アメリカの優秀な料理人に贈られるジェームズ・ビアード賞の受賞者であり、アメリカ国内のイタリア料理に変革をもたらしたスターシェフのマーク・ヴェトリ氏が来日。自身が監修したエースホテル京都のアメリカ風イタリアンレストラン「Mr. Maurice’s Italian(ミスター・モーリスズ・イタリアン)」で、一夜限りの「Pasta Kaiseki(パスタ会席)」を主催した。

パスタやピザへの飽くなき探求心から、彼の地で「小麦粉の魔術師」と呼ばれるに至ったイタリア系の血筋とイタリア料理への愛情。そして日本独自の「会席」でスペシャルディナーを振る舞った理由まで、マーク・ヴェトリ氏の料理哲学に迫るインタビューを行った。

Interview
マーク・ヴェトリ

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家族のルーツを大事にしたエースホテル京都のレストラン名

──まずは原点から。料理に興味を持ったきっかけを教えてください。

料理を始めたのは、たぶん7〜8歳くらいです。その頃は、イタリア出身の父方の祖父母の家によく行き、日曜日には家族みんなでにぎやかに食卓を囲んでいました。その時間が大好きだったので、早めに訪れていたんです。祖母が熱心に料理をつくるところを見ていたかったから。

それほど夢中になった息子を見かねたのか、私の両親がある日、「土曜日から泊まりに行って、いっしょに料理をつくらせてもらったら?」と言ってくれたんです。それが後押しになって祖母の手伝いをしたので、かなり早い時点で自分の料理好きを自覚することができました。

──イタリア料理を目指すことになったのも、イタリア出身の祖父母の影響が大きかったということですか?

自分の家族のルーツですからね。父方の祖父母はシチリアの出身です。

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──あなたのルーツに焦点を当てるとき、エースホテル京都の3階で2020年にオープンした「Mr. Maurice’s Italian(ミスター・モーリスズ・イタリアン)」を外すことはできません。あなたにとってアメリカ以外で初のレストラン名は、お祖父様由来と聞きました。

その通りですが、Mauriceは母方の祖父で、イタリア人ではないものの、1950年代にフィラデルフィアで「Maurice’s」というレストランを経営していた人です。敬意を表して、私の息子にも同じ名前を付けました。

私には、名前に意味が必要なのです。店名にしても、響きの良さだけでなく、単に「○○の美味しい料理の店」と名付けるのでもなく、そこに店を構える理由や意気込みを示すものを求めてしまうんですね。

実はエースホテル京都に出すレストランの店名で最初に思いついたのは、母方の祖父の店とまったく同じ「Maurice’s」でした。生まれ育ったアメリカではない場所で始めるレストランでしたから、血筋の縁に力を借りたかったのかもしれません。ただ、周囲と相談する中で、少しだけ格式ばった、けれど親しみやすさを失わない「Mr.」を加えたほうがいいのではという結論に達し、「Mr. Maurice」となりました。いずれにしてもエースホテル京都のレストラン名は、祖父だけでなく息子とのつながりもあるのです。

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イタリア料理の特徴は素材の味わいを存分に引き立てるシンプルさ。

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──1998年、祖父の店があったフィラデルフィアで、自身の名を冠したレストラン「Vetri Cucina」を開業。それがアメリカでのイタリア料理の理解度を変えるきっかけになったと思いますが、当時のアメリカ国内のイタリア料理とはどのようなものでしたか?

アメリカには、レッドソースと総称されるトマトソースを中心とした食文化があります。ミートボールやラザニア、チキンパルメザンもレッドソースの代表的な料理です。それこそがイタリアンと認知されていて、私自身もそうした料理を食べて育ちました。

しかし本家のイタリアは違います。日本もそうであるように、その土地の気候や歴史に根差した素材で料理をつくる。イタリアは南北に伸びた国ですから、暖かい地域なら豊富に採れる柑橘類を生かし、寒い地域ならよりコクのある料理になります。私がイタリアで学び、フィラデルフィアに持ち帰ったのは、そうした郷土料理の考え方でした。とは言え開店当初は、私の料理はなかなか理解してもらえませんでした。

──イタリアでの学びをフィラデルフィアで伝えたとき、アメリカ人向けのアレンジはされたのでしょうか?

アレンジは一切していません。学んだものをそのまま出しました。だからこそ、評価されて席が埋まるまでに時間がかかったのです。皆が知っているレッドソース一辺倒ではなかったから、最初のうちは「こんなのイタリア料理じゃない!」という反応が大半。メニューをながめて、自分が食べたいものがないと帰ってしまうお客様も少なくありませんでした。

それでも、本来のイタリア料理とはどのようなものなのか、時間をかけて伝えていきました。やがて地域のコミュニティで認められ、取材機会が増えるうち、少しずつアメリカでのイタリア料理が本質に近づいていったのです。今ではそうした料理を出す店があちこちにありますが、私たちは本場のイタリア料理を提供する先駆け的な存在になれたと思っています。

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──「Vetri Cucina」をはじめ、真のイタリア料理が広く認知されるまでには、長く苦しい時間を過ごされたと想像します。にもかかわらず諦めなかったのはなぜですか?

大きな支えになったのは、やはりイタリア料理の素晴らしさでした。その特徴は、一つないしは二つの味わいを存分に引き立てるシンプルさ。野菜であれば、いちばん美味しくなる旬には魔法のような輝きを放ちます。それを逃さず、他の味で隠さない。すると素材そのものの風味を最大限まで引き出せるのです。

それは、食材に宿る魂を生かすような感覚ですね。私には野菜そのものはつくれません。育むのは大地ですから。私にできるのは、食材に敬意を払い、その風味を引き立てるため、ほんの少し手を加えることだけなんです。

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インスピレーションや刺激を受けないなんて不可能

──お聞かせいただいた理念のもと、パスタやピザへの探求心が絶えないことも知られています。その情熱の源とは?

常に新しい発見があるのです。世界中のいろんなものを食べれば、新しい味の組み合わせに気づける。それは人生の中で最高に楽しいことです。

日本で食べたさまざまな料理からも「これを使ったらどうなるだろう?」というアイデアを得ています。味噌、日本酒、米酢、梅酒はフィラデルフィアでも使い始めました。すると、やはり料理がおもしろくなる。

先ほど京都でうどんを食べたのですが、これが過去最高と言っていいほど美味しかった。入っていた味噌漬けの卵黄を口にして、すぐに新しい料理のアイデアが浮かびました。ラビオリをつくって、少しスープを添えて、その真ん中に味噌漬けの卵黄を置いたらどうだろうと。

その瞬間の私は、味噌を使うことを優先的に考えているわけではありません。あくまで、旨味を加える、味わいを深める素材としてとらえている。そうした発想なら、日本の食材であれ自分のイタリア料理に自然に取り入れられます。そこにためらいは不要です。

──あらゆる場所やタイミングでインスピレーションを受けるわけですね?

音楽と同じじゃないでしょうか。ミュージシャンなら、たとえばアフリカへ行き、フィラデルフィアに戻って現地で聞いたビートや楽器を使ってみたくなるはず。時々、「どうやってインスピレーションを保つの?」と聞かれますが、私にしたら「どうやったらインスピレーションを受けずにいられるの?」ですね。刺激を受けないなんて不可能です。

──アメリカでは「小麦粉の魔術師」という異名があるそうですね。そう呼ばれるご気分は?

数年前の『Vogue』誌で、カチョエペペをつくった記事でその呼び名を書いていただきました。とても光栄でありがたく思っています。ですが私は、現状に満足しない性格なんです。その記事で完璧とされたカチョエペペでも、「麺自体に挽きたての小麦の風味をつけたらもっと美味しくなるのでは?」といった感じで、常に微細なニュアンスを追求し、少しでも良くしようと考えます。料理だけでなく、自分自身も含めて。

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日本の寿司店の「おまかせ」にヒントを得たパスタ会席

──「Mr. Maurice’s Italian」では今回、京都の食材や季節感を生かした特別な全10皿を限定12名に振る舞う「Pasta Kaiseki(パスタ会席)」が催されました。会席という日本料理のコース形式を選ばれたのはなぜですか?

端的に言えば、大好きなスタイルだからです。フィラデルフィアの店でお客様に紹介してきた料理の楽しみ方に通じるところがありました。イタリアでは通常、前菜から始まり、少量のパスタの後にメイン料理が続きます。一方でアメリカは、大きなボウルに盛られたパスタを食べることに慣れていました。そこで私は、一皿のパスタを少量にすれば、3種類のパスタを楽しめるコースにもできますよと伝えたのです。

──食べ方においてもイタリア料理のイメージを変えてきたのですね。

そういうことになると思います。さて会席ですが、日本に来るようになり、寿司店で「おまかせ」を体験しました。米国の寿司店では、巻きと握りを数貫食べて終わることがあります。しかし「おまかせ」では、一口ずつ異なる味わいが15品ほど続きます。それにインスパイアを受け、パスタで会席スタイルを表現したいと思ったのです。ラビオリとトルテッリーニを一つずつ。リングイネをフォークで一口……。それぞれ違う味わいをコース全体で楽しんでもらう発想から始めたのですが、とても楽しいですね。

──「Pasta Kaiseki」ではシェフ自らお客様の前に立って料理の話をすると聞きました。フィラデルフィアの店でも同じようにされているのですか?

そうです。それが大好きなんです。料理を出すだけじゃなく、音楽、雰囲気、会話。ホスピタリティのすべてがそろって初めて良いレストランになりますから。自分の家にゲストを招き入れるような感覚を大切にしています。

──最後に、これは質問というよりリクエストです。日本では次に何をしていただけますか? というのは、あなたが直接振る舞う「Pasta Kaiseki」を体験できた12名に入れなかったのを悔しく感じているからです。

席数の限定で皆がもっと食べたくなったとしたら、この企画は大成功。ですが、LAで超有名なピッツェリアをやっているクリス・ビアンコや、ニューヨークのシェフ仲間など、アメリカからたくさんの友達を連れてきて、世界でもここでしか見られない特別なイベントをやれたら最高に楽しいでしょう。名づけて、トモダチ・コラボレーション。いつか実現させたいですね。

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Interview&Text by 田村十七男
Edit by Yu Oda

EVENT INFORMATION

Pasta Kaiseki(パスタ会席)
エースホテル京都のレストラン「Mr. Maurice’s Italian」で開催された、一夜限りのスペシャルディナー。監修シェフのマーク・ヴェトリが来日し、京都の食材や季節感を取り入れた全10皿のパスタコースを、限定12名のゲストに提供した。

会場:Mr. Maurice’s Italian(エースホテル京都 3F)
詳細はこちら

SHOP INFORMATION

Mr. Maurice’s Italian(ミスター・モーリスズ・イタリアン)
マーク・ヴェトリが監修する、エースホテル京都内のイタリアンレストラン。手打ちパスタや窯焼きピザを中心に、ワインとともに食事を楽しめる。新風館の中庭を望むルーフトップバーも併設。

住所:京都府京都市中京区車屋町245-2 エースホテル京都 3F
営業時間:ランチ 11:30〜15:00 ディナー 17:30〜22:00(L.O. 21:30)
電話:075-229-9006
公式サイト