厚生労働省の発表によると、2020年に大学などを卒業して就職する予定だったにもかかわらず内定を取り消された人は211人にまで上ったという。ちなみに前年度の同発表では35人となっており、比べればその異常さが伝わるだろう(現在も依然として新型コロナ・ウイルスの影響は大きく、2021年も内定取り消しは例年より多いそう)。そういった状況で現れたのが、本稿で紹介するidom(読み:イドム)と名乗るひとりのアーティストだ。

COLUMN:
idom

兵庫県神戸市生まれ、岡山県在住の23歳。正確な経緯はわからないが、彼もまたコロナ禍の煽りを受ける形で、2020年4月からイタリアのデザイナー事務所へ就職するという予定を断念し、それをきっかけに以前から興味のあった音楽制作をスタートした。“イタリアのデザイナー事務所”に就職予定だったという情報だけを聞いてもセンス溢れる人物をある程度イメージできるが、idomに肩書きをつけるならばトラックメイカー、シンガー、ラッパー、映像作家、イラストレーターなど実際にマルチな才能を発揮している。

とりわけミュージシャンという点に注目してみれば、例えば初作品“neoki”では肩の力の抜けた軽やかなフロウで英語と日本語を織り交ぜたラップを聴くことができるし、Tamiaの“Officially Missing You”をリミックス/アレンジした“Maria”のMVではアコースティック・ギターを爪弾きながら艶やかな歌声をベッドルームに響かせる様子を見ることもできるだろう。

idom – neoki

idom – Maria

Tamia – Officially Missing You

とはいえ、こういったベッドルーム発のマルチタレントなアーティストの活躍は最近では珍しくない。ビリー・アイリッシュ(Billie Eilish)をはじめ、UKではイエローデイズ(Yellow Days)、プーマ・ブルー(Puma Blue)など、自宅から放たれた表現が、その活躍の場を世界的に広げる例も今や一つのストーリーとして確立している。SNSなどのインターネットのプラットフォームが進化したことにより、創作や発信の可能性が広がっていることは明らかだろう。

だがその中でも特にidomに注目し紹介する理由は、活動を始めてから約1年ほど経過した今リリースされた新曲“Awake”にある。映画のクライマックスを迎えるかのようなシンセサイザーによる壮大なサウンドの上で絶唱するイントロ、全編が英語で綴られた野心的なリリック、MVに映し出される全てがセンセーショナルだ。

これまでのセルフメイドで親近感の湧くような作風とは一転、大げさかもしれないが例えばBTS88risingの面々のように、アジアから世界のポップ・ミュージック・シーンへと打って出るような気迫に満ちている。トラックメイカーとして彼と共にクレジットされているのは、ダンス・ミュージック、ヒップホップ、R&Bなど幅広く手掛け、自身のソロ名義でもリリースするTOMOKO IDA

生まれ変わったかのような、あるいはタイトルの如く目覚めたかのような洗練されたサウンドに仕上がっている。エレクトリックでスケールの大きなポップ・サウンドに乗って高音と低音を自在に行き来するidomの歌声は水を得た魚のように躍動している。

野心的」と先述したが、その範疇に収まることないリリックも魅力的だ。《Who I am?》(私は誰?)と自らに問いかけて幕を開け、《Now I understand what my mission is…… I’ll be your light in the darkness…… / Turn your pain into power》(私は自分の使命を理解した…それは暗闇の中であなたの光になること / あなたの痛みを力に変える)と力強い宣誓へとたどり着く。

その過程で歌われる《This pain made me realize / It was time for a sacrifice / Everything had been laid out for me / All I hear is breath of mine》(痛みが私に気づかせた / 犠牲になる時がきたのだと / 全ては私のために用意されていたのだと / 私の息遣いだけが聞こえる)というラインは特に印象的で、果たしてコロナ禍によって経験した挫折だったのか「痛み」の理由は定かではないが、それでも辛い経験を経て辿り着いた新境地であることは明らかだ。

そこにCOACHなど世界的なファッション・ブランドの映像などを手掛けているYUANN / Kidzfrmnowhere.によるMVで鮮明に映し出される、ルージュを塗りメイクアップする黒人男性や女性同士が手をつなぎ口づけを交わす描写も相まって、セクシャリティを問わず、自らを犠牲にしてでも全ての人々に向けて《あなたの光になる》と歌われているように聴こえてくるのだ。

《Let’s make the world better / We are perfect together / Because our life is a drama / The beginning of a New Era》(世界を良くしよう / 私たちは完璧だよ / 人生はドラマだから / 新しい時代の始まり)とidomは歌い、それはまた「犠牲になる時がきた」というラインと重なって、まるで彼が人柱となって世界を書き換えんとしているのではないかとすら思う。そう、“Awake”は、華々しい目覚めを歌っている一方で、とてもシリアスに現状を認識し、一手にその痛みを引き受けようという宣誓でもあるだ。

改めて聴き直してみても、音楽制作をスタートさせてわずか1年程度とは思えない楽曲のクオリティであり、早熟なアーティスト性だと思う。

コロナ禍で潰えてしまったたくさんの計画や希望の瓦礫を掻き分けて、idomは進んでいく。この“Awake”で見せた、傷を負った誰かを導く光にならんとする強い意志を聴かせるような変化は驚くべきものだが、まだ序章に過ぎないだろう。始まったばかりの彼の歩みを見守りながら、自らを燃やして放つその眩い輝きが彼自身を飲み込んでしまわないことを祈ると同時に、その輝きを楽しみ消費していることを自覚し、本来であれば若人たちが自らに火を付けるような真似をせずに済む社会を目指さなければいけないことを我々は今一度肝に銘じねばなるまい。

idom – Awake

Text by 高久大輝

PROFILE

新進気鋭のアーティスト・idomとは━━コロナ禍を経て開花した、マルチクリエイターの進化 column210712_idom-02

idom

兵庫県神戸市生まれ。岡山県在住。23歳。
音楽活動を本格的に始めて約1年ながら、新曲「Awake」が「ソニー Xperia 1 III CMタイアップソング」として抜擢されるなど注目を集めているアーティスト。トラックメイク・ラップ・映像制作・イラスト制作、全てこなす新世代型マルチクリエイターでもあり、そのセルフプロデュースのセンスからクリエイティブ業界からの視線も熱い。新作のMVでは、YUANN / Kidzfrmnowhere.が手がけていることも話題に。

TwitterInstagramInstagram(イラストアカウント)YouTubeチャンネル

INFORMATION

新進気鋭のアーティスト・idomとは━━コロナ禍を経て開花した、マルチクリエイターの進化 column210712_idom-01

Awake

2021年7月9日
idom
各種配信はこちら