SNSが個々の意見を平均化し、AIで答えを最適化する判断が当然となりつつある現代。効率の外側にある価値を、私たちはまだ信じられているだろうか?
既成概念を破壊し、世の中に変化を生み出す「Disruption Company」として日々思考し、実践し続けているTBWA\HAKUHODO。同社は「Open Disruption®」の一環として、幅広い分野の実践者(Disruptor)を社外から招き、社会の変化の兆しや新たな価値の可能性を深掘りするオープンな対話の場<Disruption Lounge>を定期開催している。その第6回となるセッション「最短と最探〜経済合理性だけではない価値のみつけ方」では、効率化・均質化が極端に重視される社会で、あえて遠回りし深く探究することの意義を問うトークが繰り広げられた。

REPORT:<Disruption Lounge>
「最短と最探〜経済合理性だけではない価値のみつけ方」
本セッションには、「SEA TO SEVEN SUMMITS」の実現を目指す冒険家の吉田智輝氏の他、著書『スマホ時代の哲学 なぜ不安や退屈をスマホで埋めてしまうのか』で知られる哲学者の谷川嘉浩氏、そして地域から日本を変えることをめざし京都から社会課題解決に挑むSlow Innovation株式会社 代表取締役の野村恭彦氏が登壇。TBWA\HAKUHODOからは、本テーマを発案したInsight Strategistの宮井美咲氏、Plannerの山本竜童氏、Art Directorの秀島康修氏が加わり、Head of Planningの堀江雄一郎氏がモデレーターを務めた。合理性や最適性が求められる「最短」の社会で、頂を目指し、思索を重ね、地域に根ざす。それぞれの視点から「最探」に新たな光が当てられた。

目的に縛られず、
遠回りする思考
最適化の果てに、似ていく広告
セッションは、モデレーターを務めたTBWA\HAKUHODOの堀江氏による、広告業界の自己批判から幕を開けた。
AIが世の中に普及し、誰もがその恩恵を受けながら、その一方で効率化の波によって、誰が見ても「正解」とされる答えが標準化されていく。そんな現代において、正解へ最短距離でたどり着こうとする姿勢を「最短」とするなら、今回の<Disruption Lounge>でその可能性を模索した「最探」はその対極にある。探検や探求の「探」を冠した、遠回りの思考だ。
このテーマの出発点には、Insight Strategistの宮井氏が抱いた違和感があった。日々トレンドを追う仕事をする一方で、彼女は学生時代からオーケストラや美術、読書に親しんできた。そんな彼女が衝撃を受けたのが、「中学受験のために読書はさせない」という投稿がSNSで拡散されていたことだったという。

「本を通して、考え方の違う人のことを想像する力を育ててもらったと思っているんです」
「最探」とは何なのか。その輪郭を最初に示したのが野村氏だった。野村氏は最短と最探の関係を、「ファスト」と「スロー」という2つの合理性で捉え直す。ファストは、目的に最適化された「道具的合理性」だ。たとえば「今日中にこの成果物を仕上げる」と決めれば、関わる人はみな、その目的を果たすための道具として扱われる。何を感じ、何をしたいと思うかは、脇に置かれてしまう。対してスローは、単にゆっくりすることを指すのではないという。

「目的を手放すことで、一人ひとりの人や自分自身に誠実になれる。これを実存合理性と呼んでいます」
野村氏が示す「Nモデル」によれば、ファストの世界で上り詰めた人の多くは、実存的に生きようとしても、結局は稼ぐための世界との行き来に戻ってしまうという。その先にある、スローのまま創造的に生きる道をどうつくるか。それが、この日野村氏が投げかけた挑戦だった。
「たぶんこれが最適解!」
最短を選んでいる“つもり”の私たち
最短に偏りすぎた社会をどう見るか。最初の問いに対し、谷川氏はまず矛先を内側へ向けた。
「常識や既成概念を疑うときに、まずやらなければいけないのは、世の中ではなく、自分を疑うことだと思うんです」
「常識を疑え」という言葉は、もはや聞き飽きるほど使い古されている。ともすれば、ライブハウスの壁際で腕を組んで状況を眺めるような、冷めたポーズにもなりかねない。谷川氏自身、家事や仕事は効率化したいし、メールの返信はAIに任せたいと思うこともあるという。エネルギーを節約したいのは人間の普遍的な性質で、テクノロジーはそれを後押ししてきたにすぎない。

問題は、その最短が本当に最短なのか、ということだ。谷川氏は、三宅香帆の『考察する若者たち』で引用されていた高松美咲の漫画『スキップとローファー』のセリフ「たぶんこれが最適解!」を挙げる。
「“一番”というのは、本来すべての選択肢を探索してからでないと言えないはず。私たちは検証もせずに、最短っぽいものを選んでいるだけなんじゃないか」
最適解を外部に委ねる感覚は、もはや誰にとっても他人事ではない。迷ったらひとまずAIに聞き、もっともらしい答えが返ってくれば、それを採用する。考えたつもりのまま、私たちは今日も「たぶんこれが最適解!」を選び続けている。
なぜそこまで最短を急ぐのか。ソーシャルの現場に立つ宮井氏は、その理由を「限られた時間」に見る。SNSの投稿は、2秒ほどで見るかスキップするかを判断されてしまう。人生も、広告を見る時間も無限にあるなら、誰かが出した最適解など求めないはずだ、と。

この言葉に、野村氏は「現代人のものの見方がよく表れている」と疑問を投げかけた。かつて野村氏は、日本ファシリテーション協会の取り組みで、参加者たちを少人数に分けてDiscord上にグループをつくり、3カ月かけて互いの話を聞き合うよう促したことがあるという。実行したのはたった1人。理由を尋ねると、返ってきたのは「忙しかった」という言葉だった。
「何にそんなに忙しいんだろうと思うんです。最短にしなきゃいけないのは、目標を他人から与えられているからじゃないでしょうか」
思い出されるのは、ミヒャエル・エンデの『モモ』だ。物語には「時間貯蓄銀行」を名乗る灰色の男たちが登場する。床屋のフージー氏は、彼らに言われるまま、老いた母と過ごす時間や客とのおしゃべりを「むだ」と切り捨て、せっせと時間を節約しはじめる。しかし節約すればするほど、彼の毎日は慌ただしく、味気ないものになっていく。そんな街で、灰色の男たちに対抗したのが、ただじっと人の話を聞くことのできる少女モモだった。3カ月あっても、互いの話を聞く時間はつくれない。私たちを急かしているのは、時間の短さではなく、他人から与えられた小さなゴールの多さなのかもしれない。
最短ルートの外側にある風景
他人から与えられたゴールの世界を自ら降りたのが、冒険家の吉田氏だ。かつては金融業界に身を置き、株価の動きに追われる日々を送っていた彼は今、海から人力だけで各大陸の最高峰を目指す「SEA TO SEVEN SUMMITS」に挑んでいる。

北米最高峰のデナリでは、通常セスナでベースキャンプまで一気に飛ぶところ、海から歩き、49日もかけて山頂へと向かった。もちろん、出発点と山頂という明確なゴールはあるし、日程の計画も立てる。その意味では、最短の要素も含まれている。違うのは、その道中だ。
「短い方の最短は、知っている枠の中で最も効率よくやること。探る方は、わからないものが出てくることがキーワードなんだと思います」
飛行機なら一瞬で通り過ぎる場所に、誰も見たことのない景色がある。吉田氏は、自らの旅を「レース」と対比させる。

「レースだと、すぐ隣に思いがけない湖があっても、プランされたルートを外れられない。ゴールが決まっていても、その過程で何かに出会ったときに、時間や心を使えることが大事なんです」
地図アプリが示す最短ルートを、私たちは疑いもなくなぞっている。だが、ルートを外れた先にしかない風景もある。最探とは、ゴールを捨てることではない。道中で立ち止まる余白を手放さないことなのだ。
摩擦のない場所に、思考は生まれない
立ち止まる余白は、思考にも必要だ。それを谷川氏は「摩擦」という言葉で表現する。私たちは一日中、何かを考えているように思える。だが、AとBどちらのチョコレートにするか、といった判断の多くはルーティンにすぎない。
「狭い意味で言えば、摩擦が起こっていないと、思考は生じていないと考えたほうがいいんじゃないか。そこにAIが入ってきて、使うことで考えたことにしてしまっている」
人はカロリーを使いたくない生き物だ。階段とエレベーターがあれば、多くの人はエレベーターを選ぶ。放っておけば、思考もまた楽なほうへ流れていく。だからこそ、摩擦はあえて自分で起こさなければならない。谷川氏がその方法として挙げたのが、孤独だった。ひとりで「本当にこれでいいのだろうか」と自問する時間は、前に進まない時間でもある。だが、その足踏みがなければ、創造性は生まれず、考えの射程も広がらない。

この言葉を受けて、吉田氏は山登りを「身体的な摩擦」と言い表した。エスカレーターで一気に上がれる場所を、わざわざ自分の足で登る。その摩擦があるぶんだけ、自分に返ってくるものがあるという。吉田氏は自身のプロジェクトに「TRUE JOY is never easy」というテーマを掲げている。簡単に手に入る楽しさは、どこか虚しい。本当の喜びは、摩擦の上にしか生まれない。
一方で、私たちの暮らしは摩擦を取り除く方向へと進んできた。堀江氏によれば、広告やECの世界では、購入までのクリック数は少なければ少ないほどいいとされる。だが谷川氏は、摩擦をなくすことの意味をこう捉え直す。

「摩擦は、世界からのフィードバックだと思うんです。摩擦レスにしたいというのは、世界なんてどうでもいいと言っているように聞こえる」
摩擦に価値があることは、頭ではわかる。それでも、実際に一歩を踏み出せるかどうかは別の話だ。山本氏は、そこに欠けているものを「勇気」と呼んだ。
「探る方の価値は、わかっているんです。必要なのは価値の理解よりも、勇気なんじゃないかと思って」

旅なら、航空券だけ取って何も決めずに飛び出せる。それなのに、人生の選択となると途端に足がすくむ。多くの人に覚えのある感覚だろう。
とはいえ「勇気を出せ」もまた、「常識を疑え」と同じくらい使い古された言葉だ。谷川氏はそこに、勇気と蛮勇の違いという補助線を引く。1万の大軍に300人で向かっていくのは、勇気ではなく蛮勇だ。その状況では、退くことこそが勇気になる。「逃げるは恥だが役に立つ」。勇気の形は、状況によって変わるのだ。
その見極めは、どこでできるのか。谷川氏の答えは、ここでも孤独だった。
「孤独の中で、自分の考えや大事なものへの直感を受け止められて初めて、他者とちゃんと議論ができる。そこから勇気を持って語り合い、行動に移せるんじゃないかと思います」
勇気とは、闇雲に飛び込むことではない。ひとりで自分と向き合い、何が大事かを見極めたうえで踏み出すことだ。そして、その先では語り合う相手が必要になる。
小さな多数決が、勇気を生む
では、語り合う相手はどこにいるのか。会社員として働く宮井氏は、率直な迷いを口にした。勇気が必要なのはわかる。けれど、組織の一員である自分に、いったい何ができるのだろうか。
谷川氏はまず、ひとりきりで考えることの限界を指摘する。自分しかいない状況では、「もうできないのではないか」と思い込んでしまいやすい。必要なのは、そのことについて話せる誰かが身近にいることだ。同じ部署ならなおいいが、社内の同期でも、社外の同級生でも構わない。10人が集まったとしても、意見は分かれ、会話はいくつかの小さな輪に切り分けられていく。実際に言葉を交わす単位は、せいぜい3人ほどだ。

「3人いれば、日常のレベルだと多数派を作れるんです。だから仲間が他に2人いるとわかれば、勇気が出ると思います」
「三本の矢」の逸話のように、矢は束ねるほど折れにくくなる。社会や会社を変えるには大きな力が要る、と私たちは思いがちだ。だが、勇気を支えるには、身近な2人の味方がいれば足りる。

会場からも、社内で孤立しながら組織改革に取り組んでいるという参加者から、どうすれば仲間をつくれるのかという声が上がった。野村氏が強調したのは、「決めつけない」ことだった。
「変革の話になると、すぐ他人を変えようとする。その他人のこともよく知らないのに、彼らは変わらないと決めつけてしまうことがすごく多いんです」
周りはみんな効率を求めているはずだ、という思い込み。それ自体が、他人をわかりやすく分類してしまう「最短」の思考でもある。谷川氏は、仲間が見つかる場所として、会議のあとの廊下を挙げた。会議では、誰もが役割を背負って話す。だが、会議を終えた廊下や階段では、「さっきはああ言ったけど」と、立場を脱いだ言葉が出てくる。

最短のルートをなぞれば、迷わずゴールにたどり着ける。だが、この日の対話が示したのは、遠回りの先にしかないものだった。自分を疑い、摩擦を引き受け、3人の仲間と語り合う。答えは持ち帰れなくても、問いは持ち帰ることができる。最探は、そこから始まる。
INFORMATION
TBWA\HAKUHODO
2006年に博報堂、TBWAワールドワイドのジョイントベンチャーとして設立された総合広告会社です。博報堂のフィロソフィーである「生活者発想」「パートナー主義」とTBWAがグローバル市場で駆使してきた「DISRUPTION®︎」メソッドを中心とした独自のノウハウを融合。質の高いソリューションを創造し、クライアントのビジネスの成長に貢献します。「DISRUPTION®︎」は既成概念に縛られず、常識を壊し、新しいヴィジョンを見いだすTBWA\HAKUHODOの哲学です。マーケティングに限らず、ビジネスにおけるすべての局面でディスラプションという新しい視点を武器に事業やブランドを進化させるアイデアを生み出します。
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