カンファレンスや体験プログラムが行われる渋谷の都市型イベント<SOCIAL INNOVATION WEEK SHIBUYA 2021>(ソーシャルイノベーションウィーク渋谷/以下SIW)が、11月5日〜14日までの10日間にわたって開催された。

渋谷は、多種多様な人々が“渋谷らしさ”を模索し、アップデートしてきた都市だ。その原点にあるのは「アイデア」で、SIWは、その都市特性に特化したアイデアプラットフォームである。

アワードやカンファレンスなどのさまざまなアクティビティが展開されたなかで、ここでは#Key Dialog「NEWソサエティ:成長から成熟へ」のレポートをお届けする。

登壇したのは、『人新世の資本論』 (集英社新書)の著者・斎藤幸平と、arca代表・クリエイティブディレクターであり、SIWのフェローも担う辻愛沙子のふたりだ。マルクスの社会主義を再評価する斎藤と、渋谷発で広告を作る辻は、一見しただけでは社会主義と資本主義の両極にいるようにも感じられるが……。モデレーターであるSIWエグゼクティブプロデューサーの金山淳吾の問いかけをきっかけにした対話によって開かれた可能性とは。

<SOCIAL INNOVATION WEEK SHIBUYA 2021>
辻愛沙子×斎藤幸平
#Key Dialog「NEWソサエティ:成長から成熟へ」レポート

<SOCIAL INNOVATION WEEK>辻愛沙子×斎藤幸平対談。渋谷で描く、21世紀型の幸せとは? life211125_siw2021_1

お祭りのような渋谷の街で

緊急事態宣言の明けた渋谷の街は、お祭りのような賑わいだ。

オリンピックもハロウィンも、集まることはできなかったけれど、やはり渋谷は人を誘い込む。新しい文化を作り、世界に発信することで、また「アイデア」が集積する街である。

斎藤はマルクスの社会主義を再評価し、脱成長を唱えるが、かつては「渋谷的」なものに憧れていた時期があったという。

斎藤「私も大学時代にはナイキのレアなスニーカーが欲しくて、『俺ジョーダン買ったぜ』みたいな時代もありました

スニーカーの新しいモデルが出るたびに、人々は消費の欲望を喚起される。新しいスマートフォンが出たら、買い換えないといけない気分になる。資本主義は人々をけしかけるが、斎藤は考えを変えていった。

斎藤「スニーカーは多くても5足ぐらいあれば十分だと気が付いたときに、『ナイキに踊らされてたな』と思いました。

同時に、そのエネルギーをどこに向けるかとなったときに、私の場合は哲学や読書がありました。特に、古典はすごいんです。私はマルクスが専門なので、150年ほど前に書かれたものをずっと読んでいきますが、いまでも新しい発見があるし、いつまで経っても読み終わらない。そこで浮かび上がってくるマルクス像は、オンリーワンなんですよね。

『あいつが持っていなくて俺が持っているこのスニーカーが好き』といった他人と評価する価値観ではなく、『いまの自分の解釈は過去の人たちの積み重ねの上にあるんだ』という風に、自分軸になるという転換がありました」

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喧騒の街・渋谷で「ひとり」の価値について話す斎藤に、辻も共鳴する。

「本を読むことは、ひとりと向き合うことですよね。ひとりと言うと、特に日本では『クリぼっち』と言われ、ひとりで学食を食べていたら『あいつひとりだ』となって、ネガティブなことのようなイメージが強いです。

でも、自分にとって何が幸せで、何が好きなのかを、相対的ではなく自分自身の中に問いを立てていくことは、ひとりの時間を作らないと難しい。ひとりの時間を許容するというのが一番大事なのかなという気がします」

それでは、21世紀型の幸せな社会とはどんな社会なのか。金山の問いかけに、ふたりが応答する。

斎藤「多くの人たちが生きづらさを感じていると思います。渋谷は洋服もカフェも、娯楽的なものは溢れている。他方で、帰り道で『今日は何したかな』と考えると、何となく虚無感が残って、『また月曜日になったら仕事行くか』みたいな。

つまり、かつてのように経済成長をして、大きな車とマイホームを買って、というストーリーを描きにくくなっている。さらに地球環境問題が深刻化していて、今までのようにものをたくさん消費し、そのためにたくさん働くというサイクルには限界があるわけです。そこから、徐々に脱却していかなければなりません。まさに今日の(Key Dialogの)テーマである『成長から成熟へ』なわけです。このゲームからどう降りていくかを考えていかなければいけません」

「広告でもバズやマスの話ばかりになっていましたし、今までは幸せの価値基準が少なかった。もちろん、バズらせてマスに届ける正義もありますが、あらゆることが画一的だったのが問題だったと思います。固くなっていったものを解いていく作業が必要なのかなと。それは、結婚もそうかもしれないし、異性愛もそうかもしれない。『へー、あなたはそういうのが幸せなんだ! 私はこっちだわ! お互いいいね』みたいな、過干渉しない社会であってほしいなって思いますね」

SNSなどをはじめとして、人々の多様性が可視化されやすい時代になった。多様性は、いまになって出てきたものではなく、表れづらかっただけなのだ。画一的な価値基準だけを見ていては、権利や個性を守れず、都市の豊かさが失われていく。

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渋谷の街としてのエコロジーを守るには

渋谷には多様な幸せの基準を持った人々が集まっているはずだ。一方で、巨大なビルの再開発はいつも未完成のまま進んでいて、スケールが大きくなっていく。金山が「渋谷の都市開発に未来はあるのか?」と尋ねると、斎藤は「ない」と苦笑いした。

斎藤「20世紀型の夢がうごめいているゾンビですね。私は、まさにスニーカーがレアで並んでいたみたいな時代のセンター街や裏原の時代を知っているわけですけど、今の都市開発を見ていると、もうめちゃくちゃ。

例えば私はよく東横線を使いますが、駅の出口がどこに出るかもわからないし、エスカレーターも細い。ここが駅なのかという衝撃があります。人の流れを研究している人もいるはずなのに、あれが完成物として出てくる衝撃たるや。専門家はどこにいったんだろうという気持ちになります。

もう街としての多様性やエコロジーがなくなってしまっているし、今日久々に渋谷に来てちょっと衝撃を受けましたね」

辻は、渋谷区生まれ渋谷区育ちの立場から、渋谷の現状に懸念を示す。

「渋谷の良いところは、カウンターカルチャーが生まれることだと思うんです。ひとつのかっこよさやひとつの強さ、ひとつの価値が勃興してそこに人が熱狂していったあとで、『それってダサくね?』とカウンターカルチャーが出てくる。10席しかないミニシアターで、ほとんど聞いたことのない映画なんだけど、『観てみたらめっちゃ良かった』『私はこれに胸を打たれた』みたいな。

ただ、私たち若者がカウンターカルチャーを打ち返そうにも、目の前にそびえ立つビルがデカすぎてカウンターできない。高層ビルに向けてピンポン玉を投げているような感覚で、あまりにも大きくなりすぎた。どんどん同質化が進んでいるように見えて、『渋谷らしさとは?』と、悲しく思っています」

この問題は、日本経済の停滞と無関係ではないだろう。大幅な成長を遂げていた頃には、資本の論理に任せて都市開発を進めていけば、人々の大きなニーズを吸収し、発展させていくことができた。

しかし、成熟した現代において、そうはいかない。たとえば投資家が値上がりを期待して高層マンションを購入しながらも、そこに住んでいない、ということさえある。渋谷の街では、再開発が進み続けた結果として、辻が言うように、ビルが大きくなりすぎてしまった。

高層ビルを都市に集積させる建築家の流派である「シカゴ派」が勃興してから、140年近く経とうとしている。成熟した社会においては、新たな都市開発のあり方が求められているはずだ。

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“「おじさん」たちだけで決めるのやめた方がいい”

では、どんなかたちならば、渋谷の明るい未来を構想することができるのだろうか。

斎藤広場にする。建てない。資本主義は、建てたがるんです。つまり同じ1平米が10階だったら10平米になるわけですからね。だからどんどん高くなっていくし、大きくなっていくんだけど、これを繰り返すと、非常に移動しにくいモンスターが出来上がってしまいます。

人々が落ち着いて集まって、議論をしたりゆっくりしたりできるスペースがないと、民主主義はできません。デモするにしても、スタートとゴールには公園がないと、何千人の人が集まれないですよ。そういう公園がどんどんなくなっているのは問題です。

それを脱却するためには、広場のほかにも、図書館があって、白米と味噌汁が置いてあって、みんな誰でもそこで好きなときに飯を食えるのが理想です。藤原辰史さんが書籍『縁食論』に書いた縁食とは、給食みたいにみんなで食べる共食でもなくて、ひとりで食べる孤食でもなくて、たまたま会って一緒に飯を食べること。

街が、テナントからできるだけ高い賃料を払わせて貸していこうという資本主義の論理だけになったら、誰も『縁食』のような取り組みをしなくなります。そうではなくて、いったんブレーキをかけて、質的な豊かさ、成熟につなげていくのが、脱成長の問題提起なんですね」

「わきまえない発言で申し訳ないんですけど、『おじさん』たちだけで決めるのやめた方がいいと思います。渋谷を楽しむのは若者たちで、定点カメラでテレビに映ってるのもやっぱり若者たちです。

私たちの街だから、私たちに聞いて』と思うところがすごくあって、マーケティング的に分析するより前に、何かを作るときにはチームに私たち若者を入れることが必要だと思っています。なんでこれだけ建物が同質化してしまって、全部にラグジュアリーブランドが入って、こう同じものができてしまってるのかと言うと、やっぱり同じような人たちが作ってるから。だから、やっぱりその組織編成を変えるのがまずはできることなんじゃないかなと思います」

渋谷は、アクティブな街だ。お祭りのように人が往来し、ビジネス領域では高層オフィスビルを媒介して資本が行き交う。そこにいる人々は、ひとりひとりが多様な価値観を持ち、ユニークな「アイデア」を携えているだろう。

渋谷が、画一的な都市の姿ではなく、関わる人々それぞれのユニークさを引き出せるような街であり続けるためには、大きな転換が必要な時期を迎えているのかもしれない。

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Text by 遠藤光太

現在YOU MAKE SHIBUYAのYouTubeチャンネルでは、#Key Dialog「NEWソサエティ:成長から成熟へ」をはじめ、SIWで実施されたさまざまなアクティビティのアーカイブ映像が配信中。渋谷の街の在り方を考えるきっかけとなるSIWの取り組みに、これからもぜひご注目を!

NEWソサエティ:成長から成熟へ|辻愛沙子/斎藤幸平/金山淳吾|SIW2021

EVENT INFORMATION

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SOCIAL INNOVATION WEEK SHIBUYA 2021

2021年11月5日(金)〜11月14日(日)
主催:SOCIAL INNOVATION WEEK SHIBUYA 実行委員会
共催:渋谷区
後援:文部科学省、東京都、新経済連盟、一般財団法人カルチャー・ヴィジョン・ジャパン、一般財団法人渋谷区観光協会 一般社団法人渋谷未来デザイン、 渋谷区商店会連合会
特別協賛:公益財団法人日本財団
アジェンダパートナー:イーデザイン損害保険株式会社、KDDI株式会社、こくみん共済 coop(全国労働者共済 生活協同組合連合会)株式会社セールスフォース・ドットコム、DAZN Japan Investment 合同会社、東急株式会社、株式会社ニューバランスジャパン、ビー・エム・ダブリュー株式会社、ヤンセンファーマ株式会社 (五十音順)
パートナー: アサヒビール株式会社、株式会社 INFORICH、株式会社NHKエンタープライズ、株式会社シブヤテレビジョン、JIBUN HAUS.株式会社、大日本印刷株式会社、Twitch Japan 合同会社、東急不動産株式会社、VOX、マース ジャパン リミテッド、株式会社ミクシィ、株式会社みずほ銀行、株式会社ワイズコネクション (五十音順)
メディアパートナー:Agenda note、OPENERS、Qetic Inc.、Shibuya Culture Scramble、シブヤ経済新聞、渋谷のラジオ、J-WAVE、PR TIMES、FINE PLAY、MASHING UP

SIW 2021