渋谷慶一郎の新作アンドロイド・オペラ『Scary Beauty』世界初演を成功させた。
アンコールを加え4曲。時間にしてわずか35分。
しかしこの夜、オーストラリア・アデレードのSpace Theatreの客席を埋めた幸運な観客たちは、完全に新しい体験を得た興奮を隠すことができなかった。
実際、初演の直後からすでに多くの媒体が批評を出しており、オールジャンルのエンターテイメントメディアである『ブロードウェイ・ワールド』が「この作品は科学、人文、エレクトロニクス、音楽が混在したもので、それはネクストレベルの芸術です。Scary Beauty- 恐ろしい美-は、非常にシンプルで奇妙に美しい・」と激賞している。
渋谷の作曲・指揮・ピアノ、現代音楽アンサンブルとして脱領域的に活躍するAustralian Art Orchestra (AAO)、そしてアンドロイド「スケルトン」の歌唱から成るモノオペラ、 『Scary Beauty』が9月30日、<Oz Asia Festival>2017の招待によりオーストラリア、アデレードで初演を迎えた。
冒頭、暗闇の中から響き、重なっていく弦の音。深いブルーに演奏者を浮かび上がらせる藤本隆行による繊細なLED照明によるライティングの中、曲想は大きく展開しついにアンドロイド「スケルトン」の頭上に光が射す。
sacaiがこのプロジェクトのためにスペシャルコーディネートしたコスチュームを纏ったスケルトンは、天使のように中立的でありながら孤高の存在のようにも見える。虚空を見渡すかと思えば、視線を交え、時に観客に微笑みかける。
スケルトンの歌声の複雑な響き(新たに導入したボーカロイドの音声を渋谷がさらに合成して作り込んだもの)はこのパフォーマンスのために開発された音声モジュールシステムによって、アンドロイドの実際の喉元から発生された声をインカムでひろって拡張した生の音声である。
その表情や腕は、思いの外滑らかに、そして大きく動くのだが、そこに人間の情緒やロジックに基づく意味を一対一で見出すことは難しい。圧倒的な音楽、照明、映像。極大な情報と刺激に満ちた時間の中でアンドロイド「スケルトン」の存在が明らかに未体験の領域にあった。全てに違和感が伴うのに異形の木偶とは言えない。
生きているかの様に強く自然な存在とさへ映る。会場にいた多くの者が、音と光の奔流に動かされながら、どうしても目を離せなかったスケルトンの全く新しい存在感は際立っていた。
前作で初音ミクをフィーチャーした渋谷がアンドロイドに注目してからすでに久しい。パレ・ド・トーキョーで実際に人間を3Dスキャンしたアンドロイドで小品を発表したこともある。その困難も知りながら敢えて、ロボットというリアルなメディアにより人間そのものの定義を揺るがす強い表現を実現することにこだわってきたのが渋谷である。
世界的なアンドロイド研究者で、アンドロイド演劇や「マツコロイド」で知られる大阪大学の石黒浩研究室、人工生命を研究し「動き」に生命の本質を見出す東京大学、池上高志研究室がジョイントして、アンドロイドの動きの中に生き物らしさを持たせる研究を進めたきっかけの少なくともひとつは渋谷の信念だった。
今回、『Scary Beauty』で主演を果たしたスケルトンの目覚しい進化はその研究成果の結実と見ることもできる。
スケルトンは音をはじめとした外部の刺激から得た情報を元に自律的に動きを生み出していくニューラルネットワークの成果を活かした、一言で言えば ”生き物の様に動くアンドロイド” である。あえて機械であることを隠さない姿形のスケルトンをステージに立たせながら、未知の生命との初めての出会いの様に、アンドロイドと人間を共存させる。それを音楽というむしろ人間的であることが無前提に求められるフォーマットで実現させたまさに奇跡の瞬間がSpace Theatreで確実に共有されていた。
音楽、アート、サイエンス・テクノロジー、いずれの文脈からも極めて野心的なチャレンジはコスチュームをsacaiが全面的に担当することでより強力なものとなった。照明効果を考えた色やフォルムの選択、ハードでメタリックなボディに纏わせるためのコーディネートや大胆にカットされたワークブーツの制作など精力的な取組の甲斐あって、Sacaiのコスチュームを身に着けたスケルトンは、機械なのに生命感を孕む両義性を更に強めていた。
観る者にとって、自身が何に興奮しているのかもよくわからないままに35分はたちまちに過ぎ去り、熱いカーテンコールのうちに”Scary Beauty”のプレミア・ナイトは終わりを迎えたのである。