カナダ・モントリオールを拠点に、世界中の街並みを“プレイグラウンド”へと変えていくアートコレクティブ「MAPP_」が、今度は渋谷の新たな屋外スポットを舞台に選んだ。
先日7月15日に開通したばかりの「渋谷ヒカリエ ヒカリエデッキ」(以下、ヒカリエデッキ)の空間は、彼らの手によってどのようにキャンバスへと変貌していったのか。
EVENT REPORT:
MAPP_YOUR WORLD
@渋谷ヒカリエ ヒカリエデッキ
MAPP_チームがキャンバスとして選んだのは「渋谷の東西をつなぐデッキ」
今回のMAPP_によるプロジェクトは、ヒカリエデッキ開通イベントの一環として開催された。
ヒカリエデッキとは、渋谷スクランブルスクエア〜渋谷マークシティ間をつなぐために、先日7月15日に開設された歩行者デッキのことだ。渋谷ヒカリエの3階と4階に面したヒカリエデッキが開通されたことで、渋谷ヒカリエから宮益坂に抜ける“近道”が誕生。既に多くの通勤・通学者が利用している。また今後はキッチンカーやイベントスペースとしての活用も予定しているという。
7月15日から18日の4日間、ワイヤレスヘッドホンを使った<サイレント・ミュージックラウンジ>や沖縄獅子の舞手たちによる<現代芸能『獅子と仁人』渋谷の舞>、キッチンカーの出店など、様々なオープニングイベントがヒカリエデッキで開催された。その中でMAPP_は16日(金)と17日(土)の2日間にわたり<MAPP_YOUR WORLD>を開催した。
彼らがイベントのために用意したのは、一台の自転車とタブレット。MAPP_のファンであればおそらく察しがつくであろう「MAPP_BIKE」を使ったプロジェクトである。
「MAPP_BIKE」とはプロジェクションマッピング用の映写機が搭載されており、場所を移動しながら、あらゆる場所へ自在にアート作品を投影することができる自転車だ。昨年は本拠地・モントリオールのほか、<第23回 文化庁メディア芸術祭>(以下、「メ芸」)のプロモーションイベントでも活躍。渋谷の商業施設や学校など、あらゆる街の壁にアート作品を投影させ、道ゆく人々に驚きを与えていた。
ただ、昨年の「メ芸」で披露されたMAPP_のパフォーマンスと大きく異なるのは、投影される作品がライブペインティングである、ということだ。どういったアートが生み出されるのかは、MAPP_チームですら当日まで予測ができない。
今回参加したのは、まさに昨年の「メ芸」のMAPP_プロジェクトにもアニメーション作品を提供し話題となった、神奈川県出身のKeeenue(キーニュ)。彼女は壁画制作やペインティングを発表するアーティストだ。NikeやFecebook、Shake Shackなど数々の企業とのコラボレーションを手がけている。
今回、彼女はタブレット上でモーション付きのイラストを描く、デジタル・ライブペインティングのパフォーマンスを行った。鮮やかでキャッチーなイラストレーションを得意とする彼女は、この2日間でどのように空間を彩っていったのだろうか。Qetic編集部は1日目のイベントに密着し、動向を見守った。
プロジェクトチームすら予測不可能なデジタル・ライブペインティング
日がかげり、渋谷のビル群の隙間を風が吹き抜けていく夕方、パフォーマンスは合図なく静かにスタートした。「MAPP_BIKE」の横に腰掛け、Keeenueがタブレットのディスプレイにペンを走らせると、突如3本の太い線がヒカリエの壁に映し出される。
線はそれぞれコミカルな動きをループさせながら、目や耳(らしきもの)を生やし、次第に“何かの生き物”として命が宿っていく。ギャラリーは徐々に増え、あちこちから「あれは象かな」や「魚が増えたね」と想像力を膨らませた言葉が溢れ始める。
途中、MAPP_のメンバーらがプロジェクターのレンズを下に傾け、デッキの床面に投影場所を変える。不思議そうな顔をした人々らが思わず立ち止まる。
ペインティングを踏まないよう壁際に避ける会社員もいれば、スマートフォンを向けて動画を撮影する学生など。また、通りかかった子どもがKeeenueのもつタブレットを覗き込み、アニメーションを動かすという、予想外のセッションが行われる一場面もあった。
そして辺りがすっかり暗くなった頃、「MAPP_BIKE」のハンドルを握ったスタッフが、静かにヒカリエデッキを移動し始めた。
ヒカリエの壁は凹凸が多く、入り組んだ、複雑なデザインをしている。Keeenueの手で生み出された“パレード”の一行は大きくなったり横に広がったり、または入り組んだビルの隙間の中に入り込んだり……と、時に様相を変化させながら壁をゆっくりと進む。
パレードの後ろをついていく子ども達のように、ギャラリーもゆっくりと移動する。Keeenueも壁面の形に合わせてキャラクターを増やしたり、フォーメーションを変えたり、と細かなアクションを重ねる。目の前を通り過ぎる歩行者を、イラストがこっそりと追いかける一場面もあった。
1時間半という長丁場ではありつつも、体感時間ではほんの一瞬であり、ひとつの演劇を鑑賞し終わったような満足感があった。プロジェクターの電源が落とされると同時に、我々ギャラリーは、たちまちにして“いつもの渋谷”に戻ってきてしまった。
「これなら“ライブペイント”って言えるな」って思いました
「すごく実験的なことをやってみました。やっと慣れてきた気がする」。1日目のパフォーマンスを終えたKeeenueに感想を求めると、彼女はどこか安心したような表情でそう答えた。今回、彼女は「今までやったことのないパフォーマンス」に挑戦してみたという。
「そもそもアニメーションもあまりチャレンジしたことがなく、アプリも初めて使うものだったのですが……それ以上に“ライブペイントをする”ということ自体が、自分にとって挑戦だったかもしれないです。
ライブペイントってパフォーマンスも求められるじゃないですか。でも私の絵ってベタ塗りだから、淡々と作業する感じなんですよね。オーディエンスは面白くないんじゃないかな、って思っていて。だから最近は人前で作品を完成させる機会も、ライブペイントではなく“公開制作”として受けることが多かったんです。
ただ、今回のイベントの座組みに限っては『これなら“公開制作”じゃなくて“ライブペイント”って言えるな』って思えました。私がペイントするのは四角いタブレットの画面上ではあるのですが、実際に投影する場所にはいくらでも余白が広がっている。パーツごとに作品を作り空間の中に配置していくような感覚があって、集中しながらも(空間と)呼応している気はしました。VJの感覚に近いんじゃないかな、って」
3本の線からイメージを即興で膨らませ、徐々に肉付けをしていった、という彼女。「明日は全く別の作品が生まれると思う。もっと空間にマッチしそうなアニメーションを試したいですし。お客さんが面白いと思ってもらえるような変化があるんじゃないかな」と2日目のパフォーマンスへの意気込みを語った。
「Keeenueさんの作品には、パッと見たときにいろいろ思い浮かぶような、心地のよい余白がある。雲を眺めながらあれこれ想像する時の、あの感じがあるんですよね」と語るのは、MAPP_のメンバー。彼らは昨年の「メ芸」の時から「デジタル・ライブペインティングをするならぜひ彼女に」とオファーを固めていたという。
「実はMAPP_TOKYOにとって、昨年の文化庁メディア芸術祭プロモーション企画は日本で初めてのプロジェクトでした。日本でまだ何の経験もない私たちがKeeenueさんに突然お願いするなんて、と悩みましたが、優しく受け入れてくださり、とっても素敵な作品を提供していただいたのです。
その時に投影した場所は、歴史ある神社から学校、商業施設まで、とさまざまでした。かわいい色の組み合わせとちょっと不思議で面白い動きのアニメーションが、どの場所にもぴったり合っていたんです。その時から『デジタルライブペインティングをするならKeeenueさんと!』と心に決めていました。実現できて本当に嬉しいです」
KeeenueとMAPP_チームはヒカリエデッキでのプロジェクトにおいて、前もって具体的なテーマをすり合わせていたわけではなかった。ただMAPP_チームは「Keeenue自身がヒカリエデッキの雰囲気を感じ取りながら、自由に楽しく描くこと」を望んだという。
「Keeenueさんがその場の空気や匂い、街の音や人の気配を感じとり、描く世界や色や形が少しずつ変わっていく様子が見れたら最高だろうな、と思っていたんです。実際に、楽しい出会いや面白いアクシデントが絵に反映されるのをリアルタイムで見られた。オンラインのイベントが続いていた中で、久し振りに感じるライブ感にワクワクしました。なんて贅沢なことなんだろう! って感動しました」
そして、今回のプロジェクトを実行した現在、「デジタルライブペインティングをシリーズ的に続けていけたら」と今後の展望を語る。
「世界中のアーティストたちとライブでジャムセッションをしたり、思いがけない場所に投影してみたり。これからも新しいこと、楽しいことを実験的にどんどん取り入れていきたいです。また、ミュラル(壁画)がとても盛んなモントリオールで、Keeenueさんのペインティングから始まり、完成した絵の上にプロジェクションマッピングをしていく、という昼も夜も楽しめる壁画プロジェクトを考えています。日本でもそれが実現できたら嬉しいです」
Photo:コハラタケル
Text:Nozomi Takagi