京都で2022年6月に始まった展覧会<AMBIENT KYOTO>は、アンビエントを単なる音楽ジャンルとしてではなく、音、光、映像、建築、都市空間が一体となった「体験」として提示するプロジェクトである。いわゆる美術展でも、音楽フェスやライブイベントでもない。鑑賞者が会場に身を置き、音や光のゆらぎに耳を澄ませ、時には意識を委ねながら環境そのものを体験する。その独自のあり方が、世代を超えて多くの人を惹きつけてきた。

その原点となったのが、2022年に開催された<BRIAN ENO AMBIENT KYOTO>だ。1978年に『Ambient 1: Music for Airports』を発表し、「無視することも、注意を払うこともできる音楽」としてアンビエントを提示したブライアン・イーノ。彼にとってコロナ禍以降、日本初の大規模個展となった本展は、90年余りの歴史を持つ京都中央信用金庫旧厚生センターを舞台に開催された。会場には「77 Million Paintings」「The Ship」「Light Boxes」、反映、速度、そして世界初公開となる「Face to Face」などを展示。音と光が絶えず変化し続ける空間を、鑑賞者が自由に歩きながら体験する形式が大きな反響を呼んだ。

とりわけ象徴的だったのは、作品が固定された「完成形」としてではなく、時間とともに変化し続ける「場」として提示されていたことだ。光はゆっくりと色を変え、映像は一度として同じ表情を見せず、音は空間の中で漂い続ける。そこでは鑑賞者に特定の見方や聴き方が強いられることはない。それぞれの感覚で、その場に身を置くことができる。<AMBIENT KYOTO>は、イーノが提示した「アンビエント」という思想を、都市の中に実装するプロジェクトとしてスタートしたのだ。
京都で広がったアンビエントの体験

2023年、規模と内容をさらに拡大した<AMBIENT KYOTO 2023>では、前回会場だった京都中央信用金庫旧厚生センターに加えて京都新聞地下印刷工場跡を舞台に展示や朗読作品が展開されたほか、ライブも開催された。2022年のイーノ展がアンビエントの思想を京都に呼び込む試みだったとすれば、2023年はその思想を国内外のアーティストたちが受け取り、それぞれの表現へと展開していくフェーズだった。

なかでも大きな核となったのが、坂本龍一 + 高谷史郎による「async – immersion 2023」である。坂本が2017年に発表したアルバム『async』を基に、音響エンジニアのZAKが35台のスピーカーによる立体音響へと再構成し、高谷は坂本のピアノや楽譜、スタジオのオブジェなどを撮影した映像を、幅26.4mのLEDスクリーンに投影した。音と映像は完全には同期せず、それぞれが独自のリズムで流れていく。鑑賞者はその前に立つことで、通常の時間の流れから解き放たれるような感覚を味わうことになる。
『async』は、坂本龍一が闘病を経て制作した、極めて私的な響きを持つアルバムだった。完成された楽曲集というより、生と死、記憶、時間、自然音、ノイズ、沈黙といった要素を内包する音の断片集でもある。その作品を、ここでは「聴く」対象ではなく「身を置く」空間として再構成したことで、アルバムに封じ込められていた非同期の時間感覚が立ち上がる。


会場となった京都新聞地下印刷工場跡という場所も重要だった。かつて新聞という情報を大量に印刷し、社会へ送り出していた巨大な空間が、音と映像により時間を体験する「場」へと変わる。そこに残された記憶と作品が結びつくことで、京都という都市の歴史と、坂本の音楽が持つ時間感覚が重なり合っていたのだ。
一方、旧厚生センターではコーネリアス、Buffalo Daughter、山本精一が、音、映像、光、霧、香りを用いたインスタレーションを発表した。コーネリアスは20台以上のスピーカーと照明を組み合わせた立体音響作品や、霧・音・光が一体となった体験型インスタレーションを展開。Buffalo Daughterや山本精一も、それぞれの音楽を映像表現と結びつけ、聴覚と視覚が溶け合うような空間を作り出した。


さらに同年は、展示だけにとどまらない広がりも見せた。コーネリアスは国立京都国際会館メインホールでスペシャルライブを行い、ミニマルミュージックの巨匠テリー・ライリーは東本願寺の能舞台で立体音響ライブを披露。小説家・朝吹真理子による朗読作品やエッセイも公開され、音楽、美術、文学が交差するプロジェクトとしての輪郭がより明確になった。
なぜ<AMBIENT KYOTO>は人を惹きつけたのか

<AMBIENT KYOTO>が多くの人を惹きつけた理由として挙げられるのは、「静けさ」を体験する場であったことだ。近年の没入型展示には、映像や音響のインパクトによって鑑賞者を圧倒するものも少なくない。しかし<AMBIENT KYOTO>における体験は、それとは少し異なる。音や光は空間を満たしているが、鑑賞者を一方的に飲み込むのではない。むしろ、そこに身を置く人の感覚や時間の流れに寄り添うように、うつろいながら存在している。
このプロジェクトにおける体験価値は、「没入」というよりも「滞在」に近いのかもしれない。作品と対峙し、何かを理解しようとする必要はない。音を聴いてもいいし、考え事をしてもいい。映像を見つめてもいいし、ただ空間の中に漂っていてもいい。強い刺激によって感覚を奪うのではなく、鑑賞者自身の内側にある感覚をゆっくりと開いていく。そうした「余白」のある体験こそ、多くの人を惹きつけた理由のひとつだろう。

もうひとつ重要なのは、音楽ファンとアートのファンが自然に交差する場だったことだ。ブライアン・イーノや坂本龍一、高谷史郎、コーネリアスら参加アーティストたちの領域が、音楽、映像、現代美術、文学へと広がっていく。それらを個別のジャンルにカテゴライズすることを避け、ひとつの空間体験の中に溶け合わせていったのだ。
そして何より、このプロジェクトは京都という街と深く結びついてもいた。歴史ある建築、地下印刷工場跡、寺院、近代建築。鑑賞者は街を歩き、複数の場所を巡りながら作品に出会う。会場へ向かう道のり、街の湿度、建物の匂い、寺院や路地の静けさ。そうしたものまでもが、体験の一部になった。
つまり<AMBIENT KYOTO>は、都市そのものを作品の一部へと変えていったのだ。そこを訪れる前と後では、街を歩く時間、音の聞こえ方、光の見え方が少しだけ変わる。アンビエントとは、特定の音楽様式ではなく、世界との関わり方なのだと気づかされる。その瞬間にこそ、<AMBIENT KYOTO>というプロジェクトの本質があるのだろう。
京都から東京へ──「async – immersion」の再構成

2026年8月28日(金)から10月25日(日)まで、麻布台ヒルズギャラリーにて<RYUICHI SAKAMOTO + SHIRO TAKATANI AMBIENT KYOTO – TOKYO async – immersion>が開催される。ここで展開されるのは、2023年に京都新聞地下印刷工場跡で大きな反響を呼んだ「async – immersion 2023」の再構成だ。
坂本龍一の没後、東京都現代美術館で開催された大規模個展<坂本龍一|音を視る 時を聴く>でも「async – immersion tokyo」は展示された。ただし、今回の麻布台ヒルズギャラリーでの展示は、2023年の京都版と同じスケールでの展示を東京で再び体験できることが大きなポイントとなる。映像は横幅26.4mのスクリーンでの展開となります。また、音響は会場の麻布台ヒルズに合わせて再構築されます。東京にいながら<AMBIENT KYOTO>で実現した圧倒的な空間体験を改めて味わうことができる。

坂本と高谷が構築した「async – immersion」は、アルバム『async』に宿っていた非同期の時間感覚を、音と映像と空間へと拡張した作品だった。それが麻布台ヒルズギャラリーの大空間で、どのように立ち上がるのか。京都新聞地下印刷工場跡で感じられた都市の記憶とはまた別のかたちで、東京という都市の時間とどのように重なり合うのか。京都で生まれた<AMBIENT KYOTO>が東京で開催されることは、単なる巡回展以上の意味を持つ。京都で体験した人にとっては、その違いを確かめる楽しみがあり、初めて触れる人にとっては、その思想に出会う絶好の入口となるだろう。
同じ作品であっても、都市が変われば、音の響き方も、時間の流れも、きっと違って見えてくる。その違いを体験できることこそ、今回の東京開催ならではの醍醐味なのではないだろうか。
Text by 黒田隆憲
Edit by Qetic編集部
EVENT INFORMATION

RYUICHI SAKAMOTO + SHIRO TAKATANI AMBIENT KYOTO – TOKYO
| 日程 | 2026年8月28日(金)~10月25日(日)/無休・59日間の開催 |
|---|---|
| 時間 | 10:00-19:00(土日祝は20:00まで) ※入場は閉館の30分前まで |
| 会場 | 麻布台ヒルズギャラリー(港区虎ノ門5-8-1 麻布台ヒルズ ガーデンプラザA MB階) |
| チケット | 8月上旬発売予定 |
| 主催 | AMBIENT KYOTO 実行委員会(TOW / Traffic) |
| 企画制作 | TOW / Traffic |
| 広報協力 | HOW INC. |
| 特別協力 | KAB Inc. / Dumb Type Office |