兵庫県生まれ、岡山県在住、コロナ禍によってイタリアでの就職を断念し音楽制作を始めた23歳の気鋭、idom。トラックメイカー、シンガー、ラッパー、映像ディレクター、イラストレーターなど多様な肩書きを持つマルチなプレイヤーである彼が初のEPとなる『i’s』を発表した。本作には、ソニー Xperia 1 III CMタイアップソングとして起用された“Awake”、ソニーXperia 5III CMタイアップソングとして起用された“Moment”やTikTok CMタイアップソングとして起用された“Freedom”など、すでにリリースされていた楽曲も含めた全7曲が収められている。
新曲として収録されたものはもちろん、改めてこうして並べられたものを聴くと既発曲にも新たな輝きが発見できる。では、頭から再生してみよう。そこには、たしかに浮かび上がってくるだろう。終わらない競争社会と、緩やかに終わりへと向かう感覚に板挟みにされ、重ねてコロナ禍に襲われたカタストロフィックな時代にあって、ポップ・ミュージックに希望を見た青年の姿が。
COLUMN:idom – 『i’s』
YUANN 、Tomoko Idaと魅せる多彩さ
EPの冒頭を飾るのは“Awake”。徐々に音数を増やしながらクライマックスへと向かうTomoko Idaによる広大なスケールのサウンドと、絶唱ともいうべき緊迫感を保ちつつ軽やかに伸びていくidomの歌声が重なり、華々しい幕開けを宣誓する楽曲だ。idomはあるインタビューで「“Awake”は使命への目覚めをテーマにした」と話している。はじめてこの曲を聴いたときには、コロナ禍に入って楽曲制作をスタートさせ、わずか1年程でここまでの完成度のものを作ったということへの驚きが先行したが、振り返ってみると、ここが彼にとって真のスタートラインだったのではないかとさえ思う。
COACHなど世界的なファッション・ブランドの映像等を手掛けているYUANN(kidzfrmnowhere)によるMVの終盤、混沌としたダンスフロアの中でこちらに鋭い眼光を送るidomの目に宿っているのはまさしく使命感なのだろう。そしてその使命とは何なのか? それがこのEPを聴き進めるうちに明らかになっていくのだ。
idom – Awake [MV]
2曲目もidomはTomoko Idaとともに作り上げた壮大なサウンド・スケープの中にいる。だが、“Moment”には“Awake”にあるような鬼気迫る印象は和らぎ、より親密でキャッチーになったメロディラインに乗せて歌っているのだ。EPとして聴いたとき、まずこのギャップにやられてしまう。そして同時に彼の使命が決して攻撃的なものでも煽動的なものでもないことに気がつき始める。押し寄せる焦燥感を跳ね除け、今この瞬間を抱きしめるようにidomの声が響く。常に情報が飛び交いペースを乱されてしまうことが当たり前になった世の中において、《Treasure this moment / Hold my hand and let’s slow dance》(この瞬間を大切に / 手を繋いで、ゆっくり踊ろう)と紡ぐふくよかなヴォーカルは、すでに手の中にあったたくさんの幸福へと目を向けさせてくれる。そして、音の中に希望の火が灯る。MVはこちらもYUANN / Kidzfrmnowhere.が手がけており、“Awake”のMVの映像がこちらにも登場する心憎い演出が見事だ。
3曲目は、“Freedom”。ここでもidomはギャップを魅せてくれる。すぐに耳を引くのは、そのタイトルに違わぬ、疾走感あふれるダンサブルなサウンド。改めてTomoko Idaの引き出しの多さには驚かされる。その上でidomは全編英語詞だった“Awake”“Moment”とは異なり、日本語と英語を織り交ぜた歌唱で魅せ、小気味いい関西弁が混じったラップで捲し立てる。この曲のテーマは実にわかりやすい。今、この瞬間を楽しむこと。しかし、同じく「今」をモチーフにした“Moment”のあとに流れることによってそれは一際説得力を増す。楽しい時間にその終わりを想像することほど無粋な思考があるだろうか。目一杯に楽しんだ瞬間がかけがえのない記憶となって心に残っていくことを伝えるように、idomはMV(こちらもディレクターはYUANN / Kidzfrmnowhere.)でファッショナブルなダンサーたちに囲まれ人懐っこい表情を浮かべていっしょに踊ってみせるのだ。
idom – Freedom [MV]
idom – Moment [MV]
作詞作曲、MV監督を手がける新曲から垣間見えるidomの根幹
そして完全新曲として収録された4曲目“帰り路”は、何よりこのEP『i’s』の肝というべき1曲だ。作詞作曲はどちらもidom。“Awake”や“Moment”の壮大さ、あるいは“Freedom”のアグレッジブさとは打って変わって、落ち着いたトーンに。ギター、ドラム、ベースのシンプルな構成で、idomはラップを織り交ぜながら、ゆったりと等身大のリリックを声にしていく。
仕事や学校の帰り道、ボロボロになった心にそっと寄り添うような、肯定してくれる愛情深いその言葉に胸が熱くなる。また、MVもidom自身が監督しており、彼の多彩さにまた驚かされてしまう。とりわけ終盤で夕日が差す砂浜で友人がidomの背中をポンと叩くシーンは、この曲に背中を押される自分を見ているかのような気持ちになる。この曲は特にMVと合わせて楽しむべきだろう。
加えて、この曲のリリックで特徴的なのは出だしから何度も登場する《受け流す世の罵声》というフレーズがラストでは《受け流せ世の罵声》となり、内側を向いていた言葉が外側へと発せられている点だろう。この展開は力強くリスナーを肯定しているだけでなく、idomの抱いた使命を象徴しているように思う。コロナ禍によって海外での就職を断念した彼が音楽を作り出すことに希望を感じたように、リスナーへ希望を与えること。彼は自らが見た希望を共有することを使命にしているのではないだろうか。
このように『i’s』というEPは、idomのギャップに満ちた様々な魅力を伝え、それと同時に彼の表現の根幹にある、ほとばしる情熱の源泉を垣間見ることのできる作品となっている。彼がポップ・ミュージックに抱いた希望は、その表現を通じて、きっとこの長く続くコロナ禍で孤独や喪失の中にある人々へ届き新たな希望を生み出すだろう。
EPにはここまで紹介した4曲の他に、ザ・ウィークエンド(The Weekend)“Blinding Lights”さながら80sポップテイストになった“Freedom – PLANET ver.”や、ヒップホップシーンを代表するプロデューサー、BACHLOGICによる“Awake”のリミックス、立体的な音像で国内外で注目を集めるSeihoによる“Awake”のリミックスも収録されているので、より多面的にidomの音楽を楽しむことができるだろう。さらにidomは自身のYouTubeチャンネルで不定期的に洋邦問わずヒットソングを独自のスタイルでカヴァーした動画も公開しているので、合わせてチェックしてみて欲しい。
idom – 帰り路 [MV]
Text by 高久大輝
PROFILE
idom
兵庫県神戸市生まれ。岡山県在住。23歳。音楽活動を本格的に始めて約1年ながら、新曲「Awake」が「ソニー Xperia 1 III CMタイアップソング」として抜擢されるなど注目を集めているアーティスト。トラックメイク・ラップ・映像制作・イラスト制作、全てこなす新世代型マルチクリエイターでもあり、そのセルフプロデュースのセンスからクリエイティブ業界からの視線も熱い。2022年2月初EP『i’s』をリリース。
INFORMATION
i’s
2022年2月25日
idom
1.Awake
2.Moment 3.Freedom
4.帰り路
5.Freedom- PLANET ver.
6.Awake – BACHLOGIC Remix
7.Awake – Seiho Remix