東京・神泉駅前にあるモーラム酒店を舞台にタイカルチャーに精通する様々なゲストとSETSUZOKUプロデューサー・西堀純市がイサーン料理とM-150のオリジナルカクテルに舌鼓を打ちながら、それぞれにとってのタイをキーワードにした雑談とちょっぴり真面目な対談を行う-Culture Party- SETSUZOKUの企画「GOODでMOOD」。コロナ禍が落ち着き、またタイへ行けるようになった時、新たな旅にプラスαな感性をお届けします。

第1回、映画監督の富田克也、第2回、『ニュー・ニュー・タイランド 僕が好きなタイランド』著者の竹村卓に続いて、今回のゲストは渋谷を拠点に活動する選曲家/プロデューサー・カワムラユキが登場。音楽活動と並行して、渋谷・道玄坂のウォームアップバー「渋谷花魁」をプロデュース、さらには文筆活動も行うなど、さまざまな分野で活躍している彼女。実は大の「タイ好き」でもあるという。

一見すると、少々意外にも思える彼女のタイ遍歴についてはもちろん、彼女にとっての聖地であるスペイン・イビサ島とタイのビーチの共通性、近年、足繁く通うになったというタイ・チェンマイの食文化、さらには自身のセクシュアリティとタイの関係性、そしてコロナ禍を経た今、彼女自身が拠点とする「渋谷」という街に対する思いまで、さまざまなトピックについて語ってもらった。

対談:
カワムラユキ × 西堀純市

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タイを意識し始めたきっかけの映画『ザ・ビーチ』

━━まずは、おふたりの関係性と、今回の対談に招いた理由から教えていただけますか?

西堀 もう10年以上前から知っているんだけど……何で知り合ったんだっけ?(笑)

カワムラ 何だろう?(笑) 私がプロデュースしている「渋谷花魁」っていうお店で音楽レーベルをやっているんですけど、そこからリリースしたSAKIKO OSAWAっていうアーティストが、昔から西堀さんのことを知っていて。それで、西堀さんのイベントか何かに出たときかな?

西堀 あぁ〜そうかも。「SETSUZOKU」を始める前だから、多分13~14年ぐらい前だと思うけど、実際話すようになったのは、もうちょっとあとだったと思う。具体的に何かを一緒にやったという感じではないんだけど、お互いもう20年以上はクラブ界隈にいるから、なんとなく顔は知っていて、たまに話すみたいな。

カワムラ そうですね。音楽的なジャンルでいうと全然違うというか、西堀さんはジャンルを超えていろいろやられているけど、やっぱりヒップホップとかR&Bが軸にある感じじゃないですか。私はどっちかっていうと、チルアウトとかバレアリックとかテクノなので。

西堀 ジャンルが違うと、なかなか一緒にやる機会とかなかったりするんだよね。でも、ユキちゃんがタイによく行ってるって聞いて、こういう機会に改めて話してみたいなと思ったわけですよ。タイの話って、あまり公の場ではしていないよね?

カワムラ そうですね。もう何十回も行っているんだけど(笑)。

西堀 だから、濃い話がたくさん聞けるんじゃないかなと思って(笑)

カワムラ というか、私がそもそも、西堀さんがタイに関連したことをやり始めているのを知ったのは、マフト・サイ(Maft Sai)がきっかけだったんですよね。世界各国には、キーパーソンとなるようなDJがいて。スペインのイビサ島にはホセ・パディーヤ(Jose Padilla)がいて、フランスのパリにはステファン・ポンポニャック(Stephane Pompougnac)がいて……とかって考えると、やっぱりタイのマフト・サイは、避けて通れません。西堀さんは、それをいち早く日本に紹介なさっていた印象がありますね。

西堀 マフトのことは、いつ頃知ったの?

カワムラ 何がきっかけだったかちょっと覚えてないんだけど、独自の選曲で世界観を確立しているアジアのすごい人みたいなイメージで(笑)。そんなDJって、アジアには他にいないじゃないですか。

西堀 そうだよね。マフトの存在と音楽性を意識しつつ、ユキちゃん自身は、そういった視点でいつ頃からタイを意識するようになったの?

カワムラ そもそも、私がタイを意識し始めたのは……レオナルド・ディカプリオが主演した『ザ・ビーチ』(2000年)っていう映画があったじゃないですか。その当時から、私はバレアリックとかチルアウトな音楽が好きで、映画も良かったんですけど、それ以上にサントラが良かったんですよね。アンクル(UNKLE)とかアンダーワールド(Underworld)とかモービー(Moby)とか、チルアウトから繋がっているようなダンスミュージックが、すごく良いバランスで入っているサントラで。そのサントラを手にしたことをきっかけに映画を観ました。あの映画で、ピーピー諸島とか、タイのビーチが舞台になっていることをきっかけに、タイに興味を持ち始めたんですけど、ネットの情報とかも、まだそんなに充実してない時代で。

西堀 昔は情報を入手することが大変だったよね。

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ピーピー諸島 写真提供 カワムラユキ

衝撃を受けたタイの「食文化」

カワムラ まわりでレイブとかパーティに行っている友達が、タイのパンガン島の<フルムーン・パーティー>に行ってたりしてたんですよね。東京から近いところで、そういう自然崇拝とダンスミュージックとフリーダムみたいなイメージがリンクするところっていうと、大概タイが出てくるというか。あと、その頃にすごい親しかった人が、アジアを放浪していたような人で。というか、あの頃って、バックパッカーが結構流行っていたじゃないですか。

西堀 確かに。90年代に結構流行っていて、00年代にはそこから戻ってきた人たちが、クラブとかにも結構いたよね。

カワムラ そうそう。で、向こうで料理を覚えてきた友達が、パッタイとかを作ってくれるんですよ。当時は、ナンプラーとかも今ほど一般的じゃなかったと思うけど。

西堀 なるほど。そこで「食」の要素も入ってくるんだ。

カワムラ そう。自分が子どもの頃から慣れ親しんでいる食文化って、出汁を軸にした日本食、あるいは欧米系のソース主体の料理が多かったんですけど、いわゆるエスニック料理というか、タイ料理みたいに香辛料をたくさん使った料理に、とても衝撃を受けて。パクチーも最初から好きだったし、自分でいろいろ香辛料を足して、味をカスタマイズできるところとか、ひとつのお皿の中で、いろんなものを混ぜて食べるところが、本当に面白いなって思って。ちょっとDJっぽいなって思ったんですよね(笑)。

西堀 (笑)。食の興味ってすごく影響としては大きいもんね。じゃあ、タイに通うようになった、ひとつの要素なのかな?

カワムラ そう。それで興味を持って、自分でも行くようになるんだけど…実はその前に、1度だけタイに行ったことがあって。

西堀 あ、そうなんだ。それは、やっぱり島とかリゾート地だったの?

カワムラ いや、最初はバンコクだったんですけど、当時つきあっていた彼氏の、付き添いみたいな感じで行って(笑)。90年代の終わり頃かな? 私もまだ20歳とかだったと思うので。その頃って、安いエアラインは1週間に1便とかしか出てなくて。だから、是が非でも1週間はいなきゃいけないみたいな感じだったんですけど、それが結構楽しかったんですよね。一緒に行った人が、それこそアジアを放浪していたみたいな感じの人だったから、いろいろ慣れていて。

西堀 そのときのバンコク (タイ) の印象は、どうだったの?

カワムラ それがね……楽しかった記憶はあるんだけど、あんまり覚えてないんだよね(笑)。初めての海外だったから、とにかく見るもの聞くものすべてが新鮮で。

西堀 まあ、最初の海外旅行っていうのは、そんな感じかもね。で、そのあとタイに再び行くようになるのは?

カワムラ そのあとタイに行ったというか、自分の人生にとっても、やっぱりすごい大きかったのは……その話、します?(笑)

西堀 実は今日そこのところを聞いてみちゃおって思ってたんだよ。タイが好きな理由のひとつに、LGBT先進国として知られていて、日本より寛大で理解がある国っていう点が関係しているのかなって思って。

カワムラ まあ、そういうのもあったのかな? わからないけど。それこそ、バンコクのタニヤ・ストリートの並びにゲイのストリートがあるんですけど、そことかは、もうホントにいろんな国のみなさんが楽しそうにしていて。普通の繁華街がそういう状態なのは、単純に圧巻だなって思ったし…しかもそれが、経済の循環にも、ちゃんと繋がっているじゃないですか。

西堀 日本だとちょっと考えられない光景だよね。そういった環境とかに居心地の良さを感じたりするものなの?

カワムラ うーん、どうだったかな。こんなにオープンな感じでもいいんだっていう驚きはあったけど。日本だとちょっと当時はまだ日陰者みたいなイメージがあったじゃないですか。とはいえ、もちろんいいことだけじゃなくて、善と悪が絶妙なバランスの印象を、感じられいて。だから決して「ザ・パラダイス」みたいな印象ではなかったですよね。

西堀 なるほどね。

カワムラ だからやっぱり、そっちよりも音楽だったのかな。私はスペインのイビサ島にずっと憧れていたんですけど、そこで流れているような音楽を「アジアで聴くならどこ?」ってなったときに、やっぱりさっきの映画『ザ・ビーチ』からの流れで、タイの島々だったっていう。そっちのほうが、多分強いですよね。

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自分に新しい人生を与えてくれた場所タイ

━━カワムラさんは、2007年に自身の半生を綴った書籍『アスファルトの帰り道』(ソニーマガジンズ)を出版されていますが、そこで書かれていたようなことは、今はもうあまり話されない感じですか?

カワムラ いや、全然大丈夫ですよ。最近は取材とかで、そういうことは、ほぼ聞かれることがないっていうだけで。なぜなんでしょう(笑)。

西堀 それはこれまでユキちゃんが語っていないのと、ネットとかにも出てこないからじゃない?

カワムラ まあ、そうか。自分がやっているのは、あくまでも音楽に関係したことであって、自分のセクシュアリティの背景とかは、それとは関係ないというか……そこで紐づけられるのが、当時はホント嫌だったんですよね。自分の名前よりも先に、セクシュアリティの部分が前に出てきたり、それで判断されるのが本当に嫌で。

西堀 だからこういうことや、ああいうことをやっているんだっていう偏見と価値観ね。

カワムラ そういうところからは、何としても逃げたくて。それでまあ、自分で本を書いて、それで私の中ではひと区切りしたつもりではあったんですけど。でも本当にセクシュアリティを前提とした仕事は、絶対やりたくなかったんですよね。だから、そういうものは全部断ってきたし、ちょっと意地になり過ぎていたのかなっていうぐらい逃げていて。だけど最近は、「まあ、いいのかな」って思うようなところもあって。歳を重ねると、そういうことってあるみたい(笑)。

西堀 歳を取ると角も取れるしね(笑)。だから、今日はどこまで聞いていいのか、迷っていたところもあったんだけど、聞いてもいい?

カワムラ いや、全然大丈夫ですよ。なんでも聞いてください。本を出したとき以来だから、15年ぶりぐらいじゃないかな(笑)。

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『アスファルトの帰り道』(ソニーマガジンズ)

西堀 よかった(笑)。では遠慮なく聞くんだけど、性別適合手術っていうのはバンコクで受けたのかな?

カワムラ そう。というか、選んだというよりも、そこにしかないんですよね。もう引退されちゃったんですけど、ドクター・プリーチャーっていうアメリカで勉強したタイ人の先生がいて。その先生が、やっぱりベストだっていう話だったので。

西堀 そうなんだー。他の国でも、ほとんど聞かないよね?

カワムラ そうですね。昔はモロッコとかもあったみたいだけど……あと、プーケットにもあるのかな? プーケットだとバンコクから飛行機を乗り継がなきゃいけないし、身体にも負担がかかるから、私はバンコクにしたんですけど。そう、シーロムにあるんですよ。

西堀 へぇー、シーロムにあるんだ? もちろん知らなかったよ。

カワムラ そう。シーロムっていうのは、銀行とかがあるオフィス街で、そこにBNH病院っていう、すごい大きな総合病院があって。その上にPAIっていう性別適合手術の研究センターがあるんですけど、技術的にもそこが1番だっていう話で。
2004年の終わりかな。そう、手術が終わって麻酔から目覚めたら、津波がきていて……。

西堀 えっ?

カワムラ ちょうど、スマトラ沖地震のときだったんですよ。だから、病院も大混雑で、看護師さんを呼んでも、それどころじゃないみたいな状況で。一応、バンコクは大丈夫だったんですけど、プーケット島とかは、かなり深刻な被害を受けたんですよね。

西堀 すごいときに居合わせたというか……ホント波乱万丈だよね。

カワムラ 波乱万丈ですよ(笑)。

西堀 その大きなきっかけを機にタイに通うようになるの?

カワムラ いや、実はそこからしばらく空いていて……。タイっていうのは、自分に新しい人生を与えてくれた場所ではあるんだけど、さっき言ったように、そのあと割と意地になって生きてきたところがあったから、そっちのカルチャーには、あまり近寄らないようにしていて……。

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西堀 それはカルチャーだけでなくタイに関しても?

カワムラ そう。どちらかというと、あんまり触れないでくれみたいな感じになっちゃっていたから、なかなかタイにも足が向かなくて……。

西堀 なるほどねー。そこからまたタイに行くようになったのは、なにかきっかけとかあったの?

カワムラ 向こうに住んでいる友人がいたっていうのと、2017年ぐらいになると、自分の年齢的にも、10代とか20代のことを振り返ったりするじゃないですか。それでまた、久々にタイに行ってみたくなったんです。けど、その頃私は、かなり気分が落ちていたというか、すごく忙しかったんですよね。3歳から10歳まで仙台育ちなんですけど、2011年に東日本大震災があって……。とにかく一生懸命頑張らなきゃいけないと思って、2017年ぐらいまでは、結構ノンストップで頑張っていたんですよね。で、頑張り過ぎて、ちょっと精神的に限界になっていたときに、友人が住んでいるっていうこともあったし、もう1回タイに行ってみようかなって思って。

西堀 それはバンコク?

カワムラ バンコクですね。で、行ってみようって行って、それから年2回とか毎年行くようになって。

西堀 久々のタイはどうだった?

カワムラ その当時は、とにかく「無」になりたかったんですよね。だから、バンコクに行っても、毎日ぼーっとしたり、マッサージに行ったりしていて。あと、結構エステとか好きなので、タイのパンピューリ(PANPURI)っていうハンドクリームとかボディクリームを出しているブランドがあるんですけど、そこがやっているエステとかにも行ってみたりとかして。

西堀 タイと言えば女性にとって、マッサージや美容は楽しみのひとつだよね。俺もタイ式のマッサージが大好きだよ。

カワムラ マッサージとかもすごい安いし、エステとかもホントにいっぱいあって、ヘッドスパとかも進んでいたりするんですよね。とにかくもう、身体がクタクタに疲れていたので、再びタイに行くようになってからは、とにかく美活に走っていました(笑)。で、そこからその友人が、チェンマイに引っ越したんですよね。それで、私もチェンマイに行くようになったんですけど、そしたらやっぱり、バンコクとは違う安らぎがそこにはあって……。

西堀 前回、ゲストの竹村さんからも教えてもらったけど、チェンマイはすごくいいところみたいだね。

カワムラ すごくいいですよ。食べ物とかも、すごく美味しいというか、その頃ちょうどビーガンフードとかグルテンフリーとかに興味を持ち始めていたんですけど、そういうものがチェンマイは、ヨーロッパからの観光客が多いせいか、本当に進んでいて。

西堀 タイは、ベジタリアン週間とかあるもんね。

カワムラ そうそう。あと、断食の日があったり、食べ物の文化が全然違っていて。それがそのときの自分に、何となくフィットしたんです。チェンマイは気候もちょうどいいし、それこそ加瀬亮さんとかが出ていた『プール』(2009年)っていう映画があって。その撮影場所になったバーンロムサイっていう孤児院がチェンマイにあるんですけど、そこに友人が連れて行ってくれたりして。そこは今、障がいのある子どもたちも社会に出ていきやすいようにする自立支援の生活施設にもなっているんですけど、そういう試みにも感銘を受けたし、あとチェンマイにはコーヒー農園があって……。

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チェンマイのハーブ薬局ナームヤータートにて 写真提供 カワムラユキ

西堀 それも、竹村さんから聞いた。チェンマイは、コーヒー豆が採れるんだよね。

カワムラ そう。チェンマイはコーヒーが盛んで。もともとアヘンを作るためのケシ畑だったところをコーヒー農園にして、それによって新たな雇用を生み出したり。そのほかにも、低農薬で遺伝子組み換えではない大豆を作って、その農家から食材を仕入れているお店があったり。とにかくチェンマイは、食材のエネルギーが素晴らしいんですよ。それを口にすることによって、自分の中の闇が全部取り払われていくような感じがあるというか。生きることと食べることは、こんなにも繋がっているんだってことを、改めて感じることができて。そうやって毎年タイに行くことを楽しみにしていたら、日本での仕事も頑張れるようになっていったんですよね。

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ますます必要になってくる「マイペンライ」の感覚

━━このコロナ禍で、ここしばらくはタイに行くことができなかったと思いますが、そんなコロナ禍を受けて、カワムラさんは、どんなことを考えていたのでしょう?

西堀 やっぱり、コロナの前とコロナの後では、いろんなことが変わったと思う……。そのあたりのことを、ちょっと聞いてみたいと思ったんだけど。

カワムラ そうですね。これはコロナの前からなのかもしれないけど、SNSをはじめ、情報伝達の手段が増えて、情報共有の速度も高まって…。という意味では便利になったけど、実際に人と触れ合うことによってしか感じえない安心感だったり、高揚感だったりっていうのが、だんだん薄れていっているような気がしていて。それが、コロナ禍によって、改めて浮き彫りになったというか。だから、コロナが終わったあと、そういうものに再び向かっていったらいいなっていうのは、ちょっと思っていて。

西堀 人との繋がりか……。

カワムラ あと、DJとかに関しても、きれいに繋ぐとか、寸分のズレもなく繋げていくとか、そういうのではなく、人の温かみや癖を感じる繋ぎ方だったり、ある種のぬくもりが伝わる音楽だったり選曲だったり、そういうものが、人の内的な安心感だったり高揚感を生み出すようにもなっていくんじゃないかと思っていて。綺麗に繋ぐだけだったら、ソフトや機材を使えば簡単に出来てしまうし。

西堀 日本は完璧感を求める感じが、すごく強いよね。こうじゃなきゃダメとか、繋ぎひとつにしても、少しでもズレたりすると、良くないDJみたいな。

カワムラ そうそう。日本は、そのへんのチェックが厳しいですよね。そういうプレッシャーみたいなものを、結構感じながらやってきたところもあって。だけど、私のDJの師匠というか、イビサ島のホセ・パディーヤが、「ちょっと音がズレてても、僕の場合、それはインプロビゼーションだからいいんだ」みたいなことを、よく言っていて。そう、タイの言葉で「マイペンライ」ってあるじゃないですか。あれ、ホントいい言葉ですよね。

西堀 「なんとかなるさ」ね(笑)。そういう大らかさが、タイの人たちにはあるというか、それがちょっとした心のゆとりに繋がっているのかもしれないよね。

カワムラ そう。だから、それこそコロナのあとも、「マイペンライ」の感覚ががますます必要になってくるんじゃないかなって思いますよね。

西堀 コロナが明けたら、またタイに行きたい?

カワムラ もちろん。やっぱりタイっていう国は、人生のヒントをいろいろくれた場所だったし、さっき言った「マイペンライ」っていう言葉が持つ重み。「これでいいのだ」、「どうにかなるさ」っていう感覚、あと「考え過ぎだよ」とか、それはこのコロナ禍の中で、さらにわかったことなのかもしれないって自分は思っていて。それを、タイに確かめに行きたいなっていうのは思いますよね。タイで普通に働いている人とか、普通に生きている人から感じる「マイペンライ」のリアルなマインドを、現地でただ感じることによって、自分の今後の生き方のエネルギーにしたりとか、「勘」のひとつとして取り入れたいなっていう。

西堀 すごく共感できるよ。俺もこれまでとは確実に違った視点でタイを見ることができると思う。

カワムラ それこそ、この15年間、自分のセクシュアリティの話は全然してこなかったけど、このコロナ禍の中で「マイペンライ」の考え方が、さらにわかり始めたというか…(笑)。そういうことを話しても、もうここまで頑張ってやってきたんだから、今後も大丈夫だよっていう。ほんとは、そういう色眼鏡で見られて、仕事がこなくなるんじゃないかっていう不安がいっぱいあったんですけど、やっぱり「マイペンライ」のほうが、自分自身も生きやすくなるんじゃないかなって。

西堀 それは俺には到底分からない不安感だなー。でも、これまでにユキちゃんが積み上げてきた事や人との関係値はこういうことを公に話しても崩れるものじゃないよね、きっと。お店のほうは大丈夫だったの?

カワムラ いやあ、ホントつらかったですよ(笑)。だけど幸い、スタッフもお客さんも、みんな元気だったので。うちのスタッフの子で、以前バックパッカーをやっていた子がいるんですけど、やっぱりその子とかは、バックパッカー時代に吸収した独特なコミュニケーションスキルとかマインドを持っていて。時代が急にいろいろ変わっても、あまり気張り過ぎずにやれていたところがあるのかなって思います。

西堀 渋谷のあの場所で、10年もやっているのはすごいよね。本当リスペクトだよ。

カワムラ なんとかね。それこそつらいときは、「マイペンライ」っていう言葉を思い出すようにして(笑)。

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「音楽」という共通項のもと、「花魁」という場所で、人々の「セツゾク」を深めていく

西堀 この先もコロナの状況がどうなるかわからないけど、今後はどういうふうにお店をやっていきたいとかってあるのかな?

カワムラ そうですね…そう、コロナになる前って、タイからのお客さんとかも、結構多かったんですよ。それこそ、タイのアーティストとかも結構きていて。ちょっと前にAwesome City ClubとコラボとかもしていたタイのポップスターのSTAMPくんとか、あとPolycatの子たちも遊びにきていたりとかして。

西堀 花魁みたいな場所って、日本でもなかなかないもんね。ミュージックバーというか、クラブとバーの中間みたいなところを、絶妙に射抜いていると思う。

カワムラ 一応、クラブに行く前に寄る「ウォームアップバー」っていう価値観でやっているんですけど、それプラス、ゆるい地元感みたいなものも「花魁」はちょっと作りたいと思っていて。お店も60年代ぐらいからある古民家をリノベーションしたものだし、都会の中のローカルみたいな感覚は、結構重要視しているというか、あくまでも日常の延長でありたいと思っているんですよね。日常の延長に「花魁」があって、そこで盛り上がって楽しんで、そのあとクラブに循環するように人が流れて行ったらいいなっていう。それはこの10年のあいだ、いつもスタッフに言ってきたことでもあって…いつお客さんに聞かれてもいいように、その日近くのクラブでやっているイベントの情報とかを把握して、それを共有しながらクラブやバーに人を流していこうっていう。

西堀 自分達だけのことじゃないって考え方ってすごく大事だし共感できるよ。そういう場所って、これからますます大事になってくると思う。ネットで便利に得るのもいいけど、人から人へ伝わる情報って、絶対必要なものだと思う。

カワムラ そう、ネットも大事なんですけど、うまく使ってほしいですよね。怒りとか負のエネルギーっていうのは、できる限り取り込みたくないなっていうのがあって。とにかく、地元でホッとする感じというか、音楽を聴きながら、ただダラダラする感じ。そういう時間の豊かさって、何事にも代えがたいなって私は最近思うんです。それを渋谷という街でやっていくこと、道玄坂っていう場所でやっていくことに意味があると思っていて。

西堀 「花魁」がある、あの通りは、昔から変わらないよね。いつの時代になっても、あの通りを歩くと、なんか変わらないなっていつもふと思うんだよね。

カワムラ ホント、あの通りは、渋谷ならではだなって思うし。やっぱり、渋谷は特別な街ですよね。

西堀 まあ、若いときほど渋谷のクラブに足を運ばなくなってしまったし、歳をとるにつれて、ちょっとずつ渋谷っていう街から離れてきちゃってるところもあるんだけど……。

カワムラ そう、そういう西堀さんみたいな方たちが離れていかないための場所として、「花魁」はもっと頑張りたいなって思っているんですよね。やっぱり、うちの店とかって、自分と同世代とか、もっと上の方のお客さんとかも、結構いらっしゃっていて。もともとクラブに行っていたけど、仕事が忙しくなったとか、家庭を持ったとかで、最近は行かなくなって、それでもクラブっぽいところで音楽を聴きながら飲むのは、いまだに好きみたいな。そういう人がきてくれたりするので。

西堀 実際、俺も利用させてもらってるけど(笑)、良い場所だよね。

カワムラ ありがとうございます(笑)。で、それとは逆に、これからクラブに行こうとしている若い子とかも、やっぱりいるわけじゃないですか。そういう子たちと話をするだけで、なんか元気になれたり、新しい気づきになったり……。逆に若い子たちは、年上の人たちと話していくなかで、自分が知らない時代のことを聞けたり、あるいは、それが何かの仕事に繋がったりとか。いろんな国の人たちが、「音楽」っていう共通項のもと、「花魁」という場所で、いろいろ交流してもらったりとか。それこそ「セツゾク」の場所として、これからもやっていけたらなっていうのは、心から願っていることですよね。

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Text:麦倉正樹
Photo:SETSUZOKUASIA

ここからは、タイに縁の深いゲストだからこそ知っている、タイの食、楽しみ方、オススメのタイ旅行について紹介してもらった。いまは難しいかもしれないが、これから先、タイに行くことができるようになったら参考にしてみてはいかがだろうか。

タイの食について

西堀 今日は食の話もでたけど、ズバリ1番好きなタイ料理ってなに?

カワムラ 「ラープガイ」ですね! ここ(モラーム酒店)のラープガイがNo1です(笑)。チェンマイのものより美味しいかも(笑)。ラープ「ガイ」のガイ(鶏肉)が1番好きです。ラープガイにカオニャオ(せいろで蒸して作るもち米)とブーパッポンカリーが入れれば、それでもう贅沢です。

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西堀 バンコクとチェンマイでそれぞれ必ず行くお店とかある?

カワムラ バンコクは正月によく行くんです。到着したその日か翌日にバーンカニタに行きます。かしこまったお店なんですけど、このタイミングでしか行かないので。

西堀 なるほど。バンコクにその店に行って、チェンマイって流れなんだね。

カワムラ そうですね。チェンマイだとPun Pun Organic Caféという寺院の中にあるベジタリアンのレストランによく行きます。

西堀 寺院のなかにあるベジタリアンのレストランか。良い場所なんだろうな。チェンマイのどこに魅力を感じるの?

カワムラ チェンマイはフワっと情緒的というか、タイの古い慣習とか美しさっていうのがまだ少し残っています。例えば食文化。畑とかが契約して大通りで出しているお店がたくさんあってとっても豊かだったり、あと日本人の方でお子さんのアトピーがきつくて向こうに移住して定食屋さんをやってる方がいるんですよ。その人は、味噌とか麹とかを自家製で作るために、遺伝子組み替えじゃない大豆を契約農家から仕入れているんです。こんなに、納豆とか味噌とか醤油麹が豆の匂いがするんだっていうのに気が付きました。やっぱり食べるものって健康と自分自身にとって大事なんですよ。精神とか発想とかも含めて。

西堀 そうだね。イイ物を食べるって手間もかかるし、お金もかかるけど、先の自分の健康とか、自分の考え方とかに凄く影響する。

マフト・サイもバンコクで、ローカルの人たちの為にサンガってヌードル店をやってるよ。1杯150円くらいなんだけど、めちゃくちゃうまいんだよね。材料も自分達で、無農薬の野菜をキチンと選んで使っていたり、凄くこだわっている。

カワムラ タイのヌードルは本当美味しいですよね。クイティアオガイが好きですね。テレサ・テンさんが好きだったみたいで。テレサ・テンさんが最後チェンマイで亡くなるんですけど、毎日ホテルの前のクイティアオガイを食べていたみたい。

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チェンマイのベジレストランにて 写真提供 カワムラユキ

オススメのタイ旅行は?

西堀 コロナ禍になる前のオススメのタイ旅行はどんなだった?

カワムラ まず、バンコクの<ソンクラーン>(タイの水かけ祭り)に行ってもいいかもしれないですね。あんなに馬鹿になれる祭りはなかなかない。実は社員旅行で行ったんですよ。ビッショビショだよね。

西堀 意外! 社員旅行で<ソンクラーン>とか超楽しそうだね(笑)。

カワムラ あれを毎年、本気になって未だにやってるタイってすごいなって思って。大人も子供もね。

西堀 タイのEDMイベントでの水かけとか、泡パーティーの盛り上がり方は<ソンクラーン>からのテンションが影響しているかもね(笑)

カワムラ あれぐらい老若男女が馬鹿になってない方がおかしいよっていう環境に一回行ってみるってのも大事。バンコクとかプーケットの<ソンクラーン>とか本当に色んな国の人が水を掛けあってるんですけど、何か平和なんですよ。タイをディープに掘り下げていく人は<ソンクラーン>から離れていっちゃうんですけど。あえて<ソンクラーン>に行ってみてほしい。あえて一回行ってみると本当に根底にある文化の違いを感じられるんですよ。私も避けて通ってたんですけど、いざ行ってみたら、タイの精神性を深く知りましたね。

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ソンクランにて 写真提供 カワムラユキ

タイ旅行に求めるものは?

西堀 コロナ後、タイへの旅に求めたいことってある?

カワムラ やっぱり、平和な気持ちで安らかな時間を過ごしたいと思います。

西堀 これまで話を聞いていると、ユキちゃんにとってタイは完全にオフになるための場所なんだね。

カワムラ 本当に化粧もしないで、ビーサンで、だらんとしたい。只々、食べて、ボーっとして寝るだけの時間、空っぽの時間をどれだけ過ごせるかっていうか。多分、そんなにタイ語に詳しくないから、何喋ってるかもわからなくて、他の情報も耳に入ってこない。とにかく、デジタルデトックスしてWi-Fiも借りないで、朝起きて裸足で、庭に出て、朝6時くらいに体の中の電磁波を放出するイメージでアーシングをして庭を歩いてから朝が始まるよね。

西堀 なかなかできそうもないけど、俺もタイでそんな時間を過ごしてみたいな。最後に、カワムラユキにとってのタイとはどんな国ですか?

カワムラ 自分の人生に新しい命をくれた場所ですね。とっても感謝しています。恩返ししなきゃね。

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Text:Qetic編集部
Photo:SETSUZOKUASIA

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PROFILE

カワムラユキ

1978年、東京生まれ。渋谷を拠点に活動中のDJ、選曲家、プロデューサー、作家。98年よりフリーランスのプロデューサーとして、ヨーロッパのダンス・ミュージックのプロモートや、企業のプロモーション企画、イベント制作を担当。2000年から、DJ及び作家としての活動をはじめる。2003年頃より「Love Parade Mexico」IBIZA島「amnesia」パリ「Batofar」にDJ出演。その後は、「Dress Camp」「Louis Vuitton」など、ファッション・ショーやパーティの音楽演出や、「inner Resort」コンピレーションCDシリーズやプレイリストの監修など、バレアリックやチルアウトを軸に選曲感を展開する。近年は作詞家や音楽プロデューサーとして「バクマン。」「NARUTO」「Cyberpunk 2077」などのアニメ主題歌やゲーム曲、Sam Smithのグラミー賞受賞曲「ステイ・ウィズ・ミー」日本語詞など多くの作品を手掛ける。2014年には自身のミュージック・ブランド「OIRAN MUSIC」を設立。現在は渋谷区役所の館内BGM選曲、幻冬舎plusにて音楽エッセイの新連載「渋谷で君を待つ間に」を2018年11月からスタート。毎週日曜26時~bayfm、毎週月曜23時~block.fm、毎月第一木曜16時~渋谷のラジオにて選曲やナビゲーターを担当中。

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西堀純市

90年代後半から様々なイベントを手掛けると同時にアーティストやクリエイター達との親交を深める。2011年、自身を代表するイベントの一つ『-Culture Party- SETSUZOKU』を発足。イベント制作~企業PR~公共事業など、民官の橋渡しとなる事業への参画など活躍の場を多方面に広げる。平成29年株式会社HEGクリエイティブ・プロデューサーに就任。2018年からは国内業務の他、ASEAN諸国を含めた海外業務を中心に活動をおこなっている。

-Culture Party- SETSUZOKU

セツゾクは『新しい’’Boom’’の創造』を目的にミュージックを通じて、様々な分野へセツゾクする新たな表現の場、トレンドを発信するメディア・エージェンシーです。2011年の発足から年齢や性別を問わず感性を共有し合うことができる、独自の世界観を持つ人々に向けて発信してきました。今後も国内外を問わずストリートやライフスタイルの延長にあるエンターテイメントを目指していきます。それぞれにとって目には見えない何かを。そんなきっかけを提供する事がミッションです。

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