表現の自由やアートの価値について、今年ほど意見が交わされたことがあっただろうか。皮肉なことに表現・自由・アートに対する解釈や知見に大きな断絶が存在することが可視化され、時にうんざりするネットミームと化した印象もある。だが、いつまでもうんざりしているだけで、私たちが生活するこの国に表現の自由やアートの価値は根付くだろうか。
表現の自由やアートの価値は実は普段触れているカルチャーやエンターテインメントの中にも当然、存在している。そこで送り手側であるアーティストの実感から問題意識にダイブしてみようと思う。
今回、取材に応じてくれたのは12歳で映像を学ぶためにイギリスへ飛んだ映像作家・木村太一。ロンドンのCentral Saint Martins College of Art and Design(セントマーチンズ)、London College of Communication(LCC)で学び、現在はイギリスと日本の2拠点で活動する。2015年に制作したGRADESの“KING”のミュージックビデオがイギリス最大のミュージックビデオ祭で最優秀ダンスミュージックビデオにノミネート。他にもケミカル・ブラザーズ(The Chemmical Brothers)、ナイフ・パーティー(Knife Party)らのドキュメンタリームービーを発表するなど、現代の日本を代表する映像作家として目を見張る活躍を見せている。
2016年には自主制作短編映画『LOST YOUTH』を日本で撮影し、同作はBOILER ROOM初の映画上映となり話題を呼んだ。2019年には続編的な『Mu』を発表、現在は初の長編映画の制作を控えている。
そんな木村がリーバイス®︎から発売されたスマートジャケット「Levi’s®︎ Trucker Jaket with Jacquard™️ by Google」のショートムービーを制作。そもそも同作はSeihoの新曲“wareru feat. 5lack”のミュージックビデオとして着想を得た作品で、これまでのアンダーグラウンドシーンに材を取ったダークな作風から一転、田舎での夏休みの中で関係性を変化させていく高校生が描かれている。
“Wareru feat. 5lack- Seiho” Music Video with「Levi’s® Trucker Jacket with Jacquard™ by Google(FULL)
今回はイギリスで表現を学んだ木村の視点で外から見た日本人像や、アート土壌の違い、そしてそれがいかにして起こるのか?――忌憚のない見解を提示してくれた。
Interview:木村 太一
──まず木村さんが12歳でロンドンに渡った経緯を教えてください。
6〜7歳ぐらいの時に恐竜好きだったんですけど、初めて映画『ジュラシックパーク』を見て、「恐竜動いてる〜!」って感動したんです(笑)。その後、『マトリックス』が公開されて、「やっぱり映画がやりたい」と思って12歳でロンドンに行きました。ロンドンを選んだ理由は『スターウォーズ』好きの親が、何かの番組で観たのか、ロンドン大学で『スターウォーズ』が作られたと言っていて、「だったらもうロンドン行くしかない」となったからです。去年、DVD見たらニュージーランドでしたけど(笑)。
──(笑)。よく一人で行きましたね。
20歳ぐらいになると将来や結婚とかリアルなことを考え出すけど、12歳なんてまだ何も考えていない。作りたいと思った時に行ったっていうシンプルな事のような気がするので、逆に20歳で移住してきた人の方がすごいなと思っちゃったりしますね。
ロンドンではファンデーションコース(大学進学準備コース)でセントマーチンズに行って、LCCはもっと芸大的な場所で、そこではメディア、技術寄りの内容を学びました。
──ロンドンで出会った人やカルチャーからの影響は?
中高生の時はマザコンがすごく多いなと思いました(笑)。でも、それは親を大事にしている、ということで良いことですよね。あと、白人、黒人関係なく愛国心の強い人が多いです。自分のルーツをかっこいいって言い切れるのは素敵だな、と思いました。
音楽もそうじゃないですか。ガレージやドラムンベース、ダブステップとか色々なジャンルが生まれているのは、自分たちが持っているものがかっこいいと思えるからだし、そこは愛国心から来ていると思います。だけど、政治に対しては中指を立てていくスタイルで、それは自分のアイデンティティを大事にするからなんです。日本人はそういうところがちょっと弱いのかなと思ったりしますね。モノを作る時に、今一番求められているアイデンティティを考えながら作ることができないのは、ちょっと勿体ないですよね。外国に行ったらわかるんですけど、日本人っていうだけで友達になれるんですよ。結局、僕のキャリアの転機になったのも、日本のモノを撮り始めてからなので、そういうところは重要なんだなと思いました。
──例えば日本のカルチャーといえばアニメはワールドワイドな認知がありますね。木村さんの初期の代表作であるGRADESの“KING”も実写とアニメの融合です。
作品のコンセプト自体は小さい頃に誰もが思うことで、シンプルだと思います。もちろん、コンセプトのテーマが深い作品も『Mu』では撮っているんですけど、それをやりすぎちゃうとダサいと思う自分がいるんです。それに対しては二面性があるというか、シンプルで面白いものは面白いと言える自分と、シンプルな作品をやりすぎたから、アーティストとして自問をするっていう、そのプロセスで制作していると思うんです。でも、日本の映像作家は一度売れちゃったら何やっても賞賛されるので、そうなってしまうとそこからは何も育たないと思います。日本の映像作家はあまりドキュメンタリーとか制作しないですよね。ドキュメンタリーは人を理解するっていう意味で、ものづくりの基本だと思うんです。
GRADES – King
──木村さん自身が日本のカルチャーにフォーカスするようになった経緯は?
モノ作りをする時に、自分のルーツがすごく大事になった時期があったんです。どうにかして外国人に寄せようとして作品を作っても全然売れなくて、当時の担当の人に「いや、あなたは腐っても日本人だよ」って言われたんです。その時に「もう、自分が日本人だってことを否定せずに受け入れなければいけない」と思ったことが、日本で作品を撮る起点になっています。それで『LOST YOUTH』を作って、やっと海外でも受け入れられました。
──『LOST YOUTH』ではラッパーやヒップホップカルチャーにフィーチャーしています。
「俺は俺で自分のやりたいことをやる」という姿勢が日本人からも出てきたんだと思ったんです。制作当時は、今みたいにヒップホップが盛り上がる前だったので、面白いかもと思ってピックアップしました。焦点が当たっていないカルチャーを撮りたかったという訳ではなく、人間のフラストレーションや反社会的なものを「ヤクザ」というテーマに全部押し付けるんじゃなくて、一般の人たちからも見えるような闇とかフラストレーションを描きたいと思った時に、鬱っぽいカルチャーや、ラッパーのカルチャー、宗教的なものを題材にできるなと感じたんです。
Boiler Room x Taichi Kimura Presents:Lost Youth
──“Wareru feat. 5lack”のショートムービーはSeihoさんからの依頼だったそうですが、内容に関する要望はあったんですか?
これはSeiho君から1年前くらいにこういう曲があるんだけどって聞かされて、最初はこの曲のMVを撮る予定だったんです。そうしたら1年後ぐらいに「予算がとれた。リーバイスさんとのコラボ作品になるので、ショートフィルムにしたい」と連絡がきました(笑)。
そこで、5lackだから都会っぽいイメージをしてくるところを僕は裏切りたいなと思ったんです。自分の心地よいゾーンから抜け出そうという部分もあるし。自分の作風自体「のほほん」としたものがないので。
──ショートムービーのアイデアは楽曲とトラッカージャケットというプロダクトのどちらから着想を得たんですか?
音楽を聴いた時に、「夏っぽい」「トトロみたいな感じ?」って話をしました(笑)。「郊外で夏休みをやりたい」って僕が言って、こんな作品になりました。Seiho君の音楽があったからこそのコンセプトですね。でも、細かいところに関しては、もうちょっとストーリーのために意識づけはしました。
トラッカージャケットというプロダクト自体は、自分が足りないと思っていたストーリーの深みのところに、“自然とテクノロジー”というヒントを頂きました。
──映画的な内容ですが、冒頭とラストにデザイン的な線やシーンが登場しますね。
そこは自分のカラーというか、アブストラクトな表現を入れることによって、お客さんに考えさせる時間を与えるのが好きなんです。お客さんに意図を押し付けるような作品は嫌いです。それにあんまり淡々とした映像だけでも面白くないから、どうやってこの作品が他とは違うのか? という印象を見せる必要を感じた時、そこにテクノロジーを含ませたり、アブストラクトな表現やセクシャルな表現を混ぜ込んだりすると、主役と同じ18歳ぐらいの子達が見ても面白いし、僕ら世代が見ても大人の視点で楽しめる。そういうのは意識して作りましたね。
──この作品に関してSeihoさんとの対談を拝見したのですが、今回撮影してみて、アートは自己満足ではないと実感したとか。
自己満足ではないというか、人が唯一、人間ってこういうことなんだよって提示できる手法がアートなのかなと思っています。テクノロジーは、「こうやって作りなさい」って指示すれば完璧に作ることができるじゃないですか。でも、同じように人間に指示をしても、歪んでたりとか、バランスがおかしかったりしますよね。
だったら、テクノロジーに勝てるものってなんだろう? って考えると、もしかしたらアートがテクノロジーに人間が勝てる唯一のモノなんじゃないか? と思ったんです。例えば、景色を見てそのまま描けって言われても、完璧に描くんじゃなくて、不完全なところに心が動かされたりする。そう考えると、もしかしてアートは人間が人間でいていいっていうところに直結するのかな、と。つまり自分が自分でいていいってことなんじゃないかと思ったんです。
そう考えた時に今回は役者の人たちに、自分を理解していない人に演技ができるはずがないということは伝えました。そういう意識をしながら演技をしてみてくださいと言ったんですね。「誰かになる」っていうのはほぼ無理なんだけど、自分があるからこそ、周りと繋がることができる。自分と正反対だと思う人も、自分と繋がっているというか、そういった意識をしていけば、もう少し表現も面白くなるんじゃないかなと思います。
──最も多感なティーン時代をロンドンで過ごした木村さんの中に蓄積された表現の根本的な考え方はなんだと思いますか?
僕、音楽が好きなんですけど、2年ぐらい無職のような状態だった時に、ずっとパーティーをしていてミュージシャンと距離が近かったので、ミュージシャン、DJのドキュメンタリーを撮り続けてたんですね。それこそ月に10〜20本ぐらい撮っていました。イギリスでは音楽がアートに関しても大きな役割を持っていて、特にロンドンは素晴らしいミュージシャンが多いんです。僕がクラブで映像を取り始めた頃はちょうどダブステップが流行り始めた時期で、そこからディープハウスに移行してディスクロージャー(Disclosure)が出てきて、「自分たちでどんどんやっていこうぜ」って時代だったので、すごくインスピレーションを受けました。
イギリスはパンクカルチャーが基本なので、政治に対する手法と同じで誰かが作ったものには中指を立てて、「いや、俺の方がうまいから」みたいなやり合いは、自分の根本的なクリエイティヴに対する姿勢としてあるかもしれないです。別にそれを政治的に潰そうっていう感じではなくて、作品で潰そうとする、このやり合いで作品のクオリティを高め合っていく感じが面白い。日本は誰かが評価されたら、「みんなで作ろうよ」みたいなムードがあるけど、あれがダサいなと思います。海外では、認めるのはいいけど、認めるからこそこれを越えよう、賞賛もするけど、もっと俺の方ができるぞっていうスタンスの人が多いですね。
──作品で凌ぎを削ることがリスペクトにもつながる。
僕がイギリスの好きなところは、いい意味で、常に新しいものを求めている国柄で。イギリスで生まれたカルチャーがアメリカでヒットしたら、その途端にそのカルチャーがイギリスの中で死ぬんですよ。ダブステップが流行った時もスクリレックス(Skrillex)がピックアップしてアメリカで流行った瞬間に誰も聴かなくなったんです。それでディープハウスに移行して、ディスクロージャーが出てきて、それもアメリカで開催されている<Ultra Music Festival>などに引っ張られると、「もういいや」って、グライムに移行するっていう(笑)。グライムもドレーク(Drake)がピックアップしたから、そろそろかなって。
──いい意味で新鮮に保つための排他性があるんでしょうね。
そうですね。それは学ぶべきものがあるというか、同じことばかりしてないで、「こっちの方が面白くね?」っていうスタンスはいいなと思ってますね。
──イギリスではアートも身近に存在していると聞きます。
イギリスは基本、美術館とかはタダなんですよ。ピカソも無料で見ることができるし、そういったアートに対する意識の違いっていうのはあると思いますね。結局、日本でアートをやる人って富裕層しかいないじゃないですか。それは金銭的に余裕がないとアートのあるところに近づけないからだと思うんです。海外は以前からグラフィティカルチャーやヒップホップカルチャーが根付いているけど、それはお金がなくても絵を描いたりできるから。例えば美術館が無料だとか、アートが身近にある環境を国が支援していることが理由だと思います。
──アートといえば、先日終幕しましたけど、あいちトリエンナーレに対する助成金交付廃止や「表現の不自由展 その後」に対する批判について、木村さんはどう見ていますか。
あれはもう、最高だと思いますね。「表現の不自由展 その後」はもう提示した時点で勝ちなんですよ(笑)。アートは自由な表現であっていいと思うし、どこまで自由にできていいんだ? って基準はわからない。でも、あれを提示することによって社会が考えた時点で勝ちなんですよ。
「俺たちはこれがやりたいんだから嫌だったら来ないで」って、主催者も言えばいい。「いやお前、関係ないでしょ」って(笑)。それで終わってもいいので、それぐらい突っ放すぐらいの気持ちがないとやっても意味がないかなと思いましたね。
──オリジナルの次作の『NEON』はどう言う段階ですか?
今、ちょうど予算を集めている最中で、撮る前の最終段階なので一番難しいところです。それができたらまた日本の見せ方とは違うような、撮影に入ります。『全裸監督』のやったことってすごく大きくて、日本のカルチャーであそこまで振り切ったのはすごい。ただ、作品のクオリティに関しては、海外のものと比較するとまだまだ低いと思うので、そういうところも自分なりに疑問視して、作品で高め合っていければなと思います。
──じゃあ次作はユースカルチャーにこだわらず?
いや、ユースカルチャーがメインです。けど、特定の世代の人が見たらいいとは一度も思ったことはなくて、そういうところは無視してストーリーが面白いって言ってくれる人が多いのが一番いいと考えています。自分が面白いと思ったサブジェクトをそのままやっていけばいいと思うので。
──今後、ご自身の作品もクライアントワークも撮られると思いますが、作品の方向性としてどんな展望がありますか。
何度でも見てもらえるような作品を作りたいですね。一度、インスタグラムのストーリーを見たら、もう1回は見ないじゃないですか。この現代において、同じ映像が何回も見られることは重要なことだと思っているんです。それはビジュアルの美しさでも内容の美しさでもいいんですけど、何回でも見られるっていう、すごくシンプルなところを追求するのが自分はいいと思います。伝えるっていうのは当たり前のことですからね。
Photo by YUTARO TAGAWA
Text by 石角 友香
木村太一
1987年・東京生まれロンドン在住の映像監督。
映画監督を目指し12歳で単身渡英 、映像制作を学ぶ。
ロンドンのCentral Saint Martins College of Art and Design(セントマーチンズ)、London College of Communication(LCC)で学び、現在イギリスと日本を拠点に映像ディレクターとし活動。
2015年に制作したミュージックビデオ・GRADESによる「KING」がイギリス最大のミュージックビデオ祭UK MUSIC VIDEO AWARDにて最優秀ダンスミュージックビデオにノミネート。
イギリス国内に問わず、世界的に脚光をあびる。
2016年には自主制作短編映画「LOST YOUTH」はBOILER ROOM初の映画上映となり、話題を呼ぶ。
2017年にはデイビッド・リンチがオーナーのパリにあるプライベートクラブ「SILENCIO」にて招待上映など、海外メディアで高い評価を受けた。
2019年には暗黒舞踏をテーマにしたドキュメンタリー「DARK BALLET」、ショートフィルム「Mu」「Kaiko」を立て続けに発表するなど、多岐に渡り活動している。
現在は初の長編映画「NEON」の制作も控えている。