12月14日に放送された『女芸人No.1決定戦 THE W 2020』決勝戦にも出場し、脚光を浴びたお笑いコンビ・Aマッソ。コンビのネタ作りを担当している加納愛子による初エッセイ『イルカも泳ぐわい。』が今話題となっている。小説家の朝井リョウや、人気YouTuberのフワちゃんも大絶賛しており、さらには発売からわずか1日で即重版がかかるなど、一躍注目の的となっているのだ。この度、Qeticでは伊藤聡氏による本エッセイの書評を公開。『イルカも泳ぐわい。』や、著者であるAマッソ加納愛子の魅力に迫っている。
押し寄せる「恥ずい」を乗り越えて|Aマッソ加納愛子が、初著書『イルカも泳ぐわい。』で見せた想像力の跳躍
Text by 伊藤聡
Aマッソ加納愛子の口ぐせは「恥ずい」である。加納はどうやら、恥ずかしさにことさら敏感であるらしい。番組の企画でSNSに自撮りを上げるのが恥ずい。軽いノリで作ったコント(進路相談)が、自分たちの代表作のように思われてしまって恥ずい。賞レースに向けて真剣に稽古するコンビの姿が、笑いなしのドキュメンタリー作品になったのが恥ずい。文章など書いたことがないのに、エッセイで自分自身を表現することになって恥ずい。お笑い芸人・加納は、ふとしたタイミングで遭遇してしまう「恥ずい」の感情に用心しながら生きている人だという印象を持った。
芸人としてのAマッソは大きく勢いがついている。12月14日に放送された『女芸人No.1決定戦 THE W 2020』では、惜しくも優勝こそ逃したものの、画期的に新しいアイデアの詰まった「プロジェクションマッピング漫才」を披露して話題をさらった。タレントとしてのブレイクも期待される加納の初著書が、11月に刊行された『イルカも泳ぐわい。』(筑摩書房)である。本を読むまでAマッソのことをほとんど知らなかった私だが、読み終えた頃にはすっかり加納のファンになってしまっていた。恥ずかしさをがまんして文章を書いてくれて本当によかった。視点がユニークなだけではなく、ていねいな語りのなかに意外な展開が飛び出してくる、語りの跳躍力がある書き手である。
ひとたび『イルカも泳ぐわい。』を開けば、加納の想像力は汲めども尽きぬ泉のようにあふれてくる。子どもの頃に読んだ絵本『おおきなかぶ』の記憶をたどるうち、スーパーに売られているかぶを見ながら絵本に出てきたおじいさんを幻視してしまう「私〝ひき〟が強いのよね〜」は、私がもっとも好きな文章だ。まさに白昼夢。よくぞここまでイメージを広げたものだと感心してしまう。海外旅行の際に立ち寄ったレストランで、テラス席のテーブルクロスが風に揺れる様子を眺めながら、このテーブルに布をかけようと発案した店の娘の心境を勝手に想像する「アイデアの初日感」も楽しい視点だ。かぶやテーブルクロスなど、きっかけは小さなものでも、一度書き始めれば想像は雪だるま式にふくらんでいく。
中学時代、授業中にこっそり回した手紙から過去を回想する「ありがとーぅ」には、コンビの相方・村上に対するさりげない友情と感謝が込められていて胸をキュンとさせられるし、スヌーピーが登場する漫画「PEANUTS」のキャラクター、ルーシーに対する憧れをつづった「もーれつねえさん」では、お笑い芸人としてのスタンスとは何かについてまで話が及ぶ。成人式など誰が行くものか、と尖っていたハタチの自分を思い出しながら語る「あなたはいま幸せですか?」のヒリヒリした感覚もいい。こうして好きな文章を挙げていくと、とめどなく続いてしまいそうだ。
本人によれば、どのエッセイも終わりを決めずに書き始めているそうだが、書き出しの発想から大きくジャンプする思考に驚き、走り幅跳び選手の競技を見ているような気持ちで読み進めた。どの文章も「おもしろいことを考える」「異なる視点から語る」という芸人としての習性、さらに言えば職業上の倫理のようなものを感じさせて頼もしく、漫才、コントを作ることに賭けてきた人物ならではの文章だと納得するのだ。なるほど、お笑い芸人とはこうしてものごとをとらえるのかと、思考を擬似体験させるようなエッセイだった。
今年『女芸人No.1決定戦 THE W 2020』や『イルカも泳ぐわい。』で新たな支持を得た加納は、来年以降、芸人としてブレイクするかたわら、執筆もおこなう多才ぶりを発揮するのではないかと期待している。とはいえ、加納の前には「恥ずい」の壁が立ちはだかっていることを忘れてはならない。私がAマッソの存在を知ることができたのは、加納が「恥ずい」を乗り越えてエッセイを執筆したからである。もし芸人に集中したいと連載を断っていれば、お笑いに疎い私はAマッソを知らずに終わっていたように思う。「恥ずい」の向こう側には新しい誰かが待っているのだ。
私は、加納が事あるごとに「恥ずい」と感じてしまう気持ちがよくわかるし、変わらずそのままでいてほしいと願いながら、一方で、変わったらどうなるかを見てみたいという矛盾した気持ちを抱いている。『イルカも泳ぐわい。』は、そうした変化のきざしが読み取れる1冊でもある。「恥ずい」は取り扱いがむずかしい。芸人としてブレイクすることはきっと、「恥ずい」の連続を受け入れる過程にほかならないのだろう。しかし同時に、「恥ずい」を完全に捨て去った加納を応援したいかといえば、それはもう別の人物であるような気がしてならず、これからも「恥ずい」との適切な距離を計りつつ、何かを作り続けてほしいと願うのである。
Text by 伊藤聡