日本民俗学の黎明期に多大な影響を与えた柳田国男の著作『遠野物語』。その舞台となった岩手県遠野市は「民話の里」としても知られ、今もなお伝承で語り継がれてきた異形の者たちの気配を色濃く残している。そんな遠野市に広がる異界の景色をめぐるツアー型イベント<遠野巡灯籠木〜トオノメグリトロゲ〜>(主催:一般社団法人 Whole Universe)が2021年11月に開催された。本記事は、同年12月16日に行われたアフターイベントにおけるトークショー「ニッポンの祭りと祈りの原点」のレポートである。

本トークショーには日本各地の祭りや盆踊り、地域の風土についてリサーチを重ねる文筆家の大石始、遠野市を拠点に民俗学的なアプローチから商品開発・デザイン・コンテンツ開発を手がける株式会社富田屋の代表・富川岳、そして生と死の諸相を描き出す現代美術家の大小島真木が登壇。<遠野巡灯籠木>を主催する一般社団法人Whole Universeの代表理事である塚田有那、短編ドキュメンタリー作品『DIALOGUE WITH ANIMA』(※ZAIKOプレミアムにて配信中)の監督を務めた坂本麻人とともに、「ニッポンの祭りと祈りの原点」をめぐるトークを展開した。

生と死、人間と自然が不可分な遠野という地において「祭り」が果たしている機能とは何か。5名の登壇者による対話は、やがて都市生活者がいかにしてリアリティを獲得するべきかという、興味深いテーマへと発展していった。

遠野では生と死がひと続きに存在する

目に見えないものはあるっていうことに対して、遠野の人たちはあまり疑いを持っていないですね(前川さおり/学芸員、遠野市文化課)

トークショーに先立って上映された『DIALOGUE WITH ANIMA』の中で出てきたフレーズである。これを聞いて、心がざわめくような感覚を覚えたのは私だけだろうか。神秘的だとか、ロマンチックだとか、そんな安易な肯定では収まりきらない感情。柳田国男が『遠野物語』の序文で言い放った「願わくはこれを語りて平地人を戦慄せしめよ」という言を彷彿とさせるかのように、遠野人の死生観に迫ったドキュメンタリー映画『DIALOGUE WITH ANIMA』で語られる逸話は、我々現代人を揺さぶり続ける。例えばそれは、生と死が隣り合う共生空間「デンデラ野」のエピソードであったり、死後の理想世界を生き生きと描いた「供養絵」であったり、集落の新盆を迎えた家の前やお墓で念仏を唱える「ミソウロウ」の儀式といったものだ。撮影のコンセプトについて、『DIALOGUE WITH ANIMA』監督の映像作家、坂本麻人は次のように話す。

坂本麻人 「去年(2020年)の11月ですかね、リサーチチームを作って遠野にロケハンに行ったのですが、“妖怪”や“魂”、“お盆”などの普段からよく耳にする言葉を、これほど近い距離で感じたのは初めての体験でした。今回の作品では、あえて妖怪とは何か、遠野とは何かということを語らずに、僕たちが聞いたこと感じたことをそのまま映像にするというテーマで編集を行いました」

大石は、劇中に登場した遠野郷八幡宮 禰宜 多田宜史の「(遠野は)生と死がひと続きの世界だった」という発言を取り上げ、現世と異界を結ぶツールとしての「芸能」が、遠野においてはリアルなものとして機能していることに注目する。

大石始 「例えば遠野の『供養絵』は、死んだらこういう風に生きていくんだよと教えるものでもあると思いますし、同時に亡くなった先祖に対して、こういう風に生きていってほしいという、素朴で切実な願いみたいなものが込められています。このような絵だとか、芸能を通して、遠野の人は少しずつ死の準備をしているのではないでしょうか」

2016年に遠野に移住し、地元に伝わる郷土芸能「張山しし踊り」の踊り手としても活動している富川は、この大石の見解に対し「遠野では死者を供養するという儀式が日常化しています」と同意する。

富川岳 「誰もそれを不思議なことだとは思ってないし、自然に死を受け入れている。人ってわからないものに対して恐れを抱くものですが、そのような儀式を見て自分も亡くなったらこのように供養されるんだと思えたら、ちょっと安心するじゃないですか。だからお盆の風習って、死者に対するベクトルだけじゃなくて、今生きている人たちを安心させる儀式という側面もあるんじゃないかと考えていました」

現世に生きる者が、異界にいる死者と接続するための回路として、芸能や儀式というものが重要なファクターとなってくる。そんなヒントを、遠野という地は私たちに耳打ちしてくれているのだ。

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不可視の霊と接触交換する空間としての「祭り」

そもそも、そういった芸能や儀式が繰り広げられる「祭り」という空間は、一体どのような場なのだろうか。祭りの様相は多様化しており、非常に説明が難しいと断りながら、民俗学者 三隅治雄による「不可視の霊と可視の人間の接触交換の場が祭りの空間である」という説明を引き合いに、大石は次のように解説する。

大石始 「要するに見えない霊と、見える我々人間が、接触して交流する場が祭りであるということを定義しているわけですね。これは祭りの本質を非常にわかりやすく説明しているかなと思います。見えないもの・見えるものが特定の空間の中で交流し合うことによって、見えない存在の気配が立ち上がったり、または見えるはずの我々が、見えないはずの存在に変容していく。そういう行ったり来たりするのが祭りの場ではないかなと思われます」

大石は実際に祭りの中で死者と生者が交差する感覚を、東京最古の盆踊りとされている、佃島の盆踊り(中央区佃島)で体感したと語る。隅田川に接する佃島は古来、川の上流から流れてくる水死体が漂着する場であった。踊りの会場にはそんな無縁仏を供養する盆棚が置かれ、人々はそこで線香をあげ、手を合わせてから踊りの輪の中に入っていく。

大石始 「これは仏さんへの供養の踊りだから、そのつもりで踊ってくださいと地元の年配者がお踊りの輪に向かって言っているのは、つまりそういう意味なんですよね。実際に踊っていても、祖霊というか無縁仏が踊りの中に入ってくるような感覚があって、初めて体験した時は、盆踊りの本質に触れたような感動を覚えました」

塚田は盆踊り空間における「死者」の役割について次のように説明する。

塚田有那 「盆踊りというと、今だと楽しい夏の風物詩みたいなイメージがありますけど、お盆になると魂が帰ってくると言われるように、死者というファンタジーを介在させることによって、ある種の普段の社会構造みたいなものから逸脱できる、みたいなところはありますよね」

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「森に食べられるような感覚」遠野、屋久島を囲む森厳な自然

四方を早池峰山をはじめとした山々に取り囲まれた遠野盆地。著書『小盆地宇宙と日本文化』にて、かつて「小盆地宇宙」という地域単位を提唱した文化人類学者の米山俊直は、遠野の地形を典型的な「小盆地宇宙」モデルであるとし、狩猟から稲作、商工業へと移り変わっていく時間の変遷がその空間の中に凝縮されているということを指摘した。山との距離が物理的にも精神的にも近かった遠野では、死者や妖怪と並んで「ケモノ」の存在は大きな意味を持つ。

富川岳 「“しし踊り”は、鹿を中心とした、四足の動物の供養として始まった踊りとされています。猟師が動物の命をもらって食べる際にたたりを恐れたため、そのような供養の風習が生まれました。猟師というと秋田のマタギが有名ですが、大人数で狩りをするマタギに対し、遠野では1人か2人くらいの少人数で狩りをするので、余計に“獲物の命を奪った”という意識が強くなるのです。

また東北地方各地にさまざまなしし踊りが伝わる中で、遠野のしし踊りの最大の特徴と言えるのが、“しし”と、刀を持った“タチ”が争うシーンが出てくることです。この踊りは単に争いだけではなく、人と獣の調和を表現しているとも言われています」

古来、人間は災害や飢饉・疫病などさまざまな厄災の脅威に晒されてきた。遠野の人々は、人間の力ではコントロールし得ない自然の象徴として“しし”を捉え、畏怖や畏敬の念を、その踊りの中に込めていたのかもしれない。

大小島は「死」や「異界」が遠ざかってしまった時代に自分たちの魂を捉え直すためには、動物や植物も含めた、人間事だけではないさまざまな眼差しの中で、切り離されてない生と死のありよう、絡まり合った多様な生物たちとのありようを考えることがますます重要になってきていると指摘する。

大小島真木 「私が異界だとか、見えざるものを意識するきっかけのひとつとなったのは、2017年にフランスの海洋調査船にアーティストとして2カ月半、同乗する機会をいただいた際に、海に漂うクジラの遺体を目にしたときです。皮が溶けて白い脂肪が見えているのですが、その少しピンクがかった色を美しいと言っていいのか、ともかくその場にたちすくんでしまうような感覚でした。クジラの遺体を食べようと魚やサメ、鳥たちが群がり、生きていた頃はたくさんの生き物を捕食していたクジラが、死んだ後は逆にたくさんの生き物たちに解体され海へ溶けていく。そんな光景を見ている中で、この“生き死に”の連続、絡まり合いの中に自分もいるんだと感じました。その後、自分が見たものはなんだったんだろうと考えたくて制作を始めたのが、『鯨の目』というシリーズです」

このほか大小島は、屋久島の森の中で迷子になってしまった体験に着想を得た『鳥よ、僕の骨で大地の歌を鳴らして。』という作品も発表している。森の中で一人歩いている時に、彼女はもしも自分がこの場で果ててしまったら、ケモノや微生物に解体されて、土に還っていくのだろうか、と想像してみたという。森に“食べられた”自分が、土となり、そこから発芽した種子はやがて木となり、森を形成する。食べ物という恵みを与えてくれる「森」は人間にとって食べる対象でもあるが、命の循環を俯瞰してみれば、やがて人間は森に食べられる存在でもある。このような宇宙観は、人とケモノが調和していく物語を躍動する身体で描き出す「しし踊り」にも共通するものだ。

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「タグ付け」できない体験をどのように生み出すか

遠野のように、見えざる世界に接続するような感覚を都市生活の中で得るのは難しい。しかし、例えばしし踊りを見て、人と人ならざるものが交差する瞬間を感じたり、深い森の中で自分の命が循環していくイメージを感じ取ったりする体験を一度でも通過すれば、都会を覆うコンクリートの下は土だらけなんだと容易に想像できるだろう、と大小島は言う。

大小島真木 「屠殺をした経験があれば、私たちは肉を食べる時に、ただ情報としておいしいと感じる以上に、そこに命があるという実感を持たざるを得ないでしょう。死から切り離された場所で生きる私たちだからこそ、そういった“実体験”が必要なのだと感じます」

大小島の言葉を受け、あらためて塚田は「死ぬことや、生きるということが、アクチュアルな体験として浮かび上がってくる祭りが作りたい」と宣言する。

塚田有那 「現代人は自分の体験を情報的に処理することに、ある意味トレーニングされすぎてしまっています。例えば私たちはつい旅先で『今この場所にいます』とタグ付けして発信してしまうわけですが、大小島さんがおっしゃるような土の手触りですとか、肉を食べた時の命の実感ですとか、そういったレベルまで感じることができるとしたら、今この状況を簡単にタグ付けなんてできないはずですよね。どこまで現代人をそんなタグ付けの感覚から引き剥がして、実体験をもたらすことができるか。それは、これから私たちがやりたいと考えていることを実現する上での課題のひとつだと思っています」

多様なルーツを持つものたちが身を寄せ合う都市の中で、私たちの魂は土地や血脈といった呪縛から解き放たれ、あてもなくさまよう。死の気配を感じることもない漂白された世界は「自由」で「快適」な生活を約束するが、同時に捉えようのない不安や孤独の感覚が静かな耳鳴りのように体のどこかで響いてもいる。現代人が再び実存の感覚を取り戻そうと考えた時に、遠野人の死生観は私たちに多くの示唆を与えてくれるはずだ。

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Text by 小野和哉

EVENT INFORMATION

遠野巡灯籠木アフターイベント

2021年12月16日(木)
内容:
(1)遠野の死生観に迫るドキュメンタリー映像『DIALOGUE WITH ANIMA』上映
(2)トークショー「ニッポンの祭りと祈りの原点」
登壇者:
大石始(ライター/編集者)
大小島真木(現代美術家)
塚田有那(Whole Universe/遠野巡灯籠木プロデューサー)
富川岳(富川屋 代表)
坂本麻人(THE LIGHT SOURCE/『DIALOGUE WITH ANIMA』監督)
協力:BE AT TOKYO
主催:一般社団法人Whole Universe
メディアパートナー:Qetic

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遠野の死生観に迫るドキュメンタリー『DIAOLOGUE WITH ANIMA』

配信ストリーミングサービスZAIKOにて配信中。

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『DIAOLOGUE WITH ANIMA』サウンドトラック

Kuniyuki Takahashi、OLAibi、Daisuke Tanabe、kafuka、Saskiaの5名のアーティストが参加。

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