エベレストの頂から見下ろした荘厳なランドスケープであれ、雄大な大海原であれ、圧倒的な自然の前に対峙した時、我われはしばしば言葉を失う。目の前にあるその崇高な光景の前ではどんな言葉も意味などないと思ってしまうからだ。ボノボのニュー・アルバム『ザ・ノース・ボーダーズ』は、我われがまさに言葉を失ったその瞬間の感情を、見事にサウンドで表現してみせてくれているかのようである。神秘的で、圧倒的に美しく、いつまでもこの幸福な時間に浸っていたい・・・そう思わせてくれるアルバムだ。世界中にその名を広めた傑作『ブラック・サンズ』から3年、ボノボことサイモン・グリーンがまたもや素晴らしいニュー・アルバムを携えてシーンに戻ってきた。
Music Video:Cirrus / 奇才アニメーター、スィリアック(CYRIAK)によるミュージック・ビデオ
ニュー・アルバムに先駆け公開になったスィリアック・ハリスによる素晴らしくも奇妙なミュージック・ビデオ“Cirrus”が強烈なバズとなったこともあり(YouTubeではすでに120万回を超えるヴュー数を記録)、ボノボが新しいアルバムを発表するという嬉しいニュースは少し前から噂になっていた。が、アルバムの全貌は“Cirrus”の衝撃を軽々と超えるものだと言っていいだろう。世界の音楽ファンたちを魅了した『ブラック・サンズ』の最良の部分を継承しつつ、世界の絶景ポイントを巡る旅のように、どの楽曲もひとつひとつが別の魅力を持ち、ひとつひとつがどれも代えがたく美しい。どこまでも、どこまでも、このサウンドの奥深くに入っていきたくなる。またかねてからサイモンの仕事を高く評価していたというエリカ・パドゥが参加したスモーキーなダウンテンポ“Heaven For The Sinner”をはじめ、ザ・シネマティック・オーケストラのツアーにも参加している黒人フォーク・シンガー、グレイ・レヴァレン、4ヒーローのディーゴなども心酔するロンドン在住のシンガー・ソング・ライター、ジュアディーンら素晴らしいヴォーカリストたちがそれぞれに胸を打つような歌声を披露しているのも本作の大きな聴きどころだ。
ケティックではこの傑作を作り上げたサイモン・グリーンにメールでのインタヴューをおこなった。
Interview:Simon Green(Bonobo)
——世界中で高い評価を得た『ブラック・サンズ』をリリースしてから3年が経ちます。リリースの直後におよそ1年にわたるツアーもおこないましたが、『ブラック・サンズ』以降の3年間をどのように過ごしていらっしゃいましたか? その3年間の間にあなたにとって何か大きな変化はありましたか?
変化は色々あったよ。一番大きな変化は3年の間にニューヨークへ移住したことかな。だが変化は常にある。僕は、音楽第一というよりも、人生が第一だと考えていて、音楽はその人の人生を反映するべきものだと思っている。自分の決断がすべて音楽を念頭に考えてやっているものではない。自分の周りで起こっている事を考慮して決断をしている。『ブラック・サンズ』によって、僕はとても移動が多かった。2年間くらいずっと各地を回っていたような気がする。アルバムのツアーを1年やってから、ニューヨークへ移住したが、その後も様々な場所でたくさんショーをやっていた。そして、ようやく去年になってニューヨークで落ち着いて今回のアルバム制作を始めることができるようになった。だから僕が『ブラック・サンズ』を終えた時と、このアルバムを完成させて時とでは、僕の環境は大きく変わっていたと言えるね。
——それではニューヨークに移住したのは特に音楽的な理由からではないということでしょうか?
そうだね。自分がする全ての決断は、音楽的な理由からというわけではない。音楽は僕にとってとても重要なものだけど、自分の人生を反映するものでなくてはならないと思う。どこかからアイデアを取って、それを音楽というものに昇華させなければいけない。
——さっそく最新作『ザ・ノース・ボーダーズ』を聴かせていただきましたが、言葉がありません。素晴らし過ぎます。どうしてあなたはこんなに素晴らしい楽曲ばかり作れることができるのでしょうか? かつてのインタヴューを読むと、特にコンセプトなどはなく、その時に聴いてる音楽や諸々の環境が作品に反映されているのだとあなた自身は説明してますが、だとすれば本作はどのような音楽に刺激を受け、またどんな環境において生まれてきた作品だと言えるのでしょうか?
このアルバムを作っている頃はUKベースをよく聴いていた。でも刺激を受けるものは、ありとあらゆるところにある。具体的なアーティストを挙げるとすれば、ゴールド・パンダ、フォーテット、ブレインフィーダーなどのサウンドはよく聴いていた。それからマウント・キンビーとか、ポスト・ディラあたりの音を聴いていた。具体的なアーティスト以外にもインスピレーションを受けるものがある。個々に刺激を受けるサウンドというものがある。スローモーションにしたサウンドとか、特定の質感を持つサウンドとか…色々なものに刺激を受ける。僕の場合、元をたどれば「サウンドに対する喜び」へと行きつく。音楽を作ったり、音を作るという行為自体が僕にとって刺激的なものなんだ。
——アルバムのリリースに先駆けて公開となった”Cirrus”は、楽曲の素晴らしさとともに、スィリアックが手掛けたミュージック・ビデオも大きな話題になりました。あなたはあのとても奇妙で強烈なミュージック・ビデオにどのような感想を持ちましたか?
あのビデオは1年くらい前に作られた。”Cirrus”を作ったのもかなり前のことだ。『ブラック・サンズ』の後に作った最初の曲だ。『ブラック・サンズ』のツアーが終わり、ニューヨークへ移ってからスタジオを立ち上げ、最初に作った曲が”Cirrus”だ。だからあの曲はクラブやボイラー・ルームのセットなどで1年ほど前に既にかけていた。
ビデオに関しては、元々僕とスィリアックは大学時代からの知り合いで、お互いブライトンの大学へ通っていた。ここ10年間はずっと会っていなかったんだが、ビデオは彼に頼むことにした。彼の想像に任せてスィリアックの映像を、曲に付けてもらうことにした。彼の作品はとても好きだ。素晴らしいアーティストだと思う。ビデオは曲とマッチしていると思うよ。ビデオも曲も、ある一つの小さな要素から始まって、それがどんどん、完全で過剰なものへと発展していく。ビデオと音楽がとてもうまく合わさっていたと思う。
——あなたのサウンドを聴くといつも頭の中に何かしらの風景が浮かびます。あなた自身は音楽を作るときに何か具体的な風景やイメージを思い描いて作るのですか? 音楽制作におけるインスピレーションの源を教えてください。
イメージか…特にないな。人によっては、シナスタジア(共感覚)というものがあるらしいけど、僕はよく分からない。僕にとって音楽は、風景というよりも、キャラクターなんだ。音楽を作っている時、僕はその音楽制作をしている環境から逃れることはできない。だから自分の置かれている環境がそのまま風景になる。だけど、音楽には性格やキャラクターというものがあると思っている。トラックの個々のサウンドが、それぞれあるキャラクターとして考えるのが好きなんだ。だから、曲は様々なキャラクターたち、人物たち、モノたちが集まって協力し合ってできているんだ。
——あなたがこれまでの人生で見たことがある最も美しい(あるいは心を奪われた)ものとはなんですか?
最も心を奪われたものか…良い質問だね。音楽で言うと、ポーランドの作曲家でJanczak(=Krzysztof Aleksander Janczak)という人がいるが、彼が作ったアルバムは今まで聴いた中でも最も美しい音楽作品だと思う。とてもパワフルなアルバムだから全部を通して一回で聴くのは不可能だ。アルバムを途中で止めて、音を自分の中でしっかり消化していかなければならない。そして、また少し戻って聴く…本当に、通しでは聴けない作品なんだ。すごく良い作品だよ。それが僕の一番好きなものの一つかな。
——”Heaven For The Sinner”ではエリカ・バドゥと共演を果たしています。彼女との出会いはどういうものだったのですか? もともとあなたはエリカ・バドゥの大ファンだったそうですが、彼女のどういった部分が素晴らしいと思いますか?
彼女はスタイル的にとても独特なものを持っていると思う。彼女がやることは、長年の間で多くの人に影響を与えてきた。特にヴォーカリストとしてね。彼女の声のトーンもそうだ。表現の仕方やスタイルがとてもユニークで、彼女と同じように歌える人なんて誰もいない。とても特徴的なスタイルを持っている人だ。それは多くの人が望む要素であり、多くのヴォーカリストが目指す要素でもある。ヴォーカリストなら誰もが、自らの才能を磨きあげ、特徴的なスタイルとユニークなサウンドを確立しようとしている。彼女と全く同じ様に聴こえるヴォーカリストは存在しないんだ。
——彼女との出会いはどういうものだったのですか?
もうこの質問には3000回くらい答えたんだけど(笑)。僕たちは去年、共通の友人を介してあるフェスティバルで出会った。そしてお互い、音楽的に共通するものがたくさんあることに気付いた。それから色々な話をし始めて、僕が彼女に自分の音楽を送った。彼女は僕の音楽を気に入ってくれたから、音楽についてのアイデアをフィードバックしてくれた。そうやってアイデアのやりとりをしていたんだ。彼女は音楽を何よりも優先する人で、その姿勢が僕と共通していた。お互い、大切なものが一緒だった。
——そのエリカ・バドゥとの共演曲”Heaven For The Sinner(罪びとたちのための天国)”ですが、まず楽曲のタイトルがすごく面白いと思いました。この楽曲にはどういうテーマがあったのですか?
あの曲はほとんどエリカ・バドゥのアイデアがメインだ。作詞は全て彼女が手掛けたから僕はその部分には特に貢献していない。僕は曲のテーマが気に入ったんだ。曲のテーマは「許しを乞う」「許す」ということだと思う。
——本作ではエリカ・バドゥの他にも素晴らしいヴォーカリストたちが参加しています。Grey Reverend、Szjerdene、Corneliaの3人についても紹介していただけないでしょうか?
Grey Reverendはブルックリン在住の友人だ。彼はシネマティック・オーケストラとも一緒に仕事をしたことがある。彼はフォークアーティストでシンガー・ソングライターだ。住んでいる所が近所なので仲が良い。彼がスタジオに来たとき、僕はメロディラインを考えていたから、一緒に曲を作った。そこで彼が素晴らしいアイデアを思いついて、それを二人で発展させていった。
Szjerdeneはロンドンからの知り合い。現在アムステルダムに住んでいるが、イギリス人のシンガーだ。彼女をライブで見たときに、存在感が凄かった。そこで彼女に連絡を取って、彼女に合いそうな曲を何曲か送った。
Corneliaも同じくライブで見たのがきっかけだ。ロンドンの友人たちがPortico Quartetというグループをやっていて、Corneliaと共演していた。お互い共通の友人(Portico Quartet)がいたから、僕の曲を彼女に送ってアプローチするのは自然なことだった。
——ホームページを見ると、早くもツアーのスケジュールがびっしり詰まっていますね。今回のツアーはどのようなセット、パフォーマンスを考えているのですか? そしてこれは切なるお願いなのですが、ぜひ近うちに日本にもライヴをしにきてくださいね!!
15ピースからなるフルバンドでのライブパフォーマンスだよ。弦楽部、木管楽器部、ドラマー、ヴォーカリストがいて、他にも大画面でビデオを上映する。過去5年間はこの形式でツアーをしてきた。だから、DJセットなどは一切なしで、全てバンドのライブショーだ。
それから、日本へは是非行きたいと思っている。日本へはずっと行きたいと思っているんだ。誰かから日本でプレイするオファーがあったらすぐにでも駆けつけるよ!
——最後の質問です。あなたの夢を教えてください。
夢か…今までやってきたことを続けることかな。今やっていることが夢自体のようなものだから、自分が大好きな事をもう少し長い間できればいいと思う。今の自分の状態をもう少し続けてやっていくことかな。
(text & interview by Naohiro Kato)
Music Video:Heaven For The Sinner
エリカ・バドゥがヴォーカル参加
Release Information
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