2022年に行われたツアー<蒐集行脚>に続き、同年リリースの4thアルバム『ミメーシス』を携えた2周目のツアーとして2023年3月より全国6箇所を回った日食なつこの<蒐集大行脚>。その追加公演として4月1日、ヒューリックホール東京にて<蒐集大行脚 -extra->が開催された。

ツアーに帯同したバンドメンバー(沼能友樹:ギター、仲俣和宏:ベース、komaki:ドラム)に加え、ゲストドラムに田中佑司を迎えた“ケルトブルース”バンド・HARMONICA CREAMS伊藤彩カルテット、パーカッショニスト・木川保奈美も参加する、まさに“extra”と呼ぶにふさわしい豪華な布陣で届けられた本公演。それは才能と才能のがっぷり四つによってスパークする生のケミストリーはもちろん、改めて日食なつこというシンガーソングライターの傑出した存在感とその音楽に宿ったエネルギーの未曾有を見せつけられた圧巻の夜だった。濃厚でありながら、めくるめくスピードで駆け抜けた約2時間のステージに何度、快哉を叫んだか知れない。

LIVE REPORT:
日食なつこ<蒐集大行脚-extra->
2023.4.1
@東京|ヒューリックホール

LIVE REPORT:日食なつこ<蒐集大行脚-extra->|“親密な信頼感”で満たされた音楽の対話━━そして春の物語へ column230411_nisshoku-natsuko-08

詰めかけた満場の900人をいきなり圧倒の渦に巻き込んだのは『ミメーシス』でもオープニングを飾っている“シリアル”だった。スタッカートを効かせた低いピアノの音色に挑発的な日食の歌声が重なる、出だしのたった数小節で、オーディエンスを身じろぎもできなくさせてしまう迫力。ギター、ドラムとの不穏をはらんだアンサンブルとシリアルキラーをモチーフにしたという不埒な歌詞の一言一句がゴリゴリと体内に捩じ込まれていく感触はなんとも容赦なく、それでいてむしろ心地よさすら覚えさせるのだから、なんてそら恐ろしい音楽だろうか。

極限まで張りつめたものが途端にほどける快感、演奏が止むと同時にワァッとはじけた喝采の嵐に日食もたちまち相好を崩した。直前までシリアルキラーの歌を歌っていたとは思えないその無邪気な表情はステージと客席との距離をグッと近づけ、続く“hunch_A”に演奏が突入するや、今度は場内いっぱいに鳴り渡るオーディエンスのハンドクラップもその一部として取り込んで、ヒューリックホール東京にみるみると温かな一体感を築き上げてゆく。

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ようこそ、東京! 最高の景色すぎるじゃないか!

声をはずませる日食に大きな拍手と歓声が注ぐ。世界がコロナ禍に見舞われて3年が過ぎ、音楽業界においても徐々に明るい見通しが立てられるようになってきた昨今。マスク着用の上でという条件付きではあれど、日食なつこのライブにおいても今ツアーから観客の声出しが解禁された。ようやくライブがライブらしい在り方を取り戻しつつある今の状況を彼女もファンもどれだけ待ち侘びたことだろう。

今日の“extra”もオーディエンスといろんな形で意思疎通を図っていきたいと意気込みを語り、「みんながその場所にいてくれて、私たちの音にしっかりついてきてくれれば、あとは体が自然に動き出すから大丈夫。今日は安心してそこにいてください」と日食が呼びかけると、任せておけと言わんばかりにまたも喝采に沸く場内。振り返るに、この日のライブは終始、そうした親密な信頼感で満たされていた気がする。ゆえにだろうか、“クロソイド曲線”に歌われる遮二無二にもがいて、けれど輝いていた「あの日の僕ら」の関係性や、あるいは“ワールドマーチ“の中で寂しそうに笑っている「君」とそんな君への「僕」の思慕が、これまでにも増してリアルに響いてくるかのようだ。

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これまでにも幾多の彼女のステージを間近で支えてきたドラム・komakiとの阿吽の呼吸と呼ぶべき掛け合いもスリリングな“99鬼夜行”から、HARMONICA CREAMSを迎えた躍動的な音像が場内を大いに揺らした“お役御免”へのしなやかなるグラデーション。同じくHARMONICA CREAMSと奏でる“un-gentleman”は、『ミメーシス』に収録されている同曲のレコーディングにて彼らと日食が紡ぎ上げた演奏に輪をかけて伸びやかで、ブルージーかつ洒脱な世界観をひときわ豊潤に味わわせてくれる。かと思えば中盤には「みなさま、本日はご搭乗いただき、誠にありがとうございます。まもなく離陸いたします。どうぞご着席ください」と機内アナウンスを模したMCで総立ちのオーディエンスに着席を促し、愚かでけれどかけがえのなかった恋の顛末を達観した軽やかさで歌う“夜間飛行便”、今はなき大切な場所へ思いを馳せた“峰”、《希望だけじゃ生きてゆかれないよ》というあまりに切実な一節が胸を突く“meridian”と、三曲三様ののっぴきならなさを、ピアノの弾き語りオンリーでじっくりと聴かせる一幕も。

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楽曲の後半に加わるストリングスチーム・伊藤彩カルテットの繊細にして朗々とした音色によって世界が瞬時に解放へと導かれる“white frost”はどこまでも気高く、また、初めて1曲丸ごとピアノを離れ、物理的にも客席と真正面に向かい合って歌に臨んだ“vip?”は実に画期的な試みとしてオーディエンスの記憶に刻まれたに違いない。ふだんピアノを弾きながらでは横顔しか見せられず、みんなの顔もちゃんと見られないからと今回、実行に踏み切ったそうだが、なるほど、ステージの中央に自ら椅子を置き、ハンドマイク&カラオケで歌う日食なつこの姿は新鮮のひと言に尽きた。そんな日食をハンドクラップで支えながら見守る観客一人ひとりがもれなく笑顔だというのもとてもいい。ちょっとした思いつき、遊び心の域かもしれないが、こうした場面にも彼女の表現者としての飽くなき探究の姿勢が垣間見られるようで、この先が俄然楽しみになってくる。

この数年間の日食なつこにおいて語らずにはいられない、私がいちばんお世話になって、いちばん刺激を受けたねえさんをお呼びしようかなと思います

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後半戦に差し掛かり、日食はそう客席に告げると、パーカッショニスト・木川保奈美をステージへと招き入れた。3rdアルバム『アンチ・フリーズ』のリリースツアーとして2021年に開催された<ドリップ・アンチ・フリーズTour>では木川との2ピーススタイルでほぼ全公演を走り切った日食(今年の初めには木川も所属する即興演奏打楽器集団・LA SEÑASと2マンで行った東名阪ライブ<混線大陸>も大いに話題を呼んだ)。木川によって自身の楽曲が鮮やかにその色を塗り替えられていく経験はこの上ない感動を彼女にもたらした。彼女にとってここまでの数年間は「いつ歩みが止まっても、いつくたばっても正直おかしくない」ものであり、そうならないようにと「無我夢中で曲を書き、しがみつくようにレコーディングを続けた日々だった」という。「そんな数年間を過ごした末に出来上がった大事な思い出深い2枚のアルバム」が『アンチ・フリーズ』と『ミメーシス』だったこと、「その2枚のアルバムのことを考えている間だけはすごく幸せに過ごすことができた」ことがMCにて明かされた。

その一方で「この数年は出会った人もダントツで多くて。閉じていたはずなのに、なぜかいろんな人と出会うことができて。その中での私の変化っていうのもすごく大きかったから、それを『大行脚』で見せたいなと思ったんです」とも。木川との出会いが彼女に起こった変化のなかでもトップクラスであっただろうことは、ここで、演奏された“seasoning”、“真夏のダイナソー”にも明らかだ。木川がパンデイロを駆使して生み出す自在なリズムは朗らかながらもどこか淡々とした“seasoning”にグッとプリミティブな生命力を与え、タイトルそのまま真夏の青空が脳内に広がる“真夏のダイナソー”ではパーカッションから小気味良く繰り出される多彩なビートや音色が疾走感をブーストさせ、オーディエンスを入道雲の向こう側まで運び去るかのようなダイナミズムをはらませる。何より木川と音で抜き差しする日食が心底嬉しそうで、それを目の当たりにしたオーディエンスの昂揚もまた尋常ではなかった。

盛大な拍手で木川を送り出したあと、再びkomakiが合流した“なだれ”からはもう一気呵成。息をつく暇さえ惜しいとばかり、ひたすらアッパーに演奏が畳み掛けられていく。仲俣の粘り腰なベースが炸裂するダンサブルナンバー“ダンツァーレ”。ピアノとバンド、ストリングスで織りなすスケール感溢れるアンサンブルに乗せて届けられた“音楽のすゝめ”、さらには成人を迎えた人たちに向けて作られたという“うつろぶね”にも、これからも音楽の道を進んでいく日食の決然とした覚悟が覗く。そして<蒐集大行脚 -extra->は“√-1”でついにクライマックスを迎えた。自身の半分をもぎ取られるかのような、耐え難い痛みを音楽に叩きつけることで生まれた『ミメーシス』の起点と呼ぶべき曲でありリードトラックともなった“√-1”。楽曲に横溢していた行き場のない感情は、しかし、今ここにきて前向きな推進力へと昇華され始めているのではないかと、この日もっとも凛々しく響いたその歌声と演奏に思う。

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コロナ禍による制限が少しずつ緩和され、ライブという文化が復活しつつある今、数年間の日食なつこのよすがともなっていた『アンチ・フリーズ』『ミメーシス』という2枚のアルバムにお礼をしなければいけないのではないかと思い至ったことがこの<蒐集大行脚>の始まりだったとこの日、彼女は言った。約2年間に渡った長い長い旅の終着、そのラストに奏でられたのは日食なつこの次なる物語とも言うべき新たな作品からの1曲だった。新たな作品とはこのステージの4日後、4月5日にリリースされた6枚目のミニアルバム『はなよど』のこと。“擬態”をテーマに制作された『ミメーシス』とも『アンチ・フリーズ』のコンセプチュアルな意志性とも異なる、まっすぐな彼女の心情が紡がれた春という季節に捧ぐ1枚だ(ちなみに今作の6曲目“ライオンヘッド”でも木川含め、LA SEÑASとの共演が果たされている)。

日食にとって春はけっして陽気に包まれた明るいものではなく、むしろ澱みを抱えつつやり過ごすような鬱屈とした季節であるという。そんな春でもいいじゃないかという、ある種の開き直りめいた在りようもまた日食を日食たらしめる所以だろう。浮かれた明るさはなくとも、どこかきっぱりとした清々しさに聴いていて不思議と力がみなぎってくるところも実に日食なつこらしい。そんな『はなよど』の曲たちを1公演につき1曲ずつ披露してきた<蒐集大行脚>、最終公演となるこの日、オーディエンスに手渡されたのは作品の口開けとなる曲“やえ”だ。一人残ったステージで、ピアノと歌だけで織り上げられていくこの新曲のなんと柔らかで力強いことか。八重の桜が散らす、最後のひとひら。儚さと永遠を綯い交ぜにしながら、彼女は彼女の道をこれからも果敢に突き進んでいくのだろう。そしてその音楽に励まされ、心動かされながら我々も我々の道をゆく。それはなんという幸福だろうか。会場をあとにしても余韻はたぎって消えそうになかった。

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Text:本間夕子
Photo:橋本塁

PROFILE

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日食なつこ

1991年5月8日岩手県花巻市生まれ、ピアノ弾き語りソロアーティスト。
9歳からピアノを、12歳から作詞作曲を始める。17歳から”日食なつこ”として盛岡を拠点に本格的な音楽活動を開始。心の琴線を揺らす緻密に練り込まれた詞世界や作曲技術が注目を集め、大型フェスにも多数出演。2021年にリリースされた「アンチ・フリーズ」は第14回CDショップ大賞2022・入賞作品に選出され、近年では映画主題歌やCM音楽など書き下ろしも多く手がける。日食なつこが次々に生み出す濃密な音楽は創造性のとどまるところを知らず、ギターやベース、時にドラムのような打楽器のパートさえもピアノひとつで表現する独自の作曲スタイルをはじめ、その楽曲力とパフォーマンスはピアノ弾き語りアーティストへの想像や枠組みを超える。強さ、弱さ、鋭さ、儚さ、全てを内包して疾走するピアノミュージックは聴き手の胸を突き刺し、唯一無二の音楽体験を提供する。

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はなよど

2023年4月5日(水)
日食なつこ
¥2,200(+tax)
レーベル:Living,Dining&kitchen Records
形態:CD ミニアルバム

<収録曲>
1.やえ
2.ダム底の春 feat. Sobs
3.夕闇絵画
4.幽霊ヶ丘
5.diagonal
6.ライオンヘッド
7.蜃気楼ガール

「はなよど」特設サイト