日々の喧騒の中から少し深呼吸をして、今ある暮らしを眺める。そんな時に言葉や写真を残すことで新たな気づきがあるかもしれません。
『葉書のえらびかた』は暮らしにまつわる気づきについて、ラッパー・maco maretsがゲストを迎え、エッセイを交わすQeticオリジナル企画です。maco maretsのエッセイからはじまり、ゲストはまるで交換日記を返すように書き綴る。二人のテーマに合わせ写真をセレクトするのは、maco maretsのMVを多数担当し、近年では広告映像など活躍を広げている写真家/映像作家・河澄大吉。
今回のゲストは、maco marets 5周年記念ビデオにも参加するなど親交がある、俳優/シンガーソングライターの藤井草馬。
──藤井草馬さんについて
本連載の相方・河澄大吉が監督したmaco maretsのミュージックビデオ『Standard』。その主演として参加してくれたことが草馬くんとの出会いでした。撮影現場では、ほのかに電気を帯びたような、気迫に満ちた眼差しに射竦められて……思わず背筋が伸びたことを覚えています。妥協なく表現と向き合うひとなのだ、とすぐにわかりました。
俳優として、シンガーとして、そしてひとりの青年としても、草馬くんの口にすることばは、いつもてらいなくまっすぐです。ひねくれ者の自分とはまったく対照的だけれど、でもだからこそ、わたしは彼のことをこころから信頼しています。
maco marets
maco marets
遅めの梅雨明けをむかえた七月なかば。駅までの道すがら、公園を横切ろうとしたわたしはちいさな羽虫の群れに気づかずつっこんでしまいました。「うわ、ノークイムシ!」
おもわず漏れたのは、小学生のころ恐ろしげにささやかれていたモンスター、もとい羽虫の名前です。脳を食う虫と書いて「脳食い虫(ノークイムシ)」。耳に入り込んだら最後、脳みそを食べられて死んでしまう! なんて、大まじめに信じていたことが思い出されました。
その正体は「ユスリカ」という蚊の一種で、蚊柱がちょうど人の頭の高さにできることから地域によって「頭虫」「脳食い虫」などの別称で呼ばれるようになったそうです。口器が未発達ゆえ、実際は脳みそどころか血を吸うこともできないのだとか(筆者調べ)。
しかして、今でもとっさに耳を覆ってしまうのは……少年時代にうめこまれた回路が変わらず駆動し続けているせいなのか、それはある種の(ささやかな)呪いのようで、また繰り返しやってくる夏の気配をまざまざと立ち上がらせるものでもありました。
藤井草馬
近くある川まで歩いていくと草木はもう青々と夏の色に変わっていました。この季節になると夕方暑さが和らいだ頃、外で夜に変わる前の空を目にするとなぜか子供の頃の気持ちを思い出します。
日が長いということよりも夜が始まるのが遅いということが子供にとって毎年のご褒美のようなワクワクがあって、お祭りも花火も暗くなってもまだ楽しい時間が続いていくような、まだ終わらないという無性な心の高鳴りを今でも同じ時間になると感じてしまうのです。
季節が変わることにも時間が流れることにもとうとう慣れてしまったのか、
去年の夏のことはあまり思い出せません。
だけど今ここから大きな雲が見えます。
蝉の声がして肌が焼けています。
子供たちの声が聞こえます。
河澄 大吉
PROFILE
藤井草馬
1995年生まれ東京で俳優としても活動中のシンガー・ソングライター。2017年より作詞・作曲活動をスタートさせる。インディロック、オルタナティブ、アンビエント、など様々な音楽に影響を受けた音楽を制作。2018年冬には初作品となる『AFTER ADDICTION』をリリース、2020年夏にはシングル「THE CAVE」をリリースした。
maco marets
1995年福岡県生まれ。2016年に東里起(Small Circle of Friends/Studio75)のトラックメイク&プロデュースによるアルバム『Orang.Pendek』で「Rallye Label」よりデビュー。その後セルフレーベル「Woodlands Circle」を立ち上げ、『KINŌ』(18)『Circles』(19)『Waterslide III』(20)、そして最新作の「WSIV: Lost in November」(21)とコンスタントにアルバムリリースを続けている。近年はEテレ『Zの選択』番組テーマソングや、Maika Loubte、Shin Sakiura、LITE、maeshima soshi、Mimeほかさまざまなアーティストとのコラボレーションワークでも注目を集める。
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河澄 大吉
1995年生まれ。写真家、映像ディレクター。
2018年のロンドンの展示を機に本格的に始動した。
主に音楽・ファッション・広告を中心に写真と映像の分野で活動している。自身でもコレクティブを主催するなど、いくつものクリエイティブチームに参画する。