こんにちは。イシカワです。
改めて少しだけ自己紹介させてください。
普段は福岡県にある北九州市役所で働いていますが、週末は北九州や福岡のカルチャースポット巡り、レコードをディグり、コーヒーと酒を飲み、くだらない話をして生きています。
このコラム「とびだせ 北九州の週末カルチャーディガー」はイシカワが、気になる人やスポットをディグしつつ、ついでにいま心を捉えて離さない音楽や書籍もご紹介というコンセプトですが、あまり形にとらわれず、北九州ローカルのストリートカルチャーをボムしていきます。
第2回目は北九州を飛び出して、隣町の山口県下関市で暮らす不思議なアーティストをディグします。
夕暮れ時の小倉の街で西鉄バスに揺られながら、次のコラムをどうしようかと考えていた。初回の田口商店が好評だったため、結構なプレッシャーを感じていて、焦っていた。絶対に失敗できない……などと悶々としていたところ、〈Stones Throw〉にイラストを提供しているアーティストが下関市にいるというタレコミが飛び込んで来た。
地方都市と超有名レーベルの組み合わせ、めちゃくちゃ面白い、これなら田口商店と遜色ないと飛びついたものの、この安易な判断は間違いだった。
捉えどころがなく、何を考えているか分からない。時間をかけて取材したけど、文字にするとどうしてもきちんと伝えられている気がしない。今回はそんな人物について。
〈Stones Throw〉はLAに拠点を置くインディレーベル。アーティストでもあるピーナッツ・バター・ウルフ(Peanut Butter Wolf)が1996年に興し、マッドリブ(Madlib)やJ・ディラ(J Dilla)といったヒップホップ界の重要アーティストを輩出してきた名門レーベルだ。ピーナッツ・バター・ウルフが本当に良いと思った音楽だけをリリースしていて、それが〈Stones Throw〉の唯一無二の理念である。〈Stones Throw〉は裏切らない。だから、リスナーとの信頼関係も強固だ。
そんな特別なレーベルに関わりのある人物が近くにいるなら、是が非にでも会ってみたい!と接触を試みたところ、既に会ったことのある人物でした。
初めて会った日、彼は中古レコードを売っていた。この辺りではあまり出会うことのないレアな音源を揃えていて、この人が潜っている音楽の海の色や深さが窺える、素敵な品揃えだった。彼とはひと言ふた言交わした程度だったけど、不思議な空気をまとっているというか、独特な間合いを持った人だった。だから、彼のことはとても印象に残っている。あの人がmunguniだったのか。
これまで表立った活動をしていなかったmunguni。
〈Stones Throw〉にイラストを提供したという経歴も、一切口外してこなかった。
「内面を覗かれるようで恥ずかしいし、自己評価もあまり高くなかった」ので、現実世界においては積極的に名乗り出て、作品を発表することもなかったとか。
munguniが通っていた小学校では、クラスメイトの多くが昼休みにイラストを描いていて、その影響で彼もペンを走らせた。鳥山明が好きでドラゴンボールの孫悟空を好んで描いていた。そこから描くこと、表現することに夢中になっていったのかと思ったら、中学生になってからは水泳に没頭。描くことから遠ざかっていた。
再び絵を描き始めたのは大人になってから。インスタグラムの存在が大きかった。
2012年11月、サービスをローンチして間もないインスタから次々に流れ来る画像に刺激を受けて、誰かが投稿した人物をひたすら模写した。
急に思い立って始めた模写は、1週間もするとスラスラと満足いくレベルで描けるようになった。さらに1ヶ月後には大好きなレーベル〈Stones Throw〉のアーティストたちを描くことに夢中になった。ちなみにレーベルのアーティストでは、マッドリブのビートが好きだという。乾いていて、濁った感じが心地よいのだとか。
その頃munguniはインスタで見つけたFolerioという人物が気になっていた。〈Stones Throw〉の創始者であるピーナッツ・バター・ウルフに似ているからだ。もっと言えば、ピーナッツ・バター・ウルフが長髪のカツラを被っているだけにしか見えなかった。Folerioとピーナッツ・バター・ウルフが同一人物か確信はなかったが、munguniはFolerioのイラストを描き、“folerio is pbw?”とコメントをつけて投稿したところ、Folerioから“who pbw?”と返信があった。
これがmunguniと〈Stones Throw〉との初コンタクト。2012年12月24日のことだった。
以来、ピーナッツ・バター・ウルフ(あるいはFolerio)がインスタに新たな画像を投稿すると、即座にイラストを描き、アップした。
そういうことを続けていると、ピーナッツ・バター・ウルフ周辺の人が投稿に反応してくれるようになった。ピーナッツ・バター・ウルフの投稿をからかうようなタッチで描いていたから、みんなよく笑ってくれた。
munguniは「びっくりさせたかった」とその動機を語る。
こうしたSNS上のやりとりがきっかけとなって、munguniは〈Stones Throw〉からアートワーク制作の依頼を受けるようになっていった。
そして2015年、想像だにしていなかった大きな依頼がやってきた。
「来年〈Stones Throw Records〉が20周年を迎える記念に本を出したい。全部で68ページあるから68人のアーティストを描いて送ってくれ」そんなメッセージとともに、ピーナッツ・バター・ウルフからアーティスト名が書かれたリストが送られてきた。
munguniは「ピーナッツ・バター・ウルフに選んでもらいたかったから」という理由で、依頼を大幅に超える250もの作品を描き、送りつけた結果、全100ページに増量して発行された。
そして、まさかのまさかだけど、ここで燃え尽きてしまった。
2012年のクリスマスイブから始まったmunguniの一連の活動は、〈Stones Throw〉のアートワークを請け負うことがゴールだった。ピーナッツ・バター・ウルフに認められ、次第に単発の依頼を受けるようになった。それで満足だったところ、一冊まるごとmunguniによるイラスト集の発行という、夢以上の奇跡が起きてしまい、もうこれ以上の幸せは訪れないと思った。
それから5年、目立った活動はなく、会社で働き、子を育て、家を建てた。
好きな音楽を聴きながら、下関の郊外で平穏に暮らしていた。
ところが気まぐれに、北九州で開催されたマルシェに中古レコードを売りに来たところ、小倉の音楽マニアに見つかってしまい、あっという間に人生初の個展を開くことになった。
munguniの作品に触れていると、とてつもなく無垢な人という印象を持つのだけど、彼と話をしてみると、実はそうではないらしいことに気付く。
ピーナッツ・バター・ウルフの気を引くためにしたインスタ投稿も、周到に戦略をめぐらせたうえでの行動だった。
北九州で中古レコードを販売した時も、実は手放したくないレコードを数枚、散りばめていたそうだ。そしてそれを手に取る人がいれば、その人とは通じ合えるだろうという、そんな罠も仕掛けていた。
munguniがこうして活動を再開したのは偶然ではなく、ひょっとしたら彼が事前に用意したシナリオ通りなのかもしれない。彼がレコードを携えてマルシェに出店すれば、僕らのようなカルチャーホリックな人たちと接点を持つのは容易だろう。そして彼の経歴を知れば当然に話題となり、彼が何もしなくても、勝手に活動するための場を用意してしまう。
こうして今、彼について書いていることすら、彼が紡いでいる不思議な物語のワンシーンであり、全て仕組まれたことではないかという気がしてならない。
それは考え過ぎなのは分かっているけど、全て否定するのは困難だ。
munguniによると、今回小倉で開催された個展をきっかけとして、今後も創作活動を活発にやっていくそうだ。彼の表現は絵を描くことから、物語を書くことにも広がりを見せている。
munguniとは結構な時間をかけて話もしたけど結局よく分かんないし、こうして言語化するのも、もうお手上げっていう状況なので、あとは直接本人に聞いてもらいたい。そうして、彼の物語の一部になるのも悪くないでしょ。
ちなみにmunguniが住む下関市は海と山に恵まれた穏やかな土地。特に海はめちゃくちゃキレイなのでぜひ一度は足を運んでもらいたい。
では、最後にイシカワがオススメしたい音楽。
10年ぶりにリリースされた都市レコードの新譜。「都市生活者の悲しみを唄うサッドコアバンド」っていうキャッチのとおり、沁みわたる。泣ける。泣け。