ある音楽を聴いて「新しい」と感じるのは、音楽ジャンルの交差や新しい音響や実験的な試行に拠るところが大きい。言葉を伴う音楽では、慣れ親しんだポップスの形態に近づくほど、音楽的実験とは相容れがたい。だが、本当に「新しい」と感じる音楽はその融合の在り方自体を更新したものではないだろうか。少なくとも一部のマニアックな音楽を除いては。そうした意味でMONDO GROSSOの新作『BIG WORLD』は「新しい」。初めてMONDO GROSSOに触れる人にも、30年前の登場当時からのファンにとっても、その鮮度は公平に開かれている。そのことがどれほどアグレッシブなことかは、モノ作りをしている人にはより理解できるだろう。
そもそも『BIG WORLD』とはMONDO GROSSO=大きな世界の英語表記であり、ほぼセルフネームのアルバムだ。資料によると大沢伸一は本作のコンセプトを「変わってしまった世界、さらに変わっていく世界の中で、心の在処を探し続ける音楽の旅」と明示している。2017年の『何度でも新しく生まれる』時は、独自のスタンスとサウンドで日本のポップスシーンをアップデートする気概がモチベーションにあったようだが、今回の主題はさらに大きく普遍的だ。大沢のキャリアに深く関わってきた盟友、意外にも初めて共演する魂の友人たち、ピンポイントでフックアップされた若い世代、そして久々の邂逅。この作品は単なる豪華コラボレーション作品に留まらない。「心の在処を探し続ける音楽の旅」の帰結としての出会いの記録であり、愛や正義を歌う以上に、それらが心身に響き渡る作品なのだ。
満島ひかり、田島貴男、CHAI
年代・ジャンルを超えた多様なコラボ
アルバムの先行配信曲として大きな話題をさらった“IN THIS WORLD”は、再始動後の一大トピックとなった“ラビリンス”と同様に満島ひかりをボーカルに迎えている。そして、大沢の盟友UAの作詞と坂本龍一のピアノ参加という、さらに踏み込んだコラボが実現。話題性だけでなくこの四者がタッグを組むことで起きるエレガントな共闘の意思を感じずにいられない。
また、世代も実にさまざまだ。“FORGOTTEN”では、Black Boboi/millennium paradeやソロとしても活躍するermhoiが静かなエモーションでアルバムの核となるワードを歌う。また“B.S.M.F”ではどんぐりずがリリック&ラップを担当しており、本作で最も意表を突かれた。マイペースで少しすっとぼけたラップが洗練された大沢のファンクテイストなトラックと好相性だ。そして初のバンドとのコラボはCHAI。彼女たちの近作でのエレクトロニックなダンスビートとも符合する“OH NO!”は大沢のトラックと一部生演奏が融合した、両者の個性が際立つ1曲だ。
MONDO GROSSO / IN THIS WORLD feat. 坂本龍一[Vocal:満島ひかり]
MONDO GROSSO / FORGOTTEN[Vocal:ermhoi (Black Boboi / millennium parade)](360°ver.)
ほかにも初顔合わせとなったヨルシカのsuisが、“最後の心臓”でダークかつアブストラクトなトラックで繊細かつセンシュアルなボーカル表現を聴かせる。本楽曲は、大沢がsuisをフックアップした慧眼に感謝したくなるほどのハマり具合だ。声という点で、“CRYPT”ではAwesome City ClubのPORINのいい意味で無機質な声質が最大限に生かされ、バーチャルなパーティー空間を感じさせる。
また今作には、“惑星タントラ”で浮遊感たっぷりなボーカルを披露した齋藤飛鳥(乃木坂46)を再度迎えている。前回とはガラッと印象の違うニューウェーヴ〜シューゲイザー・テイストの“STRANGER”で、感覚を声として表出させる才能をまたも発揮している。若い世代のアーティストとのコラボだけでも、これだけ多様な表現者を迎えた今作。バンドやアイドル、ラッパーといったジャンルでアーティストを選別していないことは一目瞭然だろう。
そして、同じく豪華なベテラン勢がアルバムをグッと締めている。中納良恵(EGO-WRAPPIN’)は彼女のソロ新作『あまい』にも通じる実験精神溢れる“迷い人”を歌唱。そして大沢とは同世代の田島貴男(Original Love)とは、ネオソウル〜レアグルーヴを感じる“幻想のリフレクション”でコラボを果たした。同時代を生きてきたふたりによる、問わず語りな精神性の一致を音楽から受け取る。驚きは本楽曲でラップしているのが、J-ヒップホップ・シーンで独自のポジションを築くKamuiだったことだ。こうしたアーティストにも目が利く大沢にも驚くが、近未来の架空の日本の都市をテーマにした『Yandel City』の世界観や、幅広いリファレンスは大沢となんら齟齬はない。また、大沢とは“Love Addict”以来の邂逅となる中島美嘉が大沢と大森靖子の共作詞曲“OVERFLOWING”を歌っていることも意義深い。そしてラストにはRHYMEが歌うタイトルチューンが収録。もはやMONDO GROSSOとRHYME SOの境界線が感じられないほどシームレスに構成されている。
MONDO GROSSO / STRANGER[Vocal:齋藤飛鳥 (乃木坂46)]
“歌モノ MONDO GROSSO”の新たな側面
コラボレーションの多彩さを挙げたが、再始動後のいわゆる“歌モノ MONDO GROSSO”としてもその内実が更新されていることが本作の意義のひとつだろう。それは初コラボとなるボーカリストとの歌に顕著に現れている。
本作の軸でもある「変わってしまった世界で、人間が忘れてしまったのではないか?」と、ひたすら動詞を列挙していく“FORGOTTEN”。ermhoiの同じメロディのリフレインによって、自分の中に生まれる問いかけは、ハウストラックの中で声もひとつの音となり、メッセージを強く聴かせることに成功している。
一方で、いわゆるボカロP文脈の歌い手として、言葉数の多い技巧的なボーカルを得意とするsuisに超アブストラクトなトラックをあてた“最後の心臓”に現れる実験性。90年代ブリストル的なダークさとも符合するバースの消えそうな声色から光が差し込むようなサビまで、K-POPに通じるような変則的な譜割りを確実に歌っており、その強かさへの変化が見事だ。
さらに、“OVERFLOWING”の《昨日、今日、東京、妄想、そう》のメロディと、中島美嘉が歌う声質から感じる切なさとある種の絶望感。ナチュラルな押韻とそこから立ち上がる内面的な情景喚起力。メロディに対する言葉の当て方が上手いだけでは成立しない部分もあるが、このゾッとするようなリアリティはぜひ聴いて確かめてほしい。
大沢伸一作品でのメッセージ性の変化
大沢は自身のnoteで言葉に関する意識の変化を綴っている。曰く、「これまでは音楽そのものにメッセージ性があるがゆえに、音楽にメッセージを込めることをしてこなかった」と“FORGOTTEN”の配信に合わせて記している。まさに今回、“FORGOTEN”でのRHYMEとの共作詞をはじめ、“STRANGER”(齋藤飛鳥)、“幻想のリフレクション”(田島貴男)でのバース(ラップ部分はKamui)は大沢によるものだ。さらに“CRYPT”(PORIN)では大和田慧との共作をし、“OVERFLOWING”(中島美嘉)は大森靖子との共作で、生々しい体感をMONDO GROSSOの作品へと昇華している。
ここまで大沢が言葉を書いた作品は初めてだろう。それだけ今、発信すべきメッセージが彼の中にあり、そのメッセージから感じたり、考えたり、行動することを促す。ある側面では、さまざまなことを感知しすぎて苦しくなってしまうこともあるし、大沢もおそらくそうした感性の持ち主だと思う。だからこそ、発信せざるを得ない心境がこのアルバム全体から受け止めることができる。
ただ、今こそ思考を尽くすべきだというスタンスは、今作のように開かれたコライトによって、良い風を作品に持ち込んでいる。CHAIのMANA、KANAとトラックメイクし、生音も取り入れるなどコライトの幅も拡大した。高度に洗練され、同じ志を持ったアーティスト同士の共闘。効率優先のコライトではなく、むしろこれまでにない視点を提示するためのコライトと言えるのではないだろうか。
加えて、トラックメイキングは以前と変わらず大沢ひとりの手によるもの。そこに彼自身が演奏するギターやベースといった生音が加わることで、キャリア初期から現在までのセンスが凝縮。ハウス、ファンク、エレクトロのシグネーチャーサウンドとビートがあるからこそ、一貫した冷静さと温かみが同居する聴感、アンビエンスが醸成される。例外的な“STRANGER”も、大沢のバックボーンを考えると、むしろキャリアの全てから抽出した楽曲群であることが理解できるだろう。実験精神は大人になったニューウェーヴ青年のDNAそのものではないか。
高尚なアートよりも、新しいポップを提示することのほうがチャレンジングであるし、尊いと実感できる本作。常にキャリアの現在地が最も新しいMONDO GROSSOの代表作にして、聴き手である私たちの思考に大きな影響を与えてくれる、2022年のメルクマールだ。
Text:石角友香
MONDO GROSSO – BIG WORLD
INFORMATION
MONDO GROSSO
大沢伸一がリーダー兼ベーシストのバンドとして93年にメジャー・デビュー、世界的なアシッド・ジャズ・ムーブメントの中、ヨーロッパツアーも行う。
96年にバンドは解散し、大沢伸一のソロ・プロジェクトとなる。
以降も常に革新的な音楽性を求めながら、「LIFE feat. bird」を収録した『MG4』、「Everything Needs Love feat. BoA」を収録した『NEXT WAVE』などヒット・アルバムをリリースして2003年に休止。
2017年に14年振りとなるアルバム『何度でも新しく生まれる』をリリース。
満島ひかり、齋藤飛鳥(乃木坂46)、アイナ・ジ・エンド(BiSH)などとの変幻自在なコラボレーションが音楽シーンの話題となった。満島ひかりが歌う「ラビリンス」ミュージックビデオはこれまでに3200万回以上再生されている。
2021年に30年の軌跡を辿る「MONDO GROSSO OFFICIAL BEST」をリリース。
BIG WORLD
MONDO GROSSO
2022年2月8日(火)配信リリース
2022年2月9日(水)パッケージリリース
<初回生産限定盤デジパック仕様>[CD+Blu-ray Disc] RZCB-87060/B ¥4,500(+tax)
<初回盤デジパック仕様>[CD]RZCB-87060 ¥3,000(+tax)
【CD収録内容】
1.INTRO
2.IN THIS WORLD feat. 坂本龍一 [Vocal:満島ひかり]
3.FORGOTTEN[Vocal:ermhoi (Black Boboi / millennium parade)]
4.B.S.M.F[Vocal:どんぐりず]
5.OH NO![Vocal:CHAI]
6.最後の心臓[Vocal:suis (ヨルシカ)]
7.STRANGER[Vocal:齋藤飛鳥 (乃木坂46)]
8.迷い人[Vocal:中納良恵 (EGO-WRAPPIN’)]
9.幻想のリフレクション[Vocal:田島貴男 (Original Love)]
10.CRYPT[Vocal:PORIN (Awesome City Club)]
11.OVERFLOWING[Vocal:中島美嘉]
12.BIG WORLD[Vocal:RHYME]
【Blu-ray収録内容】
1. IN THIS WORLD feat. 坂本龍一 [Vocal:満島ひかり] MUSIC VIDEO
2. STRANGER[Vocal:齋藤飛鳥 (乃木坂46)] MUSIC VIDEO
3. FORGOTTEN[Vocal:ermhoi (Black Boboi / millennium parade)]MUSIC VIDEO