2001年にニュー・オーダーの“Crystal”がリリースされた当時、まだティーンの私はこの曲をベッドの上で繰り返し聴いては、現実とファンタジーのあいだを行ったり来たりしていた。ジョイ・ディヴィジョンの退廃的で詩的なムードはまだ理解できなかったが、“いくつもの示唆を含んだ煌き”とでもいうべきニュー・オーダーのサウンドにはすぐにコミットすることができた。そこにはストリートの温かみがあったからかもしれない。“Crystal”をきっかけにして、後追いで聴いた“Blue Monday”の無機質なビートに度肝を抜かれ、“The Perfect Kiss”の物語に強烈なロマンを感じた。
New Order – “Crystal”
さて、実に10年ぶりの新作となった『ミュージック・コンプリート』は、盟友ピーター・サヴィルによる予感的なアートワーク(今1番部屋に飾りたいジャケットだろう)と事前に公開されていた断片的な音源によって、リスナーの期待値が最大限まで引き上げられていたが、サウンドの核を担っていたフッキーのベースが抜けたことによる影響が、唯一にして最大の不安だった。何せ本人が「俺のいないニュー・オーダーなんて絶対に失敗するから」なんて吹聴するもんだから、ファンが「まあ、確かに……」と同調してしまうのも無理はない。だが、結論から言うと、この予言(希望?)は的中しなかった。むしろ、新たなベーシストを迎えた彼らはここにきてディスコグラフィーの上位に食い込む見事な作品を完成させた。例の印象的なベースラインにまったく頼っていないこともあって、“フッキー不在によって足りない何か”を微塵も感じさせない。
『ミュージック・コンプリート』ジャケット
ここからは各楽曲に話を移そう。まず、冒頭の“Restless”は前作『ウェイティング・フォー・ザ・サイレンズ・コール』(05年)の系譜に連なるギター・ナンバー。《ナイスな車や星のように綺麗な女の子が欲しい。尊敬だって集めたい。可能な限り。ああ、心休まる瞬間がない》という現代のリアリティを言い当てた歌詞が実にこのバンドらしい。そして、次の“Singularity”で往年のダンサブルなサウンドが復活し、ラ・ルーが歌声を響かせる“Plastic”ではディスコの香りを漂わせている。ピアノ・ハウスの“People on the High Line”まで聴き進めた頃には、このアルバムの主題が“エレクトロニック”であることを確信。と思いきや、アルバム後半に入ると再びキャッチーなフックを携えたギター・ナンバーの“Academic”と“Nothing but a Fool”が立て続けに表れて、2000年代以降の個性とそれ以前の個性が1つの作品のなかで融合していることに気付く。
New Order – “Restless”
ラストの“Superheated”には自他ともに認める“ニュー・オーダーの子ども”であるブランドン・フラワーズが参加しているが、これがどこからどう聴いてもキラーズ。本人は憧れのニュー・オーダーの新作に参加できて、しかも彼らが自分に“影響された”曲を収録したことは、さぞかし感無量だったに違いない。ちなみに今作にはブランドンの他にも、先述のラ・ルー、トム・ローランズ(ケミカル・ブラザーズ)、そしてイギー・ポップという錚々たるゲストが参加していて、このアルバムに祝祭的な彩りを与えている。
New Order – “Superheated”
もう30年以上も活動を続けているニュー・オーダーは、メロディの純度は保ちつつ、音楽をもっとも退屈にさせる要因である懐古主義に溺れることはなかった。それどころか、ここにはバンドが再び生まれ変わったような新鮮さがある。こんなことは正直予想していなかった。まずまずの作品にはなっても、私たちに新しい地平を提供するようなイマジネーションはそこにはないだろう、と。『ミュージック・コンプリート』は史上最もバリエーション豊かで清々しいニュー・オーダーを堪能できる傑作だ。
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