2020年代、それはアジアにルーツを持つアーティストの目覚ましい躍進の年ともいえる。ベルギーからも日本にルーツを持つアーティストのニュースが届いた。
ベルギー発のダンスポップデュオ、AILI(アイリ)は、7才で日本からベルギーへと移住したボーカルのアイリ・マルヤマ(Aili Maruyama)とトラックメイカーの’Transistorcake‘ことオーソン・ウッターズ(Orson Wouters)によるプロジェクト。この2人組が2021年にリリースした『Dance EP』に大沢伸一やZOMBIE-CHANG、Stones Taro、Nariaki(小袋成彬)のリミックスが追加収録された日本デビュー盤が小袋成彬とYaffleによって設立された〈TOKA〉よりリリースされた。
国内外問わず鳴り響く音楽を創造してきた2人の〈TOKA〉が6年ぶりに動き出し、AILIというアーティストが〈TOKA〉からリリースすることには必然性を感じる。
今回はAILIことアイリ・マルヤマ、オーソン・ウッターズ、そして〈TOKA〉代表でもある小袋成彬の3人にインタビューを行った。魅力溢れるAILIのアーティスト像や、グローバルなルーツを持つアーティストの躍進、AILIとともに再び動き出した〈TOKA〉について、話を伺った。
音楽がつなぐ人と人
──『Dance EP』日本デビュー盤のリリース、おめでとうございます! まずはぜひAILIというプロジェクトについて教えてください!
オーソン 僕とアイリはずっと友達で、2020年くらいから新しいエレクトロな音楽を作り始めたんだ。AILIはベルギー出身のデュオで、僕たちは2人ともベルギーに住んでいるんだけど、違う街に住んでいるよ。
アイリ 当時、既に楽曲はたくさんあったけど歌詞がなかったの。それでどうするかって時に、自発的に日本語の歌詞をつけていたんだよね。私が日本人のハーフだからってのもあるんだけど。だからこのEPも日本語で歌っているよ。それがすべての始まりかな。
オーソン 最初は歌詞を英語にしようとしたけれど結局そうはしなかった。英語で作詞すると普通になってしまうというか、より特別な意味がある気がしたのが日本語だったんだ。そうすればアイリも心から歌ってくれるような気がするからね(笑)。
──確かに日本語で歌っているからこそ、音の響きが新鮮に感じます。ところで小袋さんはどこでAILIを知ったんですか?
小袋 僕は東京のJ-WAVEで『FLIP SIDE PLANET』というラジオ番組をやっているんだけど、2年くらい前にリスナーがAILIの音楽を送ってくれて、実際に聴いてみたんだ。それがもう驚くぐらい刺激的で、まさに「ワオ!」という感じだったんだよね(笑)。それで2年前くらいからAILIに連絡を取り始めたんだよ。本当に偶然の出来事。ただ実際にAILIとの最初の接点がどんなだったのか忘れてしまったけどね。
アイリ Instagramで私たちに「もし良かったらだけど、AILIの曲をミックステープに入れてもいい?」みたいなメッセージをくれたんだよ。
小袋 その前にJ-WAVEが企画した日本のフェスティバルに招待したよ! 会うよりも前にビジネス的なつながりだったり、カルチャー的な側面もあったり、それが最初の接点だったね。
──偶然の出来事で今に繋がっているわけですが、AILI自体は日本にリスナーがいることを知っていたんですか?
アイリ 知らなかった! もちろん期待してたけど、ちゃんと日本にもリスナーがいたことには驚いたよ。私たちの音楽がどう受け止められてるのか、お父さん以外見当もつかなかったから。でもお父さんは子供の頃に作ったものを何でも素敵だと思ってくれていたから、参考にすることはなかったんだけどね(笑)。(リスナーから)Instagramにメッセージが届いたり、そういう声が聞けたのは本当に嬉しかったな。ほとんどの人が「あなたが歌う歌詞がとても好き!」と言ってくれた。もちろん音楽とのコンビネーションも。
オーソン 日本での初ライブはとてもスペシャルなものだったよ。日本以前に、そもそも僕らの音楽がベルギーで何かできるなんて思ってもなかったんだ。
アイリ うん(笑)。
オーソン だって日本語の曲を作ったのに、ある日突然ベルギーのラジオ局で流れたんだよ(笑)。その時点でとても驚いた。だからこそ日本で、日本のリスナーのためにライブできたことはとても幸せなことだった。
小袋 日本でのライブはヤバかったよね。 会場もとても揺れてたし、とにかく最高だった。 みんな一緒に歌ってたし!
アイリ そう!本当にスーパースターになった気分だった。 ベルギーには誰も歌詞を知ってる人がいないから、みんなが「ゲンキ〜」とか「トキドキ」とか歌ってて本当にびっくりしたし、嬉しかったね!
小袋 音楽でつながった瞬間だったよね。僕がベルギーに行ってライブを観た時も同じことを思っていたんだ。AILIの音楽は本当に良くて、オーソンのトラックは本当にイカしてるから歌詞は関係なく、みんなが踊っていた。違うように見えるけど、同じことが日本のライブでも起きていたと思う。音楽でつながっていたんだ。
Aili – Toki Doki [Official Video]
──確かに。僕は日本からロンドンに引越してきて現在暮らしているのですが、ライブやパーティーの会場で同じことを思っていました。言語は関係なく、誰もが同じ空間をシェアして繋がっていくような雰囲気がある。それこそ日本と違ってとてもオープンな雰囲気があるというか。
アイリ どういうこと? 日本はもっとクローズドな感じなの?
──日本では例えば誰かと一緒にいることが当たり前になってしまっているというか。ロンドンでライブやパーティーに1人で行くと、大抵いつも知らない人に話しかけられるんです。そこから会話が生まれたり、知らない人と仲良くなれたり、そのフラットさは衝撃的でした。
小袋 イギリスのお客さんはクレイジーな人が多いからね(笑)。
──それこそ小袋さんもクルーとして参加しているMelodies Internationalのパーティー(『You’re Melody』)もあたたかくてお気に入りのパーティーの1つです。昨年、日本でツアーを行っていた時はそんなフラットな雰囲気が感じとれて素敵だなと思いました。
小袋 あれは良いパーティーになったよね。
アイリ そうなんだ。でも、日本のお客さんからはリスペクトを感じたよ。ベルギーやオランダでライブをするとお客さんが喋っていたりして、とても失礼に感じる時がある。だから初めて日本でライブをした時は、逆に沈黙が続いて正直ハラハラしたよ。お客さんは楽しんでいるのか、それともまったく興味がないのか、わからなかったから。あとマスクをしていたからか多少の距離感を感じていたからかも。でもこの前ライブをした時は曲に合わせて拍手してくれたり、歌ったりしてくれているのを見て、この沈黙はリスペクトだったんだなって。その距離感というか、壁が完全になくなったように感じたよ。
小袋 それこそ、本当にレアなことなんだよ!
アイリ 本当に!?
小袋 日本でああいう瞬間を初めて観たもの。だからあの日はとても特別だったんだ。
アイリ でもそれって私たちがベルギーで、あるいはヨーロッパで、こういう盛り上がりに慣れているからレアに思わないのかな? お客さんと一緒に歌ったり、お客さんの中に入ったり、お客さんと一緒に踊ったりするような関わりも必要だと思う?
小袋 わからないな。音楽にもよるけどね。普通は本当に静かで、ほとんどそういう瞬間はないね。僕のリスナーはいつも静かなんだ。僕の音楽はどちらかというとチルだったりハウスっぽい要素が強いこともあるんだけどね。でもさっき話したみたいな瞬間こそ最高なんだよ。UKスタイルだね(笑)。
アイリ ベルギースタイルでもあるね。日本に持って行かなきゃ(笑)。
──日本デビュー盤ですが、大沢伸一やZOMBIE-CHANG、Stones Taro、そしてNariakiによる豪華リミックス陣も最高でした。
アイリ リミックスはEPに新鮮な風を吹かせてくれたよ。EP自体は2年前にリリースされていたから、私たちにとってはその新鮮さは奇妙に感じるし、リミックスという別の形で自分たちの音楽を聴くことができるのは、本当に嬉しいな。EPがさらにいい感じになって世に出たなんて、とても興奮しちゃうね。
小袋 もちろんオリジナルもおすすめだよ。ぜひ聴いて欲しいな。
──その中でもお気に入りのリミックスはありますか?
アイリ 全部。
一同 (笑)
アイリ どれが好きかなんて選べないよ! 大沢伸一やZOMBIE-CHANGのリミックスを聴き比べると、スタイルが全然違うでしょ? でもそれがとても好きなんだ。もちろん全部エレクトロニックだけど、参加してくれたみんなが私たちの曲に新しいユニークさを与えてくれて、それがまた面白くてね。本当に感謝してる。
オーソン ZOMBIE-CHANGの“ふつう”のリミックスはオリジナルをさらに引き上げてくれたよね。何というか……。
小袋 超エネルギッシュ(笑)。
オーソン そう! “ふつう”を制作していた当時、この曲をEPに収録するかどうか、ちょっと悩んでいたのを覚えているんだ(笑)。
小袋 そうだったの?
アイリ そうそう。悩んでた。
オーソン でも今こうやってZOMBIE-CHANGのリミックスで、さらにパワフルになったよね。曲の広がりが見えたからとても良かったな。
小袋 日本デビュー盤をリリースした時、Stones Taro(日本盤にて“ときどき”をリミックス)がコメントくれたの知ってる? 彼があるイベントでDJとして出演していた時に、他のDJがAILIの“ダンス”をプレイしていたんだ。
アイリ ええ!?
小袋 彼はバックヤードで聴いていたんだけど、その瞬間に「なんだこの曲は!?」って反応してた。彼はそれでAILIを知ったんだよね。
オーソン そうだったんだ(笑)。
小袋 だから彼もこのプロジェクトに参加することを決めたんだ。AILIにはもうすでに大物DJのファンもいるよ。
ベースと創造、自分たちが持っているもの
──ベルギーで日本語の歌を歌うということもとても稀有なことに感じますが、ここ数年で世界的に日本にルーツを持つアーティストの躍進が目立つようになってきたと思います。
アイリ 確かにそうだね。その歴史について詳しくは知らないけど、非英語圏の音楽への興味関心だったりが、世界中でピークに達したんだと思う。特に日本や韓国をはじめとした、アジアの音楽に対する多くの障壁が取り除かれたんだとも思う。
──K-POPも目まぐるしく世界進出していますよね。<Coachella>のヘッドライナーにBLACKPINKが選ばれたのも記憶に新しいです。AILIも日本にルーツを持つアーティストですが、近年のアジアンルーツを持つアーティストの躍進はなぜ起きていると思いますか?
アイリ すでにビッグなアーティストたちが舞台裏で活躍していたんだよ。例えばエレクトロニック・ミュージックやハウス・ミュージックのジャンルで、日本はもうすでに有名だった。そういうパイオニアたちが歴史を紡いでいたから、今の大きな広がりを見せているんだと思う。ベルギー、ヨーロッパでもそう。イタロ・ディスコだって自分たちの言語で歌っていたし、最近ではロザリア(Rosalía)もそうで、より多くのアーティストが、自分たちの国の言葉で歌っている。みんな英語だけに囚われていることにうんざりしているのかも。ずっとそうだったから、きっとみんな新しいものを求めているんだよ。そしてこれは長い目で見たらこれから続いていく進化の一部なんだろうね。
オーソン アメリカやイギリスのアーティストのようなサウンドを目指すのではなく、自分たちのルーツで何かをやってみたいという変化があるのかもしれない。多くのポップミュージックはアメリカやイギリスから来たものだからだけど、僕たちはきっと「アメリカやイギリスの音楽のように聴こえなければならない」という思いを抱くようになっていた。でも今は、もっと多くの変化が起こっているんだ。自分たちの言語が持っている個性に気づき始めて、それを生かした創造をしているんだと思う。
小袋 その通り。これはもちろん日本とアジア圏だけの話じゃない。例えばヒップホップは生まれてから数十年経って市民権を得てメインストリームになった。ナイジェリアのアフロビーツや南アフリカのアマピアノでも同じような出来事が起きてる。そして今はハウス・ミュージックやナイトクラブ・シーンの境界線が広がっていくのを感じる。UKガラージもそうだね。
──境界線がなくなることは、すなわち世界に繋がっていくということですよね。
小袋 日本からはYMO(イエロー・マジック・オーケストラ | Yellow Magic Orchestra)という最高のエレクトロニック・ミュージックが登場して、世界的に有名になった。ただ彼らは例外で、日本から世界に出る音楽は多くなかった。だから、AILIがやっているようなことは、日本のスピリッツを使ったダンス・ミュージックで、その創造の波に乗っているということなんだ。リナ・サワヤマ(Rina Sawayama)がそうであったようにね。彼女の躍進は、彼女が日本人だからというだけでなく、彼女の音楽がUKのナイトクラブ・シーンをベースにしているからだと思う。そこが重要。オーソンがこれまでやってきたことは、クールなダンスミュージックを作ることだった。そこにアイリという日本のテイストが加わった。だからAILIの音楽はすごく良い。リナ・サワヤマやJojiと同じだね。
オーソン とはいえアジア文化がますます人気を集めているのも確かだね。ベルギーでは目にするようになった異文化に対して、人々はよりオープンになっていると思う。日本のショップができたり、日本へ休日を過ごしに行ったりするようになったから、ベルギーで僕の音楽が「ああ、これは来るぞ」と思われるようになった理由の1つでもあると思う。
アイリ ストリーミング配信もあるね。インターネットを通して世界中の音楽を聴くことができるのは良いことだよ。
小袋 技術的な革新にも感謝だよね(笑)。
Aili – braindance_ Session
誰かを導く地図とコンパス
──小袋さんも代表を務める〈TOKA〉もAILIをきっかけにレーベルとして再始動しますね。そのきっかけは何だったのでしょうか?
小袋 この5年間で音楽業界の状況が大きく変わったからかな。今は簡単に音楽を世に送り出すことができるし、その利益を分配できる。そういうことは大体自動的にできるけどレーベルを通さなきゃいけないから、今こそ自分たちのレーベルを再スタートする時だと思ったんだ。みんなと音楽のために。あとは本当にユニークな音楽を日本の人たちに紹介したくなった。もちろん日本の人だけじゃないけどね。僕は音楽が本当に大好きで、ユニークなプロジェクトにもっと参加したい。その矢先にAILIがいたんだよ。みんなあの音楽に夢中になる。リリックもすごくいいし、日本語で歌っているのもとてもユニークで、日本人にとってはとても新鮮だと思う。AILIは日本の音楽業界を変える力があるし、もうすでに達成していると思う。
アイリ ワオ! 本当に?(笑)
小袋 本当だよ! だから僕はこのプロジェクトでレーベルを再始動したんだ。
オーソン 大きな賛辞だね(笑)。ありがとう。
小袋 君たちのことが大好きだよ(笑)。
──今回はAILIというアーティストを通じてでしたが、〈TOKA〉はこれからどういう方向に進むのでしょうか?
小袋 僕はただアートが好きなんだ。ただそれを自分の目に焼き付けたい。業界やビジネスなんて正直どうでもいい。ただ、本当にクールなアートに関わりたい。それが僕のやりたいことなんだ。
──では〈TOKA〉の今後のミッションとは?
小袋 わからない。ただみんなと一緒にクールなアートを作り続けたい。そしてアーティストの羅針盤になりたい。僕にはそれができると思う。どこに行けばいいのかはわからないけど、北か南か、「ああ、こっちの方角は日差しが強いよ」とか「こっちの方角には日本人が多く住んでる」とか、そんな感じで地図とコンパスのような感じかな。だから答えがどこにあるのかとか、そういうことはわからない。だけど、方向がわからなくなった人に「あそこに駅があるよ」とかは教えてあげられる。それがやっていることで、それが僕がアートのためにやりたいこと。それが僕のミッションで、TOKAのミッション。
オーソン 僕が成彬を本当に好きな理由は、自分の心に従うところなんだ。どこかのレーベルのオーナーみたいに、みんなを成功させるための大きなプランや手法を使ったりするんじゃなくてね。
アイリ 私たちのコンパスね。
小袋 ついてくる必要はないんだよ。ただのコンパスだから(笑)。
一同 (笑)
──コンパスという話が出ましたが、小袋成彬という1人の人間として、〈TOKA〉の代表取締役とプレイヤーとのバランスを難しく感じる時はないのでしょうか?
小袋 そうでもないね。僕はただ、この世界にまだ存在しないクールなアートを作りたいだけ。ビジネス的な視点だったりも必要だろうけど、 僕にとっては難しいことじゃない。文化的な意味でも、ビジネス的な意味でも衝突はあまりない。もちろん気にすることはあるけど、他のアーティストや他のビジネスパーソンに比べたら少ない。僕はクールなアートを作りたいだけ。たとえ一文無しになろうが、そんなことはどうでもいい。もうすぐ死ぬとしたらアートを優先するよ。ただ良いものをより良いものにしていきたい。
──今日はありがとうございました。あらためてリリースおめでとうございます!最後にリスナーに向けて一言ください!
アイリ 私が本当に伝えたいことはとても感謝しているということ。そしてみんなが私たちの音楽を楽しんでくれることを願っています。AILIの音楽を聴いた時に、そのすべてが心の明るいところから自然と生み出されたものだと感じられるといいな。また日本に行った時、すぐに音楽でつながることができるから。そうやって楽しんでもらえたら最高だね。オーソンは何か言いたいことある?
オーソン アイリと同じ。
アイリ ありがとう。
小袋 みんな聴いてみて! そしたらきっと衝撃を受けるから。ただただAiliの音楽を楽しんでほしい。聴いて、いいバイブスを感じて、インスパイアされて欲しい。
──小袋さんはこのあと<ANTS HOUSE>も控えてますね。
アイリ それは何?
小袋 3日間パーティーをやるんだ。世界中からDJを呼んでね。毎年恒例のお祭りみたいなものだよ。
アイリ 私たちも来年は行かなきゃ!
小袋 でも次はロンドンでやりたいんだよ!
アイリ それはむしろ近くてありがたい。もし手伝いが必要だったり、ベルギーのアーティストなら私たちが紹介するよ!
Interview, Text by Kaede Hayashi