ちなみに香港でのメジャーアーティストというのは、いわゆるソロの歌手タイプの人が大部分、というイメージだ。リスナーがインディーミュージックに興味をより抱き始めている要因の一つには、「WNR」がそういった音楽を香港で紹介し続けているからに他ならない。ちなみに今、香港のインディーミュージックシーンで興味を持たれている主なジャンルを聞いてみると、
「インディーポップ、インディーロック、ドリームポップ、シューゲイザー、ポストロック辺りが主流かな。でもWNRはより日本のインストやマスロックを多く取り扱っているよ。僕たちが単純に大好きだし、香港の人も絶対気に入ると思ってるからね。」
ということのようだ。「WNR」で取り扱うタイトルの国の割合は、日本40%、アメリカ30%、ヨーロッパ20%(イギリス含む)、日本以外のアジア10%、だそう。最近の売れ筋は、
UK:yndi halda/Under Summer(レコード)
UK:GoGo Penguin/Man Made Object(CD)
Japan:サニーデイ・サービス/東京 20th anniversary(レコード+CDボックス)
Japan:tricot/KABUKU EP(CD)
Japan:The fin./Through The Deep(CD)
とのこと。Garyはtoeのアジアツアー・オーガナイザーとして最も大きな仕事をしていて、その他にもMouse on the keys、LITE、World’s End Girlfriend、tricot、The fin.など多数の日本のアーティストを招致し、更には彼をハブとして他のアジアの国へ紹介されることも多い。ここに挙げたアーティストが海外で精力的に活動できているのは、このGaryのお陰であるところも多分にあると思う。ここ数年はやっと、日本のアーティストがアジアでライブをやることが当たり前のように多くなってきたが、音楽を届ける場に制限をかけたり、「国内(日本)」と「海外」みたいな境目を作る必要はない。Garyは日本のアーティスト、特に、レーベルや事務所のサポートを得られない、インディーのアーティストにそんなきっかけを与えてくれた。
先にGaryが述べたように、香港の人たちは必ずこういった日本の音楽を気に入ると信じているからこそ、彼はショップでもライブでも日本の音楽を扱っているのだが、別の理由もある。Garyは日本のミュージック・シーンについて、こう話す。
「ライブ会場、アーティスト、プロモーター、フェス、レーベル、レコードストアでさえも、全ての面においてプロフェッショナルで、しっかりしている。人についても、彼らがやるべきことに情熱を持って取り組んでいるし、そういう人たちをとてもリスペクトしている。そして、同じように日本のオーディエンスに関しても、ライブに行ってCDを買って、自分たちの好きなアーティストをしっかりサポートしているのが目に見えて、素晴らしいと思う。その両サイドとも、香港で同じような状況は見ることができないレベルだ。」
そのような香港には足りない、彼の知る日本のミュージック・シーンの良いところを自国に伝え、自国のミュージック・シーンを向上させたい想いもあるのだろう。一番冒頭にあげた、大阪の「FLAKE RECORDS」なんかは、Garyも強くリスペクトをしているようで、世界中から厳選した良質な音楽を自国に届け、全世界からアーティストを日本へ招致もしているその情熱に、強い敬意と共感を覚えているようだ。日本から香港へ輸出できるような、自国のシーンに必要なモノを聞いてみたら--例えば「ライブハウスの運営ノウハウ」とか「照明や音響の技術」みたいなことを想定して聞いたのだが--「努力と情熱」という答えが返ってきた(笑)。その他にも、彼は以下のような問題提起をしている。
WNR 2016年のニューロゴ。Ryo Matsuuraという日本人デザイナーがデザイン
「第一に、香港にはライブをするための場所が足りないんだよね。会場の規模が小さすぎるか、大きすぎるか、高すぎるか。だから、ふさわしい会場をブッキングするのにいつも苦労する。第二には、やっぱりなかなかオーディエンスをライブに来させるのが難しい。会場の不満を言っていたり、場所が来にくいとか、チケットが高いとか、日程が悪いとか、何かにつけて文句言ってるのをよく聞く。多分ただの言い訳なんだけどね。これらは香港の経済状況や不動産・家賃の問題が悪化していることが大きいと思う。みんな、特に若い人がなんだけど、仕事以外に関する様々なことへの好奇心を失ってしまっているように思えるよ。」
前回の連載でもtfvsjsとGDJYBが話していたのと同様、不動産の問題がこれだけ音楽にも深刻な影響を与えているというのは、興味深い。ネガティブな要素に興味深い、というのは言葉が悪いかもしれないが、他の国にはないユニークな状況であり、そのような違いを知ることは大事なことだと思う。前述の通り、「WNR」のやってきている功績というのは確実に目に見えてきているのだろうが、それでもやはり、彼らのビジネスはそう楽ではない状況のようんだ。
「オーディエンスはいくらチケットの値段が安くても、普段知らないアーティストのライブに行くことはないし、そもそもライブに行くこと自体に興味がない人たちもいるしね。ライブDVDやYouTubeだけでライブを観るって人も多い。香港ではCDの売り上げもかなり厳しくなったね。(日本以外の)世界と一緒で、香港でも定額制ストリーミングサービスが主流になってきてるよ。新しい世代は、外に出ることなく聴きたい音楽をいつでも聴くことができる。」
Garyはとてもユニークで楽しい奴なのだが、彼の性格の一つとして、良くも悪くも正直すぎるところがある。だからここまで、香港のシーンについてネガティブな面ばかりが聞こえてくるが、それはあくまで「嘘をつきたくないから」という彼の性格で、確実にWNRのおがけで、香港のインディーミュージックシーンは良くなっていると思う。だからこそ、〈BAKURETSU INTERNATIONAL〉より日本でリリースしたtfvsjsやGDJYBのような、世界的に見てもかっこいい、面白いと思える音楽が生まれてきている。恐らく、彼はとても現実主義者で、悪い現実をフィーチャーしてそこに挑戦し続けているのが、「White Noise Records」のGaryという男なのだろう。
「ただただ音楽が香港の人々の生活の一部になることを願うよ。カラオケに行くだけじゃなくてね。少しでも気になる音楽やアーティストがいたら、ライブを観に行ってほしい。それが最も分かりやすいアーティストをサポートする方法であるし、アーティストもファンのみんなのエネルギーを感じることができる一番の場所だ。そういった願いから、香港に国外のアーティストを招致することを僕は続けてるんだ。」
最後に、そんな「WNR」の絶え間ない「努力と情熱」によって、活発になってきている香港のインディーシーンからGaryのオススメアーティストを聞いてみた。
Musician
◼Life Was All Silence
2014年にデビューアルバムをリリースした、4人組のインストゥルメンタルバンド。The LibertinesやNew Orderも出演した香港最大級フェス、<Clockenflap 2015>に出演するなど注目されているバンドで、ポストロック的アプローチを織り交ぜながらも、Electroacoustic(電気音響)と自らの音楽ジャンルを謳い、シンセサイザーとギター音の絡み合いが特徴的。Envyのサポートアクトも務めたことがある。
Life Was All Silence – Damascus
◼YoungQueenz
1996年生まれのラッパー。自ら〈Wild$tyle Records〉を立ち上げ、現在の香港Hip Hopシーンを牽引する。香港という都市のフィーリングや北野武の映画にある暴力性などに影響を受けつつ、今年始めには、“Kiko Muzuhara/水原希子”というタイトルの新曲を公開した。
水原希子 KIKO MIZUHARA / 御宅 – OTAKU MOBB (YoungQueenz)【MV】
Illustrator
◼Don Mak
〈BAKURETSU INTERNATIONAL〉からリリースされたtfvsjs/GDJYBのジャケットはDon Makが描いたもの。
◼Wilton Choi
Wilton Choi Instagrama
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前回と今回で、tfvsjsとGDJYBというアーティスト、そしてレコード屋兼レーベル兼イベンターである「White Noise Records」のインタビューを混じえて、香港のミュージック・シーンをみてきたが、三者別々に話を聞いたにも関わらず、共通して浮かび上がったのは香港の社会的現状に対して批判的・悲観的であり、その現実をしっかりと捉えているということ。そして、そんな現実を孕む香港という都市が、彼らの創造性と行動の源となっているということだ。
次回は香港を離れて、他のアジアの国に移ります(順番的にどの国にするか、原稿書きながら悩み中)。
RELEASE INFORMATION
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tfvsjs / GDJYB