東京を拠点に2010年より活動している、トラックメーカーデュオ・906 / Nine-O-Sixが昨年11月にアルバム『LOVE ON THE LUCKS』を配信開始。12月にはCDもリリースされた。これまで通りジャズやヒップホップの影響の濃い、心地よいグルーヴを持った作品でありながら、レゲエやロックといった新たな要素も吹き込まれている。
そんな最新作『LOVE ON THE LUCKS』には、これまでタッグを組んだこともあるZINに加えてmabanua、OMSB、SUKISHAといったそれぞれがシーンで独自の存在感を放つ猛者たちが客演で参加。
今回は高円寺のINCredible COFFEEのコーヒーの心地良い香りが漂う中で、906 / Nine-O-Sixの片割れである本田と、全19曲の中でも後半の起点であり、孤独に寄り添うようなリリックの沁みる1曲“Drip of a mind”を共作したSUKISHAの二人に話を訊いた。
これまであまり多くのメディアに露出していない906 / Nine-O-Sixの歩みを聞くと、本名の“池澤寛行”というアーティスト名で数年活動した後に、名義を変えてシーンに浸透した苦労人としても知られるSUKISHAとの共通点がいくつか浮かび上がってきた。
対談:
906/Nine-O-six × SUKISHA
━━直接会うのは今回で何度目ですか?
906/Nine-O-six 本田(以下、906) 4回目くらい?
SUKISHA そんな会ってるっけ?(笑) 3回目くらいかと思ってた。
906 内2回くらいは酔ってはったんですけど(笑)。
SUKISHA クリスマスの時期だったかな、友達がやってるシーシャ屋でZINくんといっしょにライブをやろうということになって。そのときZINくんに「客演でボーカル呼んでいい?」って言われて、「どうぞどうぞ」と。アコースティックだったからそんな大層な機材ではないんですが全部DIYだったんで、自分らでスピーカーとか持っていって。全部自分たちで持っていって準備しているときに知らないおっさんがなんかいて……。
906 おっさんて(笑)。
SUKISHA 怖い話ではないんですけどね(笑)。知ってる人間しかいないはずの空間に、座ってダラダラしてる人がいて。
906 無言でね(笑)。
SUKISHA これは誰なんだろうな、でも話しかけにいく感じでもないし、1人で座ってるからどちら様なんだろうなって思っていたら、ZINくんが遅れてやってきて紹介してくれて挨拶したのが初対面です。
906 一昨年ね。
SUKISHA よく覚えてるね。あ、あと銀座のライブでもいっしょになってるのか。
906 そうです。906のマネジメント担当しているU-YAさんと、僕が主催した<Tastyyy>というイベントですね。
━━ちなみに初めて会ったとき、お互いの名前などは認識していたんですか?
SUKISHA 僕は名前を聴いたことがあったし、DJやってる子から話を聞いたりしてて。
906 僕は一方的に自分が知ってると思ってました。すごく好きで聴かせてもらってました。
SUKISHA 真っ直ぐ言われるとどうリアクションしていいかわからないですね(笑)。
━━お互いにまだ知らない部分も多そうですね。
906 そうですね。
SUKISHA まあ猫を飼ってるっていうのと、伊豆大島の方に引っ越した話を聞いたくらいですね。
━━ではせっかくなので906のこれまでをSUKISHAさんといっしょに伺っていけたらと思います。906 / Nine-O-Sixの活動は大阪でスタートしたんですよね?
906 はい、僕は今35歳なんですけど、元々ロックやブルースが大好きで10代のときにバンドをやっていました。で、高校を卒業するくらいのタイミングで僕以外のメンバーが全員「大学に進学する」と言い出して、僕は「え?」って。僕だけこのままバンドをやっていくと思っていたんです。
SUKISHA 高校のときに組んでたバンドで「俺はいったるんや!」って自分だけ思ってたってこと?
906 めっちゃ思ってました(笑)。
━━ちなみにパートは何だったんですか?
906 3人組のギターボーカルでした。そこで「あ、自分だけ進路とか考えてなかった」と気づいて。そのまま高校を卒業して、みんな大学生活にシフトしてて。
SUKISHA そこでバンドが終わっちゃうんだ? 他のメンバーはあんまりやる気なかったんだね。1人だけやる気があるバンドはあんまりうまくいかないよね(笑)。
906 バンドって誰かが辞めるとこんな感じになっちゃうんだと思って。卒業してから1年間くらい瓦屋で働いて、お金を貯めて音楽の専門学校に行きました。でも自分の行った専門学校はお金さえ払えば誰でも入れるようなところで、「あ、思ったのとちゃうな」と感じてしまって。
SUKISHA 結構悲しい過去を持ってるんだね。それは二年制?
906 そうです。パンフレットにはすごい良いことばっかり書いてあったんですけどね。その専門学校に通うのと同時期にジャズが流れてるような地元のダイニングバーで働き始めたんです。そこのオーナーがヒップホップ好きで準備中とかに流してくれて、ザ・ファーサイド(The Pharcyde)の“Runnin’”って曲を聴いてめちゃくちゃ感動しました。それまでヒップホップとか全然聴いていなかったんですけど。
━━ちなみにバンドでは好きだったロックやブルースをやっていたんですか?
906 中学生のときはパンクとかやってましたね。
SUKISHA 早いよね、始めるのが。
906 お姉ちゃんがそういうのをすごい好きで、その影響もあって。高校のころはエモも流行りだした時期で聴いてましたね。で、ダイニングバー時代に感動したザ・ファーサイドはメロディをすごく使っていて、ビートもメロウで、リズムも良くて「こんなんあるや!」って衝撃だった。オーナーに話を聞いたら「サウンドはビートメイカー(プロデューサー)って人がいて、その人が1人で作ってるんやで」って言われて。「それやったら1人でできる!」と思って、それでレイクに行って借金してフルで機材を集めて。
SUKISHA マジ? すごい、なんていうか、オールオアナッシングだね(笑)。
906 楽器屋でもローン組めたんで、合計で100万くらい借りて。
SUKISHA ちゃんと返したのそれ?
906 6年くらいかかってやっと。ブラックリストにしっかり載りました(笑)。
SUKISHA ちなみに俺もアコムで金借りたことあるよ。
906 あー、やっぱり。
SUKISHA 大変だったね。
━━そこからビートを作るようになると。機材は何を買ったんですか?
906 MPC2500とか、Fantom-G8っていうすごく大きい……。
SUKISHA 当時何歳?
906 当時は19、20歳くらい。
SUKISHA じゃあ今よりも全然デカいってことだよね。
906 そうです、1人で運べないくらい。あとはPCとPro Tools(DAWソフト)を買って。
SUKISHA Pro Toolsも買ったの? そりゃ金かかるわ。すごい前のめりだね。
906 地元は岸和田っていうめっちゃ田舎なんですけど、知り合いと空き地にカラオケのコンテナを運んで、DIYでスタジオを作ったりもしていたんですけど、結局田舎なんで何も起きないというか。大阪市内でライブとかもやっても、当時は大阪もやっぱり地方なんで封建的な狭いコミュニティがいっぱいあって、「このままじゃちょっとなあ」と思って25歳くらいで関東に出てきました。
━━906を組んでから出てきたんですよね?
906 そうです。22歳くらいですかね、僕の幼馴染がレゲエディージェイ(dee jay)をやっていて、相方はレゲエのサウンドを作っていたんですけど、それで「気があうと思うから」って引き合わせてもらった。ちょうどその頃ビートを作り始めた時期だったので、お互い「これこうやったらこうなるな!」と盛り上がっているうちに気づいたらいっしょにやっていて、「じゃあ二人でやろう」という流れでした。ビートをずっと作っていたんですけど、ビートだけだとやっぱり聴いてもらえないから「じゃあ僕が歌います」と言って今の形になりましたね。
SUKISHA じゃあ25歳でいっしょに出てきたの?
906 いやそのときは僕だけで。相方は少し臆病なんで「先行っといて!」という感じで(笑)。半年後くらいに相方も出てきて。相方と、音楽関係ないんですけど相方の幼馴染の人が「俺も行きたい」って言って、最初は6畳のワンルームで男3人が同居生活するっていう。
SUKISHA えー、よく仲悪くならなかったね。
906 いや、もう殴り合いの喧嘩もしました(笑)。10ヶ月くらいその生活をして、狭すぎたので一軒家を借りて。相方は途中で身体を壊して地元に帰ったんですけど、そこに自分は4年くらい住んだかな。僕は29歳くらいで結婚して嫁と住むようになったという感じですね。
━━先にオンラインで作業していたんですね。
906 たしかにデータのやりとりですね。コロナ禍もずっと宅録でマスタリング以外は全部自分たちでやっていたので特に困ることはなかったですね。
906 SUKISHAさんはいつ東京に出てきたんですか?
SUKISHA 地元を出たのは大学進学したとき。高校の軽音部でコピーバンドをやったりしていて、当時から音楽で生きていきたいと思っていたんです。高校生くらいのときには鍵盤、ドラム、ベース、ギター全部できたから「飲み込みも早いし、たぶん才能はあるだろう」とは思っていたんだけど、親はずっと「音楽でやっていきたい」というのに反対の立場で。
家庭環境がちょっと複雑だったんで、「ちゃんとした仕事に就いてほしい、ちゃんとした仕事に就いてほしいから大学に行ってほしい」と。よく聞く話ですけど、「音楽やりたい」って言うと「あなたくらいの才能を持っている人なんてどこにでもいるのよ」ってガチなトーンで言われたこともあります。「そうなのかなぁ」と思いながら、受験前とかも曲を作ったりしていたんですけど運良く大学に受かって、それで上京した感じです。
━━二人の苦労はもしかしたら似ているのかなとお話を聞いていて思いました。今回の曲“Drip of a mind”はどのような流れで制作していったんですか?
906 まず僕が〈Manhattan Records〉の粟倉さんから、今回のアルバムを作る上で客演を誰にしたいかを聞かれて「SUKISHAさんとやりたいです」と伝えていたんです。それが実現した形ですね。曲作りでいうと、1曲はシックな感じの曲調で、もうひとつが今回の曲になった元のものの2曲用意していて。
オンラインでやりとりをさせてもらったときにSUKISHAさんから「どっちもビート良いけど、どういう曲にしたいの? どういう人に聴いてもらいたいの?」って聞かれて、「SUKISHAさんとやらせてもらう曲はいろんな人に聴いてもらいたい」と返すと、すごく明快に「じゃあこっちの方が良いと思う」と言ってもらって。だからこそ突き詰めて制作できました。
SUKISHA そうだっけ?(笑)
━━リリックも906側からスタートしたんですか?
906 リリックはまず、SUKISHAさんからアプローチしてもらいました。
SUKISHA それはその通りなんだけど、最初と着地したところが全然違うんです、この曲。ビートをもらったときは普通の切なげなラブソングを書くつもりで考えていたんですけど……俺は今の名義に変える前は全然活動がうまくいってなかったんです。自分のことを知っている人間とか、自分のことを好意的な目で見てくれる人間なんてまるでいなかった。
活動がうまくいくにつれてキラキラした目で見てくる人間が増えて、「そんなんじゃねえんだけどな」っていう気持ちがずっと沸々としているんです。で、何が起きたか忘れちゃったけど何かがあったんでしょうね、そのときに高校生のころを思い出して。高校生のころってめちゃくちゃ孤独だったんです、いろいろあって。だからその頃のことを思い出して作ったので、みんなに聴いてもらえるような曲かと言われると着地点は違ったかなって(笑)。当時のどうしようもない孤独感を歌にしました。
906 冗談抜きに僕はそのリリックを受け取ってめちゃくちゃ感動しました。僕も似たような経験があったんです。高校生のとき、高校なんて行かずにずっと音楽だけやりたいと思っていたんですけど、僕の父親側の本田一族って中卒が多かったから、「高校は絶対卒業してくれ! そうじゃないとあんたが苦労するから」って言われ続けていて。だから高校には行こうとは思ったんですけど、音楽をやりたい気持ちが強かったから「なんで高校行ってるんやろ?」って思ってしまって全然高校に行けなくて。先生が助けてくれて卒業はできたんですけど、家を出て学校に行くフリして、ずっと電車に乗ってみたり、漫画喫茶に行ったりしてて。
SUKISHA 俺は古本屋にいたかな。授業サボってコンビニで週刊誌読んだり(笑)。
906 そうなんですね(笑)。高校をエンジョイしてる人に共感が全然できなかったんです。友達はいたんですけど、文化祭も修学旅行も行かず、高校生らしい高校時代をあんまり送ってなかったというか、今になって考えるともっと楽しんでもよかったかなとも思うんですけどね。でも当時はすごい悶々としていて。「音楽をやりたいから高校を辞めたい」と言っても辞めさせてもらえないし。SUKISHAさんが言っているような孤独感が当時の自分にもあった。なぜかわからないけど泣けてくる瞬間が多くて、その悶々が大人になってもまだ飲み込めていなかったんです。「なんであんな感じやったんやろ」というか、漠然とした不安や辛さがあって。
SUKISHAさんのリリックをもらったときに「うわー!」って。《好きなバンドのニューアルバムだけが希望さ》とかマジでそうだったなって。僕も当時、CDショップの壁に貼ってあるポスターを眺めて、アルバムの発売日を待っていたなーとか。普段の僕は抽象的なテーマでリリックを書くことが多いんですけど、今回はそのときの気持ちを思い出すことができたから具体的なイメージを持って書けたんです。出来上がった曲を聴いて、高校生のときのモヤモヤが今やっと成仏した気がしました。すごく特別な気持ちでしたね、「良かったなー」って。
SUKISHA 良かったね(笑)。
━━お話を聞いているとやはり通じるものを感じますね。
SUKISHA 同じような青春時代を過ごしていたみたいですね。僕はそもそもバンドすら組めなかったですけどね、でもうまくいかないよね、バンドって。
906 いかないですね(笑)。
━━サウンド面ではどのようなやりとりがありましたか?
906 今回客演で参加してもらった方々に共通しているのは、僕と相方がいっしょにやりたい人っていうのはもちろんそうなんですけど、それ以上に時代とか関係なく5年後、10年後に聴いても変わらず新鮮な感じで聴けるものを作っている人ということで。前提がそこなので、こちらからビートを渡して「あとは自由にやってください」という感じで。SUKISHAさんは仮録りを送ってもらった段階で、鍵盤のソロや展開を足してくれて、「この人ヤバ!」って(笑)。
SUKISHA いっしょにやりたいと言って呼んでくれているというのもありますし、自分の曲を聴いてくれている人が僕の歌だけを聴いていると思っていないので、自分が参加する意味を考えたときに906が許してくれるなら、多少こっちで手を加えた方が聴いてくれる人も喜んでくれるんじゃないかなと。あと、せっかく呼んでもらったから「何これ!やばい!」って気持ちにさせたかったというのはありますね。
━━906を驚かせてやりたかったということですね。
SUKISHA まあ基本的に性格が悪いんで、予想外のことが起きた方が楽しいと思っているところがあって(笑)。あと、彼らの作品にはジャズのサンプリングのビートが多いじゃないですか。だからちょっとジャズをかじった程度の人間ですけど、ソロとか入っていたら喜ぶかなって。
906 めちゃくちゃ喜びました(笑)。
━━少し脱線しますが、今はイントロやギターソロを飛ばして聴く人もいるという話をよく聞きます。TikTokの影響などもあるのかもしれませんが、そういった状況に対して思うことはありますか?
SUKISHA なんとも思っていないですね、戦っている競技がそもそも違うので。TikiTokでバズって売れていく人とかには「すごいな、おめでとう」くらいにしか思わないし、自分の曲がTikiTokでバズることがもしかしたらこれからあるかもしれないですけど、それでバズったからといって活動の仕方は変わらないと思うし、社会現象の一つとしてしか捉えてないですね。ギターソロを飛ばす人はもともとギターソロを聴いてないし、もともと音楽もそんなに聴いてないから、別にいいんです。
906 同じくですね。
━━なるほど、ありがとうございます。話を戻すと共作の醍醐味のようなものがこの1曲にはあったわけですね。
906 僕は今までしっかりいっしょにやったのはZINくんくらいしかいなかったんですけど、今回やって思ったのは“くらわせ合い”というか、「こんなヤバイことやられたら負けたくない」と思うというか。結局は自分たちの曲なんですけど、「もっとやってやろう」のやり合いがめちゃくちゃ気持ち良かったですね。それとめっちゃ勉強になる。やっぱりずっと自分だけでリリックを書いていると、例えば抽象的なことや風景的なことばかり書いていたり、型にはまっていく感覚があるんです。
それを書くのがダメというわけではないんですけど、SUKISHAさんのリリックは《プチョヘンザ》とか文字で読むと笑えるけど、メロディに乗せたらしっかり説得力に変わっていたりして、いっしょに書かせてもらったときに「ああ! そういうアプローチの仕方もあるんや!」とすごく刺激を受けましたね。
SUKISHA ケミストリー!(発音良く)だね。漫画の『Beck』、好きだった?
906 めっちゃ好きでした、全巻持ってます!
SUKISHA 『Beck』が実写映画化して水嶋ヒロ演じる竜介が「バンドにはケミストリー!が必要なんだ」って言うシーンがあって、それを思い出してた(笑)。好きだったなあ『Beck』。
━━やりとりは何回かあったと思うんですが、話しながら作るというよりはある程度のカタチにしてから送り合うような感じでしたか?
SUKISHA そうですね。そこはめっちゃ日本人的で、自分で作ったものをちゃんと反映させて送りたいタイプなんですよね。いっしょにセッションして作るのはあんまり得意じゃなくて。
906 でもデータだけじゃなくて、どういう気持ちで書いたというのも教えてもらって、それに応えて書いていきました。
━━SUKISHAさんがアルバム全体を聴いたときの印象はどのようなものでしたか?
SUKISHA 聴きやすいですね。ご飯作りながら聴いたり、今日ここに来るときも聴いていたんですけど、日常に寄り添っている感じがします。何がそうさせているのか考えると、しっかり聴き取りやすくて、わかりやすく何を語ったというラップではなくて、リズムに乗ってちゃんと韻を踏み続けるっていうところにあるというか。僕が普段からあんまり歌詞の内容をちゃんと聴こうとしないタイプというのもあって、すごくちょうどよかったですね。たぶんそういうところを狙ってやっていると思うし、いわゆる洋楽っぽく聴ける感じが良いなと。ロックが入ってきたときは少し戸惑ったけどね(笑)。
━━たしかにアルバムのラスト2曲に顕著ですが、ロック的なアプローチもありますよね。今日のお話を聞いていて、バックボーンにあるものだということがわかりましたが、これまであまりこういったアプローチはありませんでしたよね?
906 SUKISHAさんにおっしゃっていただいた通りで、ダイニングバーで働いていたときに、そういう雰囲気のお店って日本語の曲を流しにくいというか、特に日本語ラップを流すとイメージが変わってしまうように感じていて。どうしても日本語って耳に入ってきて、そっちに意識が行ってしまうから、つい聴き込んでしまってお酒が進まないこともあるなと思っていて。これまで「気づいたらアルバム1枚聴き終わっていた」という作品を作りたいっていうコンセプトで相方とやってきました。その上で、性格は全然違う相方なんですけど、共通点があって、例えばサンプリングを用いるときにジャズの年代や意味を合わせたい、良くも悪くも突飛なことはしない、アルバム1枚で一つの作品というのをすごく意識していたんです。
今回のアルバムを作り始めたのは、ちょうど相方といっしょに音楽をやり始めて10年を過ぎたタイミングだったこともあって、自分たちの今までの集大成で、なおかつ今までやっていないことをやりたいと思った。自分たちが通ってきたもの、相方はレゲエをやってたし、僕はロックやパンクがすごい好きでバンドもやっていたんで、一回全部詰め込みたいなって話になりました。ロックもレゲエも今まで突き詰めてきたジャズも入れようって。ちなみに今回のアルバムで1番最初にできたのが18曲目の“non suger”っていうパンクっぽい曲だったんです。
SUKISHA 急にレッチリみたいになってびっくりした(笑)。
906 縛られたくないなと思ったんですよね。客演でお声がけさせてもらった方たちもそれは意識していて。それぞれで考えると一見あまり交わらなそうなのに、この一つの作品の中に共存してるっていう。それに気づいてもらえたときは嬉しかったですね。
SUKISHA 実際、会ったことない人ばっかりだしね。
━━1枚を通して共通したニュアンスも感じます。全体のムードにこだわってきた点は引き継いでいますよね。
906 そうですね、今までも3枚くらいアルバムを作ってきたんですけど毎回18、19曲収録している中で「ここいらなかったな」「ここで飛ばしちゃうよな」っていう部分がどうしても後から出てきていて。もちろん前半も大事なんですけど、特に後半が難しかったです。イメージをロックに近づけていくときに絶対ここはSUKISHAさんとの曲やなって思って。後半の入り口というか、そこで上げてもらって、あとからロックが入ってきたときにびっくりはされるだろうけどその余韻で最後まで聴けるっていう。そこはより意識してましたね。
SUKISHA 19曲あったら曲順は意識するよね。作った順にするわけにはいかないもんね。
━━どちらもこれまで短くないキャリアがある中、今回の共作で新たな発見はありましたか?
SUKISHA 僕の場合はこんなに昔のことを振り返って作詞することもなかったし、こういうビートというか、リズム感の曲は自分では作らないので。少しトラップのノリというか、こんなゆっくりの曲をこのノリでは作らないから新鮮でしたね。
906 僕もそれでいうとトラップのノリは作ってきていなかったんです。だけど自分たちなりにやってみたい気持ちがあって。ハードな雰囲気ではなく聴きやすく柔らかい感じにしたかった。SUKISHAさんに入ってもらったことで、自分のラップの仕方も影響を受けていて。倍速で乗せることはあまりしてこなかったんですけどね、それも面白かった。
SUKISHA それは俺も初めてくらいかな。あと彼のヴァースにコーラスを被せたんですけど、リズムの乗り方が全然違って、合わせるのが大変でしたね。本当に何回も聴いて、「わかんない」って言いながら録ったんです。リズムの乗り方ってやっぱり人によって違うんだなって改めて思いましたね。
━━先ほど今回のアルバムは集大成的な面があるとおっしゃっていましたが、この先で何をやっていこうと思っていますか?
906 僕は今まで通り、ビート作ってラップして、歌モノやったり、ジャズをサンプリングをしてっていうのはもちろん続けていきます。その上で、僕がサンプリングを始めてからずっと思っていることなんですけど、楽器ができる人にすごくコンプレックスがあって。それはSUKISHAさんのライブを観たりしても感じたんですけど……。
SUKISHA わかるよ、俺もそうだもん。
906 いやいや、めちゃくちゃ演奏してるじゃないですか(笑)。
SUKISHA 昔からずっとコンプレックスではあったんだけど、それこそバンドメンバーがみんなガチなプレイヤーだから。いっしょにバンドをやっているギターのやつが1個下の大学時代のジャズ研の部長で、最初は大して上手くなかったんだけど、それがどんどん上手くなっていくのを見ていて。「はあ、どうせ俺は左クリックだよ」って感じだったから(笑)。すごくわかるよ。
906 やっぱり作品を作っていく中で、もちろんサンプリングもめちゃくちゃ面白いんですけど、SUKISHAさんのように0→1を作りつつ演奏もできる人にすごく憧れているんです。今回のアルバムを作っているときちょうど相方とも話していたんですけど、そういう悶々とした部分を解消していくために楽器を使った作品も作り始めていて。
━━今回のアルバム(『LOVE ON THE LUCKS』にはKeity、寺井雄一、朝田拓馬がプレイヤーとして参加)のようにプレイヤーを呼ぶ機会を増やしていくという方法もありますよね。
906 それも増やしていきたいですね。それこそ、今回のアルバムができたときに相方と「SUKISHAさんとEPを作りたいよね」って話をしていて。
SUKISHA え、マジで? 初めて聞いたけど!
906 ここで初めて言いました。これは書いといてください(笑)。
SUKISHA 次は俺だけってこと?
906 はい(笑)。
SUKISHA すごい気に入られてるじゃん! ぜひ前向きに検討させてください!
906 よくZINくんとも話すんですけど、SUKISHAさんはDIYで全てを作り上げていて本当に自分の中で憧れるところなんです。
SUKISHA そんなに俺の話してるの? そうなんだ、でも最初に会ったときも「そのスタンスが理想」と言ってくれてたもんね。
906 もちろん若いときしかできない音楽もあると思うんです、別にそういう若い音楽をおっちゃんになっても続けているというのもすごい良いと思うんです。
SUKISHA わかる、もうすでに何を言おうとしてるかわかるもん。
906 でも、僕の目標は自分の年齢プラス15歳くらいの人が聴いても「かっこいい」って言ってもらえる音楽を作ることなんです。SUKISHAさんはまさにそれをやってると思うんで、そこは意識しています。
SUKISHA そうだといいねー。
906 しかもSUKISHAさんの場合は下の若い世代のリスナーもいて、そこがすごいなって。
━━世代を問わず、長く聴けるものを作ることに主眼を置いているということですよね。
SUKISHA それが一番中心にありますね。よく話すのは松浦亜弥の“LOVE涙色”の話なんですけど《メールは返さない〉という歌詞があって、でもLINEしかやってない若者はそれが何なのかわからないじゃないですか。あと例えば『STEINS;GATE(シュタインズ・ゲート)』という名作アニメがありますけど、今はみんなスマホを使っていて、これから先もしかしたら携帯も無くなるかもしれないというのを考えると、ガラケーでメールを送る描写はわからない人たちが出てきてしまう。
ある漫画家さんが「時代を象徴するようなものは意図的に出さない」と言っていて、それでなるほどと思ったんです。だから自分が曲を作るときは意図的に今の時代の言葉を出すか、それとも昔から今まで誰が聴いてもわかるような歌詞にするかっていうのは意識していますね。サウンド面に関しては、どの時代がどうだっていうのは聴いた人間がわかればわかるし、わからなければわからないだけなんで、別にいいと思うんです。でも歌詞はそういうところがダイレクトに出るので、その辺りは意識していますね。何歳になって聴いてもダサくならないように。
━━時代を選ばない曲を作っていくということですね。
SUKISHA そうですね。懐かしいと思われるってことはダサいことだと思うんです。例えばTikTokでたくさん再生された曲は10年後20年後になったら「懐かしいね」になるじゃないですか。それは避けられないことかもしれないからこそ、それだけで終わらない曲を作りたいと思いますね。
━━現在はハイパーポップやレイジといった過剰な音楽が流行っていますが、ご自身のスタイルを貫いていることに手応えはありますか?
SUKISHA 何も思っていないです。流行があったらすぐに飛びつきます。
一同 (笑)
SUKISHA でも本当で。自分は割となんでもできる人間だと思っていて、ジャンルにこだわらずにいろいろ作りたいと思っているんです。ただ何かが今「キテる」という感覚は自分には無くて。例えばハイパーポップが周りでもみんな良いって言っていればやると思います。別にヒップホップだけやっていくと決めているわけではないし、R&Bも好きだし、ブラックミュージックも好きだけど、今からロックをやれって言われたら喜んでやります。それが流行っていろんな人間に届くんだったら。
ただ別に普通のロックをやるつもりはないし、ロックをやってもし流行っても、「流行ったね、でも別に流行っていたからやっただけで他の曲を作りたい俺は」と言って他の曲を作るだけです。自分の活動を長い目で見ているので。ずっと同じことをやっていると自分の中では小さな違いがわかるかもしれないけど、他の人からしたら同じに聴こえても仕方がないことだと思うんです。それはスタンスの問題で、ずっと自分たちの求めている音楽を突き詰めていくという考え方をしている人たちもすごく立派だけど、俺はどちらかというと自分の規模を大きくしたり、聴いてくれる人を増やしたり、いろんな拡大再生産を繰り返すことを大事にしています。
だから違う音楽性のことでもどんどんやっていきたい。ダサくはなりたくないんで、新しくやったことに対して自分が納得できて、一定のクオリティがあるものを出す。それで「こんなダサい曲作りやがって」って言われたら「わかんない、お前がダサいんだよ」って言えるようにはしていきたいですね。
906 「ヒップホップをやってる906です」って紹介されることはよくあるんですけど、「僕はヒップホップじゃないな」って思っていて。手法はヒップホップのものだし、ヒップホップをたくさん聴いてきたし、好きなヒップホップのアーティストもいっぱいいるんですけど、思想や振る舞いを含めてヒップホップと呼ぶなら僕は全然ヒップホップじゃない。もちろん聴いてくれた人がヒップホップだと感じたらそうなんだと思うんですけどね。今回のアルバムを作って特に感じたのは、自分自身を狭めたくないということでした。
良いと思ったものはなんでもやりたい。今はソウルをやりたいと思ってソウルをいっぱい聴き込んで曲を作ってみたりしていて。一般的なサラリーマンだと65歳とかで定年を迎えて、そのあとはセカンドライフを送ってっていう人生がベースにあると思うんですけど、自分は70歳になって「まだやってんの?」と言われるくらいやっていたいんです。そう考えるとなんでもやりたいなって。もちろんお金を稼ぐ必要はあるんですけどね。
SUKISHA わかるよ、音楽をやってて一番偉大なのはハービー・ハンコックだと思うんだよね。カート・コバーンやジミ・ヘンドリックスを崇拝する気持ちもわからなくはないけど、早死にするより長生きしたいでしょって。一生音楽やってる方がかっこいいと思うな。
906 (ハービー・ハンコックは)若手のジェイコブ・コリアーともいっしょにやったりしていてすごいですよね。だから長くやるのがテーマです。
━━最後に今回の共作を経て、お互いの作家性やいわゆる手グセのようなものは感じましたか?
SUKISHA さっきヒップホップだと思っていないとは言っていたけど、やっぱりジャズをサンプリングしているヒップホップという印象はあって。ただ自分でも演奏してるよね?
906 ベース入れたり、鍵盤入れたりしてますね。
SUKISHA やっぱりそうだよね。それをうまく組み合わせてやっていくスタイルだなと思いますね。そこからどうやってこれから新しいアプローチをしていくのかっていうところだよね。楽器がもっとうまくなっていろんなアプローチが増えていくのが楽しくなりそうだなと。
906 嬉しいです。僕は具体的なことじゃないんですけど、SUKISHAさん、めちゃくちゃ音楽好きやなって。もちろん「こうやったら面白い」っていう聴き手側のことも考えられるのもすごいんですけど、根っこでは「別にわかってもらえんでもええわ」っていう部分がありそうで。音楽好きとして、自分のかっこいいと思ったことに対するプライドがあるというか。俯瞰しながらもそれができるっていうのが素晴らしいです。
SUKISHA いや、性格が悪いんだよね(笑)。
906 でもこの歳まで音楽続けてる人ってある種の性格悪さがあるというか(笑)。
SUKISHA 『レベルE』の王子っているじゃないですか、あれが良いなと思うんです。みんなが不快だと思うギリギリのところを狙って投げていくというか、「ざまあみやがれ」みたいな気持ちでやってます。狙いはもちろん外れることも多いので別に期待はしてないですけどね。ダメだったらまた頑張ろうと思うだけで。でもそれを繰り返してもあんまり意味がないというか、結局大きなうねりにはならないということを去年学んだので、今年はもうちょっと慎重にやっていこうかなと思ってますね(笑)。
Text:高久大輝
Photo:Miki Yamasaki
Location:INCredible COFFEE
PROFILE
906 / Nine-O-Six (ナイン・オー・シックス)
2010年大阪にて結成の、トラックメーカーデュオ。 ジャズのサンプリングを分解、再構築し、ブラックミュージック特有の揺らぎをもったグルーヴと、暖かいメロディーに乗せた緻密なラップが見事に融合された作品は、ヒップホップ界はもちろん、ジャズ界やダンス業界などからも高い支持を集めている。
Instagram|Twitter|YouTube|Facebook
SUKISHA
東京を拠点に活動するSinger / Track Maker / Multi-instrumentalist。音を愛する人々に驚きと発見を提示することを信条とし、音楽を産み出す過程を基本的に全て1人で完結させる。
今夏リリース”Hot Sauce on Ice Cream”でApple Music レゲエ部門において日本と台湾で1位、韓国と中国で2位を獲得。ストリーミング総再生回数は累計5000万回を突破。ブラックミュージックを基調としつつ求める音楽のためにジャンルを横断することを厭わず、個性的でありつつ普遍的でもあるその音楽性は今も幅広いリスナーを新たに虜にし続けている。
Website|Twitter|Instagram|YouTube
INFORMATION
LOVE ON THE LUCKS
配信開始日:2022年11月30日
906 / Nine-O-Six
CD発売日 : 2022年12月16日
[Track List]
1. Blended
2. Icy rain
3. Shade tree (feat. ZIN)
4. A nutty idea
5. Fill my cup (feat. mabanua)
6. Grey smoke
7. Ciggie
8. Old crop
9. Very earthy
10. Over the slope (feat. OMSB)
11. White in Black
12. And milk
13. Bitter night
14. Drip of a mind (feat. SUKISHA)
15. Puddle (Album mix)
16. Filter through
17. Crisp day
18. non suger
19. Love on the Lucks
906/Nine-O-Six “LOVE ON THE LUCKS” RELEASE TOUR
2023.02.03(金)at 福岡・With The Style(DAY)/The Voodoo Lounge(NIGHT)
2023.02.04(土)at 大分・10 COFFEE BREWERS(DAY)
2023.03.04(土)at 福島・Club NEO(NIGHT)
2023.06.04(日)at 東京・恵比寿NOS
and more!