2021年3月26日(金)~28日(日)の3日間、国際舞台芸術フェスティバル<KYOTO EXPERIMENT>の公式プログラムとして京都公演が行われた“対話型”演劇作品『私がこれまでに体験したセックスのすべて』。ソーシャリー・エンゲイジド・アートの旗手として、世界各国で挑発的な参加型プロジェクトを実施してきた、アート&リサーチ集団ママリアン・ダイビング・リフレックスの代表作であり、社会における演劇、劇場の可能性を強く感じさせる同作のレポートを掲載する。なお、本作は2021年4月8日(木)〜11日(日)に「True Colors DIALOGUE」として東京公演が開催される予定。

人生の良いことも悪いことも、
その全てを祝福する演劇作品

本作にはセンセーショナルなタイトルがつけられているものの、そのセンセーショナルさに依存するような作品ではない。性・セックスについての話はあくまでとっかかりに過ぎず、出演者一人ひとりの人生に丁寧に光を当てながら1つの物語を紡ぎ、人生の良いことも悪いことも、その全てを祝福する、多幸感に満ちた演劇作品だ。

ママリアン・ダイビング・リフレックスはカナダ出身のパフォーマンス・アーティスト、ダレン・オドネルを中心として1993年にトロントで設立されたアート&リサーチ集団だ。学校や老人ホーム、地域組織、アート・フェスティバル等との連携による国際的な共同作品の数々は、“社会の鍼治療(Social Acupuncture)”と称され、世界的に評価されてきた。

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Photo by Nada Zgank

『私がこれまでに体験したセックスのすべて』は、多様なバックグラウンドをもち、人生経験豊富なシニアたち(60歳以上)が、自らの性体験を通して人生を語る“対話型”演劇。障害や性、地域を超えて集まった日本のシニアたちが普段は公に話されることのない性・セックスについてのストーリーをきっかけに、リアルな気持ちと自らの言葉で人生を語る。2010年の初演以降、世界14カ国22都市で上演されてきたが、障害のある方、トランスジェンダーの方が出演するのは初であり、そうした点では最も多様な経験が語られる機会となった。

日本公演のもう一つの特徴として、車椅子席、補助犬利用、日本語/英語字幕、舞台上手話通訳、日本語音声ガイド、介助者1名無料といった鑑賞サポートが充実していることが挙げられる。手話通訳は、3人の手話通訳者が舞台上で手話を行うスタイルだが、その表現は各出演者を自らに憑依させているかのように豊かだった。プロジェクト・マネージャーの佐藤瞳さんは「手話通訳や音声ガイドは、ただ正確に情報が伝わればよいという姿勢でなく、それぞれが表現にまでこだわった」と語る。

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Photo by 吉本和樹

奥底に眠る自分と出会い、
他者として痛み・喜びを想像する

公演が始まると観客は起立を促され、出演者・スタッフと共に本公演で語られる内容を口外しないという誓いを立てることを求められる。誓いを立て全員が着席すると、1940年代のヒット曲が大音量で流れ、音楽に合わせて5人の出演者、オンラインで参加し、壇上のモニターに映されるママリアン・ダイビング・リフレックスのメンバー、通訳者、スタッフなど全員が体を揺らしてダンスする。その後も全編を通して、語られるエピソードの年代に合わせたヒット曲がかかり、10年の節目ごとに出演者、スタッフらが立ち上がって踊る。これらは祝福のムードを作り出すための重要な演出となっていた。

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Photo by 吉本和樹

作品の構成は、5人の出演者が壇上に並び、最年長の出演者が生まれた1946年から現在に至るまで、時系列で1年ずつ、主に性・セックスに関する出来事を自らの言葉で振り返っていくというもの(1名のみ代役)。それぞれが生まれた年から振り返っていくが、主に幼少期は「その後の人格形成に影響を与えたであろう出来事」「性別への気付き」「性の目覚め」、青年期は「淡い青春」「自慰行為など、より明確な性への興味」「性に対する具体的な違和感」、成人後は「セックスにまつわるエピソード」「結婚にまつわるエピソード」などが語られる。このように丁寧に人生のディティールを辿っていくことで、私たちは壇上の5人や、5人の人生の登場人物に共感し、自らの奥底に眠る経験を呼び起されながら自分と出会い、時に他者としてその痛み・喜びを想像し、他者と出会う。

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Photo by 吉本和樹

また公演中計3回、ママリアン・ダイビング・リフレックスのメンバーが、観客へのアンケート、インタビューを行った。舞台上で語られるエピソードにまつわる質問が投げかけられ、挙手をした人の中から1、2名にインタビューが行われた(インタビューの際には「答えたくない質問には答えなくてもよい」と何度も念押しするなど、強制しないために注意が払われていた)。こうした演出によって、「観客自身もこの作品の主人公の1人である」という認識が芽生え、出演者と観客の境界線が曖昧になっていく。

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Photo by 吉本和樹

信頼とリラックスを生み出す
ファシリテーション

制作プロセスについても言及しておきたい。まず2019年10月~11月の期間、65歳以上の演技経験のない方を対象に、出演者の募集が実施され、集まった20名の中から5名が選出された。2020年2月〜3月の1カ月間、ワークショップと、全出演者へ4時間ずつの性に関する質問を中心としたインタビューが行われ、それらを元に脚本が制作された。

佐藤さんによると「この場で自らのプライベートな話をしても安全であることを示すため、そして出演者が話しやすい空気を作るための配慮として、ワークショップの際には、まず制作スタッフが自らの性に関する経験を語った」という。このようにあらゆる過程で、できるだけ信頼してもらい、リラックスしてもらうための工夫があるファシリテーションを行っていたからこそ、最終的に観客の心を解きほぐすような作品ができるのだろう。

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提供:日本財団 DIVERSITY IN THE ARTS 撮影:冨田了平

2020年2月下旬、脚本がほとんど完成し、台本を読み合わせるまでクリエーションが進んだ段階で、新型コロナウイルス感染症の影響によって公演が延期となってしまう。先行きの見えない状況が続く中、公演の日程が決定したのは同年12月。オドネルらの来日が困難となったため、舞台稽古や本番への参加はすべてリモートとなったものの、2020年〜2021年のエピソードが追加されるなど、さらにアップデートする形で公演が実現する。

性と死ぬまで付き合い続けるための
希望と祝福

オドネルはアフタートークにて、本作のテーマについて「この作品はみなさんを祝福する作品。苦しい時間、悩む時間は誰にでもある。ひどい時間を経て、ひどい体験をして生きてきた。そういったことも含めた人生を祝福したい」と語った。

5人の出演者の口からは、セックスに関するショッキングな経験、年齢を重ねることによる生活環境の変化や健康上の問題による性生活へのネガティブな影響など、「ひどい時間やひどい体験」も多く語られた。特に50歳、60歳と年を重ねるにつれてそうした話題が多くなる。それらを経て、ラストシーンでは出演者全員が、自身の理想とする未来について語る。

筆者は今年で38歳になるが、本作の鑑賞は、日頃からぼんやりと頭に浮かんでいるが目を逸らしている「私たちは性というやっかいなものと死ぬまで付き合い続けなければならない」という事実に、明確な輪郭が与えられ、突きつけられるような体験だった。しかし、私たちには人生という、やっかいで時に素晴らしいものを希望として語り、丸ごと祝福してくれる演劇という機会、劇場という場所がある。『私がこれまでに体験したセックスのすべて』がもたらす体験は、演劇と劇場が私たちの希望であることを再確認させてくれる。そうした体験を非日常として作り出せる、芸術の可能性を強く感じる公演だった。

Text by 中本真生
Photo by 吉本和樹/Nada Zgank/冨田了平

INFORMATION

True Colors DIALOGUE
ママリアン・ダイビング・リフレックス/ダレン・オドネル『私がこれまでに体験したセックスのすべて』

2021年4月8日(木)〜4月11日(日)
会場:スパイラルホール(東京・青山)

4月8日(木)18:00開演
4月9日(金)18:00開演
4月10日(土)18:00開演
4月11日(日)15:30開演
(上演時間:約100分)

京都公演のご好評を受けほぼ完売状態でしたが、座席の調整を行い、peatixのみ追加販売中です。
peatix
note
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