「いつかこのコロナ禍が過去になった時、本公演が2021年の初夏の有用な情報を凝縮した、白く輝く化石の層のように貴重な存在になればいいなと思います」。

そんな日食なつこ本人のコメントと共に開催が発表された、彼女にとって実に1年4ヵ月ぶりの有観客ワンマンライブとなる<白亜>。6月にリリースしたシングル『真夏のダイナソー』にちなんで、恐竜たちが駆け巡った時代(白亜紀)の名を冠せられた一夜限りの本公演にかける思いは、日食なつこ本人同様、そこに駆けつける観客たちもまた同じだったことだろう。この漫然と続くやるせない感情を、どうかそのアグレッシブなピアノの音と、まっすぐ胸に突き刺ささるそのクールな歌声で、打ち払ってはくれないか。

しかしながら、その続報は予想外の方向からやってきた。開催日の前日、サポートドラムとして参加を予定していた、彼女にとっては、もはやライブにおける「盟友」と言っていいだろうドラマー・komakiが、体調不良(新型コロナとは関係ないとのこと)のため、当日の出演を見合わせるというのだ。もともと、日食なつこのピアノ弾き語りとドラムという、最小限の編成で予定されていたにもかかわらず、である。

しかし、その報告と共に彼女は、代役などを立てることなく、単身弾き語りで当日のライブに臨むことを宣言したのだった。そんな不安と期待が入り混じった、やや複雑な感情を胸に抱えながら迎えた7月2日、有楽町・ヒューリックホール東京。結論から言うと、その「不安」は一瞬で払拭され、その「期待」はそれ以上の驚きによって更新されることになるのだった。

LIVE REPORT:
日食なつこ
@ヒューリックホール東京

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客電が落ちたあと、ステージに颯爽と登場し、中央に置かれたグランドピアノの前に静かに腰を下ろした日食なつこ。その彼女がおもむろに弾き始めたのは、初期の楽曲“跳躍”だった。ゆったりとしたピアノの音色に乗せて歌い始める、《誰も傷付けたくないと/変な正義感を掲げてからは/相手を気にしすぎてか/何でか身動き1つ取れなくなったよ》という冒頭のフレーズから、一気に日食なつこの世界に引き込まれる観客たち。

続いて披露された、流麗なピアノの旋律が印象的な楽曲“seasoning”の中から浮かびあがり、観客の心を射抜いていく《完璧な人生を欲しがる前に/今日笑ったかどうかを確かめろよ/まだ生まれてもない未来に期待はすんなよ》というフレーズ。

そう、これが日食なつこの「音楽」だ。いわゆる「伴奏」と「歌」ではなく、それが一体となった「音楽」として打ち放たれるそのステージは、弾き語りならではの臨場感溢れる音像に酔いしれながら、心のどこかが次第に覚醒していくような、あるいはリラックスしながらも、なぜか背筋がまっすぐ伸びていくような、そんな独特な魅力に溢れている。

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多年草の意を持つ“perennial”を経て、最新シングル『真夏のダイナソー』収録の“ワールドマーチ”、そして2016年に閉店した彼女の地元・岩手県花巻市のデパート「マルカンデパート」(※2017年2月に一部復活)の思い出を綴った“あのデパート”。気がつけば、あっという間に5曲が披露されていた。そこでようやくピアノから顔を上げ観客のほうに身体を向けた彼女は、本公演に対する意気込みを、改めてこんなふうに語っていた。

「この1年ちょっとのあいだ、誰しもがいろんな混乱を味わってきたと思います。そして我々はいまだ、その最中にいます。けれども、歴史的なこの大混乱の中で、それでも音楽を楽しもう、音楽を鳴らそう、そんなふうに決めた我々の姿を、白亜という新時代の名前で、古い時代に刻み付けてやろうじゃないですか」。

そう語る彼女の頼もしさよ。会場から湧き上がる大きな拍手。そして、komakiの不在を詫びた彼女は、「今日は全編、私が腹を決めて、このステージをビシッと締めようと思っていますので、安心してお楽しみいただければなと思います」と、目の前の観客に向けて改めて宣言するのだった。

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続いて披露されたのは、このライブのテーマソングとも言える“真夏のダイナソー”。今年もまた、さまざまなことに気を揉み続けるであろう夏に向けて、「心だけでも、果てまで吹っ飛んでいけるような爽快な音が欲しかった」という率直な思いから生み出されたというこの曲は、この日のライブでも、やはり格別の爽快感を打ち放っていた。真夏の空に立ち上る積乱雲を「ダイナソー」になぞらえたこの曲。

そのミュージックビデオにも使用された、全国津々浦々の積乱雲の写真が次々とステージに映し出されたことも相まって、会場の雰囲気はもはや真夏である。ここまで情景を鮮やかに描き出す楽曲は、彼女にとっても珍しい気がするけれど、なるほど、「音楽」にはそういう力もあるのだ。ここではない場所に、聴く者を一瞬にして連れて行ってしまうような力が。

そして彼女は、8月11日にリリースされるというニューアルバム『アンチ・フリーズ』の冒頭を飾る曲だという新曲“なだれ”を初披露するのだった。そのタイトルとは裏腹に、跳ねるようなピアノのフレーズが印象的な、軽やかで明るい一曲となっていた“なだれ”。そう、今の彼女は、深い内省の中にいるというよりも、むしろ外の世界に飛び出そうとしているのかもしれない。

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それにしても、日食なつこの楽曲が、時空を超えて、紛うことなき「今」を次々と照らし出すことには、この日、何度も何度も驚かされた。中盤以降、徐々にそのアグレッシブな迫力を増していく楽曲たち。《圧倒的な現実の前に/僕らは立ち尽くすしかないのか》と問いかける“空中裁判”。《まるで自分で見て聞いたように話す奴ばっか/画面の向こうの悲しみの/一体何を知ってるっていうんだ》といきり立つ“ヘールボップ”。

そう、8月11日にリリースされる、ニューアルバム『アンチ・フリーズ』のタイトルには、「この時代に凍ることなく歩いていこうぜ」という彼女の思いが込められているのだという。「凍ること」、それはすなわち、思考を停止させることを意味するのだろう。心を凍らせないためには、どうすればいいのか。流れるのだ。流れ続けるのだ。

かくして、その印象的なピアノリフが会場に響いた瞬間、会場がどよめいたようにも思えた“水流のロック”。2015年に発表した曲でありながら、ここへきてまた大きな注目を集めているというこの曲。その理由も、まさしく「流れること」にあるのだろう。演奏の途中、「せっかくだから立ちます? 立つのはいいよね?」という彼女の言葉を受けて、続々と立ち上がる観客たち。

《視界はいまだ不透明のさなか/誰かの書いたマップだけじゃ/いざって時に疑いたくなるの/だから一緒に前にゆこう》という“水流のロック”の気風の良さに聴き惚れる。そこから、《飛べよ/退屈な世の中と共に錆びることはないぜ》と歌いかける“ダンツァーレ”へと続く流れは、声を上げることができない状況ながら、この日最高潮の盛り上がりを見せた瞬間だったように思う。

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しかしながら、目の前で鳴らされることによって、改めてその「意味」と「強度」にハッとさせられたのは、「私のライブにアンコールはございません、次の曲を歌って立ち去ったら、それですべてがおしまいです」という彼女の宣言のあとに披露された、この日の最後の曲、“音楽のすゝめ”だった。リリース当時、「音楽」という名の夢を見続けるための「旗」のような一曲だと語っていたこの曲。《短い夢を/朝が来れば幻と化す夢を/後先もなくかき集めてしまう/馬鹿な僕らでいようぜ》という歌い出しから、今まさしくこの瞬間を歌った曲であるように、思わず胸がグッと締めつけられる。

「音楽」に対する心得を、数え歌のように伸びやかに歌い上げていくこの曲ではあるけれど、その終盤に連打される《七つ、どんな歌にも終わりがあると知ること》、《八つ、泣いてもいいからちゃんと次に行くこと》、《九つ、即ち音楽これ人の心/絶やしちゃいけない人の命/そのものなんだよ》というフレーズは、1年4ヵ月ぶりの有観客ワンマンライブであること、コロナ禍の状況で行われた特殊なライブであることなどを鑑みても、それは彼女自身の切なる思いであると同時に、その「音楽」をまさしく「いま/ここ」で享受している観客たちの思いを代弁しているようでもあった。

そして、その最後の《また馬鹿な僕らで会おうぜ》というフレーズが打ち放つ、日食なつこの力強い「意志」と「約束」。万雷の拍手を受けてステージを去る彼女の姿は、とてもとても凛々しかった。

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ちなみに、この日からちょうど一週間後にあたる7月9日、4度目の緊急事態宣言が東京に出されることが決定した。依然として、このコロナ禍の終わりは見えない。その未来は、相変わらず不透明のままだ。けれども、その中で思考を停止させないこと。「音楽」を求める、その心を忘れないこと。これからきっと、何度でも何度でも、そのことを強く心に思い起こさせてくれるに違いない、とても印象的なライブだった。あれから一週間以上経った今、改めてそう思う。

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Text by 麦倉正樹

PROFILE

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日食なつこ

1991年5月8日 岩手県花巻市生まれ ピアノ弾き語りソロアーティスト
9歳からピアノを、12歳から作詞作曲を始める。高校2年の冬から地元岩手県の盛岡にて本格的なアーティスト活動を開始。緻密に練り込まれた詞世界と作曲技術は業界内外問わず注目を集め、『ROCK IN JAPAN FESTIVAL』、『FUJI ROCK FESTIVAL』など大型フェスにも多数出演。演奏スタイルはソロからバンドまで 多彩な顔を持ち、ライブハウスやホールを軸に、カフェやクラブ、お寺や重要文化財などでもライブを行い、数々の会場をプレミアムな非日常空間に作り変えてきた。強さも弱さも鋭さも儚さも、全てを内包して疾走するピアノミュージックは聴き手の胸を突き刺さし、唯一無二の爽快な音楽体験を提供する。

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RELEASE INFORMATION

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真夏のダイナソー

2021年6月23日(水)
¥2,000(+tax)
351-LDKCD
4580529530654
Living,Dining&kitchen Records

収録曲:
1.真夏のダイナソー
2.ワールドマーチ
3.泡沫の箱庭

アンチ・フリーズ

2021年8月11日(水)
初回限定盤(354-LDKCD):¥4,200(+tax)
通常盤(355-LDKCD):¥3,000(+tax)
1.なだれ
2.真夏のダイナソー
3.ダンツァーレ
4.百万里
5.KANENNGOMI
6.HIKKOSHI
7.四十路(cluster ver.)
8.峰
9.perennial
10.ワールドマーチ
11.99鬼夜行
12.泡沫の箱庭
13.音楽のすゝめ

EVENT INFORMATION

ドリップ・アンチ・フリーズ Tour

2021年8月11日(水)@東京Cafe BOHEMIA(渋谷)
2021年8月18日(水)@大阪Cafe BOHEMIA心斎橋
2021年8月27日(金)@下北沢シャングリラ
2021年9月23日(木・祝)@広島CLUB QUATTORO
2021年9月25日(土)@梅田Shangri-La
2021年10月3日(日)@名古屋Electric LadyLand
2021年10月16日(土)@盛岡club change
2021年10月17日(日)@仙台Rensa
2021年10月24日(日)@渋谷Star Lounge
2021年10月25日(月)@渋谷CHELSEA HOTEL
2021年10月31日(日)@札幌Sound Lab mole
2021年11月2日(火)@金沢EIGHT HALL
2021年11月4日(木)@新潟LOTS
2021年11月13日(土)@福岡LIVE HOUSE秘密
2021年11月28日(日)@桜坂セントラル
2021年12月3日(金)@岡山CRAZY MAMA KINGDOM
2021年12月4日(土)@高松Festhalle
2021年12月18日(土)@横浜1000CLUB

ADV ¥6,000
チケットオフィシャル先行受付URL:2021年7月2日(金)21:00〜7月19日(月)23:59

チケット先行受付
特設ページ