ソニフィデアが、今年4月にJR西日暮里駅構内に完成したコミュニケーションウォール「エキマド」に、サウンドアート『呼吸する駅』を導入した。
及川潤耶の手掛けるサウンドアートがJR西日暮里駅に登場
本プロジェクトは、JR東日本が推進する「東京感動線」とのコラボにより実現したものだ。JR西日暮里駅には、昨年10月にエキラボniri、12月に西日暮里スクランブルがオープンしており、今回はその関連プロジェクトとして、地域や駅の情報を発信する「エキマド」が完成。音響空間の構築を、欧州を中心にグローバルに活動するサウンドアーティスト・及川潤耶が手掛けている。
『呼吸する駅』では、「空間の中で、音の存在をより強く感じさせたい」という及川の世界観を実現するため、欧州での展示作品用に開発された音響拡散システム「サウンドディフューズシステム」が実装されている。本音響システムは、音を空間で多面的に反響させるもので、作品以外での実装は日本初となる。
こども用黒板部分には、遊ぶ動作に反応して音が生まれる「インタラクティブサウンドシステム」(国際特許出願中)が導入されており、自らの身体で音を作り出す体験を楽しむこともできる。
また、『呼吸する駅』の繊細な音響世界の一部が、立体音響コンテンツ『Imaginary Wind』としてWEB上で公開されている。記憶や想像をゆっくりと喚起する“音による静寂”を、ヘッドフォンでも味わってみよう。
『呼吸する駅』 コンセプト
複数のスピーカーから出る音が一体となり、まるで大きな生き物のように駅コンコースを包み込みます。生き物は、人の動きをきっかけに呼吸を始め、時間帯や季節によってリズムを変えていきます。西日暮里の駅構内を満たす有機的な音が、目に見えないもう1つの空間を作り出し、人の意識を変えていくことを目指しています。
そして今回の取り組みについて、及川潤耶のコメントも到着した。その制作背景やこだわりにも是非注目していただきたい。
インタビュー:及川潤耶
━━西日暮里駅のサウンドアート、JRさんと取組みについて、サウンドアーティストとしてどのようなチャレンジとして受け取り、スタートしたのでしょうか?
2018年に日本滞在した時に新規事業の企画を担当されている方々とお会いする機会があり、今回のプロジェクト「呼吸する駅」の構想がスタートしました。
これまで遺跡や山、島、庭園など特殊な環境で活動を行ってきました。今回は様々な日常音が混在する空間です。そのような環境にサウンド・アート・人・地域・文化を関連付けながら、西日暮里の「過去、現在、未来の姿」を、段階的に音で創出したいと考えました。
━━このサウンドアートの仕掛け、作品が完成するまでのプロセスはどのようなものでしたか?
まず周辺のフィールドワークから始めました。
西日暮里の一帯はとても面白い場所で、昔の用水路の名残が地下に存在していたり、虫聴き、古代の遺跡、初音という地名があったりします。特に古くから信仰されている諏方神社は、過去から現在まで人々の心のよりどころでもあります。
またJR駅構内では、他社線へ乗り換える階段部分から、せせらぎの音が聞こえることも印象に残っていて、「有機的な音」を選択したいと考えました。
音は目に見えない存在であり、同じように目に見えない地域の歴史から感性を深めることで、西日暮里駅に対する音のあり方のヒントを得ました。
空間に響く環境音や、通路を使う人々の嗜好を考慮して、人によっては実装した音に気付かないアプローチもとっています。これは単に音が小さいということだけではなくて、「サウンドディフューズシステム」で現地の環境音と、意図的に作りだした音響空間を物理的に分けることで、日常音の中に「存在感を持った音のレイヤー」を紛れ込ませるように空間音響を設計しています。
気づいた人は特殊な音響体験ができると思います。
空間全体の設計はHAGI STUDIOさんが手がけていて、サポートをしていただきました。
その中のコミュニケーションウォールには子供用の黒板があり、そこにインタラクティブなシステムも実装することで、「学び」をもたらすサウンドアートにしました。
━━展示するだけでない社会実装されるアートとして、及川さんがどのような部分にこだわっています
か? また駅を利用する人たちにとってどんなメッセージが込められていますか?
人々の日常、特定の場所・環境に対して、さりげなく関係性を作り出す方法が僕にとっての「作曲」と捉えています。それが、社会にアートを実装していく理由にもなります。
音というのはあまりにも身の回りにありふれていて、普段あまり意識して聞くことって少ないと思いますが、ふとした瞬間に聞こえてくる「音の存在」を通じて、日常音に耳を傾けたり、歴史や文化に思いを巡らす体験のきっかけになればいいなと思います。
そうして得られる気づきが、西日暮里駅を通じた音の文化になることを目指しています。
━━最後に、及川さんはドイツを拠点に活動されていますが、ご自身の法人「SONIFIDEA LLC」を立ち上げましたね。その理由とこれからどのような活動を広げていくのか教えてください。
アートと社会という言葉をよく耳にしますが、アーティスト、特にデジタル音響技術を扱う作家本人が社会実践を試みる例は世界的にもまだ多くありません。そして、このような社会実践のプロセスは、日本においては今後、フリーランスの社会保障制度を問うためのモデルになる可能性があります。ソニフィデアを通じて、これまで培ってきた技法や発想・海外の経験などを幅広く社会に応用・展開していきながら、芸術家としての人生を深めていく新たな挑戦でもあります。