分厚い鉄盤を切り裂くような甲高いノイズ、金属と金属がぶつかりあったような無機質でメタリックな打撃音。なるほどスワンズのマイケル・ジラがこのサウンドに惚れ込んだというのも頷ける。美しく、ポエティックでさえあるその荘厳なサウンドスケープにはテレンス・マリックが描き出す映画のように崇高な美しさがある。ビョークは早い時期から彼をリミキサーとして起用し、ブライアン・イーノはタルコフスキーの名作『惑星ソラリス』をモチーフにした作品の制作を彼にオファーした。いままさにエクスペリメンタルな音楽を愛する世界中のリスナーたちに支持される雑誌『The Wire』の最新号(VOL.364)の表紙を飾っているのは彼である。
いま世界が注目する、ミニマル、ノイズ、ドローン・アーティストにして、偉大なる作曲家、ベン・フロスト。オーストラリアで生まれた彼は、いまはアイスランドに住居を移し、かの地の名門レーベル〈ベッドルーム・コミュニティ〉を拠点としながら、作品を発表し続けてきた。この度、〈ベッドルーム・コミュニティ〉と〈ミュート〉の2レーベルを通して、彼の最新アルバム『オーロラ』が世に送り出される。
『オーロラ』ジャケット写真
『オーロラ』は紛れもない傑作だ。フェネスとノイバウテンとM83が氷河の洞窟の中でセッションを繰り広げているようでもあり、ニコラス・ジャーがボーズ・オブ・カナダをリミックスしているようでもある。しかし、そんな記号をいくら並べたところで、本作の核心に近づいたということにはならないだろう。『オーロラ』は謎めいている。そのサウンドはまるで完璧なミステリーのように、聴く者たちに謎を投げかける。“Sola Fide”(ルターの宗教改革における信仰義認)、“Diphenyl Oxalate”(化学発光に使われる化合物シュウ酸ジフェニル)、“Venter”(分子生物学者のクレイグ・ヴェンターのことであろうか?)、“The Teeth Behind The Kisses”(キスの後ろの歯)といった、まるで暗号のような曲名はいったい何を意味しているのだろうか? さらにリスナーたちを困惑させているのは、アルバムのリリース前に公開された下記のティーザー映像だ。
Ben Frost :: A U R O R A :: I
白い物体が爆発して飛び散るさまと宇宙服のようなものを着た人間(?)がスローモーションで映し出される「A U R O R A :: I 」、
Ben Frost :: A U R O R A :: II
また氷河に覆われた洞窟の中を断片的に映し出した「A U R O R A :: II」、
Ben Frost :: A U R O R A :: III
そして暗闇の中を閃光が迸る「A U R O R A :: III 」。
これらの映像がいったい何を意味するのか、いまのところその答えは明らかになっていない。しかし答えなど必要ないのかもしれない。謎は謎であるから価値がある。我われはこれらの映像や曲のタイトルを手がかりに、『オーロラ』という大いなるミステリーをそれぞれに解読し、楽しめばよいのだ。
(text by Naohiro Kato)
Release Information
Now on sale! Artist:Ben Frost(ベン・フロスト) Title:AURORA(オーロラ) TRAFFIC(Mute/Bedroom Community) TRCP-162 ¥2,160(tax incl.) |