部屋にこもりながらPCやスマホの画面を眺めながら感じたのは「家以外の場所で、何か全身で震えるような体験をしたい」だった。ただ、その舞台というのは天井の高い美術館や映画館を想定していたわけで、まさか「美術館の壁」を眺めながらそんな体験ができるようになるとは思っていなかった。

<第23回 文化庁メディア芸術祭 受賞作品展>の開催にあわせ、プロジェクションマッピングを駆使するカナダ発のコレクティブ・MAPP_が、何かトンデモナイことを企てているようである。

プロ・アマ・個人・商業の区別なく選ばれた39作品

9月27日(日)まで、東京・日本未来科学館にて<第23回 文化庁メディア芸術祭 受賞作品展>が開催されている(特設ウェブサイトは10月末まで公開)。厳正なる審査を経て選定された受賞作品が、一堂に会する。

1997年、インターネットの普及と世界的な芸術祭の振興により産声をあげた文化庁メディア芸術祭。過去には宮崎駿監督作「もののけ姫」から東村アキコ作「かくかくしかじか」など、知名度の高い作品も多くアワードを獲得している。

昨年2019年には、世界107の国と地域から3,566点もの作品が応募されたという。その中から「アート」「エンターテインメント」「アニメーション」「マンガ」という4部門ごとに大賞、優秀賞、新人賞、そして新設のソーシャル・インパクト賞、U-18賞が選出された。

今年3月に実行委員会が発表した受賞一覧には、プロ・アマ、個人・商業の区別なく、39作品の名が挙がっている。

自転車がアートを運び、風景が変わる。文化庁メディア芸術祭とMAPP_が提案する街のインスタレーション art200910_mediaartsfes_15-1440x960
▲Adam W. BROWN『[ir]reverent: Miracles on Demand』

アート部門では、肉眼では見えない微生物が人間の歴史と信念体系に与える影響を示したインスタレーション『[ir]reverent: Miracles on Demand』が大賞を受賞。優秀賞には、日本・アメリカ・台湾のチームによる、熱エネルギーが音響エネルギーに変換されるときに発生する音を利用した作品『Soundform No.1』などが受賞した。

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渡辺歩作『海獣の子供』

また、アニメーション部門で大賞を獲得したのは、原作も第13回マンガ部門優秀賞に選ばれている渡辺歩監督作『海獣の子供』。また、八代健志によるストップモーション・アニメーション作品『ごん』が優秀賞を獲得している。

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『Shadows as Athletes』

エンターテインメント部門には佐藤雅彦らが日本オリンピックミュージアムに設置されたウェルカムビジョンのために作成した映像『Shadows as Athletes』が大賞、音楽アーティスト・amazarashiの武道館公演『朗読演奏実験空間“新言語秩序”』が優秀賞を受賞。マンガ部門では島田虎之介のSFオムニバス作品『ロボ・サピエンス前史』や、雁須磨子の『あした死ぬには、』などが受賞作品に挙がっている。

なお、今回の受賞作品展は新型コロナウイルス感染防止対策として、来場人数を制限し、事前予約制にて開催される。会場は360度VRカメラで撮影しており、特設ウェブサイトからも閲覧できることが、例年にない特徴だ。受賞者トークイベントについても、特設ウェブサイトでの配信を予定しているため、来場が難しい人にも楽しめる内容となっている。

渋谷一帯の商業施設や美術館が巨大なキャンバスに変わる

では、今回の<第23回文化庁メディア芸術祭受賞展>の広報として実施される『MAPP_TOKYO』で、彼らは一体何を企てているのか。施策について説明する前に、MAPP_のことを紹介したい。

彼らは2016年にカナダ・モントリオールで結成された「プロジェクションマッピングの概念を変える」コレクティブだ。彼らは今までも、ヨーロッパや中米などで行われる大規模なアートフェスティバルや、カナダで1億人以上を動員した「ミュラルフェスティバル」などとコラボレーションから地域社会との絆を深める活動まで、多岐に渡る活動を数多く敢行してきた。

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▲2020年、カナダ・モントリオールに投影されたMAPP_の作品

この経歴からも、ほとんどの人は「プロジェクションマッピングをする」とまでは予測がつくだろう。しかし、問題はここからだ。MAPP_が今回舞台とするのは、公共機関である街の壁だ。

特に、現在投影を想定しているのは商業施設、学校、神社、区の建物など、渋谷一帯のあらゆるランドマーク。彼らは自転車で移動しながら、それら予定地の壁に国内外における若手アーティストの作品を投影していくという。ちなみに実際の投影ルートは未だ謎に包まれており、ある種のゲリラ的なインスタレーションとなることは予測される。

では、なぜ大規模なプロジェクションマッピングではなく、「自転車で」「都内を回る」のだろうか? MAPP_のメンバーは、今回の企画についてこう語る。

MAPP_JPN プロデューサー・竹川潤一
「文化庁は、若いアーティストやクリエイターを支援して活躍できる場所をたくさんつくりたいと日々模索しています。でも、限界がある。それは日本の“展示”が屋内中心だからです。そこで、僕たちは“屋外”に作品を展示する可能性を提示できればと考えています。

自転車にプロジェクターをつけて屋外に投影する。要素だけでは簡単そうですが、実は先端的な創造力を使っています。何より前例が無い。

それでも、アートは街には必要です。前例が無い、技術が難しい、法整備ができていないというだけの理由で『できない』という言い訳はしたくありません。日本の屋外に展示場所を作る、という可能性を未来に打ち出すために、今回のプロジェクトは始まりました。プロジェクター付き自転車が、これからアーティストの活躍の場になることを期待しています」

MAPP_JPN アートディレクター・YASUKO TADOKORO
「実は、日本では前例がないということで実現までのハードルがとても高かったのですが、私たちの活動の意味を理解してくださった渋谷区をはじめ、投影許可をくださった方々のサポートのおかげで乗り越えることができました。前例がないから無理と諦めるのではなく、前例がないなら誰かがその前例を作るしかないんですよね。じゃないと先に進めないし、つながらない。

今回のMAPP_TOKYOの活動を皆さまに楽しんでいただけたら、それはもちろん嬉しいことなのですが、間接的に少しでも未来の誰かの活動につながるような、小さな道を私たちも作っていけたら良いなと思っています」

また、MAPP_のメンバーらは投影する作品について、壁に投影することを想定した“選定基準”を設けた。

MAPP_JPN アートディレクター・YASUKO TADOKORO
「ふと顔を上げた時にそれを目にした方が、思わず誰かに伝えたくなるようなハッとする文章やちょっと笑ってしまう楽しいイラスト、なんだろう?と興味を持ってもらえるような作品を投影したいと思い、選ばせていただきました。
今回、新型コロナウイルス感染拡大防止という点から開催場所の告知はせず、街の中を移動しながら投影するので、偶然その場に居合わせた方しかご覧いただくことができません。だからこそ、虹を見つけた時にわあ!と、気持ちがふわっと上がって、思わず誰かとその瞬間を共有したくなるような感じというか。その気持ちを大事にしました。

一方でモントリオールからは、ロックダウン中に始めたMessengers of Hopeというプロジェクトに参加してくれたアーティスト達を中心にお願いしました。普段から共に活動することの多い、MAPP_にとって大切な、そして才能溢れるアーティストばかりです」

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作者:Keeenue
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作者:LY
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作者:くどうれいん
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作者:伊藤 敦志
(第23回メディア芸術祭マンガ部門 新人賞受賞)
▲「MAPP_TOKYO」で投影される作品の一例

一方で、このプロジェクトにアーティストとして参加するメンバー・伊藤敦志は、「普段絵を描けないところに絵を投影する」ことに魅力を感じたという。彼はマンガ著書『大人になれば』が、第23回メディア芸術祭マンガ部門で新人賞を獲得したイラストレーターだ。

イラストレーター・伊藤敦志
「壁に実際に絵を描くとそれを動かすことができませんが、この移動型ショーケースでは様々な場所に投影することができ、動かすこともできるので、その場所にあったいろいろな見せ方ができるのではないかと可能性を感じます。
当日は『自転車で移動しながら投影していく』とありましたので、DIYな印象を受けました。自分の作風にも合っていて面白いのではないかと楽しみにしています」

たくさんの“文化”を乗せた自転車が、街に色を戻していく

今、東京の街にも徐々に人が戻りつつある。元の生活が戻った訳でもないし、相変わらず脅威は脅威のままだ。しかし「MAPP_TOKYO」の構想を聞けば聞くほど、どうしてもある映像が脳内で再生されてしまう。それは、一台の自転車が颯爽と風を切りながら、あちこちに色を落として、モノクロの街中に彩りを与えていくイメージだ。

とんでもないパンデミックに襲われた2020年は、このままあっという間に過ぎてしまうだろう。慌ただしくも平坦な日々の中、ふと安らぎを感じたのは、マンガやアニメ、アートに触れる時間、インターネットを通じて発信されるコンテンツを享受する時間だった(Qeticの読者である皆さんなら、同じ境遇の人が多いハズ)。

特に、直接ホンモノに触れることが難しくなってしまうことを経験した今。優れた作品を目の前にすると「サイコーの瞬間を生み出してくれて、本当にありがとうございます……」と一層頭が上がらない。

まずは、第23回文化庁メディア芸術祭に挑戦した全ての作品たちに最大のリスペクトを。そして受賞した39作品を生み出したアーティスト・クリエイターに拍手を。さらには2020年、“オープンエアな移動式の鑑賞体験”に挑戦し、町中にアートを咲かせようとするMAPP_のメンバーと第23回文化庁メディア芸術祭スタッフに、最大限のエールを贈りたい。

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撮影:コハラタケル
自転車がアートを運び、風景が変わる。文化庁メディア芸術祭とMAPP_が提案する街のインスタレーション art0916_mapp_tokyo_14-1440x810
作品:くどうれいん 撮影/Kaze
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作品:VJ SUAVE 撮影/コハラタケル
自転車がアートを運び、風景が変わる。文化庁メディア芸術祭とMAPP_が提案する街のインスタレーション art0916_mapp_tokyo_11-1440x958
作品:伊藤 敦志 撮影/コハラタケル
▲2020年9月15日 MAPP_TOKYOの作品一例

Text by Nozomi Takagi

EVENT INFORMATION

MAPP_TOKYO

期間:
2020年9月15日(火) 19:30 – 21:30
2020年9月18日(金) 19:30 – 21:30
2020年9月20日(日) 19:30 – 21:30
*天候により、日時を変更する可能性があります

会場:
渋谷区各所
*新型コロナウイルス感染防止のため、開催場所の告知予定はありません
(雨天時:天候により実施可否判断)

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自転車がアートを運び、風景が変わる。文化庁メディア芸術祭とMAPP_が提案する街のインスタレーション art200915_mediaartsfes_8-1440x917

第23回文化庁メディア芸術祭

会期:
2020年9月19日(土)~9月27日(日)
場所:
日本科学未来館(東京都江東区青海2-3-6)

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自転車がアートを運び、風景が変わる。文化庁メディア芸術祭とMAPP_が提案する街のインスタレーション art200915_mediaartsfes_2-1440x500

第23回文化庁メディア芸術祭受賞作品展

開催期間:
2020年9月19日(土)~9月27日(日)
開催時間:
10:00~17:00
会場:
日本科学未来館(東京都江東区青海2-3-6)
入場料:
無料(事前予約制)
予約:
文化庁メディア芸術祭公式ウェブサイトにて受付
主催:
文化庁メディア芸術祭実行委員会

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トークイベント概要

2020年9月19日(土)配信開始
2020年9月20日(日)以降も優秀賞、ソーシャル・インパクト賞、新人賞、U‐18賞、フェスティバル・プラットフォーム賞、功労賞の各トークイベントを順次配信

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