ライブハウスでフロアに寝転がって本を読みながらゆったりと音楽を聴く。そんな嘘みたいなイベントを体験した。この刺激的な空間を作り上げたのは、世田谷を中心に活動するバンド・Healthcare and medicalだ。まだ本格的なリリースのない新人バンドだが、初の自主企画として開催した<Naked dinner>では、クラブ、カフェ、本屋のどれでもあると同時にそのどれでもないような不思議な空間を実現させた。
会場となったのは下北沢のLIVE HAUS。開場時刻の深夜0時に訪れると、入り口から線香の香りが漂ってくる。物販コーナーには雰囲気たっぷりの粘土の像が立ち並び、ラジカセからは古いレゲエが流れている。
フロアに入ってまず驚くのは照明だった。至る所にバンドメンバーが持ち寄ったという暖色系の灯りや小物が多数設置されており、見慣れたはずのフロアが普段とは全く違った表情を見せていた。足元にはこれまたメンバー持参のラグが敷かれているのもあまり見たことのない演出だ。そして、最も異様なのがDJブース前に位置する本棚である。ここに下北沢の古本屋・気流舎が出店し、実際に書籍を購入することができるというのだ。また、バーカウンターにはメンバーが前日に焙煎したばかりのコーヒーが用意されていた。
こうして出来上がったのがブックカフェをコンセプトにした今回の<Naked dinner>である。ビール瓶を片手に本を眺めながらDJの流す音楽に身を揺らす人がいる時点で良い夜になると確信するのに十分だったが、ここからが本番だ。
ライブのトップバッターは関口スグヤと椿三期からなるバンド、ろくようびだ。深くリバーブのかかったダビーなドラムが身体の芯まで響くムーディな曲でスタート。呼吸を合わせてリラックスしたグルーヴを醸成していく。かと思えば鋭いギターリフがゆったりとしたムードを切り裂き、サポートメンバーのベースが加わって一気にアッパーで激しめのセットに様変わり。ボッサやレゲエ、そして人力のドラムンベースのような曲までバラエティに富んだサウンドで眠気を吹き飛ばしていく。ドラマーの椿三期はあまりの激しい動きでドラムのスティックを折ってしまっていた。最後はHealthcare and medicalメンバーで主催の赤倉旭をステージ上げ、「突然変異」を披露した。「今日限りしかないのがライブだからね」と椿三期が言ったように、まさにスペシャルな一夜の開幕にふさわしいステージだった。
DJタイムを挟み、次は主催のHealthcare and medicalの出番だ。ボーカル、ギター×2、ベース、ドラム、ボンゴの6人編成という大所帯で、いきなり8分にも渡って硬派なインスト曲で貫いた。クラブらしいベースミュージックとクラウトロックを組み合わせたような骨格に、ボンゴのエスニックな響きが良いアクセントとして効いた一曲。続いて打って変わってサイケ風味の「She’s all mine」から、アフロビートを取り入れたような楽曲まで幅広い音楽性を垣間見せる。トーキングヘッズのような雑食性とそれを統制する演奏力が見事だ。
ハイライトはエモーショナルな「kid room」、「15」、「floating」といったラスト3曲。シガー・ロス的なエモーションを湛えた、組曲のような壮大なポストロックを鳴らせるバンドがこんな新人にいるのかという衝撃があった。次第にオーディエンスがラグの上で座って聴いているのは野外フェスのようでもある。音源のリリースがまだないというのが信じられないほど素晴らしいパフォーマンスだった。
トゥルットゥ セッション-Healthcare and medical in LIVEHAUS [Naked dinner vol.3]
DJのJulIがレゲエで繋ぎ、続いては本日休演の岩出拓十郎がソロで登場。この自由な空間は岩出のパフォーマンスにおいて最も本領を発揮していた。岩出は「公共の場で寝るのが許されてる場所が少なすぎませんか?」と問いかけ、学生時代に大学構内のソファが撤去され、代わりに「排除ベンチ」が設置された話を始め、着座したオーディエンスがじっと耳を傾ける。「寝てもいいですよ。本当に小さい音でやります」と言うと演奏を開始。深夜3時のクラブ史上最も静かだったのではないかと思えるほどの音量で「何もない日」を歌い始めた。エフェクターを駆使して歪ませたり、シタールのようだったり、ダビーなアレンジが施されたりと非常に豊かなサウンドで、ギター1本の弾き語りとは思えないほどだ。「ラズベリーサン」の美メロが深夜3時の身体に沁みる。曲が終わると静寂に包まれるが、この場では拍手が鳴らないという賞賛の仕方もあるのだ。
終盤はろくようびの椿三期がパーカッション参加。岩出の弾くエレキギターに合わせて椿三期がマイクをボンゴに近付けて大音量で鳴らす。せっかくなので寝転がってみると、ライブハウスの床ってこんなに冷たいんだと気づいた。
朝4:15、ラストはシンガーソングライターの井上杜和だ。流石に眠気も回ってきた時間帯だが、確かな歌唱力と演奏力とファニーな歌詞のギャップが面白く、最後まで楽しむことができた。器用にギターを弾きこなす「かににさされた!」や、昨日の晩御飯なんだっけ?という卑近な嘆きから人生の話へ展開する「ど忘れ」、夜更かしを肯定する“免罪符ソング”こと「許してくれて謝謝」など、じっくりと歌詞も聴きたくなるようなハートフルなパフォーマンスだった。
ぴったり5時に終了し、始発に乗って帰っていると、このイベントに気付かされたことが多くあることに気付いた。例えばライブハウスは意外と自由な鑑賞の場ではないということだ。だが、彼らは座ったり寝転んだりすることをラグを一枚敷くことで提案した。また、その上に立って気付かされたのは、普段のライブハウスの床がいかに硬かったのかということだ。ラグが敷かれるだけで一気に足への負担が軽減されていた。「最前が空いてほしくない」と赤倉は語っていたが、この試みひとつ取っても意外な特別な気付きを与えてくれる。古本屋を呼んで本が読める明るさを自前の照明で拵えたことによって、本を巡ってオーディエンス同士で会話が起きていたのも美しい光景だった。
私がなぜこうも長々と会場の様子を書き連ねたのかといえば、それはこのイベントがただの音楽イベントではなかったことを声高に主張しなければならないからなのだ。むしろ、音楽はこの空間に溶け込んでいた要素だったと言ったほうが適切かもしれない。若者が減り続けるこの国でも、スクラップアンドビルドの行き詰まったような街でも、主催のHealthcare and medicalのような若者が小さくも工夫を凝らした奇跡のような空間を作っている。私はきっとこの先も何度もこの夜を思い出すだろう。
Text:最込舜一
Photo by 神沼美虹
EVENT INFORMATION
Naked dinner
vol.3 Book cafe
2024.03.16(土)
LIVE HAUS Shimokitazawa
Tickets 2000+1d
【出演】
バンド:
Healthcare and medical
ろくようび
岩出拓十郎(本日休演)
井上杜和
DJ:
Jull
sachimakashi
本:
気流舎
コーヒー:
バンドメンバーによるオリジナルコーヒー