クラシック音楽ホールの内部を、影絵たちが縦横無尽に駆け巡る――。投影された登場人物たちは、光と影の中で、時に内面さえも映し出される……。2022年12月10日、東京藝術大学奏楽堂にて開催された<藝大プロジェクト2022 藝大百鬼夜行第3回 『兵士の物語』~悪魔に魂を売った者たち>。今回は、川村亘平斎の演出と影絵、志人(しびっと)による独特な語り、そして名手たちによる生演奏というユニークな顔合わせによって、名曲“兵士の物語“が、“かつてないカタチ”で上演された。目を奪われる聴衆と、終演直後の大きな拍手。上野の東京藝術大学奏楽堂で行われたこの意欲的な試みと、そこへ連なる川村たちの動きをレポートする。

EVENT REPORT:<藝大百鬼夜行>第3回
『兵士の物語』~悪魔に魂を売った者たち~

ガムランを用いた音楽ユニット「滞空時間」を主宰するミュージシャンとして、映画・CMへの楽曲提供など、多彩な分野でボーダーレスな活躍を内外で続ける注目のアーティスト・川村亘平斎。熟練の影絵師としても卓越した表現力を魅せる彼が、本公演では影絵と演出を担当した。そして本公演で重要な役割を果たすナレーションを務めたのは、独自の日本語表現を探求し、言葉に命を吹き込むパフォーマンスを各地で続ける語り部・Vocal Artistの志人だ。さらに藝大教員を中心にしたクラシックの名手たちによる生演奏、影絵素材の製作と実際の出演(操作)に、現役の藝大生たちが何人か加わった。

この上演では影絵、語り、クラシック演奏という、各分野の境界を超えたコラボレーションが意図された。しかし現在、世の中には「アートの境界線を超えたコラボ」を謳う企画が溢れている。アートが自らの殻に閉じこもることを嫌い、他ジャンルとの協働に活路を見出す傾向はしばしば見られるが、「1+1=2」なら当たり前、「1+1が3や4になり、それ以上」に拡大しないと本来成功とは言い難い。異なるものを繋ぎ合わせて並べた時点で満足してしまい、大きな化学反応を起こすまでに至らないケースも少なくない。

ストラヴィンスキーの名曲“兵士の物語”は、これまで室内アンサンブルにナレーションが加わって上演される機会が多く、もともと演劇的要素が強い本作の特長を十分に表現し切れないもどかしさが残っていた。しかし今回は、川村の身体的でダイナミックな影絵が時に物語の筋立てを補足説明する役割を果たし、時に登場人物たちの内面や葛藤、作品の持つ哲学的な面さえも抽象的に表現していた。ワヤンを意識した川村独自の影絵表現が、テキストを超越しライムや口上をまじえた志人の強烈な語りと相まって、この曲の新たな世界を我々に示してくれたのだ。ただ、その成功の陰には、川村と志人の本作に取り組む熱狂的な姿勢があったことを忘れてはならないだろう。

川村亘平斎×志人×東京藝大──“兵士の物語”公演で生まれた芸術のシナジー|<藝大百鬼夜行・第3回>レポート art221228_geidaihyakkiyako_3

川村亘平斎×志人×東京藝大──“兵士の物語”公演で生まれた芸術のシナジー|<藝大百鬼夜行・第3回>レポート art221228_geidaihyakkiyako_1

本公演では、身体的でテンポの良いステージ展開を担った学生たちの活躍も目立った。ワークショップから始まり、本番2週間前からは毎日のように集まって、“川村影絵”という慣れない表現手段に取り組み、短期間で見事なパフォーマンスを実現させた。川村の丁寧なリードは、学生たちの才能を発掘し開花させることにも及んでいたのである。両者のコラボは、本公演を通して大きな成果を残したと言えよう。

だがさらに大きなテーマは、「音楽に対するリスペクト」であり、生演奏との相乗効果であった。影絵は演奏の挿絵ではなく、演奏は影絵のBGMでもない。演奏も影絵も語りも、すべて脇役にはしたくなかった。“兵士の物語”の音源を聴きこみ、台本やコンテ、楽譜と照らし合わせながら、川村は影絵の動きと演出の展開を練り、志人は効果的な言葉とタイミングを試行錯誤し続けた。スタッフは2人が深夜に、苦悩と創造とアイデアに満ちたメールでやりとりする様子を何度も目にしている。異質なものを並べるだけでなく、そこに「かつてない何か」を生み出すため、真に「ボーダーを超える」ためには、想像を絶する苦悶と努力が必要だったのだ。

なおこの日の第1部では、気鋭の作曲家・川島素晴ナビゲートにより、「悪魔的な超絶技巧曲」を集めた個性的な演奏会が1時間に亘り行われ大好評であったことを付記しておこう。

川村亘平斎×志人×東京藝大──“兵士の物語”公演で生まれた芸術のシナジー|<藝大百鬼夜行・第3回>レポート art221228_geidaihyakkiyako_4

川村亘平斎×志人×東京藝大──“兵士の物語”公演で生まれた芸術のシナジー|<藝大百鬼夜行・第3回>レポート art221228_geidaihyakkiyako_5

Text:阿南一徳
Photos:©東京藝術大学演奏藝術センタ―

EVENT INFORMATION

藝大プロジェクト2022<藝大百鬼夜行>第3回
『兵士の物語』~悪魔に魂を売った者たち~

川村亘平斎×志人×東京藝大──“兵士の物語”公演で生まれた芸術のシナジー|<藝大百鬼夜行・第3回>レポート art221228_geidaihyakkiyako_2

2022年12月10日(土) 15:00開演(14:15開場)終了
東京藝術大学奏楽堂(大学構内)
▮第1部
トークインコンサート「悪魔に魂を売った芸術家」
パガニーニ:《「虚ろな心」の主題による序奏と変奏曲》
リスト:《メフィスト・ワルツ 第1番「村の居酒屋での踊り」》
シュトックハウゼン:《ルツィファーの踊り》より〈舌先の踊り〉
リゲティ:《ピアノのためのエチュード 第13番「悪魔の階段」》

⋄ナビゲーター
川島素晴(国立音楽大学准教授/作曲家)
⋄出演者
戸澤采紀(ヴァイオリン)
丁仁愛(ピッコロ)
大瀧拓哉・野原みどり(ピアノ)

▮第2部
ストラヴィンスキー「兵士の物語」

⋄出演者
川村亘平斎(影絵師)
志人(語り部)
松原勝也(ヴァイオリン)
赤池光治(コントラバス)
サトーミチヨ(クラリネット)
岡本正之(ファゴット)
栃本浩規(コルネット)
山下純平(トロンボーン)
藤本隆文(パーカッション)

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