流行を作っているのが若年層だとするならば、若年層が多く触れているサービスからヒットソングが生まれるのは、ごく自然な話だ。TikTok発のアーティストたちがバイラルチャートに食い込み始めても、それほど違和感は抱かなかった。
インターネット上で発表される、若手クリエイターによる作品やエンタメ。そのベクトルは大抵の場合、同世代の若者に向いており、彼らより上の世代のために作られてはいない。テレビがメディアとして主流だったころは、大人たちが作って放送するものを若者も受け取っていたが今は違う。若者が生み出したコンテンツが、若者にキャッチアップされ、若者の間で広がり、若者の楽園の中で愛される。
どうやら日本では少子高齢化が進んでいるらしい。だけど、そんなことは物心ついたときから飽きるほど言われていて、今では実感が少ない。だってスマホを開けば、SNSには同世代の子がたくさんいる。小さなころテレビで見たようなスター歌手ではなく、自分の学校にもいそうな、地続きの存在の子達が。そして、耳馴染みの良い曲が、共感できる歌詞を紡いでいく。「あなたの居場所はここだよ」と言われている気がする。
……と想像していくと、若者がスマホにのめり込むのも、無理もないと思えないだろうか。若年層と上世代の価値観の分断は、このようにサービスの利用傾向を含め、見てわかる形でも現れている。
だからこそ、Ado、優里、りりあ。、もさを。といったTikTokと縁深いアーティストがあのミュージックステーションで取り上げられたのは、「ついにここまで」と思わざるを得なかった。彼らの影響力が境界を越えるレベルまで拡大したのはもちろん、大人側のアンテナもまた、境界を越える範囲まで伸びてきているのだ。
DECO*27がプロデュースする、無色透明な5人の声
プラットフォームが顕現させた若き才能たち。そして、彼らをメジャー音楽の世界へ羽ばたかせるべく奔走する大人たち。YOASOBIを筆頭に、すでにいくつかのアーティストがその接点の上で脚光を浴びているが、今回は2021年1月にメジャーデビューしたボーカルコレクティブ「mzsrz」(読み:ミズシラズ)を紹介する。
「mzsrz」結成のきっかけは、エイベックスとテレビ東京がタッグを組み開催したオーディション番組『ヨルヤン』だ。当時のエントリー形式は、歌だけでなく、応募者が課題曲と自由曲をそれぞれ好きなようにアレンジしたり、楽器演奏やダンス、工夫を凝らした映像作りなど、各々が得意分野を生かした動画をSNSに投稿するという一次審査から始まった。オーディションに参加できるという仕組みも話題になり、インターネットを媒介して様々なボーカリストが集められた。
もう1つ。このコレクティブが生まれる上でなくてはならない存在だったのが、オーディションの審査員であり、mzsrzのプロデュースを担うDECO*27の存在である。彼はボカロシーンの初期から10年以上活躍するボカロPで、界隈からすれば大御所中の大御所。代表曲に“愛言葉”、“ゴーストルール”、“モザイクロール”、“ヒバナ”、“乙女解剖”などがあり、最近は初音ミクを用いた楽曲“ヴァンパイア”がYouTubeで940万回再生を突破。人気歌い手やVTuberがこぞってカバーし、歌ってみたにおける課題曲状態となっている。
DECO*27 – 愛言葉Ⅲ feat. 初音ミク
DECO*27 – ヴァンパイア feat. 初音ミク
彼の曲では思春期の不安定さや危うさが遊び心ある歌詞で綴られており、その絶妙なバランスが生み出す個性的な楽曲群は、特に10~20代の若い世代から人気を集めてきた。MVには(人間ではなく)ボーカロイドのイラストを使用することが多いため、リスナーが思い思いの自分を投影しやすいという側面もある。DECO*27の曲を聴けば、一度は抱く「この歌詞は、自分のことを描いているのかもしれない」という感覚――実はこの点、後に述べるmzsrzの在り方と重要な親和性を果たしており、mzsrzのプロデュースをDECO*27が担う意義でもあると言える。
mzsrzの最終審査にあたっては、歌唱力以上に「声」が重視されたという。そして、無色透明な「多様声」と「憑依声」を持つ5名の10代(デビュー時)が選ばれた。第八回国際声優コンテスト『声優魂』に近畿大会代表者として出場、入賞した経歴を持つ大原きらり。メンバー最年少ながらその声は随一の美しさを持つ作山 由衣。高校を中退し、歌手になる夢を追いかけていた中性ボイスのゆゆん。オーディションのために「nana」に初投稿し、デビューを勝ち取ったというシンデレラガール・実果。すでにTikTokで48万フォロワーを抱え、実力派ソロシンガーとしても活躍するよせい。それぞれ多彩なバックボーンを持ち、逆に言えば共通点は、10代であることと、歌が好きであることぐらいだろうか。
ちなみにデビュー時に、実果はニコニコ動画を見てSouや夏代孝明、Eve、ウォルピスカーターといった歌い手が好きだったこと、大原きらりはDECO*27の立ち合いレコーディング権に惹かれてオーディションに参加したこと、ゆゆんはAdoに影響を受けていることなどを明かしており、世間が新世代と思っていた層が、すでにその次の世代の台頭を導いていることがわかる。
Ado – 踊
漠然とした不安や、行き場のない焦燥を代弁するmzsrz
「見ず知らずだった私たちから、まだ見ず知らずのアナタへ」。mzsrzの名前には、そんなコンセプトが込められている。思春期の頃にはもうSNSが普及していて、生きているだけで誰かに評価されているように感じるZ世代の葛藤。その代弁は、テレビの中でスター歌手が熱狂的に歌い上げても意味がない。それに当事者世代は、そういうギャップを敏感に感じ取る。
だから彼女たちなのだ。誰もが抱える漠然とした不安や、行き場のない焦燥を、圧倒的等身大で歌うこと。一切のフィルターを介すことなく、同じ世代の若者にまっすぐ届けること。それが、特定の色を持たない「多様声」「憑依声」のmzsrzが歌う理由であり、DECO*27でなければ描き出せないメッセージだ。
1st single・“夜明け”や2nd single・“ノイズキャンセリング”を聴いてもらえれば、ここまで書いてきたことが伝わるのではないかと思う。《ここで泣いていいよ 違ってもいいよ》、《逃げよう さあ今日がやってきた》、《弱いところも残していこう》など、等身大のまま、妥協するのではなく受け入れて、寄り添ってくれるような歌詞が印象的な“夜明け”は、DECO*27がメンバーに直接インタビューを行い、デビュー前の繊細な心の機微を言葉にしたという。編曲には、かねてよりDECO*27のアレンジを担当しているRockwellを迎えた。
mzsrz(ミズシラズ) – 夜明け
SNSをテーマとした2nd single“ノイズキャンセリング”では、DECO*27の甘酸っぱいポップソングと、トラックメイカー・TeddyLoidのクラブサウンドが融合。繋がっていたい寂しさと、時に感じるわずらわしさと、他者依存の承認欲求と……Z世代だのさとり世代だのとくくられるが(筆者も先ほどくくってしまったが)、SNSとともにある思春期の心は、実は目まぐるしく変化している。まさに《息をするのも一苦労》、だから《どうでもいいけど》と、諦めたフリをして、日々を生き延びているのだ。
mzsrz(ミズシラズ) – ノイズキャンセリング
ケチャップ・いりぽん先生ほか人気クリエイターがUGCに参加
TikTokで注目を集める上で、UGC(ユーザー生成コンテンツ)の存在はもはや無視できない。たとえば瑛人の“香水”やChinozoの“グッバイ宣言”などは、曲のヒットにUGCが大きく貢献したとされている。というのは、楽曲のリリース直後よりも、UGCに活用され始めてからバイラルチャートの順位を上げていったからだ。
では、mzsrzはどうか。すでにインフルエンサー・クリエイターが、mzsrzの楽曲を用いた二次創作コンテンツを投稿し始めている。たとえば、TikTokフォロワー200万人超え、映像が切り替わるエフェクト「トランジション」を武器とするクリエイター・ケチャップが“夜明け”、“ノイズキャンセリング”ともに参加。さらに動画サイトで活躍する人気踊り手・いりぽん先生が“ノイズキャンセリング”の振付動画を投稿すると、mumei、ゆら猫、野崎弁当といった人気クリエイターがその踊ってみたを投稿した。
ケチャップ – 「トランジション」映像の投稿
@mijingiri 歌詞が沁み渡ります #ミズシラズ #ノイズキャンセリング #DECO27 #TeddyLoid #どうでもいいけど
いりぽん先生 – 「踊ってみた」の投稿
@iripon_bbi
mumei – 「踊ってみた」の投稿
@mumeixxx
すでに一般層も、踊ってみた動画を投稿し始めている。やはり、人気クリエイターによる振付があるのは強い。なぜならUGCの広がりにおいて大切なのは、「自分も真似してアクションを起こしたくなるかどうか」だからだ。すでに振付があることが、かなりハードルを下げてくれる。無論そこには、言語の壁もない。
近年UGCの勢いが加速している背景には、コロナ禍による自粛の影響もあるだろう。活動が制限されたクリエイター・インフルエンサー・アーティストは動画投稿に注力しているし、普段は見るだけの視聴者が「TikTokであれば気軽に挑戦できそうだ」とこの機にチャレンジするケースもある。あるシーンではクリエイターがファンになり、また別のあるシーンではファンがクリエイターになる。コンテンツはどんどんインタラクティブなものとなり、音楽の二次創作は当たり前の現象となっている。
そもそもTikTok公式のランキングについて、TikTokのゼネラルマネージャー・佐藤陽一氏はLINE MUSICとの鼎談の中で「毎週TikTokの中で多く再生されたり、その曲を使って動画が投稿されたりしている、その2つの数字をベースにランキングを作っています」と話している。もはや評価軸の1つを、「どれだけ使われたか」が担っているわけだ。
だ子 – 「歌詞動画」の投稿
@mzsrz_official #mzsrz の楽曲を使って投稿してくださった #だ子 さん(Twitter @poss__26 )の作品を紹介!! 👏 皆さんも是非 #mzsrz で投稿してください😊 #ノイズキャンセリング #DECO27#描いてみた #歌詞動画 #MV作ってみた #文字入れ #どうでもいいけど
今更な振り返りだが、少し前のインターネットでは、二次創作は「節度を守ってこっそりやるもの」だった。もちろん節度を守ることは今も変わらず大事だが、今とは本家に対する「気の遣い具合」が違い、カバーする側が大手を振って自らの作品を宣伝することは、やや憚られる側面があったのだ。本家側にも「自分の作品の二次創作は良しとしない」と公言する人も見られた。
やがてネットネイティブな世代がスマホを持つようになり、プラットフォームの投稿ハードルも下がり、コンテンツの楽しまれ方は随分変わった。本家側も二次創作を受け入れるどころか、その拡散はときに本家にも良い影響をもたらすとして、歓迎されるケースの方が主流になってきた。YOASOBIの公式Twitterアカウントなどはまさにその特徴的な例で、自身らの曲を用いたカバー歌唱・演奏作品を積極的にウォッチし、ときにはツイートで紹介までしている。
YOASOBI公式Twitterでのカバー紹介
【🎇夜に駆ける5000万回記念カバー紹介祭🎆】
ikura=幾田りらも所属するぷらそにかのメンバーでもある早希さんと、Shimo-Renさんによるアカペラカバー!
まさに吹き抜けていく風のような軽やかさに、声でここまで表現できるんだという驚きが合わさった必見の動画です🔥https://t.co/QfcNaKG38J— YOASOBI (@YOASOBI_staff) July 31, 2020
YOASOBI「優しい彗星」Official Music Video (YOASOBI – Comet)
曲を聴いてもらうだけでなく、聴き手側の創作意欲を湧き起こし、クリエイティブの輪の中へと楽曲を託していく。このような時代の潮流にmzsrzの曲が溶け込めたら、本当の意味で、見ず知らずの誰かにとっての歌となれるだろう。
mzsrz(ミズシラズ) – アンバランス
Text by ヒガキユウカ
PROFILE
mzsrz(ミズシラズ)
エイベックス × テレビ東京による次世代オーディション「ヨルヤン」を勝ち抜いた十代のボーカリスト:大原きらり / 作山 由衣 / 実果 / ゆゆん / よせいからなる5人組。水のように無色透明で変幻自在な「多様声」と「憑依声」を持つ。音楽プロデューサーに『DECO*27』を迎え、誰しもが思春期に抱える感情の機微を音に乗せて代弁する。
Twitter|Instagram|TikTok|YouTube|HP
INFORMATION
アンバランス
2021年6月23日(水)
映画「ショコラの魔法」主題歌、「アンバランス feat. 山口真帆」は劇場でのみ公開。
歌詞全文先行配信中
ショートVer.(TikTok)先行配信中
ショコラの魔法
監督:森脇智延
脚本:金沢達也
主演:山口真帆 岡田結実
出演者:桜田ひより 中島健 畑芽育 綱啓永 森希翔 上野鈴華 川口葵 吉田あかり 三浦真椰 東貴博 袴田吉彦
原作コミックに関して
・「ショコラの魔法」(原作:みづほ梨乃/小学館/ちゃおホラーコミックス)
・コミック累計発行部数:シリーズ累計100万部突破
配給:イオンエンターテイメント
2021年6月18日(金)全国公開
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