ポール・バンクス。ここ数年は人によっては「(スーパー・モデルとしても知られる)ヘレナ・クリステンセンの彼氏」と認識されているかもしれないが、ゼロ年代初頭のロックンロール・リヴァイヴァル、ポストパンク・リヴァイヴァルが叫ばれたタイミングにNYから登場したバンド、インターポールのボーカリストである。デビュー時にインターポールは、ポストパンク・リヴァイヴァルの枠で自分たちが語られること、とりわけポール・バックスと近しいヴァリトン・ヴォイスの持ち主であるイアン・カーティスが率いたジョイ・ディヴィジョンとの比較には強烈な嫌悪感を示していた。
事実、彼らは「ポスト・パンク」のフレームで語る音楽性でも無かったことは2枚目以降で十二分に証明されたし、何よりも他のバンドと明確に区別がつく濃厚な世界観を持ったバンドであった。それゆえ未だに彼らは誰にも似ていないし、フォロワーらしきバンドも未だに存在しない。異常に記名性が高いその濃厚な世界観は、ひとつは奇妙ではあるが揺るぎない「スタイル」を持つ稀有なベーシスト=カルロスDの出で立ちから醸し出されるものでもあったが、もう一つはボーカリストであるポール・バンクスのこれまた異常なまでに濃ゆ~い詩世界にその源泉があると言ってよいだろう。
「昨晩かいた汗を覚えているかい? あれは本物だった。」「これは運命であるべきだったんだ、スウィートハート。二人の関係が始まってから時間の感覚すらないのさ。」といった、ポールのようなハンサムに言われない限りはドン引き間違いなしのむせ返るような濃密なテンションを持ったリリックを書くアーティストは音楽界広しと言えど余り見かけない。
駄作は無くコンスタントな活動を続けるものの、近作ではやや停滞感も漂うバンド活動に対しバンクス自身はソロ活動を活発化させている。2009年にはバンドを始める前にソロで活動していた時の名義であるジュリアン・プレンティの名で「Julian Plenti Is… Skyscraper」をリリース。バンド結成以前の音源も含まれているため、ソングライティングの稚拙さはあるが、どこかフレッシュで勢いのある作風はインターポールのイメージとはだいぶ異なるもので、インターポールで見せているのはポール・バンクスという人間のごく一部でしかないことを伺わせた。そして今年の6月にはポール・バンクス名義に変更し、EP『Julian Plenti Lives…』を枚数限定でリリース。これが「ジュリアン・プレンティ」時代の幕引きの一枚としなった。
過去の音源を世に出すことで一つのペルソナを終幕させ、いよいよポール・バンクスとしての初のフル・アルバムとなるのが今作『バンクス』だ。名義の変更から予想されたパーソナルな作風は正にその通りで、特にリリックについてはインターポールで見せていた露悪的なキャラクターは影を潜め、ポール自身の内面を吐露しているかなりパーソナルな作品になっている。
また、ポールは特段ミュージシャンシップが高いアーティストではないし、「ジュリアン・プレンティ」名義の作品を聴く限り個人的にはあまりソロでのソングライティングを評価していなかったのだが、インターポールを経てレベルを上げたということなのかソングライターとしても相当な成長を遂げた内容とも言えるのではないだろうか。特にオーケストレーション・アレンジはピーター・ケイティス(インターポール、ザ・ナショナル、ヨンシー等)の力添えもあったのだろうが、単なる賑やかし以上の意味合いを楽曲にもたらしている。前作では単調な打ち込み感の目立ったリズムについても、パターン、サウンドの質共にバリエーション豊かになっている。インターポールの音を期待して聴いてしまえば期待に沿わない部分はあるだろうが、バンドとは独立した一作品として耳を傾けるべき一枚になっている。着実にソングライティングの手札を増やしつつあり、今後もコンスタントに続けるというソロ作品にも期待できそうだ。
今回のメールインタビューではリリックを中心に話を聞きたかったのだが、想像以上にかなり素っ気ない返答。インタビューが余り好きではない彼らしいと言えば彼らしいが、もし来日が実現するようなことがあれば是非対面で改めて深掘りしたいと思うが、まずはご一読頂ければと思う。
Interview : Paul Banks
――新作を聴かせてもらいました。初めに思ったのは、ソロ初作である前作にくらべて二つの方向性をより発展させていることです。一つはオーケストラルなアレンジ、二つ目はビート・オリエンテッドなソングライティングです。これらは自身で試したいと思っていたアプローチなのでしょうか?
基本的には君が言う通りだね。オーケストレーションについては意識的に進化させたいと思っていた。それによって楽曲に洗練を加えたかった。リズムについてはより巧く表現できるようになりたかったんだ。自分でドラムをプレイすることも試みたんだよね。「アライズ・アウェイク」がその一例だよ。
――前作と比べて曲の書き方は大きく変わった点はありますか?
いや、ないね。今回の方がより簡単だったと思う。基本的にはギターから書き始めたことに変わりはないよ。
――EP『Julian Plenti is…Skyscraper』をリリースしたことは“ジュリアン・プレンティ”というペルソナからの解放を意味したのではと思っています。そういう意味では今作は真にソロとしてのデビュー作ということにもなると思うのですが、あなたのソロキャリアにとって今作はどんな位置づけになりますか?
「不可避なもの」かな。
――インターポールではダニエル・ケスラー(ギター)がソングライティングを担っていますが、ソロではあなた自身が全てを書き下ろしていると思います。ダニエルとのソングライティングへのアプローチで一番違うなと思う点はありますか?
似ていると思うな。僕たちは「ただ書いている」だけだし。僕が思うに、ダニエルは彼の魂から曲を書いてるんだ。彼はプレイヤーとしてもとても「詩的」だと思う。そして彼の曲には威厳とメランコリーが備わっていると思うんだよね。彼のスタイルには敬意を抱いているよ。僕については、ただ僕なだけって感じだね。僕のスタイルを定義するのは究極的には他の人の仕事じゃないかな。
――あなたはヒップホップの熱心なファンですし、EPでもジェイ・ディラのトラックをカバーしたりもしていました。今作でも「リスボン」や「ペイド・フォーザット」はフォーク・インプロージョン(ダイナソーJR.のルー・バーロウがジョン・デイビスと組んでいたサイド・プロジェクト。4枚のアルバムをリリースしている。ラリー・クラークのデビュー作映画『キッズ』(95年)のサントラ用に書き下ろされた「ナチュラル・ワン」のヒットで知られる。)を引用しています。彼らはかなり早い段階でロックとヒップホップをアコースティックなアプローチで融合させていました。あなたにもそんな意図はあったのでしょうか?
僕は自分をエキサイトさせる音楽を作るという以上にいかなる特定の意図を持って音楽は作っていないし、ロックとヒップホップの融合みたいなコンセプトで無理やり括られたり、定義されることをしたいとは思わない。ただ感じていることをサウンドの中に表したいだけだよ。
――リリックについての質問です。あなたはインターポールの作品において、一貫して必ずしも自分自身の反映とは限らないキャラクターを通して、愛と孤独とセックスについて言及してきました。今作ではあなたをインスパイアするテーマに変化はありましたか?
そうは思わないな。というか、自分のリリックが何を語るべきかについて話すのは難しいことなんだよ。リリックはただそうなったというだけで。音楽に導かれて、僕の潜在的な意識から生まれ出てきただけだな。
――というのも今作のリリックは、未だかつてなく内省的でありながら、オープンだと感じたのです。これは何に起因するのでしょうか?
分からないよ。多分音楽というもの自体が極めてパーソナルなものだからじゃないかな。
――今作の歌詞の語り手は実在のポール・バンクスそのものなのでしょうか?
時にそうで、時に違うかな。「アイル・スー・ユー」は僕の視点からの曲ではない。「オーバー・マイ・ショルダー」は僕だね。「ザ・ベース」は僕のパースペクティブではなくて、別のキャラクターのものだね。「アイル・スー・ユー」の語り手にはアイデンティファイできないけど、「ザ・ベース」についてはアイデンティファイできるかな。
――今作の歌詞世界においてあなたはヴァルネラビリティ(無防備さ)を晒しているようにも感じました。ヴァルネラビリティという要素はアーティストにとっては重要だと思いますか?
「怖いもの知らず」であることは重要だとよ思う。ヴァルネラビリティはそんなに重要ではないね。
――今作を通じてリスナーにオファーするものはインターポールでのそれと違いはありますか?
僕が表現したいことは沢山あって、それをみんなが楽しんでくれると良いと思うし、インターポールでの表現も楽しんでくれれば良いと思ってる。
――インターポールの新譜は別として、ソロ作品は今後もリリースしていく予定ですか?
完璧にイエス。
Interview & text by Keigo SADAKANE
Release Information
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