円寺の魅力に引かれて、2014年に当地への引っ越しを決意する。高円寺にまったく縁のなかった久実さんは「アンディにこの町の面白さを教えてもらいましたね」と語る。そして引っ越し後にお店をやろうと思い立ち、ふたりで仕事を辞め、2016年3月に「SUB store」をオープン。</p>
</div>

<div class="full-img-v fade-up"><img src="https://cdn.qetic.jp/wp-content/uploads/2023/12/03122609/column231203-substore-3.jpg" alt="SUB store" width="1920" height="1280" class="alignnone size-full wp-image-457356" /></div>

<div class="full-img-v fade-up"><img src="https://cdn.qetic.jp/wp-content/uploads/2023/12/03122603/column231203-substore-2.jpg" alt="SUB store" width="1920" height="1280" class="alignnone size-full wp-image-457355" /></div>

<div class="text-box left fade-up">
<p>中野、阿佐ヶ谷、下北沢でも物件を探したというが、最終的に高円寺に決めた理由は何だったのか。「高円寺の小さい駅のサイズも良かったし、雨でも駅から濡れないで歩いて来られる高架下に近い物件が見つかったのもありますね。あと家賃が安かった。最初は隣がヤクザの事務所でしたけど、まあ大丈夫でしたよ（笑）」とアンディ。</p>

<p>店名は、アメリカのシアトルのインディ・レーベル〈SUB POP〉に由来。レーベルの大ファンだったアンディと彼の弟が名前を決めた。お店のロゴもオマージュだ。「だけど、ロゴのフォントもデザインも違うからコピーじゃなくてインスパイアですね」と元々グラフィック・デザイナーが本職の彼は言う。〈SUB POP〉のTwitterアカウントに「大ファンなのでインスパイアされた」という旨のDMを送ったところアンサーが返ってきたという。「ぜんぜん怒られることもなくて。むしろTwitterでフォロー・バックしてくれてちょっと応援してくれている感じですね」と久実さん。</p>

<p>small、unique、bookという頭文字から成る「SUB」にはお店のコンセプトが込められている。「お店は小さくて、ユニークでありたくて、しかも本が大好きだからです」とアンディが簡潔に説明してくる。HPには次のように記してある。「幅広い年齢の方々がサブストアで新しいアイデアや文化に出会ったり、お互いに情報交換することで世界のアートや音楽、文化の新しい面に触れていただければ嬉しいと思います」。</p>
</div>

<div class="img-box fade-up"><img src="https://cdn.qetic.jp/wp-content/uploads/2023/12/03122707/column231203-substore-5-1.jpg" alt="SUB store" width="1920" height="1280" class="alignnone size-full wp-image-457358" /></div>

<div class="text-box left fade-up">
<p>じつは高円寺の店舗は4号店。2014年にアンディが出資、彼がレコードやCD、音楽グッズのバイヤーの役割を担い、弟夫婦がジャカルタに1号店を設立した。翌2015年初頭にバンドゥンに2号店、同年の後半にバリに3号店を開き、さらに2019年にはジョグジャカルタに5号店をオープンした。もちろん現地にはそれぞれビジネス・パートナーがいる。現在は、バリ、高円寺、ジョグジャカルタが開業中で、バンドゥンのお店も再開する予定だ。</p>

<p>当初、高円寺の「SUB store」では絵や作品の展示会などは念頭にあったものの、ライヴやDJのパーティまでは想定しておらず、いまあるDJ機材や大きなスピーカーもなかった。久実さんは最初、コーヒーがメインのお店と考えていたそうで、料理のメニューも最初は3種類程度だった。本格的に料理を提供したり、お酒を作ったりする飲食業そのものが初めてのふたりは手探りでお店の営業を模索してきた。</p>
</div>

<div class="img-box fade-up"><img src="https://cdn.qetic.jp/wp-content/uploads/2023/12/03122750/column231203-substore-7.jpg" alt="SUB store" width="1779" height="1186" class="alignnone size-full wp-image-457359" /></div>

<div class="text-box left fade-up">
<p>「お客さんからインドネシア料理をもっと増やしたほうがいいよとアドバイスをもらってちょっとずつ頑張って増やして行ったり。DJイヴェントをやるようになったのもお客さんが勧めてくれたからですね。お店が盛り上がるよって」（久実）。</p>

<p>「最初にDJイヴェントをやってくれたのは大槻洋治さんという方です。アフリカン・ミュージックのレコードのコレクターで、ワールド・ミュージックのパーティをやってくれました」（アンディ）。</p>
</div>

<div class="full-img-v fade-up"><img src="https://cdn.qetic.jp/wp-content/uploads/2023/12/03123621/column231203-substore-12.jpg" alt="SUB store" width="1280" height="1920" class="alignnone size-full wp-image-457368" /></div>

<div class="full-img-v fade-up"><img src="https://cdn.qetic.jp/wp-content/uploads/2023/12/03123617/column231203-substore-13.jpg" alt="SUB store" width="1280" height="1920" class="alignnone size-full wp-image-457367" /></div>

<div class="full-img-v fade-up"><img src="https://cdn.qetic.jp/wp-content/uploads/2023/12/03123453/column231203-substore-14.jpg" alt="SUB store" width="1280" height="1920" class="alignnone size-full wp-image-457366" /></div>

<div class="full-img-v fade-up"><figure><img src="https://cdn.qetic.jp/wp-content/uploads/2023/12/03123449/column231203-substore-15.jpg" alt="SUB store" width="1280" height="1920" class="alignnone size-full wp-image-457365" /><figcaption>※記事の筆者、二木信</figcaption>
</figure></div>

<div class="text-box left fade-up">
<p>大槻さんは西アフリカのマリで学んだアフリカン・スタイルのギターを弾くミュージシャンで、Youzy名義で主に60、70年代の西アフリカのレアなレコード等をプレイする。店内では大槻さん所有のレコードも売られている。</p>

<p>「だから、お客さんに助けられながら営業してきた感じです。そう、のでぃさんもオープン当初に来店してくれたひとりです」（久実）</p>

<p>のでぃとは、高円寺を拠点に活動する、知る人ぞ知るサイケデリック・ロック・バンド「ねたのよい」のヴォーカル／ギターで、サイケデリック・ロックを地で行く風貌とヒッピー・ファッションからいちど会ったら忘れられない高円寺アンダーグラウンドの重要人物だ。</p>

<p>ある日アンディがオープン時間の昼12時ぐらいに、イサーン音楽／モーラムをかけながら階段を掃除していると、ワインを瓶でラッパ飲みしながらタバコを喫って店の前に佇んでいるタトゥーの目立つ男がいた。それが、のでぃだった。</p>

<p>「私が恐る恐る『Nice to meet you…』と話しかけると、『良い音楽かけてるね。俺もタイの音楽が大好きだから明日レコードを持って店に来るよ』と言われて。でも、タンクトップですごいタトゥーも見えているし最初は怖いじゃないですか。隣はヤクザの事務所だし、タトゥーの人は来るし、『高円寺はプロブレムだらけだ！』って思いましたね（笑）」とアンディが冗談めかして言う。</p>

<p>翌日、実際にのでぃが大量に持って来たタイの音楽の7インチはすべてオリジナル盤の貴重なレコードだったという。そうして意気投合したふたりはRADIO SAWADEE（ラジオ・サワディ）というDJユニットを組むに至る。そして、2021年に立ち上げた「SUB store」の音楽レーベル部門〈SUB Records〉の第一弾としてリリースしたのが、ねたのよいのファースト・アルバム『月桃荘』（06年）のLP盤だった。</p>
</div>

<div class="text-box fade-up">
<p><strong>ねたのよい（NETANOYOI）- 月桃荘</strong></p>
<div class="movie_wrap"><iframe width="960" height="540" src="https://www.youtube.com/embed/_Dl4HiOHcvU?si=WUrQVZKcxZaolNFO" title="YouTube video player" frameborder="0" allow="accelerometer; autoplay; clipboard-write; encrypted-media; gyroscope; picture-in-picture; web-share" allowfullscreen></iframe></div>
</div>

<div class="text-box left fade-up">
<p>こうした「SUB store」の交流のネットワークは高円寺ローカル、東京、日本、インドネシアだけに限定されない。</p>

<p>「フェスや大きなライヴで来日した海外アーティストから、うちのお店ぐらいの狭い場所でファンと近い距離でインティメイト・ライヴ（親密なライヴ）をやりたいという連絡がいっぱい来るようになって。英語が通じるのも大きかったでしょうし、サブカルチャーが根付いた高円寺というネーム・ヴァリューが世界に広がっているのを感じました」（久実）。</p>

<p>これまでに、アメリカのロック・バンド、!!!（Chk Chk Chk）の元メンバーのアラン・ウィルソンがYolo Biafra名義でDJしたほか、UKのジャズ・ファンクのグループ、インコグニートのリード・ギタリスト、フランシスコ・サレス、あるいはフィンランドのシンセ・ポップを奏でるヤーコ・エイノ・カレヴィというアーティストなどがライヴを行っている。ちなみに、ビョークが2022年に発表したアルバム『フォソーラ』への参加で注目を集め、今年9月の来日ツアーも話題となったインドネシアのエレクトロニック・ミュージックのユニット、ガバ・モーダス・オペランディは、アンディの友人でもある。「彼らが急に有名になってびっくりした。すごいね」と笑う。</p>
</div>

<div class="text-box fade-up">
<p><strong>Gabber Modus Operandi（LIVE）｜HÖR - Jun 20／2023</strong></p>
<div class="movie_wrap"><iframe width="960" height="540" src="https://www.youtube.com/embed/IHmiXQsb_yY?si=pHB-zzCZW-zJZZI6" title="YouTube video player" frameborder="0" allow="accelerometer; autoplay; clipboard-write; encrypted-media; gyroscope; picture-in-picture; web-share" allowfullscreen></iframe></div>
</div>

<div class="text-box left fade-up">
<p>「SUB store」のお店の雰囲気は開放的で、久実さんとアンディはとてもフレンドリーで、音楽やアートのジャンルも幅広く、そのネットワークも豊かだ。しかしとうぜん、「何でもあり」というスタンスで営業しているわけではない。そこには理念がある。</p>

<p>「大事にしているのは金儲けだけのためのビジネスはやらないことです。資本主義はやっぱり嫌いだから」と久実さんがきっぱりと言う。「例えば、うちで展示をやる場合は1週間5千円か8千円という安めの値段に設定していますけど、良い作品であることは前提です。たとえば、台湾や中国の友達もいるし、中国と台湾の国同士の対立の問題で友だちが困っていればできる限りのサポートはしたい。自分たちだけ良ければ良いというビジネスはしたくないですね。社会にもちゃんと貢献できるソーシャル・エンタープライズをやっていきたい」。</p>
</div>

<div class="img-box fade-up"><img src="https://cdn.qetic.jp/wp-content/uploads/2023/12/03123144/column231203-substore-16.jpg" alt="SUB store" width="1280" height="1920" class="alignnone size-full wp-image-457360" /></div>

<div class="text-box left fade-up">
<p>アンディが付け加える。「レコードもできるだけ安く売りたい。高くても2千円台、できれば千円か七百円ぐらいで売るのが理想。それでは利益がなかなか生まれないけれど、その方がお客さんも私もレコードもハッピーですよね。物を高く売るより、お店を通してコミュニティを作ることの方が大事です」</p>

<p>ライターやタレントとしても活躍するマシュー・チョジックが高円寺のカルチャーとこの土地のフッド感覚とノスタルジックな魅力を紹介する動画で水先案内人になっているのがアンディだ。また、『バンドやめようぜ! ──あるイギリス人のディープな現代日本ポップ・ロック界探検記』（ele-king books）の著者、イアン・F・マーティンも〈SUB store〉をたまに訪れるという。そのイアンは2019年9月におこなわれた高円寺の再開発反対のサウンド・デモのレポート（<a href="https://www.ele-king.net/columns/007332/" rel="noopener noreferrer" target="_blank"><u>https://www.ele-king.net/columns/007332/</u></a>）を書き残している。そして、店内には2022年5月の同様のアクションを報じた『THE JAPAN TIMES』の切り抜きが貼られている。</p>
</div>

<div class="img-box fade-up"><img src="https://cdn.qetic.jp/wp-content/uploads/2023/12/03123250/column231203-substore-8.jpg" alt="SUB store" width="1761" height="1174" class="alignnone size-full wp-image-457361" /></div>


<div class="text-box fade-up">
<p><strong>NHK World - Koenji：A Nostalgic Neighborhood.</strong></p>
<div class="movie_wrap"><iframe width="960" height="540" src="https://www.youtube.com/embed/JYQv6n-Y_g8?si=g99GGnTTbdDvuFAP" title="YouTube video player" frameborder="0" allow="accelerometer; autoplay; clipboard-write; encrypted-media; gyroscope; picture-in-picture; web-share" allowfullscreen></iframe></div>
</div>


<div class="text-box left fade-up">
<p>高円寺北口にある庚申通りには、「SUB store」と縁の深い、ポスト・パンクやポスト・ロック、実験音楽や電子音楽、中国のアンダーグラウンドの作品などを置くレコード店〈<a href="https://uptown-records.com/" rel="noopener noreferrer" target="_blank"><u>UPTOWN RECORDS</u></a>〉がある。2011年にサンフランシスコ出身のサッコ（SACCO）と上海出身のソフィア（Sophia）が上海にオープン、2020年に高円寺に新店舗ができた。当初はふたりで来日して開店する予定だったが、中国がコロナでロックダウン（都市封鎖）したためにソフィアが出国できず、サッコは見知らぬ土地にひとりで来日してお店を始めた。〈UPTOWN RECORDS〉はレコードを売るだけでなく、「SUB store」同様にお酒を提供したりDJのパーティも開いたりするため、コロナでとうぜん営業も打撃を受けた。そこで、不慣れな環境で苦労していたサッコをさまざまな面からフォローしたのが「SUB store」のふたりだった。</p>

<p>「コロナで外に出られないことで私は高円寺の人たちとより仲良くなれた気がしますね。お互い助け合わないといけなかったし、それで仲が深まった感じがします。高円寺はちょっと村っぽいというか、助け合いで成り立っている町だと思う。もちろんいろんな人たちがいますけど、自分たちの周りはそうですね。やりたいことをやっていれば、必ずそれを好きな人とつながっていくし、そこから何かが広がっていく。自分にとってはそういう町です」（久実）</p>

<p>「SUB store」という一風変わったヴェニューは、音楽／文化的に一見マニアックなように見えて、じつは敷居が低く、入りやすい。それは、何をおいても、できるかぎりフォローし合いながら生きていくというごく真っ当な生活者意識がナチュラルに漂っているからだろう。いちど足を踏み入れたら予測不能な展開必至だ。</p>
</div>

<div class="img-box fade-up"><img src="https://cdn.qetic.jp/wp-content/uploads/2023/12/03123351/column231203-substore-1.jpg" alt="SUB store" width="1920" height="1280" class="alignnone size-full wp-image-457364" /></div>

<div class="img-box fade-up"><img src="https://cdn.qetic.jp/wp-content/uploads/2023/12/03123327/column231203-substore-6.jpg" alt="SUB store" width="1779" height="1186" class="alignnone size-full wp-image-457362" /></div>

<div class="img-box fade-up"><img src="https://cdn.qetic.jp/wp-content/uploads/2023/12/03123331/column231203-substore-9.jpg" alt="SUB store" width="1761" height="1174" class="alignnone size-full wp-image-457363" /></div>


<div class="text-box right fade-up">
<p>取材・文／<u><a href="https://twitter.com/shinfutatsugi" rel="noopener noreferrer" target="_blank">二木信</a></u>
編集・撮影／船津晃一朗</p>
</div>


<div class="profile">
<h3 class="profile-title">INFORMATION</h3>

<p class="name">SUB store</p>
<p class="text">〒 166-0002 東京都杉並区高円寺北3-1-12宮應北ビル2階
OPENING HOURS
WED - SUN from 5PM - 11PM
Monday & Tuesday is Holiday</p>

<a href="https://substore.jimdofree.com/" class="btn" target="_blank" alt="Link" rel="noopener noreferrer">HP</a><a href="https://www.instagram.com/substore.tokyo/" class="btn" target="_blank" alt="Link" rel="noopener noreferrer">SUB store Instagram</a><a href="https://www.facebook.com/substore.tokyo01" class="btn" target="_blank" alt="Link" rel="noopener noreferrer">SUB store Facebook</a>

</div>


<a href="https://qetic.jp/column/good-friends-hard-times/" class="btn" target="_blank" alt="Link" rel="noopener noreferrer">good friends, hard times</a>



<p>© Qetic Inc.</p>
</article>]]>
</description>
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		<title>『DAWN N°2』刊行記念イベントがつくば・GOOD NEAR RECORDSにて開催｜OctBaSSでのアフターパーティーにSPRA、KRAIT、SB10、CHIYORIら出演</title>
		<link>https://qetic.jp/art-culture/dawn-221107/441165/</link>
		<comments>https://qetic.jp/art-culture/dawn-221107/441165/#respond</comments>
		<pubDate>Mon, 07 Nov 2022 10:00:24 +0900</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[Qetic編集部]]></dc:creator>
		<category>6</category>

		<guid isPermaLink="false">https://qetic.jp/?p=441165</guid>
<![CDATA[<summary><p>インディペンデント・ストリートカルチャーマガジンであるDAWNの3冊目となる『DAWN N°2 SUSTAINABLE FUTURE』が発売。その敢行を記念したイベント＜OUR LOCK DOWN PARTY Special Edition＞が11月20日（日）にGOOD NEAR RECORDSにて行われる。</p>
</summary>]]>
<description><![CDATA[<article><figure><img width="1920" height="1910" src="https://cdn.qetic.jp/wp-content/uploads/2022/11/04150707/music221104-dawn3-1920x1910.jpg" class="attachment-medium size-medium wp-post-image" alt="OUR LOCK DOWN PARTY Special Edition" decoding="async" /></figure><p>インディペンデント・ストリートカルチャーマガジンであるDAWNの3冊目となる『<strong>DAWN N°2 SUSTAINABLE FUTURE</strong>』が発売。その敢行を記念したイベント＜<strong>OUR LOCK DOWN PARTY Special Edition</strong>＞が11月20日（日）にGOOD NEAR RECORDSにて行われる。</p>

<h3>トークショーとアフターパーティーの二部構成</h3>

<p>＜OUR LOCK DOWN PARTY Special Edition＞の前半では『DAWN』の編集を手がけた二宮慶介、PEOPLE BOOKSTOREの店主・植田浩平、つくばを拠点にするラッパー・SPRA、『DAWN N°2』寄稿者の二木信らによるトークショーが展開される。</p>

<p>そして後半では同テナント内のOctBaSS／BAR DISCOSに会場を移してアフターパーティーを開催。前半のトークショーにも登壇したSPRAがライブパフォーマンスを行うほかKRAIT、SB10、CHIYORIがDJで登場する。『DAWN N°2』の刊行を寿ぐまたとない一日を、ぜひつくばの地で体感してほしい。</p>

<a href="https://qetic.jp/?attachment_id=441168" rel="attachment wp-att-441168"><img src="https://cdn.qetic.jp/wp-content/uploads/2022/11/04150718/music221104-dawn1.jpg" alt="OUR LOCK DOWN PARTY Special Edition" width="1920" height="1581" class="alignnone size-full wp-image-441168" /></a>

<div class="information">
<h2>INFORMATION</h2>
<h3>OUR LOCK DOWN PARTY Special Edition</h3>
<a href="https://qetic.jp/?attachment_id=441166" rel="attachment wp-att-441166"><img src="https://cdn.qetic.jp/wp-content/uploads/2022/11/04150707/music221104-dawn3.jpg" alt="OUR LOCK DOWN PARTY Special Edition" width="1920" height="1910" class="alignnone size-full wp-image-441166" /></a>
<p>2022.11.20（日）</p>

<p>【TALK SHOW】</p>
<p>OPEN 16:30／START 17:00</p>
<p>GOOD NEAR RECORDS（茨城県つくば市天久保1丁目5-4 くいだおれ2号館1F）</p>
<p>料金：¥2,000／学割　¥1,500（どちらも1ドリンク込）</p>
<p>※AFTER PARTYとの通し券は¥2,500、通し券の学割は¥2,000（どちらも1ドリンク込）</p>

<p>【AFTER PARTY】</p>
<p>START 20:00</p>
<p>OctBaSS,BAR DISCOS（茨城県つくば市天久保１丁目5−４ くいだおれ2号館 1F）</p>
<p>料金：¥1,500／学割　¥1,000（どちらも1ドリンク込）</p>
<a href="https://www.instagram.com/p/CkclOQFPig5/" class="btn" target="_blank" rel="noopener noreferrer">詳細はこちら</a>
<div class="separator"></div>
<h3>DAWN N°2 SUSTAINABLE FUTURE</h3>
<a href="https://qetic.jp/?attachment_id=441167" rel="attachment wp-att-441167"><img src="https://cdn.qetic.jp/wp-content/uploads/2022/11/04150713/music221104-dawn2.jpg" alt="OUR LOCK DOWN PARTY Special Edition" width="1920" height="1629" class="alignnone size-full wp-image-441167" /></a>
<p>2022.09.09（金）</p>
<p>¥2,400（＋tax）</p>
<p>判型：B5変形</p>
<p>ページ数：204ページ</p>
<p>editor：Keisuke Ninomiya</p>
<p>contributing editor：Ritsuko</p>
<p>art director &amp; design：Keita Ishiguro</p>
<p>design：Takashi Takamori</p>
<p>founder：Keisuke Ninomiya、Kazuma Aki</p>
<p>cover art：しわしわ</p>
<a href="https://dawntokyo.buyshop.jp/items/66624445" class="btn" target="_blank" rel="noopener noreferrer">購入はこちら</a><a href="https://twitter.com/dawn_tokyo/" class="btn" target="_blank" rel="noopener noreferrer">Twitter</a>
</div>

<p>© Qetic Inc.</p>
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		<li><a href="https://qetic.jp/art-culture/dawn-n3-240709/462145/" rel="bookmark">『DAWN N°3』が刊行｜大田ステファニー歓人やElle Teresaへのインタビューなどを掲載、表紙は3種類に</a><!-- (4)--></li>
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</div>
	</item>
		<item>
		<guid isPermaLink="true">https://qetic.jp/column/good-friends-hard-times/baba/431798/</guid>
		<title>ルードボーイ・サイエンティスト──BABA（THINK TANK／BLACK MOB ADDICT）、ロング・インタヴュー</title>
		<link>https://qetic.jp/column/good-friends-hard-times/baba/431798/</link>
		<comments>https://qetic.jp/column/good-friends-hard-times/baba/431798/#respond</comments>
		<pubDate>Mon, 06 Jun 2022 10:00:52 +0900</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[二木信]]></dc:creator>
		<category>6</category>

		<guid isPermaLink="false">https://qetic.jp/?p=431798</guid>
<![CDATA[<summary><p>音楽ライター・二木信による連載「good friends, hard times」第6回目に登場するのは、THINK TANKや〈BLACK SMOKER RECORDS〉、SKUNK HEADS、DOOOMBOYSでの活躍、DJ／ビートメイカー名義のBLUE BERRYとしても知られ、インディ・レーベル〈BLACK MOB ADDICT〉を主宰するBABA。</p>
</summary>]]>
<description><![CDATA[<article><figure><img width="1440" height="960" src="https://cdn.qetic.jp/wp-content/uploads/2022/06/05222841/interveiw220606-baba-2-1440x960.jpg" class="attachment-medium size-medium wp-post-image" alt="BABA BLUE BERRY" decoding="async" srcset="https://cdn.qetic.jp/wp-content/uploads/2022/06/05222841/interveiw220606-baba-2-1440x960.jpg 1440w, https://cdn.qetic.jp/wp-content/uploads/2022/06/05222841/interveiw220606-baba-2.jpg 1920w" sizes="(max-width: 1440px) 100vw, 1440px" /></figure><div class="text-box fade-up">
<p>音楽ライターの二木信が、この困難な時代（Hard Times）をたくましく、しなやかに生きる人物や友人たち（Good Friends）を紹介していく連載「<u><a href="https://qetic.jp/column/good-friends-hard-times/" rel="noopener noreferrer" target="_blank">good friends, hard times</a></u>」。国内のヒップホップに軸足を置きながら執筆活動を展開してきた二木が、主にその世界やその周辺の音楽文化、はたまたそれ以外の世界で活躍、躍動、奔走するプレイヤー（ラッパー／ビートメイカー／DJ）、A&Rやプロデューサーなど様々な人物を通じて音楽のいまと、いまの時代をサヴァイヴするヒントを探ります。</p>

<p>第6回目に登場するのは、THINK TANK、〈BLACK SMOKER RECORDS〉、SKUNK HEADS、DOOO
MBOYSでの活躍で知られ、インディ・レーベル〈BLACK MOB ADDICT〉を主宰する<strong>BABA</strong>。</p>
</div>

<div class="separator"></div>

<div class="text-box left fade-up">
<p>「彼らルードボーイには、吐き出してしまいたいありとあらゆるフラストレーションがあった。仕事をする・世間とうまくやっていく・学校へいくという責任から生じる自制心は一切ない。ルードボーイにあるのは、ストリート・ヴァイオレンスの規制を塗り替えるような、大胆不敵な荒々しさだった」――レゲエとジャマイカの歴史を多角的かつ情熱的に描いた名著 『ベース・カルチャー　レゲエ～ジャマイカン・ミュージック』（高橋瑞穂訳／シンコーミュージック）のなかで、著者のロイド・ブラッドリーは書いている。</p>

<p>元々1960年代のジャマイカに発生したと言われるルードボーイという現象や定義はとうぜん重層的だ。そこで念のために断っておくと、私は、ルードボーイの不条理な暴力を闇雲に肯定したいわけではない。私の最大の関心は、秩序から逸脱したルードボーイの“大胆不敵な荒々しさ”がいかにして芸術表現を生み出すポジティヴなエネルギーに変換されるのか、またその底なしのエネルギーが生み出す手に負えない芸術にある。別の言い方をすれば、ルードボーイ性を有した“音楽の科学者”に興味があった。だからこそ今回の主役は<strong>BABA</strong>である。</p>

<p>1976年生まれのラッパー、BABAは、ヒップホップ・グループ＝THINK TANKのメンバーとして知られ、現在は〈BLACK MOB ADDICT〉というインディ・レーベルを運営している。そしてそのレーベルから、2004年に発表したソロ・アルバム『NO CREDIT』以来、18年ぶりにソロ名義のラップ・ミュージックを発表する。『Collector’s Edition Vol.1』と名付けられた4曲入りの7インチは──ラガ・ヒップホップという形容は正確ではないかもしれないが──ヒップホップとレゲエの豪胆な融合であることは間違いない。</p>
</div>

<div class="text-box fade-up">
<p><strong>BABA a.k.a. "BB"SHOT - Collector’s Edition Vol.1【7inch】</strong></p>
<div class="movie_wrap"><iframe width="960" height="540" src="https://www.youtube.com/embed/xhpYNJGxu_A" title="YouTube video player" frameborder="0" allow="accelerometer; autoplay; clipboard-write; encrypted-media; gyroscope; picture-in-picture" allowfullscreen></iframe></div>
</div>

<div class="text-box left fade-up">
<p>だが実のところ、7インチのリリースが決まる前にすでにBABAに取材を申し込み、インタヴューをしていた。取材の動機がもうひとつあった。それは、7インチのビートもすべて制作した、BABAのDJ／ビートメイカー名義であるBLUE BERRYが2020年9月から2022年2月の約1年半のあいだに発表した6枚のミックス作品の音楽性が多彩で興味をひかれたからだった。1990年代のヒップホップ・クラシックを用いた音響実験に始まり、アフロビーツ／アフロフュージョン、ゴムに焦点を絞ったもの、クレズマーやジャズからパンキー・レゲエへと展開するサウンドトラック風、またはアブストラクト・ヒップホップやブリストル、イルビエントへと深く潜り込むミックスなど、自身の手札を惜しみなく出していた。</p>

<p>1990年代中盤から本格的にキャリアをスタートしたラッパー／DJ／ビートメイカーが、これまでどのような軌跡をたどり、何を考えて精力的に音楽を続けているのかを訊きたくなるには十分に刺激的だった。THINK TANK、SKUNK HEADS、DOOOMBOYSの話もしてくれたし、NYでの経験や現地のラッパーたちとの交流のエピソードも貴重だ。THINK TANKの他のメンバー同様に謎多き人物であるが、できる限り自らをベールに包んで己の道を歩み続きてきた事実は、誰しもがSNSで性急に自己を晒していく時代に示唆に富むものではないだろうか。そんなBABAが横浜でおおいに語ってくれた。話は少年時代から始まる。</p>
</div>


<h2 class="fade-up">INTERVIEW：BABA
（THINK TANK／BLACK MOB ADDICT）</h2>

<div class="img-box fade-up"><img src="https://cdn.qetic.jp/wp-content/uploads/2022/06/05222845/interveiw220606-baba-10.jpg" alt="BABA BLUE BERRY" width="1280" height="1920" class="alignnone size-full wp-image-431811" /></div>

<div class="text-box left fade-up">
<p><strong>──BABAさんはどんな少年だったんですか？</strong></p>

<p>バスケ少年だったんだけど、中3ぐらいのころに同級生が学校の廊下でスケボーでいきなりジャンプしたのを見て、「それ、ヤベェじゃん」って、俺もすぐにスケボーを始めて。そいつはその技を俺に見せたくてこっそり練習していたんだよな。それからはスケボーで学校に通うようになって、俺もこっそりその技を練習したけれど、簡単にできなかった。高校は1年で辞めた。すげぇ頭に来ることがあって、教室と職員室をブワ～ッ！　とめちゃくちゃにして「もう辞めたるわ！！」って学校を飛び出した。それからは町でずっとスケボーをしていた。大会に出るぐらいのめり込んでいたよ。</p>

<p><strong>──BABAさんが中3か高1の頃は、1992年ぐらいですよね。音楽はどうでしたか？</strong></p>

<p>当時は、日本で音楽って言ったらヴィジュアル系のバンドが大流行の時代だよ。俺はそのヴィジュアル系が音楽もファッションも気に入らなくて仕方なかったわけ。若かったし、音楽についても見た目で判断していたから。そんな俺に、ある日、スケボーの仲間が『ジュース』（1992）のVHSを持ってきたんだ。あの映画には食らった。Qが手袋してスクラッチするシーンがヤベェじゃん。あれでスクラッチを初めて知ったし、「タンテ（ターンテーブル）って何？　レコードって何？」ってすげえ興味がわいて。その後、『ワイルド・スタイル』（1983）や、アイス・Tが出ていた『ニュー・ジャック・シティ』（1991）とか、そういう映画をいろいろ観たけれど、俺にとって『ジュース』を超える映画はなかった。</p>
</div>

<div class="text-box fade-up">
<p><strong>DJ Q（Juice）</strong></p>
<div class="movie_wrap"><iframe width="960" height="540" src="https://www.youtube.com/embed/-cw90OkeI0I" title="YouTube video player" frameborder="0" allow="accelerometer; autoplay; clipboard-write; encrypted-media; gyroscope; picture-in-picture" allowfullscreen></iframe></div>
</div>

<div class="text-box left fade-up">
<p><strong>──あの映画には自分もかなり影響を受けました。それですぐにDJを始めると。</strong></p>

<p>いや、まず情報がないからさ。先輩の家にもタンテがあったんだけど、アームが自動式のものだったから、「ちげえなあ」と。映画で使われていたTechnicsじゃなかった。でも、あるとき地元近くの大和にあった「ドルフィン」っていう古着屋さんに行ったら、Technicsのターンテーブルがあったんだよ。「『ジュース』で観たやつといっしょじゃねえか！」って興奮したね。それで、そこの店主のアンザイさんにDJミキサーやタンテをはじめ、いろんなことを教えてもらって自分でも勉強した。だから、アンザイさんは俺の先生。DJを始めるといろいろわかってくるじゃん。『ジュース』のDJのシーンの音と手の動きが実は一致していないとか。そんな感じでスケーターだった俺はギンギンのバトルDJになった。</p>

<p><strong>──ちなみに高校を辞めてからはどんな生活を？</strong></p>

<p>19歳ぐらいのころに、金もぜんぜんねえのにNYに無理やり3ヵ月ぐらい滞在した経験はデカかった。ツレが家出同然でNYに行くというから俺も追っかけたんだけど、あまりに金がねえからタンテ2台とDJミキサーも売って旅費にしたぐらいだから。飛行機に乗るのもNYに行くのもそれが初めてでいろいろ大変だった。直行便に乗るとチケットの値段が高いからソウル経由で行ったんだけど、ソウルの空港で3、4時間も待たされてわけがわからなくて怖くてひたすら空港の同じ場所で待ったり、NYに着けば着いたで水を頼んだつもりが値段の高い謎のビールを押し売りされて仕方なく飲む羽目になったり。ビール一杯で心臓ドクドクしちゃってさ。</p>

<p><strong>──それでも無事にNYにはたどり着けたと。</strong></p>

<p>向こうで顔がボコボコのヤツが近づいてきて時計を売りつけられそうにもなった。怖いじゃん、そんなの。なんで顔がボコボコなのかって言うと、時計を盗んで失敗したときに店のヤツにぶん殴られているから。だから、そのときは盗むのに成功した時計を持っていたということ。そういういろんな洗礼を受けたのは忘れもしねえ。そうした洗礼を受けて自力で飯を食うための方法をいろいろ学んだ。「こういうやり方をすれば飯を食えるのか」っていうのをNYのストリートで教えられたね。でも最初は、俺らは若くて怖いものなしだったから、NYに行って「『ジュース』しちゃおうぜ！」ぐらいのノリと感覚だった。町で遊んだり、タギングしたりしてやろうと。俺が初めてNYに行ったときはフュージーズ（The Fugees）がセカンド『The Score』（1996年2月13日）を出した直後の全盛期で、フュージーズのライヴはすごかった。バウンティ・キラー（Bounty Killer）がゲストで登場した時点で木造のクラブの建物がミシミシってきしみ出して、これ、スタジアムの床が抜ける衝撃映像みたいな大惨事に巻き込まれるじゃんってめちゃくちゃ怖かったし、いきなり「吸うか？」ってジョイントは回ってくるし、NYのヤツらの感情の高ぶりは桁が違った。</p>

<p><strong>──若いころにそういう強烈な体験をしたというのがやはりデカかったんですね。</strong></p>

<p>NYはその後も服の買い付けとかで行くようになるけど、いろいろあった。マイク・ジェロニモ（Mic Geronimo）のライヴを観たときなんて場がとんでもない大混乱になってさ。人があまりにパンパンに入り過ぎてみんなが騒ぐもんだからレコードの針が飛んじゃうの。それに対してブーイングした客に向かってマイク・ジェロニモがアカペラでフリースタイルし始めたんだけど、その矢先にステージ袖からキャッシュ・マネー・クリック（CASH MONEY CLICK）のヤツらがバーッと出てきて、客の顔面をバッコ～ン！　って蹴り上げたわけよ。それでもう一瞬にして大乱闘でオマワリが来てライヴが中止になっちゃった。そのとき俺と相棒はでっかいスピーカーの上に乗ってライヴを観ていて、クラブがハチャメチャなことになっているからすぐには下に降りられなくて。</p>

<p><strong>──それはヤバい……。</strong></p>

<p>それでだいぶ人が捌けてから下に降りると、そのときDJをしていたトニー・タッチ（Tony Touch）がいて。当時、ヤツは日本が好きだったから、「お前ら日本人だろ！」って声をかけてきて、「この俺のプロモ盤を聴け！」って新曲をその場でかけてくれた。</p>

<p>しかもそのマイク・ジェロニモのライヴの帰りに、今度は地下鉄でキャミロ（DJ Camilo）と会って。1994、1995年ぐらいにミックステープがめちゃ売れていたヒップホップのDJ。なんで話したのかは忘れたけど、「俺、キャミロだよ」って言われて、「マジかよ！？」と。で、そのときに、キャミロはレコーダーを持っていて、俺らに「日本語で話してくれよ」って言うの。何か吹き込んだからそこからさらにキャミロのミックスを追って聴いたけど、一切使われてなかったな（笑）。</p>
</div>

<div class="text-box fade-up">
<p><strong>Webisode 16 TONY TOUCH + MIC GERANIMO JAPAN 1996</strong></p>
<div class="movie_wrap"><iframe width="960" height="540" src="https://www.youtube.com/embed/Wf6EwIA85wQ" title="YouTube video player" frameborder="0" allow="accelerometer; autoplay; clipboard-write; encrypted-media; gyroscope; picture-in-picture" allowfullscreen></iframe></div></div>

<div class="text-box left fade-up">
<p><strong>──ははは。</strong></p>

<p>俺が日本で売るためにゲットするテープの他に、NYで手に入れた人に知られたくないテープとかもあって、キャミロのテープはそういう価値を感じるものだった。それと道を歩いているとナズ（NAS）を見かけたこともあった。すぐに「Are You NAS？」って話しかけたよ。すると、「YES！」って言うんだけど、向こうも「俺のこと知ってんのかよ？」っていう驚きの表情をしていた。知っているも何も、「『イルマティック』だろ。超カッケーよ！」って伝えると、向こうも「マジかよ！？」って感じで。そのときに俺の友達が8、9万円ぐらいするティンバランドのスウェードの革ジャンに、「『イルマティック』って書いてくれないか？」と頼むと、「こんな高い服に書いていいのかよ？」って言いながら、でかでかと「NAS」って書いてくれたな。『イルマティック』じゃねえのかと（笑）。</p>

<p><strong>──なははは。</strong></p>

<p>だから、1990年代のそれぐらいの時期は、アメリカのヤツらよりも日本人の一部のヒップホップ好きの方がNYのアンダーグラウンドのラッパーの良さに気づくのが早かった。それで2、3日いると、毎日会うようになって顔見知りにもなるわけ。当時の日本のヒップホップのヤツらとNYのヤツらはそういう距離感でもあった。俺はブランド・ヌビアン（BRAND NUBIAN）が大好きだったから、サダト・Ｘ（SADAT X）に会おうとしたら会えたし、ブルックリンに買い付けに行けば、ショーン・P（Sean P）も普通にいる。そういう感じだった。</p>

<p><strong>──90年代の日本のヒップホップ・メディアの東海岸ヒップホップへの傾倒の背景とそういう関係性は無縁ではないように思えますね。</strong></p>

<p>話を戻すと、最初のNYから帰国してもとうぜん金はぜんぜんなかった。そんな状態で空港から千葉の友達の家に直行すると、そいつがあるラジオ番組でDJバトルの大会が開催されて、しかも優勝すると賞金10万円とDJミキサーがもらえると教えてくれた。「これは絶対行ける気がする！　俺、やるわ！」ってすぐに出場を決めた。たしか千葉パルコにあるスタジオに行ったと思う。しかも生放送。持ち時間はひとり5分か10分で、みんな時間内に終わらせていたけど、俺はわざと終わらせなかった。最初はPAさんが「もう終わりだよ」と窓を叩いて伝えてきたけど、それも無視してコスりまくっていたら急に音を止められて。そんなんだから優勝はできなかったけどね。</p>

<p><strong>──さきほど「自力で飯を食うための方法」をNYで学んだと話されていましたけど、それはどういうことですか？</strong></p>

<p>NYで買ってきたミックステープやラッパーのブートのテープをダビングして路上で売れば稼げるぞ、これで食っていけると思った。それで、NHKの前の代々木公園の並木道に月曜だか水曜に、“ジュニア待ち”の女の子がすげえ並ぶからまずはこの子たちに売ろうと考えた。そのころヨーヨーが流行っていたから、「この最新のヨーヨーやってみない？」って女の子を捕まえて興味を示したら、「このテープも買わない？　2本買ったら1本オマケで付けるよ」と。まずは誰であれ止めなきゃ買ってくんねえじゃん。そこまでしてもシカトするヤツもいるし、それが屈辱でね。でも、売らねえと帰るためのバス代がない。だから、食うために必死だった。それと当時は渋谷のBボーイやヘッズを道端で捕まえてレコードやカセット、MTVを録画したヴィデオテープとかも売っていた。道で何でも売れた時代だった。</p>

<p><strong>──そういう商売が成立した時代だったんですね。</strong></p>

<p>でもすげえ嫌われていたと思う。だって、渋谷のレコ屋で売っているアメリカのDJのミックステープのカセットを買って市販のテープにダビングして道端で売ったりもしていたから。レコ屋のテープはジャケが白で、俺はビッグカメラとかで買ったジャケに線の入ったテープだったけど、向こうは1000円でこっちは800円だから売れるわけ。いまだったら超怒られるよね。しかも、それを宇田川のレコ屋が密集するCISCOの坂の階段で売っていたから。最初は明治通りの道端に布をひいて、折り畳みのテーブルを出して、ラジカセを鳴らして商売していたけど、明らかに怪しい不良のヤツにオラつかれて。俺の周りをウロウロして何かを壊しそうな雰囲気を出してきてさ。あとで人に聞いたら、やっぱりその場所のそっち系の人だったから、場所を宇田川町に移した。いまはわからないけど、当時はCISCOの坂の階段のあたりは私有地で、しかもそこの地主の女の人がめちゃ優しくて、「私の土地だから何やっても大丈夫。ゴミだけは捨てて行かないでね」って言ってくれて、「マ～ジっすか！　めっちゃキレイにして帰りますよ！」と。その他の道端でもやっていたよ。横浜のビブレ、町田のパルコ、元町なんかでもやった。いまみたいになんでも無料じゃないから、いろんなところで商売が成り立っていたけど、CDのDJミックスが出始めてからおかしくなって変わったね。</p>
</div>

<div class="img-box fade-up"><img src="https://cdn.qetic.jp/wp-content/uploads/2022/06/05225039/interveiw220606-baba-6.jpg" alt="BABA BLUE BERRY" width="1280" height="1920" class="alignnone size-full wp-image-431815" /></div>

<div class="text-box left fade-up">
<p><strong>──その一方で、先ほどもNYでの買い付けの話が出ましたけど、BABAさんは「CLIP13」と「GROPE IN THE DARK」（1996年OPEN）で働いていたんですよね（※「CLIP13」と「GROPE IN THE DARK」は共に渋谷に店舗を構えていたセレクト・ショップ）。</strong></p>

<p>そう。CLIP13の前身のお店「CAL」はもともと平塚にあって、まだヒップホップの店がほとんどないころだから目立った。1994年に渋谷に移転して名前が「CLIP13」となってから俺もそこで働くようになって、店主のCALさんにNYの買い付けに連れて行ってもらったり、東京のクラブにもいっしょに遊び行ってもらったりしていた。俺のラッパーとしてのキャリアもそこからスタートしている。CALさんに声をかけられて、『THE BEST OF JAPANESE HIPHOP VOL.3』（1995）ってコンピに収録されたCALさんのグループ、MICROTACSの曲でラップしているから。曲名は、“暗黒 HIP HOP 国家”。すげえタイトルだな（笑）。</p>

<p><strong>──すごいですね（笑）。</strong></p>

<p>そうやってラップしたり、遊んだりするなかで、K（K-BOMB）やJUBEくん、NAOちゃん（現・NOX）とも出会って、THINK TANKにつながっていく。NAOちゃんはたしか俺のあとに、「CLIP13」で働いていたね。</p>

<p><strong>──JUBEさんとの出会いはおぼえていますか？</strong></p>

<p>おぼえてるね。Shot Shell Clickは当時メンバーが大勢いて、町田の「FLAVA」でもパーティをやっていた。そこにYOU THE ROCK☆やTwiGyを呼ぶと、タバコの火も付かないほど人がパンパンに入って。それぐらいの勢いがあったから、たしかNaked ArtzのMILIが都内の人間とつながって俺らも都内に行くようになったんだと思う。それで下北沢の「SLITS」に行ったんだけど、当時の俺は若かったのもあるし、常に戦闘モードの態度だったから知らない人から話しかけられることがまったくなくてさ。いま思えばそんなヤツに誰も話しかけないよな。だけど、そんな俺にやたら話しかけてくる、身長のデカい変なヤツがいた。それがJUBEだった。これを載せたらJUBEくんは怒るかもしれないけれど、第一印象はピタピタのジャージにパンタロンを穿いていたから「なんだ、こいつは？」って感じだった（笑）。でも、すげえ話しかけてくるし、面白いからすぐ仲良くなった。</p>

<p><strong>──JUBEさんのその第一印象、なんとなく想像できますね。</strong></p>

<p>で、「SLITS」から新宿の「OTO」にハシゴしたり、それから甲州街道沿いにあった、〈FLOWER RECORD〉っていうレーベルの人らがやっていたクラブに行ったり。金はねえけど、クラブにはなんとか入れたからとにかく毎日ぐらいの勢いで遊んでいて、行くとDJブースにたいていマイクが置いてあった。DJも「ウザくならない感じでパーティを盛り上げてよ」というノリでインストを流す。だから、「SLITS」でもJUBEくんとマイクを持ったと思うし、そういうサイドMCで鍛えられた。でもハシゴして常にマイクを掴んでライヴしなきゃいけなかったから、朝方とかつらかったよ。だからマイクジャックと言ってもワルノリで喧嘩になっちゃうようなものではなかった。「気分はU・ロイ」みたいな感じ。ラバダブだよね。サイドMCをやっているとDJのプレイの展開も読めるようになるし、どんどん上手くなっていくのが楽しかった。スケボーに近いものがあったね。</p>
</div>

<div class="img-box fade-up"><img src="https://cdn.qetic.jp/wp-content/uploads/2022/06/05225317/interveiw220606-baba-9.jpg" alt="BABA BLUE BERRY" width="1280" height="1920" class="alignnone size-full wp-image-431816" /></div>

<div class="text-box left fade-up">
<p><strong>──1996年のNaked Artz“Skip 2 The Roots”の12インチのB面の“Shot Shell”という曲にBABAさん、NAOさん、JUBEさんが参加しています。さらに、1997年にはDJ SAS さんらが立ち上げた〈Undaprop Wreckordz〉の第一弾としてJUBE + BABA名義の“独毒”の12インチが出ています。この時点でラップのスタイルは確立されています。翌1998年には、NAOさんとのStill Nap（Shot Shell Click所属）名義の“火に油”の12インチが出ています。最初、JUBEさんのラップの印象はどうでしたか？</p>

<p>すげえ韻を踏む上手いラッパーでクールだなって感じた。一方の俺はレゲエも好きだったからフロウを付けてそこにスキルも混ぜたくて、そういうスタイルでやっていた。“独毒”のアナログのB面の、カポーン＆ノリエガ（Capone-N-Noreaga）の“THUG PARADICE”と同じネタ（“RHYTHM HERITAGE"THEME FROM S.W.A.T."”）を2枚使いしているリミックスのガヤにKも参加している。“独毒”はひとりが立つとパンパンぐらいの超狭い録音ブースに3人いっしょに入って録音したな。</p>

<p><strong>──そうした複数の曲を経て、THINK TANKにつながっていくんですよね。</strong></p>

<p>THINK TANKのきっかけはKだね。1996年にバスタ・ライムス（Busta Rhymes）が「YELLOW」でライヴをすることがあった。もう時効だからいいだろうけど、別のライヴで来日していたバスタをダマで呼んでシークレットでライヴをやっていた。で、その企画に関わっていた人らに、バスタのライヴの前座にShot Shell Clickのメンバーだった俺ら（BABA、JUBE、YAZI、NOX）を出してやると。「バスタに会えるのか！？　もちろんやるよ！」ってなるじゃん。</p>

<p><strong>──2017年にRed Bull Japanのサイトにも掲載された「<u><a href="https://daily.redbullmusicacademy.com/2017/05/black-smoker-records" rel="noopener noreferrer" target="_blank">黒煙の世界へようこそ　今年活動20周年を迎えた、東京の最狂集団BLACK SMOKERに迫る（The Unorthodox Output of Black Smoker ／ Celebrating 20 years of one of Tokyo’s most indispensable and cutting-edge collectives By Yuko Asanuma on May 17, 2017）</a></u>」という記事に拠れば、オーガナイズド・コンフュージョン（Organized Konfusion）、ビッグ・L（Big L）、ショウビズ ＆ AG（Show Biz & AG）などの来日公演の前座も務めたそうですね。</strong></p>

<p>当時の「YELLOW」はステージ裏が楽屋になっていたから、そこでバスタのライヴの熱気を感じていた。そんなとき、Kに「THINK TANKっていうのをいっしょにやらねえか？」と言われたのをおぼえているな。それからKが「GROPE」にもちょくちょく来るようになって。俺はShot Shell Clickの一員だったけど、音楽的に違う方向性を目指したくなり始めていたからKの誘いに乗って、俺、K、JUBEくん、NAOちゃんで“四望”という曲を作ってアナログをリリースしたのがTHINK TANK名義の最初だね。</p>

<p><strong>──1997年ですね。やはりこの曲からもレゲエが強く感じられますね。</strong></p>

<p>そうだね。MINIDONっていう面白い男がその曲にフィーチャリングで参加して、「俺らに何をやっても敵わな～い　な～い　なななな～い♪」っていう歌詞をあのフロウ歌っているしね。あれ、スタジオでその場で思いついて録音していた。MINIDONとはいっしょに何回かライヴもやった。あの曲をRECするために何回かスタジオに一緒に入ったし、何より忘れもできねえ出来事がある。そのころいろいろ忙しくて寝ないで東京のスタジオでレコーディングして車で第三京浜から帰っていたから、保土ヶ谷の料金所が近づくと、「やっと着いたわあ」っていう感じでさ。それで財布を取ろうとしたときに一瞬油断したんだろうね。ド～ン！　と前の2トン・トラックに突っ込んじゃって、車がぐちゃぐちゃになっちゃった。向こうは2トンだから、運転手の人も「兄ちゃん大丈夫？　こっちはこれぐらいだったらいいよ」って感じで。俺、そのとき衝突の衝撃で運転席からぶっ飛んでフロントガラスを頭で割ったからね（笑）。人ってけっこう飛ぶんだなあって思ったよ。そんな状態で何とか運転して家まで帰ったなんてこともあった。そんなときに作ったのが“四望”だった。</p>
</div>

<div class="img-box fade-up"><img src="https://cdn.qetic.jp/wp-content/uploads/2022/06/05232452/interveiw220606-baba-8.jpg" alt="BABA BLUE BERRY" width="1280" height="1920" class="alignnone size-full wp-image-431819" /></div>

<div class="text-box left fade-up">
<p><strong>──公式のHPに掲載されていたグループの結成日である1997年7月7日は、DEV LARGE（＝D.L）さんがオーガナイザーを務めたとされる＜JACK THE RAPPER＞というイベントの日ですね。場所は「六本木ヴェルファーレ」でSHAKKAZOMBIEやSOUL SCREAMらがメイン・アクトとして出演していました。</strong></p>

<p>それが、俺、K、JUBEくん、NAOちゃん、YAZIの5人のTHINK TANKのオリジナル・メンバーのはじめてのライヴ。このイベントに合わせて“四望”を作った気がするし、それ以外はそれぞれの曲を組み合わせてライヴをした。ちょっとショーっぽくやろうぜっていうことで、全員軍パンを穿いてファッションも揃えて同じ振りもした。たしか映像が残っているよ（笑）。俺らはザコみたいな扱いだったけど、それでばっちり盛り上げた。実際本当に反応が良くて、それ以降「ヴェルファーレ」はタダで入れてくれるようになったから。でも、それで嫌われもしたよね。だって、主役の人らの前に出て全力で盛り上げに行くわけだから。そう、そのときにILLMARIACHI としてライヴしに来ていたTOKONA-Xとも会って話した。「お互い嫌われてるね」って。それ以前にもTOKONAとは面識はあったから。</p>

<p><strong>──その後、2001年にTHINK TANKとして『Think Talk Pt.3』という8曲入りのEPをリリースします。特に10分近くある“Think Talk Pt.3-Legalize It RMX-”は既存のヒップホップの枠におさまらないもので、その後の〈BLACK SMOKER〉やTHINK TANKの実験的な方向性の始まりだと思うのですが、なぜああいう楽曲を作ることになったんですか？</strong></p>

<p>溜まり場になっていたYAZIの家が大きかった。6畳と2畳ぐらいの狭い部屋だったけど、下が蕎麦屋だったから音をいくら出してもいい環境で、そこにK、JUBEくん、NAOちゃん、俺、YAZI、そしてYAZIの膨大なレコードでしょ。みんな体がでけえからもうパンパン。そんな部屋で各自がヘッドフォンを付けて目の前に置いたマイクに向かって話すと、自分の声がいつもと違って聴こえるから、ケラケラ笑いながらぶっ飛んだり、勝手に人に電話したり切ったりして遊んでいた。そしたら、YAZIがその会話を黙って録音していて、俺らに聴かせてきた。「これはおもしれえじゃん」ってなるよね。それにエフェクトをかけたり、ビートを乗せたりしたのが、あの曲の原型になった。</p>

<p><strong>──そういうことだったんですか。すでにプロデュースのクレジットにCuatro Cienagasとあります。K-BOMBさんとの初期の交流はどんな感じでしたか？</strong></p>

<p>Kは当時めちゃめちゃ変わったヤツだった。本当に酷いもんで、人がライヴしていようが、フリースタイルしていようが、マイクをマイクケーブルからスポッと抜くんだ。「またやりやがった」って（笑）。迷惑野郎だよね。それぐらい変わったヤツだった。一方で俺も若くて常に戦闘モードだったから衝突もするよ。あるとき、麻布にあったお高い感じのクラブに遊びに行くと、KがDJブースの上でフリースタイルしていて。しかも、そこで俺の文句を言って勝手にフリースタイルを終わらせたの。それはこっちも「てめえ！　ゼッテーぶっ飛ばす！」ってなるじゃん。いま考えると、若いころのすぐ手を出すモードは危ない。そこにNAOちゃんがいて「待てよ」と止めてくれたけど、Kと大喧嘩になって「もうお前とはいっしょにやらねえから」ってなった。理由は些細なことだよ。Kは東京の人間で、当時の東京は余所者に対してガッと来る風潮があった。俺は横浜でいっしょにいるヤツらも厚木とか平塚とか海の方から東京に遊びに行っていたから。そういうのもわかるけど、こっちだって遊び行って文句言われたら気分は良くないよね。</p>

<p><strong>──THINK TANKのメンバーは当初はライバル関係だったり、仲が悪かったときもある、という話はこれまでのインタヴューでも語られてきましたが、そういう出来事もあったんですね。</strong></p>

<p>で、そういうKと溝ができている時期に俺はJUBEくんやNAOちゃんと曲を作っていたけど、また別に、走っている派手なビートでも曲が作りたかった。そこでYAZIと一緒に作っている曲があって、「超いい曲ができた！」っていう感触があった。大喧嘩したとはいえ、俺らのたまり場はYAZIの家に変わりはないから、Kも出入りする。だから、YAZIに「絶対、他のヤツには聴かせるなよ」と念を押したんだけど、Kがそれをたまたま聴いたのかもしれない。それであいつも「いい曲じゃねえか」ってなったんだろうな。さらにそのタイミングで、当時〈アルファ・エンタープライズ〉にいた茂呂（尚浩）さん（A&R）がスタジオ代を出してくれるという話になって、本格的な録音ができるようになった。そうして最初に録音したのが“Eat One”（『Think Talk Pt.3』収録）だった。</p>
</div>

<div class="text-box fade-up">
<p><strong>DJ BAKU</strong>『<strong>BLACK RECORDER BOX</strong>』</p>
<iframe style="border: 0; width: 350px; height: 470px;" src="https://bandcamp.com/EmbeddedPlayer/album=2764818937/size=large/bgcol=ffffff/linkcol=0687f5/tracklist=false/transparent=true/" seamless><a href="https://blacksmokerrecords.bandcamp.com/album/black-recorder-box">BLACK RECORDER BOX by DJ BAKU</a></iframe>
</div>

<div class="text-box left fade-up">
<p><strong>──めっちゃいい話な上に重要なエピソードですね。さらに2002年のフル・アルバム『BLACK SMOKER』も〈アルファ・エンタープライズ〉の協力を得ていますね。</strong></p>

<p>『BLACK SMOKER』を作ったときは、1年近く本当に毎日スタジオに入っていたけど、予算のことなんてたいして考えていなかった。だけど、あとから聞いたら実はスタジオ代に毎日10万円ぐらいかかっていたらしい。そこのスタジオの海鮮丼の弁当がまた激ウマでそれだけ食いにスタジオに行ったりしていたから。それはもう茂呂さんのおかげ。それで、あのアルバムを作ることができた。でもあのアルバムが評価されたのは、2、3年ぐらい経ってからだった気がする。</p>

<p><strong>──あと、やはりYAZIさんの存在がTHINK TANKのサウンドにとってひとつの要でもある、ということですね。</strong></p>

<p>THINK TANKの曲は次から次にネタやブレイクが変わるから、ライヴのDJをやるYAZIは大変だったと思う。レコードを次々に替えなくちゃいけないから、酷いときはレコードを3枚も重ねていたもん。そのアナログは4小節しか使わないからすぐ変えろ、そこからこっちのレコードを2枚使いしろとか俺らから指示出されてエディット的なライヴをアナログでやっていた。「一体どうやってんの？」っていろんなDJがYAZIの手元を見に来ていた。CDJやパソコンでできる時代じゃないから。データになれば自由度は増すよ。でもレコードの音はいいし、レコードでやる面白さがあった。</p>

<p><strong>──『BLACK SMOKER』と同じ年にBABAさんは自身のDJ／ビートメイカー名義のBLUE BERRYとして初のミックステープ『Overdoze』（2011年にリマスタリングを施しCDで再発）を出します。</strong></p>

<p>あのミックスを作るのは超大変だったよ。そのころは実家に住んでいて家が線路脇でうるさ過ぎてまともに音楽が聴けなかったから。マスターはコンポでMDに録音しているんだけど、片耳はコンポにヘッドフォンを差して中から聴いて、もう片耳で外の音を聴いてミックスして作った。あの最初のオレンジ色のミックステープ『Overdoze』は4000本ぐらい売れたね。</p>

<p><strong>──そんなに売れたんですね。BABAさんはDJもやりますし、ライヴでも大きなミキサー卓を持ち込んでみずからエフェクトをかけてダブをしていたときもありました。</strong></p>

<p>俺、実はすげえ器用なんだよ。だから、〈BLACK SMOKER〉のFlash PlayerのHPも俺が作っていたしね。</p>

<p><strong>──それは知らなかったです……。あのページがFlash Playerのサポートが終了して見られなくなってしまったのが残念過ぎます。</strong></p>

<p>あのページを作る前からデザインでもオリジナリティを出したかったから、WINDOWSを買って超勉強していじりまくっていたし、Illustratorにもハマっていたけど、HPを作るのは初めてで手探りだった。いまみたいにフォーマットが決まっていないから一から勉強して作らなきゃいけなかった。超頑張ったよ。1ページずつ戻したいけど、一気に戻っちまうのはどうすればいいんだとか、これを動かせるのかとか、声もつけられるっぽいなとか、できたものをいざネットにアップするにはどうしたらいいんだよとか、そういう時代だから。あのページのデザインは軍艦島をベースにして、しかも骸骨が動いてサイトに入って行くようになっていたでしょ。HPを見るヤツが簡単に入れないように軍艦島のマンションの一室を一瞬だけ光らせて、そこを見つけないと入れないようにしたし、プロフィールの目がパチパチするのも俺が書いた。ファミコンのゲームを作る感覚だよね。Kのコラージュや絵はそのころからすげえ上手くてカッコ良かったから、Kに描いてもらったバッズくんを使ったり、しゃべってもらったのを録音したり、いろいろ工夫したよ。練馬の俺の家がたまり場になっていた時期に複合機なんかも買って自分たちの手で何でも作るようになっていった。Kは＜EL NINO＞（〈BLACKSMOKER〉が主催するイベント）のフライヤーとかも作っていたしね。</p>

<p><strong>──これまでの話を聞いていると、ヒップホップという芸術や文化への向き合い方の一貫性が伝わってきて、BABAさんのファースト・ソロ・アルバム『NO CREDIT』（2004）がレゲエ、ジャズ、ラップ、サウンド・コラージュが混然一体となった実験的な作品になったことがより理解できる気がします。</strong></p>

<p>いまよりも時間があったし、音に関してはMPC2000でサンプリングにはかなりこだわって作った一枚だよ。いまもたまにあのアルバムを曲の順番を変えて聴き直すんだけど、いまだに発見がある。あのころはレコードをめちゃめちゃ買っていたし、特に下北沢の「Disc Shop Zero」にはかなり通った。</p>
</div>


<div class="text-box fade-up">
<p><strong>BABA</strong>『<strong>NO CREDIT</strong>』</p>
<iframe style="border-radius:12px" src="https://open.spotify.com/embed/album/1LsiQvRWx4BE8mfDrnRvFG?utm_source=generator&theme=0" width="100%" height="380" frameBorder="0" allowfullscreen="" allow="autoplay; clipboard-write; encrypted-media; fullscreen; picture-in-picture"></iframe>
</div>

<div class="text-box left fade-up">
<p><p><strong>──おお、そうだったんですか！！</strong></p>

<p><u><a href="http://www.ele-king.net/news/rip/007420/" rel="noopener noreferrer" target="_blank">飯島さん</a></u>の存在は大きい。寡黙だからか、最初は冷たい感じの印象を受けて実際あんまり会話をしたこともなかったけど、行くと俺のことをおぼえていてくれて、旧譜だけじゃなく、たまに新品の封まで空けて「これいいよ」って聴かせてくれた。そうやって出してくれた音楽が、俺がまさに探していた音だったことがよくあった。俺が試聴するレコードから俺が好きなものを飯島さんはわかっていたんだろうね。だから、「Zero」の記憶はすごく残っているし、虜になった。一時期、俺の買うレコードの8割ぐらいは「Zero」だったし、『DUB ZOMBIE』（ミックスCD／2008）もあそこで買ったレコードをけっこう使って作った。「Zero」を通してオーディオ・アクティブを初めて知って、「日本にもこういう音楽をやる人らがいるんだな」と思ったし。</p>

<p><strong>──そして2010年には、まさにBABAさん流のダブのバンド、SKUNK HEADSのファースト『ANTI HERO』を出しています。</strong></p>

<p>KとJUBEくんでTHE LEFTYをやり始めた時期に、俺はSKNUK HEADSを始めた。THE LEFTYが始まって、「何？　俺は除いて2人でやるのかよ」とは正直思ったけど、だったら俺も普通のヒップホップをやってもしょうがねえから、ヤバいヤツらを招集して攻撃的なダブをやってやるよって。そういう気持ちだった。SKUNK HEADSを始める前に、ひとつひとつのパラ・データにエフェクトをかけられるデカいミキサーをライヴに持ち込んでひとりでダブ・ミキシングをしていたけど、曲によってヴォリュームなんて違うから設定が大変だし、たまに飲み過ぎた状態でライヴをやるとバランスを間違っていじって音が出てねえとかもあったし、ビールをこぼして機材をぶっ壊したときもあるし、それでバンドでやりたいと考えたのもある。ただそこでありきたりなダブじゃなくて、UKのダブにつながるような、俺なりの攻撃的なダブをやりたかった。俺の他にギターとドラムがいて、最初はダブ専門のヤツがリバーブをかけながらディレイをシュワーッとかけてくれてもいた。スタジオに集まってライヴをして作品のリリースまで行ったあとに、『EAR TO THE GROUND TOKYO』という海外のコンピにもそのアルバムの1曲を提供したことがあった。</p>
</div>


<div class="text-box fade-up">
<p><strong>SKUNK HEADS</strong>『<strong>ANTI HERO</strong>』</p>
<iframe style="border-radius:12px" src="https://open.spotify.com/embed/album/3M830xVA36dXRO3PBhryht?utm_source=generator&theme=0" width="100%" height="380" frameBorder="0" allowfullscreen="" allow="autoplay; clipboard-write; encrypted-media; fullscreen; picture-in-picture"></iframe>
</div>

<div class="text-box fade-up">
<p><strong>SKUNK HEADS</strong></p>
<div class="movie_wrap"><iframe width="960" height="540" src="https://www.youtube.com/embed/UOZWvrOKqi8" title="YouTube video player" frameborder="0" allow="accelerometer; autoplay; clipboard-write; encrypted-media; gyroscope; picture-in-picture" allowfullscreen></iframe></div>
</div>

<div class="text-box left fade-up">
<p><strong>──〈BLACK SMOKER〉、JUBEさんやK-BOMBさんもそれぞれ既存のヒップホップの枠におさまらないベクトルに進んでいくわけですが、BABAさんも、そのふたりやNOXさん、いまはテクノのDJをしているYAZIさんと同様に独自の道を進んで来ています。SKNUK HEADSのあとには、ドラマーのMUROCHINさんとDOOOMBOYSを始めています。</strong></p>

<p>それは、2010年にDJ BAKU HYBRID DHARMA BAND（DJ BAKU、YOUHEI、BABA、MUROCHIN、JIN、KAORU）に誘われたのがきっかけだね。その年にバンドでアルバム（『D.E.F』）を出して、〈KAIKOO POP WAVE〉をはじめ全国をライヴして回ってスタジオにもけっこう頻繁に入った。そこで俺が歌ってエフェクトもやって、BAKUちゃんがコスって、MUROCHINさんが叩く。それで気が合ってさ。SKUNK HEADSの活動がいちどタンマになったのもあって、MUROCHINさんと「サシでやらねえか」という話になった。ドラムと打ち込みのふたりは見た目も様になってカッコいいじゃん。それもあったし、俺はMUROCHINさんのシンバルのシャンシャン叩いてくる感じが気に入ったのよ。かっこいいなって。</p>

<p><strong>──MUROCHINさんとやるようになって音楽への意識で何か変わったことはありますか？</strong></p>

<p>俺はベースラインだったり、全体の雰囲気から掴んだりしていたけど、MUROCHINさんはドラム・パターンから聴く。その音楽の聴き方を知ると、同じ音楽もまた違って聴こえてきた。それが面白かったね。DOOOMBOYSは、2011年に秋田に3日間ライヴしに行ったのがはじまり。俺はベースの単音とBPMも勝手な感じのワンショットのループを持って行った。ベース・アンプも繋いでローを出していたから、役割はベースとヴォーカルだね。そういうライヴを録音していったら予想以上に良くて。だけど、そのインプロのやり方は手元が超忙しいわけ。しかもラップもする。すると、どれかは絶対忘れる。だからちゃんと曲を作ろうと。で、曲をやるならばチーム名を考えようぜと。そしたら、朝の5時半か6時ぐらいにいきなりMUROCHINさんから「DOOOMBOYSはどう？」って連絡があって決まった。そのころはノイジーなドラムにハマっていた時期で、2013年のデス・グリップス（DEATH GRIPS）の初来日にも行ったよ。ライヴで曲をどうやって繋いでいくのかを参考にするために行ったけど、遊び過ぎて最後の10分ぐらいしか観られなくて何の参考にもならなかった（笑）。でも、デス・グリップス、BO NINGENのヴォーカルがやっているDEVIL MAN、オーディオ・アクティブ、そしてDOOOMBOYSでイベントなんかやったらゼッテーおもしれえじゃんと。そんなアイディアを思いつくようになった時期でもある。</p>

<p><strong>──DOOOMBOYSには『ALPHA & OMEGA』（2018）という2枚組のセカンド・アルバムがありますけど、ここに元ゆらゆら帝国のベーシストの亀川千代さんが参加しているのが驚きでした。</strong></p>

<p>MUROCHINさんの顔の広さって言ったらすごいからね。それに俺とMUROCHINさんは常にベースは求めていた。俺のMPCのベースに、もっと動きのある生のベースが欲しかった。それで亀さんとライヴをやることになったけど、俺はゆらゆら帝国をあまり聴いたことがなかったから、亀さんのベースも知らなくて。ともかくそれで、俺、MUROCHIN、亀さんの3人でやることになった。場所はどこだっけな？　バンド界隈の聖地と言われているようなライヴハウスだったよ（※二木注　2017年、「U.F.O.CLUB」にて行われた〈発狂天国vol.75〉）。そこで、ノイズの世界のすごい人ら（※二木注　INCAPACITANTSのこと。その他の出演はオシリペンペンズ、GROUNDCOVER、DJ発狂チカ）と対バンした。ノイズの人って硬いイメージがあるでしょ。でも、彼らはぜんぜんそんなことがなくて、楽屋でもフレンドリーでやりやすかった。とにかく亀さんはヤベーよ。というか、インプロの世界の人はヤバい。「せーの！」で始めて、「もうライヴが終わっていますよ」となっても弾き続ける。それで、DOOOMBOYSの『ALPHA & OMEGA』でも亀さんにベースを弾いてもらった。しかも、数曲での参加だったけど、録音時間は3時間以上だったからね（<u><a href="http://ghz.tokyo/babadooomboys_alpha-omega/" rel="noopener noreferrer" target="_blank">BABAによる『ALPHA & OMEGA』の曲解説</a></u>）。</p>
</div>

<div class="text-box fade-up">
<p><strong>DOOOMBOYS</strong>『<strong>ALPHA & OMEGA</strong>』</p>
<iframe style="border-radius:12px" src="https://open.spotify.com/embed/album/1KYPI5BJm7J5tebSXn3xL5?utm_source=generator&theme=0" width="100%" height="380" frameBorder="0" allowfullscreen="" allow="autoplay; clipboard-write; encrypted-media; fullscreen; picture-in-picture"></iframe>
</div>

<div class="text-box fade-up">
<p><strong>DOOOMBOYS feat 亀川千代 LIVE @ UFO CLUB 2017:11:26</strong></p>
<div class="movie_wrap"><iframe width="960" height="540" src="https://www.youtube.com/embed/QnKElIdUgEk" title="YouTube video player" frameborder="0" allow="accelerometer; autoplay; clipboard-write; encrypted-media; gyroscope; picture-in-picture" allowfullscreen></iframe></div>
</div>

<div class="text-box left fade-up">
<p><strong>──そんなに弾かれたんですね。それをBUNさん（FUMITAKE TAMURA）がリミックスしたのが2枚目ですね。</strong></p>

<p>貯めていたDOOOMBOYSのライヴのギャラをすべてぶっこんでレコーディングした。それで音は集まってきて、最初はミックスも自分でやっていたけどめちゃくちゃ大変で。甘く見ていたね。それで、BUNくんに頼むしかねえと。BUNくんだったらなんとかカタチにしてくれるはずだって、そのときゲットしていたスタジオに呼んで。DOOOMBOYSはバンドの音だからギンギンじゃん。それでBUNくんのリミックスも欲しくなって2枚組になった。BUNくんのビートには隙間があってラッパーにとってはスキルを見せることができるんだけど、あの人は仮に16小節のヴァースをふたつ録音してもまったく使ってくれないときがある。リミックスとなれば、ヴァースをミュートしてまったく使わず、フックだけ編集して使うみたいなこともする。でも、あの作品ではだいぶ俺のラップを残してくれた。しかも元のラップを編集してつなぎ合わせてまったく違う韻を踏ませるんだよ。それがカッケーの。「そっちのヴァージョンをおぼえてライヴでやるわ」って（笑）。</p>

<p><strong>──さすがBUNさんですね。今回BABAさんに会って聞きたかったことのひとつは、なぜここまでオルタナティヴな道を突き進んで音楽を作り続けているのかということです。いわゆる王道のヒップホップだけやる選択肢もあったはずですよね。一時期は、THINK TANKのメンバーが集まってインプロでライヴをする時期もありました。そこに伊東篤宏さんや山川冬樹さんが参加するときもあった。例えば2014年10月の＜EL NINO＞のKILLER-BONG、BABA、JUBE、CHI3-CHEE、DJ YAZIのライヴはいまだに自分の記憶に深く刻み込まれています。8年も前のライヴですけど、BABAさんのいまの活動も、ああした試みの延長線上にあると思いますし、音楽への向き合い方は一貫していると感じます。</strong></p>

<p>ああいうライヴに決め事は何もなかったね。俺とKは手元でMPCを触ったりエフェクトかけたり、JUBEくんはシンバル叩いたりして、その上で歌うわけだ。マ～ジでやっている俺らがトブからね。とんでもない目をしているよ。だから、ライヴはだいたい真っ暗にしている。グループ内でどっちが強いのか、という勝負を人前でやっているようなもんだ。どうしてTHINK TANKがあんなとんでもないライヴをするようになったか？　それには明確な理由がある。若いころからいろんなヒップホップのライヴを観てきて、ある時期からイベントが“文化祭”に思えてきたからなんだ。もちろん上手いヤツらは上手いよ。いまの若いヤツらもラップは上手いじゃん。でも決まりきったヒップホップのインストの上で決まりきったノリでラップしているのを観て、あるときから「カラオケっすか？」って思うようになった。そういう決まりきったことをやりたくなかったんだよ、俺らは。だから、ライヴをやる場所やイベントも選んだし、オファーも超断った。しかも、オファーを断ったイベントにマイクジャックしに行ったりもしたからそうとう嫌われたよね。イヤなヤツらだよな。そんなことしていたから一時期はライヴをやる場所もなくなっていったけど、そういうことをするのには俺らなりの理由があったんだよ。</p>
</div>

<div class="text-box left fade-up">
<blockquote><p>沈黙と孤独　振り払うネオン　街角の雑踏　
病む街から脱走　無意味な戦争　聞くだけでもしんどい　
BPMを刻む振動　唱える魔法　
現状はどうあろうともこの場だけは平和と平等　愛にあふれ気分上々
大地に根を張るタフでラフでダブでラウドなサウンド　
いまここでかき鳴らす</p></blockquote>
<p class="quotecredit">DOOOMBOYS“Bring Me Down”</p>
</div>

<div class="img-box fade-up"><img src="https://cdn.qetic.jp/wp-content/uploads/2022/06/05225707/interveiw220606-baba-4-1.jpg" alt="BABA BLUE BERRY" width="1920" height="1280" class="alignnone size-full wp-image-431817" /></div>

<div class="text-box right fade-up">
<p>取材・文／<u><a href="https://twitter.com/shinfutatsugi" rel="noopener noreferrer" target="_blank">二木信</a></u>
写真／<u><a href="https://www.instagram.com/lil_k_5g/" rel="noopener noreferrer" target="_blank">Lil-K</a></u>
取材協力／<u><a href="https://luscafe.owst.jp/" rel="noopener noreferrer" target="_blank">Lu's CAFE</a></u></p>
</div>


<div class="profile">
<h3 class="profile-title">INFORMATION</h3>

<div class="img-box fade-up"><img src="https://cdn.qetic.jp/wp-content/uploads/2022/06/05222841/interveiw220606-baba-2.jpg" alt="BABA BLUE BERRY" width="1920" height="1280" class="alignnone size-full wp-image-431810" /></div>

<p class="name">BABA a.k.a. "BB"SHOT</p>
<p class="text">光届かぬ東京最深部の熱水噴出孔 "Black Smoker"。その原点にして中核 "THINK TANK" オリジナルメンバー。別プロジェクト"SKUNKHEADS"、"DOOOMBOYS（BABA&MUROCHIN）"、別名義"BLUEBERRY"。MC／DJ／トラックメイカ—、そして文筆家の顔も併せ持っており活動は多岐に渡る。ソロ名義の"BABA"は、2004年リリース唯一のソロアルバム「NO CREDIT」のみとなっている。そして2022年、いよいよ"BABA a.k.a. "BB"SHOT"が動き出す。</p>

<a href="https://www.instagram.com/bbeeeeeee/" class="btn" target="_blank" alt="Link" rel="noopener noreferrer">BABA Instagram</a>

<div class="separator"></div>

<div class="img-box fade-up"><img src="https://cdn.qetic.jp/wp-content/uploads/2022/06/05232145/interveiw220606-baba-10.jpeg" alt="BABA BLUE BERRY" width="1920" height="1787" class="alignnone size-full wp-image-431818" /></div>

<p class="name">Collector’s Edition Vol.1</p>
<p class="text">BABA a.k.a. "BB"SHOT
BLACK MOB ADDICT｜BMAREC-001
7インチ【限定生産盤】</p>

<p class="text">大変だ！　真実がイカサマと手を組んだぞ！　ヤバい言葉は禁止だとよ。生々とした生の言葉を使えないようにしたんだ。ヤバいものには蓋をしろってさ。チーチアンドチョンや電磁波クラブみたいなユーモアが通用しなくなっちまったんだ。やれやれだぜ。ずっーと待ち焦がれてた俺だけの基地が出来たんだ。自由と混沌が入り交わる音や声をRECできる。スモーキーな煙も一緒に。そこで出来上がったのがこの7インチさ。BLUE BERRYが音を作りBBがリリックを書く。昔からのやり方さ。これはcollector’s Edition Vol.1。今まさに次も準備中だ。そして、ジャケを描いてくれたのがCHUDO（Tadaomi Shibuya + KAREZMAD）、分かるだろ？　すぐにはイカせないぜ。これはまだ現在進行形だ。楽しんでくれ。（text by BABA a.k.a. "BB"SHOT）</p>

<a href="https://www.black-mob-addict.com/" class="btn" target="_blank" alt="Link" rel="noopener noreferrer">BLACK MOB ADDICT</a>

<div class="separator"></div>

<div class="img-box fade-up"><img src="https://cdn.qetic.jp/wp-content/uploads/2022/06/05224139/interveiw220606-baba-5.jpg" alt="" width="1920" height="1280" class="alignnone size-full wp-image-431814" /></div>

<p class="name">ルーズカフェ Lu's CAFE</p>
<p class="text">神奈川県横浜市西区楠町18－6－1Ｆ
JR横浜駅西口より徒歩12分／浅間下交差点から徒歩10秒</p>

<a href="https://luscafe.owst.jp/" class="btn" target="_blank" alt="Link" rel="noopener noreferrer">Lu's CAFE</a>
<a href="https://qetic.jp/column/good-friends-hard-times/" class="btn" target="_blank" alt="Link" rel="noopener noreferrer">good friends, hard times</a>

</div>

<p>© Qetic Inc.</p>
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		<title>DJ Liberate、1stアルバムが〈Hoodish Recordings〉よりリリース｜STONEDZ（MEGA-G＆DOGMA）、鎮座DOPENESS、前里慎太郎、Fortune Dらが参加＆ミックス／アレンジはFumitake Tamura（BUN）</title>
		<link>https://qetic.jp/music/djliberate-220530/431419/</link>
		<comments>https://qetic.jp/music/djliberate-220530/431419/#respond</comments>
		<pubDate>Mon, 30 May 2022 11:00:47 +0900</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[船津晃一朗（FFF）]]></dc:creator>
		<category>6</category>

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<![CDATA[<summary><p>東京を拠点に活動するDJ／プロデューサーであるDJ Liberateのファースト・ソロ・アルバム『Scenes In The Gravity』が遂に完成。高田馬場にあるクリエイティブレストラン「九州珠-KUSUDAMA-」が2021年末に始動させた新鋭レーベル〈Hoodish Recordings〉から5月30日（月）にリリースされた。</p>
</summary>]]>
<description><![CDATA[<article><figure><img width="1440" height="1440" src="https://cdn.qetic.jp/wp-content/uploads/2022/05/30143225/music220530-djliberate-1-1440x1440.jpeg" class="attachment-medium size-medium wp-post-image" alt="DJ Liberate" decoding="async" srcset="https://cdn.qetic.jp/wp-content/uploads/2022/05/30143225/music220530-djliberate-1-1440x1440.jpeg 1440w, https://cdn.qetic.jp/wp-content/uploads/2022/05/30143225/music220530-djliberate-1-240x240.jpeg 240w, https://cdn.qetic.jp/wp-content/uploads/2022/05/30143225/music220530-djliberate-1.jpeg 1920w, https://cdn.qetic.jp/wp-content/uploads/2022/05/30143225/music220530-djliberate-1-720x720.jpeg 720w" sizes="(max-width: 1440px) 100vw, 1440px" /></figure><p>東京を拠点に活動するDJ／プロデューサーである<strong>DJ Liberate</strong>のファースト・ソロ・アルバム『<strong>Scenes In The Gravity</strong>』が遂に完成。高田馬場にあるクリエイティブレストラン「九州珠-KUSUDAMA-」が2021年末に始動させた新鋭レーベル〈<strong>Hoodish Recordings</strong>〉から5月30日（月）にリリースされた。</p>

<h3>客演にSTONEDZ（MEGA-G＆DOGMA）、鎮座DOPENESS、前里慎太郎、Fortune Dら</h3>

<p>本作はコロナ禍で発売延期となっていたDJ Liberate によるオリジナル楽曲をFumitake Tamura（BUN）がミックス／アレンジし、再構築したアルバム。客演にSTONEDZ（MEGA-G＆DOGMA）、鎮座DOPENESS、前里慎太郎、Fortune D、MORI、BDR、KSと巧みなスキルを持ち、シーンを牽引するラッパーたちが参加した。さらにMaL（PART2STYLE）、ATSUKIが2曲のリミックスを提供した。

<h3>【MV】DJ Liberate - Lost In The Crowd feat. Fortune D</h3>
<div class="movie_wrap"><iframe width="700" height="394" src="https://www.youtube.com/embed/yYbzdaDIL_A" title="YouTube video player" frameborder="0" allow="accelerometer; autoplay; clipboard-write; encrypted-media; gyroscope; picture-in-picture" allowfullscreen></iframe></div>

<p>マスタリングはメジャーからアンダーグラウンドまで様々なアーティストを手掛ける木村健太郎（kimken studio）が担当。ジャケットデザインは自身のビジュアルアートやハードコア／パンク、アダルトを軸に活動するKEI SASAKI。MVはOshirasamaが撮影・編集を行なった。</p>

<p>カセットテープにはダウンロードコードも付いてくるので是非ダウンロードしてイヤフォンやヘッドフォン、クラブのスピーカーでこだわりの鳴りを楽しんでいただきたい。なお、6月4日（土）には渋谷Contactでレーベル〈Hoodish Recordings〉とZEN RYDAZ所属レーベル〈CROSSPOINT〉が企画する大型イベント＜OUT OF THE KITCHEN -三巴-＞が開催。DJ LiberateはIRONSRTONE、ACHARUとともにレーベルショーケースに登場する。</p>

<h3>『Scenes In The Gravity』リリースに寄せて</h3>

<section class="contentbox">ベース・ミュージック、あるいはダブ／レゲエと日本のラップの蜜月の時代が再び訪れようとしているのではないか。DJ／プロデューサーのLiberateが、クラブやライヴハウスといった現場での豊富な経験を活かし、重厚だが軽やかに異なるルーツを持つラッパーやディージェー、音楽家を結び付けたファースト・アルバムを聴くと、そんなことを強く感じる。
&nbsp; 
1990、2000年代にもそうした融合や横断はあり、その後もそうしたミクスチャーは進行していた。しかし、誤解をおそれずにいえば、ある時期からそうしたサウンドは非常に限られたシーンで支持されるものだったが、この作品のサウンドにはそうした閉鎖性をぶち破るエネルギーと洗練があり、風通しが良い。これこそがいま求められている音だと、私はおもう。
&nbsp; 
例えば、冒頭曲「ANYAKU」に鎮座DOPENESSが登場するのも象徴的だ。彼のオリジナルなスタイルはいまや広く認められているものの、2000年代に日本語ラップ、ラガ、レゲエを横断する特異性はアンダーグラウンドで際立つものだった。日本の主流の音楽シーンや音楽産業と呼ばれる世界の中で、アメリカのヒップホップ／ラップを追うひとびとと、UKやヨーロッパ諸国に連綿と受け継がれるサウンドシステム・カルチャーにアクセスするひとびとの隔たりは、両者を愛する音楽ファンからすれば、想像以上に大きかった。
&nbsp; 
だが時代は変わった。DJ Liberateのサウンド／プロダクションはUKドリルやトラップも通過した上でベース・ミュージックやダブを追求しているように聴ける。その音が歌い手のことばとフロウと化学反応を起こしている。STONEDZ（MEGA-G, DOGMA）、Fortune D、BDR、KS、MORI、前里慎太郎 a.k.a.ICといった個性的な面子の参加も然ることながら、あのFumitake Tamuraが作品の再構築に関わっていることも見逃せない。リミックスも2曲ある。こうした挑戦的な作品を起点に何かが動き始めるのは間違いない。
&nbsp; 
二木信（音楽ライター）</section>

<figure><a href="https://qetic.jp/music/djliberate-220530/431419/attachment/music220530-djliberate-2/" rel="attachment wp-att-431421"><img src="https://cdn.qetic.jp/wp-content/uploads/2022/05/30143231/music220530-djliberate-2.jpg" alt="DJ Liberate" width="1920" height="1920" class="alignnone size-full wp-image-431421" /></a><figcaption><strong>DJ Liberate</strong>
1986年生まれ東京都出身のDJ／プロデューサー。
国内のアンダーグラウンドシーンを中心に活動し、クラブ／ライブハウスでのDJプレイやラップトップを用いたライブを行い、ヒップホップを起点としながらベースミュージックやダブの要素を取り入れた独自のスタイルを提示している。
ディープで気骨のあるミックスセンスとサウンドプロダクションに定評がありソロ名義の他にも、Mariana Kaikou／Echolocation Clik といったユニットをプロデュースし作品を発表。
活動初期より自主レーベル「WURAFU」を立ち上げ自身の作品を含め様々なアーティストのリリースに携わる。
2022年に初のソロアルバム「Scenes In The Gravity」をリリース、その活動の場を更に広げている。
<a href="https://twitter.com/liberate_wurafu" rel="noopener noreferrer" target="_blank">Twitter</a>｜<a href="https://www.instagram.com/liberate_wurafu/" rel="noopener noreferrer" target="_blank">Instagram</a>
</figcaption>
</figure>


<div class="information">
<h2>RELEASE INFORMATION</h2>
<h3>Scenes In The Gravity</h3>

<a href="https://qetic.jp/music/djliberate-220530/431419/attachment/music220530-djliberate-1/" rel="attachment wp-att-431420"><img src="https://cdn.qetic.jp/wp-content/uploads/2022/05/30143225/music220530-djliberate-1.jpeg" alt="DJ Liberate" width="1920" height="1920" class="alignnone size-full wp-image-431420" /></a>

<p>DJ Liberate
2022.05.30（月）
Hoodish Recordings</p>

<p><strong>Tracklist</strong>
1. ANYAKU feat.前里慎太郎 a.k.a.IC, 鎮座DOPENESS　
2. Above The Clouds feat.STONEDZ（Mega-G, Dogma）
3. Walk feat.BDR, KS
4. Lost In The Crowd feat.Fortune D
5. State Of Behind feat.MORI
6. Calling feat.BDR
7. Bamboo Steppa feat.Fortune D
8. Above The Clouds feat.STONEDZ（ATSUKI Remix）
9. Bamboo Steppa feat.Fortune D（MaL Remix）
※上記はデジタルリリース版の曲順になります。</p>

<p>Produced by DJ Liberate
Mixed and additional production by Fumitake Tamura
Mastered by KIMKEN
Artwork by Kei Sasaki
P&C Hoodish Recordings</p>

<a href="https://linkco.re/UpayyvaP" class="btn" target="_blank" rel="noopener noreferrer">配信はこちら</a>
</div>


<p>© Qetic Inc.</p>
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		<guid isPermaLink="true">https://qetic.jp/music/eleking-issugi-210617/400458/</guid>
		<title>『ele-king』最新号でISSUGIのロングインタビューが掲載！日本のヒップホップ／ラップをフィーチャー</title>
		<link>https://qetic.jp/music/eleking-issugi-210617/400458/</link>
		<comments>https://qetic.jp/music/eleking-issugi-210617/400458/#respond</comments>
		<pubDate>Thu, 17 Jun 2021 09:00:43 +0900</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[竹田賢治]]></dc:creator>
		<category>6</category>

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<![CDATA[<summary><p>『ele-king』最新号で、日本のヒップホップ／ラップを大フィーチャー！　この5年でなにが起こり、なにが変わったのか、に迫った特集号となっている。そして、巻頭ロングインタビューに、ISSUGIが登場することに！特集では、「ハイプじゃないんだ──日本ラップの現状レポート」と銘打ったコーナーや、ralph × Double Clapperz、NENE（ゆるふわギャング）、Kamui、あっこゴリラ、田我流、Seihoといった面々へのインタビューも掲載される。</p>
</summary>]]>
<description><![CDATA[<article><figure><img width="1440" height="2067" src="https://cdn.qetic.jp/wp-content/uploads/2021/06/17161337/music210617_eleking_issugi_main-1440x2067.jpg" class="attachment-medium size-medium wp-post-image" alt="ele-king" decoding="async" srcset="https://cdn.qetic.jp/wp-content/uploads/2021/06/17161337/music210617_eleking_issugi_main-1440x2067.jpg 1440w, https://cdn.qetic.jp/wp-content/uploads/2021/06/17161337/music210617_eleking_issugi_main-1920x2756.jpg 1920w, https://cdn.qetic.jp/wp-content/uploads/2021/06/17161337/music210617_eleking_issugi_main.jpg 1338w" sizes="(max-width: 1440px) 100vw, 1440px" /></figure><p>『<strong>ele-king</strong>』最新号で、日本のヒップホップ／ラップを大フィーチャー！　この5年でなにが起こり、なにが変わったのか、に迫った特集号となっている。そして、巻頭ロングインタビューに、<strong>ISSUGI</strong>が登場することに！</p>

<h3>『ele-king』最新号で日本のヒップホップ／ラップをフィーチャー！</h3>

<p>特集では、「ハイプじゃないんだ──日本ラップの現状レポート」と銘打ったコーナーや、<strong>ralph × Double Clapperz</strong>、<strong>NENE（ゆるふわギャング）</strong>、<strong>Kamui</strong>、<strong>あっこゴリラ</strong>、<strong>田我流</strong>、<strong>Seiho</strong>といった面々へのインタビューも掲載される。ほか、磯部涼と<strong>二木信</strong>による対談、<strong>荘子it</strong>によるコラムなど盛りだくさん。さらに、シーンの現在を知るための大カタログ曲50＋アルバム50も収録される。曲紹介はQRコード付きで紹介されるので、すぐに聴くことも可能だ。単なる流行を超えた先にある「音楽」としてのヒップホップ、そのサウンドの深まりと拡がりを探求する内容に。ヒップホップヘッズ必携の1冊となっているので、ぜひご一読あれ！</p>

<div class="information">
<h2>RELEASE INFORMATION</h2>
<h3>ele-king vol.27</h3>

<a href="https://qetic.jp/music/eleking-issugi-210617/400458/attachment/music210617_eleking_issugi_main/" rel="attachment wp-att-400459"><img src="https://cdn.qetic.jp/wp-content/uploads/2021/06/17161337/music210617_eleking_issugi_main.jpg" alt="ele-king" width="1338" height="1920" class="alignnone size-full wp-image-400459" /></a>

<p>2021年7月6日（火）</p>
<p>定価：本体￥1,500（＋tax）</p>
<p>判型：菊判</p>
<p>ページ数：160</p>
<p>編集：ele-king編集部</p>
<p>発行：株式会社Pヴァイン</p>
<p>発売：日販アイ・ピー・エス株式会社</p>
<p>ISBN：978-4-909483-98-0</p>
<a href="http://www.ele-king.net/books/" class="btn" target="_blank" rel="noopener noreferrer">詳細はこちら</a>
</div><p>© Qetic Inc.</p>
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		<title>Last Night DJs Changed My Life──細田日出夫 a.k.a. JAM、ロング・インタヴュー</title>
		<link>https://qetic.jp/column/good-friends-hard-times/hosoda-hideo-jam/396091/</link>
		<comments>https://qetic.jp/column/good-friends-hard-times/hosoda-hideo-jam/396091/#respond</comments>
		<pubDate>Sat, 15 May 2021 09:00:30 +0900</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[二木信]]></dc:creator>
		<category>6</category>

		<guid isPermaLink="false">https://qetic.jp/?p=396091</guid>
<![CDATA[<summary><p>音楽ライターの二木信による連載「good friends, hard times」。第4回目に登場するのは、雑誌『ブラック・ミュージック・リヴュー（bmr）』の連載をまとめた単著『Chasin’ The 80s Classics』を上梓、レコードメーカー、A&#038;R、ライター、コンパイラー、DJとして活躍する細田日出夫 a.k.a. JAM。</p>
</summary>]]>
<description><![CDATA[<article><figure><img width="1440" height="960" src="https://cdn.qetic.jp/wp-content/uploads/2021/05/09170653/column210510-hosoda-hideo-jam-25-1440x960.jpg" class="attachment-medium size-medium wp-post-image" alt="細田日出夫 a.k.a. JAM" decoding="async" srcset="https://cdn.qetic.jp/wp-content/uploads/2021/05/09170653/column210510-hosoda-hideo-jam-25-1440x960.jpg 1440w, https://cdn.qetic.jp/wp-content/uploads/2021/05/09170653/column210510-hosoda-hideo-jam-25.jpg 1920w" sizes="(max-width: 1440px) 100vw, 1440px" /></figure><div class="text-box fade-up">
<p>音楽ライターの二木信が、この困難な時代（Hard Times）をたくましく、しなやかに生きる人物や友人たち（Good Friends）を紹介していく連載「<strong>good friends, hard times</strong>」。国内のヒップホップに軸足を置きながら執筆活動を展開してきた二木が、主にその世界やその周辺の音楽文化、はたまたそれ以外の世界で活躍、躍動、奔走するプレイヤー（ラッパー／ビートメイカー／DJ）、A&Rやプロデューサーなど様々な人物を通じて音楽のいまと、いまの時代をサヴァイヴするヒントを探ります。

第4回目に登場するのは、<strong>細田日出夫 a.k.a. JAM</strong>。</p>
</div>

<div class="separator"></div>

<div class="text-box left fade-up">
<p>今回の主役、JAMこと細田日出夫は、1961年生まれのレコードメーカー、A&R、ライター、コンパイラー、DJである。ここではリスペクトを込めて「JAMさん」と記すことにする。レコード置き場もある都内の自宅にうかがうと、天井まで届くレコード・ラックにはびっしりとレコードが収納され、玄関にもレコードが立てかけられている。〈サルソウル（SALSOUL）〉の12インチの青い背が並ぶブロックを見て記憶がよみがえる。

いまから約17、8年前ぐらいだろうか。記憶が正しければ、その夜、JAMさんは〈サルソウル〉オンリーのセットだったはずだ。何よりヒップホップ的に〈サルソウル〉をかけるスタイルが衝撃だった。リズムとビートのキープを怠らず、時に鋭いカットインを駆使し、あの〈サルソウル〉の音楽から溢れ出す多幸感を永遠に持続させるかのようなプレイに完璧に打ちのめされた。それまで〈サルソウル〉をまともに聴いてこなかった若造は、この日を境に、このレーベルの音楽にもっと真剣に向き合おうと決心したのだった。</p>
</div>

<div class="full-img fade-up"><img src="https://cdn.qetic.jp/wp-content/uploads/2021/05/09143235/column210510-hosoda-hideo-jam-12.jpg" alt="細田日出夫 a.k.a. JAM" width="1500" height="1500" class="alignnone size-full wp-image-396125" /></div>

<div class="text-box left fade-up">
<p>一方、JAMさんはライターとして旺盛な執筆活動を展開してきた。50年代末のソウルから90年代初頭のラップまでのアメリカのブラック・ミュージックを紹介するディスク・ガイド『U.S. Black Disc Guide』（鈴木啓志 編／ブルース・インターアクションズ／1991年）には、氏と共に、松尾潔、佐々木士郎（宇多丸）、坂間大介（Mummy-D）らも寄稿している。さらに、2017年には、雑誌『ブラック・ミュージック・リヴュー（bmr）』において14年間つづけた連載をまとめた単著『Chasin’ The 80s Classics』（SPACE SHOWER BOOKs）を上梓している。

そして、その本のイントロダクション「Intro Breaks」で、アメリカのブラック・ミュージックの真髄について氏はこう書く。「ブラック・ミュージックは80年代に限らず、いつの時代も『プロデューサーズ・ミュージック』である。プロデューサーが時代の流れを決め、プロデューサーが時代の流れを変える」

JAMさんはA&Rが本職であるから、厳密にはプロデューサーではない。しかし、プロデューサー的視点を有したDJ、ライター、選曲家として、日本に主にアメリカのブラック・ミュージックを紹介する重要な役割を果たしてきたことは間違いない。ディスコと「モータウン・ファミリー」とDJカルチャー、日本のヒップホップの黎明期、またこれまでA&Rとして手掛けてきたヒップホップ／ソウル／R&Bの作品やDJミックスについておおいに語ってもらった。この約2万字のロング・インタヴューは、そうしたJAMさんの貴重な経験、そこで得られた知識を多くの人びとと共有するためにお送りする。</p>
</div>

<h2 class="fade-up">INTERVIEW：細田日出夫 a.k.a. JAM</h2>

<div class="full-img fade-up"><img src="https://cdn.qetic.jp/wp-content/uploads/2021/05/09130359/column210510-hosoda-hideo-jam-9.jpg" alt="細田日出夫 a.k.a. JAM" width="1500" height="1500" class="alignnone size-full wp-image-396122" /></div>

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<p><strong>──まず、現在のお仕事から教えてもらえますか？</strong>

<strong>細田</strong>　いまは2019年にできた〈CONNEXTONE（コネクストーン）〉という社内レーベルのA&Rをやっています。2015年に立ち上がった〈CONNECTONE〉という邦楽レーベルとビクター洋楽部が統合してできたビクターの中でも新鮮なレーベルです。ただ、俺は元々洋楽畑の人間なんですよ。1996年にビクターの洋楽部に入って、その後、〈plusGROUND（プラスグラウンド）〉という洋楽志向の邦楽ヒップホップとR&Bの専門レーベルを立ち上げた。そのレーベルが2020年で設立11周年になるのかな。そのレーベルを抱えたまま、〈CONNEXTONE〉で仕事をしていますね。</p>
</div>

<div class="text-box fade-up">
<p><strong><em>氏はA&Rとして、〈plusGROUND〉でこれまで様々なアーティストと関わってきている。DJ PMX、DJ KAORI、餓鬼レンジャー、Full Of Harmony、DOBERMAN INC、Cherry Brown（Lil’Yukichi）、N.C.B.B.、また今年4月に『Funky 4 You _ EP』をリリースしたG.RINA。さらに、〈CONNECTONE〉には最新アルバム『Wonderland』を出したばかりのlyrical schoolが所属している。</em></strong></p>
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<div class="text-box fade-up">
<p><strong>G.RINA／close2u（2021REMIX）【with Kzyboost】</strong>
<div class="movie_wrap"><iframe width="960" height="540" src="https://www.youtube.com/embed/1yeFRuntIDQ" title="YouTube video player" frameborder="0" allow="accelerometer; autoplay; clipboard-write; encrypted-media; gyroscope; picture-in-picture" allowfullscreen></iframe></div>

<strong>lyrical school／TIME MACHINE（Full Length Music Video）</strong></p>
<div class="movie_wrap"><iframe width="960" height="540" src="https://www.youtube.com/embed/0b9OQfimGXI" title="YouTube video player" frameborder="0" allow="accelerometer; autoplay; clipboard-write; encrypted-media; gyroscope; picture-in-picture" allowfullscreen></iframe></div>
</div>

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<p><strong>──そのように、日本のヒップホップ／R&Bの作品やアーティストを手掛けてきたJAMさんが、最初に、音楽、特にアメリカのブラック・ミュージックに魅せられたきっかけは何だったのでしょうか？</strong>

<strong>細田</strong>　いちばん最初にアメリカのブラック・ミュージックの歌に感動したのは、中学の頃に観たコカ・コーラのCMですね。そのCMではスタイリスティックス（The Stylistics）が“Coming Home”というコマーシャル・ソングを歌っていたんだけど、中学生の俺はその歌声を聴いて最初女の人の声だと思ったわけ。ところが、その歌声が、ファルセットという男性歌手の裏声だとわかったとき、「これはこの世のものじゃない」ぐらいの、ものすごい衝撃を受けた。それが、歌に対するファースト・インパクトですね。

それと、歌じゃないけど、サミー・デイヴィス・ジュニア（Sammy Davis Jr）も衝撃でしたね。彼がボトルを指輪で叩いてリズムを取ったり、スキャットしたりするサントリーのコマーシャルがあったんだけど、それを観たとき、これは自分みたいな凡人では到底ありえない感覚で、マネできないって強く感じて。そういうのが原体験にはある。子どもの頃に、そうした歌や身体表現を通して、ブラック・ミュージックの重要なエッセンスに影響を受けたのは経験として大きいです。</p>
</div>

<div class="text-box fade-up">
<p><strong>1975 - "Coca-Cola - Coming Home" The Stylistics - Japan, 60 seconds.</strong>
<div class="movie_wrap"><iframe width="960" height="540" src="https://www.youtube.com/embed/bZyptkwncg0" title="YouTube video player" frameborder="0" allow="accelerometer; autoplay; clipboard-write; encrypted-media; gyroscope; picture-in-picture" allowfullscreen></iframe></div>

<strong>Suntory Whisky, 'Sammy Davis Jr</strong></p>
<div class="movie_wrap"><iframe width="960" height="540" src="https://www.youtube.com/embed/yyN-aHtAVzs" title="YouTube video player" frameborder="0" allow="accelerometer; autoplay; clipboard-write; encrypted-media; gyroscope; picture-in-picture" allowfullscreen></iframe></div>
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<div class="text-box left fade-up">
<p><strong>──そして、JAMさんが東京で中学・高校を過ごされていた頃は、ちょうど第一次・第二次ディスコ・ブームと言われる時代ですね。ディスコ・ブームに火を付けたとされる映画『サタデー・ナイト・フィーバー』が日本で公開されたのが1978年です。</strong>

<strong>細田</strong>　高校1年（1977年）の頃、先輩に連れられて新宿の歌舞伎町にあった「アップルハウス」に行ったのがディスコ初体験ですね。いやあ面白くて、すぐにハマっていろんなディスコに行くようになって。ディスコに通うようになって何が大きかったというと、ソウル、ファンク、ディスコをごっちゃ混ぜに聴くようになったことなんですよ。さらに、「BLACK SHEEP」（註：新宿、渋谷、上野に店舗があった）というディスコでは、バンドの生演奏を体感できた。

ただ、ディスコに通うようになったとは言うけど、俺が遊び始めた頃のディスコは高校生が気軽に行ける場所ばかりじゃなくて、敷居が高いお店がほとんどだったんです。当時のディスコは、お酒を飲んで、ボトルもキープして音楽を楽しむ、そういう大人の遊び場だったから。たとえば、新宿にあった「GET」（註：日本においてディスコ／ソウルのダンスやステップを数多く発明したダンサー、ニック岡井が店長を務めた）は、本当の遊び人が行くディスコだったし、何よりもディスコに行くためには踊りをおぼえなくてはいけないからね。だからまずは、新宿の「Tomorrow U.S.A.」といったデカ箱に行くわけです。「Tomorrow U.S.A.」は、ディスコが大衆化することで流行った場所で、比較的安く入れた。

記憶が正しければ、月曜と水曜がすごく安くて、どちらかの曜日が水割り飲み放題、フライドポテトが食べ放題だったかな。そういう場所で音楽とダンスを頑張って勉強して、基本の踊りを覚えたら「GET」とかに行って最新の踊りを研究する。そして、隙あらば、六本木や赤坂のディスコにくり出して行くというサイクルでしたね。</p>
</div>

<div class="text-box fade-up">
<p><em><strong>ディスコと一口に言っても、その種類も遊び方も様々だったことは想像に難くない。たとえば、JAMさんが初めて訪れる数年前、「アップルハウス」は、ドラマ『傷だらけの天使』（1974～1975年、第16話「愛の情熱に別れの接吻を」）の劇中において、どこかいかがわしい雰囲気を漂わせる都会の夜の遊び場の舞台装置として使われている。要は、“ナンパな遊び場”として表象されている。</em></strong>

<strong><em>しかしそれと同時に、そこには、ソウル、ファンクといった音楽を熱心に探求する踊り場としてディスコを捉えたハード・リスナー／ダンサーも当然いたわけだ。そんなJAMさんは、ディスコ以外の、ソウルやファンクがかかる場所にもくり出していく。</em></strong></p>
</div>

<div class="text-box left fade-up">
<p><strong>細田</strong>　渋谷に「プリンス」というDJ（ロック）喫茶があったんです。センター街を入って、2つ目の角を右に行った左側に。そこは日替わりでDJが変わるんだけど、木曜が本間トミーさん、土曜は渡辺実さん（註：日本のMTVの初代VJ／キャスター）がDJしていて、渡辺さんのDJのときのテーマ・ソングがタワー・オブ・パワー（Tower of Power）の“You’re Still A Young Man”だったりと、かかるのはほぼソウル／ファンクだったんですね。</p>
</div>

<div class="text-box fade-up">
<p><strong>Tower Of Power - You're Still a Young Man</strong></p>
<div class="movie_wrap"><iframe width="960" height="540" src="https://www.youtube.com/embed/xDDpq2UH9lE" title="YouTube video player" frameborder="0" allow="accelerometer; autoplay; clipboard-write; encrypted-media; gyroscope; picture-in-picture" allowfullscreen></iframe></div>
</div>

<div class="text-box left fade-up">
<p>それでそこに通い詰めるんだけど、俺があまりにいつもいるもんだから、渡辺実さんに声をかけられてね。「そんなに好きだったらビクターで『モータウン・ファミリー』というファンクラブをやっているから、そこのスタッフとしておいでよ」と。それで、〈モータウン〉のファンクラブのスタッフになるわけです。それが高校2、3年生の頃かな。

当時、ビクター音産（ビクター音楽産業株式会社）の洋楽部が入っていた原宿の表参道沿いのピアザビル（註：キディ・ランドの前に位置するビル）の4階がアジトで。そこで〈モータウン〉を取り仕切っていた但馬要（たじま・かなめ）さんの下で、いろんな情報や音源を聴かせてもらい、会報誌を書いて会員の人たちに送る仕事を始める。</p>
</div>

<div class="text-box fade-up">
<p><em><strong>当時、日本における〈モータウン〉の発売元はビクターだった。そして、日本のディスコのパイオニアのひとりである、イラストレーター／ダンサー／DJの江守藹（えもり・あい）の著作『黒く踊れ！ストリートダンサーズ列伝』（銀河出版、2008年）には、ザ・コモドアーズ（The Commodores）の日本デビューとなる“THE BUMP”（1974年）のシングル盤のイラストを江守に依頼したのが、当時、〈モータウン〉のレーベル・マネージャーを務めていた但馬要であった、という記述がある。ちなみに、この1948年生まれの偉大な先達が著したこの書物は、日本におけるブラック・ミュージック受容の変遷、またディスコの歴史を知る上で、必読の名著である。</strong></em></p>
</div>

<div class="text-box fade-up">
<p><strong>The Commodores - The Bump</strong></p>
<div class="movie_wrap"><iframe width="960" height="540" src="https://www.youtube.com/embed/NK2eGiQQD0A" title="YouTube video player" frameborder="0" allow="accelerometer; autoplay; clipboard-write; encrypted-media; gyroscope; picture-in-picture" allowfullscreen></iframe></div>
</div>

<div class="text-box left fade-up">
<p><strong>細田</strong>　それで、そこのスタッフの人たちといっしょにライヴを観に行ったりもしましたね。印象に残っているライヴを一つ挙げると、大学に入ってからだと思うけど、デニース・ラサル（Denise LaSalle）の「赤坂MUGEN（ムゲン）」での来日公演。彼女の夫は、ラッパーのスーパー・ウルフ（Super Wolf）。“I’m So Hot”ネタの“Super Wolf can do it”（1980年）を〈シュガーヒル・レコード〉（1979年設立）からリリースしてる。

そのとき2人で来日していたから、デニース・ラセルが原曲を、そしてスーパー・ウルフがラップ・ヴァージョンをやる、という稀有なステージを観る機会に恵まれたのは良い思い出です。そう、だから、ちょうど〈シュガーヒル・レコード〉が立ち上がったばかりの頃で、ヒップホップのレコードも買い始めた時期でもあるね。</p>
</div>

<div class="text-box fade-up">
<p><strong>Denise LaSalle - I'm So Hot</strong>
<div class="movie_wrap"><iframe width="960" height="540" src="https://www.youtube.com/embed/uiN9jxcoftc" title="YouTube video player" frameborder="0" allow="accelerometer; autoplay; clipboard-write; encrypted-media; gyroscope; picture-in-picture" allowfullscreen></iframe></div>

<strong>Superwolf Can Do It（Original Release）</strong>
<div class="movie_wrap"><iframe width="960" height="540" src="https://www.youtube.com/embed/qSh_qpzvK-g" title="YouTube video player" frameborder="0" allow="accelerometer; autoplay; clipboard-write; encrypted-media; gyroscope; picture-in-picture" allowfullscreen></iframe></div>
</div>

<div class="text-box left fade-up">
<p><strong>1979、80年の時点でヒップホップ／ラップのレコードを買い始めていた、というエピソードはとても興味深い。そのことについては後述するとして、そんな音楽漬けの10代を過ごした少年も大学に入学することになる。</strong>

<strong>細田</strong>　そんな風に高校生の頃から、ディスコ、ファンク、ソウルにどっぷりだったから、遊びの周囲には必ず音楽があったし、大学にそういうサークルがあれば入りたかったけど、入学した法政大学にはそういうサークルがなかった。

それでもやっぱり好きだから、当時早稲田大学近くの、グラウンド坂下にあったソウル・ファンが集まる「キャプテン」というソウル・スナック／喫茶にもよく通っていて。そこで、偶然サークル・ノートを発見するわけです。そこに書いてあったのが、「ソウル研究会ギャラクシー（GALAXY）」というサークル名だった。それが、ギャラクシーとの出会いですよ。ソウル・ファンの聖地とされる場所で、ソウル研究会と銘打ったサークルのノートがある、と。

もうこれは俺が求めていた運命的なものに違いないということで、そのノートに「こういうサークルこそを望んでいた」と熱いラヴレターを書いたんです（笑）。そしたら、たしか家に電話がかかってきたと思うけれど、初代の部長の大迫（一輝）さんから「次の例会はいつだからおいでよ」と誘われて。それが大学入学の年だから1980年だね。それから現在までつづくギャラクシーとの付き合いが始まる。</p>
</div>

<div class="text-box fade-up">
<p><em><strong>ギャラクシーとは、1978年に設立された早稲田大学を拠点とするインターカレッジ・サークル。おそらく、RHYMESTERを輩出した音楽サークルとして最も知られているのではないだろうか。当初はソウル・ミュージックに特化していたものの、時代と共に、ファンク、ディスコ、そしてヒップホップ／R&B、あるいはハウスをも対象とした音楽同好会へと変化していった。わたしが氏と出会ったのも、00年代初頭にギャラクシーに在籍していた縁からである。</strong></em></p>
</div>

<div class="full-img fade-up"><img src="https://cdn.qetic.jp/wp-content/uploads/2021/05/09132437/column210510-hosoda-hideo-jam-10.jpg" alt="細田日出夫 a.k.a. JAM" width="1500" height="1500" class="alignnone size-full wp-image-396123" /></div>

<div class="text-box left fade-up">
<p><strong>細田</strong>　ギャラクシーの活動の一方で、高校のときに面倒を見てくれていた、『モータウン・ファミリー』の但馬さんに「ビクターでバイトをやらないか？」と誘われる。で、俺と、白鳥（庸一）くんっていう俺のあとのギャラクシーの5代目の部長とアルバイトを始めて。そこで何をしていたかと言うと、本多慧さん（註：“和製ディスコ”のヒット曲を数多く生み出したプロデューサーとして知られるハッスル本多）の元でディスコのプロモーターをやらせて頂いたんです。

毎日15時ぐらいに出社して、ディスコでかけてもらうためのサンプル盤のアナログを取りに行く。それがそれなりに重い荷物になるの。で、そうしたサンプル盤を持ってまずは新宿や渋谷のディスコに行く。そうした新宿や渋谷のディスコでDJがかけてくれると、当時はトークがあるから、「このレコードはいつ発売のこういう曲です」ってMCをしてくれる。それがすごいプロモーションになるし、そのトークがないとレコードは売れないんですよ。だから、自分が担当している曲をかけてもらうために必死に頑張る。

だけど、ポリドールやソニーといった大きな会社の百戦錬磨のプロモーターの人たちが凌ぎを削っている現場ですよ。俺なんてまだまだ若造で、そういう人たちに揉まれながら自分が担当している曲がかかるまで粘るわけです。アルバイトとはいえプロモーターだからDJのブースに行けるので、DJがわきを見ている間に、ターンテーブルに乗っているレコードをさっと乗せ換えたりしてね（笑）。もう必死だからそういうこともやりましたよ。

<strong>──すごいエピソードですね（笑）。たとえば、どういう曲を担当していたのでしょうか？</strong>

<strong>細田</strong>　ビクターは、自分がアルバイトを始める前からディスコが強かったけど、当時のいちばんの目玉は、自分がプロモーターを始める頃にはすでにヒット記録中だったんですが、ボーイズ・タウン・ギャング（Boys Town Gang）の“君の瞳に恋してる（原題：Can't Take My Eyes Off You）”（1982年）でした。“君の瞳に恋してる”なんて日本でもいまや誰もが知っている定番のヒット曲でしょう。だけど、最初はそんなことはなかったんですよ。ディスコのヒットは時間がかかるし、ピークタイムにDJの人たちに何度も何度もかけてもらうことで時間をかけて浸透してヒットの規模がでかくなっていくものだから。</p>
</div>

<div class="text-box fade-up">
<p><em><strong>この、フランキー・ヴァリ（Frankie Valli）が1967年に発表した“Can't Take My Eyes Off You”をボーイズ・タウン・ギャングがディスコ・カヴァーしたヴァージョンは、国内のオリコン洋楽シングルチャートで1982年12月6日付から3週連続1位を獲得するヒットを記録した。JAMさんが記憶を頼りに当時のディスコ・プロモーター時代の狂騒の日々について振り返ると、手元に何の資料も置かず、空で、いまや多くの人が知るヒット曲、またはディスコの店名やDJの名前が次から次に飛び出してくる。</strong></em></p>
</div>

<div class="text-box fade-up">
<p><strong>Frankie Valli and the Four Seasons - Can't Take My Eyes Off You（Live）</strong>
<div class="movie_wrap"><iframe width="960" height="540" src="https://www.youtube.com/embed/DYwQy_9JPtQ" title="YouTube video player" frameborder="0" allow="accelerometer; autoplay; clipboard-write; encrypted-media; gyroscope; picture-in-picture" allowfullscreen></iframe></div>

<strong>Boys Town Gang - Can't Take My Eyes Off You</strong></p>
<div class="movie_wrap"><iframe width="960" height="540" src="https://www.youtube.com/embed/i0iD4KzoIqk" title="YouTube video player" frameborder="0" allow="accelerometer; autoplay; clipboard-write; encrypted-media; gyroscope; picture-in-picture" allowfullscreen></iframe></div>
</div>

<div class="text-box left fade-up">
<p><strong>細田</strong>　他には、シルヴェスター（Sylvester）の“Do Ya Wanna Funk”（1982年）、〈モータウン〉だとちょうどリック・ジェームス（Rick James）のアルバム『Cold Blooded』とメリー・ジェーン・ガールズ（Mary Jane Girls）の『Candy Man』（1983年）がリリースされた頃ですね。

リック・ジェームスとメリー・ジェーン・ガールズは、来日プロモーションとかはままならないので、代々木にあったダンス・スタジオ「ファンキージャム」に協力してもらって女性の生徒さんたちに和製メリー・ジェーン・ガールズを組んでもらい“Boys”を、無論口パクでしたけど、パフォーマンスしてもらったり、「LA・SCALA（ラ・スカラ）」のDJのモンチ田中さんにリック・ジェームスの曲だけを使って（おそらく日本では初めての）スクラッチ・ミックス・ショーなんかもやって頂いて11PM（註：1965年から1990年まで続いた日本のテレビの“深夜番組”の先駆けとなった番組）に取材に入ってもらったりしました。</p>
</div>

<div class="text-box fade-up">
<p><strong>Rick James - Cold Blooded</strong>
<div class="movie_wrap"><iframe width="960" height="540" src="https://www.youtube.com/embed/DSaqyM6L3C4" title="YouTube video player" frameborder="0" allow="accelerometer; autoplay; clipboard-write; encrypted-media; gyroscope; picture-in-picture" allowfullscreen></iframe></div>

<strong>Mary Jane Girls - Boys</strong></p>
<div class="movie_wrap"><iframe width="960" height="540" src="https://www.youtube.com/embed/SuJu1gXisHo" title="YouTube video player" frameborder="0" allow="accelerometer; autoplay; clipboard-write; encrypted-media; gyroscope; picture-in-picture" allowfullscreen></iframe></div>
</div>

<div class="text-box left fade-up">
<p>また、当時はビクターがヴァージンの日本での発売元だったから、ヒューマン・リーグ（The Human League）の“愛の残り火（原題：Don’t You Want Me）”（1982年）とか、カルチャー・クラブ（Culture Club）の“君は完璧さ（原題：Do You Really Want To Hurt Me）”（1982年）と“カーマは気まぐれ（原題：Karma Chameleon）”（1983年）とかもやりました。

そういう仕事をしていたから、いろんなDJの人たちに良くしてもらいましたよ。数年前に亡くなられた、当時「ニューヨーク・ニューヨーク」（新宿歌舞伎町）のチーフDJをされていた松本みつぐさん（2017年7月21日、逝去）、東亜会館の7階の「G.B. RABBITS （GBラビッツ）」（新宿歌舞伎町）にはオーティス中村さんがいた。

さらに、新宿といえば、「XENON（ゼノン）」があって、また「B&B」でDJしていた、現TRFのDJ KOOさんにもお世話になりました。新宿だけじゃなくて、渋谷も行きまくりましたよ。渋谷の駅前に「Candy Candy（キャンディー・キャンディー）」というサーファー・ディスコ（註：1970年代後半から1980年代前半のサーファー・ブームを受け、いわゆるサーファー・ファッションの若者が多く集まったディスコのこと）があって、公園通りには「LA・SCALA（ラ・スカラ）」、東急本店の近くには「Star Woods（スター・ウッズ）」というでかい箱があったし、駅前のいまTSUTAYAが入っているビルの最上階には「big Apple（ビッグ・アップル）」があった。もうだから、ディスコ・プロモーターの仕事でとにかく全部回ったわけです。

<strong>──ただ、一口にディスコと言っても、当然、箱によってかかる音楽も趣向も違うわけですよね。</strong>

<strong>細田</strong>　だからやっぱり最新中の最新を聴くには六本木のディスコだった。それでひと通り仕事が終わったあとに六本木に行き着くという感じでしたね。アルバイトとはいえプロモーターをしていたからDJブースには入ることができて。それで、「Queue（キュー）」とか「Jespa（ジェスパ）」、「MAGIC（マジック）」といった、ファンクやラップ、ブラック・ミュージックしかかからないディスコで新譜の勉強をしていました。

ちなみに、当時「Jespa」でやっていたのがDJ YUTAKAさんですね。また、六本木と言えば、スクエアビルに入っていく路地のずっと手前の右側の上の方に「エル・コンドル」があったけれど、そこでDJをしていたのが、いま渋谷にある「rhythmcafe（リズムカフェ）」のオーナーをやっている小山寿明さんという大先輩。小山さんにはNYから凱旋帰国したばかりのDJの高橋透さんを紹介されたこともありました。そのとき高橋透さんがDJでプレイされたシャロン・レッド（Sharon Redd）“Never Give You Up”がカッコ良くてね。

そんな風にディスコに行くのだけでは飽き足らず、渋谷の道玄坂のリカビルの3、4階に、新宿、渋谷、六本木のディスコの生録テープが売っていたから、もう本当に買いましたよ。お店の名前とDJの名前が入っていたライン録りのライヴ録音。考えてみれば、ミックス・テープの走りですよね。そういうDJの選曲やミックスが、いまの自分の基盤となり、音楽生活の糧になっているから、DJの果たす役割は果てしなくデカいという感覚と認識を持っていますよ。</p>
</div>

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<p><strong>Sharon Redd - Never Give You Up</strong></p>
<div class="movie_wrap"><iframe width="960" height="540" src="https://www.youtube.com/embed/HAxKzcjiu38" title="YouTube video player" frameborder="0" allow="accelerometer; autoplay; clipboard-write; encrypted-media; gyroscope; picture-in-picture" allowfullscreen></iframe></div>
</div>

<div class="text-box fade-up">
<p><em><strong>仮にJAMさんを取り巻く人物相関図を作ったとしたらとんでもない濃厚なものになるに違いない。しかし、ここですべての人物をフォローする余裕はない。それでも、JAMさんの「DJの果たす役割は果てしなくデカい」という認識を受け、DJカルチャーという観点から、高橋透については触れておきたい。</strong></em>

<em><strong>1976年頃からDJをはじめ、1980年に渡米、NYのクラブ、セイント（The Saint）に衝撃を受ける。一時帰国し東京のディスコでDJとして活躍、1985年に再び訪れたNYでラリー・レヴァン（Larry Levan）とパラダイス・ガラージ（Paradise Garage）の洗礼を受ける。そして、1989年にオープンした芝浦「GOLD」のDJ／サウンド・プロデューサーを務め、一時代を築いた人物だ。そして、1998年から、宇川直宏、MOODMANと共に＜GODFATHER＞というパーティを開始、特に00年代のいわゆる日本のアンダーグラウンドなダンス・ミュージック・シーンに計り知れない影響を与えている。ディスコ時代を経験したDJがスピンするミニマル・テクノの快楽度数の高さを体感した身として、そのことを伝えたい欲求にも駆られるが、ここでは措く（註：高橋透の壮絶なDJ／音楽人生については高橋透著『DJバカ一代』（リットーミュージック、2007年）、または『MASSAGE VOL.5／6』の「祝！高橋透DJ30周年記念ロング・インタビュー（前後編）」に詳しい）。
</strong></em>

<em><strong>すなわち、自分も含め、現在、国内のクラブ／ダンス・ミュージックに触れたり、積極的に関わってきたりした少なくない人びとが、何かしらの形で恩恵を受けていると言っても過言ではない、ということである。</strong></em>

<em><strong>話をディスコに戻すと、また、ここで名前が出たTRFのDJ KOOは、『サタデー・ナイト・フィーバー』の40周年を記念した、2018年公開のある対談記事（【対談】DJ KOO × DJ OSSHY『DISCO FEVER – サタデー・ナイト・フィーバー40周年』、uDiscovermusic日本版）で次のように語っている。「（ディスコの）プロモーターの人たちと話をするのが、すごい勉強になったし、新しい音楽とか常に仕入れる事ができていたので、洋楽ってディスコが一番早くかかったし、早くヒットしたよね」。つまり、ディスコでの人気がレコードの売り上げに直結していた。</strong></em></p>
</div>

<div class="full-img fade-up"><img src="https://cdn.qetic.jp/wp-content/uploads/2021/05/09143112/column210510-hosoda-hideo-jam-11.jpg" alt="細田日出夫 a.k.a. JAM" width="1500" height="1500" class="alignnone size-full wp-image-396124" /></div>

<div class="full-img fade-up"><img src="https://cdn.qetic.jp/wp-content/uploads/2021/05/09143915/column210510-hosoda-hideo-jam-13.jpg" alt="細田日出夫 a.k.a. JAM" width="1500" height="1500" class="alignnone size-full wp-image-396127" /></div>

<div class="text-box left fade-up">
<p><strong>細田</strong>　当時新宿に「帝都無線」というレコード屋が何軒かあって。歌舞伎町の入り口にあったお店はディスコが閉店する終電前ぐらいまでやっていたんだけど、ディスコで曲がかかってドカーンと盛り上がると、その「帝都無線」でシングル盤が売れる。だから、次の日のディスコ・プロモーターの第一の仕事は、その「帝都無線」でいまプロモートしているシングルが何枚売れていたかを会社に報告すること。厳しいんだよ（笑）。

それと、新宿通り沿いにあった「帝都無線」には、ビルボードだったか、キャッシュボックスだったかの、毎週のR&Bチャートのコピーが置いてあって自由に持ち帰ることができた。当然いまみたいにネットを見れば、ビルボードのチャートでも何でも見られる時代じゃないからね。ビクターにもビルボードは届いていたんだけど、なぜか遅かったんだよね。だけど、「帝都無線」には毎週のチャートがいち早く置かれていたから、すごく貴重で、そのコピーをさらにコピーしてギャラクシーで配っていましたよ。いつしかその「帝都無線」のチャートのコピーがなくなって、すげえ困った記憶があるぐらいだから。

<strong>──いまのお話を聞いていると、よく欧米の音楽業界の内幕を描いたドキュメンタリーや劇映画などのなかで描かれる、自分の担当する曲をラジオに売り込むためにあの手この手を駆使して奔走するプロモーターの姿を思い出します。</strong>

<strong>細田</strong>　うん、仕事の構造としてはまったく同じですよ。ただ、ラジオとディスコのいちばん違うのは、曲をかけてもらったら、その場でオーディエンスの反応を観ることができること。それはディスコでしかありえなかった。だからそれはすごく感動するんだよね。自分がプロモートしている曲がここまでヒットになってきたかって。そのアルバイトをしているときに、ちょうど〈モータウン〉の25周年（1983年）があったのをおぼえている。</p>
</div>

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<p><em><strong>その〈モータウン〉の25周年記念コンサートは、1983年3月25日にカリフォルニア州パサディナの「パサディナ・シビック・オーディトリアム」で収録され、5月16日にNBCで放送された。マイケル・ジャクソン（Michael Jackson）はこのときの“Billie Jean”のパフォーマンスではじめてムーンウォークを披露して全世界をあっと驚かせるわけだが、一方JAMさんは同年、DJがスピンした“Billie Jean”を体感することでヒップホップの革新性に衝撃を受けることとなる。1983年の『ワイルド・スタイル』の日本公開である。</strong></p></em>
</div>

<div class="text-box left fade-up">
<p><strong>細田</strong>　で、そうやってディスコで仕事して遊んでいるといろんな話をするでしょう。DJの知り合いも多かったから音楽の最新の情報も入ってくる。で、「なんかすごい映画が来るらしいぞ」という噂になっていたのが、『ワイルド・スタイル』だったんですよ。

すでに〈シュガー・ヒル〉や〈プロファイル〉のラップのレコード、12インチで買えるものはあったけど、遡れば、最初に「これはずっとしゃべるだけなのか？」と認識して聴いた曲は、それはやっぱりシュガーヒル・ギャング（The Sugarhill Gang）の“Rapper's Delight”（1979年）だよね。オケがシック（Chic）の“Good Times”だから当然どのディスコでもガンガンかかっているし、日本盤のシングルにもなりましたから。

ただ、そういうラップの12インチは、六本木にあったレコード屋「WINNERS」にしか入ってこなくて、他のレコード屋に入荷した試しはほぼないし、〈エンジョイ〉のレコードなんてまったく見かけなかった。自分の経験と記憶でいえば、“Rapper's Delight”やグランドマスター・フラッシュ・アンド・ザ・フューリアス・ファイヴ（Grandmaster Flash & The Furious 5）の“The Birthday Party”はディスコでもかかっていたけど、そこまでいろんな曲がかかっていたわけではなかったかな。だから、ラップとは何なのかはまだはっきりとはわからなかった。</p>
</div>

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<p><strong>The Adventures Of Grandmaster Flash On The Wheels Of Steel（Long Version）</strong></p>
<div class="movie_wrap"><iframe width="960" height="540" src="https://www.youtube.com/embed/gXNzMVLqIHg" title="YouTube video player" frameborder="0" allow="accelerometer; autoplay; clipboard-write; encrypted-media; gyroscope; picture-in-picture" allowfullscreen></iframe></div>
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<p>グランドマスター・フラッシュ（Grandmaster Flash）の“The Adventures Of Grandmaster Flash On The Wheels Of Steel”（1981年）を聴いたときも、「これはいったい何をやってるレコードなんだ？」ってわけわからなかった。ラップやスクラッチ、ブレイクダンスもなんとなくぼんやりは知っているけれど、理解しきれていない。

いまとなれば“Rapper's Delight”より前に出たファットバック・バンド（FATBACK BAND）の“King Tim III（Personality Jock）”（1979年）が世界で最初のラップのレコードだって歴史を後付けの知識として知っているけれど、当時はとにかくそうそう情報には乏しいから、新しく出てくるレコードを買って聴いて自分で理解していくしかないわけだからね。そんなときですよ、『ワイルド・スタイル』という映画が公開されるぞ、という噂が耳に入るのは。</p>
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<p><em><strong>ちなみに、JAMというペンネームは、ファットバック・バンドのアルバム『Tasty Jam』（1981年）に由来している。さらに、『ワイルド・スタイル』のエピソードは続く。</strong></em></p>
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<p><strong>細田</strong>　新宿・歌舞伎町のミラノ座で先行上映と前夜祭があったんだけど、ディスコ・プロモーターをやっていた恩恵もあってなぜかパスがまわってきて、ギャラクシーのみんなにも声をかけて押し掛けた。舞台挨拶もあって、出演者が出てくるけれど、誰が誰だかぜんぜんわからない。

で、舞台挨拶が終わると、「これから打ち上げに行くから、お前らも行こうぜ」ってそのメンバーたちに誘われて。あとからわかるんだけど、誘ってくれたのはコールド・クラッシュ・ブラザーズ（Cold Crush Brothers）のメンバーだったんです。で、外に止まっていたロケバスに「乗りなよ」って言われるけど、当然出演者や関係者でいっぱいで入れないでしょう。打ち上げの会場は「ツバキハウス」ですぐそこだから、「普通に歩いて行きますよ」と。そうしたら、そのメンバーに「バスの天井に乗ってけよ！」って言われて、みんなでバスの天井に乗って移動したの（笑）。

「ツバキハウス」に入ってまず驚いたのは、同じレコードが延々とかかっていること。「これ、何？」ってブースをのぞくと、そこでDJしていたのがグランド・ミキサーD.ST（＝グランド・ミキサーDXT）だったという。スクラッチで参加したハービー・ハンコック（Herbie Hancock）の“Rockit”（1983年）のプロモーションで来日していた彼が、『ワイルド・スタイル』の来日組とそこで合流したんですね。でも、目撃したときにかかっていたのがラヴバグ・スタースキー（Lovebug Starski）の“You’ve Gotta Believe”の（いまで言うところの）二枚使いだったから、“Rockit”がかかるまで彼だとはわからなかった。

スクラッチや二枚使いもいまでは当たり前だけど、そうしたものを生まれて初めて生で目前で観たときの衝撃を想像してみてよ。同じレコードのいち部分だけがずーっとかかっているけれど、DJは忙しそうに動いているし、ターンテーブルの間にミキサーがある、と。たしか横のクロスフェーダーだけの、タバコの大きさプラスアルファくらいのミキサーだったと思うけれど、そんなミキサーを見たのも初めてだった。

そのDJする姿をずーっと見ていると、“Rockit”のときに延々と同じレコードの頭の部分を交互にかけていることがなんとなくわかってきたの。有名なタイム・ゾーン（Time Zone）の“Wild Style”と“Rockit”のルーティーンもこのときすでに披露していて。そうこうしているうちに、フロアの方にも簡易的なDJブースが組まれて、DJアフリカ・イスラム（Afrika Islam）か、チャーリー・チェイス（Charlie Chase）か、そこの記憶が定かではないけど、DJを始める。

すると今度はマイケル・ジャクソンの“Billie Jean”の頭のブレイクをループし続けて、フロアではロック・ステディ・クルーが踊り始める。あの夜は本当に刺激的でしたね。観るものすべてが初めてのものばかりで、しかもそれまでレコードで聴いてぼんやりとしか理解できていなかったことがすべてひとつの線でつながった気がして。そして、その夜から「これからはヒップホップだ！」って瞬時に変わったんです。それはもう当然だよ。で、俺らはまずはDJをやろうってなったんだよね。</p>
</div>

<div class="full-img fade-up"><img src="https://cdn.qetic.jp/wp-content/uploads/2021/05/09151311/column210510-hosoda-hideo-jam-14.jpg" alt="細田日出夫 a.k.a. JAM" width="1500" height="1500" class="alignnone size-full wp-image-396129" /></div>

<div class="full-img fade-up"><img src="https://cdn.qetic.jp/wp-content/uploads/2021/05/09152930/column210510-hosoda-hideo-jam-18.jpg" alt="細田日出夫 a.k.a. JAM" width="1500" height="1500" class="alignnone size-full wp-image-396133" /></div>

<div class="full-img fade-up"><img src="https://cdn.qetic.jp/wp-content/uploads/2021/05/09152927/column210510-hosoda-hideo-jam-17.jpg" alt="細田日出夫 a.k.a. JAM" width="1500" height="1500" class="alignnone size-full wp-image-396132" /></div>

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<p><em><strong>ここで興味深いのは、氏がDJカルチャーを通じて、ディスコとヒップホップの断絶より連続性に感覚を強く持っていたように思える点だ。ヒップホップ・カルチャーはディスコを否定した上に成り立っているという言説も少なくなく、確かにそのことを裏付ける現象、多くの証言や事実もあったにちがいない。しかし一方で、ディスコからの連続性の中でヒップホップを捉えた人たちもいたし、事実、連続性はあったのだ。</strong></em>

<em><strong>そして、DJ機材の入手である。しかし、当然いまほど安価ではなかった。そこで、前述したギャラクシーの「Brothers & Sisters 30周年記念号」という冊子のJAMさんのインタヴューに拠れば、当時1台7万5千円するTechnicsのターンテーブル「SL-1200 MK2」と、20数万円もする巨大なDJミキサーを大枚をはたいて入手した勇敢な後輩の家にみんなで毎日泊まり込んで練習する日々が始まったという。JAMさんが、ラップやダンス、グラフィティではなく、DJを選んだことは、それまでの音楽人生を考えれば、必然だったに違いない。</strong></em></p>
</div>

<div class="full-img fade-up"><img src="https://cdn.qetic.jp/wp-content/uploads/2021/05/09153840/column210510-hosoda-hideo-jam-21.jpg" alt="細田日出夫 a.k.a. JAM" width="1500" height="1500" class="alignnone size-full wp-image-396136" /></div>

<div class="full-img fade-up"><img src="https://cdn.qetic.jp/wp-content/uploads/2021/05/09154434/column210510-hosoda-hideo-jam-20.jpg" alt="細田日出夫 a.k.a. JAM" width="1500" height="1500" class="alignnone size-full wp-image-396138" /></div>

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<p><strong>細田</strong>　俺らの周り、ギャラクシーでも、『ワイルド・スタイル』を観てラップとタギングを始めるヤツもいたよ。早稲田祭のときにでっかい看板に、グラフィティを描いたりもしていた。そのラップを始めた藤枝というヤツのスタイルは、『ワイルド・スタイル』に登場するダブル・トラブル（Double Trouble）だったね。ステージや階段で彼ら2人がラップで掛け合うシーンがあるでしょう。あれが、当時の俺らにはラップとは何か、というのを最もわかりやすく伝えてくれた。ただ正直な話、『ワイルド・スタイル』を観た直後の自分に関して言えば、日本人が英語であれ、日本語であれ、ラップすること自体がまったくイメージできていなかったんだよね。

それからしばらくして、そんな自分にとってヒップホップのより重要な意味合いが理解できるようになったのは、やっぱりRHYMESTER（1989年結成）ですよ。彼らのライヴから教わったことは実に大きかった。彼らがライヴしていた「代々木チョコレートシティ」には本当によく行ったけど、RHYMESTERを観に行けば、B FRESH、Crazy-A＆The Posse、EAST ENDがやっているでしょ。そこで、いろんなラップのライヴを観ることになる。そんななかで、RHYMESTERが最初に目指していたのは、本人たちはそう言われるのをイヤがるかもしれないけど（笑）、デジタル・アンダーグラウンド（註：Digital Underground／トゥパックも在籍していたことで知られるオークランドで結成されたヒップホップ・グループ。中心メンバーで、ラッパー／プロデューサーのショック・Gが2021年4月22日に逝去）だったのかな。

当初は、Rhymyster All Starsとして、3MCに加え、Dara Dara Dancersという2人組のダンサー、ゴージャス・ビッチ・シスターズ、ヒューマンビートボクサーのコダマちゃん、それにJIMMYがいた。ラップを中心にしながらもそういうショーになっていたんですよね。そのライヴが非常によくできていたし、エンターテインメントになっていた。そうしてもらうことで彼らのラップに対する本意に触れさせてもらった部分はとても大きい。</p>
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<p><em><strong>そんなRhymyster All Starsを若かりし頃に目撃していたひとりが、ラッパーのDABOだ。そのDABOは、自身のオフィシャル・ブログ「PAPER MOON MAN」の「ライムスターその壱」という2008年2月25日のエントリーで、JAMさんと共通する認識を示して、以下のように述懐している。少し長いのだが、とても興味深い記述なので引用したい。</em></strong></p>
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<section class="contentbox"><p>「当時のUSヒップホップシーンは掛け合いラップの大ブームで、若きバスタを擁するリーダーズオブニュースクールやフーシュニッケンズ、ノーティバイネイチャー、ファーサイド、ローズオブジアンダーグラウンド、オニクスにダスエフェックス、それに若き2パックを擁するデジタルアンダーグラウンドなどが激しく唾を飛ばしていた。そのノリを日本でいち早く初めていたのがライムスターだったと思う。今でこそ究極にクラシカルなたたずまいのライムスターであるが当時の扱いは完全に「色物枠」。Pファンク的なアティテュードを前面に打ち出していた彼らはそう見られることに辟易しつつも狙っていたフシもあったのではないだろうか。
同じ頃にクラッシュポッセにもすでに出会っていた。俺の中でライムスターオールスターズとクラッシュポッセという二組のアーティストは日本語ラップの原点であった。スタイルとしてのハードコアヒップホップ美学を体現していた前者に対し、後者ライムスターは文化としてのヒップホップをいかに日本語で日本的に表現し得るかという実験に挑戦していたのだと思う」（※原文ママ）</p></section>
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<p><strong><em>また、このDABOの記述に登場するKRUSH POSSEのメンバーとも活動を共にしていたB FRESHの元メンバーであるCAKE-Kは、昨年から、自身のYouTubeチャンネルにおいて、日本のヒップホップの黎明期を振り返る貴重な証言と映像を定期的に配信している。そこで、B FRESH、Rhymyster All Stars、EAST ENDらが登場する、1991年の「代々木チョコレートシティ」での映像を観ることができる。</strong><em></p>
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<p><strong>【日本ヒップホップの歴史】役者は揃った！91年ラップシーン</strong></p>
<div class="movie_wrap"><iframe width="960" height="540" src="https://www.youtube.com/embed/T2wt0BA9hSM" title="YouTube video player" frameborder="0" allow="accelerometer; autoplay; clipboard-write; encrypted-media; gyroscope; picture-in-picture" allowfullscreen></iframe></div>
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<p><strong>細田</strong>　俺もDJには即座に反応したけど、ラッパー／MCのようなパフォーマー、音の作り手／担い手になろうという発想を持つには至らなかった。そんな脳内転換が起きるにはちょっとジェネレーションが上過ぎたのもあったのかな。1986年当時は大学を卒業して社会人になろうかというタイミングだから、ヒップホップに対する感じ方、捉え方にはやはり差異も生じますよね。ただ音楽が好きとかいう、そういう側面ではなく、ヒップホップをどこまで自分ごとにできるかどうか。

つまり、いまも昔もヒップホップは若者の音楽だし、文化でしょ。ヒップホップを観て、触れて、その衝撃がその人にどう作用するか、その作用の仕方だよね。そこから発信されている同胞シグナルをキャッチできるか、受け取れるかどうかが重要なんだと思います。だからRHYMESTERは、当時ヒップホップのそういうシグナルをごく自然にキャッチして、日本なら日本語でリリックを書いて自己表現できると明確にイメージできたことが大きかったのだと思います。そして、それから彼らはいろんな壁にぶつかっただろうけど、ヒップホップというムーヴメントの核心をわかっていたから彼らには道が見えていたはずだし、だからこそ彼らの後ろにも道ができたのだと思います。</p>
</div>

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<p><strong>RHYMESTER - B-BOYイズム</strong></p>
<iframe src="https://open.spotify.com/embed/track/1Ob98NWvtnKx4xP6QhRHmt" width="700" height="380" frameborder="0" allowtransparency="true" allow="encrypted-media"></iframe>
</div>

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<p><strong><em>ここでJAMさんが言う“同胞シグナル”という解釈は、RHYMESTERの“B-BOYイズム”の「数はともかく 心は少数派 俺たちだけに聴こえる 特殊な電波」（宇多丸）というリリックに直結しているものだろう。氏は1986年に大学を卒業後、外資系のコンピューター会社や広告代理店などの職を経て、1996年にビクターに入社している。そこで、RHYMESTERが活動初期から向かい合ってきた“日本語でリリックを書いて自己表現する”という大きな課題に自身もA&Rという立場で直面することとなる。</strong></em></p>
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<p><strong>細田</strong>　自分のA&R人生のなかで、ディレクター的にも関わって大きかったのは、ORITOくんとの一連の作業ですね。俺が引き継いだときは、すでに彼はビクターで1枚アルバムを出していたんです。その作品は、メンフィスのウィリー・ミッチェル（Willie Mitchell）のところに行って、そこで彼が門戸を開けて「ロイヤル・レコーディング・スタジオ」で録音した“和製アル・グリーン”の作品とも言われる『SOUL JOINT』（1995）です。こういう日本人のソウル・シンガーがいるとテレビでも紹介されて、話題にもなりました。</p>
</div>

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<p><strong>ORITO Special</strong></p>
<div class="movie_wrap"><iframe width="960" height="540" src="https://www.youtube.com/embed/X7cpH2KYjdc" title="YouTube video player" frameborder="0" allow="accelerometer; autoplay; clipboard-write; encrypted-media; gyroscope; picture-in-picture" allowfullscreen></iframe></div>
</div>

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<p>そして、2枚目から担当しました。それがすごい大変で……。なぜかと言えば、1枚目と同じように英語で歌っても大きなインパクトを与えることはできないだろう、という課題があった。そこでORITOくんと「日本語でやりましょう」という話をしたんです。

そして、小林信吾さんにフル・プロデュースをお願いして作ったのが『ソウル・フード』（1997年）というアルバムだったんです。ソウルでありつつ、シティ・ポップでありつつ、内容も良かったんです。でもこれが売れなかった。そんなときに、真っ先に門を叩いたのがT.KURA（T-KURA）さんで、彼とのセッションを進める一方、日本語でR&Bを歌うソウル・シンガー、日本語でラップをするラッパーというテーマで、当時の『bmr』（1997年8月号）の編集部・丸屋九兵衛さんのはからいでORITOくんとK DUB SHINEさんの対談が実現した。それもきっかけになってORITOくんも日本語でR&Bを歌うことをさらに真剣に考え始めたんです。

その流れでK DUB SHINEさんからORITOくんの話を聞きつけて一緒にやってみたいと申し出てくれたのがDJ HASEBEくんだった。そして、“Dj.フィールグッド”というK DUB SHINEさんをフィーチャリングした曲をレコーディングして。その曲が収録されたのが『LOST AND FOUND』（1999年）というアルバムです。そのときに、ORITOくんが日本語ラップからものすごく影響を受けて、日本語の可能性を日本語ラップに見出して、着想もストーリーも歌詞の書き方も韻の踏み方もR&Bならこうあるべき、という域にどんどん近付いていったんです。そのあと“FINGA PLAY”（2002年）というシングルを最後にビクターとは契約が切れてしまったけど、開眼したあとの彼の創作活動は本当にすごくて、彼が亡くなってからリリースされることになった『団子と珈琲』（2008年）という意味深なタイトルのアルバムはひとつの到達点だったと思います。日本語でR&B／ソウルを歌うことはこういうことかと思い知らされた。

また、日本の芸能界で積んだキャリアをかなぐり捨ててアメリカに渡って自分の力だけでグラハム・セントラル・ステーション（Graham Central Station）の女性リードの座を掴んだmimiこと宮本典子さんの凱旋ソロ・プロジェクトに関われたこともとても大きかったですね。彼女のように本場をみずからのステージに選択して、自分の実力だけを頼りに本場で人気を集めていくことのすごさというものを身に染みるほど味わいました。</p>
</div>

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<p><strong><em>ここで、ソウルを日本語で表現する、という課題にA&Rとして向き合った氏が、アメリカのソウルをはじめとするブラック・ミュージックの真髄に触れた経験についても語ってくれた。</strong></em></p>
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<p><strong>細田</strong>　自分にとってはハリケーン・カトリーナの翌年に行った＜ESSENCE（Essence Music Festival）＞が大きかったですね。そうした現場に行くと、音楽がいかに機能しているかを知ることができますよね。例年はニューオリンズの「ルイジアナ・スーパードーム（現メルセデス・ベンツ・スーパードーム）」でやるんだけど、カトリーナの翌2006年はヒューストンの「リライアント・スタジアム（現NRGスタジアム）」で3日間開催されていました。

メインステージのトリをメアリー・J・ブライジ（Mary J. Blige）、アース・ウィンド＆ファイヤ（EW&F）、LL・クール・J（LL COOL J）が務めて、3日目の大トリはメイズ（MAZE）。家族や恋人同士で遊びに来ている老若男女がビシッと白いスーツ、ドレスでキメて楽しんいるわけだけど、そのときはアリーナがダンス会場になって、みんなステッパーを踊るわけ。そして、“Before I Let Go”、“Joy & Pain”、“Happy Feeling”の必殺の3連発をやると場内は大合唱ですよ。</p>
</div>

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<p><strong>MAZE - Before I Let Go</strong>
<div class="movie_wrap"><iframe width="960" height="540" src="https://www.youtube.com/embed/Rbj15Zlh-Ag" title="YouTube video player" frameborder="0" allow="accelerometer; autoplay; clipboard-write; encrypted-media; gyroscope; picture-in-picture" allowfullscreen></iframe></div>

<strong>Beyoncé - Before I Let Go（Official Audio）</strong></p>
<div class="movie_wrap"><iframe width="960" height="540" src="https://www.youtube.com/embed/gVLsVj7BebE" title="YouTube video player" frameborder="0" allow="accelerometer; autoplay; clipboard-write; encrypted-media; gyroscope; picture-in-picture" allowfullscreen></iframe></div>
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<p>さらにメインステージ以外に4つサイドステージがあって、ダグ・E・フレッシュ（Doug E. Flesh）、ルース・エンズ（Loose Ends）、ブラン・ニュー・ヘヴィーズ（Brand New Heavies）がライヴをやっていたり、この年ではないけど、アンジー・ストーン（Angie Stone）のステージにサプライズでシュガーヒル・ギャングがゲストで出てきたり、信じられないことが普通に起こる。＜ESSENCE＞では例えばアレサ・フランクリン（Aretha Franklin）からマックスウェル（Maxwell）までをひとつの会場で観ることができる。

そこで強く実感できるのは、それぞれの世代の音楽が、老若男女関係なく、世代を超えて全て必要とされていること。だから、ORITOくんの『団子と珈琲』は歌詞もちゃんと聴けば、彼がソウルやアメリカのブラック・ミュージックのそうした普遍的なマインドの部分もちゃんと自分のものにしたんだなってことがわかりますよ。</p>
</div>

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<p><strong>ORITO／リサ～横田基地物語</strong></p>
<div class="movie_wrap"><iframe width="960" height="540" src="https://www.youtube.com/embed/6KCqk2h3Y2Y" title="YouTube video player" frameborder="0" allow="accelerometer; autoplay; clipboard-write; encrypted-media; gyroscope; picture-in-picture" allowfullscreen></iframe></div>
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<div class="text-box fade-up">
<p><strong><em>2008年2月に急逝したORITOはヒップホップ・リスナーのあいだでは、SEEDA『HEAVEN』（2008年）や、刃頭のアルバム『日本代表』（2004年）に収録された「nene」の歌声でも知られているだろう。</strong></em>

<em><strong>そんな彼が、ベトナム戦争の時代から現代までを背景に、2世代にわたるストーリーを描いた、9分をこえる、『団子と珈琲』収録の“リサ:横田基地物語”は、ORITO自身が聞いた実話を基にしているという。この曲で彼は、「モータウン」「ジェイ・Z」「ビヨンセ」「ヒップホップ世代」といった単語を織り交ぜながら、語りと歌唱を調和させようとしている。ヒップホップ世代のシンガーが、“ソウルやアメリカのブラック・ミュージックのマインド”をいかに日本国内の社会的文脈における日本語のソウル・ミュージックに昇華するかという課題と格闘した末に完成させた名曲であろう。</strong></em>

<em><strong>JAMさんは、こうした、ヒップホップ世代のソウル・シンガーとの共同作業の一方で、ヒップホップ世代のDJカルチャーのディグの精神を伝播してきたとも言える。</strong></em></p>
</div>

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<p><strong>Camp Lo - Luchini AKA This Is It（Official Video）</strong></p>
<div class="movie_wrap"><iframe width="960" height="540" src="https://www.youtube.com/embed/WvAqy1i2hEA" title="YouTube video player" frameborder="0" allow="accelerometer; autoplay; clipboard-write; encrypted-media; gyroscope; picture-in-picture" allowfullscreen></iframe></div>
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<p><strong>細田</strong>　1990年代後半は、キャンプ・ロー（CAMP LO）が“Luchini AKA This Is It”（1997年）でダイナスティー（Dynasty）の“Adventures In The Land Of Music”をサンプリングしているような時代だったじゃない。

『FRONT』と組んでネタモノのコンピレーションをやろうとなって、最初に『diggin' from the vaults』（1997年）を作りました。その頃のビクターにはカタログが豊富にあって、〈ソラ―（SOLAR）〉とか〈スタックス（Stax）〉とか〈ファンタジー（Fantasy）〉とか、そうしたレーベルのいわゆるネタモノのレコードを自分もたくさん持っていたから、1発目は自分で選曲して、ジャケットはDJ KENSEIさんの家のCRATES（註：レコード箱の意）を撮影させてもらった。さらに、中を開けると、DJ MASTERKEYさんをはじめいろんなDJの方（DJ KIYOさんやDJ JINさん）の家にお邪魔して撮影したCRATESの写真を配置したんですね。

それが売れたからシリーズ化して、2枚目が『diggin' from the vaults - Muro's Summer Vibes』（1997）、3枚目が『diggin' from the vaults DEV LARGE & KZA'S "Reincarnation"』（1998）でした。後者のジャケは水戸の「VINYL MACHINE」まで撮影しに行きましたね。それはDEV LARGE（＝D.L）さんとの本当に良い思い出だし、彼とはもうひとつ貴重な思い出があります。それは、Brunswickのミックス『Soul Traveling Brunswick』（2001年）を出したときのことで、そのときに彼が、ちょっと昔っぽい照明で、アフロのウィッグを被ってDJブースにいる自分を、俯瞰で撮りたいというアイディアを出してきたんです。そこで俺はもう白金のディスコ「ダンステリア」しかないと即座に思いついて、そこで撮影させてもらった。

だから、その撮影で、DEV LARGEさんは、あのニック岡井さんと、わずかながらですが、交流を持っているんですよ。ニック岡井さん、「ダンステリア」の初代オーナーでもあるドン勝本さん、江守藹さん（註：「ダンステリア」でDJもしていた）と言えば、日本のディスコの基盤を作られた非常に大きなお三方ですからね。</p>
</div>

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<p><strong><em>ここで語られる貴重なエピソードは、間違いなく日本におけるディスコとヒップホップのミッシング・リンクである。さらに、DEV LARGEとのエピソードから思い起こされるのは、2020年11月に惜しくもこの世を去った、DJ／プロデューサー、Mr.Itagaki a.k.a. Ita-Choの唯一のオリジナル・アルバム『It's My Thing（Eat Meat To The Beat Productions）』（2006年）の制作へのかかわりである。</strong></em></p>
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<p><strong>NITRO MICROPHONE UNDERGROUND／BAMBU（1999）</strong>
<div class="movie_wrap"><iframe width="960" height="540" src="https://www.youtube.com/embed/o76dFG3QnEY" title="YouTube video player" frameborder="0" allow="accelerometer; autoplay; clipboard-write; encrypted-media; gyroscope; picture-in-picture" allowfullscreen></iframe></div>

<strong>B.D. , Mr.itagaki a.k.a. Ita-cho／「Guidance」「Iranai feat.OMSB」</strong></p>
<div class="movie_wrap"><iframe width="960" height="540" src="https://www.youtube.com/embed/EmUQXDpQoxQ" title="YouTube video player" frameborder="0" allow="accelerometer; autoplay; clipboard-write; encrypted-media; gyroscope; picture-in-picture" allowfullscreen></iframe></div>
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<p><strong>細田</strong>　シンプルに、自分は、好きな音楽をやっている人が好きでそういう人と仕事がしたいんですよ。彼との時間もまた濃密でした。もちろん、90年代の、彼が〈マンハッタン・レコード〉のバイヤーの頃から、顔なじみではないけれど、存在を知ってはいましたし、NITRO MICROPHONE UNDERGROUNDのためにトラックを作り始めているのも知っていた。

そして、ある人を介して、彼がアルバムを作りたいという話をしていると聞いて。それで、彼だったらどんなアルバムになるかがすぐイメージできたし、2つ返事でやりましょうと。それで、Mr.Itagaki a.k.a. Ita-Cho “The Big Bamb”名義のアルバムを担当することになったわけです。

さらに、『Sound Of New York The Return Of Old School Hiphop』（2008年）という〈P&P RECORDS〉がリリースしたラップのMIXCDや、配信オンリーの『Production Breakdown "The Best of Bob James"』というボブ・ジェームズのコンピも作ってもらいました。彼は、これまで付き合ってきた人の中で、いちばんヒップホップ的なものの考え方の正統性を語ってくれた人ですね。何がイケてて、何がイケてないのかっていうのをはっきり見極めて、生半可なおべんちゃらを言わなかった。

音にしても、着るものにしても、食い物にしてもどんなところにも美学がある、絶対に妥協しない人だった。そういう美学を軸にモノを考えて行動する人だったから、彼と話をすると清々しかったですよ。そういう人が早くして亡くなるのは、残念でなりません。</p>
</div>

<div class="text-box fade-up">
<p><strong>Mr.Itagaki a.k.a. Ita-Cho “The Big Bamb”『It's My Thing（Eat Meat To The Beat Productions）』</strong></p>
<iframe src="https://open.spotify.com/embed/album/6TULiSHDm9bDRnjqft08Qk" width="700" height="380" frameborder="0" allowtransparency="true" allow="encrypted-media"></iframe></iframe>
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<p><strong>──JAMさんはソウル・ミュージックから入り、ディスコなどを経て、そしてヒップホップやラップの最新の音楽も熱心に聴き続けています。記憶が定かではないのですが、国内のメディアやシーンがまだまだ東海岸ヒップホップへ傾倒していた90年代後半か00年代前半の『bmr』で、サウスのヒップホップなどの新譜をもっと聴くべきだ、と熱く語っていたように思います。</strong>

<strong>細田</strong>　当時は、毎週火曜に、〈シスコ〉、〈マンハッタン〉、〈DMR〉をぜんぶ回っていましたね。火曜出ているシングルはできる限り買っていました。でもサウスは、あまり日本に入ってきていなくて。当時、アメリカではスリー・シックス・マフィア（Three Six Mafia）がヒットしていたけど、メンフィス・ラップは日本になかなか入ってこなかった。だから、サウスが日本で認知されて火が付いたのは2002年ぐらいにリル・ジョン（Lil Jon）のクランクが認知されて以降じゃないか。あれは大きかったよ。

一方で、ビクターでリル・キキ（Lil' Keke）の『Platinum In Da Ghetto』（2002年）を出したときに、ボーナストラックをくれと言ったら、スクリューミックスで（笑）。そしたら回転数がおかしいとクレームが入ったりしましたよ。日本でもDOBERMAN INC『STOP, LOOK, LISTEN』（2006年）を担当した時に、購入者特典でいまは亡き二木崇さんとスクリューミックスを作りましたね。

<strong>──その後も、いままでずっと新しい音楽を貪欲に聴き続けているJAMさんの姿勢にとても感銘を受けます。今回の取材の動機もまずそこが出発点にありました。2020年にリリースされたZORNの『新小岩』の凄まじいチャートアクションについてもツイートで反応されていましたね。</strong>

<strong>細田</strong>　いや、それは姿勢というほど大げさなものじゃないよ（笑）。いま何がヒットしているのか、ということにすごく関心があるの。それと、とにかく新しいレコード、新譜を聴くのが根っから大好き。いま生きているのであれば、いまの音楽を、いま聴いて楽しみたいじゃないですか。特にいまは新譜のほとんどがリアルタイムに聴けるという恵まれた時代だし。だから、たとえば、ザ・ウィークエンド（The Weeknd）の“Blinding Lights”がなぜあそこまで長い間チャートインしているのか、とかもすごく気になるよ。それは、ポピュラー・ミュージックの真実はいま最もウケている音楽の中にある、と考えているからです。まさか、いまの若いラップやR&Bの人たちは、俺ぐらいの世代に向けてはやっていないじゃない。メッセージを投げかけているのは、あくまでも同世代の人たちですよ。もちろん音楽の個人的な好き嫌いや好み、良し悪しはあるけれど、そういう新しい世代間で放たれ合うシグナルや流行こそが正しいんです。それが世の中の基本。これはこれから先も変わることはないし、これまでもずっとそうだったんです。ブラック・ミュージックは特にそれが顕著だからなおさら面白いんです。</p>
</div>

<div class="full-img fade-up"><img src="https://cdn.qetic.jp/wp-content/uploads/2021/05/09152934/column210510-hosoda-hideo-jam-19.jpg" alt="細田日出夫 a.k.a. JAM" width="1500" height="1500" class="alignnone size-full wp-image-396134" /></div>

<div class="text-box right fade-up">
<p>取材・文／二木信
写真／堀哲平</p>
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		<title>ラッパーたちの霊性について取り上げた書籍『ヒップホップ・アナムネーシス――ラップ・ミュージックの救済』から序文を独占公開</title>
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		<pubDate>Mon, 22 Feb 2021 12:00:57 +0900</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[船津晃一朗（FFF）]]></dc:creator>
		<category>6</category>

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<![CDATA[<summary><p>著作に『ヒップホップ・レザレクション──ラップ・ミュージックとキリスト教』（新教出版社、2019）、「ギャングスタ・コンシャスネス」（『文藝別冊 ケンドリック・ラマー』河出書房新社、2020）などがある日本キリスト教団阿倍野教会牧師・山下壮起。そしてゼロ年代の日本のヒップホップ／ラップを記録した『しくじるなよ、ルーディ』（P-VINE、2013）の著者であり、漢 a.k.a. GAMI著『ヒップホップ・ドリーム』（河出書房新社、2019年夏文庫化）の企画・構成を担当する二木信が編著した書籍『ヒップホップ・アナムネーシス――ラップ・ミュージックの救済』が2021年2月25日（木）に刊行される。</p>
</summary>]]>
<description><![CDATA[<article><figure><img width="1440" height="960" src="https://cdn.qetic.jp/wp-content/uploads/2021/02/22131054/music210222-hiphopanumnesis-1-1440x960.jpg" class="attachment-medium size-medium wp-post-image" alt="ヒップホップ・アナムネーシス――ラップ・ミュージックの救済" decoding="async" srcset="https://cdn.qetic.jp/wp-content/uploads/2021/02/22131054/music210222-hiphopanumnesis-1-1440x960.jpg 1440w, https://cdn.qetic.jp/wp-content/uploads/2021/02/22131054/music210222-hiphopanumnesis-1.jpg 1920w" sizes="(max-width: 1440px) 100vw, 1440px" /></figure>著作に『ヒップホップ・レザレクション──ラップ・ミュージックとキリスト教』（新教出版社、2019）、「ギャングスタ・コンシャスネス」（『文藝別冊 ケンドリック・ラマー』河出書房新社、2020）などがある日本キリスト教団阿倍野教会牧師・<a href="https://qetic.jp/?s=%E5%B1%B1%E4%B8%8B%E5%A3%AE%E8%B5%B7" rel="noopener noreferrer" target="_blank"><strong>山下壮起</strong></a>。そしてゼロ年代の日本のヒップホップ／ラップを記録した『しくじるなよ、ルーディ』（P-VINE、2013）の著者であり、漢 a.k.a. GAMI著『ヒップホップ・ドリーム』（河出書房新社、2019年夏文庫化）の企画・構成を担当する<a href="https://qetic.jp/?s=%E4%BA%8C%E6%9C%A8%E4%BF%A1" rel="noopener noreferrer" target="_blank"><strong>二木信</strong></a>が編著した書籍『<strong>ヒップホップ・アナムネーシス――ラップ・ミュージックの救済</strong>』が2021年2月25日（木）に刊行される。

<h2>『ヒップホップ・アナムネーシス――ラップ・ミュージックの救済』</h2>

本書には<a href="https://qetic.jp/?s=BADSAIKUSH" rel="noopener noreferrer" target="_blank"><strong>BADSAIKUSH</strong></a>、<a href="https://qetic.jp/?s=%E7%94%B0%E5%B3%B6%E3%83%8F%E3%83%AB%E3%82%B3" rel="noopener noreferrer" target="_blank"><strong>田島ハルコ</strong></a>、<a href="https://qetic.jp/?s=J.%20Columbus" rel="noopener noreferrer" target="_blank"><strong>J. Columbus</strong></a>、<a href="https://qetic.jp/?s=DyyPRIDE" rel="noopener noreferrer" target="_blank"><strong>DyyPRIDE</strong></a>、<strong>FUNI</strong>、<strong>MCビル風</strong>らの充実したロングインタビューも収録。2020年6月に同じく新教出版社から刊行された「福音と世界」の＜特集＝ヒップホップと福音＞での論考等も再録されるほか、<strong>山下壮起</strong>、<strong>マニュエル・ヤン</strong>、<strong>二木信</strong>、<strong>五井健太郎</strong>、<strong>高島鈴</strong>、<strong>飯田華子</strong>、<strong>オサジェフォ・ウフル・セイクウ</strong>、<strong>DJののの</strong>、<strong>Phonehead</strong>、<strong>MCビル風</strong>、<strong>DJ GAJIROH</strong>、<strong>YUGE</strong>、<strong>有住航</strong>らの寄稿が掲載される。

今回Qeticでは、『ヒップホップ・アナムネーシス――ラップ・ミュージックの救済』の序文である「<strong>ヒップホップの力──想起（アナムネーシス）による救済</strong>」（著者：山下壮起）を公開。ヒップホップはなぜ救済の音楽なのか。その本題に迫るイントロダクションを読んでいただき、本書にご興味を持っていただければ幸いだ。

<h2>Intro ヒップホップの力──想起（アナムネーシス）による救済</h2>

ヒップホップは、キリスト教の限界を打ち破る救済の音楽である。公民権運動以後のアメリカ社会で黒人教会が社会問題から手を引いていくなか、ギャングスタ・ラッパーたちはゲットーの不条理な現実をありのままに取り上げ、その苦難や葛藤を正直にラップすることをつうじて救いのありかを見出してきた。ヒップホップは、自らの生の内に、そして、ストリートのただなかに、ゲットーの不条理な現実のなかで死した家族や仲間が復活（レザレクション）していまも共に在ることを歌う。そのことを論じたのが、2019年に刊行された『ヒップホップ・レザレクション』（新教出版社）だった。

わたしと音楽ライターの二木信の共編著である本書はその続編として、いまここに救いをもたらすヒップホップの力についてさらに掘り下げ、オバマ政権以降のアメリカと日本の現実を中心に論じるものである。アメリカでは人種差別を超克する希望とみなされたオバマ政権下で、警察・白人至上主義による暴力が可視化された。それに対して声を上げたブラック・ライヴズ・マターを受け止めきれなかったオバマ政権に代わり、誕生したトランプ政権。そして、いまこれを書いているわずか数日前に、バイデンを次期大統領に承認する手続きに抗議するトランプ支持者らが連邦議会に乱入する事件が起きた。黒人の声をないがしろにしてきた民主主義政治が、レイシストらによる議事堂占拠という結果をもたらしてしまったのだ。一方で、日本に目を向ければ、拡大する格差、女性、セクシュアル・マイノリティ、エスニック・マイノリティ、障害者に向けられたヘイトスピーチや暴力、3・11と原発。それらを許してきた、アメリカ同様に腐敗した民主主義政治。そして、突如現れた新型コロナウイルスのパンデミック。これがわたしたちの現実である。

しかし、こうしたなかにあって、わたしたちはヒップホップによって救われることが何度もあったのではないか。本書は、「アナムネーシス」をその救いの力を探る鍵とする。アナムネーシスとは想起することだ。すなわちキリスト教において、国家的暴力を象徴する十字架の上で殺されたイエス・キリストが、彼を愛した人びとの間に復活した、その死と復活を想い起こす営みを意味する。そして、この営みを中核とする聖餐の典礼は、イエスが宣べ伝えた〈神の国〉、つまり、神によって全てが解放された世界の先取りとして行われる。それは、神によって「きわめてよい」（創世記1章31節）ものとして創造された世界をいまここに取り戻すこと、その希望を信じることなのである。たとえ、どれだけ醜い現実のなかに置かれていたとしても。

そのように新しい世界を見出す力が、ヒップホップには秘められている。それは、ヒップホップの霊性（スピリチュアリティ）だといってもよい。ラッパーたちは、インナーシティの過酷な現実、警察の暴力によって失われた者たちを自らの内に見出すアナムネーシスによって、その者たちと共に見た世界をいまここに描き出してきた。

そして、2020年、わたしたちは再びこのアナムネーシスの力の目撃者となった。アメリカでは、新型コロナウイルス感染症対策のために厳しい外出制限が課される状況のなか、数え切れない人びとが路上に飛び出してブラック・ライヴズ・マターの声を上げた。そこには、ヒップホップを爆音で鳴らし、“What’s his name? What’s her name?”（彼の名は？　彼女の名は？）と叫ぶ無数の若者たちの姿があった。かれらは警察・人種差別の暴力によって殺された無数の黒人たちの名前を呼んで想い起こし、解放された世界に向かって立ち上がった。イエスの復活を信じた人びとを新しい世界へと向かわせる原動力となったアナムネーシスによる救済の力が、2000年の時を経てヒップホップに宿ったのだ。

そして、アナムネーシスの力は日本のラッパーたちの言葉においても輝きを放っている。ラッパーたちはアナムネーシスの営みをとおして、自らの内にある救いの言葉を吐き出してきた。リスナーたちもまた、その言葉を自らの歩みに重ねるなかで救いを見出すだろう。救いとは決して上からの恩寵として与えられるものではなく、すでにわたしたち一人ひとりの内に秘められているものなのだ。ヒップホップが顕現させている多元的な救済の力、これが、本書の掲げる〈ヒップホップ・アナムネーシス〉である。

本作は、気鋭の執筆陣による論考、ブラック・ライヴズ・マターと共闘する黒人牧師の説教、ラッパーたちへのインタビュー、ヒップホップの現場で活躍するDJたちをはじめとする選者らによるディスクガイドが収録されたかつてないアンソロジーである。そこに記された言葉からヒップホップに秘められたアナムネーシスの力を受け取るとき、新しい世界が広がっていくだろう。

<div class="information">
<h2>RELEASE INFORMATION</h2>
<h3>ヒップホップ・アナムネーシス――ラップ・ミュージックの救済</h3>

<a href="https://qetic.jp/?attachment_id=389126" rel="attachment wp-att-389126"><img src="https://cdn.qetic.jp/wp-content/uploads/2021/02/22130939/music210222-hiphopanumnesis.jpg" alt="ヒップホップ・アナムネーシス――ラップ・ミュージックの救済&lt;/h3&gt;" width="1280" height="1627" class="alignnone size-full wp-image-389126" /></a>

想起（アナムネーシス）せよ、失ったものを、新しい世界をーー内閉したキリスト教会の限界を乗り越えるギャングスタ・ラップの宗教性を論じた衝撃作『ヒップホップ・レザレクション』。その議論を引き継ぎ、ラッパーの人生、ブラック・ライヴズ・マター（BLM）、フェミニズム、コロナ以後の社会といった視点から、ヒップホップが発揮する救済の力＝アナムネーシスをラディカルに描き出す。BLMと共闘する黒人牧師の説教、気鋭のDJ陣が寄稿したディスクガイドなども収録した、かつてないヒップホップ・アンソロジー！

2021.02.25（木）
山下壮起・二木信編著
新教出版社
A5変型判・予価2500円
ISBN: 978-4-400-31092-1　C1073

Interview：BADSAIKUSH、田島ハルコ、J. Columbus、DyyPRIDE、FUNI、MCビル風

寄稿者：山下壮起、マニュエル・ヤン、二木信、五井健太郎、高島鈴、飯田華子、オサジェフォ・ウフル・セイクウ、DJののの、Phonehead、MCビル風、DJ GAJIROH、YUGE、有住航

<a href="http://www.shinkyo-pb.com/2020/12/10/post-1357.php" class="btn" target="_blank" rel="noopener noreferrer">詳細はこちら</a>
</div>

<p>© Qetic Inc.</p>
</article>]]>
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		<title>BADSAIKUSH、田島ハルコ、J. Columbus、DyyPRIDEらのインタビューが掲載！書籍『ヒップホップ・アナムネーシス――ラップ・ミュージックの救済』が2021年2月に刊行</title>
		<link>https://qetic.jp/music/salvationofrapmusic-201215/381729/</link>
		<comments>https://qetic.jp/music/salvationofrapmusic-201215/381729/#respond</comments>
		<pubDate>Tue, 15 Dec 2020 10:00:04 +0900</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[船津晃一朗（FFF）]]></dc:creator>
		<category>6</category>

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<![CDATA[<summary><p>著作に『ヒップホップ・レザレクション──ラップ・ミュージックとキリスト教』（新教出版社、2019）、「ギャングスタ・コンシャスネス」（『文藝別冊 ケンドリック・ラマー』河出書房新社、2020）などがある日本キリスト教団阿倍野教会牧師・山下壮起。そしてゼロ年代の日本のヒップホップ／ラップを記録した『しくじるなよ、ルーディ』（P-VINE、2013）の著者であり、漢 a.k.a. GAMI著『ヒップホップ・ドリーム』（河出書房新社、2019年夏文庫化）の企画・構成を担当する二木信が編著した書籍『ヒップホップ・アナムネーシス――ラップ・ミュージックの救済』が、2021年2月25日に刊行される。</p>
</summary>]]>
<description><![CDATA[<article><figure><img width="1440" height="960" src="https://cdn.qetic.jp/wp-content/uploads/2020/12/15172454/music201215-salvationofrapmusic-1-1440x960.jpg" class="attachment-medium size-medium wp-post-image" alt="ヒップホップ・アナムネーシス――ラップ・ミュージックの救済" decoding="async" srcset="https://cdn.qetic.jp/wp-content/uploads/2020/12/15172454/music201215-salvationofrapmusic-1-1440x960.jpg 1440w, https://cdn.qetic.jp/wp-content/uploads/2020/12/15172454/music201215-salvationofrapmusic-1.jpg 1920w" sizes="(max-width: 1440px) 100vw, 1440px" /></figure>著作に『ヒップホップ・レザレクション──ラップ・ミュージックとキリスト教』（新教出版社、2019）、「ギャングスタ・コンシャスネス」（『文藝別冊 ケンドリック・ラマー』河出書房新社、2020）などがある日本キリスト教団阿倍野教会牧師・<a href="https://qetic.jp/?s=%E5%B1%B1%E4%B8%8B%E5%A3%AE%E8%B5%B7" rel="noopener noreferrer" target="_blank"><strong>山下壮起</strong></a>。そしてゼロ年代の日本のヒップホップ／ラップを記録した『しくじるなよ、ルーディ』（P-VINE、2013）の著者であり、漢 a.k.a. GAMI著『ヒップホップ・ドリーム』（河出書房新社、2019年夏文庫化）の企画・構成を担当する<a href="https://qetic.jp/?s=%E4%BA%8C%E6%9C%A8%E4%BF%A1" rel="noopener noreferrer" target="_blank"><strong>二木信</strong></a>が編著した書籍『<strong>ヒップホップ・アナムネーシス――ラップ・ミュージックの救済</strong>』が、2021年2月25日に刊行される。

本書にはBADSAIKUSH、田島ハルコ、J. Columbus、DyyPRIDE、FUNI、MCビル風らの充実したロングインタビューも収録。2020年6月に同じく新教出版社から刊行された「福音と世界」の＜特集＝ヒップホップと福音＞での論考等も再録されるほか、山下壮起、マニュエル・ヤン、二木信、五井健太郎、高島鈴、飯田華子、オサジェフォ・ウフル・セイクウ、DJののの、Phonehead、MCビル風、DJ GAJIROH、YUGE、有住航らの寄稿が掲載される。

<h3>『ヒップホップ・アナムネーシス――ラップ・ミュージックの救済』</h3>

<blockquote>内閉化したキリスト教会の限界を乗り越える、救済の音楽文化としてヒップホップを論じた衝撃作『ヒップホップ・レザレクション』。その視点を受け継ぎ、オバマ政権以降のアメリカ、そして日本のヒップホップを、いまここに福音をもたらす力の源として鮮烈に描き出す。気鋭の執筆陣による寄稿、ブラック・ライヴズ・マターと共闘する黒人牧師の説教に加え、日本で活躍する6名のラッパーのインタビューを収録。巻末にはディスクガイド「救済のサウンドトラック」を付す。</blockquote>
<p class="quotecredit">引用元：<a href="http://www.shinkyo-pb.com/2020/12/10/post-1357.php" target="_blank" rel="noopener noreferrer">新教出版社HP
</a></p>

<div class="information">
<h2>RELEASE INFORMATION</h2>
<h3>『ヒップホップ・アナムネーシス――ラップ・ミュージックの救済』</h3>

<a href="https://qetic.jp/?attachment_id=381741" rel="attachment wp-att-381741"><img src="https://cdn.qetic.jp/wp-content/uploads/2020/12/15172245/music201215-salvationofrapmusic.jpg" alt="ヒップホップ・アナムネーシス――ラップ・ミュージックの救済" width="1280" height="1604" class="alignnone size-full wp-image-381741" /></a>

ヒップホップこそ救済なり──ギャングスタ／コンシャス・ラップ、キリスト教、フェミニズム、BLM、コロナ以後の社会といった多角的な視点から国内外のヒップホップを鋭く捉え返す画期的な書籍が登場!!アーティストのカラー／白黒写真も掲載!!

2021.02.25（木）
山下壮起・二木信編著
新教出版社
A5変型判・予価2500円
ISBN: 978-4-400-31092-1　C1073

Interview：BADSAIKUSH、田島ハルコ、J. Columbus、DyyPRIDE、FUNI、MCビル風

寄稿者：山下壮起、マニュエル・ヤン、二木信、五井健太郎、高島鈴、飯田華子、オサジェフォ・ウフル・セイクウ、DJののの、Phonehead、MCビル風、DJ GAJIROH、YUGE、有住航


<a href="http://www.shinkyo-pb.com/2020/12/10/post-1357.php" class="btn" target="_blank" rel="noopener noreferrer">詳細はこちら</a>
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<p>© Qetic Inc.</p>
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		<guid isPermaLink="true">https://qetic.jp/music/xxxtentacion-zenbumatigateyare-201125/378979/</guid>
		<title>XXXTentacionの評伝『ぜんぶ間違ってやれ』が本日発売！『くたばれインターネット』ジャレット・コベック著＆解説に二木信</title>
		<link>https://qetic.jp/music/xxxtentacion-zenbumatigateyare-201125/378979/</link>
		<comments>https://qetic.jp/music/xxxtentacion-zenbumatigateyare-201125/378979/#respond</comments>
		<pubDate>Wed, 25 Nov 2020 09:00:26 +0900</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[須郷里菜]]></dc:creator>
		<category>6</category>

		<guid isPermaLink="false">https://qetic.jp/?p=378979</guid>
<![CDATA[<summary><p>2018年6月に、20歳という若さで亡くなったxxxテンタシオンの評伝『ぜんぶ間違ってやれ』が、本日11月25日に発売された。本書『ぜんぶ間違ってやれ』は、話題をさらった『くたばれインターネット』の著者ジャレット・コベックが、事実に即した言葉を頼りに描いた評伝だ。</p>
</summary>]]>
<description><![CDATA[<article><figure><img width="1440" height="960" src="https://cdn.qetic.jp/wp-content/uploads/2020/11/25163637/music201125_eleking_books_main-1440x960.jpg" class="attachment-medium size-medium wp-post-image" alt="ぜんぶ間違ってやれ" decoding="async" srcset="https://cdn.qetic.jp/wp-content/uploads/2020/11/25163637/music201125_eleking_books_main-1440x960.jpg 1440w, https://cdn.qetic.jp/wp-content/uploads/2020/11/25163637/music201125_eleking_books_main.jpg 1920w" sizes="(max-width: 1440px) 100vw, 1440px" /></figure><strong>2018年6月</strong>に、<strong>20歳</strong>という若さで亡くなった<a href="https://qetic.jp/?s=XXXTentacion"><strong>XXXテンタシオン（XXXTentacion）</strong></a>の評伝<strong>『ぜんぶ間違ってやれ』</strong>が、<strong>本日11月25日（水）</strong>に発売された。

<h3>XXXTentacionの評伝『ぜんぶ間違ってやれ』が本日発売！</h3>

本書の主役となるのは、銃撃を受け、20歳という若さで突然亡くなったラッパー・XXXテンタシオン。2015年にサウンドクラウドにあげた曲<strong>”Look At Me！”</strong>が話題を呼ぶと、翌年にはシングル<strong>”Sad！”</strong>が初の<strong>米ビルボードチャート1位</strong>を記録。その一方で、元恋人への暴力容疑や逮捕歴などが明るみとなり、Spotifyで一部の曲が取り下げになるなど、スキャンダラスな面でも注目を浴びた。没後は、生前にリリースした楽曲”Sad！”が、<a href="https://qetic.jp/?s=%E3%82%AF%E3%82%A4%E3%83%BC%E3%83%B3"><strong>クイーン</strong></a>の<strong>”ボヘミアン・ラプソディ”</strong>を抜くほどのヒットを記録するなど、世界中からの注目を集めたヒップホップ・アーティストだ。

本書『ぜんぶ間違ってやれ』の著者は、話題をさらった<strong>『くたばれインターネット』</strong>の著者でもある<strong>ジャレット・コベック</strong>。訳を<strong>浅倉卓弥</strong>、解説を<a href="https://qetic.jp/?s=%E4%BA%8C%E6%9C%A8%E4%BF%A1"><strong>二木信</strong></a>が担当している。

夭折したラッパー・テンタシオンの生涯を通して問う、ネット社会や音楽シーンの意味と人種問題。そして、現代への痛烈な批判とテンタシオンへの思いを、事実に即した言葉を頼りに描いた評伝となっている。是非忘れずチェックして欲しい！

<blockquote> つまりこういうことだ。
人の為し遂げることに報いなど存在しはしない。
地位、権力、名声、金。
すべてクソだ。
だから僕はこうアドヴァイスする。
ゲームに疑いようもなく裏があり、
しかも、目に見えない社会的圧力が
こちらの行動まで規定してくるような場面では、
できることは一つしかない。
ぜんぶ間違ってやれ。 </blockquote>
<p class="quotecredit">──本書より</p>

<div class="information">
<h2>PRODUCT INFORMATION</h2>
<h3>ぜんぶ間違ってやれ──XXXテンタシオン・アゲインスト・ザ・ワールド</h3>

<a href="https://cdn.qetic.jp/wp-content/uploads/2020/11/25163627/music201125_eleking_books_1.jpg"><img src="https://cdn.qetic.jp/wp-content/uploads/2020/11/25163627/music201125_eleking_books_1.jpg" alt="ぜんぶ間違ってやれ" width="1307" height="1920" class="alignnone size-full wp-image-378980" /></a>

2020年11月25日（水）
著者：ジャレット・コベック（『くたばれインターネット』）
訳者：浅倉卓弥
解説：二木信
本体2,300円（＋tax）
発行：Pヴァイン／発売：日販アイ・ピー・エス株式会社
978-4-909483-77-5

一章　今再びこのアメリカを驚愕せしめん
二章　本当っぽい方がいい
三章　息絶え絶えになお叫びつつ
四章　汝（なれ）は吸血鬼（ヴァンパイア）なるか？
　　　嬰児（みどりご）の我は死と歩む
五章　保護観察
六章　＃予期せぬ結抹　
七章　魔女とのまＸぐＸわＸい
八章　歩哨（センティネル）の丘──ウィルバー・ウェイトリーと限りない空虚（ヨグ＝ソトース）とともに
九章　ベイビー・イッツ・ユー
十章　ジュネーヴァ
十一章　我痛みを知るより先に朽ち果つるを望む
十二章　死走

訳者あとがき
解説（二木信）

<a href="http://www.ele-king.net/books/007899/" class="btn" target="_blank" rel="noopener noreferrer">詳細はこちら</a>
</div>


<p>© Qetic Inc.</p>
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		<title>ストリートカルチャーマガジン『DAWN』の特別号が発売決定｜tofubeats、マヒトゥ・ザ・ピーポー、Mars89、釈迦坊主らのコロナ禍中を記録</title>
		<link>https://qetic.jp/art-culture/dawn-200814/366691/</link>
		<comments>https://qetic.jp/art-culture/dawn-200814/366691/#respond</comments>
		<pubDate>Fri, 14 Aug 2020 09:00:52 +0900</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[竹田賢治]]></dc:creator>
		<category>6</category>

		<guid isPermaLink="false">https://qetic.jp/?p=366691</guid>
<![CDATA[<summary><p>ストリートカルチャーマガジンとして、昨年11月に創刊し即完売。続く第2号の制作途中で起こったパンデミックにより、発売延期を余儀なくされた『DAWN』の特別号『DAWN N°1.5 Survival Issue』が8月22日（土）に発売されることに。今回の特別号は、2020年、新型コロナウィルスの発生を契機に混沌を極める世の中において、カルチャーサイドから発信された記録をパックしたものとなっている。</p>
</summary>]]>
<description><![CDATA[<article><figure><img width="1440" height="1080" src="https://cdn.qetic.jp/wp-content/uploads/2020/08/14125851/art200814_dawn_1-1440x1080.jpg" class="attachment-medium size-medium wp-post-image" alt="DAWN" decoding="async" srcset="https://cdn.qetic.jp/wp-content/uploads/2020/08/14125851/art200814_dawn_1-1440x1080.jpg 1440w, https://cdn.qetic.jp/wp-content/uploads/2020/08/14125851/art200814_dawn_1.jpg 1920w" sizes="(max-width: 1440px) 100vw, 1440px" /></figure>ストリートカルチャーマガジンとして、昨年11月に創刊し即完売。続く第2号の制作途中で起こったパンデミックにより、発売延期を余儀なくされた『<a href="https://qetic.jp/?s=DAWN" rel="noopener noreferrer" target="_blank"><strong>DAWN</strong></a>』の特別号『<strong>DAWN N°1.5 Survival Issue</strong>』が8月22日（土）に発売されることに。

<h3>ストリートカルチャーマガジン『DAWN N°1.5 Survival Issue』が発売決定！</h3>

今回の特別号は、2020年、新型コロナウィルスの発生を契機に混沌を極める世の中において、カルチャーサイドから発信された記録をパックしたものとなっている。創刊号の3倍のボリュームとなる全196ページ。アートディレクターは<strong>石黒景太</strong>がつとめている。<strong>グレート・ザ・歌舞伎町</strong>が撮影した写真の上に、<a href="https://qetic.jp/?s=GUCCIMAZE" rel="noopener noreferrer" target="_blank"><strong>GUCCIMAZE</strong></a>のロゴが乗った表紙がトレードマークに。GUCCIMAZEデザインの<strong>クリアステッカーも付録</strong>として封入される。

<a href="https://qetic.jp/?attachment_id=366718" rel="attachment wp-att-366718"><img src="https://cdn.qetic.jp/wp-content/uploads/2020/08/14125851/art200814_dawn_1.jpg" alt="DAWN" width="1920" height="1440" class="alignnone size-full wp-image-366718" /></a>

<a href="https://qetic.jp/?attachment_id=366725" rel="attachment wp-att-366725"><img src="https://cdn.qetic.jp/wp-content/uploads/2020/08/14125923/art200814_dawn_8.jpg" alt="DAWN" width="1920" height="1280" class="alignnone size-full wp-image-366725" /></a>

<a href="https://qetic.jp/?attachment_id=366726" rel="attachment wp-att-366726"><img src="https://cdn.qetic.jp/wp-content/uploads/2020/08/14125932/art200814_dawn_9.jpg" alt="DAWN" width="1920" height="1272" class="alignnone size-full wp-image-366726" /></a>

<a href="https://qetic.jp/?attachment_id=366727" rel="attachment wp-att-366727"><img src="https://cdn.qetic.jp/wp-content/uploads/2020/08/14125937/art200814_dawn_10.jpg" alt="DAWN" width="1920" height="1358" class="alignnone size-full wp-image-366727" /></a>

8月22日より、DAWNオンラインショップにて発売され、その後、ごく一部の書店・アパレルショップなどで展開予定。また8月12日より<a href="https://dawntokyo.buyshop.jp" rel="noopener noreferrer" target="_blank"><strong>オンラインショップ</strong></a>にて予約も受付中だ。今だからこそ読んでほしいトピックが満載となっているので、ぜひお見逃しなく。

<section class="contentbox">

<strong>『DAWN N°1.5 Survival Issue』
CONTENTS</strong>

Wannacry
写真：川谷光平

Wet Pussy Life 2020
写真：寺沢美遊

CONTENTS
絵：KANEVERDOSE

No Peace No Love No Unity：Mars89
文：磯部涼　写真：川谷光平

どの感覚を生かし、どの感覚を過去に置いていくか：マヒトゥ・ザ・ピーポー
文：浅沼優子　写真：グレート・ザ・歌舞伎町

AKLO LIVE STREAMING
文：yaminoni

オンライン化するライブ・パーティー - 無観客配信が光を当てたもの―2つの視点から
文：imdkm　イラスト：黒川知希

“BAD HOP WORLD 2020” IN 横浜アリーナ ／ VirtuaRAW ／ RAINBOW DISCO CLUB 2020 ／ FORTNITE ＆ TRAVIS SCOTT presents “ASTRONOMICAL” ／ SECRET SKY MUSIC FESTIVAL ／ DRIVE IN FESTIVAL ／ DOMMUNE ／ PROTEST RAVE FROM ISOLATION ／ 寛解の連続
文：磯部涼, Kotsu, JACKSON kaki, 二木信, imdkm、高岡謙太郎

ロックダウンとカンナビス
文：佐久間裕美子　イラスト：wackwack

CBDと大麻とHIP HOPのリアル：阿修羅MIC
文：二木信　写真：川谷光平

“夜の街”関連
写真：グレート・ザ・歌舞伎町

声を上げること
文：セーラーかんな子　イラスト：dokkoi

ANGER
グラフィック：北山雅和

うちで怒ろう
文：isastagrammm　グラフィック：ohiana

＃STAYHOME100 
tofubeats、SANTAWORLDVIEW、オカモトレイジ、Mars89、SEX Yamaguchi、SITE（Ghetto Hollywood）、浅沼優子、Wardaa、KIKI KUDO、GUCCIMAZE、VIDEOTAPEMUSIC、Lil’Yukichi、蒲谷健太郎、ShioriyBradshaw、スズキナオ、メテオ、坂脇慶、荏開津広、大石始、徳利、釈迦坊主、COMPUMA、ohiana、荒井優作、Masayoshi Iimori、草下シンヤ、末次亘、飯田昭雄、wackwackpress02、TONAN（ROCKASEN）、大澤悠大、食品まつり a.k.a foodman、大月壮、Nukeme、HouxoQue、KM、細倉真弓、磯部涼、Le Makeup、moriura、stei、CVN、imdkm、MA1LL、カトウリサ（Ribbon）、木澤佐登志、川谷光平、玉名ラーメン、BIM、CICCIO 、寺沢美遊、okadada、Sir Y.O.K.O.PoLoGod. 、吉岡加奈、サイプレス上野、PENNY-O、Qrion、Changsie、杉山峻輔、佐野活人（WALL＆WALL）、セーラーかんな子、柳樂光隆、LIL MERCY（WDsounds）、Kotsu（CYK）、PUNPEE、ぽえむ、LONO3、北山雅和、G.RINA、宮﨑岳史、國本快（バレアリック飲食店）、西田編集長、DIRTY DIRT、二木信、GREEN ASSASSIN DOLLAR、ぼく脳、佐久間裕美子、Erinam、鶴岡龍、GRADIS NICE、小嶋真理、Tasho Ishi、瀬下翔太、pootee、中原真也（Modern Twist Signs）、UMMMI. 、QN、YUA、B.D. ／ Killa Turner、Taboo1、KAJI（JOYTOWN TATTOO）、沖真秀、遠迫憲英、粗悪ビーツ、スポーツガーデンひ、SHINKNOWNSUKE、ANI（スチャダラパー）、HIBI BLISS、ZEN-LA-ROCK、DOZAN11

20200315
写真：細倉真弓

MY SPACE - LIL MERCY, MA1LL, 荒井優作, Ribbon

My Twisted Abenomask Rhapsody - アベノマスクのある風景 
写真：takuya watanabe takuya　モデル：Konida, Yua, Himawari, Andree

サイケデリックの嗜み
文：木澤佐登志

原始生物は、腸しかない！
文：メテオ

いい時間とお茶
文：Seiho　写真：細倉真弓

SHIZENTOMOTEL
絵：SHIZENTOMOTEL　写真：グレート・ザ・歌舞伎町

感染者に聞く新型コロナウィルス闘病記
文：高岡謙太郎

裏社会とコロナ
文：草下シンヤ　イラスト：沖真秀

COVID-19 NEWS

Black Lives Matterをより知るための推薦図書
文：荏開津広


編集：二宮慶介、高岡謙太郎
アートディレクター＆デザイン：石黒景太
デザイン：高森崇史
ロゴデザイン：GUCCIMAZE
カバーフォト：グレート・ザ・歌舞伎町

</section>

<a href="https://qetic.jp/?attachment_id=366721" rel="attachment wp-att-366721"><img src="https://cdn.qetic.jp/wp-content/uploads/2020/08/14125903/art200814_dawn_4.jpg" alt="DAWN" width="1920" height="1343" class="alignnone size-full wp-image-366721" /></a>

<a href="https://qetic.jp/?attachment_id=366719" rel="attachment wp-att-366719"><img src="https://cdn.qetic.jp/wp-content/uploads/2020/08/14125855/art200814_dawn_2.jpg" alt="DAWN" width="1920" height="1358" class="alignnone size-full wp-image-366719" /></a>

<a href="https://qetic.jp/?attachment_id=366720" rel="attachment wp-att-366720"><img src="https://cdn.qetic.jp/wp-content/uploads/2020/08/14125859/art200814_dawn_3.jpg" alt="DAWN" width="1920" height="1357" class="alignnone size-full wp-image-366720" /></a>

<a href="https://qetic.jp/?attachment_id=366722" rel="attachment wp-att-366722"><img src="https://cdn.qetic.jp/wp-content/uploads/2020/08/14125907/art200814_dawn_5.jpg" alt="DAWN" width="1920" height="1344" class="alignnone size-full wp-image-366722" /></a>

<a href="https://qetic.jp/?attachment_id=366723" rel="attachment wp-att-366723"><img src="https://cdn.qetic.jp/wp-content/uploads/2020/08/14125911/art200814_dawn_6.jpg" alt="DAWN" width="1920" height="1343" class="alignnone size-full wp-image-366723" /></a>

<a href="https://qetic.jp/?attachment_id=366724" rel="attachment wp-att-366724"><img src="https://cdn.qetic.jp/wp-content/uploads/2020/08/14125915/art200814_dawn_7.jpg" alt="" width="1920" height="1343" class="alignnone size-full wp-image-366724" /></a>

<div class="information">
<h2>RELEASE INFORMATION</h2>
<h3>DAWN N°1.5 Survival Issue</h3>
<a href="https://qetic.jp/?attachment_id=366728" rel="attachment wp-att-366728"><img src="https://cdn.qetic.jp/wp-content/uploads/2020/08/14125944/art200814_dawn_11.jpg" alt="DAWN" width="1920" height="1440" class="alignnone size-full wp-image-366728" /></a>

2020年8月22日（土）
￥2,000（＋tax）予定
判型：A5変形
ページ数：196ページ
<a href="https://dawntokyo.buyshop.jp" class="btn" target="_blank" rel="noopener noreferrer">オンラインショップはこちら</a>

<a href="https://twitter.com/dawn_tokyo/" class="btn" target="_blank" alt="Link" rel="noopener noreferrer">Twitter</a>

<a href="https://www.instagram.com/dawn_tokyo/" class="btn" target="_blank" alt="Link" rel="noopener noreferrer">Instagram</a>
</div><p>© Qetic Inc.</p>
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		<title>ケンドリック・ラマーのムック本が発売｜Awich、C.O.S.A.、Kamui、OMSB、Moment Joon、DyyPRIDE、KOJOE、仙人掌へのインタビューも掲載</title>
		<link>https://qetic.jp/music/kendrick-lamar-200327/349592/</link>
		<comments>https://qetic.jp/music/kendrick-lamar-200327/349592/#respond</comments>
		<pubDate>Sat, 28 Mar 2020 03:00:16 +0900</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[船津晃一朗（FFF）]]></dc:creator>
		<category>6</category>

		<guid isPermaLink="false">https://qetic.jp/?p=349592</guid>
<![CDATA[<summary><p>ケンドリック・ラマー（Kendrick Lamar）のムック本『ケンドリック・ラマー：世界が熱狂する、ヒップホップの到達点』が河出書房新社より発売された。本誌では、「日本で活躍するラッパーは、ケンドリック・ラマーをどのように聴き、何を感じているのか？」をテーマに日本語ラップ・シーンで活躍する8名のラッパー、Awich、C.O.S.A.、Kamui、OMSB、Moment Joon、DyyPRIDE、KOJOE、仙人掌へのインタビューを掲載。さらに、ナタリーの「パンチライン・オブ・ザ・イヤー2019」でも話題のGenaktionらによるディスクガイドほか、ケンドリック・ラマーの魅力に迫るコンテンツが目白押し。ぜひ手に取っていただきたい。</p>
</summary>]]>
<description><![CDATA[<article><figure><img width="1440" height="960" src="https://cdn.qetic.jp/wp-content/uploads/2020/03/27225944/music200327-kendrick-lamar-1-1440x960.jpg" class="attachment-medium size-medium wp-post-image" alt="ケンドリック・ラマー：世界が熱狂する、ヒップホップの到達点" decoding="async" srcset="https://cdn.qetic.jp/wp-content/uploads/2020/03/27225944/music200327-kendrick-lamar-1-1440x960.jpg 1440w, https://cdn.qetic.jp/wp-content/uploads/2020/03/27225944/music200327-kendrick-lamar-1.jpg 1920w" sizes="(max-width: 1440px) 100vw, 1440px" /></figure><a href="https://qetic.jp/?s=%E3%82%B1%E3%83%B3%E3%83%89%E3%83%AA%E3%83%83%E3%82%AF%E3%83%BB%E3%83%A9%E3%83%9E%E3%83%BC" rel="noopener noreferrer" target="_blank"><strong>ケンドリック・ラマー（Kendrick Lamar）</strong></a>のムック本『<strong>ケンドリック・ラマー：世界が熱狂する、ヒップホップの到達点</strong>』が河出書房新社より発売された。

2011年に初スタジオアルバム『<strong>Section.80</strong>』、翌年にセカンドアルバム『<strong>Good Kid, M.A.A.D City</strong>』で世界を席巻し、2015年には大作『<strong>To Pimp a Butterfly</strong>』を発表、2017年に4枚目の『<strong>DAMN.</strong>』をリリース。2018年には＜<strong>FUJI ROCK FESTIVAL</strong>＞のヘッドライナーとして登場、今年3月にはTDE元社長のDave Freeと共に新プロジェクト「<strong>pgLang</strong>」を発足、4月に日本公開のプレイリスト・ムービー『WAVES』に“Backseat Freestyle”が選出、さらに10月には初の評伝『<strong>Butterfly Effect</strong>』の刊行情報が公開されるなど、最重要ラッパーの1人として常に名前が挙がるケンドリック・ラマーを多角的に見つめる一枚となる。

<blockquote class="twitter-tweet"><p lang="en" dir="ltr">Welcome to pgLang. <a href="https://t.co/IucgqwEiG0">https://t.co/IucgqwEiG0</a> <a href="https://t.co/pooIBPEWl0">pic.twitter.com/pooIBPEWl0</a></p>&mdash; Kendrick Lamar (@kendricklamar) <a href="https://twitter.com/kendricklamar/status/1235631456019308545?ref_src=twsrc%5Etfw">March 5, 2020</a></blockquote> <script async src="https://platform.twitter.com/widgets.js" charset="utf-8"></script>

<h3>日本で活躍するラッパーは、ケンドリック・ラマーをどのように聴き、何を感じているのか？</h3>

本誌では、「日本で活躍するラッパーは、ケンドリック・ラマーをどのように聴き、何を感じているのか？」をテーマに日本語ラップ・シーンで活躍する8名のラッパー、<a href="https://qetic.jp/?s=Awich" rel="noopener noreferrer" target="_blank"><strong>Awich</strong></a>、<a href="https://qetic.jp/?s=C.O.S.A." rel="noopener noreferrer" target="_blank"><strong>C.O.S.A.</strong></a>、<a href="https://qetic.jp/?s=Kamui" rel="noopener noreferrer" target="_blank"><strong>Kamui</strong></a>、<a href="https://qetic.jp/?s=OMSB" rel="noopener noreferrer" target="_blank"><strong>OMSB</strong></a>、<a href="https://qetic.jp/?s=Moment%20Joon" rel="noopener noreferrer" target="_blank"><strong>Moment Joon</strong></a>、<a href="https://qetic.jp/?s=DyyPRIDE" rel="noopener noreferrer" target="_blank"><strong>DyyPRIDE</strong></a>、<a href="https://qetic.jp/?s=KOJOE" rel="noopener noreferrer" target="_blank"><strong>KOJOE</strong></a>、<a href="https://qetic.jp/?s=%E4%BB%99%E4%BA%BA%E6%8E%8C" rel="noopener noreferrer" target="_blank"><strong>仙人掌</strong></a>へのインタビューを掲載。さらに、ナタリーの「<a href="https://natalie.mu/music/column/365986" rel="noopener noreferrer" target="_blank">パンチライン・オブ・ザ・イヤー2019</a>」でも話題のGenaktionらによるディスクガイドほか、ケンドリック・ラマーの魅力に迫るコンテンツが目白押し。ぜひ手に取っていただきたい。

<div class="information">
<h2>RELEASE INFORMATION</h2>
<h3>ケンドリック・ラマー：世界が熱狂する、ヒップホップの到達点</h3>

<a href="https://qetic.jp/?attachment_id=349593" rel="attachment wp-att-349593"><img src="https://cdn.qetic.jp/wp-content/uploads/2020/03/27225939/music200327-kendrick-lamar.jpg" alt="ケンドリック・ラマー：世界が熱狂する、ヒップホップの到達点" width="1280" height="1820" class="alignnone size-full wp-image-349593" /></a>

2020.03.27（金）
河出書房新社編集部 編

インナーシティの矛盾と救済を複雑に織り込んだリリックや、ジャズやファンクなどを積極的に摂取する革新的な楽曲で全世界から支持を集め、早くもヒップホップ・クラシックとなったその存在に迫る総特集。

【日本語ラップとの交差点／Interview】
Awich　　自分を掘り下げた先にある、調和の響き
C.O.S.A.　　“善良さ”をラップする
Kamui　　拠り所なき時代と、生を肯定する音楽
OMSB　　ケンドリはすごいからすごい
Moment Joon　　断絶したルーツの先で響く歌
DyyPRIDE　　資本主義世界を生きる奴隷の、新たな霊歌
KOJOE　　ブラインドスポットを多彩に掴む、パーフェクトなハーモニー
仙人掌　　世界の“声”に寄り添うヒップホップの力
――取材・構成＝二木信、彫真悟、渡辺志保

【ラップ・ミュージックの現場／Live And Direct】
渡辺志保　　ＵＳラップ、2020年の現在地
奥田翔　　ケンドリック・ラマーの半径５メートル
ヨシダアカネ　　ラップ・ファンタジーの新たな地平

【ケンドリック・ラマーのエレメンツ／Elements of Kendrick Lamar】
塚田桂子　　ギャングスタ・ラップとは何か？――その系譜と精神性
imdkm　　フロウとペルソナ――ケンドリック・ラマーにおける（複数の）フロウ
長澤唯史　　ケンドリック・ラマーと内省のアメリカ文学

【人物評伝／Biography】
African American Cutural Legends
――押野素子、木村久、Jeremy Harley、塚田桂子、冨永有里

【サウンドの軌跡／Disc Guide】
Genaktion　　Section.80
塚田桂子　　good kid, m.A.A.d city
吉田雅史　　To Pimp A Butterfiy
Kaz Skellington（渡邉航光）　　untitled unmastered.
押野素子　　DAMN.

【ブックガイド／Book Guide】
Riverside Reading Club　　BOOK GIVES YOU CHOICES

【論考／Critique】
野田努　　2015年という記念すべき年、その光と闇
磯部涼　　彼は誰を「ぶっ殺し」たのか――ケンドリック・ラマーのラップ・シーンにおける立ち位置
山下壮起　　ギャングスタ・コンシャスネス――解放された世界へのアナムネーシス
マニュエル・ヤン　キング・クンタのたましいとはいったいなにか？

ディスコグラフィ／Discgraphy
――小林雅明

<a href="http://www.kawade.co.jp/np/isbn/9784309980041/" class="btn" target="_blank" rel="noopener noreferrer">詳細はこちら</a>
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		<guid isPermaLink="true">https://qetic.jp/music/nomoredrama-200320/348892/</guid>
		<title>なのるなもない、Angama、BUSHMIND、CHIYORIらが登場する＜NoMoreDrama＞が中野HeavySickZeroで開催</title>
		<link>https://qetic.jp/music/nomoredrama-200320/348892/</link>
		<comments>https://qetic.jp/music/nomoredrama-200320/348892/#respond</comments>
		<pubDate>Fri, 20 Mar 2020 11:10:31 +0900</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[船津晃一朗（FFF）]]></dc:creator>
		<category>6</category>

		<guid isPermaLink="false">https://qetic.jp/?p=348892</guid>
<![CDATA[<summary><p>TempleATSのトラックメイカー／DJのKOR-ONEと沖縄のダブエンジニアHARIKUYAMAKUとのユニット・Angamaや降神などの活躍でも知られるラッパー／スポークンワーズアーティスト・なのるなもない、昨年末にリリースしたニューエイジ／アンビエントのミックスCD『New β Sound』も記憶に新しいBUSHMINDらが出演するイベント＜NoMoreDrama＞が3月22日（日）に中野HeavySickZeroで開催される。</p>
</summary>]]>
<description><![CDATA[<article><figure><img width="1440" height="960" src="https://cdn.qetic.jp/wp-content/uploads/2020/03/20200205/music200320-nomoredrama-1-1440x960.jpg" class="attachment-medium size-medium wp-post-image" alt="NoMoreDrama" decoding="async" srcset="https://cdn.qetic.jp/wp-content/uploads/2020/03/20200205/music200320-nomoredrama-1-1440x960.jpg 1440w, https://cdn.qetic.jp/wp-content/uploads/2020/03/20200205/music200320-nomoredrama-1.jpg 1920w" sizes="(max-width: 1440px) 100vw, 1440px" /></figure>TempleATSのトラックメイカー／DJのKOR-ONEと沖縄のダブエンジニアHARIKUYAMAKUとのユニット・<a href="https://qetic.jp/?s=Angama" rel="noopener noreferrer" target="_blank"><strong>Angama</strong></a>や降神などの活躍でも知られるラッパー／スポークンワーズアーティスト・<a href="https://qetic.jp/?s=%E3%81%AA%E3%81%AE%E3%82%8B%E3%81%AA%E3%82%82%E3%81%AA%E3%81%84" rel="noopener noreferrer" target="_blank"><strong>なのるなもない</strong></a>、昨年末にリリースしたニューエイジ／アンビエントのミックスCD『New β Sound』も記憶に新しい<a href="https://qetic.jp/?s=BUSHMIND" rel="noopener noreferrer" target="_blank"><strong>BUSHMIND</strong></a>らが出演するイベント＜<strong>NoMoreDrama</strong>＞が3月22日（日）に<strong>中野HeavySickZero</strong>で開催される。

イベントのコンセプトは「不幸な事で集まって久しぶり... なんてあまりに切ないなと思い、できるだけ相互理解のある面々で理由なく集まりたい」。ライブアクトにはAngama、なのるなもない、ソラリノ、東金B¥PASSが登場。またDJとしてBUSHMIND、ONTODA、<a href="https://qetic.jp/?s=CHIYORI" rel="noopener noreferrer" target="_blank"><strong>CHIYORI</strong></a>、<a href="https://qetic.jp/?s=%E4%BA%8C%E6%9C%A8%E4%BF%A1" rel="noopener noreferrer" target="_blank"><strong>二木信</strong></a>らが出演する。ビート／ダブ／ヒップホップのサイケデリアと高揚が春の訪れを祝う一夜となるだろう。

<h3>なのるなもない「冒険のススメ」（Album『アカシャの唇』収録）</h3>
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<div class="information">
<h2>EVENT INFORMATION</h2>
<h3>NoMoreDrama</h3>

<a href="https://qetic.jp/?attachment_id=348895" rel="attachment wp-att-348895"><img src="https://cdn.qetic.jp/wp-content/uploads/2020/03/20200248/music200320-nomoredrama.jpeg" alt="NoMoreDrama" width="1280" height="2275" class="alignnone size-full wp-image-348895" /></a>

2020.03.22（日）
OPEN 18:00

中野HeavySickZero
ADV ¥2,000（+1DRINK）／DOOR ¥2,500（+1DRINK）

<strong>Live</strong>
Angama＜KOR-1（templeATS）＆HARIKUYAMAKU＞
なのるなもない（templeATS）
ソラリノ
東金B¥PASS

<strong>DJ</strong>
BUSHMIND（seminishukei）
ONTODA（templeATS）
二木信
CHIYORI
MAKOSSA
phaseone
SOSTONE

<a href="http://www.heavysick.co.jp/zero/" class="btn" target="_blank" rel="noopener noreferrer">詳細はこちら</a>
</div>



<p>© Qetic Inc.</p>
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