昨年結成されたインディーミュージック界のスーパーバンド、ディバイン・フィッツ。メンバーにはスプーンのフロントマンであるブリット・ダニエル、活動休止が悔やまれているウルフ・パレードのダン・ベックナー、そしてニュー・ボム・タークスのドラマー、サム・ブラウンと、その実力者揃いのメンバーにデビュー前から話題になっていた。また、デビュー・アルバムもニック・ローネイをプロデューサーとして迎え、ツアーではサポートとして参加していた若手キーボーディストのアレックス・フィシェルも加わったことで彼ら自身も最高の出来、と自負するほど素晴らしい作品がリリースされた。
そんなディバイン・フィッツが、昨年ツアーを終えた後に改めてバンドの結成やデビュー・アルバムについて語るオフィシャル・インタビューが届いた! 今回インタビューに応じているのはブリット。彼が他メンバーに対して抱く印象や、終盤にはスプーンやディバイン・フィッツの今後の活動まで語られている。
Interview : Britt Daniel(Divine Fits)
Divine Fits – My Love Is Real
――『A Thing Called Divine Fits』がリリースされて2か月ほど経ちました。スプーンやハンサム・ファーズのファンはもちろん、両バンドを知らないリスナーにもアピールするアルバムだと思いますが、リアクションや自身の手応えはいかがでしょうか?
結構いいんじゃないかな。自分でも、ものすごくいいアルバムだと思っているから、もっと(反応が)よくてもいいとは思うけど。でもメディアからの受けもいいし、若いオーディエンスを中心とした、配信関係のリスポンスはかなりいいね。
――ツアーもしましたか? 反応はどうですか?
アメリカを3週間くらい回ったほか、単発のギグも含めて、これまでに40回くらいのライヴをやっているけど、ツアーは最高だね。家に帰ってきたくなかった! って僕も含め、全員、言ってたよ(笑)。とにかくすごくいい連中なんだ。バンドもクルーはみんな優しい奴らばかりだから、本当にやってて楽しいんだ。
――ディヴァイン・フィッツの成り立ちについて改めて伺いたいのですが。あなたとダンの関係については、ライヴで共演したりカヴァーをしたりといったスプーンとウルフ・パレードの交流を通じてファンの間では知られたところでしたが、そのダンと一緒にバンドをやろうとしたそもそもの動機とは、どのようなものだったのでしょうか?
ダンに初めて会ったのは2007年だよ。ウルフ・パレードのことは話題になっていたので名前は知っていたけど、曲は聴いたことがなかった。だからダンの音楽で最初に聴いたのはハンサム・ファーズだったんだ。すぐに気に入ったよ。音楽はものすごくダークで、ビデオもダークで、ビデオの中で殺されちまうし…どことなく、初期のザ・キュアーに通じるものがあると思ったんだ。ザ・キュアーのレコードに流れる独特のムードが個人的に大好きなんでね。それで、ハンサム・ファーズのライヴを観に行き、すぐに意気投合し、連絡を取り合い続けたんだ。たまたま同じ街にいるってわかった時には、なんとか時間をみつけて会ったりもしたね。初めて一緒にステージで演奏したのは、NYのラジオシティ・ミュージックホールでのスプーンのステージに、ダンが飛び入りでプレイしてくれた時だ。ライヴが盛り上がったことはもちろんだけど、隣で演奏しているダンの様子をうかがいながら「こいつは本当に音楽が好きなんだなぁ」と思っていたことを覚えているよ。そんなこともあり、結果的に僕の方から「一緒にバンドを作らないか?」と声をかけたのさ。
――あなたから見て、ダンってどんな奴ですか?
一言で言うなら、オプティミスト(楽観主義者)。これまで僕が会った中でも、一番心があったかい奴だよ。メールとかでやりとりするより、実際に電話で話した方が楽しいっていうか、個人的なつきあいが出来る奴だよ。ミュージシャンとしても、とにかく一緒にプレイをしていて楽しいね。というのも、音楽が好きで好きで、毎日、一日中、100%音楽で生きてるロックンロールな男だから(笑)。
――そうして最初に共作した曲が“What Gets You Alone”なんですよね?
“What Gets You Alone”を書いたのは、まだバンドを作る前のことで、僕が一人でドラムマシンのビートを流しながら曲を書き、あとからピアノやギターを加えて、トラックを作ったんだ。すごくいい感じの曲は出来たものの、これと思える歌詞とメロディがなかなか思い浮かばずにいて。それから数ヶ月が過ぎ、ダンとバンドを始めようということになった時、「どうしても歌が乗せられないんだけど、お前も試してみてくれないか?」とテープを送ったんだ。ところがダンも手こずってしまったらしく「簡単そうに思えるのに、歌おうとするとなかなか歌えない!」と返事をくれたよ。でもそれから1週間くらいして、ダンなりのヴァージョンで送ってきてくれたのが、アルバムに入っているヴァージョンだったのさ。
――実際、彼とバンドを始めようとした時点で、どんな音楽ビジョンやイメージを描いていたのでしょうか?
とにかくバンドを一緒にやりたいね、ということで意見は一致してたけど、特にこういうことをやろうとか最初から決めてはいなかったよ。10月~11月くらいには何かをやろうと決めたものの、ダンにはハンサム・ファーズでのツアーが残っていたので、ダンのツアーが終わるまでの間は僕がひとりで曲を書いたりしてたんだ。最初から一緒に曲を書けなかったのは、そういう理由からさ。
――なるほど。例えばスプーンにおけるソングライティングとディヴァイン・フィッツにおけるソングライティングとの違いはありますか?
曲作りというのは毎回がちょっとずつ違うものなんだ。たとえばリハーサルの最中になんの打合せもなく、ただ弾き始めたリフが曲になり、あとからヴォーカルを乗せた“Would That Not Be Nice”のような曲もあるしね。だから一概にどうだとは言えないんだけど、同じバンドの中に、自分と同じくらい曲をいっぱい書いた経験のある人間がいるというのはいいものだね。スプーンと違うのはその点だ。ダンとならアイディアを交換しあったり、彼から意見をしてもらえる。実際、曲を書いている最中にダンが僕の家に引っ越してきて、共同生活を始めたんだ。で、曲を見せ合ったりしてた中でも「これはヒット間違いなしの曲だから、手を出すな!」と言われたりだとか、逆に僕から「すごくいいんだけど、この子音をこうした方がいい」と意見したり…という感じだったよ。最終的には僕らの関係はフィフティ・フィフティだったね。
――でも、そんな風にして書けた曲も、サムやアレックスを交えたレコーディングの現場で新たなアイディアが生まれたり、曲が変化していったようなケースもあったのでしょうか?
曲にとりかかり始めたのが11月で、リハーサルを開始したのが1月。レコーディングには3月からとりかかり始めたから、あまり時間はなかったんだ。だからスタジオに入ってレコーディングをしながらも曲作りを続けていたような部分もあり、曲は多少変化した。プロデューサーのニック・ローネイの助けも大きかったね。たとえば「ここのこの部分がすごくいいので、2回繰り返してみてはどう?」というような助言をくれて、それを試し、うまく行くこともあれば、行かないこともあった。
インタビューまだまだ続く!
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