クラフトワーク(KRAFTWERK)は、紛れもない伝説だ。彼らはテクノポップ、もしくはエレクトロミュージックなるジャンルのパイオニアとも呼ばれ、アメリカとイギリス以外の場所からも世界的なポップミュージックが生まれることを証明しただけでなく、1970年の結成以後、テクノロジーと人類との関係性を徹底的に探求し続け、様々な領域のアーティスト/ミュージシャンたちに絶大な影響を与えてきた。そんなクラフトワークが、約7年ぶりに来日ツアー『MULTIMEDIA TOUR 2026』を敢行(ライブはFUJI ROCK FESTIVAL ’24の2日目のヘッドライナー公演以来約2年ぶり)。本記事では、5月1日にSCGホール有明にて行われた東京公演1日目の模様をお届けする。
KRAFTWERK MULTIMEDIA TOUR 2026
2026.5.1 at SGC HALL ARIAKE

完璧なパフォーマンスだった。というか、圧倒されてしまった。
すでに彼らのライブをご覧になったことのある方のほとんどが知っているように、クラフトワークのライブは2000年代序盤から、ステージ上にメンバーが横並びになり、それぞれが直立して機材を触りながら進行していく形だ(10年代前半のある時期は観客が3Dメガネを着用して体験するという特別な演出はあった)。基本MCはなし。観客を煽るなんて以ての外。それは今回も例外ではなかった。電飾スーツを着た4人がステージに並び、動きという動きはなし。その上、2003年のアルバム『Tour de France』以降、クラフトワークはオリジナルアルバムをリリースしていない。つまり、ライブのスタイルに変化はなく、新曲という新曲もないということだ。にも関わらず、クラフトワークが届けたのは間違いなく素晴らしいライブ体験だったのだ。
この圧倒的なライブ体験の大きな要因の一つは、おそらく会場に由来しているだろう。2026年3月に開業したSGCホール有明には、日本国内のホールとしては初めてイマーシブサウンドシステム「d&b Soundscape」が常設導入されている。テクノロジーと人類との関係性を徹底的に探求し続けてきたクラフトワークだからこその会場選びと言えるだろう。その筋の専門家ではないので下手なことは書けないのだが、事実としてライブの序盤で“Numbers”、“Computer World”と披露した時点で音響の良さは際立っていた。立体的で、音量も十分。だが耳が痛いということもない。これまで聴き馴染んできたクラフトワークの名曲の数々を、このような優れた環境で聴くことができるというだけで価値があると言っていい。それに加え、この抜群の音響設備は、個人的にクラフトワークの音楽に対して抱いていた印象──機械的で無機質、それが徹底されているからこそ踊れない音楽であり、それゆえに素晴らしい──をも覆してくれた。四方八方から響く音が身体を自然と揺らし、踊りたくなる。これはとても嬉しい発見だった。言い換えるなら、クラフトワークがこれまでヒップホップやデトロイトテクノに天啓を授けたことを身体で納得する体験だったのだ。

もちろん、このライブを完璧たらしめている理由は他にもある。これまでの彼らのライブでもそうだったが、『MULTIMEDIA TOUR』と題された今回のツアーでも音だけでなく、映像、照明などが完全に同期している点はいつ観ても新鮮だ。中でも“Spacelab”では、レトロフューチャリスティックな映像で宇宙船がSGCホール有明に到着し、“Autobahn”ではチープな映像で高速道路を走る車内が、“Tour de France”では疾走する自転車が映し出されるなど、テーマに応じた移動するための乗り物のモチーフが度々現れた点は、クラフトワークが人類の発展をどれだけ意識してきたかを物語っていただろう。なお、クラフトワークにはステージ上に映像を制御するメンバーがいるのも特徴で、2023年以降はゲオルク・ボンガルツ (Georg Bongartz)がその役割を担っている。
この日のハイライトは、間違いなく坂本龍一へのトリビュートとして鳴らされた“戦場のメリークリスマス”からの“Radioactivity”だった。坂本龍一とステージの上にいるクラフトワークの創設者でバンドリーダーであるラルフ・ヒュッター(Ralf Hütter)が、笑顔で映る写真が映し出され、“Radioactivity”の日本語歌詞を坂本が監修したエピソードか語られると、“戦場のメリークリスマス”が荘厳に鳴り響く。その間、モニターは真っ暗で、4人の着ているスーツだけが発光しており、この日のライブ中、最も静寂と共に過ぎていった時間だった。そして、心音のようなドラムが徐々にスピードを増して“Radioactivity”へ。<日本でも 放射能><きょうも いつまでも><フクシマ 放射能><空気 水 すべて>というリリックがモニターに映る様は強烈だ。もちろんこれだけを切り取るなら、福島で今も生きる人々への侮辱とも受け取られかねない危険は孕んでいるが、坂本とクラフトワークの関係性を踏まえてその音を浴びていると、彼らが放射能や原子力発電に対して、この歌詞を採用した当時からどれほどの危機感を抱いていたのかがはっきりと伝わってくる。そもそも、Kraftwerkとはドイツ語で発電所を意味しているように、テクノロジーと共に進化し続けてきたクラフトワークにとって動力源はどんなときも重要だったに違いない。何より、中東情勢の緊迫に応じて、ホルムズ海峡が事実上封鎖されるなどエネルギー問題に直面する現在においても、“Radioactivity”は私たちにとって重たい問いを投げかけていた。
約2時間ほどのライブ本編のラストは“Boing Boom Tschak”〜“Techno Pop”〜“Musique Non Stop”のメドレー。過去のライブでも最後に演奏されることの多いメドレーであり、とりわけ“Techno Pop”〜“Musique Non Stop”の流れは、伝説として世界中に認められる存在となった後も、例えば2008年のオリジナルメンバーだったフローリアン・シュナイダーの脱退や彼の死など、様々な困難を乗り越えて活動を続ける彼らを象徴しているだろう。メドレーが終盤に差し掛かると、クラフトワークは一人ずつ観客に深く頭を下げて去っていく。それはライブ中ほとんど人間的な動きのなかった彼らが血の通った人間であることを確認できる貴重な瞬間でもあり、どこか安心を覚える瞬間でもある。逆説的に言えば、それほどライブ中の彼らは音や映像の制御に徹していたということだ。最高齢のラルフが79歳で、ほぼ不動の直立で2時間パフォーマンスを届けていることも、冷静に考えると常軌を逸している。メンバーそれぞれに、割れんばかりの拍手が降り注いでいた。

アンコールでは“The Robots”を披露。冷たいサウンドに、機械的な音声で<We are the robots(我々はロボットだ)>というリリックが響き渡る。これぞクラフトワーク! テクノロジーと人類との関係性を探求し続け、それによって様々な視点を、疑問を、私たちに与えてくれるのだ。
現在の私たちの日常の中には、配膳ロボットも、AIも、自然と組み込まれているが、それは私たちの願ったことだったのだろうか。テクノロジーとの同居/共生の先に何があるのか。その先を、私たちは本当に求めているものなのか。私たちは折に触れて自らに問い直す必要があるのだろう。そして、きっとクラフトワークほど楽しさの中にそのような機会を生み出す存在は他にない。まだクラフトワークのライブを体感したことのない方は次の機会を逃さないでいてほしいと願うと同時に、何度でもこのような体験をしておくべきだと強く感じた一夜だった。
Text by 高久大輝
Photo by 土居政則
INFORMATION
KRAFTWERK MULTIMEDIA TOUR 2026
2026.5.1 at SGC HALL ARIAKE
set list
01.Ansage
02.Numbers – Computer World
03.Home Computer
04.Spacelab
05.Airwaves
06.Tango
07.The Man-Machine
08.Electric Café
09.Autobahn
10.Computer Love
11.The Model
12.Neon Lights
SAKAMOTO ~ Merry Christmas Mr. Lawrence (Tribute to Ryuichi Sakamoto)
13.Radioactivity
14.Tour de France
15.Trans-Europe Express
16.Pocket Calculator (Dentaku)
17.La Forme
18.Planet of Visions
19.Boing Boom Tschak
20.Techno Pop
21.Musique Non Stop
Encore
22.The Robots
Radio-Activity: 50th Anniversary Edition

2026.05.15 (FRI) Release
ドイツが生んだ偉大なるテクノ・バンド=クラフトワーク。結成以来一貫してクラウトロックの代表格として、またテクノポップを開拓した先駆者として革新的なサウンドとヴィジュアルを創り出し、その前衛的なライヴ・スタイルとともに、音楽シーンに大きな影響を与え続けている彼らの魅惑的なモダニズムの傑作、『放射能(ラジオ-アクティヴィティ)』が新たなアートワークとドルビー・アトモス・ミックスを含むブルーレイ・オーディオ、そして新たなアートワークでのピクチャー・ディスク・アナログLPの2形態でのリリースが決定!