冒頭から個人的な話で恐縮ですが、台湾の音楽を広める活動をしていると、日本の音楽関係者の方からも、一般のリスナーの方からも、「台湾って何語?」と聞かれます。
結論から申し上げると「台湾の公用語は中国語です」という回答になりますが、中国語にはいくつか種類があるほか、台湾の一部では、中国語ではない言語も話されています。そのため、歌詞として歌われる言語もさまざまです。
今回「言語」をテーマに紹介したいのは、8月21日(土)に開催される中華圏で最大規模の音楽の式典、<第32回金曲奨 Golden Melody Awards>(以下、金曲奨)です。この式典では、2020年に台湾で発表された優秀な作品が29部門にわたり表彰されます。<金曲奨>は、1990年にはじまり、今年で開催32回目を数える、中華圏最高峰と言われる音楽の式典です。対象期間内に台湾で発行された音楽作品が表彰の対象になります。
別名、「中華圏のグラミー賞」とも呼ばれています。しかし、グラミー賞と異なる特徴的な点が「言語の種類別」の部門があることです。本式典は、台湾語、客家語、原住民語で歌うアーティストや作品も受賞することができ、対象はC-POP(主に華語で歌われる音楽の総称)の著名な歌手だけではありません。
新人アーティストを表彰する部門や、音楽を制作する側にスポットライトのあたる部門もあり、過去にも中華圏内のアーティストだけではなく、日本人アーティストもこれまで表彰台に上がっています。今回は、そんな台湾の「言語」について、<金曲奨>と、そのノミネートリストから紐解いてみましょう。また、各部門にノミネートされたアーティストから、筆者による個人的なおすすめの作品も紹介します。
「台湾って何語?」
台湾で話されている言語には、さまざまな種類があります。
(1)字体による分類
台湾で主に話されているのは、標準中国語です。標準中国語の字体には、「繁体字」「簡体字」の2種類があります、台湾/香港/マカオでは繁体字、中国大陸では簡体字が使われています。イメージでは「繁体字は、日本の漢字と似ていて、画数が多い。簡体字は、画数が少なくて記号っぽい」と認識するとわかりやすいかもしれません。台湾では繁体字中国語が使われていますので、台湾のお友達とLINEをするような時には、繁体字で話しかけてみてくださいね。
余談ですが、たまに日本のバンドマンさんがTwitterなどで「谢谢台湾!!」とつぶやいているのを見かけると、(それ、簡体字です…!教えてあげたかった…!!)と思いながらそのツイートをそっ閉じします。
(2)ルーツによる分類
字体による分類以外には、ルーツによる分類もあります。<金曲奨>の部門として表彰されるのは、標準中国語(華語)、台湾語(台語)、客家語(客語)、先住民語(原住民語)の4つです。
では、各々の言語の特徴と、ノミネートされたアーティストたちを見てみましょう。
標準中国語(華語)
台湾で最も話者が多い言語が標準中国語(華語)。中国で話されている普通語をベースとしたもので、台湾の役所や学校教育で使われています。特徴として、中国の中国語とは字体、語彙が異なります。そのため<金曲奨>では、標準中国語で歌われる作品を対象とした三部門(「最佳華語專輯獎」「最佳華語男歌手獎」「最佳華語女歌手獎」)が設けられています。
標準中国語の音楽は、中華圏に広く流通するため、これらの賞は花形的存在です。毎年、台湾ポップスにおけるエース級のアーティストのアルバムがノミネート&受賞し、注目を集めます。フォーカス台湾によると、今回審査員長を務めるタイガー・チョン(鍾成虎)氏は、「華語男・女歌手賞の選考は、3回以上の投票を経て候補者が決まるほどの激戦だった」と語ったとのこと。
今年の注目作品を一つ挙げるとすれば、ベテラン女性歌手の萬芳によるアルバム、『給你們 Dear All』です。同名のリードトラック“給你們 Dear All”は友情について歌い、「お互いを知り、お互いを大切にすると、人生は美しい歌になる」というメッセージを発信しています。
萬芳 – 給你們 Dear All
「台湾の中国語を学びたい!」と思う方はぜひ、台湾華語で歌われている作品群に注目してみてください。
台湾語(台語)
台湾語は、中国福建省にルーツを持ち、台湾でよく使われている言語です。標準中国語と同じ字体(繁体字)で、読み方が異なります。また、標準中国語にはない語彙が一部あるほか、日本統治時代に流入し、日本語を起源とする語彙もあります。作品の中では、一人のアーティストがアルバムや楽曲によって、標準中国語と台湾語を使い分ける場合もあります。また、台湾語を話せる人が減少していることがテレビ番組などでも話題になっており、「台湾語を話せる人がもっと増えるように」という想いから、台湾語の楽曲を精力的にリリースするアーティストもいます。<金曲奨>には、こちらも標準中国語(華語)と同様に台湾語で歌われる作品を対象とした部門が3つ(「最佳台語專輯獎」「最佳台語男歌手獎」「最佳台語女歌手獎」)あります。
注目作品は、中国語&台湾語ロックのレジェンド的存在、伍佰による“伍佰 & China Blue 透南風演唱會影音全記錄”です。YouTubeに上がっているライブの様子からは、伍佰が台湾語で熱唱するなど、台湾土着の熱い雰囲気がひしひしと伝わってきます。
伍佰 & China Blue – 透南風演唱會影音全記錄
余談ですが、先日『セブンルール』(関西テレビ・フジテレビ系で放送中の密着ドキュメンタリー番組)に出演した三軒茶屋にある「帆帆魯肉飯」の店主、唐澤千帆さんがお店のお掃除をしながら聞いていた台湾ロック、拍謝少年 – “暗流”も、台湾語の曲でしたね。
客家語(客語)
客家語(客語)は、主に中国大陸(広東省の東部/東北部、福建省、江西省、広西省、湖南省、四川省)で話され、中国大陸からの移民により台湾に持ち込まれた言語です。台湾では3番目に話者が多い言語で、台湾のバスなどでは、標準中国語→台湾語→客家語の順にアナウンスが流れます。客家語は、中国では簡体字、台湾では繁体字で表記されます。標準中国語や台湾語と比べ、ストレートな響きを持った客家語の響きを、クールだなぁと感じる方も多いでしょう。今回、<金曲奨>では、客家語で歌われる作品を対象とした二部門(「最佳客語專輯獎」「最佳客語歌手獎」)がラインナップ。
注目作品は、春麵樂隊の“到底”。客家語で歌われるボーカル、バンドサウンドに加え、ピアノ、クラリネット、バスーンが伴い、一風変わった世界観をつくりだしています。
春麵樂隊 – 到底
また、中国大陸のバンド・九連真人によるアルバム、『阿民』もノミネートされています。客家語の響きを堪能しましょう。
九連真人 – 阿民
先住民語(原住民語)
先住民語(原住民語)とは、台湾の各々の先住民族に伝わる言語のことで、オーストロネシア語族に属します。台湾原住民族の部落では、各々の文化が継承されています。<金曲奨>には、原住民語で歌われる作品を対象とした二部門(「最佳原住民語專輯獎」「最佳原住民語歌手獎」)があります。
なかでも注目作品は、排灣族(パイワン族)出身の達卡鬧(ダカナオ)氏によるアルバム『流浪的NaLuWan」。5曲目の“小林先生”は、ダカナオ氏の友人である人権活動家の小林隆二郎氏へのトリビュート作品です。本作には、日本人ボーカリストのツダユキコ氏も参加しています。
小林先生 – Mr.Kobayashi
優しい響きのパイワン語と、日本語のコラボレーションをぜひ聞いてみてくださいね。
補足:台湾原住民族とは、17世紀に漢民族が台湾へ渡ってくる前から台湾に居住していた人たちのことを指します。ちなみに日本では「原住民」は差別用語にあたるため「先住民」と表記しますが、逆に台湾では「先住民」は既に失われた民族という意味になるため、この記事では現地の文化に沿って「原住民」と表記しております。(参考:「台湾原住民族と南島語族」)台湾原住民族の文化に触れる活動をする際には、この背景も頭に入れたうえで展開すると「台湾のことをよくわかっている」という意思が示せるのではないでしょうか。
今回は、「言語」にフォーカスし、<金曲奨>について紹介しました。因みに、<金曲奨>では、言語ごとの部門だけではなく、「最佳樂團獎(最優秀バンド賞)」「最佳演唱組合獎(最優秀ユニット賞)」など、最新のシーンを反映する賞もあるので、台湾の音楽のトレンドを知りたい人はぜひ、<金曲奨>をチェックしてみてくださいね。
Text by 中村めぐみ
制作協力:がいらく
監修:Taiwan Beats