2026年、5周年を迎える<LIVE AZUMA>。福島・あづま総合運動公園を舞台に、音楽だけではなく、食・マーケット・アートなど多様なコンテンツを展開してきた同フェスは、5年間で少しずつその姿を変えてきた。立ち上げ当初は、地元民にとっても「福島に新しいイベントができた」というところからのスタート。しかし今では街のお店にポスターが貼られ、出店者からは「来年も出たい」という声が届き、県外から訪れる人の数も増えている。そして5周年を迎えた今、<LIVE AZUMA>はどこへ向かおうとしているのか。同フェスの実行委員会に名を連ねるクリエイティブマンプロダクションの坂口和義、フライング・ベコの佐藤亮太・引地洋輔に話を聞いた。
Interview
坂口和義 × 佐藤亮太 × 引地洋輔
5年間で変わったことと原点にある想い

──まず5周年という節目を迎えた現在の<LIVE AZUMA>について。これまでを振り返っていただいて、それぞれが感じる変わったこと、変わらないことはありますか?
坂口和義(以下、坂口):僕は東京にいるので、5年間の変化を外から感じることも多いのですが、やはり知名度はかなり上がったと思います。今では福島で最大規模のフェスになっていますし、全国のフェス関係者から「今年はどうなの?」と聞かれることが増えて、アーティストからあづま球場でのライブへの興味を聞くこともあります。あづま球場自体が音楽をやる場所として知られていたわけではなかったので、<LIVE AZUMA>をきっかけに会場としての認知度も上がってきました。一方で変わっていないのは、やっぱり熱量。ブッキングに対する姿勢や事務局が「これは面白い」と思うものを選ぶ価値基準は、最初から変わっていないと思います。
佐藤亮太(以下、佐藤):ゼロから始まったフェスなので、実際にお客さんに来てもらうことで「ここはもっと改善できるな」という部分がたくさん見えてきますし、会場のレイアウトに関しても、動線や設備などに関しても、お客さんがより快適に楽しめるようにアップデートしてきました。そういう意味では、5年間かけて少しずつ今の形になってきたのだと思います。その上で観客と業界の人、どちらに関しても認知度が上がっているのは自分も感じますね。
引地洋輔(以下、引地):僕はPARK LIFE(入場無料のマーケットエリア)を中心に、出店者とのやり取りやお声掛けをメインに担当しています。最初のころは、福島のみなさんからすると「謎のイベントができた」という感じで、僕たちも手探りで出店のお誘いをしながら、一緒につくっていくような状態でした。それが少しずつ「ああ、こういうイベントなのか」と理解してもらえるようになって、今ではこちらから声を掛けるだけではなく、公式の窓口に「どうしたら出店できますか?」「どういう仕組みですか?」と問い合わせが来るようになっています。



──<LIVE AZUMA>の前身には震災後に始まった<福島フェス>(東日本大震災後、フライング・ベコをはじめとする福島出身のクリエイターたちを中心に運営し、復興支援とコミュニティ再構築を目的に東京・六本木ヒルズなどで開催されたイベント)の存在がありました。そこから現在の<LIVE AZUMA>に繋がるまでには、どんな想いがありましたか?
佐藤:<福島フェス>と<LIVE AZUMA>が、そのまま直線で繋がっているわけではないのですが、フライング・ベコという会社ができた背景には<福島フェス>の存在がありました。震災後、福島に残っている友人もいれば、東京に出ている友人もいて。「自分たちに何かできることはないか」と考える時期があり、高校の同級生を中心にNPO法人を立ち上げて、福島のことを知ってもらうイベントとして始めたのが<福島フェス>でした。2014年から始まって、コロナ禍による中断を挟みながら2021年まで。そこから<福島フェス>にボランティアで関わっていた福島テレビの佐藤将一さんや、その佐藤さんが学生時代に<SUMMER SONIC>のボランティアもやっていた関係で坂口さんとも出会い、<LIVE AZUMA>の開催へと繋がっていきました。
引地:最初のころは震災後の福島に対して、「大変だから応援しよう」という空気感が強かったと思います。でも「楽しいから福島に行こう」「おいしいものがあるから行こう」という感覚を、<福島フェス>は大切にしていました。<LIVE AZUMA>も同じで、「福島だから行かなくちゃ」ではなく、「福島って楽しそうだから行こう」と思ってもらえる場所にしたい。<LIVE AZUMA>はそういう気持ちで、福島に触れるきっかけになれたらいいなと思っています。
地域の方々の協力と、福島から持ち帰る記憶

──<LIVE AZUMA>は、あづま球場を使った音楽フェスという意味でも、地域にとって初めての経験が多かったと思います。5年間で想像以上だったことはありますか?
坂口:あづま球場はそもそも音楽ライブをやってきた会場ではなかったので、会場側にとっても初めてのことがたくさんありました。「ここを楽屋として使わせてください」とか「ここに機材を入れたいです」とか、野外フェスならではのお願いも実際たくさんあります。それでも本当に柔軟に対応していただいて、ありがたいですね。会場だけではなくバス会社の福島交通さんなど、周辺のいろいろな方たちにとっても初めてのことが多かったと思います。それなのに音のクレームも含めて、大きなトラブルがなく開催できているのは、地域のみなさんの理解あってこそですね。
佐藤:それは自分も感じていて、初めてのフェス開催にも関わらず、地域の方々はとても寛容で。出店に関してもフェスに慣れていない人が多いけれど、<LIVE AZUMA>の開催を楽しみにしてくれて店にポスターもたくさん貼ってくれますし、土日だけではなく盛り上げようとしてくれている。それが<LIVE AZUMA>のお祭りっぽい雰囲気に繋がっていると思います。
引地:特に出店者は最初の頃、「どれくらい売れるのか」と手探りだったかと。でも実際に出てみたら早い時間に売り切れて、「もっと持ってくればよかった」「来年はメニューを変えてリベンジしたい」と言ってくださる方もいて。そうやって出店者自身が<LIVE AZUMA>に向けて準備してくれるようになったのは大きな変化ですし、地域の方たちの協力に感謝しています。

──<LIVE AZUMA>はライブに加えて、食・マーケット・アートなどさまざまな要素があります。「ライブを観て帰る」だけではない場所をつくる上で大切にしていることは?
引地:PARK LIFEも最初はたくさんのお店に出てもらおうとしていましたが、続けていく中で「福島でやる意味ってなんだろう」と考えた結果、「福島の思い出を持って帰ってもらうことが大切」と思うようになりました。福島の人にとっては普通のものでも、県外の人にとってはすごく珍しいものだったりする。そういう魅力を、地元の人にも改めて発見してもらえたらうれしいですし、県外の人には「福島に行って楽しかった」という記憶を持ち帰ってもらいたい。
坂口:去年の<LIVE AZUMA>は、今までは県内のお客さまが大半だったのですが、初めて県外から来た方が過半数を超えました。福島までわざわざフェスのために足を運ぶということが、少しずつ「行ってみようよ」に変わってきたのだと思います。もちろんアーティストの力はありますが、5年間かけて場所をつくってきたことも大きいのではないでしょうか。<LIVE AZUMA>を通じて福島の魅力を知った人が、その魅力をまた誰かに伝えていく。そういう循環が少しずつ生まれているのかなと感じています。
佐藤:一般的な音楽フェスはどうしてもアーティストが最優先で、そのほかのエリアはあとから考えがちだと思います。もちろん、チケットを買う動機としてアーティストが重要なのはわかっていますが、<LIVE AZUMA>はできるだけ音楽以外のコンテンツも同じように楽しんでもらいたい。例えばPARK LIFEは無料なので、おじいちゃんと孫が一緒に来ても楽しめますし、子連れの親はライブを観る人とごはんを食べる人でそれぞれ過ごしてもいい。そういう選択肢を増やすことで、<LIVE AZUMA>に来る人の層も広がっていくのではないでしょうか。
進化する<LIVE AZUMA>の現在と未来

──ここからはアニバーサリーイヤーを迎えた、2026年の<LIVE AZUMA>について伺いたいです。今年ならではの変化や、それぞれが特に注目しているところは?
坂口:僕からは音止め時間に関して、今年はPARK STAGEがこれまでより30分長い20時半まで楽しめるようになりました。これは会場さんや福島テレビさんや地域の住民の方々といったみなさんが、いろいろと前向きにご調整してくださったからこそ実現したことです。その中で個人的な注目は、土曜の最後を締めるTribe Sampler Collective –Nujabes Tribute Set–。PARK STAGEの夜の時間に合うライブになると思うので、AZUMA STAGEだけではなく、ぜひ1日の最後にPARK STAGEにも足を運んでほしいです。


引地:PARK LIFEでは今年、お土産を強化しています。フェスが終わってから駅に戻って「福島のお土産を買いたい」と思っても、夜だとお店が閉まっていたり、混雑して買えなかったりすることがあります。そこで今年は会場で福島のお土産を買える場所を用意し、買って帰るという体験をつくりたいと思っています。また今年は会場内のエリアの使い方も少し変えていて、去年とは違う食べ物や景色に出会えると思うので、そういうところも楽しんでもらえればと。
佐藤:アートに関しては、これまでのように作品を展示するだけではなく、今年は実際に参加できるワークショップを予定しています。福島に素敵なアーティストがたくさんいるので、その作品と一緒に、子どもたちも参加できるような体験をつくれないかと考えてきました。「観る」だけではなく、「やってみる」ことで、また違った思い出になるのではないかなと思います。さらに今年は、オリジナルビールもつくることになりました。以前からやりたいとは思っていたのですが、なかなか条件が難しくて。でも、初年度から出店しているブルワリーの方に相談したら「一緒にやりましょう」と言ってくださって作れることになったので、ぜひ飲んでみてください。



──昨年の会場で、「今年も夏が終わってしまう」と話しているお客さんを見かけたという話があるのですが、<LIVE AZUMA>が、福島にとって一つの“季節の風物詩”になりつつあるのではないかと感じます。みなさんはそのあたりを肌感覚でどう感じていますか?
坂口:僕もそういう意味では、「夏の終わりを感じるイベント」になってきたのかなと思います。<LIVE AZUMA>は秋の始まりでもあり、まだ夏の空気も残っている絶妙な時期ですよね。夜は寒くなるけど、昼間はTシャツで過ごせることもある。その季節感も含めて、「<LIVE AZUMA>の季節が来たな」と感じてもらえるようになっているのならうれしいですね。
佐藤:2日間のイベントではありますが、その2日間以外でも街の中で「今年も<LIVE AZUMA>がある」という空気が生まれているのは、すごくいいことかと。毎年同じ時期に開催されることで、1年の中の一つの節目になる存在になっていけたらいいなと思います。
──最後に、5周年の先にどんな<LIVE AZUMA>を思い描いていますか?
引地:本筋から少し逸れますが、地元からボランティアで参加してくれる学生さんが毎年いて、そういう人たちが<LIVE AZUMA>を経験して、「こういう現場って楽しそうだな」「自分も何かくらってみたいな」と思ってくれたらうれしい。僕自身、大学時代に経験したコンサートスタッフのアルバイトが楽しくて今の仕事に繋がっているので、<LIVE AZUMA>がこれからも続くことで、次の世代に「こんなことができるんだ」と伝えられればいいなと思っています。
佐藤:イベントそのものを良くしていくことはもちろんですが、2日間のフェス以外でも、街がもっと面白くなっていくようなことに繋がったらいいですよね。<LIVE AZUMA>をきっかけに、「何かやってみたい」と思ってもらえたら、それだけでも成功なのではと思います。別にイベントじゃなくてもいいので、何か新しいことを始めるきっかけになれたらうれしいです。
坂口:今や<LIVE AZUMA>は、関東、そして全国の人にも知られるようになってきた。それなら次はアジアや海外の人たちにも、「<LIVE AZUMA>っていいよね」と言ってもらえるようになったら面白い。海外のアーティストがツアーの中で福島に立ち寄ってくれたり、海外から「<LIVE AZUMA>に行きたい」と思ってもらえたり。簡単ではないですがそれをきっかけに、福島に人が来て「日本にこんな場所があるんだ」と知ってもらえたら面白いですよね。それと個人的には、いつかもう一つステージを増やしたい。今も広い場所を使っていますが、まだライブをできそうなエリアはある。ステージが一つ増えれば、出演するアーティストも増やせますし、来てくれるお客さんの笑顔も増えるという次のサイクルが生まれていく。5年かけて少しずつつくってきた今の<LIVE AZUMA>を、さらに次の5年、10年へと繋げていけたらと思います。


Interview & text by Rascal(NaNo.works)
Edit by Yu Oda