エイフェックス・ツイン、スクエアプッシャー、ルーク・ヴァイバート、そしてミュージックことマイケル・パラディナスと言えば、かつて“コーンウォール一派”とも呼ばれ(パラディナスは正確にはウィンブルドン出身)、テクノやIDMなどのその後の道筋に多大な影響を与えたレジェンドとして知られているが、(エイフェックスやスクエアプッシャーがいまだ現役アーティストとして表舞台に立ち続けているのに対して)ミュージックはむしろ裏方に回り、自身のレーベル〈プラネット・ミュー〉を拠点として、新たな才能を世に送り出すことにここ何年も力を注いできたと言えるだろう。ヴェネチアン・スネアズ、キャピトルK、ジェガ、シットマットといった才能にいち早く目を付けたのもこのレーベルだし、日本のジョセフ・ナッシングを海外に紹介したのもまた〈プラネット・ミュー〉であった。誰よりも早く現場のトレンドを察知し、それを(ストレートに発信するのではなく)ちょっとした変化球で紹介するのがこのレーベルの得意とするところであった。それゆえに時代がまだまったく追いついてない状態でリリースをして、後から評価される……なんてことも少なくなかったが(笑)。とはいえ、ここ数年、ダブステップ、ポストダブステップ的等の動向に素早く回路を持ったり、マシーンドラム、トラックスマンなどの新たな動きをいち早く紹介したりと、改めてその鋭い嗅覚に世界中の音楽ファンたちの注目が集まっているのは、激しく入れ替わる音楽のモードの切り替わりがようやく〈プラネット・ミュー〉のペースに追い付いてきた、ということであるのかもしれない。
前書きが長くなってしまったが、そんないま最も注目されるトレンドセッター〈プラネット・ミュー〉が2000年代後半に新たなスターとして送り出したのが、今回紹介するフォルティDLこと、ニューヨーク在住のドリュー・ラストマンである。2007年前後の彼の初期の作風はモロにエイフェックス・ツイン、スクエアプッシャーを彷彿させるドリルンベース的なIDMだったが、〈プラネット・ミュー〉以降の作品においては、ダブステップやUKガラージ、あるいは初期のデトロイト・テクノなどのエッセンスを取り込んだ、非常にハイブリッドで独創的なサウンドを展開し続けている。2009年に発表したデビュー・アルバム『ラヴ・イズ・ア・ライアビリティ』は“UKガラージとダブステップとIDMの接合点”とも形容され、また2011年のセカンド・アルバム『ユー・スタンド・アンサーテイン』ではアシッド・ジャズやUKガラージ、あるいはディープ・ハウスのテイストが色濃く感じられる官能的でスタイリッシュなサウンドも披露している。その才能は、すでに多くのミュージシャンたちを虜にしており、レディオヘッドのニューヨーク公演のサポートにはじまり、フォー・テット、マウント・キンビー、ジェイミーXX、スキューバといった実力者たちがこぞってリミックスをオファーしてることからも、その注目の程がうかがい知れるだろう。そんな彼が、自ら「今までやってきた中でも最高の質だと思う。これまでで一番の出来だよ。」とまで語るサード・アルバム『ハードカレッジ』がいよいよ完成した。しかも驚くことに、今作は古巣の〈プラネット・ミュー〉を離れ、同じくUKの名門老舗レーベル〈ニンジャ・チューン〉からのリリースとなるというのだ。
『ハードカレッジ』は、90年代初頭のテクノを匂わせるレトロな音色が印象的な幽玄なアンビエント“Stay I’m Changed”で幕をあけ、フレンドリー・ファイアーズのヴォーカル、エド・マクファーレンを迎えたディープなテック・ハウス“She Sleeps”、先行シングルとなり真鍋大度がPVを手掛けたことでも話題の曲“Straight & Arrow”と続き、おそらく本作のハイライトのひとつと言えるであろうキラーチューン“Uncea”で早くもリスナーを高みへと導いていく。ムーディーマンやセオ・パリッシュにも似たディープでねっとりとしたグルーヴを聴かせる“Finally Some Shit/The Rain Stopped”、ルーク・ヴァバートあたりの柔かなアシッド・サウンドを連想させる“Kenny Rolls One”、ポスト・ダブステップのさらに次を予感させる“Re Assimilate”、おおらかなサックスが心地よい官能的なハウス“Bells”など、後半も素晴らしい楽曲が次々に続いていく。さらに日本盤のボーナストラックには本人が「初めて聴いた瞬間鳥肌が立った」と語るフォー・テットとゴールド・パンダによる“Straight & Arrow”のリミックスも収録されているので、こちらもぜひとも聴いていただきたい。さっそく、以下にドリュー・ラストマンのインタヴューをお届けしよう。
Interview : Falty DL(フォルティ DL / ドリュー・ラストマン)
――新作『ハードカレッジ』は素晴らしいアルバムに仕上がりましたね。 あなたのサウンドはもともと様々な音楽がミックスされてできていると思いますが、もはや既存のジャンルの組み合わせでは表現できない、完全に独自の領域に到達しているように感じました。本作で目指そうとしたサウンドの方向性とはどのようなものだったのですか?
意識的に特定の方向性のアルバムを作ろうと思ったわけじゃなくて、様々な音楽を、様々なテンポや構造の中で作ろうとする中で完成させたんだ。アルバムというフォーマットは、多くの場合、アーティストである自分が作るべきもの、作れるもの、という小さな視点のもとでまとめられる音楽だと思っていて、この作品については、特にはっきりとそれが言える。唯一本気で気にしたことと言えば、自分の正直な気持ちがちゃんとサウンドに反映されているかどうかだけだね。このアルバムでは、その目標をしっかり達成できたと思う。
――2曲目にはフレンドリー・ファイアーズのエド・マクファーレンがヴォーカリストとして参加しているけど、彼との出会いはどういうものだったのですか?
前に彼らのツアーでベースを弾いていたロブ・リーってやつが友達で、彼らが最初にニューヨークでツアーをしたときから知ってる。彼らのファースト・アルバムがすごく好きなんだ。でも最新アルバムは、まだ意見を述べられるほどきちんと聴けてない。彼らの素晴らしさは、まずエドは歌声だね。そして全員が才能に溢れてて、楽しい連中なんだ。ライヴのときのエネルギーがすごい。彼らとはバンド全体とまた仕事をしたいって思ってる。
――タイトルの『ハードカレッジ』に込めた意味を教えてください。
強く印象に残るような、飛び出てくるようなタイトルにしたかった。それに、このプロジェクトを完成させてまた次のステップへと向かう自分を表現したタイトルでもある。アルバムを作っているとまわりが見えなくて、行き詰まってしまうことがあるんだよ。よく考えたら音楽よりもずっと大切なものだってあるんだし、アルバムを完成させ、リリースし、次へ進む、そういう姿勢を表現したタイトルでもある。
――“Straight & Arrow”のミュージック・ヴィデオを真鍋大度が手掛けていますが、あなたの感想は?
彼は本当に素晴らしいよ。天才だね。ずっと彼の映像作品が好きで、前にも音楽ビデオをやったことがあるか彼に聞いてみようって思ってたんだ。そうしたら彼も俺の音楽を気に入ってくれてたみたいで、実際の作業もやりやすかったみたい。彼が自分の顔に電気を流してるのを初めて見たとき、この人はクレイジーで、きっとまわりにどう思われても気にしないんだろうなって思った。彼が好きなようにやってくれれば、最高の仕事をしてもらえるって思ってたし、実際その通りだったよ。
FaltyDL – ‘Straight & Arrow’
――あなたは幼少期よりドラムを演奏し、またいくつか他の楽器も演奏するそうですが、サンプルなどは自分で演奏したものを使っているのですか?
自分でアップライト・ベースを弾いてサンプルしたことはあるよ。リミックスの仕事をしたときに、部分的に使ったこともある。ジャズ・ファンク・バンドにしばらくいたことがあるよ。全部オリジナルをやってた。そんなにいいバンドじゃなかったけどね。ライブに疲れてだんだん雑になってしまったんだ。とはいえけっこう曲は作ってて、2年で40曲くらい作ったかな。5人組のバンドからしたら、けっこうな数だと思うよ。
――あなたはもちろんダブステップが好きだと思いますが、ダブステップのシーンはここ数年でとても多様化し、様々な亜流的、進化型のサウンドが生まれていると思います。初期から活躍するブリアルのようなアーティスとも最近の作品においては純粋なダブステップは作っていませんよね。あなた自身はそうした潮流をどのように感じていますか?
影響を受けることはないかな。もちろん、俺みたいにずっとインターネットをやってたら、まったく無視することなんて不可能なんだけど、そんなに注目してるわけじゃない。今では、誰が一番酷い曲を作れるかって競争をしてるように思えてしまうんだ。でもそれって15年前にジャングルがドラムンベースになった時もそうだったし、いつも起こることだと思う。有名になるために、他の誰かと競うための音楽を作ることは絶対してはいけないって自分で自分に言い聞かせるのはすごく大切だと思う。彼らの一部にはすごくリッチになった人もいるだろうけど、アーティストなら自分の限界に挑戦すべきだよ。
――ここ10年であなたにもっとも影響、インスピレーションを与えた音楽、アーティストは何ですか?
それはすごく難しいなあ。一つだけ上げるとしたら、とは言っても新しくないし、このジャンルの中で本当にいいものはすごく少ないんだけど、アフロビート・ミュージックがここ5年くらい自分にすごく大きな影響を与えてくれてるんだ。フェラ・クティの一曲の方が、ここ10年で生まれたすべてのダンス・アルバムよりも音楽的だと思う。もちろんダンスは大切だし、お金のない人たちにとっては、集まってバカをやれるようなパーティが必要だと思う。でも、喧嘩してるんじゃないんだからさ。俺も含め、人間って生き物はクレイジー過ぎるよ(笑)。
――90年代からクラブ・ミュージックを聴いてきた人間にとって、あなたのサウンドはどこかその当時のテクノ、あるいはレイヴ・ミュージック(初期のアシッドハウスやドラム&ベース)のエッセンスを感じさせることがあります。例えばあなたの初期の作品(特に『Rapidly Harvested Asparagus EP 』/07年)あたりを聴くと、モロにスクエアプッシャー、エイフェックス・ツインからの影響を感じたりします。また『Love Is A Liability』(09年)では初期のデトロイト・テクノやマイク・インクなどの影響も感じました。ある意味では、それらはひと昔前のサウンドでもあると思いますが、若い世代のあなたがニューヨークという街でそれらのサウンドとどのようにして出会い、何を感じたのかにとても興味があります。
ジェイミーって友人がいろいろな音楽を紹介してくれたことが大きい。音楽から本、ウェブサイトまで、ただすごいと思うものや人物をお互いに紹介し合うようないい関係だった。今思い返してもいい時代だったな。2001年くらいに知り合って、そこからいろいろなものを紹介してくれた。いろいろなサウンドや音楽に囲まれてるけど、誰かに正しく指摘されないと気付かないことも多い。エイフェックス・ツインを聴くまでは、ダンス・ミュージックなんてクソだと思ってた。でも今じゃちゃんと理解してるつもりだよ。それくらいかな。あまり過去のことは思い返さないからさ。
――前のどこかのインタヴューでセオ・パリッシュからの影響を語っていたように思うんだけど、彼のサウンドのどういう部分に影響を受けましたか?
確かにセオ・パリッシュに代表されるデトロイト・ミュージックは俺のサウンドにすごく大きな影響を与えてくれてる。昔からだけど、今が一番じゃないかな。でもハウスを作ってるとは思わないんだ。ハウスっぽいキックが入ってる曲もあるけど、ハウスを意識してるわけじゃない。答えを濁そうとしてるわけじゃないんだけど、正直に言って、どんなスタイルで曲を作ろうかって考えたりしないんだ。
――本作はジャケットのアートワークも素晴らしいですね(あなたの作品はいつもジャケが素晴らしいですが)。これはどういうコンセプトで、どなたが手掛けたものなのですか?
このアルバムにおいて、自分じゃできないところを補うために、自分よりずっと才能のある人たちに集まってもらったんだ。La Bocaのアートも、真鍋大度のビデオも素晴らしいよ。俺が伝えたコンセプトは、とにかくこのアルバムに合うと思うことを好きなようにやってくれってことだけ。俺の言う事なんて聞かなくていいんだ。アーティストとして彼らを信頼してるし、そういう意味では、真のコラボレーションって言えるんじゃないかな。
――日本盤のボーナス・トラックには“Straight & Arrow”のフォー・テットとゴールド・パンダによる素晴らしいリミックスが収録されます。それぞれのリミックスについてコメントをいただけないでしょうか?
フォー・テットのリミックスは、初めて聴いた瞬間鳥肌が立つくらい良かったよ。彼もゴールド・パンダも何年も前から友人で、今回俺のためにリミックスを作ってくれてすごく光栄に感じてる。そして締め切りに間に合ったこともありがたいよね。時間的に間に合わなかったり、予算がなかったりして、結局リリースされることのない素晴らしいリミックスもあるからさ。
(text by Naohiro Kato)
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