株式会社Zeppホールネットワーク(以下、「Zeppホールネットワーク」)が、2020年7月、台湾新北市にZepp New Taipeiを開業してから約2年。2022年6月、マレーシアのクアラルンプールにZepp Kuala Lumpurを新規開業した。今回オープンしたZepp Kuala LumpurはZepp New Taipeiと同様、2,000名以上の規模を収容できるコンサートホールである。6月4日、マレーシアのロック・レジェンドであるSEARCHが、グランドオープニングを飾った。
両ホールの支配人は、Zeppホールネットワークで海外運営事業部チーフプロデューサー兼ホール開発事業部プロデューサーの本多真一郎氏が務める。
本多氏は、ファーストキャリアではレコードショップ「ヴァージン・メガストアーズ・ジャパン」にて4年間勤めた後、音楽専門学校の教職員、コンサートプロモーターなどで働く傍らMBAを取得。その後は上海のライブハウスのマネジメント、香港でのコンサートプロモーターなどを経てZeppホールネットワークに入社。音楽を軸に「たたき上げ」でアジアを渡り歩いてきた。
そんな本多氏に、台湾の2年間の歩みとマレーシアでの開業裏話、そして今後の展開について聞いた。
INTERVIEW:本多真一郎
「Zeppの価値」が台湾に浸透した2年間
──拍謝少年 Sorry Youth、Tizzy Bac、Vast and Hazyなど、実力のあるインディーズミュージシャンを中心に公演が開催されている「Zepp New Taipei」。まずは、開業して以降、現在に至るまでの2年間を、たっぷり語っていただけますか。
もともとZeppには「日本のアーティストを海外に」という思いがあるのですが、皆さんご存じのように想定よりもコロナ禍が長引いたので、この2年間は全ての公演が台湾内のアーティストとなりました。台湾の市場にZeppの良さを感じていただき、価値が浸透した2年間でした。
というのも、Zeppができるまで、台湾では専門的設備を備えた2000キャパの会場は殆どなくて。インディーズのミュージシャンがライブをやる場所といえば、倉庫をリノベーションした会場や、週末に向けて仕込み、バラシが必要な展示会場が一般的だったんです。Zepp New Taipei(キャパ2245)は、日本のZeppと同様に音響設備にこだわって建てた「音楽イベントをやるために作られた会場」で、音楽パフォーマンスの再現能力が非常に高い。イベント前後の仕込み、バラシも必要ないので、コストも低く抑えられます。リーズナブルな価格で、アーティストさんのポテンシャルを引き出す作りになっているんです。
──まさに「日本のZepp」そのものを、台湾の市場に提供してきたんですね。
いつもは台北アリーナを使っているようなメジャーのアーティストさんにも使っていただき、「中規模だけど大きなアーティストが来れる」という側面も広まっています。直近では、3ピースバンドの宇宙人(Cosmos People)とマー・ニェンシェン(馬念先)の2マンライブでは、皆さん気合十分で臨んでくださって、台湾らしいグルーヴで素晴らしく盛り上げていただきました。この公演は、絶大な人気を誇るバンド宇宙人(Cosmos People)と、彼らよりも少し年上で音楽、俳優などマルチに活躍しているマー・ニェンシェンという構図でした。初めてマー・ニェンシェンを見た若いファンの方にも、両者の魅力が伝わるコンサートになったと思います。
音楽以外では、TOYOTAさん、ポルシェさんなど車両メーカーを筆頭に企業ユースも入っており、Zeppの名前がどんどん広がっています。2022年8月から年末にかけて全ての週末が埋まっており、盛況で充実しています。
左から、ホール運営のチャイ・ジーアン 柴志昂 さん、ホールデスクのリン・ハイユン 林海筠さん、ホール運営のファン・ロウイー 黃柔伊さん。
──多様なニーズに応えているんですね。振り返ると、コロナで台湾内の公演も影響を受けた時期もあったのではないでしょうか。そうした中、Zepp New Taipeiの在り方で思うところはありましたか。
そうですね、台湾でもコロナ情勢に波があり、公演が中止、延期になるなど厳しい時期もありました。ただ、台湾でZeppを盛り上げるというミッションは変わらないし、前に進まないといけない。そうした中で生まれた企画が、Zeppグループでも初の取り組みとなるYouTubeチャンネルでの情報発信でした。
──英、中、日本語の字幕付きでアーティストインタビューを発信している「Zepp Asia Interviews」シリーズは非常にパワーがかかっていますよね。
純粋に、台湾ローカルアーティストって、日本にいたらそんな情報が入ってこないと思うんです。しかもコロナ禍で、渡航ができない。なので、台湾に住む自分が、気になったアーティストを紹介していこうと思ったのです(笑)。
あまり専門的な内容にはせず、日本を含め世界にいる、台湾の音楽に興味があるビギナー層に向けて発信しようというコンセプトではじめました。Zeppの名前で発信してはいますが、これまでZeppをご利用いただいていないアーティストさんであっても、私たちが自信を持っておすすめできる音楽性のアーティストをピックアップしています。
【Zepp Asia Interviews】Vol.05 SKARAOKE
──これまで出演したラインナップを見ると、日本に縁があったり、日本語が話せるアーティストも多いですよね。
Zeppは日系企業なので、最終的には台湾ローカルの素晴らしいアーティストと日本をつなげたいという思いもあります。たとえばSKARAOKEは、スカという文化があまりない台湾の中で数少ないスカバンドで、台湾ではインディーズの賞にもノミネートされているんです。ローカルの素晴らしいアーティストをプッシュすることで、たとえば日本のスカバンドが台湾のバンドと何かしたい、と考えたときのヒントになれたらと思っています。
──国境が徐々に開放の流れに向かう中、今年秋には羊文学×LÜCY×Numchaという、日本、台湾、タイのアーティストのコラボレーションによる公演も決まりましたよね。あらためて、Zepp New Taipeiの魅力を挙げるなら何でしょうか?
自分で自分の良き点を言うのは日本人的ではないかもしれませんが、ここは世界・台湾なので、その国際的感覚においてアピールしますと(笑)、まず信頼のおける技術パートナーと提携しているので、音響・照明・舞台は国際水準で提供しています。彼らには技術面を見てもらい、私たちは運営面をしっかり整えることで、申請書が届いてから、公演が終わるところまで、トータルで主催者をサポートできる。細かいところでは、お客様待機スペースや入場動線一つとっても、プロフェッショナルな会場提供ができるようになったことは大きいと思います。
マレーシアでの開業で「音楽コンテンツが集まる港」を目指す
──台湾事業が好調の中で、マレーシアに進出したそもそもの戦略はあったのでしょうか。
元々Zeppには、コロナ以前から、アジアの主要都市に進出するという計画があったんですよね。どの都市も重要といえば重要なのですが、コロナという特別な事象が起きたので、状況をより慎重に見ているところです。実際進出するにあたっては「その土地においてZeppが市場ポジショニングを図れるか」というのが重要で、ローカルマーケットがしっかりしているマレーシアへ進出が決まりました。
──マレーシアにはしっかりとした音楽市場があるんですね。
そうですね、マレーシアは、多言語のコンテンツ需要があるという点ではシンガポールと共通していますが、歴史ある国家なので、国内のアーティストがいて、音楽シーンが熟成されているという特徴があるんです。一方で、国内のアーティストにしっかりお金を払うという文化がまだ根付いてはいないかもしれません。ただ、富裕層は消費力がありますし、多くの国民の購買力平均も上がっています。加えて、インターネットの影響で、若い世代の奏でる音楽のレベルも上がっています。そこに国際的な音楽ホールである「Zepp」という会場ができることで、市場を盛り上げられると考えたんです。
──まだ不安定な市場に進出するのはリスクがあるのではと思ってしまうのですが。
Zepp Kuala Lumpurは、クアラルンプールの「ららぽーとブキビンタン・シティーセンター」と直結していて、2414キャパで1階がスタンディング、2階が座席という会場です。実はこの規模の本格的な音楽会場はマレーシア国内にないんですよね。その上の規模では、ゲンティン・ハイランドという日本で言う箱根のような場所にあり、5000~6000キャパで中華スターの殿堂のような会場「アリーナ・オブ・スターズ」があります。Zepp Kuaka Lumpurで2公演回せばほぼ5000キャパとなり、そのキャパに近づきますよね。私たちはZepp New Taipeiの運営を通して中華需要も理解していますので、マレーシアの市場になかった中規模会場として貢献しつつ、そのポテンシャルある需要にも応えられると考えています。
──なるほど、競合がいない段階で、専門会場として立ち位置を築いてしまうということですね。
いざ6月にZepp Kuala Lumpurをオープンしたところ、非常に多くのお問い合わせをいただいたんです。現段階では、7割がマレーシア国内アーティスト(及び企業イベント)の需要で、残りの3割が海外需要です。インドネシア、タイ、フィリピン、シンガポールなどの周辺諸国に加え、台湾や欧米ロックのアーティストなど、さまざまです。
──なるほど。多国籍な需要がある中で、本多さんが2拠点の支配人を務めるというのも、相当タフなのではないかと。
ありがとうございます(笑)。日本にも「Zeppツアー」という言葉がありますが、主催者側の利便性を考えると、ワールドツアーを計画するときに、同じ人間が窓口に立つことでスムーズに日程調整できるんです。台湾とマレーシア案件を私へ問い合わせていただけると、アジアツアー、2拠点の調整が一度にできるわけで、とてもやりやすいですよね。
実際に88risingで人気の韓国アーティストDPRがアジアツアーを組んだときに、東京はZepp Haneda、台湾はZepp New Taipei、マレーシアはZepp Kuala Lumpurとなり、我々を選んでくれているんですよね。国内外に信頼と実績を積み上げていくことで、Zeppのネットワークがアジアに広がると良いと考えています。
──過去のインタビューを見ると、本多さんは一貫してローカルに溶け込むことを重視していますよね。マレーシアでも、初年度ならではの大変さに直面しているのではないでしょうか。
そうですね、これまで私は上海、香港、シンガポール、台北と回る中で様々な文化に触れてきました。正直プロモーターが10社いたら10通りの考え方があります。マレーシア独特の市場慣習もあり、Zeppが国際的にやってきたルールが、そのままあてはめられない部分もあります。やはり、物事の進め方や時間の捉え方が異なる。初期においては双方の歩み寄りが必要です。時に、それがマレーシアだけの慣習であって国際的でないものは、より国際的水準に慣れていただくように、いい方向に誘導していこうとも思っています。いずれにしても、現地の考えに立脚してものを考える。これが基本です。
──日本を含めアジアのアーティストにとっては、Zepp New Taipeiに加え、Zepp Kuala Lumpurができることで、海外進出のきっかけができそうですよね。
マレーシアにはかつて東南アジア最大の港湾都市として栄えたマラッカがあり、中華圏やヨーロッパから船が寄港して、ありとあらゆる物が集まりました。これを現在のアジア音楽に当てはめると、Zepp Kuala Lumpurはアジア音楽の「港」のような存在にしていきたいと考えています。もちろん、貿易貨物にあたる魅力的なコンテンツはアーティストで、船となるプロモーターさんがいてこそですが、会場側は誰にとっても使いやすい安定的なインフラ、つまり港湾施設を提供していれば、自ずと文化的な交易が生まれるんじゃないかと。
これまではコロナといういわば自然災害で航路を描くことすらままならなかったと思うのですが、今後は音楽事業者の方には、どんどん「入港」していただいて、Zeppという港を使い倒していただきたいですね。
──なるほど、コンサートホールが「港」というのは、新しい考え方のようで非常にしっくりきますね。
日本は自国のマーケットが大きく、海外ツアーは「チャレンジ」の領域。韓国は逆に国内の市場が小さいから、積極的に外に出て行かなければいけない……など国ごと、あるいはジャンルごとに様々な事情があるかもしれませんが、どのアーティストさんにも国際的な専門会場を提供すること、それはZeppだからこそできることです。今後1年~3年かけて、Zepp Kuala Lumpurが「港」の機能を高め存在することで、マレーシア内外のアーティストにとってZeppがある意義が高まり、巡り巡ってクアラルンプール、マレーシアが求心力を持つようになっていくと思うんです。
──ありがとうございます。最後に、本多さんが両拠点の支配人として、あるいは個人的に叶えたい夢を語っていただけますか。
私は今46歳なのですが、残りの時間をかけてやりたいことは「交流の促進」が一つのキーワードです。これまでは日本のアーティストが台湾に来ると、公演だけして終わり、というパターンも多かったと思います。それが悪いわけではなく、更に一歩先のステップとして、国境を超えたアーティスト同士の交流が生まれると、宣伝効果も生まれますし、アジアの音楽シーンを盛り上げていけるのではないでしょうか。
羊文学&LÜCY「OH HEY」Official Music Video
最近、台湾のLÜCYさんと羊文学さんが一緒に楽曲を作りました。そうした形で、アーティスト同士が共鳴して「一緒にやろう!」という流れができると、界隈の温度感もぐっとあがりますよね。Zeppを起点に、アジアで活躍するアーティストさん自身が他のアジアの国に興味を持って、豊かな交流で盛り上がる未来を一緒に作っていけたらと考えています。
──ありがとうございました。
Text:中村めぐみ