lyrical school・hanaのコラム『“スキ”は細部に宿る』第18回「小旅行備忘録」。hanaが出会った古今東西の“スキ”を掘り下げていくとともに、撮り下ろし写真も掲載。出会った時、靄のかかった生活に光が刺すようなその一文、一瞬、一枚を紹介していきます。(Qetic編集部)
電車
遠い所に行きたいな、と急に思い立った2月某日。行き先は、迷わずとも学生の頃からずっと行きたいと思っていた直島・豊島に決まった。出発するその日に新幹線の切符を手に入れて、東京から新幹線で約3時間、岡山駅へと向かった。そして在来線に乗り換え、直島・豊島行きのフェリーに乗ることができる港がある宇野駅を目指した。電車に乗り込むと半日かかった移動による疲れがどっと襲ってきて、座る場所を探しながら車内を見渡していたら、現地の人が補助席の出し方を教えてくれた。体を預けることによって椅子になる映画館の席みたいに、少し心もとない折り畳まれた板でできた補助席に腰をおろして、約1時間電車に揺られながら到着を待った。
競輪場
チェックイン日の前日に予約が取れたのは宇野駅から徒歩20分離れた、歩くのにも少し気が滅入るけれどタクシーを呼ぶのにも勿体無い距離にある、競輪場に併設されたホテルだった。その日の最後の力を振り絞って歩いて行くことにした。駅から離れていくと、建物も街灯も少なくなり、辺りがどんどん暗くなっていく。道の両脇にそびえる山は黒いペンで満遍なく塗りつぶされているかのように真っ黒で、まるで肝試しをしているみたいだった。地図アプリが示す道を信じて歩いていくと、急に競輪場の入口が現れた。そして、その奥に明るい光が見えた。希望の光だ。チェックインをして、ホテルのすぐ隣にあるレストランでおいしい夕食を済ませて、明日に向けて早めに眠りについた。
船
船に乗るのは久しぶりだった。普段乗り物酔いはしないが、乗り込んですぐ、その気になれば酔えるな、というほどの揺れを感じた。だが出発してしまえば、船ってこんなに速かったっけ、と思うほどにスピードが速く、そんな心配はいらなくなった。宇野港から豊島まで20分間、あっという間に豊島に到着した。
バス
島に着いてすぐに豊島横尾館を鑑賞してから、小さなバスに乗って豊島美術館まで向かった。どちらの美術館も、撮影禁止でよかったと思う。これほどに「実際に行ってみないと分からない」を感じた経験は、今までの人生であまりなかった。
古本屋
駅周辺を歩いていたら古本屋を見つけた。本好きの友人が読んでいた詩集と、全然知らない著者だけれど、何となく家に持って帰りたくなったエッセイをレジへと持って行った。店内では、本に囲まれながら、お手製のたい焼きを食べることができるらしい。この後、隣のラーメン屋で夕食を取ることを決めていた私は、泣く泣くたい焼きを後にした。
こたつ
翌日の朝。港町を散策していたら、鮮魚店を見つけた。
地元の人々で賑わうアットホームな市場で、獲れたての魚を販売しているだけではなく、食事の提供もしていた。朝ごはんはここで食べよう、と決めた。
こたつに入りながら食事ができるスペースがあった。私は迷わずこたつの席を選び、冷たい潮風と、足からじんわりと伝わってくる暖かさを楽しみながら海鮮丼をいただいた。
たが、食べ終わってこたつから出た時は涙が出るほどに寒く、家にこたつはいらないな、と思ってしまった。
海
島を散策している間、海の近くなのに、そこまで強くない心地よい風に吹かれていた。山を少し下ると、ビーチに降りることができる場所があった。
海水は透き通ったサファイアブルーをしていた。
夏には海水浴に来る観光客もいるのだろうか。そんなことを考えながら、潮の満ち引きを眺めていた。
雨
二日目は生憎の雨だった。今度は直島へと向かう日だ。
雨は大地を濡らすものだと認識していたけれど、雨粒が海に静かに吸収されていく様をフェリーから眺めていると、東京からはるばるやってきてよかったな、と思った。
お土産
旅先で、お土産を買う時間を作ることが苦手だ。
持って帰ることができる思い出の品が、地中美術館で購入したモネのしおりだけになってしまった。形として残せる物がほとんどなくて少し残念だったけれど、夢を見た後、本当に夢を見ていたのか確信を持てなくなってしまうあの現象みたいにいっそしてしまおうと思った。