中華圏最大の音楽アワードとして知られる台湾のゴールデン・メロディ・アワード(第34屆金曲獎)が、7月1日に台北アリーナで行われた。2022年に台湾で発表された音楽作品とミュージシャン、作品に関わるクリエイターらが29部門にわたり表彰され、多くのドラマを生んだ。また、日本からKing Gnuがスペシャル・ゲストとして演奏し、話題を呼んだ。
式典の中盤では、昨年から今年にかけて惜しまれながらこの世を去った音楽人を偲ぶ追悼コーナーが設けられた。
ここに名前の挙がった人物のひとりで、台湾ジャズシーンの発展に貢献したラジオDJのダニエル・シェン(沈 鴻元)さんが4月に50歳という若さで亡くなる直前まで気にかけていたのは、日台のジャズミュージシャンによるコラボレーション作品「Our Waning Love」だったという。
本作は、台湾のフリージャズ界で活躍するサックス奏者、シェ‧ミンイェン(謝明諺)と、日本のジャズピアニスト、スガダイローによるバンド a little new oneのコラボアルバム。細井徳太郎(Gt.)秋元 修 (Dr)が参加している。
キャッチーなメロディが印象的な変拍子のバラードの#1『Our Waning Love』、ボサノバを取り入れた#2『Tide』、切れ味と技術が光る王道のラグタイム#6『A Little Rag…For You』など全7曲を収録。楽曲毎の異なるアプローチは、シェ‧ミンイェンとスガダイローのらしさ全開の雰囲気を醸し出している。
シェ‧ミンイェンは名実ともに台湾ジャズシーンを牽引する華やかなプレイヤーだが、ジャズをはじめたばかりの頃は、ダニエルさんの番組に励まされながらキャリアを築いたという。
「ダニエルさんは、毎日午前0:00~2:00に放送しているラジオ番組『台北爵士夜』でプレゼンターを20年以上務めました。台湾のジャズ愛好家にとって彼は、古き良き友人のような存在です。私がジャズを学び始めた頃、数え切れないほどの夜、ダニエルさんのトークに勇気づけられました。同世代のジャズミュージシャンは年の離れた兄のように慕っているんじゃないかな」
ダニエルさんの活動範囲はラジオにとどまらず、台湾最大級のジャズ音楽祭「台中ジャズフェスティバル」や「台北ジャズフェスティバル」の司会者として第一線で活躍。CDのキャッチコピーやレビュー、雑誌の執筆、講演やイベントも多数手掛けた。
一方、ジャズを愛する青年であったシェ‧ミンイェンは、19歳でプロとしてのキャリアをスタート。ブリュッセル王立音楽院で修士号を取得し、海外ツアーを精力的にこなしながら数多くの作品をリリースし、ダニエルさんの番組にたびたび出演するほどに成長した。
そんなシェ・ミンイェンが2018年に、日本のジャズピアニスト スガダイローと出会い意気投合。2020年に本作「Our Waning Love」のレコーディングを予定していたが、コロナ禍により延期となり、3年越しのリリースに向けて2022年から制作をはじめた。
時期を同じくして、ダニエルさんに癌が見つかった。病気に負けず、秋には台中ジャズ・フェスティバルのMCも務めたという。そのステージでシェ・ミンイェンがスガダイローを迎えて演奏した、本作収録の#4『Chamakana』の演奏をとても気に入った。
そして『Chamakana』のタイトルに込めた「私たちミュージシャンがステージを照らす光」という意味に応えるように、その日のフェイスブックにレナード・コーエンの歌詞を引用して、こう綴ったというーー「There is a crack of everything. that’s how the light get’s in.」
「ダニエルさんに、レコーディング・スタジオに行くことを話したら、とても喜んでくれたんです!ライナーノートを書いてもらおうと思っていたんだけど、それは叶いませんでしたね」
シェ・ミンイェンとスガダイローには、ジャンルや国、既存の枠組みを超えていく音楽家という共通点がある。この記事が公開されるのは、本作のリリースから2週間ほど経っているだろうか。この記事をあなたが読むころ、「Our Waning Love」は次元すらも超えて、天国のダニエルさんにも届いているだろう。
INFORMATION
謝明諺 & Suga Dairo a new little one 「Our Waning Love」
「Our Waning Love」
1. Our Waning Love 06:44
2. Tide 08:50
3. Switch It 07:50
4. Chamakana 09:41
5. Ann 07:48
6. A Little Rag…For You 03:36
7. This Thing 09:46
このアルバムで一番好きな曲、#1『Our Waning Love』と #4『Chamakana』を紹介します。
#1『Our Waning Love』は2012年のツアー用に作曲したバラードで、バラードとしては珍しい7/4拍子。メロディやハーモニーはJ-POPやアニソンに通じるものがあると思うんだけど、テンポはスローなんです(笑)
演奏面では、ピアノやギターの輪郭が曖昧でぼやけたような、もがき苦しむような演奏が好きです。それからメロディがないところのドラムは、とてもエモーショナルで、胸が打たれるようです。
そして #4『Chamakana』のタイトルはインド語で「光」や「ビーム」を意味します。インド音楽のラーガ旋法を取り入れて、ハンド・ドラムからメロディーを導入し、タンブラのようなヴァンプにとどまり、徐々に雷雨のような迫力ある演奏になる。全体の流れがとてもスムーズで、10分近い長さであることを感じさせない。
僕が非/密閉空間というユニットで昨年リリースした 『景觀社會』を聴いてもらえたら、この2つの曲がよく似ていることに気づくかもしれない。リズムとハーモニーが少し違うし、このバージョンにはブリッジの部分がないんだけど。アプローチは全く異なるんだけれど、どちらも精神的な方向を目指しています。
シェ・ミンイェン 謝明諺
通称「テリー」。1981年台北生まれ。19歳でプロとしての活動を始める。台湾の様々なジャズのライヴハウスなどで活動後、ベルギーのブリュッセル王立音楽院で修士号を取得。2012年に台中で行われたサックスのコンクールで優勝したことをきっかけに、台湾のジャズ‧シーンの重要人物となる。台湾をベースに活動している日本人のバンド‧東京中央線とコラボレーションしたアルバム「Lines&Stains」では、2019年の金曲獎でベスト‧インストゥルメンタルアルバム賞を受賞。エレクトリック‧エクスペリメンタル‧グループである非/密閉空間では、2020年の金曲奨のベスト‧インストゥルメンタルアルバム‧プロデューサー賞を受賞。2014年に自身の作品として「Firry Path」、2018年には「上善若水 As Good As Water」をリリース。
活動領域をジャズに限定せず、インディーズバンドとも積極的にコラボレーションを展開。2019年にSunset Rollercoasterがフジロックへ出演した際にはサポートを務めた。演奏技術はさながら、アメリカ・ヨーロッパ・日本各地のライブハウスへ「武者修行」のような個人ツアーを行う国際的かつ身軽な行動力に定評がある。