2013年に刊行されると、そのふしぎな世界観が子どものみならず、大人たちの心もつかみ、現在では全世界で累計発行部数が1100万部を超える大ヒットシリーズとなった「ふしぎ駄菓子屋 銭天堂」(廣嶋玲子・作、jyajya・絵)。2020年にはアニメ映画化・テレビアニメ化もされている同作品が、このたび待望の実写映画を果たし、12月13日(金)に公開を迎えることとなった。
監督を務めるのは、『リング』『仄暗い水の底から』『クロユリ団地』『スマホを落としただけなのに』など、ジャパニーズホラーをはじめとする数々の名作を手掛けてきた中田秀夫。中田監督はかねてから「ふしぎ駄菓子屋 銭天堂」の実写映画化を熱望し、今回の実現に至ったという。
そして映画を彩る主題歌は、水曜日のカンパネラの“願いはぎょうさん”(11月13日リリース)。プロデューサーのケンモチヒデフミが映画のために書き下ろした楽曲で、映画を観終わったあとに、「みんながポジティブな気持ちになれたら……」という願いを込めて制作され、作品のストーリーに寄り添った歌詞とキャッチーかつ中毒性のあるメロディーが水カンらしい一曲だ。
今回は監督を務めた中田秀夫と、プロデューサーとして水曜日のカンパネラの世界観をプロデュースするケンモチヒデフミの対談を実施。両者の視点から「ふしぎ駄菓子屋 銭天堂」の魅力と映画の見どころ、水曜日のカンパネラとの世界観のリンクなどについて語ってもらった。
水曜日のカンパネラ『願いはぎょうさん』
対談:中田秀夫 × ケンモチヒデフミ
“願いごと”を叶える上での“リスク”
「銭天堂」に登場する駄菓子というメタファー
──まずは、映画「ふしぎ駄菓子屋 銭天堂」に携わることになった経緯から教えてください。
中田秀夫(以下、中田) 僕は自分から実写映画化したいと提案しました。基本的にはオファーを受けることが多いので例外と言えば例外ですが、自分の家族から「銭天堂」を実写化したら面白いと思うよ!」と言われたのでやってみようかと。原作者の方とKADOKAWAにお願いして、僕のチームに任せてくださることになったのですが、そのときに原作の廣嶋玲子さん、jyajyaさんからひとつだけリクエストがあって。それは「ホラーにはしない」こと。実はこれは願ってもないことでした。ホラー、サスペンスではない映画、観終わりが温かい気持ちになるような映画はこれからぜひともやっていきたいと思っていましたので。もちろんよどみの方にはドキッとする描写を入れてはいますが、あまり“おどろおどろしく”ならないようには意識しました。
ケンモチヒデフミ(以下、ケンモチ) 私も「銭天堂」という作品を元から知っていて、主題歌のお話をいただいてから改めて読んだのですが、今の子どもたちはこんなに有用な児童書というか、大人にも学びがあるような作品に触れて大きくなっていくのかとうらやましく思いました。友人の姪っ子も「銭天堂」がすごく好きで、小さいころに読み聞かせをしていたそうです。そういう素敵な作品の映画に、主題歌という形でご一緒にできてとてもうれしいです。
──実写化するにあたって、最初のハードルはどういった部分にありましたか?
中田 原作と先行しているアニメのファンの人たちが観て失望しないようなものにしなきゃいけないし、それらをそのまま真似するわけにもいかない。例えば映画の中の招き猫を、アニメーションに近い形でやると少し違和感があるかもなと。なぜかというと、映画の場合は、実写の人間と共存しなきゃいけないので。紅子を演じる天海(祐希)さんが抱っこをするときにアニメーション的な招き猫のままだと、アニメの世界に天海さんが入っているように感じられるかなと。そのバランスはやっていく中で改めて難しさを感じました。あと実際は長身でスリムな天海さんを、いかに紅子のイメージに近けるかというのも、特殊メイクを何回もやり直して実現しました。ビジュアルイメージが先行してあるということが、実写化にあたっての最初のハードルでしたね。
──資料を拝見すると、天海さんの特殊メイクに毎回3時間はかかったそうですね。
中田 ポンっとマスクをかぶって終わりではないので、顔のパーツごとに分けて、繋ぎ目がわからないように貼り付けていきました。顔だけでなく手や体つきなどもこだわって、自然に着物を着た状態で紅子になるように仕上げると、やっぱり3時間ぐらいはかかりましたね。
──キャストのみなさんからは「熱量のある中田監督」「中田監督の情熱やバイタリティ」「こだわり抜かれたヘアメイクと衣装」などの賞賛のコメントがありました。
中田 撮影期間中はちょっと寝不足気味なので、眠気覚ましで現場では必ずハチマキを巻くんですよ。それで号令をかけるからかな。あと日本映画の現場は、アメリカとかと比べると時間的にせわしない部分もあるので、「さあ、どんどん撮るぞ!」という熱は出やすいかもしれない。でもすべては俳優さんたちが「銭天堂」の世界観を理解して、自分の役の意味合いを理解できれば、僕がやることはしっかりと見るだけなんですよ。僕がいつも思っているのは、ああしてこうしてって難しいことを自分の中では考えるけど、現場でそれを言葉で俳優さんに伝えるよりも、演じる俳優さんが気持ち良く集中できる状態を作って、あとはしっかり集中して見る。その上で見てなにか違うと思ったことを言うと。僕は監督だけど、ありがたいことに世界で初めての、自分の映画の観客でもある。その自分の“観客心”をいい意味で刺激してくれる場面が撮れれば、それでOK。だから本来、何も言わずに事が進むのが一番気持ちいいけれど、なかなかそうはいかないですよね。
──そうですね。ケンモチさんとしては主題歌を担当するにあたって、映画「ふしぎ駄菓子屋 銭天堂」という作品のどういった部分にフィーチャーして楽曲を制作しましたか?
ケンモチ 僕は撮影したシーンを観させていただいて曲作りを進めたのですが、さすが中田監督がやられているだけあって、ホラーではないかもしれませんが、すごくリアリティを感じました。あと物語はファンタジックだけど、それが現実世界と違和感なくシームレスにリンクしているのが印象的だったので、そういった部分を意識して楽曲制作に取り組みました。作品の主題である、“願いごと”を叶える上での“リスク”みたいことも意識しましたし、駄菓子がメタファーとしても面白いなと。駄菓子に子どもが惹かれるのって、どこかで背徳感があるからだと思うんです。甘いし、色もきれいだし、かわいらしいし。でも食べすぎると良くないみたいな。
──作品に登場する駄菓子はどれも、大人の目から見ても魅力的に映りました。それが願いごとともリンクしていて、リスクがあっても、思わず食べてしまう。
ケンモチ この作品でも願いごとを持つこと自体はいいことだけど、それが人に言えない方法で、黙って自分だけでこっそり叶えようとすると失敗してしまう。でもそれって現実社会でもそうですよね。だから願いごとや言えないような悩みがあったら打ち明けようみたいなところに、僕はこの作品の主題があるような気がして、“願いはぎょうさん”の歌詞に起こしていきました。それと「銭天堂」は子どもが読みやすい絵や世界観の中に、大人が読んでもためになる深い気づきがある。それをモチーフに曲にするなら、入り口はすごくポップな感じで間口が広いけど、どんどん曲が進行していくにつれて出口がきゅっと狭まって、聞き終わったころには「深いことを言ってる曲だった」と思ってもらえるような曲にしたくて、ああいう曲と歌詞の構成にしました。
中田 お祭りっぽいにぎやかな感じとか、願いの中には「他人を出し抜きたい」というドロドロした欲望もあるとか、曲に関してそういうお話はして。ケンモチさんには映像を大きなスクリーンで観ていただいて、たくさん話し込んだわけではないですが、すぐに作品の世界観を理解していただいているなという感触があったので、安心して主題歌をお待ちしていました。
【最新映像】映画「ふしぎ駄菓子屋 銭天堂」予告2【12月13日(金)開店】
“たくさん” よりも “ぎょうさん”
「3秒半」で曲が流れるエンドロール
──作品の中で願いごとを叶えるために、駄菓子を食べるキャラクターが何人か登場します。その中で、中田監督とケンモチさんは特に誰に対して感情移入しましたか?
ケンモチ 僕はやっぱり伊原(六花)さん演じる相田陽子ですかね。伊原さんの鬼気迫る演技もすごかったですし、陽子の転落っぷりが印象的でした。大人が観てもヒヤッとするような描かれ方をしていて、特にそういうシーンを意識しながら曲に落とし込んでいきましたね。
中田 「銭天堂」はファミリー向けの映画だけれど、子どもたちだけではなく、その親の世代や、10代、20代の若者たちにも届けたい。その意味で駄菓子で願いを叶えたい人物として、雄太や藍花といった小学生、まどかや百合子といった高校生、そして陽子のような大人など、いろいろなお客が登場します。中でも陽子は映画ならではのキャラクターですし、伊原さんには相当振り切って演技してもらった。僕も陽子の、両方の店の駄菓子に翻弄される人間臭さはとても好きですね。
──陽子が食べた“おしゃれサブレ”は、原作では書影や本文で名前が登場しているのみで物語化されていないということから、ファンとしてもうれしい演出だと思います。
中田 改めて人間の欲って真面目に考え出すと、すごく深い、思いテーマだなと。陽子は周りから認められたいという欲のために、まずはおしゃれになりたい。それ自体はまっとうな願いだけれど、目的を見誤って手段が極端になっていくことには気をつけないといけない。
ケンモチ 陽子さんのファッションも、最初に買った服はおしゃれだったけど、最終的にはもはやおしゃれではなくなっているっていう。服を買うのは自分のセンスを良くしたいためだったのに、逆に服を買うっていうことの方に目的がいってしまった。さらに渦中にいる陽子さん本人は、欲望のグラデーションの変化に気がつかないっていう恐ろしさがありましたね。
──もし中田監督やケンモチさんが子どものころに戻ったとしたら、どんな駄菓子を食べたいですか? 銭天堂でも、たたりめ堂でも、登場していない駄菓子でも構いません。
ケンモチ やっぱり子どもだったら、クラスの人気者になれる駄菓子がいいですね。でも大人になった今だと、“ヤマ缶詰”が最高だなって。曲を作ったり、エンタテインメントのコンテンツを考えたりするときに、大衆に何が受けているのかは今でも手探りなので。曲を作るときにピアノの鍵盤が浮かび上がって、「これか!」みたいにわかる“ヤマ缶詰”があれば買います。
中田 僕らの世界でも、今から25年ぐらい前の僕が監督として駆け出しのころは、まだまだコンピューター技術が発展していなかったけど、「コンピューターで薔薇色の未来が」みたいな時代で、ゆくゆくは勝手にシナリオを書いてくれるらしいみたいな話がありました。それが今やAIでいろいろなことができる時代ですからね。話を戻すと、僕は小学校のときに巨人のピッチャーになりたかったので、エースピッチャーになれる駄菓子があったら食べたかったな。
──ここまでお話を聞いてきて、改めて「銭天堂」の世界観や作品に込められたメタファーが、“願いはぎょうさん”の歌詞とすごくリンクしているなと感じました。
中田 ちなみに“たくさん”ではなく、“ぎょうさん”という言葉を選んだのはなぜですか? 僕は岡山出身で、子どものころから“ぎょうさん”という言葉はけっこう使っていましたが。
ケンモチ 役柄的に「◯◯でござんす」というような話し方の紅子さんに似合うのと、“ぎょうさん”の方が聞きなれない言葉で特別感があり、ニュアンス的にも“たくさん”よりも“ぎょうさん”の方がものすごく多い雰囲気がある。言葉として発音したときも面白いなと思いました。
中田 すごくいいし、作品にも合っているなと。おそらく漢字だと“仰”ぎ見る“山”で「仰山」。たしかに “たくさん”よりも“ぎょうさん”の方が、感覚的にとても多い印象が出ますね。
──映画は12月13日(金)に公開を迎えますが、一足早くまず完成した映画を観て、主題歌を聴いて、キャストやスタッフの方たちからはどんな反応がありましたか?
中田 キャストとスタッフみんなで観る試写で、僕の前の席が天海さんでした。顔は見えないけど、途中で笑ったりしている様子は少しだけわかるぐらいでしたが、エンドロールで“願いはぎょうさん”が流れたら、天海さんが音楽に乗ってリズムを取り始めたんです。それを見て「やった!」となりましたね。映画も曲も素晴らしいと思ってくれたからこそ、そうやって乗ってくれたと思うので。
ケンモチ そのエピソードは初めて聞きました。すごくうれしいです。
中田 エンドロールに関しては、物語が終わって黒味がどれだけあって、何秒後に主題歌を流すのかを、何度も時間を測って試しました。ただ何回やっても、しっくりくるのは「3秒半」。そういうのは半秒ズレても気持ちが悪いものなんです。映画のための書き下ろしの楽曲であっても、本当にしっくり来ることはそうそうないので、素晴らしい主題歌を作っていただけたと思っています。
──“願いはぎょうさん”に関する詩羽さんのコメントにもありましたが、映画も主題歌も、最終的には「ポジティブな気持ち」になることは大切なテーマでしたか?
ケンモチ この作品は、願いを持つこと自体がネガティブなのではなくて、「それをどうするのかはあなた次第」というメッセージがあるように感じました。なので観終わったあとにお客さんに「楽しかったね」って言ってもらえるトーンでいこうと思いましたし、駄菓子屋さんは子どもにとって“非日常の遊園地”のようなものなので、そのイメージは音作りで参考にしましたね。あと僕が水曜日のカンパネラで曲を作るときは、複雑なメッセージは言わないようにしています。ただ今回、「銭天堂」という作品の伝えたいメッセージを、水曜日のカンパネラの世界観に落とし込んで曲にできたので、改めて素晴らしい機会をいただけたことに感謝しています。
中田 僕とずっと一緒にやってきた助監督に、「中田さん、これからはこういうあったかい映画が向いてますよ」って言われましたね。僕も自分ではそういうほんわかした部分がある性格だと思ってはいます。改めて、映画の本編が終わったあとに、そこからさらにもう一段気持ちが高揚して終われる曲を作っていただけました。ありがとうございます。
Interview&Text by ラスカル(NaNo.works)
INFORMATION
願いはぎょうさん
2024年11月13日(水)
水曜日のカンパネラ
ふしぎ駄菓子屋 銭天堂
公開:2024年12月13日(金)
出演:天海祐希
大橋和也 伊原六花
平澤宏々路 伊礼姫奈 白山乃愛 番家天嵩 今濱夕輝乃
山本未來 渡邊圭祐 田中里衣 じろう(シソンヌ)
上白石萌音
原作:「ふしぎ駄菓子屋 銭天堂」シリーズ 廣嶋玲子・作 jyajya・絵 (偕成社刊)
監督:中田秀夫
脚本:吉田玲子
音楽:横山克
制作プロダクション:KADOKAWA
製作:映画「ふしぎ駄菓子屋 銭天堂」製作委員会
配給:東宝
©2024映画「ふしぎ駄菓子屋 銭天堂」製作委員会