2023年に30周年を迎え、世界中で5千万人をこえるファンとプレイヤーをもつといわれるトレーディング・カードゲーム『マジック:ザ・ギャザリング(略称、マジック)』。1993年に米ウィザーズ・オブ・ザ・コーストより発売されて以来、背景世界の事柄を伝えるアートやフレーバーテキストといった独自の仕組みによりプレイヤーのみならず世界中から数千を超えるアーティストがアートワークの制作に参加。日本でも漫画『北斗の拳』で知られる原哲夫氏やホラー漫画で知られる伊藤潤二氏や国民的人気ゲームシリーズのキャラクターデザインで知られる天野喜孝氏など数多くの作家がその世界観を形作るカードアートに参加してきた。

30年を経ても尚、プレイヤーのみならず多くのアーティストを惹きつける理由とはなんなのか。そのヒントを探るべく、本記事では30周年を記念し渋谷・RAYARD MIYASHITA PARKで開催された都市型イベント<マジック:ザ・ギャザリング30th ANNIVERSARY CELEBRATION TOKYO>の展示にフォーカス。「フレーバーテキスト」を起点とした作品を制作、展示に参加したアーティスト・布施琳太郎とウィザーズ・オブ・ザ・コースト日本支部でデュエル・マスターズのビジネスに関わり、日本マジック界で初期から活躍する古豪の1人・真木孝一郎、ウィザーズ・オブ・ザ・コースト マジック:ザ・ギャザリング 日本コミュニティ担当・金子真実に話を聞いた。

INTERVIEW:布施琳太郎×真木孝一郎×金子真実

『マジック:ザ・ギャザリング』その多元宇宙の広がりに迫る。布施琳太郎×真木孝一郎×金子真実 インタビュー art240405_magicthegathering_2
布施琳太郎《Vanilla Flavor》
「ゲーム性を持った『効果』の傍らに、背景設定や世界観としてカードに記された『フレーバーテキスト』のあり方に触発された作品。マジック:ザ・ギャザリングに限らずトレーディング・カードゲームは、ルールに基づいた競技的な空間と、物語的な空間の重なり合いによって成立している。それは私たちの生きる都市が、歴史などの土地の記憶に対して、それを上書きする開発や情報空間などの重なり合いによって成り立つ状況と似ているかもしれない」

マジック:ザ・ギャザリング黎明期。共鳴することで確立されたTCGの構造

──さまざまなゲームが流通する今日、トレーディング・カードゲームの源流にあたる『マジック:ザ・ギャザリング(以下、マジック)』はどのような存在として受容され、プレイされてきたのでしょうか。

布施琳太郎(以下、布施) 僕は年代的には幼稚園を出る頃にマジックを文字ったような架空のカードゲーム『マジック・アンド・ウィザーズ』というゲームが登場するアニメ『遊☆戯☆王デュエルモンスターズ』を見ることからはじまり、その後カードゲーム『デュエル・マスターズ(以下、デュエマ)』で遊ぶようになるのですが、コロナ禍でふと漫画『遊☆戯☆王』を読み直したんですね。そうするとまさにカードゲームの歴史をなぞるように「テーブルトークRPG(TRPG)編」があり、その後「トレーディングカードゲーム(TCG)編」が出てくる。実際にマジックが登場した90年代前半、TRPGからTCGへと自然にプレイヤーが流れる流れはあったのでしょうか。

真木孝一郎(以下、真木) 私自身がマジックに出会ったのは日本語版が出た1996年頃。ちょうど雑誌『LOGiN』に日本のゲーム会社の企画が載り、ホビージャパンの専門ゲーム雑誌『RPGマガジン』にもチラッと紹介されているのを見て、面白そうだなと思いプレイするようになったのがきっかけです。歴史的な事実としては、TRPG『ダンジョンズ&ドラゴンズ(D&D)』の初版が1974年に米国に発表され、その後93年にマジックが始まるんですけれど、流れ上そういうことだったということはあると思います。ただそれらが直接接続しているわけではなく、日本では『人生ゲーム』、アメリカでは『モノポリー』などボードゲームの文化もすでにあったわけです。マジックの創始者リチャード・ガーフィールドは、特殊能力を持つ50種類以上の宇宙人のいずれかを選び遊ぶゲーム『コズミック・エンカウンター』からマジックの構造を着想したと公にしています。芸術もそうした側面があると思うのですが、TRPGからTCGへ一方通行でプレイヤーが流れたわけではなく、いろいろな遊びの間で切磋琢磨や学び合いがあり、プレイヤーも色んなゲームを行ったり来たりしながら今に至っていると思います。

金子真実(以下、金子) 私は1997~1998年頃にマジックを始めました。デュエマは2000年代に入ってから発売されていますが、コストの概念があり、マナ*1が溜まったら強い呪文や能力を使えるという点や、白・青・黒・赤・緑の5色あるという点はマジックと共通している一方、「シールド」や「ライフ」はデュエマにはありマジックにはありません。同時代のゲーム同士、影響を受けつつ似通ったところもあれば違うところもあると思います。

*1 マナ:マジックの基礎となるリソース。プレイヤーはマナを消費して、呪文を唱えたり能力を起動したりする場合などのコストを支払う。

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布施 ゲーム以外の芸術でも、ポスターのデザインに影響された絵画があると思えば、絵画に影響された広告が生まれたりする。確かに行ったり来たりしている方が文化としてみたとき面白いのではないかなと思います。ちなみに各国のプレイヤーに向けて、たとえば英語と日本語、他の国の言語のカードなどがあると思います。日本語のカードだと日本人同士でないと読めないですが、日本のプレイヤーがマジックを国外でプレイするときは英語のカードでデッキを作り直して持っていったりしていたのでしょうか。

真木 大会に出場するプレイヤーは慣れているので、アート(カード上に描かれる絵)を見たら内容や効能がわかります。なので異なる言語のカードがテーブルに並んでも大丈夫ですし、わからない場合はジャッジに聞けば教えてくれる。そもそも日本語版が発売されたばかりの頃は国内で正式な大会もなく、海外の情報を輸入して告知する人もいなかったんですね。翻訳されたカードも多くなく、同様に日本語版のカードが海外に正式に流通するルートもありませんでした。そこで日本に入ってきていない情報を翻訳して個人的にブログを通じて発信をするようになり、マジックの日本語版公式ウェブサイトをつくらないかとお話をいただき今に至ります。

布施 そんな時代だと尚更、新参者が入っていくことは敷居が高く感じることもあると思うのですが、新規のプレイヤーが入ってほしいなと思ってブログを書かれていたんでしょうか。

真木 そうですね。そういった意味も含め、マジックが面白いぞと言い続けた感じです。シンプルにみんなに面白がってほしかった。私が一番最初に入ったコミュニティが、当時まだ日本に一つしかなかった東京・渋谷にあるマジック専門店。そこが信じられないくらいコアの溜まり場だったんです。当時のランキング上位者も何名かもいるようなお店で、全くそうと知らずに新参者としてへこへこしながら遊んでいて、そのときは単純に遊びとして楽しんでいたんです。大会があるといわれても怖いから出たくないと思っていた。けれど1年も遊んでいるとだんだん慣れてきて、意外となんとかなるかもなと思うようになってくる。もちろん予想通りには全く進まないのですが、麻雀などにはないような、表現したりチャレンジできる楽しさがあった。対戦することで物語を作っていくということがとても面白かったんですね。そういったことをもっと多くの人に味わってほしいなと思い、日々ブログを書いてました。

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三ツ谷想《”I think that everything can be meaningful we just have to picture it from different angles like squeezebox”》
「条件を満たすことにより特殊勝利するカードの一つ、「Now I Know My ABC’s」。パーマネント名でアルファベットを全て集める必要があるという一風変わった条件をモチーフに、カードに描かれたアルファベットをPhotoshopを使う上でなくてはならない16進数カラーコードに擬え、またパングラムになっているフレイバーテキストをイメージに取り込み、ゲームの構造性とカード特性そのものを作品に抽出する」

世界観とルール、開発者とプレイヤー。双方の視点から多元宇宙が形成される

──マジックには映画が作れるほどの膨大な設定資料があると思うのですが、プレイする前提として、その背景や世界観がどのように構築されているのかについて伺えたらと。

金子 マジックにおいてはプレイする人がすべて多元宇宙(Multiverse)において、次元(Plane)の外に広がる久遠の闇を通り抜け、別の次元へと渡り歩く力(プレインズウォーク能力)を持っている存在、「プレインズウォーカー(Planeswalker)」という設定になっています。毎シーズン発表されるカードセットごとに異なる次元が描かれ、新しい世界が描かれるごと新しい映画を観ている気分になるのですが、制作チームは5年前後先のカードのアイデアを常に考え、設定資料を制作しています。

布施 多元宇宙の設定資料について「世界観」と「ルール」を詰めていく作業を同時に進められると思うのですが、競技としてゲームのルールを詰めていく開発と、世界観のイメージを詰めていく制作は一つのチームで行われているのでしょうか。

金子 大きくストーリーチームとゲーム開発チームとに分かれていて、双方を把握した上でカードが作られます。こういう世界であればこうしたルールが必要、ゲームとしてはこういう世界が必要など。たとえばこの世界には電気が普及しているはず(という設定)だから、こうした機能が必要だよねと世界側から新たなルールが生まれることもあります。私自身はカードを開発する担当者ではありませんが、本社の開発チームは大きくストーリーチームと設定資料もかなり作り込まれており、開発の履歴については20年ほど、開発部がその経緯やプロセス、失敗したことも含めほぼ毎週更新し公開しています。

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真木 マジックのすごいところは、年間の商品を振り返るという企画があり、その中でこの商品はここがダメだよねとしっかり自主的に反省するところ。おそらくどの会社でもなされることだと思うのですが、それを公表しているのはマジックだけだと思います。そうして今年(インタビュー時、2023年)で30周年を迎えますが、今も尚毎年新しい引き出しが出てくる。プレイヤーとしても毎回やったことがないことが起きるので攻略してみたいと思うのではないかと。

布施 自分自身は展覧会を作る際、壁を作ったりものを置いていくのですが、展示の場合物理的なものなのであまりぎりぎりを攻めると危ないということもあります。言ってしまえば、鑑賞者の方に怪我をさせてしまうこともあるかもしれないし、SNSでの発信もある中で、表現内容が誰かを傷つけてしまう可能性もあります。そうした緊張感がありながら、ぎりぎりを試すことが難しくなっているなと思いながら活動していますね。でもその気持ちを忘れたくないなと。

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鳥井祥太《Letters on the wall》
「詩とは啓示の顔をしたおまじないだ」

フレーバーテキスト。断片的な物語が平面から立体を立ち上げる

──今日ではVRやARをはじめ、異なる次元の世界を立ち上げることは空想上の出来事ではなくなってきています。今回の展示をはじめ別次元の世界を想定して作品をつくるアーティストもいると思うのですが、マジックの多元宇宙を成り立たせている背景にはどういった思想や要素があるのでしょうか。

真木 私はマジック制作チームではないのでデュエマを作ってる立場からの想像になりますが、たとえば、毎日同じ料理を食べるとどうしても飽きてきますよね。バリエーションがほしくなってくる。それと同じようにな理由で多元宇宙というコンセプトがでてきたんじゃないでしょうか。尚且つそうするのであれば一つひとつの世界観の作り込みもしっかりした方がよく、それが今のマジックにつながったのではないかと。

布施 自分自身がものをつくる上で刺激を受けている批評家・漫画原作者の大塚英志さんという方がいるのですが、書籍『物語消費論―「ビックリマン」の神話学』のなかで広告代理店のマーケティング理論をつくるために「ビックリマンシール」の分析をしたそうなんですね。なぜかわからないけれどとても小学生に売れていると。当時はアニメ化もされておらず、イラストの裏面に短いテキストがあるだけなのに、なぜ子どもたちはこんなにも「ビックリマンシール」に熱中しているのか。そこで大塚さんが導いた推論が、人は物語を一本の映像や映画として示されるよりも、自分で断片を集めて一つの物語をつくることにこそ没頭する。いわゆる宗教などの神話が中心ではない消費社会では尚更、そうした形で物語と出会うのがいいのではないかということでした。

展覧会においても、受け手は自分の都合の良いようにバラバラな要素を組み合わせて「観られてよかった」「こういうものが観たかったんだ」と思ってくれたりするわけです。同時に面白いなと思ったのが、ある種ルール外のフレーバーテキストによって作品世界が垣間見えるのと並行して、ゲームのルールによってもプレイを紡いだりつなげたり、クリーチャーとクリーチャー、あるいは呪文がどう関係し合うのかを受け手の妄想ではなく結びつけ直すことができる点です。それはただ絵を描いているだけ、断片的な言葉を書いているだけでは描けない物語の作り方なのかなと思います。メタバースのようにポンと一つの世界を立ち上げたとしても、一枚のカードから「エルドレインの森」*2を想像することとは全く違う体験になってしまうのだろうし、世界観とルールが並走するのは本当にユニークに感じます。

*2 エルドレインの森/Wilds of Eldraine:2023年9月8日に発売されたスタンダード用の本流のセット。キャッチコピーは「物語を紡ぐのはあなた」。新たな法則が定まった多元宇宙/Multiverseを描く「領界路/Omenpath編」の始まりとして、エルドレインの王権に続き、アーサー王伝説とおとぎ話がモチーフの次元/Plane、エルドレイン/Eldraineを再びの舞台とする。

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藤井智也《カーテンに手をかける男》
「マジック:ザ・ギャザリングでは、ある呪文を唱えるためには『マナ』という魔法のエネルギーがコストとして必要とされる。すなわち特定の相関関係において初めて効果を得られ、呪文を唱えることが出来るのである。カードの構造を見てみると全てに枠があり、その枠の中にこのカードにはどのような効果があり、何が必要とされているかが記載されている。そしてプレイヤーにはそれらが要求される。今作ではこれらカードの基本的な構造、プレイやーとの関係性を参照し、日常生活におけるうちと外を隔てる境界としての枠を『窓』として捉える。窓に映る景色がカードの”絵柄”とし、その絵柄が真空システム(外部の力)を介することで変化していく様子を”呪文”だとすれば、この窓を通して鑑賞者の中に立ち上がる感覚それ自体は”魔法”と呼べるのではないだろうか」

真木 そう、布施さんの作品解説のなかにフレーバーテキストについて書かれていることが気になっていました。

布施 美術作品を鑑賞する際、人から与えられた解釈よりも自ら解釈を組み立てたほうが面白いのではないかという思いがあり、1年ほど前から展示作品に解説ではなく「詩」をつけていたのですが、あるひとから批判として「フレーバーテキストじゃないか」といわれたんです。それではいけないのだろうかとモヤモヤとしている最中、今回の展示のオファーを受けました。当然「フレーバーテキスト」なんて現実世界には存在しないですし、企業理念や契約書に書かれることもありません。特殊な言葉の在り方だと思うのですが、マジックではプレイヤー同士が戦うこと、フレーバーテキストを通じて物語を協働で形作っていくことが両立されている文化が面白いなと思っていました。今回の作品ではカードをドローする動きと手を繋ぐ動きを重ねられたらと思い、相手の手からカードを「引く」動きから始まるのですが、お互いに見えないもの、自分だけが見えるもの、ふたりが見えるものがあるなかで手を繋ぎ、ひっくり返してもう一回同じ動きを繰り返す。ゲームの中で起きている人間関係を形にできたらいいなと思い制作しています。

真木 カードにもアートとルールがあり、役割は決まっています。でもそれをそのまま説明するだけでは面白くないですよね。プレイヤー側にも思い入れは発生しません。でもそこに描かれているキャラクターの内面が伺えたり、裏切られるような言葉が添えられていると、実はこういう奴なのかもしれないと妄想が広がる。妄想の種を添えてあげることで平面だったものが立体になり、奥行きが出てきます。こう進むという想定したシナリオがあるとき、物語がそうではない道に外れてくれたほうが面白い。そうきたか……!と言いながら土壇場でその先に広がりが生まれていくとき、皆で組み上げていくゲームは面白いと思いますね。

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星加陸《Take an extra turn after this one. x2》

遅さと多様性を補強するための「スタンダード」というフォーマット

──先ほどのお話にもありましたが、毎年新たな次元を想像すべく、開発チームとストーリーチームが設定資料を構築する傍らで、日々あらなたプレイの方法が編み出される一方、プレイヤーの生活様式や時代の価値観もまた変容していきます。30年前から今日に至るまで、マジックで続いているルールなどがあれば教えてください。

金子 昨今、生活しているなかでも色々な情報が常に入ってくるので、今ってものすごいスピードで正解か間違いかがジャッジされる状況になっていると思うんですよね。曖昧なものが認められなくなってきている。けれどほんとうは曖昧なもののほうが面白かったりするんですけれど。

布施 何事にも正解があり、間違えているのか合っているのかということが「解釈する」ということになってしまうと寂しいなと思いますね。TRPGもある種の間違ったプレイもあるかもしれないけれど間違いと正解の幅が広いなと感じていて。カードをプレイしていないYoutuberがレアカードが出るか否かという開封動画をアップしていたりしますが、それはまさにアタリ、ハズレという観点からしかカードを見ていない。そうした姿勢が全然文化的ではないと思ってしまうときもあり寂しいですが、ウケがいいんだろうなと。時代的に1プレイの回転を早くしなくてはいけないという要請を感じることはあるのでしょうか。

真木 そうですね。デュエマは小学生が休み時間に遊べるようにという意図で開発したゲームなので、元々、短時間で遊べるようにできています。ただ、毎年新しく魅力的なカードを作り続けているのでカードの強さは自然と上昇していきます。そうするとゲーム速度も速まり1試合の時間も短くなります。なので、今は逆に、どうやって遅くするかを頑張っているフェーズだったりもします。

布施 具体的に遅くするためには、どのような方法がとられているのでしょうか。

金子 マジックでは「スタンダード」といって直近の3年間のカードしか使えないというフォーマットがあります。3年経つとどんなカードも一旦使えなくなるので、環境に停滞が発生しない。仮に全歴史のカードが使えるとなると、一番最強のカードによるデッキができあがるわけなのですが、そういうものではなく直近のものだけが使えるというフォーマットで遊んでいただくという方法です。一方、初期のマジックはどんなカードでも使えた時代がありました。今は1種類のカードをデッキに4枚までしか入れられないのですが、昔はそうした決まりもなく、カードを揃えることが最強と言われる時代もあったくらい。色々な人がカードのルールを開発していく中で、遊び方として精査されて生まれたのが、今の「スタンダード」というスタイル。少し前までは1年半だったり2年だった時期もあるのですが、2023年のリリースから3年周期に変更されました。

真木 反対にデュエマでは全てのカードが使えるフォーマットが一番人気なんですよ。ただ、全部のカードが使えたままだとどうしてもバランスが破綻してしまいますし、環境も固定化してしまいます。なので申し訳ないのですが、強すぎたカードたちには今までありがとうございましたという感謝の気持ちを込め、「殿堂入り」に認定し退場してもらっています。

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ドマンジェ・バレンタイン《コアシステム 探検家のポータル / Core System: The Portal of Explorers》
「レンチキュラー・プリントは、90年代を通してカードやポスターによく使われていた、私たちの10代の頃の懐かしいメディアです。この作品は、マジック:ザ・ギャザリングのコードと美学を用い、テキストボックス内で、インターネットのパイオニアたちの情報を鮮明に伝えている。そのため、このアートは最初のウェブサイトを立ち上げ、未知のデジタル領域に恐れずに踏み出した先見者たちに敬意を表している。さらにこの作品は、あらゆるエネルギーを球種し、物質のあらたな流れへと変換するゲートウェイを象徴している」

見える情報と見えない情報の間で。対戦ゲームという「物語」を紡ぐ

──なにを持って良いゲームだったといえるのでしょうか。トレーディング・カードゲームという対戦型のゲームでありながら、多くのプレイヤーとファンを有するマジックはその楽しまれ方の多様性も特徴だと感じます。

金子 プレイしないファンが多いという側面もマジックの特徴だと思います。いわゆるコレクター。カードのアートが好きで集める人や、次元ごとに展開されるストーリーを追いたいという人もいますね。

真木 マジックは色々な次元の世界を内包している物語であり作品になっています。多元宇宙を渡り歩くことができるプレインズウォーカーを中心に物語が展開する。さまざまな次元の中には童話の世界、恐竜の世界、ホラーの世界であることもあります。かつそれぞれの世界が細部の設定まで作り込まれていて、強い弱いとは関係のないところで楽しむことができるのがマジックのすごいところ。今回の展示でも各シリーズごと数百人にわたるクリエイター陣が手がけてきた「アート」(マジックのカードの絵柄)を展示していましたが、絵を見ているだけでも楽しめるようになっています。勝つか負けるか、いかに強くなるかというところを最終のゴールにする必要は全くないですし、簡単そうでしんどいのが勝つことを目的にしてしまったとき。それよりは友達や家族と楽しむという目的の方が達成しやすいですし、広がりもあると思います。「対戦ゲーム」という「物語」を楽しむ。一つ確かだと思うのは、楽しさを求めるにしても、勝利を求めるにしても、結局対戦ゲームなので、完全に一人にはなれないということ。一人で突き詰めるのには限界があるので、強さを求める上でも、楽しさを求める上でも、どこかでいい仲間、いいコミュニティづくりにシフトせざるを得なくなります。それがないと、どちらも成立しないんですよ。

金子 私も一度は最強を目指したこともありますが、個人のトーナメントで勝つとなると、1000人の大会の場合、1人以外全員負け。楽しいけれどしんどいですね。将棋などの勉強会も近いスタイルなのかなと思うのですが、マジックはコミュニティづくりと同じで上を目指すという大きな目標は共有しつつ、じゃぁその中でどういうことをして、どういう友達と練習をしてそのあと飲みにいくというようなことも含めてコミュニティなのかなと。

布施 将棋の話がありましたが、逆に双六のように運に全振りしたゲームは戦略が立てられない。ある意味TCGは将棋的な戦略が求められる部分と、なにが手元に出るのかわからない運任せな部分とが絶妙なバランスで調合されたゲーム形式なのかと。目に見える情報と見えない情報の間を行き来している。見えないものがあるということが大事なのかもしれないですね。

真木 カードゲームのすごいところはコミュニティの息が長いこと。マジックを通じて知り合った96年からの友達はいまだに友達です。カードゲームという共通言語があるのでずっと話も合いますし、プレイを通じて考え方のベースがわかっているので濃い関係性になる。普通の飲み友達と戦いはしないじゃないですか。喧嘩したら仲直りが面倒じゃないですか。ですが対戦友達とは友人ですがしょっちゅう対戦します。勝った方は何かの権利を得て負けた方はなにもないようなこともしょっちゅう起こります。でも、ゲームのことなんで終わったら直ぐに普通の友達にもどれるし、そういったことを繰り返すので、濃くなるし長く続くんですね。

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伊藤颯《the one ring ring ring》
「物質的な価値だけでなく、個々の視点や経験が作り出す独自の価値を考え、真実の意味を考え直すきっかけになればいいと思う」

Photo:Ryo Yoshiya
Edit & Interview:Moe Nishiyama

EVENT INFORMATION

マジック:ザ・ギャザリング30th ANNIVERSARY CELEBRATION TOKYO

マジック:ザ・ギャザリング30周年を記念した過去最大規模のイベントとして東京都渋谷区のMIYASHITA PARKで開催。世界中のアーティストによる歴代のアートが展示された他、『アルファ版』「パワー 9」といった黎明期のカードをはじめマジック30年の歴史を彩る5,000 枚以上のカード、各時代を代表するデッキの数々が実物で展示された。設定資料と呼ばれる舞台設定やキャラクター/デザイン開発において使用された秘蔵資料の数々も限定公開。‘Celebration Ground’では時代をリードする現代アートの作家により、マジックをモチーフに構造やルールを個々の視点で解釈し制作された作品が展示された。

‘Celebration Ground’展示参加作家
伊藤颯、星加陸、布施琳太郎、柏木瑠河、鳥井祥太、三ツ谷想、藤井智也、Valentin Dommanget

https://mtg-jp.com/30th/

PROFILE

『マジック:ザ・ギャザリング』その多元宇宙の広がりに迫る。布施琳太郎×真木孝一郎×金子真実 インタビュー art240405_magicthegathering_1
左から金子真実、布施琳太郎、真木孝一郎。

布施琳太郎

1994年生まれ。iPhoneの発売以降の都市で可能な「新しい孤独」や「二人であること」を、絵画や映像作品、ウェブサイトの制作、批評や詩などの執筆、展覧会企画などを通じて表現。著書に『ラブレターの書き方』(晶文社)、詩集に『涙のカタログ』(PARCO出版)。

真木孝一郎

96年にウィザーズ・オブ・ザ・コーストから発売されている「マジック:ザ・ギャザリング」と出会い、直ぐさま熱烈なファンに。その後、色々あって、同社の別のカードゲーム「デュエル・マスターズ」の開発に参加。そして更に色々あり、ウィザーズに入社し今にいたる。

金子真実

97年、小学生の時に「マジック」と出会い、中学生~高校生の間このゲームに明け暮れる。2007年~2008年は競技プレイヤーとして世界を回ったが、その後就職を機に競技マジックは引退。緩く遊びながら記事執筆など裏方に回っていたところでひょんなきっかけからウィザーズに入社し、現在はマーケティングを担当している。