「アイデアと触れあう、渋谷の6日間」をテーマに、今年も開催された<SOCIAL INNOVATION WEEK>(以下SIW)。都市デザイン、地方創生、デジタルツイン、NFT、クリエイターエコノミー、エンパワメント、ダイバーシティ……。今年で開催5周年を迎えた<SIW>では、多方面の議題についてのカンファレンスがオフライン/オンラインで設けられ、それぞれの議題に強い関心を抱く人々が数多く参加した。
今回Qeticではアーティスト/ライターの肥髙茉実氏を迎え、カンファレンス「NEO DIVERSE – Web3やメタバースは女性の社会進出を解放するのか?」のレポートを敢行。本カンファレンスでは、Web3・メタバースの社会実装に伴い期待される社会の成熟について、そしてWeb3の時代だからこそ見直すべき現在のジェンダー規範について議論は及んだ。
結婚・妊娠・出産・育児……。これらの主なライフイベントは女性のキャリアに大きく影響するとされてきたが、常識にとらわれず個性や才能を活かして働きやすいWeb3領域は、女性に不利な従来の社会構造を変えることができるだろうか。
「NEO DIVERSE – Web3やメタバースは女性の社会進出を解放するのか?」を議題として実施されたカンファレンスでは、ゲストに、小学生NFTアーティスト・Zombie Zoo Keeperの母親として著書『ネオ子育て』を出版したクリエイター/NFT起業家の草野絵美氏、VR/AR領域における企画・制作・宣伝を行う株式会社HIKKYのCOO/CQOさわえ みか氏、『SDGsがひらくビジネス新時代』の著者・竹下隆一郎氏、そしてモデレーターにMetaverse Japan共同代表理事の馬渕邦美氏を迎えて、Web3.0領域への女性進出や子育てと仕事の両立について話し合われた。
<SOCIAL INNOVATION WEEK 2022>レポート
「NEO DIVERSE – Web3やメタバースは女性の社会進出を解放するのか?」
母親であることが、NFTへの挑戦を後押ししてくれた
2021年夏、当時8歳の日本の少年「Zombie Zoo Keeper」が夏休みの自由研究としてNFTアートを制作し、国内外のインフルエンサーやNFTコレクターを中心に大きな話題となったのは記憶に新しい。すべてiPadで描かれたというコレクションの中には、1点180万円相当で取引された作品もあり、一連の作品はアニメ化も決定するなど、Zombie Zoo KeeperはNFTブームの影の立役者となった。
ZombieZooKeeperの母親である草野氏自身も、日本を代表するNFTプロジェクトの一つ「Shinsei Galverse(新星ギャルバース)」の発起人であり共同創業者として活躍している。1990年代の魔法少女アニメのタッチで描かれた8,888体のNFTは、リリース後即完売。販売開始4時間で総取引量は1,000ETH(当日のレートで換算すると4億円相当)に達し、大手NFTマーケットプレイス「OpenSea」では、一時全世界1位の取引高を記録した。草野氏曰く、「母親であることが、NFTへの挑戦を後押ししてくれた」という。
草野「私は元々ミュージシャンなので、早い段階で自身のミュージックビデオをNFT化していましたが、NFTへの理解を深めることになったきっかけは息子の夏休みの自由研究でした。息子のNFTコレクションを出品・発信したことで、世界中のNFTコレクターやコミュニティにリーチできました。新生ギャルバースを一緒に創業したアメリカ在住のオーストラリア人の方も、元々ZombieZooのコレクターだったんです。
そして2021年3月の第二子出産直後はミルクをあげるために連日深夜まで起きていたので、子供が起きるまでの時間は、英会話の練習を兼ねて当時アメリカを中心に盛り上がっていたNFT関連のTwitterスペースで喋るようになりました。育児のスキマ時間にTwitterスペースを通じて海外のディープなコミュニティと繋がり、自分の英語力を上げることができました」
過去に広告代理店に勤めて広報やPRを学んだ経験も、母親であり、ミュージシャンであり、経営者であることも、すべての経験とスキルがNFTで繋がったという草野氏。NFTの企画・制作・宣伝を通じて、自身は器用貧乏なのではなく、むしろ多角的な視点を持てているのだとポジティブに捉え直せたと話す。
同じくさわえ氏も、元々は顔に絵を描くのが好きという感覚でヘアメイクの仕事を始めたのちCM制作のアシスタントなどを経て、ソーシャルゲームバブルのタイミングでゲーム開発の仕事に就いたという異色の経歴を持つ。多様性あるコミュニティ形成を一つの特徴として、国籍や人種、性別も超えて、多種多様な人々と関わることができるNFTシーンでは、制作だけに集中するよりも様々な経験を積んできたことが活きるようだ。
さわえ「2017年末、2〜3年かけて開発したソーシャルゲームをついに出すというタイミングで、せっかくならそのゲームをゲーム本編に登場するキャラクターに宣伝してほしいと思い立ちました。バーチャル空間のスタジオでアバターを動かし、実際のテレビCMのパロディーを作ってみたらすごく楽しくて。当時はちょうどVTuberがバズり出した頃だったので、反応も良かったです。その仕事を出発点に、2018年5月にバーチャル空間で出会ったアバターの仲間たちと一緒にVR/AR領域の企画から制作、宣伝までを行うHIKKYという会社を立ち上げました。当時はまだVR/ARの黎明期でしたが、メタバース事業への不安はなかったですね」
HIKKYは、世界最大のVRイベント「バーチャルマーケット」や、VR音楽展示即売会「MusicVket」など、VR空間を舞台に大規模なイベントを展開してきた気鋭のチームだ。実はそのコアメンバーとして活躍しているのは、さわえ氏をはじめとする子育て中の女性たちである。
さわえ「創業時、私は妊娠2ヶ月でしたが、出産を理由に仕事を休みたくありませんでした。HIKKYは完全リモート・コアタイムなしの裁量労働制も取り入れている会社なので、女性は結婚・妊娠・出産・育児などのライフイベントがあっても仕事を続けやすく、私自身も出産後は会社に子供を連れていき、社員みんなに面倒を見てもらっていました」
不自由な女性/母親像を壊し、新しいロールモデルを探る
小学生から、育児中の母まで挑戦できるNFTやメタバース。特にNFTは、インターネット環境さえあれば誰でも自由に表現し参入できるという意味で、従来のテック業界やアート業界を左右してきた年齢やジェンダー、学歴によるヒエラルキーを壊し、多様性ある社会を実現する可能性を十分に孕んでいる。
草野「ギャルバースの前身になったのは、私が主宰/ボーカルを務めるSatellite Youngの楽曲『ガラスの天井』のミュージックビデオでした。ギャルは強いイメージもある一方で、1990年代のギャルゲーや美少女ゲームはすべて男性目線で作られている。その矛盾に気付き、女性目線で女性の苦悩を描いたギャルゲーを作りました。タイトルの『ガラスの天井』とは、主に働く女性が、性別や人種などを理由に不当にキャリアアップを阻まれてしまう現象を比喩する言葉ですが、この言葉通り、女性のエンパワーメントについてラップしています。私自身テクノロジーを活用して、従来の不自由な女性/母親像を壊し、Web3.0時代の新しいロールモデルになることを常に意識してきました」
草野氏が言うように、テレビやアニメ、ゲームの影響は大きく、知らず知らずのうちに人間の深層意識に刷り込まれ、自由な発想の障壁となってしまう場合もある。日本の女性の理系分野の能力は、世界の先進国と比べてもまったく劣らないと言われ、また男女での理系能力の差を示すデータもない。しかし経済協力開発機構(OECD)の国際比較調査では、工学などの理系分野における女性の割合は、加盟国平均26%に対し日本は16%と対象国の中で最も低い数字を出している。「理系に進学するのは男性」「エンジニアは男性の職業」という就業観の刷り込みによって、日本は女性が秘めている理系能力を無駄にして、国の経済成長の機会を損失してきたのではないだろうか。
竹下氏も、技術者や博士の男性比率が高い背景には、「女性は技術が苦手だ」という幼少期からの刷り込みがあることを指摘した。
竹下「例えば、1970〜90年代のシステム開発系の教材にさし込まれている科学漫画も、遡ってみるとほとんど少年向けに描かれたものでした。一方で、昨今は教育の現場も変わってきており、小中学校の情報の授業は、サイバーセキュリティについて学ぶような高度な内容ですし、2022年には東京大学がメタバース工学部を新しく設立して話題となりました。次世代に向けて積極的な教育と発信を行い、女性のテクノロジーへの苦手意識をなくし、テック業界のジェンダーバイアスを改善していきたいですね」
しかし男女比率に関して言えば、最新の統計では、NFT市場におけるクリエイターの女性の割合は16%、また女性の売上は市場全体の売上高のわずか5%。このまま「Web3=男性社会」という先入観が社会に浸透してしまわないよう、4人は暗号資産(仮想通貨)業界への女性進出が喫緊の課題だと意見を揃えた。Web3黎明期の今、次世代を担う人々のベースとなる教育から梃入れしていかなくてはならない。
Text:肥髙茉実
現在YOU MAKE SHIBUYAのYouTubeチャンネルでは、「NEO DIVERSE – Web3やメタバースは女性の社会進出を解放するのか?」をはじめ、さまざまなカンファレンスのアーカイブ映像が公開中! 今後の<SIW>の取り組みにもぜひ期待してほしい。
NEO DIVERSE – Web3やメタバースは女性の社会進出を解放するのか?|草野絵美/さわえみか/竹下隆一郎/馬渕邦美|SIW2022アーカイブ
EVENT INFORMATION
SOCIAL INNOVATION WEEK SHIBUYA 2022
2022年11月8日(火)~11月13日(日)終了
入場料:無料
プロデューサー:金山淳吾(一般財団法人渋谷区観光協会代表理事) / 長田新子(一般社団法人渋谷未来デザイン理事・事務局長)
主催:一般社団法人渋谷未来デザイン
共催:渋谷区
特別パートナー:公益財団法人日本財団
企画制作:SOCIAL INNOVATION WEEK SHIBUYA実行委員会
※新型コロナウイルス感染症拡大の状況により、各プログラムの開催場所・手法に関しては随時変更となる可能性があります。