「ああ僕は君にゾッコンだ! もう僕は君にロックオンだ!」
やや最初は気恥ずかしさを覚えながらも、曲が終わる頃には思わず口ずさんで走り出したくなる。次世代ロックバンド・MONO NO AWAREが約1年振りに贈る新曲“ゾッコン”(9月9日配信)はそんな曲であり、9月11日(金)に公開を迎えた劇場アニメ『海辺のエトランゼ』の主題歌だ。
『海辺のエトランゼ』の原作は「on BLUE」(祥伝社刊)で連載された紀伊カンナ作のBL漫画で、沖縄の離島を舞台に小説家の卵・橋本駿と海辺に佇む謎の高校生・知花実央との恋が展開する。“男子ふたりの恋”というテーマでありながら、それをフラットな視点と爽やかな画力で描いた同作は、BL漫画というジャンルを超えてファンを獲得した作品として知られている。
MONO NO AWARE “ゾッコン” Special Teaser 映画『海辺のエトランゼ』ver.
劇場アニメのプロデューサーが、たまたまCDショップでMONO NO AWAREの曲を聴いたことをきっかけに実現したこのコラボ。フィクション作品の主題歌を作る難しさや『ゾッコン』という曲の誕生秘話、そして今回のコラボを経て得たものなどについてメンバー全員に話を聞いた。
Interview:MONO NO AWARE
風を感じる物語。走り出したくなるような曲
━━まずは「海辺のエトランゼ」の主題歌を担当することになったきっかけを教えてください。
加藤成順(Gt. 以下、加藤) 作品プロデューサーがCDショップで僕らの曲を偶然聴いていただいたみたいで、その場でMONO NO AWAREのアルバムを買ってくれたって聞きました。
━━そうだったんですね。主題歌のオファーがあってもちろん原作を読まれたと思うんですが、読んだ後の感想はどのようなものでしたか?
玉置周啓(Vo.&Gt. 以下、玉置) 僕は元から漫画が好きだったんですが、まず原作漫画をいただいて読んでみたら面白くて、いい話だし、絵もキレイだなと。
━━元から漫画好きということですが、きっかけはありましたか?
玉置 母親が少女漫画好きだったんですよ。1980年代ぐらいの少女漫画が実家にいっぱいあって、それを読んで少年時代を過ごしていました。『海辺のエトランゼ』はこれまで触れてこなかったジャンルの作品でしたけど、土壌があったので違和感なく、当時を思い出しながら読みました。
━━玉置さん以外の皆さんはどのような感想を持ちましたか?
柳澤豊(Dr. 以下、柳澤) 最初の印象は……とにかく爽やかだなと。あと、なぜかわからないけど、主人公のふたりの間にスッと風が流れているような風景を思い浮かべました。
玉置 それ、すごくわかるわ。風は感じた。
加藤 クサくないというか、当たり前に生活の中で好きになった感じが自然で読みやすかったし、爽やかな印象に繋がっていると思います。あと主題歌のお話をいただいた時に、監督から「MONO NO AWAREの音楽は、はっきり言い切らないところやなんとも言えないところをうまく歌詞に落とし込んでいて好き」と言ってくれていて。そういう部分で親近感みたいなものはあったし、安心した部分はありました。
━━それを聞くとキャッチコピーの「心が、洗われるようなボーイズラブ。」の“ような”にも、その言い切らないという部分が表れているように感じますね。
玉置 うんうん、そうですね。それがさっき言った“風”みたいなものに繋がる。途中で修羅場はあっても、なぜか最後まで風が吹き続けて終わるような感じがこの作品にはあって。実際は爽やかなだけのハッピーな話ではないんだけど、読後感にはやっぱり爽やかさが残っていて、それが「心が、洗われるような」という言葉に表れているのかなと思います。「洗われる」とは断言できない感じはあるし、物語には人間の複雑さも内包されている。そういう部分も含めて、人間のキレイな部分だけではなく、複雑で、泥臭い部分も曲の中に書いてほしいということは言われました。
━━これまでドキュメンタリー映画(『沈没家族 劇場版』)の主題歌(”A・I・A・O・U”)はありましたが、アニメの主題歌は初めて。どういった点が難しかったですか?
玉置 沖縄が舞台の作品でキレイな海の景色に合う音楽をと思って、原作のイメージを膨らませながら作った曲が最初にあったんです。ただ、それがしっとりしすぎていて、(制作側の)イメージに合わなかったようで。その時は……愕然としましたね。
全員 フフフフフ……。
玉置 ハナから違っていて、映画を観た時に「走り出したくなるような曲」みたいなイメージが求められていたんです。でも、最初に作った曲は映画全体に流れている透明感のようなものを、そのまま音楽で表現した曲だった。そこからまた作り直していったんですが、最初の曲に手応えがあったので、気持ちを新たに持っていくのが難しかったポイントかもしれません。
加藤 自分たちで「これ一番いいじゃん!」って一度は思ってしまったしね。あと作品の振り切ってないフワっとした部分と、曲の疾走感とのせめぎ合いというか。
玉置 曲としてはいいんだけど、映画として求めている部分は……というやり取りは初体験でした。創作物には原作者や監督のビジョンが明確にあるので、そことのすり合わせをするのがね。最終的に、疾走感はありつつ視点の異なる歌詞の曲をいくつか送って、そのうちの一曲が“ゾッコン”でした。それに決まった時は最初に送った曲と全然違ったので「なるほど」と。けっこう泥臭くすり合わせをする過程で初めての発見があり、それが途中から面白くなってきました。
人間臭くて、自意識過剰な主人公にリンクする歌詞
━━歌詞の言葉選びやテンポ感も、「走り出したくなる気持ち」を掻き立てるのに一役買っているように感じます。歌詞はどのようなテーマで執筆しましたか?
加藤 実は映画用に作った歌詞ではなく、周啓が高校生の時に作った曲の歌詞なんです。タイトルもそのまま。あの歌詞の青春感が良かったみたいで、それを今の自分たちが演奏しても恥ずかしくないようにアレンジしました。
玉置 やっていて嘘のないようにというか、当時の青春とは違うレイヤーの青春を今経験しているので。10年前に作った曲をそのままやるのは難しいし、ある意味大人になってしまったので、そういう意味での装飾は入っています。
━━その原曲自体はみなさん知っていたわけですよね?
加藤 そうですね。ハタチぐらいに(八丈)島でライブしていた時からです。それを(曲作りに)行き詰まっている時に昔のデモから掘り出しました。
竹田綾子(Ba 以下、竹田) 高校生の時に書いた歌詞を今、大人になって曲にしたらこうなるんだという発見があって面白かったです。
柳澤 主人公の一人(橋本駿)は小説家の卵で、曲の中に言葉のチョイス的なワードがあって。そういう部分も共通点があって、この映画に合っていたんだなと、後から思いました。
玉置 あの曲は映画のお話をいただいていなかったら二度とやっていなかったと思うので、ある意味、映画に拾ってもらったような感覚かもしれません。ただ不思議と今録ってみたら、「見た目ばっか大人になって俺はまだガキなんだな」って思うところもありました。
━━歌詞に関して、個人的には主人公のふたりの内、駿にリンクしているように感じたのですが。
玉置 あ、この前それに関して面白いなと思ったことがあって。僕はこの歌詞が駿に重なっていいなと思っていたんです。思考が邪魔して行動できないモヤモヤした感じが人間臭くて、自意識過剰で。ただ、映画のプロモーションでインタビューしてもらった時に、インタビュアーの人たちはみんなこの歌詞は実央の方だと思っていたみたいで。こんなにまっすぐで自分の気持ちを伝えられるのは……みたいな。なので、人によって歌詞の感じ方も違うんだなって思いました。
━━意外ですね。実央への感情にもがきながら、なかなか素直になれず、途中もう心が折れそうになりながらも、やっぱり走り出す……そんな駿の姿をイメージしていました。
玉置 ああ……でもそれを聞くと、映画の制作の方たちが求めていたものを感じてもらえているのかもしれないですね。今回は、結果的に最初から正解を出していなくて良かったとも思えたし、経験として面白かったです。人と何かを作るというのはこういうことなんだなと。自分たちだけで作っているとあまり正解がないというか、その時のモードで正解みたいなのはあるぐらいで。人が作ったものに合わせて、その人の正解を一緒に目指すっていうこれまでできなかった経験でしたし、“ゾッコン”という曲を拾ってもらったことも含めて感謝の気持ちがあります。
「やっぱ音楽を作る以外にやることないな」
━━最後に、現在のコロナ禍で生活への影響はもちろんあると思いますが、音楽への向き合い方の変化や、純粋に思ったことなどはありましたか?
加藤 まずシンプルに映画の曲ができたっていうのは大きかったですね。みんなが厳しい状況にある中でこうやって話が決まって、そこでバンドのサウンドをドカンと疾走感のある元気な曲で出せた。なかなかこういう形はできないことなので、いいタイミングだったなと思います。
柳澤 僕はこの期間中に「ライブとスタジオで生きていたんだな」と思いました。インプットばっかりでアウトプットがないのは、起伏がなくてずっと凪みたいな感じでした。最近はちょっとずつバンドとしての動きも出てきましたが、まだ途中だと思うので、これからどう動けばいいのかを考えることになるんだろうなって。ただ、逆にこれからが楽しみでもあります。まだまだやれてないことがいっぱいあるから、いろいろ挑戦できるなと思います。
竹田 ライブができなくて、お客さんたちもライブに行けないってなった代わりに、別の形で音楽を聞く時間は増えたのかなって。そういう良い部分もあるなと思います。
玉置 最初の頃は「これからの時代は何が必要か」みたいな話をメンバーと長々話していたけど、行動に移すとなると結局障害だらけ。じっとしているのが一番みたいな結論になる中で、今回みたいにやることがあったことで自分たちが救われた部分は大きかったです。結局、バンドとしてできることは曲を作って、それを聴いてもらうこと。いろいろこねくり回した末にその結論にたどり着いて、その上で“ゾッコン”ができた。今、心が折れずに済むものがあって良かったなって思いますし、「やっぱ音楽を作る以外にやることないな」というのがわかりました。
interview&text by ラスカル(NaNo.works)
Photo by 横山マサト
MONO NO AWARE
東京都八丈島出身の玉置周啓、加藤成順は、大学で竹田綾子、柳澤豊に出会った。
その結果、ポップの土俵にいながらも、多彩なバックグラウンド匂わすサウンド、言葉遊びに長けた歌詞で、ジャンルや国内外の枠に
囚われない自由な音を奏でるのだった。
FUJI ROCK FESTIVAL’16 “ROOKIE A GO-GO”から、翌年のメインステージに出演。
2017年3月、1stアルバム『人生、山おり谷おり』を全国リリース。
2018年8月に 2ndアルバム『AHA』発売、数々のフェスに出演するなど次世代バンドとして注目を集める。
2019年10月16日、NHK みんなのうたへの書き下ろし曲「かむかもしかもにどもかも!」、『沈没家族 劇場版』主題歌「A・I・A・O・U」を収録した 3rd Album『かけがえのないもの』をリリース。幼少期から大人への成長をテーマに描いた作品が各所から高い評価を集めている。
RELEASE INFORMATION
ゾッコン
2020.09.09(水)
MONO NO AWARE
映画『海辺のエトランゼ』
海辺のエトランゼ
2020.09.11(金)公開