2026年9月25日(金)、麻布台ヒルズギャラリーで開催中の〈RYUICHI SAKAMOTO + SHIRO TAKATANI AMBIENT KYOTO – TOKYO〉にて、スペシャルトーク〈INSIDE『async – immersion』音、映像、空間をめぐる対話〉が開催された。ギャラリー閉館後、20時から始まったトークには、本作の映像を手がけた高谷史郎と、音響ディレクターのZAKが登壇。坂本龍一の音楽を空間へと立ち上げる過程を語り合い、トーク後には22時まで作品を鑑賞する時間が設けられた。

本展で紹介されている《async – immersion》は、坂本が2017年に発表したアルバム『async』をもとに、高谷の映像とZAKの立体音響によって構成されたインスタレーションである。2023年の〈AMBIENT KYOTO〉で初めて展示され、今回は麻布台ヒルズギャラリーの空間に合わせて音響を再構築。制作に携わった二人の話を聞き、改めてその空間に身を置く──作品を知ることが、実際の聴き方にどう結びつくのかを確かめる一夜となった。
展示会場にて、白黒のインスタレーション作品を背にスタートしたトークの冒頭、高谷が振り返ったのは、坂本が考えていた「設置音楽」という構想だった。自ら作曲した音楽を、どのような空間で聴いてもらうのか。高谷はその考えを、自分なりに「音楽を聴くためのお庭みたいなもの」と受け止めていたという。好きな場所へ行き、好きなものを見て、好きな音を聴く。その自由を含めて、音楽に触れる環境をつくるということだ。

高谷が『async』に関わるきっかけは、アルバムのアートワークの依頼だった。その後、5.1チャンネルの音源を収録するBlu-ray『async surround』のために、坂本と素材を選びながら映像を制作していく。こうした仕事の背景には、坂本が思い描く環境で音楽を聴いてもらうための装置をつくり、それを展示したいという考えがあったのではないかと、高谷は振り返った。
初めて麻布台ヒルズギャラリーを訪れたZAKは、手を叩きながら会場の響きを確かめていた。強い反響を心配して現場スタッフに「大丈夫ですか」と尋ねられると、「これを生かす」と答えたという。
同じ音源を再生しても、会場が変われば音の響き方は変わる。《async – immersion》では、展示する場所に合わせて音響を調整し、その空間ならではの聴こえ方をつくっていく。坂本も残響のある空間を好んでいたと高谷が明かす。今回の展示にも、麻布台ヒルズギャラリーの響きそのものが、作品の一部として取り込まれているのである。

会場の響きをめぐる話から、話題は、本作を初めて展示した京都の会場が選ばれた経緯へと移った。2023年の〈AMBIENT KYOTO〉で使用したのは、京都新聞ビル地下の印刷工場跡。高谷と坂本は以前、そこで行われていた別の展示を一緒に訪れていた。その際、坂本が口にしたのが「ここで何かインスタレーションができたらいいですね」という言葉だった。
その時点では、具体的にどんな作品をつくるかまでは話していなかったという。しかし、のちに〈AMBIENT KYOTO〉から声がかかった時、高谷はまず、あの空間を使えないかと相談した。会場の調整を経て実現した《async – immersion》には、かつて坂本と交わした何気ない会話もつながっていたのだ。
坂本とのインスタレーション制作を、高谷は「セッションみたいな感じ」と捉えていた。まず、音と映像をそれぞれにつくり、一度合わせてみる。その時に生まれた関係を見ながら、「ここは違うな」と感じた部分を調整し、作品を練り上げていく。音と映像が出会って初めてわかることを、制作の中に受け入れていたのである。

今回の《async – immersion》についても、高谷はZAKへの信頼を口にした。楽曲は『async』の曲順を保って再生されるが、映像とは完全には同期していない。音楽と映像はそれぞれ異なる長さで繰り返されるため、同じ曲を聴いていても、その時に目の前に広がる映像は変わっていく。制作時に大切にしていた、音と映像を合わせた時の反応。その関係は、展示空間でも固定されずに動き続けている。
こうしてつくられた空間を、どこで、どのように楽しむかは、鑑賞者に委ねられている。《async – immersion》では、好きな場所に座ってもいいし、途中で移動しても、立ったまま聴いてもいい。この自由な鑑賞のあり方を考えるうえで印象的だったのが、高谷が紹介した、坂本とのあるやり取りだ。
二人が共同制作した舞台作品『TIME』の制作中、坂本は、劇場の客席をすべて取り払ってほしいと提案したという。席がなくなれば、観客が前へ集まり、後ろの人からは見えなくなってしまうのではないか。そう心配する高谷に、坂本は「もっと客を信じて」と答えた。観客がそれぞれ、自分の聴きたい場所を選べるようにしたい。それが坂本の考えだった。
そのため《async – immersion》についても、高谷は決まった鑑賞方法を求めず、それぞれが自分の思うように聴いてほしいと話す。
「音と映像の庭にいるような感覚で過ごしてもらえたら、一番いいかなとは思います」

トークが終了すると、それまでモノクロ仕様になっていた映像が元のカラーに戻った。京都、東京都現代美術館、そして麻布台ヒルズギャラリー。これまで三つの会場で本作を体験してきたが、そのどれもが、同じ作品とは思えないほど異なる印象を残した。この会場を訪れるのは二度目。前回は、京都や東京都現代美術館との響きの違いを意識しながら鑑賞した。高谷の話を聞いた今回は、聴く場所を一つに決めず、自由に動きながら過ごしてみることにした。
会場を歩いては立ち止まり、座ったり、立ったりする。時には柱にもたれかかり、音像の中に身を委ねる。「ZURE」のような楽曲では音が激しく動き、飛び交うノイズの中にいるような感覚になる。その中をまた歩き、気になった場所で足を止める。高谷の言っていた「音と映像の庭」を、自分の足で散策しているようだった。

そうして聴くうちに、改めて驚かされたのは、『async』というアルバムが持つポテンシャルの大きさだった。幾つものスピーカーを使い、音を立体的に配置するZAKの手腕によって、アルバムに収められた音が、身体ごと入り込める空間へと広がっている。どこに立ち、どんな姿勢で耳を傾けるか。その選択も含めて『async』を体験できることが、この作品の面白さなのだと感じた。
『async』の音楽そのものに内包された非同期性に、周期の異なる映像が重なる。目の前に生まれる音と映像の組み合わせには、その時だけの出会いがある。そこへ、空間の中を動く自分の身体が加わる。同じ会場、同じ作品に、前回とは違う聴き方で触れている。
高谷はトークで、鑑賞者の中に反応が生まれ、それが記憶や思い出と結びつくことで作品が完成すると話していた。音と映像がぴたりと重ならないからこそ、その間で、受け手の想像力や記憶が動き始めるのかもしれない。音と映像、そして空間が用意されても、作品の完成には、それを受け取る人が必要なのだ。その意味で、《async – immersion》は「未完成」のまま、訪れる人を待っているように思えた。

どこに立ち、何に耳を澄ませるか。鑑賞者が自分で選び取り、自分の記憶や感情を重ねることで、その人にとっての《async – immersion》が、その都度完成する。トークを聞いたあと、歩き、立ち止まりながら聴いたこの夜も、その一つだったのだろう。何度でも、この庭に戻ってきたい。次に出会う『async』には、また別の聴き方があるはずだから。
Text by 黒田隆憲
Photo by Kaoru Goto
EVENT INFORMATION

RYUICHI SAKAMOTO + SHIRO TAKATANI AMBIENT KYOTO – TOKYO
| 日程 | 2026年8月28日(金)~10月25日(日)/無休・59日間の開催 |
|---|---|
| 時間 | 10:00-19:00(土日祝は20:00まで) ※最終入館は閉館の30分前まで |
| 会場 | 麻布台ヒルズギャラリー(港区虎ノ門5-8-1 麻布台ヒルズ ガーデンプラザA MB階) |
| 観覧料 | 平日 大人 前売2,200円/当日2,500円 土日祝 大人 前売2,500円/当日2,800円 ※高校生以下無料 ※障害者手帳をお持ちの方(介助者1名含む)は無料 ※小学生以下は保護者同伴 |
| 主催 | AMBIENT KYOTO 実行委員会(TOW / Traffic) |
| 企画制作 | TOW / Traffic |
| 協力 | bricks & company / CCC ART LAB / COP / FULFILLMENT / Graphpaper / HACIENDA / HAPPYMONDAY / Imaginations / Kanai Scenic Studio / Kyoto Amplitude / Links / MINDSQUARE / Nekoana |
| 後援 | J-WAVE |
| 協賛 | OGAWA |
| 広報協力 | HOW INC. / PRism JAPAN inc. / Qetic / alpha.co.ltd. |