日本の伝統芸能における“三道”と言えば、「茶道」「華道」「書道」。どの道にも長きにわたる歴史の中で脈々と受け継がれてきた技法や心得があり、それらを極めるには途方もない年月を要するものだ。しかし、伝統と革新は表裏一体。故(ふる)きを温(たず)ねて新しきを知る者が、いつの時代も現れる。
9歳から書道を始め、高校時代にはすでに書道家を志していた万美は、そのひとりと言えるだろう。伝統的な書道のスタイルに、グラフィティのエッセンスを溶け込ませた“MAMIMOZI”で頭角を表し、これまでにさまざまなアーティスト・企業・ブランドとコラボレーション。ヒップホップ界隈では、Shing02、DJ KRUSH、AwichなどのCDジャケットで題字を手掛けたことで知られている。また、日本のみならず、アジア・ヨーロッパ・アメリカ・オーストラリアなど世界各地で個展を開催し、パフォーマンスを披露してきた。
そんな万美が、2024年2月24日(土)・25日(日)に幕張メッセで開催される「Apex Legends Asia Festival 2024 Winter」の公式アンバサダーに就任し、オープニングセレモニーでコラボステージを披露することを発表。このイベントは、全世界で約1億7500万人のプレイヤー数を記録した大人気バトルロワイヤル × FPS(ファーストパーソン・シューティング)ゲーム「Apex Legends」の5周年を記念したものだ。
今回は、万美のこれまでのアーティスト活動を振り返りつつ、書道家としてのスタンスを再確認。加えて、イベントのコラボに至る経緯やパフォーマンスの内容、そして今後の挑戦についても話を聞いた。
Interview:書道家 万美 / MAMIMOZI
芽生えた「一生現役でいたい」という想い
──Qeticでのインタビューは初なので、万美さんの経歴から伺えればと。まず書道との出会いはいつですか?
小学校3年生の2学期から国語の授業で習字があって、そこで筆を持ったのが最初です。書道バッグを家で開けた瞬間に、キラキラって絵文字みたいなものが迫ってくる感覚があって。まず、道具に魅了されましたね。それで実際に授業で書いてみたらほかの子より上手だったし、褒めてもらえるのがうれしかったので、親にお願いして習字教室に通い始めました。両親が書道をやっていたわけではないですけど、母方の祖母は得意だったみたいで、小さいころに祖母から届く筆で書かれた手紙を見るのはすごく好きでしたね。
──高校生のときにはすでに書道家を志していたそうですね。
はい。中高はずっと陸上部で、運動が楽しかったのでその道に進もうと思っていましたけど、あるときに「一生現役でいたい」っていう気持ちが芽生えて。スポーツ選手はやっぱりピークがあるので一生現役ではいられない悔しさが残るけど、芸術だったら死ぬまで現役でいられる。それで美大を受けてみたいと思って学校の先生に相談したんです。ただ、美大ってめちゃくちゃありますよね。だったら自分は書道が得意だし、(業界自体の)人数が少ないので重宝されるかなと思って、上京して大東文化大学の書道科に入りました。
──大学で基礎から学んだあと、書道家としての第1歩目はどのようなスタートでしたか?
書道ってお金がかかってアルバイトだけでは賄えないので、それなら書道で稼いだお金で道具を買えばいい循環になると思い、最初は好きだったヒップホップの業界に売り込みました。自分が持っているCDでロゴをよく見ていたULTRA-VYBE(ウルトラ・ヴァイヴ)というレーベルに、「CDジャケットとかのタイトルがもし必要だったら私に書かせてください!」とメールを送ったのが18歳ぐらい。そうしたら返事をもらえて、ピンゾロ(ラッパーの鬼が率いる3ピースバンド)のCDジャケットのお仕事をいただけました。
──すごい展開ですね。ちなみに、万美さんの好きなラッパーを教えてください。
Shing02さんは大好きだし、BUDDHA BRANDさんやNORIKIYOさん、Awichさんも好きですし……たくさんいますね。上京してからはクラブによく行っていたので、その場で生まれた繋がりも多いです。
──これまでのアーカイブを拝見すると、ヒップホップのジャンル以外にも、さまざまな企業やブランドとのクライアントワークも手掛けていますが、自分のスタイルが確立され始めたのはいつごろですか?
最初のころは頂いた仕事を全部やっていたので、自分にはスタイルがあまりないと思っていました。ただ、見る人の中には「これは万美の匂いがする」みたいな感じで、自分が作品に応じて書き分けたものを嗅ぎつけてくれる人もいて。目の前のことをただただ一生懸命にやってきたけど、見る人は自分の微妙な癖とかを見抜いてくれるので、結果として自然と自分の個性がスタイルになっているのかなとは思います。
──過去の仕事や作品、展示などで、特に印象的だったものを教えてください。
今までやってきたものは全部と言っていいぐらいどれも印象的ですけど、特に2015年1月から2月にかけて行った最初の海外出張。パリ・ストックホルム・ロンドンを巡るヨーロッパツアーで、文化庁の後援で、日本の硯(すずり)を海外に広めようというプロジェクトでした。それまで海外に行ったことがなかったので、自分の中の世界が広がりましたね。それから海外のいろいろな都市に行って思ったのは、本当の意味で書道を評価してもらえるのは中国とか台湾とか香港とかで、大げさに評価してもらえるのは欧米なのかなと。
──メディアに出るときに万美さんのスタイルは、書道の「カリグラフィ(calligraphy)」とヒップホップの「グラフィティ(graffiti)」を組み合わせた“Calligraf2ity(カリグラフィティ)”と表現されることが多かったと思うのですが、その言葉というか概念が生まれたのはいつごろですか?
高校のときですね。中学のときにヒップホップを聴く流れでグラフィティを知り、さらに高校で書道が英語でカリグラフィというのを知って、“Calligraf2ity“という言葉を作りました。ただ、今はグラフィティ・ライターたちと仲良くなるにつれて、その言葉の意味を自分の中で噛み砕けなくなっちゃって。正直、今は“Calligraf2ity”ってあまり言ってないですね。「グラフィティと書道を融合させた」という文言も自分では言ってないし、何かの記事でそう書かれてから言われているだけなので、“Calligraf2ity”は使うけど、「融合させた」は使ってほしくないという気持ちです。
ゲーマーの聖地・幕張メッセで“決戦”
今の時代だからこその書道
──改めて今回、「Apex Legends Asia Festival 2024 Winter」の公式アンバサダーに就任することになった経緯や、最初にその話を聞いたときの率直な感想などを教えてください。
以前、「Apex Legends」 3周年の映像コンテンツに出演したことがあり、今回で2回目のコラボレーションになります。私自身は「Apex Legends」どころかゲーム自体もこれまであまりやってきていないため、時間を作って挑戦している状況で、「Apex Legends」は実際にプレイしてみると自分にはめちゃめちゃ難しかった(笑)。上手い人がプレイしているみたいに、スムーズに武器を取ってスムーズに攻撃するみたいなのはすごいなって思います。
──今回のイベントではApex Legendsトレーラー「Only One King」の作曲家のTommee Profitt、歌手のJung Youth、和太鼓パフォーマーの彩、そして万美さんという4組がコラボレーションをして、オープニングアクトを務めるということが決定しています。
アンバサダーに関しては最初の依頼から二転三転していて、途中でもしかしたらパフォーマンスも……という話になり、(昨年の)11月か12月にはオープニングアクトの話が正式に決まっていたような気がします。あとそうだ、キービジュアルに入っている“東京”の文字は最初に依頼がありましたね。
──オープニングアクトで決まっていることを、現時点の言える範囲で教えてください。
現時点で決まっているのは、和太鼓パフォーマーの方とコラボすることと、私が書く文字は“決戦”だということ。最初は“決戦”を1分で書いてほしいと言われましたが、それは無理ですと伝えて、1分半に伸ばしてもらいました。あと私からの要望として、赤背景に白文字で書きたいと今ちょうどお願いしている段階です。
──これまでもコラボレーションでのパフォーマンスはけっこう経験していますよね?
そうですね。ビートボックスの大会で日本3連覇しているKAIRIは大親友でよくコラボしていますし、ほかにも鎮座DOPENESSさんやDJ MUROさんとご一緒させてもらうこともありました。あとヒップホップ以外にもバイオリンやピアノやアコーディオンの方とか、三味線の方も多いですね。
──これまでのコラボの中でも、今回は幕張メッセという大きなステージです。
そうですね。<POP YOURS>だと思って。自分としては過去最大規模のステージですね。実際にステージで書くサイズは、縦2m×横3mで提案しています。
──ゲームというある意味でアウェイなステージかもしれませんが、万美さんはこれまでいろいろなジャンルに飛び込んでいってコラボしてきた方なので、らしいと言えばらしい挑戦ですね。
今まで経験していない場所で書かせていただけるというのは本当にありがたいことですし、そこで全く違う世界を見られるというのもすごく楽しみにしています。パフォーマンスは書いたときに歓声が起こるとありがとうっていう気持ちになりますし、書いたあとにもう一度依頼が来ると何かが響いたのかなってうれしくなりますね。あとは書いた作品の前で記念撮影をしてくれるのも純粋にうれしいですよ。
──今後、万美さんが挑戦したいと思っていることがあれば教えてください。
VRのQuest 2を手に入れて、仮想現実内での書道を始めたので、もっとやっていきたいです。私自身、新しいテクノロジーにはすごく興味があるので、そういったものと書道を組み合わせて、今この時代だからこそできる形を作れたらいいなと。新しいことをやっても自分に書道の基礎があるというのはすごく強みですし、そこから派生する分にはどこまででも派生はできる──そんな自信を持ってやっていきたいです。
──万美さんが書道において常に大切にしていることは何ですか?
歴史を重んじること。歴史に則ったものを生み出す。サンプリングであり、温故知新。独りよがりの書道はやりたくないですし、これからも続く歴史の通過点に自分がなっていくようにしたいです。
──以前から口にしている「人間国宝になる」という目標は近づいてきていますか?
近づいているかと言われれば、まだまだ一歩も出ていないと思います。スタートラインのもっともっと奥の方で、靴紐を結んでいるぐらい。いや、靴紐を穴に通し始めたぐらいですね。
Interview&Text by ラスカル(NaNo.works)
Photo by Miki Yamasaki
PROFILE
万美 / MAMIMOZI
INFORMATION
Apex Legends Asia Festival 2024 Winter
・開催日程:
2024年2月24日(土) 開場10:30 / 開演12:00
2024年2月25日(日) 開場10:30 / 開演12:00
・場所:幕張メッセ 4-5-6ホール (千葉市美浜区中瀬 2-1)
・アクセス:
JR京葉線 – 海浜幕張駅(東京駅から約30分、蘇我駅から約12分)から徒歩約5分。
JR総武線・京成線 – 幕張本郷駅(秋葉原駅から約40分)から「幕張メッセ中央」行きバスで、約17分タイトル:Apex Legends
・主催:RAGE(株式会社CyberZ、エイベックス・エンタテインメント株式会社、株式会社テレビ朝日)
・協力:Electronic Arts
・日本配信プラットフォーム:RAGE 公式YouTube、Twitch